欠伸姫


 「おう!なんだ?あの遺跡からまた何か出たって?」
 竜馬が大声で叫んで部屋に入ってくると、一人が手を上げて、
 「らしいですよ。俺たちもここ終わったら行ってみます。何しろ次から次へと歴史的大発見らしいですからね」
 「なんだ、整備だの打ち合わせなんていいから行ってみようぜ!」
 「はあ、そのどちらでもなくて…」
 一人が苦く笑う。
 「ムサシさんの、今日のトレーニングっていうか…宿題っていうか」
 見ると、少し先にでんと設置してあるシミュレーターに乗っかって、というかほとんどはみ出して、武蔵がヒーヒー言いながら振り回されつつGに耐えている。
 「おっえっ!キモチわり!俺これ苦手なんだよ!ぐほ!もどす!ぐぇっ!」
 大騒ぎだ。竜馬はたははーと笑って、
 「俺ぁ先に行ってるぜ!博士やハヤトの奴はあっちなんだろ?」
 「はい」
 僕らも早く行きたいんですけど…とぼやく声を圧倒して、ムサシの嘔吐寸前の声が響き渡る。廊下に出て厨房の前を行過ぎた竜馬を、後ろからミチルが呼び止めて、
 「リョウ君!これ持ってって!」
 「なんだよ」
 ダンボールをよいしょよいしょと運んで出てくる。受け取って中を見ると握り飯やらおかずの皿だ。
 「皆の昼食!リョウ君も食べていいわよ」
 「ミチルさんの許可が出なくたって食うぜ」
 よいしょと揺すり上げて外へ出る。
 あまり遠くも無い山中で謎の遺跡が発見され、早乙女研究所の面々も発掘・調査協力のため、というよりありあまる野次馬根性のため、現地に駆けつけているのだった。そのためしょっちゅう出入りがあるので、出口付近にはジープやら軽トラやら二輪やらオート三輪やらが無造作に停めてある。
 鍵もかけっぱなしだ。どれに乗ろうか、と目をさまよわせているところに、
 「リョウさーん!」
 見ると元気が走って来た。
 「遺跡に行くんでしょ?僕も連れてって!」
 「よっし。乗れ」
 軽トラに乗り込むと、ゲッター1のキーホルダーがぶらさがっている鍵をひねりエンジンをかけ、走り出した。
 「ねえ、なんか、すっごい昔の遺跡なんだって?それなのになんか、すっごい機械みたいなのがあるとか、すっごい文明らしいとか」
 「お前はすっごいばっかりだな」
 竜馬が笑った。
 「でもまあ、らしいな。何に使うんだか全然見当もつかねえ物がわんさかだとよ」
 「へえ〜。ねえねえ、それって」
 その時大きくバウンドしたので元気は舌を噛み、苦悶のうちに無言になった。竜馬はそれをしばらく眺めてから、
 「まぁ話はあっちについてから、博士達に聞かせてもらおうぜ。俺やお前がここで『すっごい』を連発しても、舌を噛むのが関の山だ」
 元気がかすかにうなずいた。
 軽トラは何度となくバウンドし、二人の頭が大分デコボコになった頃、現場についた。
 山の中腹に大きく口を開けた洞窟の前に、沢山の泥だらけの人間に混じって、早乙女博士と隼人が話しているのが見えた。二人共やっぱり泥だらけだ。
 「よおっ!発掘は進んでるみてえだな。ちょっと中を見せろ」
 「ねえねえ、お願い!見せてよ!」
 寄っていくと、二人してこっちを見て、
 「お前らか。うるさいのが来たな」
 「ダメだダメだ。その辺にけつまづいて壊されたらたまらん」
 こっちの二人はぶぅーと膨れ、
 「せっかく昼メシ持ってきてやったのになんだその言い草は」
 「ちょっとくらい見せてくれたっていいじゃない!ケチ!」
 「見せろ!見せろー!」
 「ああわかったわかった」
 珍しく隼人も空腹だったと見える。「弁当だ!弁当だ!」と言いながら竜馬の運転してきた軽トラの弁当に、われがちに群がる研究所の連中をチラチラ見ながら、
 「くれぐれも勝手にいじるなよ。見るだけだぞ」
 釘をさして、博士の分も取ってきます、と言い置いて弁当の方へ走っていった。
 「行こうぜ元気」
 「うん!でも、リョウさんお昼はいいの?無くなっちゃうよ」
 「俺様がそんなぬかったことするかって」
 見ると両手にちゃっかり握り飯を三個、持っている。
 「さっすがー」
 「だろう」
 一個を元気にやって、二人は握り飯にかぶりつきながら中に入っていった。
 最初の通路は細かったが、中に開けた広間は大きく、天井も高い。
 「うわあー、大広間だねリョウさん」
 「ああ。ここできっと会議とかなんだかんだやったんだろうな。壁はなんだ?タイルみてえなのがはめ込まれてるな」
 「なんとなくアラビア風なカンジしない?」
 元気に言われて、確かにな、と言い返す声が空間に響く。
 「しかし、日本の山奥にアラビア風な遺跡というのもヘンだからなあ」
 「そうだよね」
 握り飯をもぐもぐ食べながら見て回る。しかし、財宝だの、什器だの、目をひきつけるようなものはあらかた運び出されて、思ったよりがらんとしている。
 「なんか、台とか、そんなものしかないね」
 「壁の模様とか、天井のへこみ加減は、見てて面白いけどな…」
 とは言いながら、二人ともだんだん飽きてきた。
 「お、なんだか通路があるぞ。塞がれてるな」
 「ムリに入るとハヤトさんに怒られるよ」
 「ああいい。入ろうぜ」
 簡単に板数枚でバッテンマークになり、その上に赤いペンキで『禁』と描かれてあるところをベリベリと剥がして、竜馬は中に入った。元気は小さい声で、あーあ、しーらないっと、と言いながら後ろを付いていった。
 奥はまだ運び出していない宝物蔵のようだった。壁に燭台があって赤々と火が点っていて、様々な宝飾物が台の上に並んでいる。くすんだ色のせいでなんとなくぱっとしないが、
 「ホコリを取って磨けばきれいなんだろうけどな…でもぱっとしねえな」
 「ねえ、リョウさん」
 元気がなんだかつぶれたような声を出した。
 「なんだ」
 「なんか、眠いよ」
 手で目を擦っている。竜馬は笑って、
 「おいおい、ハラいっぱいになって眠くなるんじゃまるっきり赤ん坊かムサシだぞ元気」
 「やめてよ、ヘンなこと言うの」
 ふくれてみせながらも、なんだかフラフラしている。
 おい大丈夫か、寝るなら外の車に戻ってその中で、と言おうとして、はっとした。
 自分もなんだか異様に体が重い。いつからこんな風だったのだろう。
 そして、これはどうやら、握り飯を食って腹一杯になったから、などという呑気な理由ではなさそうだとようやく気づいて、
 「元気。やべえ。外に出ろ」
 声を絞り出したがあまり大声が出ない。
 「…なに…リョウさん…ぼく…」
 元気の声もどんどんトーンダウンしていく。竜馬はムリヤリ足を引き上げて、元気のところへ行くと、襟首を掴んで、
 「寝るな。…もうちっと、こらえろ」
 声を励ましもときた通路の方へ必死で歩く。
 「いっさんか…たんそ…中毒か…あるいは…」
 どちらにしても、必要な酸素のない場所であったらしい。頭では、さっさと外に出ようと思っているのだが、体が動かないし、眠気はいかんともしがたく竜馬をとらえて放さない。
 思わず、大きな大きななまあくびが、
 「ふゎああああ」
 出た。
 その瞬間だった。
 この部屋の中央、ひとつだけ他と離れてぽつんと置いてあった壷が、くらり。と揺れた。
 風も勿論なく、地震でもない。しかし壷は確かに自ら揺れた。必死で、出口を目指す竜馬と、もはや竜馬に引き摺られるように運ばれている元気には、余裕のかけらもなくそんなことには気づかなかったが。
 しかし、朦朧となったような意識でも、「えっ」と気づくようなことが次に起こった。
 ぽんっ!
 というような、コルクを抜いた時のような小気味いい音と共に、あろうことかその壷の中から、女の子が一人、飛び出してきた。
 …とはいえ、いくら小柄な娘でも、入れるような大きさの壷ではない。一番細くなっている首は、指三本分くらいの太さしかないのだ。出るのも入るのも、物理的に不可能だ。
 ものごとの道理を無視した娘は、くるっと回って、竜馬の目の前にすとん!と下り立った。竜馬は目をぱちぱちさせて、その相手を見た。
 まるで、部屋の内部の雰囲気に合わせたように、アラビアの踊り子のような格好をしている。足首で窄まっただぶだぶのズボン、先のとんがった靴。袖のない白いベスト。まだ幼いと呼べるような年齢に見えるため下から盛り上がる胸などはない。髪はポニーテールにしている。だんごっ鼻に大きな口、そして大きな大きな目をしている。面白そうに、竜馬の様子をじっと見ているその瞳は、きれいな瑠璃の色をしていた。
 「え、え?」
 驚きで声もなく、突然壷からわいて出た娘を見つめる竜馬に、娘はにこにこにこっと笑って、
 「呼ばれて、飛び出て、アクビちゃ〜ん!はぁい!あなたがあたしのご主人様なのね?」
 ちょっと舌たらずな、ハスキーな声でそう聞いてくる。
 「あたしはアクビって言うの。ご主人様のご命令なら十。この両手の指全部まで、なんでもきくわ。なんなりとお申し付けくださいな?」
 小学校低学年の娘が気取って頭を下げているように見える。竜馬はクラクラする頭を必死で振って、
 「ふざけてないで…お前…さっさと、逃げろ。ここに、いると…やばい」
 声をしぼりだした。娘は小さな唇をとがらせ、不服そうに、
 「あたしだけ逃げろというのがご命令なのかしら。だったらきかなきゃいけないけど。でもなんとなく、このままご主人様を放っておくと、まずいことになりそうね?あたしには、ご主人様を守るというギムも、あることだし」
 腰に手を当ててちょっと威張ってみせてから、
 「あたしに命令して頂戴ご主人様。俺を連れて逃げろって。でないとあたしは動けないわ」
 「…だから…ふざけて…ねぇで…」
 うめく声がどんどん力を失っていく。本当にまずいと自分でも思ったのだろう、くそ、とひしゃげた悲鳴をあげ、
 「頭が…」
 「ご主人様ったら。早くして頂戴。死んじゃうわよ?」
 んもう、とでも付けそうに、ほっぺたをふくらまして見せる。竜馬はわめいた。
 「俺を連れて出られるもんなら出ろ!」
 「はぁーい、かしこまりました」
 言うが早いか娘の手には、赤いタンバリンが取り出されていた。それをパンパンと音を立てながら、
 「魔法の絨毯よおいで!」
 ふわっと、目の前に絨毯が飛んできた。どういう仕組みなのか、宙に浮いている。
 「…なんだ、こりゃ」
 「乗って、ご主人様。あら、その子はダメよ」
 「え」
 娘はもう気絶している元気を、竜馬の手からもぎとろうとした。
 「何しやがる」
 「だって」
 驚いたように見開かれた青い綺麗な目が、竜馬を見返して、
 「ご主人様のご命令には、この子を助けることは入ってなかったもの。この子は助けちゃダメ」
 瞬間、竜馬の背に冷たいものと、腹の底に熱いものがじわりとにじんだ。
 ちょっと、説明の難しい感情だった。怒りにも、焦りにも、一種恐怖にも近いものだった。
 可愛い、小動物みたいな愛くるしい顔をして、置き去りにしたらどうなるかわかっているところに、自分よりちょっと大きいだけの子供を、平気で置いていこうとする。
 それのどこがおかしい、と言わんばかりに。それが命令の条件とそぐわないからと言って。
 どう考えても壷から出てきたようだったとかいったことよりも、むしろ、このことの方がリアルに、
    この娘は本当に、人間じゃないかも知れない。
 そう思わせた。
 竜馬は一回ツバを呑んでから、
 「じ。じゃあ、命令し直す。俺と、こいつとを助けろ」
 娘はあーらあらという表情になってから、
 「ホントは言い直しはダメなのよ。二つって数えるの。でもいいわおまけしてあげる。はぁーい、かしこまりました」
 うやうやしく頭を下げた。ポニーテールが揺れた。娘はさっきもぎとった元気を、今度は丁寧に絨毯の上に寝かせた。絨毯はずっとふわふわ浮いている。
 「乗って、ご主人様」
 「お、おう」
 竜馬がフラフラと絨毯の上に乗っかると、娘はパンパン!とタンバリンを叩いた。途端に、絨毯は暴れ馬みたいな勢いで、通路をすっとんでいった。
 「うわわわわ、わわわ」
 竜馬が慌てて振り落とされまいと絨毯につかまり、ついでに後ろに転がり落ちそうな元気を捕まえた。娘はコロコロと笑いながら、
 「そぉら行け!」
 どかん!どかん!とけたたましい音をたてて、ぺなぺなの筈の絨毯はあちこちを破壊しながら飛行する。後ろでガラガラと派手な音が聞こえた気がした。
 絨毯はそのままびゅうーんと出口から外へ飛び出した。軽トラに積んであった弁当を、各々口いっぱいに頬張っていた面々が、おったまげてこっちを見る。
 ゲットマシンでもないのに、自由自在に宙を飛び回る敷物の上で、鈴を転がしているような笑い声が、再び高くなった。

 「あの部屋に灯明があっただろう」
 いつもにも増して低い声で隼人が言った。
 「あったっけ?…」
 「奥の!祭壇みたいなところの上だ!」
 イライラといわれて、思い出してみて、あああったなと声を上げた。
 「あれがどうしたんだ?」
 「中に入った途端自動的に点火し、その後何をどうしても消えない。危険だから『入るな』と、わざわざバリケードにしておいたつもりなんだがな、俺は」
 隼人の顔が仰向いていく。上からにらみつけられるがすまないなどと思うものではない。ただ、ふーんと唸り声を上げて、
 「危険な部屋だったんだな」
 「そうだ。よくわかっただろうが。元気まで巻き添えにして」
 「あれは悪かったけどな。最初に眠いって言い出した時はハラがいっぱいになっただけだと思い込んだ」
 「何言ってる。ムサシじゃあるまいし」
 「全くだ。ははは」
 「はははじゃない」
 「そう怒るなって。助かったんだしよ。…ヘンな娘のお陰で」
 「…そうだったな」
 二人はちょっと黙ってから、同時に、脇で自分達を見ている娘に、視線を動かした。
 娘はくるくると目を輝かせて、ウフフと笑った。少し離れた位置から、所員たちもこっちを見ている。ここは早乙女研究所だ。気絶した元気を連れて戻ってきたのだった。
 「こいつ、壷の中から飛んで出たんだぞ。信じねえだろうが」
 「いや、重力を遮断する布キレを自在に操っていたところを見ても、我々の常識の通用しない生物であることは間違いない。身体の大きさを変えるとか、絶対不可能と思われることを可能にするくらいのことは出来そうだ」
 「ご主人様たち、何わけのわからないことを言っているのかしら」
 ふふんとすましてみせ、
 「あたしはには出来ないことは何もないのよ?ジョーシキだとかフカノーだとか関係ないわ」
 「…はぁあ」
 竜馬がため息のような、そうですかのような声を出した。隼人が、
 「お前は古代人か?」
 娘は返事をしない。ん、という沈黙が数秒あってから、竜馬が、
 「なんで黙ってんだ」
 やっと聞いてきた、という顔で、
 「あたしはご主人様以外の命令はきけないのよ。そう言ったでしょ?聞かれて、答えるのは、要求に応えることだもの」
 またしても、なんだろうなこいつは…というものがわきあがってくるのをおぼえながら、
 「じゃあ、俺が命令すればいいんだな?俺以外のヤツの質問にも応えろ」
 「はぁい!かしこまりました」
 うやうやしく頭を下げてから、隼人に向き直り、
 「あたしは古代人じゃなくて魔法使いの娘よ」
 結局、答えになっていない答えを楽しげに言った。
 「何故、リョウがお前のご主人様なんだ?」
 「あたしの入っていた壷の前であくびをしたからよ。その瞬間からリョウ様はあたしのご主人様」
 「あくびって…」
 「それだけか?」
 「まあ、…キーになっている動作や、言葉で、契約とみなされるというのは、昔話のオーソドックスなパターンで…」
 「おいおい!お前それで納得するのか。科学はどうした」
 「科学は、案外万能じゃないからな。壷の魔女だの、ゲッターエネルギーだの、大宇宙の意志だのの前では無力だ」
 隼人が敗北宣言を呟いた。
 「あ。あのよ、助けてもらったことは有難いと思ってる。でもその、もういいや。お前、壷に戻っていいぜ。そうだ。命令だ。たしか十と言ってたな。残ってるな、命令権」
 「ええっとー、ご主人様とコドモを連れて外に出ろ、が一回で」
 指を折る。
 「俺以外の奴の質問にも応えろ、が一回で」
 うなずく。
 「まだまだ残ってるわ」
 「よし。じゃあ命令だ。壷に戻れ」
 「それがダメなの」
 娘はすまなそうに、しかしどこか面白そうに笑って、
 「その命令にだけは従えないの」
 「そうかも知れないな。なんとなくそれは約束違反の気がする」
 顎を撫でながら隼人が言う。すっかり、科学はおとぎばなしの前にひれふしたようだ。
 「なんだよ使えねー命令権だな!とにかく、あの部屋をもう一度調べてみてだな、この娘を呼び出した場合の、えーと、収納方法についてかかれてないかどうか」
 「それがですね、リョウさん」
 少し離れた位置の研究所員が、
 「リョウさんたちが脱出してくる時に、遺跡のあちこちを破壊してきまして。あの部屋の入り口も、塞がってしまってるんです」
 「なに!」
 わめいてから、はっとして隼人を見る。もう既に知っていたらしく、竜馬のようにショックをうけたり怒ったりはしないが、じとーとした視線で見てきて、
 「早乙女博士は気絶したぞ」
 「そ、そりゃ…そうだろうな…げ。元気も、気絶してたから、…親子仲良く、並んで気絶ってことで…」
 隼人がはーとため息をつき、娘はコロコロと笑った。
 「笑ってんじゃねえ!もとはといえばお前がやったんじゃねえか」
 「だって。あの場合、一刻を争って外に出なかったら、ご主人様の命が危なかったわ」
 しゃあしゃあと言ってのけ、またコロコロ笑う。
 「とにかくあたしはずぅっとご主人様のそばにいますから」
 「ちょ、ちょっと待て」
 「ご命令ならなんでも聞くわ。ご馳走だってお金だってきれいな女の人だって、なんでも出せるわよ」
 「えっ」
 正直、竜馬は一瞬動揺した。声に嬉しそうな響きがあった。隼人が今度は冷ややかな目つきで竜馬を見た時、
 「それ本当か!」
 物欲、というか食欲のかたまりみたいな男が叫びながら駆け寄ってきた。武蔵だった。
 「なんかよ、あの遺跡で魔法使いがあらわれたっていうじゃねえか。今聞いたぞ。…おまえか?」
 「はぁーい!そうでーす!ねえご主人様、このこんもり太った人もご主人様のおともだちなのかしら」
 「ああそうだ」
 「ふぅん」
 娘は面白そうにしげしげと武蔵を見たが、武蔵の方も珍しそうにじろじろと、
 「へえー、魔法使いの娘っこかー」
 相手を眺めてから、
 「なあ!ご馳走出せるんだろ?出してくれよ!」
 ちろ、と竜馬を見る。ああああわかった、と大声で言い、
 「ムサシにご馳走出してやれ!」
 「はぁーい、かしこまりました」
 わざとらしくうやうやしげにお辞儀して、ぽんと赤いタンバリンを出し、ぱんぱん叩いて、
 「ご馳走よ出ろー!」
 ぼぅんと音がして、武蔵の前に、あめいろのブタの丸焼きやら、フカヒレやら、フォアグラ添えのステーキやら、キャビアやら、どこへ行っていくら出せば食えるのやらというようなご馳走が並んだ。
 周囲からは驚きの声が上がり、武蔵はもう声も無く身もだえ、続いてかぶりついた。何か言った様だ、と皆思ったが、おそらく「いただきます」だったのだろう。
 驚き呆れ、その光景を眺めていた竜馬に、娘はウィンクして、
 「こんなの、お茶の子さいさいなのよ、ご主人様」

 その日以来娘は大人気になり、研究所員たちは拍手喝采で彼女を迎え入れた。別に、皆一列に並んで竜馬経由で「アレを出して下さい」「コレを下さい」とおねだりしているわけではない。ただ、超人と知り合いになれるのが嬉しいということらしかった。
 「一体、正体はなんでしょうね」
 「ううむ、失われた文明人の叡智の結晶だろうか。いかなる物体も瞬時に空中に構築してみせ、かつ重力を遮断する能力のある、超生命体…」
 早乙女博士と隼人が話し合っているのを聞きながら、
 「無理に、お前等の納得のいく裏づけをしようとしても、無駄じゃねえのか」
 竜馬が肩をすくめて、
 「科学は案外無力なんだろ?」
 しゃくった顎の向こうで、娘が水を酒に換えてみせている。
 「…そうだったな」
 隼人は肩を落とし再び敗北宣言をした。
 「ご主人様ぁ!」
 甲高い声を張り上げて、娘が飛んできた。文字通り宙を滑ってきた。
 「おう、なんだ」
 「ご主人様のご命令だから、みなさんの言うことも聞いてあげてるけど、あたしのご主人様はリョウ様だけなんだから。ちゃんと覚えておいてね」
 そんな甘えたことを言い、すりすりしてくる。
 いい匂いがした。
 見た目は間違いなくかわいいし、普通の女の子で、とてつもない能力がある。そのとてつもなさを、本人がなんとも思っていないので余計にとてつもない。
 そして、普通人間が持っているであろう、思いやりだとか憐憫の気持ちが無い。
 命令であれば。ただその言葉のみに左右されて、そのとてつもない力を振るう。
 自分の腹の辺りから見上げてきて、ふふーと笑いかける娘を困惑して見返しながら、
    人間らしい心のない娘っていうよりは、新しいゲッターみたいだな。
    こちらからの呼びかけに対してのみ反応し、対応する、巨大な力の主。うん、そうだ、その方があってる。…ゲッターにしちゃ、やけにうるさいし、小生意気だけどな。
 竜馬は思った。

 いくら言っても聞かず、夜も娘は竜馬の隣りに寝ることになった。あまり広くも無いベッドの隣りにムリムリ入って、今はもうくうくう寝息を立てている。
 「生き物なんだよなあ。ぐうぐう寝ちまうゲッターてのもヘンだし」
 一人闇の中呟くと、反対側の隣りから、隼人の声が、
 「ひとつ、気になることがある」
 「ひとつだけか」
 「その他のものは考えるだけ無駄だから考えないことにした」
 前置きしてから、
 「その娘が言っていたな」
 壊した壁だのをちゃんと元通りにして、リョウさんたちが壊す前の状態に戻して下さい、と所員が頼み、そうしてやれ、と竜馬が言うと、はぁーいわかりましたと言って、娘はぱんぱんとタンバリンを叩いていとも簡単に元に戻した。
 地道な発掘作業がバカみたいですね、と言っている連中の前で、
    こんなケッタイな娘を呼び出したら、その後のことまでちゃんと決まってるはずだ。それを探してくれ。
 竜馬が言った。ふわーい、と生返事をする面々の背中を眺めながら、
    なあおい。お前はどうやったら戻ってくんだ。わかんねえのか。
    そんなにあたしを追い払いたいの?ヘンなご主人様。なんだって出してあげるのよ。どんなことだってかなえてあげるのに。さあ何かないの?
    結構だ。要らねえよ。
 フーン、と鼻をならしてから、
    ご主人様のご希望通り、あたしが戻る方法を教えてあげたいけど、それはあたしはわからないの。
    しかし、
 この時隼人が口をはさんだ。
    今までだって、お前を呼び出した人間が居たはずだ。その関係が終わって、お前が壷に戻ったのは、どういう状況だったんだ。
    そうだそうだ。前任者との別れってのはどんなもんだったんだよ。
    それがね、覚えてないのよ。
 娘は戸惑った声を出した。この娘の見せる、初めての表情だった。
    あたしはただ、あくびで呼び出したひとがご主人様で、その人の喜ぶように、その人の願いをなんでも聞き届けてあげる。その使命だけはちゃんとわかってるの。そのたびに新しいご主人様が大喜びしてる顔も覚えてるわ。そして…そして、気が付くとまた別のご主人様に呼び出されているの。
    気が付くと。
 隼人が低い声で言った。
    そうよ。だから…どんなふうに、前のご主人様と別れたのかは、全然覚えて居ないの。
 「あの声には、恐怖があった」
 隼人がそう言ったことで、竜馬もびくりとした。
 「あまりいい感じがしないな。あの娘が、その部分だけ記憶がないということが」
 「何故だ」
 「なんとなく、それもシステムの一部だという感じがする」
 変な言い方をするな、と思いながらも。
 あの娘が、ゲッターみたいだと思ったその気持ちと、「システムの一部」という言葉は、奇妙に符合していて、わけもわからずぞっとする。
 おそるおそる、隣りで寝ている娘の顔を見た。
 別にウィンウィンうなりながら、目を光らせている訳でもない。おしゃまであどけない、小さな娘の顔だ。
 「一体こいつが…何をもたらすっていうんだ?」
 さあな、と言って隼人が向こうに寝返りを打った。
    あたしはただ、あくびで呼び出したひとがご主人様で、その人の喜ぶように、その人の願いをなんでも聞き届けてあげる。
 その使命だけはちゃんとわかってるの。
 「そんな変な使命、いつ誰に命じられたんだ」
 返事のない問いを、思わず呟いた。

 「アクビちゃん!おはよう!」
 食堂で声をかけられて娘はそっちを見た。元気がにこにこしている。
 「元気君。おはよ!」
 「よう魔女っ子」
 「ムサシ様。おはよ!」
 スタッフもやってきては声をかけていく。そのたび、おはよ、おはよと返事をするので大忙しだ。
 その様子を向かいに座った竜馬は黙って眺めている。
 「そうやってると、本当にただの小娘なんだがな」
 「ご主人様。今のはなあに。ブジョク?」
 「なんで小娘が侮辱なんだよ。ごく普通の娘っこみてえだ、と言ってるだけだろ」
 なぁんかひっかかるのよね、と顔を上げて、牛乳を飲んでいる。
 「この前も言ったけど、ご主人様自身はいつまでたっても願い事らしい願い事を言わないのね。それが不思議でしょうがないわ。あたしのこと、ただの小娘とか言ってるし」
 牛乳のカップをおくと顔に白いヒゲが出来た。
 「あたしの力はわかったでしょ?それともまだみくびってるの?」
 竜馬はぷっと吹き出した。ははは、と笑っている相手に、娘は最初ぽかんとして、それから真っ赤になって怒り出し、
 「何がおかしいのよご主人様!」
 「だってよ」
 相手の顔を指差して笑う。
 「そんな、牛乳の、ヒゲはやしてよ。『あたしをみくびってるの!?』なぁんて威張っちゃってるからよ。おかしいったらないぜ」
 「な、な、なに言ってるのよ!」
 「わははは、本当だ」
 「あはははは」
 皆笑っている。娘はもう悔しくて恥ずかしくて涙ぐんで怒っている。
 「なによう!ご主人様も皆も!」
 びゅん!と飛んできた魔法の絨毯に乗って、どこかへすっとんでいってしまった。みんなまだ笑っている。
 「なによう!なによう!みんなで!ひとを馬鹿にして!きらいきらいきらい!」
 ワンワン泣いたり吼えたりしながら、いつの間にか遺跡のところまですっとんできていた。朝イチで調査にきていた面々が驚いて見上げている。
 「きらいきらい!きゃっ」
 絨毯がクレーンのてっぺんにひっかかって、はずみで娘は宙に投げ出された。きゃー、と落っこちてきたのを、ばふんと受け止めたのは、
 「…ハヤト様」
 白衣を広げて彼女を受け止めて、やれやれという顔で一瞥してから、
 「何があったんだ?」
 言って、地面におろしてやった。
 「あんもう、聞いてハヤト様!ご主人様ったらねえ」
 ぷんぷんのカンカンで訴える。話を聞きながら隼人の顔がますます、ヤレヤレというものになっていって、
 「そりゃ、笑うだろうな」
 「ああっハヤト様までぇ!」
 「怒るな。…リョウのヤツや他の連中が、ハラのそこからお前を嘲笑ったわけじゃないというのは、わかってるだろう」
 そう言われてしまうと、正直その通りなので、娘はむすぅとしたまま、
 「わかってるけど」
 小さな声でむつけた。
 そんな相手にまたちょっと笑って、手を伸ばすと、口のハタをこすってやる。
 「な、なに?」
 「まだ生えてるぞ。ヒゲ」
 「あっやだ」
 慌てて自分でこする。
 「万能なのに、時々妙に子供っぽいな、お前は」
 「だって」
 「そこが、皆かわいいのさ」
 そう言われて、娘の顔が今度は羞恥で真っ赤になる。
 「か、かわいいって…なによ…そんな…」
 内股になっている靴が、もう片っ方の靴を踏んでモジモジしている。そんな様子はまるっきり、初心な小娘で、まあ見かけはその通りなのだが、多分年齢というか生まれ出てからは海千山千の老婆、よりも年数をかぞえているはずだ。
 「お前は、かわいいなと言われたことがないようだな?そんな筈はないだろう」
 「ないわ」
 まるで怒っているように、
 「あるわけないわ。あたしは普通の小娘じゃないんだから。何でもかなえる力のある娘なんだから。かわいいなんて思う前に、すごいとか、さすがとか、イケーのネンとか」
 なんだ?と思ってから、畏敬の念か、と思った。
 「かわいいっていうのは、自分より劣るものに感じる感情だわ。だからあたしにはそんなもの、誰も感じないわ」
 つーん!とすましている。
 そのくせ、さっきはあんなに嬉しそうだったくせに、と思うと可笑しい。笑いそうになるが、また怒りそうだからやめておいた。
 確かにリョウのいうように、この子は人間じゃないだろうし、あるいはゲッターや、別の生き物に近いのだろう。あるいは、決して良いものだけをもたらすとも思えない、システムの一部かも知れないが…
 「ねえハヤト様」
 ふと、娘が奇妙に不満そうで、不安そうな顔で、聞いてきた。
 「なんだ」
 「どうしてご主人様は、あたしに何も要求しないのかしら?」
 「してるだろう。ご馳走出してやれとか、他の連中の望みを叶えてやれとか」
 「あん。それはご主人様があたしに要求しているというのとは、違うわ」
 相手が何を言っているのかはわかるので隼人は黙った。
 「他のみんなも、ご馳走を食わせろとか、読めなかった先月号のマンガ本を出せとか、…なんかすごくその、…ええと、」
 「どうでもよさそうなことしか、頼まないんだろう?」
 「そう!そうなの」
 娘はこっくりこっくり頷いて、
 「それも、誰かに一回出して見せると、おお〜って驚いて満足して、…でそれっきりなの。だから…結局、全部でも四つか五つくらいしか聞いてないわ。変だわ。おかしいわ」
 今度は首を振って、
 「前のご主人様とのあいだが、どうやって終わったのかあたしは覚えてないけど、途中までなら覚えてるわ。どのご主人様もあたしを高い台みたいなとこに座らせて、次から次へとお願い事をしていたわ。他の誰かがあたしに近寄ろうものなら、殺さんばかりに怒って追い払って…中には本当に殺してしまったご主人様もいたわ」
 特に、おそろしげでもなくあっさり言う。
 「この何でも出せる道具はわしのものだ、誰にも渡さんて言ってたわ。それってあたしのことでしょ?」
 隼人の顔が、悪趣味な、というように歪んだ。それを見てとって、
 「怒らなくてもいいわハヤト様。自分の方が下に居るのに気づかないで、上のものを蔑むってことは、よくあることだわ」
 その言い草におやおやという目になって、
 「お前を『かわいい』と思うのも、お前を蔑むのと同じか」
 娘がウッとつまって、うつむき、ずいぶんあってから、
 「…違うわね」
 小さく呟いた。それから、うらめしげにハヤトを見上げ、
 「そこらへんが違うからなの?ご主人様やここの皆が、今までのあたしのご主人様たちと違うのは」
 「さあ、どうなんだろうな」
 隼人は真面目に考えてみてから、
 「とにかく、リョウのヤツも、ここの連中も、知っているんだと思う。…
 本当に、自分が欲しいと思うものは、他人には出してもらえないってことをな」
 娘は、今度こそ、相手が何を言っているのかわからないという顔になり、そのくせ、
    何を言ってるの?あたしは何だって出せるのよ!なんだって出来るのよ!
    出来ないことは何も無いの、誰のどんな願いだってきけるのよ!
    ハヤト様おかしいわ、何を言ってるのかわからないわ!
 そうは叫ばなかった。

 「よう!どうした」
 後ろから声をかけられ、ぽんと肩を叩かれる。振り向かなくても、竜馬だということはわかった。わざわざ遺跡までやってきたのは、見物のためか、娘を探しにきたのか、どちらだろう。
 「さっき笑ったことまだ怒ってんのか。悪かったよ。そんなに怒るなって。ハヤトのヤツにもさっきガミガミ言われてよ」
 へへ、と頭を掻いて、
 「女の子をからかって泣かせるなんてまるっきりガキだってな。あの野郎にしたり顔で説教されるのは腹が立つけど、ま、当たってなくもねえからな。
 あー…まだ怒ってんのか?」
 娘は首を振った。チラと見えているほっぺたが真っ赤だ。
 竜馬はふふと笑って、その頭をぽんと手で押さえて、なで、なでと撫でてやった。
 生まれより育ちっていうじゃねえか。
 こいつは「初期設定で、そう、なっている」ゲッターみたいなものだ。
 そう思えばいいだけだ。
 そう、竜馬がうなずいた時だった。
 どぉん!
 すさまじい音がして、地面がゆれ始めた。
 「なんだ!?」
 竜馬は怒鳴って娘を抱え、後じさった。遺跡が揺れている。
 「リョウ!」
 向こうの方で隼人が怒鳴っている。「見ろ!」
 「言われなくたって見てる!」
 くだらない意地を張っている場合ではない。遺跡の一部が、内部から破壊されて、そこから巨大な像が出てきた。
 外見は、太ったアラビアの中年男という感じだ。顔も図体もなにもかもが巨大だ。太っているとかいうレベルじゃない、なにしろゲッターと同じくらいの大きさがある。
 ヒゲの生えたそのたくましい顔は、どこかを見つめているようで、何も見ていないようでもある。とにかく、感情というものが感じられない。
 「なんだありゃあ」
 竜馬が低くうなる。と、すぐ側から、呆然とした、しかし悲痛な色のあるか細い声が、
 「あれは…」
 「なに?」
 しかしもう返事は無い。
 なんだって、ともう一度聞いたが、聞くというよりはただ声を上げた感じだ。
 がらがらがら。上から巨大な石が落ちてきた。
 「早くしねえととんでもねえことになりそうだ」
 「リョウ、乗れ!」
 隼人が怒鳴って、ジープで走って来た。竜馬は娘をひっかかえて宙を飛び、ジープに飛び乗った。
 「聞こえるか、研究所!ゲッターを出せるようにしといてくれ。それからムサシに出撃用意をさせておけ」
 無線で怒鳴る。ごごごごご、がらがらがら。手当たり次第という感じだ。目に付くもの、手に触るもの全てをコナゴナにしながら、ずしん、ずしんと前進する。
 「畜生…なんだ一体」
 うなりながら背後をにらみつける竜馬の影から、隼人は娘を見た。頭を抱えて震えているのを見ると、単に怖がっているようにも見えるが、その目は何かを必死で思いつめているようだ。
 ジープがなんとか研究所の入り口までたどり着くと、すでにゲットマシンが三機並べられていて、
 「お前ら!早くしろ」
 武蔵が首をのばして叫んでからベアーに乗り込んだところだった。
 「おう!…お前、ここに残ってろ。所員と一緒に居ろよ、危ねえから!」
 竜馬は叫んで娘をちょっと押しやると、誰かが放ってきたヘルメットを受け取り、走っていった。
    危ないですって?ご主人様ったら。
 こんな時なのに娘は泣きそうな、可笑しいような気持ちになった。
    だからあたしは、どんな大きな石が降ってきても、いいえ、地球が真っ二つになっても、死んだりはしないのよ。
    あたしはあなたたちのような生き物じゃないんだから。まだわからないの?
 「アクビちゃん!危ないよ!こっちきて!」
 研究所員たちが叫びながら手招きする。
    あなたたちよりずっと上位にある存在を、まるで子供扱いするのは、どうして。
 両手で顔を覆う。
    そうだ。あたしは―――
 「アクビちゃん!」
 誰かが手首を掴んでひっぱった。元気だった。
 「大丈夫?ケガしてない?」
 「…元気君。あたしは…」
 「ボクが守ってあげるからね!しっかりついてきて!」
 精一杯気を張った、自分より弱い、小さいものを守り助けようとする、男の顔が目の前にあった。
 思い出した。
    あたしは、

 「どういうことだこいつ」
 割れた額から血を流しながら竜馬が叫んだ。さっきからずっと、あの巨大な中年男に立ち向かっているのだが、ミサイルもビームも素通りする。一切を受け付けない。
 組み付いて行っても手ごたえが無い。それなのに相手の手はしっかりとゲッターを掴んで、いとも簡単に投げ飛ばす。
 「こんな卑怯な話ってあるか!」
 「あれも、どうやら、こっちの科学や常識が通用する相手じゃないようだ」
 隼人がうめく。おさえがたい苦痛が声にある。骨か内臓か、やったらしい。
 「どうする。あれじゃ、大雪山おろし、も、へったくれも、ないぞ」
 武蔵も同様のようだ。呑気そうに喋っているが、続けて喋れないでいる。
 相手の動きは一向に止まらない。無言のうちに破壊を繰り返し、やがて足を山から下界の方へ向けた。
 「やべえっ。このまま進んだら」
 駅。ビル。学校。病院。住宅。数え切れないほどの人間。
 それらの上にあの、ゆっくりだがだからこそ情け容赦のない手が足が、振り下ろされる。
 その背を見ながら、何も出来ない。
 「ちくしょう!うぉぉぉぉ!」
 竜馬は叫んで背後から組み付いていこうとした。すか、と手ごたえ無く相手にめりこむ。と、相手の手がゲッターを掴んで、無造作に宙に振り上げ、
 「!」
 地面に叩きつけた。
 意識が遠ざかる。
 何も聞こえない。
 竜馬は懸命に声を出そうとしたが、その力もない。
 目の前が真っ暗だ。
 (野郎…行かせてたまるか…待て…)
 ただ気持ちだけが雄叫びを上げるが、もう指一本動かせない。
    ご主人様
 ふと、声が聞こえた。これは。
 (あの娘か。どうやって)
    いやねご主人様。まだそんなこと言ってるのね。
 うふふふ、と笑って、それから、小さく息をついて、
    全部思い出したわ、ご主人様、あたしはね、大魔王の娘なの。
    全てを破壊する大魔王の娘。
 (破壊の魔王?…じゃあ、あの、透き通った中年はひょっとして)
    あれがあたしのお父様よ。
 娘の発音は、なんだか、ひときわ舌足らずで、『おとたま』と言っているように聞こえた。
 (あれがお前のオヤジ?全然似てねえな…よかったじゃねえか)
    誉めてはくれてるのね。ありがと。
 (しかし…)
    うん。…お父様は千と万の命を滅ぼすまで止まらない。そうやっていくつかの国や文明を滅ぼしたわ。その目覚めの鍵があたし。
 (お前?)
    誰かがあたしを呼び出して、一定時間たつとお父様が目覚めるの。そして…お父様を止められるのは、あたししかいないの。
 (なんだと)
 娘がうなずいた気配があった。
    でも、今までのご主人様はみんな、その一定時間の間に、あたしに頼める願い事を全部、使い果たしてしまったの。
    だから、ただ、お父様に滅ぼされるのを待つより他はなかったの。
    あたしは
 娘の声は低く低くかすれた。
    なんてバカで愚かな生き物だと思いながら、ご主人様が踏み殺されるのを見ていたわ。
    何度も。何度も。何度も
 竜馬は何も言えなかった。あまりにも大きな驚きの前で、ただ呆然とするしかなかった。
    そしてお父様が破壊を終えると、お父様はあの遺跡の石像に戻り、あたしは壷に戻って眠るの。全部忘れて。次のバカで愚かなご主人様があたしを起こすまで。
 (………)
    でも、今回は…あたし、ご主人様や、ムサシ様やハヤト様や元気君や、皆がお父様に踏み潰されるのを見たくない。初めて、そう思うの。
    ご主人様
 (なんだ)
    まだ二回、残ってるわ。ご主人様の命令できる回数が。
    あたしに、お父様といっしょに、壷に戻れって、命じて。
    あとの一回で、
 娘は喉の奥で言った。
    二度と出てくるなと命じて。
 竜馬は息を吸い込んだ、つもりだったが、本当に吸えているかどうかわからない。もう意識もおぼろだ、ほとんど気を失っている。
 ほんの僅か残った、消えかけたろうそくの火のような意識で、娘の意志と繋がっている。
    早く。でないとご主人様が気を失ってしまう。そうしたらお父様は皆を踏み殺してしまう。
    早く、ご主人様!
 (でも)
    早く!
 竜馬はのたうち、もがき苦しんで、畜生と叫んだ。実際には声は出なかったし、目は開いているのか、閉じているのかもわからなかったが…
    ありがとうご主人様。
    あたし泣いてもらったのは初めてだわ。
 その言葉を聞き、なおいくつかの逡巡ののち、竜馬は血を吐く思いで口をひらいた。

 「ゲッターが倒されて、もうダメだと思った時に、ゲッターの頭部から、虹みたいな光がさーっと飛んできて、巨人を包み込んで」
 「そのまま、全体が虹色に輝いたと思ったら、あっという間にあの遺跡の中に、飛んでいってしまって」
 「ウソみたいに何もなかったみたいになって」
 遺跡を見やる。入口は固くとざされていた。というより、ただの一枚岩になっていた。
 多分無理やり掘り返しても、何も出てこないのだろうなと隼人は思った。
 あの娘は一体なんだったのだろう。
 ある程度の科学力を持った人類が彼女を掘り起こすと、同時に破壊の巨人をも起こすこととなる。いや、少しの時ののちに。
 その時間差のゆえに、そして自らの欲深さのゆえに、その人間たちは自滅する。
 …とんでもない悪意の主がセットした、破滅のプログラムだ。
 あの娘は…底意地の悪い、とてつもない悪ふざけの、最初のスイッチだったのだろう。
 しかしそれでも、あの娘は自らの意志で、それを止めた。
 今度のご主人様と、その仲間達を救うために。
 隼人はそれから、一人離れて背をむけている竜馬を見た。
 しばらくは奴は、誰とも口をきかないだろうと思いながら、ただその背を見た。

[UP:2005/01/18]

 ご存知(の、方がどのくらいいるか)クシャミをすると人面壷から飛んでくる魔王の娘、の話でございました。勿論ずいぶん脚色してありますのでこういう話なんだと思わないでね。
 前回、人魚のお姫さまと仲良くなるムサシの話を書いた時に、他のメンバーでもこの手の話を書こうかな。と思ったのでした。
 残るはハヤトですな。誰だ相手は。

ゲッターのページへ