「ったく、面倒くせーな」
ぶつぶつ文句を言いながら竜馬がやって来て、部屋の上のプレートを確かめる。第四会議室。
普段はあまり使われていない一室のドアを開けると、既に他の三人は来ていて、そろってこちらを見た。
予備的な部屋ではあるので、他の会議に使っている部屋と比べると少しばかり狭い。とは言え、たった三人、今来た竜馬を含めても四人しかいないとなれば、やたらだだっぴろく感じるものだ。コの字型になっている机の、二辺に一人ずつ、一段高くなった司会の机に一人と、各々がばらばらの辺の位置にいるため余計に広く感じられる。竜馬の入ってきた入口に一番近い位置にいたのは隼人で、白衣を着て腕組みをしている。
どうやらこいつも何かの途中で来たらしいなと竜馬は思った。
「遅いぞ。待ちくたびれた」
感情のない声で言われ、
「しょうがねえだろ。遊んでた訳じゃねえや、風防実験につきあってたんだ。ひとを一方的に呼び出したヤツに言え、そういうことは」
言い返して、『ひとを一方的に呼び出した男』の顔を顎でしゃくった。
武蔵は別段すまなそうでもなく、竜馬が時間に遅れたことをとがめるでもなく、一回偉そうに咳をしてから、つくったような重々しい声で、
「これで全員集まったな。よし。…
じゃあお前ら、話を始めるぞ」
「あいつ、何とち狂ってんだ?」
「知らん。さっきからずっとああだ」
竜馬は首を傾げて、他の二人に倣って残りの一辺の机についた。
「お疲れ様です先輩」
隼人と対面の位置、竜馬から左斜めの位置の弁慶が腰を浮かせてぺこと頭を下げた。
「おう。お前は何か聞いてんのか」
「いえ、全員揃ってからだと言われました」
と、武蔵がこっちを向いて、
「そこ。私語は慎むように」
竜馬は目を丸くし、弁慶は素直にすみませんと言った。武蔵は再び重々しくうなずき、
「さっそくだが今月の27日は、何の日かわかっているな、お前ら」
「今月の27日ぃ?」
竜馬が頓狂な声を張り上げ、弁慶は目をうろうろと泳がせ始め、隼人は別段何も変わらないが、目が一回ちらりと天井を見た。『アレか?』という動きに見えた。
いつまで経っても誰も何も言わない。
武蔵の目が徐々に徐々に見開かれてきて、
「知らないのかよ、お前ら!」
ばーんと机を叩いた。黒目がうずまきになっている。危ない。だがしかし、
「知らねえよ」
びびる、ですらなくあっさりと竜馬が言い返し、
「すみません、新人なもんスから」
弁慶は謝りながらも最後にがっはっはと笑い声をつけ、
「………」
隼人は何も言わない。が、もう一度ちらと天井を見た。
ああもう、と武蔵は頭を抱え、どん、どんと机をたたきながら、
「同じゲッターチームとして嘆かわしい。信じられん。ホントにお前ら早乙女研究所所員か」
三人は顔を見合わせ、相変わらずどーぉでもいいという口調で、
「知るか。勝手に連れてこられたんだ」
「同じく」
「どうなんでしょうね?」
考えてみると、自ら志願して入ったのは自分だけなのか、と武蔵は顔に縦線が入る思いで、
「あーもういい。今月の27日はミチルさんの誕生日なんだよ!」
「え?ミチルさん?」
隼人がああという表情になって、やっぱり、と口の形だけで言った。
「へえー、そうすか」
弁慶がにこにこと返したのに、
「言うことはそれだけか」
ものすごい顔で睨まれる。首をすくめた弁慶を数秒にらんでいたが、突如斜め上を見上げ、
「いつもいつも、俺たちの事を温かく見守ってくれる、太陽のようなその笑顔。歳もそう違わないのに、まるで母さんや姉さんのように俺たちを包み込んでくれるその優しさ。いつも元気で明るくて朗らかで、面倒見が良くて足がすらっとしていてなんといっても可愛くって可愛くってにこっと笑うと天使のようで」
何か、ハンカチか手拭いのようなものを揉みながら、一人で悶えている。眉間にシワをよせているが、口元はうっとりと微笑みを浮かべている。三人は各々の表情で、その一人舞台を眺め続けた。その後暫く、ミチル賛美をしていた武蔵だったが、数分後ようやく戻って来て、
「そのミチルさんの誕生日だぞ。いつもの御礼もかねて、心からミチルさんを喜ばせてあげようって気に、なるだろうが。え」
「あっはあ、そうですね。勿論ス」
「そうだろう」
武蔵は満足げにうなずいた。竜馬は首を捻って、
「喜ばすって、どうするんだ?何かプレゼントするのか?俺は金持ってねえぞ」
「かァーつ!」
言った途端にカツを入れられて首だけちょっとのけぞる。
「…なんだよ」
「ものをあげればいいって考えはどうなんだ。情けないと思わねえのか」
んー?と顔を覗き込まれて、なんだかこいつ今日はやっぱり変だ、どういうスタイルなんだ…と思いながら、
「いや普通誕生日ったら何かあげるってのが習慣じゃねえか。だからそう言っただけだ」
ちっちっち、とふっとい指を振り、わかってねえなあとさも自分はわかっているようなことを言った。
「ミチルさんはなあ、まだ若い女の子なのに、毎日毎日むさい男の面倒を見続けで、全然遊びになんか行けやしねぇんだ。一日、ぱぁっとこう、楽しい思いをさせてあげるのが何よりだと思う。どうだ」
大分前から一人でいろいろと考えていたらしい。
どうだ、と見渡されて、三人は顔を見合わせてから、
「まあ、そうかもな」
「ん」
「楽しい思い出をプレゼントってやつですね、先輩」
最後にそう言った弁慶に、その通り!と声を張り上げ、
「いい事言うじゃねえか弁慶。気に入ったぜ」
「ありがとうございます」
「という訳で、問題のXデーにミチルさんおもてなし作戦の決行だ」
「いや、Xデーじゃなくて今月の27日だろ」
「いちいちうるせえぞ。これからは、この作戦に関しては俺の指示にしたがえ。わかったな」
辟易した顔でわかったよ、と言い返し、
「すっかり張り切ってやがる」
小声でぼやいた。と、その時、ずーっと組んでいた腕を解くことなく、隼人が、
「第一回の会合はこれで終わりだな。俺はもう行くぞ」
「おう。明日、同じ時刻に第二回を開くからな。必ず来いよ。来なかったら連れに行くからな」
隼人は返事をしなかったが、さすがの無表情男の顔にも、『うんざり』という文字が表れていた。
27日は思いっきりおめかしをして、10:00に玄関のところへ来て下さい、と武蔵に言われたミチルは、
「いけない、もうすぐ時間だわ」
ばたばたと階段を下りてきた。
おめかしして外出という機会は、父親のお供でパーティに出席などまあ無いわけではないが、それよりもう少し気張らず、かつイトーヨーカデーに買出しに行く、というのよりは上の、要するに『日曜日のお出かけ』に相当するものが、ミチルの場合同年代の女の子たちに比べると全くもって少ない。
友達のエリカもミチル同様、研究バンザイの生活を送っているが、それでもデートの何回かはしているらしい。
「デートかあ」
いい響きだとは思うが、なにぶん相手がいない。
研究所の外へ探しにいく暇も気もないし、研究所の中で今更デートしましょうという間柄になる対象もいない。皆それぞれに魅力的だとは思うのだが、内情が知れすぎている。気絶していたり錯乱状態で運び込まれてきた相手を介抱してやったのが初めての出会い、なんていう相手と、今更甘いムードになろうといっても難しい。
「やっぱり、遅刻遅刻って言いながら角を曲がった途端にぶつかって、はずみでキスするとか、そういうんじゃないとね。出会いは」
ミチルは一人で冗談を言ってくすくす笑い、その笑顔のまま玄関に出て、
目をまん丸くした。
男が四人、自分を待っていたらしい、それぞれの位置からこちらを見た。
四人の顔は勿論知っている。毎日見ている。ゲッターに乗っている四人の男だ。しかし。
四人が、パイロットスーツを着て勢ぞろいしている姿は何度か見ているが、ただのスーツを着て勢ぞろいしている姿というのは、これが初めてだ。
ぴっかぴかのセドリックはどこから借りてきたのだろう。その運転席のドアに寄りかかって隼人、ボンネットに腰掛けて竜馬、後部に立ってにこにこしている弁慶、それから代表のように真ん中の武蔵が一歩前に出て、
「お誕生日おめでとうミチルさん!」
そう言って、後ろに隠し持っていた真っ赤なバラの花束を差し出した。
「わあ…」
素直に、ミチルの顔に喜びが咲きこぼれた。
「きれい。有難う、武蔵くん、皆」
手を差し出して受け取る。武蔵がもうこれ以上ないという様子で、ぷるぷるしている。それに思わず笑ってしまいながら、
「皆すごくかっこいいわ。どうしたの?その格好」
「今日はミチルさんのお誕生日ですからね。楽しんでもらおうということになって。俺たち四人でエスコートします」
隼人がそう言ってにこりと笑った。
「本当?」
大きな目が驚きと喜びに見開かれ、きらきらと輝いた。
「嬉しいわ。とっても。それに本当にすてきよ、四人とも。ドキドキするわ。似合うのね、そういうの」
「ミ、ミチルさんも、とってもすてきです」
「あら、そう?おめかししろって言われたから、ちょっと頑張ったんだけど。こんなのでよかった?」
「勿論です!」
期せずして、武蔵が渡したのと同じ、きれいな赤のドレスは、あっさりしたラインだが着ている本人の魅力を十二分に引き出している。赤の強さと華やかさに負けない、強い輝きを着ている方も持っているというあたりだろうか。
短めの裾からすらりとした足が伸び、胸元は下品にならないくらいにあいていて、白い胸元が目にまぶしくて武蔵は倒れそうだ。
「いやぁ、ホント可愛いっすね!ミチルさんて。俺こんなに赤の似合うカワイコちゃんって見たことないっすよ!」
武蔵がぽーとなっている隙に、弁慶が顔に似合わずはきはきと誉め言葉を並べる。ミチルはまんざらでもなさそうにうふと笑った。
「へえ」
竜馬も思わず感嘆のつぶやきを漏らした。うん、確かにぐっとくる。じろじろ眺め回したくなる魅力満点だ。
「ふん」
隼人は何故か満足げにうなずいている。どういうルートを通った満足感なのかよくわからない。
「さぁ行きましょうよミチルさん!先輩もほら、突っ立ってないで」
「お、おう」
「そうね。行きましょうか。どこに連れてってくれるの?」
明るくはしゃいだ声に、武蔵は咳をして、
「まずは、湖畔公園に行って、そこで早めの昼食にします」
「スケジュールがすっかり出来上がってるのね」
武蔵がミチルのためにあけてやったドアから乗り込みながら、くすくす笑って、
「楽しみだわ、武蔵くん」
「はいっ」
きりきりっと背筋を伸ばして、答える。ミチルと、他の三人もちょっと笑った。
でも、後部座席に三人ていうのは、ちょっときびしいかも。皆カラダはごっついから、とミチルは思ったがあえて言わなかった。
「トップバッターは俺ってことで、宜しくお願いします」
弁慶がにたにた笑って、さあどうぞと手を伸ばした。その手につかまって、身軽にひょいと乗り込む。ぐらりと揺れたが、ミチルはきゃあとも言わず、落ち着きはらって腰をおろして、
「湖の公園に来たらやっぱりボートなのね」
「そうです」
うなずいて、ぎーこぎーこと漕ぎ出した。上は脱いでワイシャツの袖をまくっている。太い腕が引いて返る度に、ボートに乗っていてもわかる力の移動があって、面白いように進んで行く。波を蹴立ててといった感じだ。ミチル側が少し浮いて見えるほどのスピードだ。
こういうことにもコツがある。ただやみくもに力を入れれば進むわけではない。弁慶くんはコツを飲み込むのが上手なのだなとミチルは思った。
がっつんごっつん進まないで居るカップルたちをどんどん抜いて、二人のボートはあっという間に湖の中ほどへ進んでいった。皆呆れて見送っている。
「はやーい。うふふふ、面白い」
「面白いっすか」
「ええ」
「そりゃよかったっす!それそれそれそれ」
ぎーこぎーこぎーこぎーこ。ミチルの笑い声がボート乗り場の側にいても聞こえる。
「楽しんでくれてるようじゃないか」
隼人が言った。二人がうんとうなずく。
「にしてもすげー速さだな。むずむずしてきたぜ。俺も行って競争挑むか」
「やめろ。今日はミチルさんを楽しませる日なんだぞ。個人的な戦いはこの次にしろよ」
断固として武蔵に言い渡され、竜馬はちぇっと言ってから、
「わかったよ。ひるめしはどこで食うって?予約は入れたのか」
「もちろん」
重々しくうなずいてしゃくった先の、ちょっと小高い場所には、こぎれいな真っ白いオープンカフェがあった。
「ご予約席、とフダが特等席につったっているのが見えたな、さっき」
隼人が呟く。マメだなと竜馬に言われて、武蔵は昂然と顔を上げ、
「今日のために、ニヶ月前から構想を練ってきたんだ。俺は」
二人は今度は黙って、ただ武蔵を見た。
周りにだれーも居なくなった。弁慶が腕を止めると、すーと水面に波紋がひろがってゆき、ボートが止まるのと同じ速度で、ゆっくりと消えていった。
見上げると眩しい青空が広がり、周囲は翠色の面が広がっている。ミチルは空を仰いで、ううんと深呼吸し、
「きれいねえ。気分がすごくのびのびするわ」
「そりゃよかったっす」
嬉しそうに笑っている。その顔に笑い返して、
「今日のは何時頃から計画してたの?やっぱりムサ…ううん、いいわ。皆のおもてなしを喜んで受けるってことでいいわよね」
「そうして下さい。ミチルさんにはいっつもお世話になりっぱなしだから、せめてお誕生日にお返ししようって話なんですから」
「ありがとう」
と、弁慶がどこからか真っ白い日傘を取り出して、開くと、差し掛けた。
ちょっと驚いてから、うわあと言ってそれを受け取る。
「まるでお嬢様ね。お姫様みたいだわ」
「今日は、両方っす。いやいつもですけど。いつもはその、お嬢様にしてはコキ使ってますから」
「いいわね、こういうのも」
くるくると日傘を回しながら笑いかけてくる娘は、本当に溌剌として、生き生きとして、輝くようだ。
(武蔵先輩の気持ちがわかるっす)
思わずにへら〜と笑い返した。
ミチルは、弁慶のでかい鼻の頭に浮かんだ汗を眺めていたが、
「もう慣れた?研究所に」
「あ、ええ。もうすっかり。って言っちゃっていいのかどうか。操縦のウデの方は、まだまだですけどね」
苦笑してから、
「ゲッターって、小器用な人はかえって向かないと思うわ。シミュレーションゲームで満点出したからって、乗れるものじゃないもの」
「ああ、うん、それはそうですね」
「そうでしょ。弁慶くんのボートの漕ぎ方見てると、きっと大丈夫だと思うわ。そのうち、ゲッターと、こう…ぴぴって繋がる時が来るわよ」
「そうすかね」
思わず身を乗り出して尋ねた相手の顔が、ことのほか真剣だ。ミチルは真面目な顔でうなずいた。
「そうよ」
それ以上、保証の言葉は付け加えなかったが、なんだかとても、未来に希望の光が射した気持ちになる。
微笑んだ相手の顔を見守って、
(武蔵先輩の、気持ちがわかるっす)
もう一度、同じ事を今度はもっと強く思った。
周囲から、『この四人組とカワイコちゃん一人は一体どういう関係なのだ』という視線を浴びながら昼食を済ませ、次は遊園地に行った。
「今度は俺だ。行こうぜ」
竜馬に言われて、うん!とちょっぴり男の子のように応じ、二人は軽やかに走っていった。
カートに乗る。ミチルの服と同じ赤い車だ。
「つかまってろよ!」
ぐいとアクセルを踏む。二人を乗せたカートは急発進した。ミチルの笑い声が響く。
「どけどけてめえら!ミチルさんに道あけろぃ!」
ここでもいちゃいちゃのろのろと進んでいたカップルを蹴散らして、赤い車はふっとんでいった。さっきのボートを見て火がついたらしい。
「あ、いけね。今日はミチルさんを楽しませる日で、俺の…俺のなんとかはこの次だったぜ」
竜馬が呟いたのを聞いてミチルがええ?と笑った。
「俺の何?」
「えーっと、俺のなんだっけな、闘争本能じゃなくて。まあいいや」
「竜馬くんの闘争本能は、休みの日なんか無いんじゃないの?」
「ん、そうかも知れねえな。でも今日は休みなんだ。ところで楽しんでるか?」
ズバリ聞かれて、ミチルは今度こそ声を上げて笑った。ミもフタもない。普通の娘だったら、なにこの無神経な言い方、と思うところだろうが、竜馬なりにミチルのことを考えてくれているのだということが、ミチルにはわかった。何しろ、自分の闘争本能は休みにするとまで言ってくれているのだから、あの竜馬が。
「楽しいわすごく。竜馬くんは?」
「もちろん楽しいぜ。でもミチルさんが楽しいのが何よりだからな」
「あら」
ぶっきらぼうな口調で、嬉しくなるようなことを言ってくれる。自分ではそんなことを言った自覚はないのだろうが。
その、自覚の無さがミソだなあ、とミチルは微笑む。竜馬くんがまじめに誰かを好きになったら、さぞや情熱的なんでしょうね。誰なのかしらね。ちょっと気になるわ。
竜馬はスーツを着たまま運転している。あと暫くはひろーいコースをゆるやかに回るだけだから、右腕一本で運転している。左手はただハンドルに添わせただけだ。その手首に通信機を兼ねたごつい腕時計がはまっているのを見ながら、
「竜馬くんのスーツ姿初めて見るわ。ていうか隼人くん以外のね」
「おう。俺も初めて着るぜ。なんだか、窮屈だな。ネクタイ結んだのも初めてだしよ」
「借りてきたの?それとも隼人くんの?」
「貸衣装だ。野郎のじゃ足が余るんだ、シャクだけどな。七五三て言いやがったぜ。ちっ」
くすくす笑っている娘をちろりと見る。女が憧れるような、がりがりに痩せた身体ではないし、男が夢見る豊満なおっぱいというタイプでもない。鍛えられていて、しなやかな肢体だ。いい匂いがする。女の子の匂いだ。
女性であることを、わざわざアピールするタイプではないが、それでも充分、狭いシートの隣りに居られると、なんかこうドキドキして幸せな気持ちになる。顔は武蔵に念を押されるまでもなく可愛いのは確かだし、性格はさっぱりしていて拘らなくてしゃっきりしていて、いやむしろ、こういうタイプの方が、好きだな。
うん。俺も結構楽しいかも知れねえな。
「飛ばすぞ」
「うん、飛ばして!」
「よっし」
竜馬は歯をムキ出して笑うと、うきうきとアクセルを踏み込んだ。
すっかりいい気持ちになった竜馬は、次のコーヒーカップで一分間に何十回というスピードでぶん回した。ほとんどゲッターの適性検査みたいな回転数だった。
一基、宙を飛びそうな勢いで回転しているコーヒーカップを、少し離れた位置で、他の三人は口を開けて眺めていた。終わったところで駆け寄り、
「竜馬、このバカ、ミチルさんを殺す気か」
「いやその…なんか楽しくなっちまって。悪いミチルさん」
「大丈夫ですか」
ミチルはけらけらと笑って、
「すっ…ごく面白かった」
親指を立ててみせた。
打って変わって静かな建物の中を、ミチルの赤い靴がゆっくりと進んでいく。
柔らかな空気と、ごく静かなBGMが流れる中、絵から少し離れた位置から、つくづくと嘆息して、
「いいわねえ。私あの夜桜と月の絵が一番好きよ。『花明り』ね」
「そうだろうと思いました」
彼女は今度は美術館に居た。隣りに居るのは隼人だった。
二人は東山魁夷展を見ていた。もう午後も遅い。
「ミチルさん、大丈夫ですか」
「なにが?」
「疲れたでしょう。あちこちひっぱりまわされて」
ミチルはちょっと可笑しそうに隼人の、自分よりずっと高い位置にある顔を見上げて、
「ううん、全然。楽しくて疲れるヒマなんかないわ」
それから、ホントよ、と念を押して、
「気をつかってくれるのは嬉しいけど。でも本当に私、楽しいわ。今もね」
にこりと笑う。
「いや、ムリをしないで…」
「隼人くん」
腰に片手を当てて、もう片方の手の人差し指で隼人の顔をつんつんと指し、
「決め付けないで頂戴。気を使いすぎるのも、女の子に嫌われるわよ」
ぐっと詰まる。目の前の大きな茶色の目が、屈託無く笑って自分を見ている。参ったなと思う。どうも、俺様ともあろう者が、この大きな目の娘にはかなわない。
「わかりました。すみません」
そう言って頭を下げると、
「わかればよろしい」
そんなお茶目を言って、ねえねえこの絵って、随筆に出てきたわよね、と言いながら手をとって引っ張った。
引っ張られながら、ああありましたね、風景との…出会いだったか、と言っている後方遥かで、
「いいなあ。ミチルさんに手を取られてるぞ」
「いいっすねえ。手を繋いでるっすよ。いかにもお似合いですよね、隼人先輩とミチルさんて」
「そうだなあ。なんたってあいつは背があるからな」
「顔もかっこいいですしねえ」
「それはどうか知らねえが、こういうキョーヨーが必要な場所には、うってつけだな」
ぼそぼそと会話している。
「でもあの唐招提寺の壁画も好きなの。三部作で。なんだっけ」
「『濤声』ですか」
「それそれ。スケールが大きくてどっしりして力強くて」
ミチルさんらしい誉め方だなと思う。が、続けて、
「ゲットマシンが飛んでそうな絵なのよ」
思わずぶふっと笑ってしまう。
「波間を飛ぶゲットマシンですか」
「そうなの。似合うのよ」
相手がお付き合いでなく本気で笑っている、のがミチルにもわかったらしく、なんで?という顔ながら、嬉しそうだ。
隼人くんは万事、『全体を見渡して言うべきことを言い、相手に合わせる』やり方でもって居るけれど、
「二人で絵を見てるなんて時はやっぱり、本心で笑ってくれてる方がいいものね」
「なんですか」
「なんでもない。隼人くんはどれが好き?」
「俺は…」
ちょっと考えてから、
「『道』でしょうか」
「そう」
ミチルが目を輝かせて、
「もっと、静かで綺麗な感じのを選ぶのかなと思った。湖に月が映ってるやつとか。ふうん。いいわね。あの真っ直ぐな道をずうっと、歩いていくのね。どこまでも」
「そうですね」
「なんだか嬉しいわ」
そう言って、微笑んだ娘の顔が、隼人には妙に大人びて見えた。
カウンターにとまって、指を鳴らそうとしたが失敗した。
「こっここ、このレシピでつくってくれたまえ」
武蔵の声が裏返っている。バーテンは笑うことなく、かしこまりましたと答えて、メモを受け取った。ブランデー2に対してオレンジキュラソー1、グレナデンシロップ。
「あれ、どうしたの?」
「隼人に聞いてそれをちょっとアレンジしました」
ことり。鮮やかな宝石のようなグラスが置かれる。
「ミチルさんのためのカクテルです。お誕生日ですから」
「すてき。有難う武蔵くん」
「い、いえっ」
どう見ても緊張しているし、どう見ても不似合いだし、どう見ても場違いだ。
「なんであいつなんだ?こういう場所こそお前じゃないのかよ」
こっちは離れたテーブル席について、二人を見ながら、ウィスキーの水割りを飲んでいる竜馬に、
「そう言うな。こういう場所を受け持たせてやらなくては、発起人の面目が立たないだろう」
隼人は車を運転しなければならないのでウーロン茶を飲んでいる。ウォッカを飲もうとジンを飲もうと別に関係ないのだが、今日はミチルを乗せているので自重した。
「そうですよ。一番張り切ってたんスから、武蔵先輩」
弁慶は相変わらず腕まくりをしたまま、がーとビールを呑んでいる。ショットバーもビアホールもあまり関係ないようだ。
「そりゃそうだろうけどよ。…なんだかなあ、あの後ろ姿」
確かに、クマが下界に下りてカクテルを飲みにやってきた、みたいだ。
隣りの赤いドレスの娘が屈託無く何か話し掛けて、華やかに笑ったのが見える。クマは、緊張した背中のまま頭を掻いている。
「可愛いなあ、ミチルさん」
げふとげっぷをもらした後、弁慶がとろんとした顔で言う。
「そのうち、誰かのものになっちまうんですかねえ。つらいなあ」
「お前は早乙女のじじいか。なにしみじみ語ってんだ」
「いやあでも、ミチルさんが研究所にいなくなったら、寂しいですよ。で、たまに子供連れて遊びに来たりして。くはぁ、俺、つらいっすよ。ええ」
「子供まで産んだのかもう。早すぎるぞ」
竜馬が呆れ声を上げたが、
「女のコは相手が出来たらあっという間っすよ。その方がミチルさんにとって幸せかも知れないし」
最後の方はため息まじりにさえなっている。
その情景はまあ、いいものかも知れない、と隼人は思った。勇敢で、懸命で、男のような魂を持った娘だからこそ、子供を産んで賢く強い母になった姿を見せてくれることが、何より…
「何より、ほっとするかも知れないな」
「何が」
「いや、早乙女博士も、研究所所員も、俺たちも」
「何を」
「だから、ミチルさんが、子供を産んで」
「お前までそんなこと言ってんのか!?お前ら、ちょっとヘンだぞ。その…」
こういうの、なんていうんだ、と考えてから、
「フケツだ」
言ってはみたものの、やっぱりそぐわなかった。二人が首を傾げている。
「弁慶くんにちょっと聞きかけたんだけど。やっぱり聞かせてね、今日のプランナーって武蔵くんなの?」
「はいっ。一応その、俺が考えました」
「そうなんだ。バラエティに富んでてとっても面白かったわ。才能あるわ武蔵くん」
「な、何の…」
「えーと、デートコースを考える才能かな?」
デート。デート。そうか。そうだな。今日のはデートだ。相手が四人もいるから、えーと、グループ交際か。でも、女の子が一人しかいなくて、相手がとっかえひっかえっていうのは、何だろう。
「ハーレム交際?」
「え、なに?」
「なんでもありません!」
ミチルが苦笑している。夜の店の、照明の下でも、光り輝くようだ。
そうかあ。俺は今、ミチルさんとデートしているのだ。カウンターで二人お酒を飲んでいるんだ。何を今更なことにようやく実感がわいてきたらしく、
「…武蔵くん、どうしたの?」
「俺は幸せです。くくく」
どうやら涙ぐんでいるようだ。変な武蔵くん、酔ったの?と言いながらミチルが肩をさすってやっている。ミチルさんの手だ。俺の肩に。ああ。俺の誕生日でもないのにこんなイイ思いをしてしまっていいんだろうか。ゲッターの神様ありがとう。
相手の惑乱にちょっとびっくりしているようだが、慌てては居ない。また笑っている横顔に、
「でもやっぱり、もう少し、このままでいて欲しいですねえ、俺は」
弁慶が勝手にうなずきながらそう言う。
「そうだな」
「ん」
他の二人もちょっと微笑して、同意した。
「武蔵くんごめん。トイレ行ってくるわ」
「あ、はい。そこまっすぐ行って、左に曲がった真っ直ぐ先です。ちょっと通路コミ入ってますけど」
「トイレの場所までチェック済みなのね。さすがねえ」
少し高いスツールからすとんと降りて、すたすた軽やかに歩いてくる。三人のいるテーブル席の脇を過ぎる時、そっちを見て、うふふと笑ってみせた。弁慶は挙手のように手をあげ、竜馬は片手をぷらりと振り、隼人はうなづくように目礼した。
「結構飲んでたと思うけど、足しっかりしてましたねえ」
「あいつの方が、帰り歩けるのかって感じだぞ。弁慶、お前おぶって帰れよ」
「えー俺がですか」
「サイズからいって当たり前だろう」
その時、
「おい」
隼人が低い声で言った。二人がさっと見る。なんだか、チンピラみたいに見える、あまり柄のよくない酔っ払いが数人、ニタニタして通路を入っていく。トイレの方だ。
「トイレ、トイレと。本当に遠いわね」
独り言を言いながら頭上に女子トイレのピクトサインを探しながらどんどん奥へ入っていくミチルの後ろから、
「ねえねえ」
「オシッコするのキミ」
小走りにやってくる影がある。見ると、声のまんま、という感じの安い若い男が何人かいる。
いやだ。こっちは漏れそうでガマンしてるのに。
「オシッコしたら一緒にどっか行かない?」
「行こうよ」
ミチルはきっとなって言い返した。
「連れがいますので遠慮します」
「ツレってあのずんぐりむっくりしたのっしょー?なんでキミみたいのがあんなのと一緒に飲んでんの」
「罰ゲームとか?」
男たちはうひゃひゃひゃと笑い出した。ミチルはかちーんときて、
「失礼なこと言わないで!」
「いいからさーオシッコしてきなよ。俺たちここで待ってるから」
「それとも一緒に行こうかトイレ」
「そうしよー」
どろどろと近づいてくる。ミチルは油断無く身構え、どいつから蹴ってやろうかと思ったが、通路は狭いしオシッコはしたいし、う〜と思う。
「うひょひょひょかわいい〜。やっちゃいたい。一番のりは俺だ」
「俺だってばあ」
「待て」
呼び止められ、男たちは素直に振り返った。
逆光になっていて、そこにいる男の顔はほとんど黒に見えた。たとえ逆光でなくても真っ黒に見えただろうが、その暗黒の中に、白い歯がニタリと笑みの形になって、
「やっちゃいたいだと?何をだ」
「え、だからぁ、このコを、みんなで…」
バカな酔っ払いは、自らが招き、もうじき自分たちの身の上にやってくる不幸にまだ気づいていないらしく、へらへらとそーんな返事をした。
「ほう。そうか」
声が笑った。
その後ろにいる、二つの影が、ゆらゆらと追いついてきて、
「なら、オレらもやっちゃいましょうよ先輩」
「そうだな」
どうも、この三人の声が、人間のそれに聞こえないのは何故だろう。
酔っ払いたちはひゃっくりをニ三回してから、
「ダメだ。俺たちが先にめっけたんだから。俺たちが先にやっちゃうの」
「そうそう」
「そう言うな」
先頭の影が、ほとんど囁くような低い声で言った。
「先にやらせろ。
お前らをな」
一番、後ろ側に居た一人の顔に、拳がめり込んだ。
「………」
「………」
ものも言わず地面に崩れ落ちた仲間を見て、ゆっくり、ぱく、ぱくと口が開け閉めされる。
一人が悲鳴をあげた。途中で止まる。ぐげぇっぇぇ、と唸っている。喉を掴まれたのだ。
「ここは狭いしよ。店の外行こうぜ。もう一人、話したいって言ってるヤツが、あっちで待ってるしよ」
「やめて。助けて」
「もうしないから。もうなにもしないから」
「そう言うなよ」
別の一人がやたら陽気な声で、
「もう遅いって」
無慈悲にそう言いはなって、はははは、と笑った。ものすごい笑い声だった。
壁際で、口を押さえて、その光景を見ているミチルに、後ろの影のひとつが、
「どうぞ、用を足してきてください」
丁寧にそういって、手でその先のトイレを促した。間抜けだが、ドアボーイを連想した。
「戻ってくるまでには、全部済んでますから」
ミチルは、止めるべきだ、と思った。いけない。あのチンピラたち、殺される。そりゃ、つまらないバカばっかりだけど、殺すのはいけないだろういくらなんでも。
「あ、あのね、みんな…」
妙にしずかに、通路を外へ連れ去られていくチンピラと、連れ去っていくスーツたちの後を、ちょっと追いかけた。そして、
通路の先に居て、あっちが出口だ、覚えてるだろ、と言っている、さっきまで一緒に飲んでいた男が、ああもうとんでもなくこの上なくどうしようもなく手がつけられないほど、怒っている、のがわかって、
「武蔵くん」
男はこっちを見た。目がうずまきだ。
「…その、殺さない、でね?」
男はしばらくうずまきのまま突っ立っていたが、
「わかりました」
「本当?」
「はい。殺しは、しません」
…なんだか、いい具合の保証をしてくれた。う、と思うが、もう漏れそうだ。
「なるべく早く戻ってくるから」
「いえ、ごゆっくり」
後ろで武蔵が向こうを向いたのがわかった。
帰りの車内は、これまた妙に静かだ。なーんか気まずい、と四人の頭上に雲が上がっている。
ちくしょ。あんなクソ野郎ども、本当なら百回殴って丁度いい。…百回殴ったら原型とどめてないだろうけど。
バカは感覚で思い知らせるのが一番だからな。というかそれしかないし。
あったり前っすよ。ミチルさんにあんなヒワイなことを言って挙句に、やっちゃう?ばかたれが。またハラが立ってきた。
でもなあ、と武蔵は思った。せっかくの誕生日なのに。最後がこんな、思い出で終わるってのは。
俺のプランにこんなのはなかったのに。
なんか、楽しかった一日が、こんな締めで終わるなんて。ミチルさん、がっかりしてんだろうなあ。
「聞いてもいい?」
隣りの席のミチルに聞かれて、武蔵は弾かれたように振り返った。ミチルの向こうで、竜馬がなるべくドアにひっついて、真ん中に隙間を開けている姿で、こっちを見ているのが見えた。
「な、なんですか」
「うん。さっきの人たち」
困ったように首をかしげて、
「死んでないわよね?」
「死んでません」
断固として言い返す。
「そう…」
でも、この人たちなら、そういう目に遭わされても別に平気だけど、一般人では死んでるって目に、遭わせたんじゃないだろうか。
「大丈夫です。ただ、すっ」
言いかけて黙った。
「なに?」
「いえ、その、恥ずかしい思いをさせてやっただけです。目には目を、チカンにはチカンをということで」
「そうなんだ」
「はい」
ミチルが曖昧な笑顔になった。その向こうで、
「すっぱだかにして路上におん出したんだよ。服は没収した。まあ、イッパツずつ殴ったけど、それだけだ」
竜馬が言った。ミチルは真っ赤になって竜馬を見、武蔵を見た。
「俺らにしちゃ随分と優しいだろ。武蔵がな。ミチルさんと約束したんだって、頑張ってよ。一番ぶっ殺してやりてぇだろう男に言われちゃな」
「武蔵くん」
「いえ、せっかくの誕生日なのに。変なコトで終わりになっちゃって、申し訳ないです」
ミチルの顔にようやく、本当の笑みが戻って来て、
「そんなこと。皆に守ってもらえて、嬉しかったわ。お嬢様みたいだった。ボディガードが四人もいるなんてね」
「ミチルさんは俺たちの大事なお嬢さんですから」
武蔵が胸を張ってそう言う。
残りの男たちも皆、それぞれの席で、うん。と頷いた。
ミチルは、まあ、と言って、さっきの武蔵みたいにちょっぴり涙ぐんでから、
「ありがと」
ああ、いずれは誰かのものになっちまうのか、この笑顔が。
そんなやつは俺たち全員で。
すっぱだかにして路上へ突っ放してやる。一回は必ずやるぞ。
殺しはしない。ミチルさんが悲しむだろうからな。仕方ない。
おう。
四人はへん〜なところで、連帯感で結ばれた。
タイトルはビリー・ジョエルです。アタックはしてないけど、明るく楽しいゲッターを。という事であの曲の感じで書きました。最初に言いましたが真ゲッターOVAの絵で…まあ、武蔵と弁慶が並んでるから、あの絵でないと想像できないですけど。
真ゲッターOVAのミチルさん、きれいで可愛くてすごく好きです。だから隼人と竜馬のあの怒りがすごいキた。あの笑顔のままでいて欲しいですミチルさん!(今ちょっと武蔵がのりうつった)
彼女の誕生日はいつか知りません、一言お断り。
ささやかな別世界ものでした。ちょっと元気になれ…ませんか?
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