数日前から、人類は新たな脅威からの攻撃にさらされている。
どこからともなく押し寄せてくる青い霧にのみこまれ、気がつくと隣にいた人間が居なくなっている。それきり二度と戻ってこない。
さらわれる人間の選別方法も、彼らがその後どうなっているのかもわからない。後日、遺体や、もっと不快な発見のされ方をするのかも知れないが、それもまだ全く未知数だ。
早乙女研究所を始めとする各研究機関では必死に青い霧のメカニズムについて調べているが、ほぼ何もわからない状態だ。人々はただ、気圧配置や地形と全く無関係に出現し、どうやっても防ぐことの出来ない霧を恐れて、ひたすら逃げまどうだけだった。
その日の午後、竜馬と武蔵はゲットマシンで偵察に出ていた。ジャガーだけが前回の戦闘のため修理に出ていて、隼人はジープで山の麓を走っていた。そこに、武蔵からのSOSが入って、すぐに切れた。
隼人は通信のあった方向に急いだ。
あたりはじっとりと白い靄に包まれている。空も真っ白で、時刻も、方角もわからない。
巨大な孔の縁で危うく踏みとどまり、戻る。下手に速度を上げたら、ガケの先に飛び出すことになりそうだ。
気をつけなければ、と思いながら進んだ先に、ベアー号が地面に着陸してあった。傍らに武蔵が倒れ気絶している。ジープから飛び降り、
「おい、ムサシ」
名を呼びながら武蔵の頬を打った。
「う、ううん」
うめいてから目を開ける。トレードマークの黄色いヘルメットの下の目は、まだ朦朧としているようだ。
「…ハヤトか?」
「そうだ。なにがあった」
「…偵察に出て…気がついたら、例の青い霧の中に突っ込んでいてよ。計器が狂って、あぶねえってんで着陸した。リョウのやつも一緒だった。その辺にないか、イーグル」
隼人は周囲を見回した。青い霧こそ消えていたが、白い靄は濃く、朱系の赤色はどこにも見えない。
「そうやってる時、霧の向こうから何かが来たんだ」
「何か?」
「何だかわかんねえんだけど、長いカーテンみたいなものがくるくるして、ふわふわして、キラキラして」
確かに何だかわからない。
「それからどうしたんだ」
「そのひらひらがリョウに巻き付いて、二人して暴れたけど全然手応えがなくてよ。そのまま体が浮いて、リョウは霧の向こうに連れていかれた。俺は地面にたたきつけられて、それっきりだ」
ふん、とつぶやいてもう一度見回したが、イーグル同様、その搭乗者の姿もなかった。
「リョウのやつ、どうなっちまうんだろう。どうする、ハヤト。ああ、どうすりゃいいんだよ」
武蔵が徐々に焦り出し、大声で叫んだ。
「落ち着けムサシ」
「だってよ。今まで霧にのまれた奴は、誰一人戻ってこなかったんだぞ。リョウだって」
隼人は首を振って、
「今のお前の話で、今回の事件は何者かが拉致してるんだってことがはっきりした。即座に殺されたり消滅してるんじゃない。なら、見つけ出して連れ戻せばいい。それが可能だってことだ」
明瞭な声で区切って言うと、武蔵は目を見開き口を開けた顔で、いくつか速い呼吸をし、それからゴクリとつばを飲んで、
「ああ、そうだな。そうだ」
自分に言い聞かせるように繰り返して、それから目を伏せ、歯を食いしばった。隼人は立ち上がって、
「お前はちょっと休んでろ。俺の乗ってきたジープがある。あれに乗ってろ。ベアー号を貸せ」
「わかった。気をつけろよ、ハヤト」
「ああ。必ずリョウを見つけてくる」
「頼んだぞ」
隼人はベアー号に乗り、計器類を調べてみた。どこにも異常はないようだ。
ドォ、と爆音を立てて黄色い機体が浮かび上がった。
「こちらベアー号。早乙女研究所、聞こえるか」
『こちら早乙女研究所です。あれ、ハヤトさん?ムサシさんはどうしたんですか』
「俺が乗ってたジープで休んでる。霧に襲われたそうだ。ムサシは無事だ」
『そうですか。それなら良いんですが。あ、リョウさんは…』
「まずこっちの質問に答えろ。現在の青い霧の出現地帯はどうなってる」
『あっはい、…!そこからすぐ近くに出ました、一体どうして。こんな突然、え?』
「いいから方向を教えろ」
『あっすみません、そこから北東です』
「了解」
更に上昇し旋回する。少し行ったところで果たして地平から青ざめた薄い膜が立ちのぼって、ベアー号を包み込もうと近づいてきた。
「望むところだ」
低く呟いて真っ向から霧に突入する。瞬間、急激にエンジンの出力が低下した。
(これは)
隼人の脳裏にふっと真相が浮かんだ。が、そのことについてじっくり考えている余裕はない。
墜落する前になんとか着陸させる。腹が地面を擦り、バウンドしてようやく止まった。
外に出ると、何の音もしない。霧と言っているが水ではなく、何かの微細な粒子らしいのが感じ取れた。
と、靄の彼方から何かがやってきた。それは確かに、ムサシが言っていた、ひらひらしたカーテンのようなものだった。
(巻き付いて連れていくなら好都合だ)
そう思って身構えたが、光る帯は隼人の体を調べるように一瞬かすめ、それきり巻き付くことはなく戻ってゆこうとした。
一瞬、カッと燃えるような怒りが噴き上げた。
「ふざけるな」
とっさに手を伸ばし掴む。その途端、柔らかそうな外見のまま鋼のように硬くなったが、更に力を込めて握りしめる。血が吹き出たが構わず手繰り寄せ、地を蹴った。
物理的に移動したのではない、時空を超えたような感覚があった。ゲッターに乗って、敵を追って速度の限界を超えたような場合に、時折おぼえた感覚だった。
内臓が口から出そうになる。それを懸命におさえつけた時、掴んでいたものが消滅した。
「!」
地面に叩きつけられる。苦痛と砂利を噛みしめて、地面に手をつき、上体を起こした。そこに、
【何故来た】
はっとし、目をこらす。
何も居ない。しかし、何かが居るのがわかった。
「誰だ。なぜ人間をさらう」
【お前は要らない】
問いに対する答えではないのに、なぜか隼人にはそれで意味が通じた気がして、片頬をひきつらせ、
「うるせえ」
吐き捨て、ペッと唾をはくと、
「うちの1号機パイロットは貴様等のお眼鏡に叶ったってわけか?勝手にスカウトされちゃ困る」
痛みをこらえて立ち上がり、まっすぐに体を伸ばすと、
「返してもらうぞ。あんなのでもゲッターに乗れる…」
やつは貴重だとかなんとか続けようとしたが、突然空気がぐぅっと捩れたように軋んだ。
(なんだ?)
何者かの声がきしみながら響きわたった。
【ゲッ…タ、ァー】
【それ、だ。それだ】
【それだ】
我が意を得たとばかりの声が響き渡る。
それはまるで宇宙の深淵そのものの声に聞こえた。
空間がゆがむ。重力が狂って、どっと背にのしかかってくる。膝を突きそうになって耐えながら、
こいつらがどこから来たのかはわからない、銀河のかなたからかも知れないし異次元からかも知れない。とにかくこいつらは何らかの理由でゲッターエネルギーを必要とした。それ故、地上から、ゲッターエネルギーの反応があるものを片っ端から連れ去った。吸い取り、奪い取るために。
それゆえにゲットマシンに反応し、ある種の人間を連れ去ったのだ。そして竜馬を。
竜馬にからみつき連れ去ったこいつらの触角が、自分を素通りした瞬間を思い出すと、背筋が冷たくなるような、同時に胃の底が煮えるような感情がこみあげてくる。
【お前は要らない】
―――ふざけるな
軽くいなそうと思う。それどころではない、目的を見失うなと自分に向かって言い聞かせる。落ち着けと口を動かそうとした。
だが、動かない。
屈辱や落胆でなく、羞恥や悲嘆でなく、
怒りが、隼人の奥底から炎を上げ、躯をなめる。
それが目から、口から、全身からほとばしった。
「リョオ」
絶叫が空間を斬り裂く。
「戻れ
こいつらをブッ倒すぞ」
相手の中に驚きに似た波長が渡った。
【こいつには、さっきまで無かった筈だ】
まだ何か言い続けている、その意識が、内側からぐうっと膨れ上がった。ほぼ一瞬だった。悲鳴に似た波動を残して、それらは内側からの圧力に耐えられず破裂し四散した。
中から、竜馬が現れた。熱風にあおられているように髪がゆらゆらと立ちのぼっている。目を閉じ、僅かに口を開き何か呟いていたのが、ふと目を開く。
金色に輝く目で隼人を見る。しばらく見つめた後、
呼んだか?
応じて、右手を伸ばした。
隼人も右手を伸ばし、ぱんと音を立てて握った。その手は溶鉱炉から流れ出る金属のように熱かったが、隼人は放さなかった。手がジュウと音を立て、手袋とバトルスーツの熔ける臭い、肉の焦げる臭いがした。だがそんなことはどうでもよかった。
そのまま隼人はぐいと手を引き寄せた。
その後ジャガーが直ったところでゲッターロボと正体不明の敵との戦いが始まり、長い時を経て敵を殲滅した。行方不明になった人間の幾人かは戻ってきたが、記憶を失ったり、逆に別の記憶が加わったり、人格が変わったり、あるいは「何故この石がここにあるのかやっとわかった」と言って失踪したりした。
隼人は、神経も筋肉もズタズタになった右腕の治療をする暇もなく戦闘を続け、それが終わる頃には右腕はもう完治不可能だという診断が下った。だが本人は別段どうということもないようだ。
「片腕でもジャガーが操縦できるように改造したから、それでいい」とのことだった。
タイトルは…さらわれた相手を地獄まで行って連れ戻す男、というような意図です
竜馬はあっち側の人間かも知れないけど、全ての前にまずなによりもゲッターチームの一員で、「敵だ!こいつらを倒すぞ」「おう」で繋ぐ手に勝る強い結び付きはないのだと思う。
「隼人を取り戻すために竜馬が行く」形でも考えて、どっちにするかさんざん考えましたが、こっちにしました。竜馬の場合では『赤いオルフェ』ですな。
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