この世の果て


 闇を一条の光が切り裂く。
 それが最初のきっかけとなり、少しのち爆発、真っ白い熱線、紅蓮の炎が辺りの空間を埋め尽くしてゆく。
 そのさなかを駆け抜ける無数の機体の中に、編隊を組んで舞う三機の姿もあった。
 『おいでなすったぜ。毎度毎度どこから湧いて出るんだ、こんなに山ほど。なあハヤト』
 流竜馬の嬉しそうな声がマイクから聞こえてくる。
 そのはしゃぎっぷりに神隼人はフと笑い、
 「さあな」
 『フン。そっけねえやつ』
 マイクがかみついてくる。それにまた更に笑いながら、からかうようなことを言おうかと思ったが、結局止めて、
 「来るぞ」
 それだけ言い、操縦桿をぐいと入れた。
 ここが宇宙空間の、何という銀河の、どの辺りの座標なのかといった事は一切がわからない。そして今がいつなのか、地球の生まれる前なのか、太陽系が消滅した後なのか、それも全く不明だ。
 竜馬や隼人がこの場所にゲッターと共に連れてこられ、永劫の時を戦闘のために過ごすことになったのが、どれほど昔のことかも、もはやわからなくなった。地球での時間経過の計り方を持ち込んでも無意味なのだ。ここには朝も昼もない。時折かなたからやってきて、一同の頭上をかすめて飛び去る光の矢に一瞬照らされたり、不定期にとゆっくりと巡ってくる巨大な赤い星はあるが、それだけだ。ここでの時を計る針になるものは何もない。
 敵の攻撃をかわしかいくぐってぐうんと上昇する。目をつぶっていてもそこに居る同僚の気配を感じ取れる。
 「チェンジゲッター、1」
 声と意識がシンクロする。
 その瞬間、竜馬の意識が実際に、自分の中に入り込んでくるような感覚に襲われる。いや逆だ。メインはゲッター1だ。自分が、ゲッター1と同化した竜馬の中に、入り込むような感じだ。
 地球で戦っていた時も、「ひとつになって、戦う」感覚はあったが、あくまでも、相手の意思や意図がまるで自分のもののようによくわかる、次に何をどうするか言葉にしなくてもわかるといった所までだった。こんなふうに自分の肉体からいとも簡単に離脱するような、あるいは肉体そのものが流動的な在り方になるのは、ここに来て初めて味わうものだった。
 『今日の敵はこの前よりちょっと多いな』
 同じように同化した弁慶の声が自分の腹の中から聞こえた。弁慶はいつまで経っても、「今日」とか「この前」とか、地球にいた頃の時計をそのまま使う。もはや何も表していない、意味のない表現だが、俺にはこれしかないと言い無理矢理ではなく平然と、押し通している。それはそれで尊敬に値する。
 『何がどのくらい居ようとどうでもいいぜ。いくぞ、てめえら!』
 同時にゲッターが歓喜の雄叫びをあげる。無限の空間に機械であって命であるものの咆哮が響き渡った。
 おそらく、「操縦桿を握って、操縦する」「計器をチェックして、機体の状態を把握する」行為は、今の自分たちにとって不必要なものだろうと隼人は思う。もはや、思考し、決断することが、そのままゲッターを動かし、トマホークを握り、ビームを放つことになるのだろう。
 そこまで考えてから、
 竜馬は思考などしていない。ただ感じるだけだ。
 自分がこんなふうに、現状について、過去について、ゲッターについて、考えて考えて考えているうちに、竜馬はただ感じ取り、飛んで行くだけだ。
 おそらく竜馬であれば、操縦桿や計器類から離れてゲッターと繋がることも可能だろうし、ゲッターとひとつになることも簡単だろう。思考などせず、ただ感じ取るだけで。
 地球にいた頃、その違いがいつか、自分と竜馬をわかつことになるだろうと思っていた。否定しようとし足掻きもしたが、結局覚悟した。
 自分は大概の人間より相当レベルの上のおつむを持っている。つまらない自慢話ではなく厳然たる事実としてそれは承知している。しかし、そのことが、ほとんど何の助けにもならないことに、いつの時点でか気がついた。
 自分の持っているものでは追いすがれないらしいと。
 だが、何故か、自分は竜馬と共にその巨大な手に掴まれ、引き上げられ、この場所に運ばれたのだった。
 そのことについて考え始めると、気の違いそうな歓喜をおぼえ、次いで波が引いていくような侘しさと恐怖がつのってくる。
 自分のもっている切符では乗れない列車の筈だ。
 何かの手違いで、自分は間違って改札を通ってしまったのではないのか。

 つかの間戦闘が終わり、他の連中と共に三人も基地に引き上げてきた。基地といっても、宇宙空間に浮かぶ母艦のようであり、小惑星のようでもある。時には、巨大な生き物の内部のようにも感じられる。
 とにかくその空母か惑星か巨大生物かの内部の、長い通路を三人は歩いている。さっきから上機嫌で喋りまくっている竜馬に、天然ボケみたいな合いの手を入れる弁慶、それらを眺める隼人は、地球に居た時の見かけとは全く違っていた。三人の間での年齢差もあったし、最終決戦の頃は竜馬ひとりが若く、あとの二人は中年にさしかかっていたのだが、今は三人とも、初めてゲッターに乗った頃の姿になっていた。
 『年齢差』『肉体の実年齢』などというものも、ここでは意味のないものになっているのだった。
 じきに通路から中央部分にある広い空間に出た。ドーム状の天井は透き通って、無限の暗黒が広がっている。
 弁慶の周りをあっという間に幾体ものポンコツロボットが取り巻いてぐるぐる回り出した。半分壊れて頭部が取れかけている一体を捕まえると、「ジョーホー。おとなしくしろ」「ベンケイさん。ベンケイさん。ワタシは」とかなんとか喋りながらどっすんと床に座って修理を始めた。竜馬は、
 「よお。今回は楽勝だったぜ」
 いい加減ズダボロになっているくせにそんな軽口を叩きながら、その場に居た連中の輪に入って行った。燃えるような髪の青年や、赤く輝く目をした青年たちが皆笑みを見せて、竜馬を迎え入れ、それはどうだか、といったような言葉で受けた。
 顔の造作がどう似ているわけでもないのだが、皆、共通する表情をもった連中だ。
 (竜馬と同じ貌だ)
 そのことを、また何度目かに感じる。
 そしてまた、時折抱く氷のようなその塊が、今も胸にせりあがってくるのを感じた。
 その時、
 ≪ジンハヤト≫
 奇妙な響き方をする声に呼ばれ、そっちを見た。
 誰も居ない。しかし、居る。それは隼人も、ここに来てすぐ知った。
 その何かが巨大すぎて、自分には感知できないのだろう。さながらお釈迦様の指にとまっている孫悟空のようにだ。
 「なんだ」
 静かに、どこへということもなく尋ねる。
 ≪キミが、何を怯えているのか、ワタシは知っている≫
 声はどこか笑っているようだったが、冷笑とか、嘲笑というものではないようだった。そういう笑い方ばかりしてきた男は、まさにその笑みを口元にひっかけて、
 「そうか?」
 ≪そうだ≫
 声は悪びれず、いなすでなく、真面目に答え、
 ≪なにかの手違いで、キミがここにいるのではないかと思っているのだろう?≫
 今度は返事をしなかった。声は続けて、
 ≪あるいは、今は観察中で、どこかの時点で落第したら、強制的にかつての場所に引き戻されるとか≫
 なにか、軽い調子で、俺はそれほど深刻には思っていないとか、戻したいなら勝手に戻せばいいだろうとか、返そうとした。
 しかし、声が出ない。
 その通りだからだ。
 それにここでは、むっとして黙っていようと、焦りながら言葉につまっているのであろうと、そんなことは全て相手に筒抜けなのだ。
 屈辱だとかこの俺様がだとか、考える余裕も無い。
 ≪そしてチキュウに戻って、自分に何があったのかもすべて忘れて、そこでの人生を生きることになるのかと≫
 「やめろ」
 かろうじて声が出た。しかし、低くかすれ、ほとんど発音されなかった。
 その後静かに、
 ≪すまなかった≫
 声は謝って、
 ≪悪趣味なことを言ってしまったな。しかし、それは、キミのその煩悶と恐怖が、的はずれだからだ、ジンハヤト≫
 そしてまたかすかに笑ったようだった。
 的はずれ、と問い返すと、
 ≪そうだ≫
 声は律儀に肯定し、
 ≪キミは自分が、チキュウ人としては最上級にアタマがよく、その力でもってゲッターのすぐ近くにまで来られるが、しかしケッテイ的に足りないものがあって、結局は真実にたどり着けず落ちてゆくイカロスのようだと思っているようだが≫
 ふと、そんな固有名詞を知っているのかとぼんやり思った隼人の耳に、
 ≪安心したまえ。ゲッターが認めるほどに、キミは充分にイカレている。
 自分で思うほど、キミは理の徒ではないよ≫
 とんでもないことを言われているのだろうか。
 しかし、今の隼人にとって、それは真実、どんな誉め言葉よりも欲しい言葉だった。
 すぐに本当にか、本当にか、と訊きかえすことができない。この自分がそんなことをする情けなさよりも、『なんてね』とかわされる恐怖のためだ。
 ≪本当だよ。大丈夫だ≫
 そんな隼人の内側がすっかり見えているがごとく、相手は穏やかに、
 ≪ワタシが保証する≫
 それだけあっさり言って、うなずいた気配がした。
 呆然と、やや上の空間を眺めている隼人の姿を、少し前から竜馬は、
 (あいつ、何やってんだ?なんか、いろいろ言われてるみたいだが)
 そんなふうに思いながら眺めていた。
 隼人が何か言いかけて黙ったきり、立ち尽くしている姿にだんだんイライラしてくる。あいつはあんなふうになるやつじゃないのだ。それは俺が一番良く知ってる。
 「おい、ハヤト」
 言いながら近づいていく、その時、隼人の頬にひとすじ涙が流れた。
 表情は全く変わらない。自分が泣いていることにも気付いていないかも知れないと思わせる無表情だ。
 その白い、白い怜悧な顔が、忘我でいる。その頬に、もうひとすじ涙が流れたのを見た時、竜馬が逆上した。
 「おい!てめえ!どこだ!」
 ≪なんだね。ナガレリョーマ≫
 「なんだねじゃねえ!てめえ、ハヤトに何を言った!≫
 顔を真っ赤にして烈火のごとく怒っている。隼人はふと気付いたように竜馬を見て、
 「なにを騒いでる」
 「なにをじゃねーってんだ!おい!答えろ!てめえっ」
 もう腕を振り上げて怒っている。声はこの時笑い出した。竜馬はいよいよ激怒して、
 「野郎てめえふざけんな。おい、降りて来い。サシで勝負だ」
 しかし声は笑い続けている。他の連中も大笑いだ。
 竜馬はもう、脳の血管が数本切れたみたいな様子で、
 「ハヤトが泣くなんて、星がふっとぶくらいのことなんだぞ。何言ったんだ。え。答えろ」
 「太陽系の惑星なら大分ふっとんだけどなあ」
 弁慶が遠くで呆れた声を出している。
 隣りでギャースカ騒いでいる男を眺め、それから隼人は無限の暗黒をみやった。
 生まれて初めて、「心から安堵する」という気分を味わった気がした。

[UP:2011/02/11]

 隼人さんがようやく安心できる話。
 自分では「BRILLIANT WORLD」の受け皿みたいなつもりでおります。

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