雨が空から降れば


 「何ですかねえ、これは」
 「わからんな」
 そんな会話が、通りかかった部屋の中から聞こえたので、竜馬は足を止め部屋にずかずかと入っていった。何しろ、わからんなと言った声は神隼人のものらしいのだ。
 「なんだなんだ、どうした」
 嬉しそうな声に、白衣を着た科学スタッフは「あ、流さんだ」という顔で軽く会釈したが、隼人はそっちを見もしない。
 「シカトすんな。お前がわからんなんて珍しいじゃねーか。何がわからねえんだ」
 後ろから首を突っ込んでくる。隼人はうるさいなという顔でやっと一瞥し、
 「あれだ」
 ボールペンで、頭上の巨大パネルを指し示す。
 あれって?と言って見上げる。左上にあるのが何かは、竜馬でもわかった。日本列島だ。
 そして画面右下の方に、何かぼんやりした水色のかたまりのようなものが映っている。
 「あれが日本なんだろ。ってことは、随分でけえな」
 「わかるか」
 「バカにするな」
 「してない。そうなんだ。随分と、巨大な、…なにかだ」
 「なにかって、なんだ」
 「だから、わからん。ここで調べた限りでは、単なる雨雲だ」
 「雨雲?」
 首をひねって、
 「なら、随分でっかい雨雲なんじゃねえのか」
 「それがな」
 ピッ、とどこかのスイッチを入れた。そのかたまりの軌跡が、画面上に映し出された。
 一番最初は赤道付近で発生した小さなその渦巻が、あっという間に巨大化しているのがわかった。
 「気圧配置もなにも無視してどんどん大きくなっている。そんな、『単なる雨雲』はないだろう」
 「自然現象というより、人工物みたいですよね」
 スタッフの言葉に竜馬が、
 「実際そうなんだろ。恐竜帝国の作った、酸の雨でも降らす恐怖の雨雲なんだ。絶対だ」
 拳を握りふりまわしてから、
 「なんだよ。現地に飛んで調べてみりゃいいだろうが。その雨、とってこい」
 「それが、調査している分には、何の変哲もないただの雨なんです」
 スタッフが、気味悪そうに首を傾げ、
 「このままどんどん大きくなったら、最後にはどうなってしまうんでしょう」
 「そりゃあ、」
 そりゃあと言ってからちょっと考えてみて、
 「地球を覆いつくして、どこへ行っても雨ってことになるんじゃねえか」
 隼人とスタッフは黙った。それを想像してみているのだろう。
 「そのうち、この辺も雲の下になるのか?」
 「まあ…それを、手をこまねいて待つよりほかに、できることはなさそうだな」
 「無力だな、科学ってのは」
 竜馬にニヤニヤ言われて、隼人はフンという顔、スタッフはむかっとした顔をした。

 それから数日後、ついに日本はその不条理な雨雲の下に入ることとなった。
 「来たなあ」
 言いながらみんな、今降り始めた雨をそっと手で受けてみたり、こわごわと打たれてみたり、コップに溜めてみたりしている。
 「…なんかちょっと、しょっぱくねえか?」
 大胆にも舐めてみた武蔵がそう言った。
 「成分には特にナトリウムが多いというわけではありませんが」
 スタッフが首をかしげている。
 「でもなんかこう、…うん、しょっぱいっていうより、磯のかおりがするぞ」
 「お前が単に、魚が食いたいと思ってるだけじゃねえのか」
 竜馬が疑わしげに言ってから、自分も舐めてみて、
 「…確かに、武蔵の言いたいことがわかるような気がするな」
 「だろ!だろ!」
 武蔵が大喜びした時、サイレンが鳴り響き、
 『メカザウルスが現れました!』
 「おいでなすったか。行くぞ、武蔵!」
 「おう」
 二人がゲットマシンの格納庫に走っていくと、反対側の通路から走ってきた隼人が片手を上げてから、ひらりとジャガーに飛び乗った。
 「とっととぶったおして来ようぜ!イーグル、発進!」
 三機は小雨の中飛び立った。すぐに、灰色の色合いのメカザウルスが、翼をはばたかせてこちらに向かってくるのと出会った。
 「生意気に空飛んでんのかよ。叩き落してやるぜ!チェーンジゲッター1!」
 自信満々で合体、変形し、そして、
 「トマホーク・ブーメラ…」
 得意げな叫びが、「えっ?」という声に変わった。宙を切って相手に襲い掛かるはずのトマホークは、なぜか途中で突然失速し、ただの鉄のかたまりと化して地面に落ちてしまった。
 「なんだ?ちくしょう、ゲッタービーム!」
 しかしそれも不発に終わった。なぜなのだか、ビームは途中でしおしおと打ち止めになってしまい、以後全くでなくなってしまった。
 「どうなってるんだこりゃ」
 「リョウ、逃げろ、相手にいいように料理されるぞ」
 武蔵が慌てているが、相手も、大きく開けた口からなにか攻撃をしかけようとしたのだろうが、出ないらしい。「あれ?あれ?」という感じでカクカクしてから、ままよと体当たりしてきた。
 「肉弾戦か。受けてたつぜ」
 竜馬は張り切って叫んだが、受けてたつことはできなかった。両者、ドカドカと途中まで相手に向かい、食いつこう捕まえてやろうとしたそのあたりで、突然動かなくなってしまった。
 「ゲ、ゲッター!」
 「なにやってんだ、リョウ!」
 「俺に聞くな!」
 それは恐竜帝国の方も同じで、
 「全く動きません!」
 「一体どういうことだ。ええい、一旦退けい」
 「それも出来ません」
 大騒ぎの大混乱だが、ゲットマシンも、敵のメカも、まるで突然やる気をなくしたかのように、ただの巨大なおもちゃと化してしまって、それきりだ。

 相変わらず、外は明るい雨が降りしきっている。
 竜馬は廊下をぶらぶらと歩いていたが、ひょいとメインルームを覗いた。常時つめている係りの観測員が一人、ボケーと画面を眺めては、手元のマンガ本に目を落としている。
 「よぉ、何かあったか」
 声を掛けるとこっちを見て、ずり落ちたメガネを押し上げてから、
 「何もありませんねえ。地球全土をあの雨雲が覆ってからその後、全く変化なしです」
 「あの、へんてこりんな副作用についてはどうだ?」
 スタッフははぁ、と返事のようなため息のような声を出し、
 「原因不明のまま、依然継続中です」
 今度はハッキリため息をついて、
 「このままだと、俺たちはもしかして馘首でしょうか」
 世界は平和になるんだから、いいんでしょうけど、とぼそぼそ付け加える。
 「いいんだか、悪いんだかだな」
 竜馬も苦笑いして、じゃあなと言い背を向け、ぷらぷらと廊下を歩き出した。
 「馘首か」
 今まで、この研究所に雇われているなんて思ったことはなかったが、まあ、この施設の意味がなくなって解体ということになれば、真っ先に自分のすることがなくなるだろう。敵がいて、攻撃してくるからこそ、自分という存在は求められ存在しているのだから。
 「お前なら、他にも欲しがられる部分は、あるんだろうけどな」
 ドアのところから首を突っ込んで言うと、ベッドに座って何か読んでいた隼人は、目を上げて、
 「何の話だ」
 「だからよ。外がああやって、変な雨が降り続く間は、俺はお払い箱だろ」
 言いながらぶらぶらとやってきて、隼人の足元の方にごろりと寝転がり、
 「こりゃ何なんだ?お前の推測を聞かせろ」
 「お前がわかってること以上のことは、俺にもわからん。とにかく」
 目を窓の方へ向ける。
 「変な雨雲が世界中を覆って、その下にいる限りは、全ての攻撃という攻撃が無効化されるという不条理が、まかり通る。…それで終わりだ」
 とにかく、火器も銃器も、まるで使い物にならないのだ。建国以来戦ってきたような国々も、その諍いに首を突っ込んで儲けていた某国も、捨てた捨てたと言いながらこっそり核を保有していた某国も、突然有無を言わさず身ぐるみ剥がれて、お互いあっけにとられ顔を見合わせている状態だ。
 「人間だけならともかく、ハチュウ類野郎どももご同様のようだしな」
 ゲッターと戦っている途中で無力化し、地面に転がったメカザウルスは、その後大急ぎで回収していった。単に運搬するだけなら、エンジンも動くし駆動部も作動するのだった。
 「どう考えても変だろそれって。やっぱ、何らかの意志ってやつが動いてないか?」
 「そうだな。自然現象とするには不自然すぎる…が、その意志と交信も出来ないしな。お手上げだ」
 「一体、いつまで続くんだ?」
 「人間の手でどけられるしろものではないから、生まれた時同様勝手に消えてくれるのを待つしかないな。その意志とやらの胸ひとつだ」
 「昔、氷河期ってのはあったんだろうけどよ、雨期か?こりゃ。平和の雨だな」
 「平和は平和だが、太陽光線が射さないままでは、植物も育たない」
 「あっそうか。じゃあ、破滅の雨か」
 隼人が苦笑して、読んでいた何かをポンと放った。竜馬が目で追うと、月刊プラモデルという雑誌だった。
 「ふわあ」
 竜馬が変な声を出したので、なんだ?という顔になった隼人に、
 「こんな真昼間に、お前がそんなもん読んでるってのが、何より『今は、ヒマなんだ』って実感がわいてくるぜ」
 「なるほどな」
 呟いて、ふと耳をすます。
 静かな雨音のほか、何も聞こえない。なんとなく研究所内はガランとしているようだ。実際、みんなどこかへ行ってしまったのだろう。雨の間は戦闘はないとハッキリしてから、竜馬ではないが戦闘要員はお払い箱だ。
 「お前は、欲しがられるものが他にもあるからなあ。おつむの中身とかな」
 さっき言ったことをまたブツブツ言っている。
 「お前はないのか」
 「あると思うか」
 またえらく謙虚だな、と笑う。
 「っていうより、戦闘以外に何かやれって言われたって、出来やしねえって」
 「なるほど」
 また納得している。ちぇっ、と言ってから隼人を見て、
 「なんか弾いてくれよ」
 「そうだな。ヒマだし」
 言いながら立ち上がると、部屋の隅のケースからギターを取り出して、またベッドに座り、弦を合わせる。
 「雨の午後にギターなんて、昭和の匂いだな」
 「四畳半フォークだな」
 隼人も同意しちょっと笑ってから、やがてやわらかい優しい前奏を弾きはじめた。
 そして、静かな隼人の声が流れた。

    雨が、空から降れば
    おもいでは、地面にしみこむ

    雨が、空から降れば
    おもいでは、しとしとにじむ

 竜馬は寝転がったまま聴いている。
 雨の音だけが背景に流れ、その流れの中にギターの旋律、そして隼人の声が乗って流れているのを聴いていると、心地よくて、眠くなってくる。
 このまま雨が降り続けばどうなるかというと、隼人がさっき言ったように、植物が育たず、動物だってまっとうには生活できなくなっていくだろう。
 決して幸せで安穏な理想郷にたどり着いたわけではないのだ、しかし、有史以来人類が囚われ続けた「争い」という鎖がはずされ、皆きょとんとして、静かで音の無い海の底でお互いの顔を眺めている。なにしろ水中なので振り上げた棍棒も、振り下ろす頃には威力がなくなっているというわけだ。
 一種、終末が見えているからこその奇妙な平安さに、思わず大声で叫びだしたいような、そのくせくすくす笑いたいような気分になる。青空は見えないのに妙に明るい、この雨空のような胸の中だった。
 (ちょっと、気が変になってんだろうな)
 自分で冷静にそう思いながら、隼人の耳に心地よい歌声に耳をかたむける。

    黒いこうもり傘を、さして
    街を、歩けば
    あの街は雨の中
    この街も雨の中

 「まるきり、今の状況だな」
 思わずつぶやく。
 隼人はかすかにうなずいて、

    電信柱も
    ポストも
    ふるさとも
    雨の中

 「ゲットマシンもだな」

    イーグルも
    ジャガーも
    ベアーも

 珍しい隼人のおふざけに、竜馬はくくと笑って、目を閉じたまま、
 「早乙女研究所も」

    恐竜帝国も

 「浅間山も」

    大雪山も

 「神隼人も」

    流竜馬も

 その声がすぐそばで聴こえたので、ん?と思い目を開けると、いつの間にやら目の前に顔があって、
 「………」
 当然のなりゆきとばかりにキスをされた。
 目を白黒させ、もがくが、大人しくしろと両手を押さえられ、上に乗っかられて、
 (つい今の今までギター弾いて歌ってたのによ。ギターはどこへやったんだ。全くなんつーか、素早いな)
 呆れるような感心するような胸の内で、抵抗を諦めた。
 普段、見ている時は、隼人のくちびるは薄くて、「肉感的」「扇情的」とは程遠いのだが、こういうことをしている時はやたらと、
 (芸達者なんだよな)
 放っておいてはなかなか火の点かない竜馬の、官能を、上手に引き出してくる。あっという間に、トロンとした目になり、キスの合間に漏れる息が熱っぽくなる。
 (ホントに、こいつにあれこれいじくられてると、モヤモヤしてムズムズして、ああちきしょう、気持ちいい)
 「竜馬」
 耳元で囁く。
 「手を上に上げろ」
 「うぇ?」
 素直に、両腕を天井に向けて突き出し、後は?と見ると、隼人は一瞬つまってから、ぷっと笑い、
 「違う。服を脱がすから、バンザイしろと言ってるんだ」
 「あ。なんだ」
 相手と自分の勘違いにお互い笑ってしまいながら、
 「お前のああいう顔は珍しいな」
 「どんな顔だ」
 「きょとん?て顔だ」
 言いながら自分でTシャツをぐいと捲り上げて脱いで、床に放った。それからぐいぐいと下も脱いで、「どうだ!」という顔で隼人を見た。
 隼人は何に対してかうなずいて、自分も脱ぎ出した。いつも、竜馬は気持ちよくてわけがわからなくなっている間にすっかり脱がされていて、服を着たまま自分をいいようにしている隼人が、どこかの工程でふと気付くといつの間にか服を脱いでいた、というのが常だったので、目の前で隼人が裸になってゆくというのは、妙に新鮮だった。
 二人で素っ裸になって、ベッドの上に座って相手を見る。なんだかやっぱり可笑しくて、クククと笑う。悪友と、悪だくみをするっていうのは、こんな気分なんだろうと思った。
 竜馬はゲタゲタ笑いながら隼人に飛び掛っていった。まるで豹だかピューマがじゃれついてくるようだ。隼人はそれを抱きとめ、抱きしめて、再びベッドに押し倒した。
 相手の髪に指を入れてぐしゃぐしゃとかき回し、それから相手の顔を捕まえて強く強くくちびるを貪りあう。
 相手の体に手を回してまさぐりあい、手と足で絡み付いて、体を押し付け合いこすりつけあう。
 二人ともなんだかひどく可笑しくて、幸せで、気持ちが良くて、ずっと笑っている。
 雨の音が甘くやわらかく、二人をベッドの上の小さな世界に閉じ込めた。

 「お前ら、居るかあ」
 武蔵が顔を部屋に入れた時、二人はもう抱き合っては居なかったが、裸のままベッドの上で話をしていた。揃って、ドアの方を見て、
 「おう。いるぞ」
 「何かあったのか」
 「あったぜ。ていうか、これからあるらしい。ほれ、見ろよ」
 指で二人の背後を示す。振り返ると、窓の向こうで、雨があがりかけていた。
 ぽかんとそれを眺めてから、二人は顔を見合わせ、
 「行こう」
 「ああ」
 その辺にぶん投げた自分の服を拾い上げ、着ながら廊下へ出る。先をドスドス走っている武蔵に追いつき、追い越して、メインの司令室に入っていった。もう既に野次馬が山ほどいた。
 早乙女博士のところへ駆け寄って、
 「何です」
 「うむ。あの雲が急激に晴れてきたんだが…同時に、雲が発生した辺りの海底から、何か巨大なものが浮上してくるようだ」
 「巨大なもの?」
 「って、何だよ」
 「まだわからん。だが、どうやら、四国くらいの大きさはあるようだ」
 「ええ?」
 思わず訊き返す。それはそうだろう。
 「そ。そんなデカいのか」
 「敵の空母とか…いや、そんなレベルの話ではないな」
 誰かが叫んだ。
 「出るぞ!」
 その海を映しているモニターに、一瞬乱れが走ってから鎮まった。そして、それは静かに、ゆっくりと、海面に姿を現した。
 だが、あまりに巨大で、それが何なのか、誰にもわからなかった。灰褐色で、細かい凸凹はあるが全体には滑らかな曲線を描くフォルムだ。そしてひたすらに巨大だ。
 「岩…山?」
 「だから、大陸というか、島だ」
 「いや、島があんなに、きれいな丸みってのは変だろう」
 「建造物か?やっぱり恐竜帝国の母艦か」
 やがて、それは、ゆっくりと海面の上空に、浮かび上がり始めた。ゆっくりではあるが、その大きさから比較するとあまりに速いスピードだ。一体どんな動力によるものなのか。
 ついに完全に海面の上に出た。今、雲が切れて久々に顔を出した太陽の光を浴び、キラキラ輝いていたそれが、空中へと上昇しはじめた時、モニターが衛星からのものに切り替わって、全体像が画面の中に収まった。と、誰かが、
 「はまぐりだ」
 ぽけっとした声を出した。
 へ?と言い皆でその声の主を見、それからまたモニターを見る。
 「なるほど…」
 また誰かが呟いた。
 今、海を飛び立って、ぐんぐん空をのぼってゆくそれは、まさしく、巨大な二枚貝であった。
 「一体」
 また誰かが言い、それは全く全員の気持ちだった。
 地球の重力も、大気が薄くなりついには無くなることも、全く関係ないらしい。はまぐりは人間が打ち上げるロケットほどの気負いもなくあっさりと宇宙空間に到達すると、軌道を変えて、そのまま飛び去った。
 「あっちは…シリウスの方向だな」
 早乙女博士が言った言葉に、竜馬はなんとも言えない笑みが浮かんできて、
 「シリウスを目指して旅立つはまぐりか」
 言ってから、ぶふっと笑ってしまった。
 何故、どうして、のたぐいをいくら叫んだところでわかるわけがないが、皆くちぐちに自分の説を訴えている。
 一人が、
 「きっとあれはシリウスの惑星から来た宇宙人(か、その乗り物)で、海に不時着したのだ。彼らは戦闘エネルギーを蓄積させる技術があったので、地上にありあまっているそれを吸い取って、燃料タンクが満タンになったので出発したのだ」
 その説はなかなかいいというので拍手を持って受け入れられた。
 「まあ、戦闘エネルギーを吸収して、燃料にするてのは、いいアイディアだな。実際、地球上にはいくらでもあるからな」
 竜馬が感心してから、ふと見ると、隼人が一人、窓から外を見ている。
 「どうした」
 側に寄っていって覗き込む。外はもうすっかり晴れて、青空が広がっていた。
 「蜃気楼て知ってるか」
 隼人が急に訊いてきた。
 「ええっと…マボロシだろ?温度差がある空気がナニかすると、光が屈折して、遠くのものが近くに見えるとかいう」
 必死で身振り手振りして喋る。
 「そうだな。…
 だが、別の説もあってな。巨大なはまぐりが息を吐いて作るんだっていう」
 「巨大なはまぐり?」
 それならさっき、現実に、自分の目で見た。
 はまぐりの息って、と言いかけて、武蔵の言葉を思い出し、
 『でもなんかこう、…うん、しょっぱいっていうより、磯のかおりがするぞ』
 自分の舌で舐めた、あの海の味のする雨を思い起こした。
 「もしかすると、あのいっときは、宇宙に飛び立つ前に巨大なはまぐりが見せた、まぼろしの平和だったのかも知れんな」
 微笑を含んだ物憂げな静かな声は、もうやんでしまった雨の音をふと思い出させた。
 雨はあがった。
 おそらくもう、ゲッターがメカザウルスとの戦いに出て行っても、先頭不能に陥るということはないだろう。
 砂漠の国には灼熱の太陽が再び照りつけ、そして人々が「また、戦いが出来るのだ」と気付くのもあと僅かだろう。
 今まで雨の降る下で、仕方なく休めていた手に、「どれ、またやるか」と銃や剣を持ち出すのだろう。
 本当に、あの雨が降る間のことは、一瞬の甘い夢まぼろしのようだ。
 「でけぇはまぐりがみせた、平和の夢か」
 つぶやいてから、踏ん切りをつけるように、拳をパシとてのひらに打ち付けて、
 「それでも俺は、うとうと半分寝てるようなのよりは大騒ぎして暴れてる方が好きだからな。雨があがって、良かったぜ」
 竜馬らしい言葉に隼人は微笑した。その相手に、顔を寄せると、
 「でもよ、雨が降ったらまた、あの歌聴かせてくれ。あと」
 その後もな。
 そう言ってウィンクしようとしたが、しなれないせいだろう、両目瞑ってしまった。あれ、と言って目をパチつかせている相手に、隼人は声を出して笑った。

[UP:2008/07/10]

 密かに拝見しているサイトさんのイラストに、セピアカラーで外は雨、ベッドの上で隼人と竜馬がはだかでゆったりこう…触れ合ってるというか、別に両者すごく嬉しそうでもないんだけど、心が繋がっている感じのステキ絵がありまして、拝見した時にそういうイメージの話を書きたいわ。と思いました。当初の感じよりちょっとバカっぽくなってしまいましたけども。
 希望としては真ゲッターOVAの絵で想像してもらえると。

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