「プレゼント?」
竜馬がそう言ってきょとんとした。
「そう。今度クリスマスパーティがあるでしょ。その時に一人一つ、何でもいいから持ってきて欲しいの」
ミチルが張り切った顔と口調で言う。
「一人一つ?」
武蔵も竜馬と同じように訊き返す。
「そうよ。みんなで一つずつ持ち寄って、それをぐるぐる回して、誰かに誰かのプレゼントが行くわけよ」
「ぐるぐる回す?」
「こうやって?」
持っていた鉛筆を指で回す。ミチルは首をぶんぶん振って、
「違うわよ。あのね。こうやって輪になって、輪にならなくてもいいけど、リョウくんのプレゼントを私に、ムサシくんのプレゼントをリョウくんにってずらしていってね」
「えっそれじゃおれだけ何もないじゃないですか。不公平だ」
「ミチルさんは一人で二つか。がめついな」
「違うったら。どうしてすんなり解ってくれないのよ」
地団太を踏みキィィッとなっているミチルに、男二人は辟易気味に頭を掻いて「そんなこと言われても」「なあ」と言いながら顔を見合わせている。
二人ともこの歳になるまで誕生日にリボンのついた包みを貰ってケーキに灯るろうそくの火を吹き消すなんてイベントとは無縁な人生を送ってきた。ただ殺伐と稽古に明け暮れる毎日だ。女の子に何か贈り物をあげるなんて行為もしたことがない。故に「クリスマスパーティ」で「プレゼント交換」と言われても謎の呪文ばかりなのだった。
「とにかく、全員参加で物を持ち寄って、自分が出したのではないものを一つ貰うってことだ」
一同の後ろからクールな声が説明してやった。振り向くと隼人がファイルを持ち白衣を着て立っていた。
「ああそうか、うん。わかったぞ」
「うん。おれもわかった」
「そりゃよかったな」
とか言ってるが隼人だってそんなことはしたことがない。あるのはテロだの官邸襲撃だの校舎乗っ取りだのばかりだ。手下は沢山いたが、皆でプレゼント交換をしたことは一度もない。当たり前だ。
早乙女研究所にはミチルという、ほどほどに一般常識と結構熱いイベント心を持った年頃の娘がいたので、生まれてこの方そこらのものと縁のなかった男三人も、「へえ、これが○○ってやつか」な事柄を、ここに来てからは体験することになった。
「でも元気の誕生日パーティの時にはそんなものやらなかったぞ」
「そりゃそうよ。なんで元気の誕生日にみんなでプレゼントを渡し合うの」
「そうなのか」
だめだ。この連中まだピンと来ていない。ミチルはがっくりと疲れてから、
「とにかく、クリスマスまでに用意してね。値の張るものじゃなくていいから。あ、わざわざ買うこともないわよ。自分が持ってるもので、誰かにあげてもいいなって思うものでいいから」
いよいよ混乱して二人の眉がこんがらがっている。
「じゃあ先週の週刊サンデーでいいのか。なんなら先々週のもサービスでつけてやるぜ」
「何がサービスよ。駄目よそんなの」
「あのう、おれのフンドシはいいんですか」
「駄目ったら駄目ッ」
またもやぶりぶり怒っている。なんだよー、自分の持ってるものでいいだの、わざわざ買わなくていいだの言うからよー、そうっすよミチルさん、とこっちもぶうぶう言う。
「自分が貰ったら嬉しいものを持ってきてよ。先週のマンガ本だの、ましてや他人のフンドシなんか貰って嬉しいの、二人とも」
「そりゃ嬉しかねーけどよ」
「いや、おれは結構嬉しいぞ」
「そうか?」
なかなか道のりは遠そうだ。
「面倒くせーな、全く」
部屋に戻った竜馬は自分の所持品を並べて眺め回している。
もともと質素のお手本みたいな父と子の生活であった。ものをためこむ性格ではないが、ここに来てからちょいちょい、しょうもないものを買ったりすることも出てきた。
「貰って喜ぶものか。何なら喜ぶんだ?第一、誰にいくかわかんねーんだろ。貰うやつがわかんねえのに、何なら喜ぶかなんてわかる訳ねーだろうが」
一人でぼやきまくっているがどこからもアドバイスはやってこない。
「ムサシなら食い物やれば喜ぶだろ。元気ならこの辺の玩具でいいし、ミチルさん…が喜ぶものは俺は持ってねえな。だめだ。あきらめてもらおう。ハヤトなら」
隼人なら何を貰ったら喜ぶだろうか。
「あいつは何だろうなあ。鉄パイプか。時限爆弾か。あ、ナイフなんていいかも知れねえな。あんまりごっついやつじゃなくて、投げるやつでよ」
隼人が細身の銀の刃に指をあて、切れ味を確かめて「ほう」みたいな顔になっているところを想像し、なんだかやけに嬉しくなってくる。
「あっ、拳銃てのもいいな。黒一色でよ。しっかし物騒なものばっかりじゃねえかよ」
一人でウケてから、
「でもなあ、せっかくヤローのために用意しても、それこそミチルさんだの元気のとこに回っちまったら元も子もねーしな。ダメか」
ため息をつき、
「で、いったい何ならいいんだ」
問題が最初に戻ってしまった。
クリスマスがやってきた。
「うわー、すっげえ」
武蔵が感激の声を張り上げた。
食堂にもみの木がデンと置かれ、金や銀のモール、色とりどりの玉、雪を模した綿などで飾られている。天井からは折り紙でつくられた鎖がいくつも下がっている。
「すごいでしょう。僕も手伝ったんだよ」
元気が思い切り威張っている。
「おう。大したもんだ。これならパーティのご馳走にも相当期待できそうだな。じゅるり」
と、ミチルが食堂のカウンターから顔を見せて、
「出来たわよー。運んで、ムサシ君。元気も」
「はいっ」
「はーい」
二人は意気揚々と走っていった。
「確かに去年のよりでかいな」
竜馬が言いながらもみの木の枝を引っ張ってみているうちに、やがて科学班の白衣連中やマシン担当などがそれぞれの職場からバラバラとやってきた。見ると、手に手に大小さまざまな包みを持っている。
「ははぁ、みんなミチルさんに言われてきたんだな」
と、ミチルが再び顔を出して、
「はーい、みんな集まって。入って入って。そこ詰めて、まだまだ入るんだから。…みんな来た?じゃあプレゼント出して」
ちゃっちゃと仕切られて、皆自分が持ってきたものを机の上にどさどさ置いていった。
「元気、ムサシ君、あと何人か手伝って」
「はーい」
「はいはい」
なにをするのかと思えば、包みの一つ一つに番号の書かれた紙を貼っていくのだった。
竜馬があっけにとられて見ているうちにその作業も終わり、ミチルははいはいと叫びながら手を叩き、
「じゃあみんなコップ持って。コップ」
わたわたとコップを手にすると、再びミチルとその手下たちがアルコールやサイダーをそれぞれのコップに注いで回る。
「はいっ。じゃあ、乾杯。メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
「クリスマース」
がしゃがしゃとコップをぶつけあい、ガー、と干した。
「食べながらでいいから、このクジ引いてね。なにがあたるかはお楽しみ」
言いながらミチルが箱を持って回ってくる。皆、七面鳥のフリをしたチキンだの、なぜかある麻婆豆腐だのを食べながら、箱に手をつっこんで一枚引いた。
「はい、リョウ君も。いいものがあたるといいわね」
「いいものってなんだよ。新型ゲッターか」
笑っているミチルが差し出す箱に手を突っ込み、がさがさとひっかきまわしてから一枚引いた。
33番だった。といっても、33番が何なのかはまだわからない。
「どうせなら食えるものの方がいいかもな。どこぞの珍しい菓子とかよ。俺もムサシみてえなこと言ってるぜ」
むしゃむしゃと肉を食べて指をなめていると、全員引いたのかミチルが戻ってきて、
「はい、じゃあ1番の人、出てきて」
「僕です」
科学班の、白衣を着たヒョロいメガネ君が手を挙げて出てきた。
「はい、1番はこれ。おめでとう。ん、ずいぶん重いわ」
「あ、ありがとうございます」
ペコと頭を下げ、包みを受け取り、やはり重かったようで「うわ」とか言っている。自分のいた場所に戻ると、一緒に飲んでいた男が「あけてみろよ」と言い、ガサガサ紙包みを解いた。中は鉄アレイだった。
ゲラゲラと笑いが起こり、「俺からのプレゼントだ、ありがたく受け取れ」とどこかから声が飛んできた。
「はい、じゃあ2番の人」
「おいっす」
次は四角くてやはり重いもので、期待して開けたら『ゲッター試作機マニュアル』であった。
「なんだよこれ」
「バカ、売れば相当な値がつくぞ」
「あっそうか」
「そんなことをしたら許さんぞ」
見ると早乙女博士がカンカンになって怒っている。
そんなこんなで順番が進み、
「10番はムサシ君?はい」
「わあ、なんだろうな。どこかの珍しいお菓子とかかな。でもずいぶん小さいぞ」
包みを開くと、知恵の輪が出てきた。武蔵の顔に縦線が入った。
「ほ、ほらムサシ君、あっちに食べ物がたくさんあるわよ。次は誰」
「11番は僕だよ」
元気が走ってきた。これも小さい包みだ。
「僕もこの手のパズルかな。わ」
いかにも高そうなチョコレートが出てきた。
「ほえー、これたっかいチョコレートだよね」
と言って顔を上げると、武蔵がうらめしそうに見ている。
「あっあの、ひとつあげるよ、ムサシさん」
「それ、おれが持ってきたやつなんだ」
「え」
「ミチルさんに渡ればいいなぁーと思って」
元気は非常にバツの悪い顔になり、エヘエヘと笑って、
「じゃあおねえちゃんにひとつあげるから。ね」
「ムサシさんからだってちゃんと言えよ」
「わかった、わかった」
「本当に言えよ」
「ちょっとムサシ君静かにして。はい、次の番号の人。は、私だったわ」
ミチルが次の番号の包みを手に取ったのを見て、竜馬はあっと思った。がさがさ開けて、
「なにかしら、これ」
「黒帯だ」
竜馬の声にそっちを見る。
「フンドシは駄目でも黒帯なら嬉しいだろ」
ミチルの顔に「果たしてそうだろうか」という表情が浮かんだが、最終的には笑顔を見せ、
「そうね。帯なら使い道もあるわよね。たすき掛けにとか」
黒帯でたすき掛けが出来るものかちょっと微妙だが、まあいい。伝説のキ○ガイ空手家、名のある武道家を幾人もタタミに沈め血ヘドを吐かせてきた流竜馬の黒帯だ。鬼の一匹や二匹憑いていそうなプレミアものだ。気の弱いチカンやゴキブリなら見せただけで気死するかも知れない。
まあそんな雰囲気で、「何だろう。わあ、すごい。嬉しいな」「喜んでくれてあげたこちらも嬉しいよ」な図式からはほど遠い光景が続き、やがて竜馬の番が回ってきた。
「はい33番」
「おう」
受け取って壁の方に戻り、包みを解いた。
黒一色の紙の中から出てきたのは、
「これは、あれか。ハヤトが時々。あの」
「ハーモニカだ」
横から声がして見ると隼人が、包み紙と同じ黒一色のいでたちでコップを持って立っていた。
「そうだよな、お前が吹いてるの見たことあると思ってよ。あれか?」
「まさか」
隼人は苦笑いして、
「もう一本使ってないのがあったんだ。黒鍵のないやつがな」
「なに言ってんだかわかんねえが、これはお前のもってきたプレゼントか。ふーん」
竜馬だって小学校にはさすがに行っているのだから、白鍵だけのハーモニカくらい吹けてもいいと思うのだが、
「どうやって吹くんだ」
「ドミソの音は吹いて、レファラシは吸って、…いい。今度ゆっくり教えてやる。お前が吹きたきゃな」
「よし」
上下逆さまに持ってしきりといじくりまわしている竜馬の姿を眺め、いつまで興味を持っていることやら、と隼人は思いながら、コップを傾けた。
ある夜、隼人が実験室から自室に戻ってきて、ドアを開けた。途端に室内からプァーというけたたましい音が響いた。
ベッドの上に座っていた竜馬がこっちを見て、
「やっと戻ったか。教えろ」
ハーモニカを突きつける。
「またえらく張り切ってるな」
「当たり前だろう」
何が当たり前なのかわからないが、隼人は持っていたファイルを机の上に置き、自分が時々吹いているやつを手にすると、
「普通は基本を大切にとか言うんだが、お前にはいきなり実践の方がいいだろう」
「その通りだ」
偉そうに言う楽器オンチに、
「お前が吹いてみたい曲はなんだ」
「そうだな。…曲名がわかんねえけど、あれがいいな。遠き〜山に〜日は落ちて〜てやつ。いつだか野宿した時に歌ってたやつだ」
あれか、という目になってから、
「俺が吹くから音を覚えろ」
そう言ってハーモニカを口に当て、日本人は大概知っているキャンプファイヤーの定番曲を吹き始めた。
しみじみともの悲しく、叙情的で、それでいてどこか清々しい、大きなものを想わせるメロディーに、竜馬は素直に感動し、また、そう難しい曲ではないのだろうが何の迷いもなく一音も外さずに奏でている隼人に感心した。
「今日のー、わーざーをー、なーしーおーえーてー」
一緒になって歌っている。
曲が終わって満足げな竜馬の顔を見てから、隼人は竜馬のハーモニカのミのところに油性ペンで点を打ち、
「ここからスタートだ。そこに口を当てて吹いてみろ」
「こうか」
ブァー、と和音が出た。わははは、音が出たぞと喜んでいる竜馬に、
「あまり他のところに息を入れるな。その穴にだけ入れろ」
「おう」
今度はミー、と音が出た。
「それでいい。次はそこから二つ先の穴を二回吹け」
「二回だな」
竜馬はソの場所に口を当てて「ソー。ソー」と吹いた。さっきと音が違うのでちょっとびっくりしている。
「まあ最初はそれでいい。次は、さっきの場所で一回、左側隣で一回、その隣で一回だ。だが」
言うより前にやっているが、レのところで得体の知れない和音になった。
「二回目の音は吸え」
「吸う?」
竜馬が目を剥いてびっくりしている。とんでもないことを言われたような顔だ。なぜそんなに驚くのだろうと思ってから、なんだかやけにおかしくなってきて、隼人は笑ってしまってから、
「吸うんだ」
「吸うのか」
やけに緊張しながら吹いて吸って吹いてとやる。「ミー。レー。ドー」とちゃんと音が出て、目が輝いた。
「それでいい。なかなか飲み込みが早いぞ」
「おだてるなバカ野郎が」
とか言いながら嬉しそうで口元がにやけている。隼人も別におだてているつもりはなく、竜馬が楽器なんてどれほどかかることかと思っていたのが、存外に理解と会得が進んでいくので驚いていた。
ドレミの音階だの、簡単だが面白味のない「ドレドレドレミファミファミファ」なんていうものの練習から入らなかったのが良かったのだろうが、
(こいつにとっては空手もゲッターもハーモニカも一緒かも知れんな)
「先に行け。早く」
「次は今吸った音、印を打った音、右に二つ飛んだ音まで行って、同じ音を戻ってくる。こうだ」
レーミーソーミーレー、と吹かれて竜馬は俄然燃えてきて、うぉっと声を上げ、
「レーミーソーソーミー。あれっ。レーミーソーソー」
「上の音は一回だ」
「くそっ」
もがいたりわめいたりして、すっかり深夜になった頃、なんとか最後まできた。
「ぜえぜえはあはあ。やってやったぜ」
「まあ繰り返し部分も多いからな。あとは覚えるまで練習しろ。音をきっちり覚えたらリズムだ」
「わかったぜ。おい、これ、なんか楽しいな」
ニタニタ笑っている相手に隼人も笑った。と、竜馬が、
「ようハヤト」
「なんだ」
「この曲を完璧に吹けるようになったら他の曲も教えろ」
「えらくまた入れ込んだなハーモニカに」
「うるせえ。教えろ。いいな」
「ああいいぞ。完璧に吹けるようになったらな」
「っしゃ」
ガッツポーズをしてから、がばとハーモニカに食いついて、ミーソーソーミーレードーとやりはじめた。
とうもろこしにかぶりついているような姿をつくづくと眺め、微笑した。竜馬の向こうでは、いつの間にか戻ってきていた武蔵がグーグー寝ている。
それから幾年もの月日が過ぎ、様々な敵があらわれ、ハーモニカの吹き方を教わっていた頃には想像もしなかった程、いろいろな事が起こった。
そして今、竜馬はひとり岩の上に座って、ハーモニカを吹いている。
どこまでも続く赤い大地の頭上には満天の星空が広がっている。
人間の呼吸するものではない大気の中に、静かにハーモニカの旋律が流れてゆく。しみじみともの悲しく、叙情的で、それでいてどこか清々しい、大きなものを想わせるメロディだった。
終わって、少しあってから、
「その曲聴いたことあるぜ、竜馬さん」
「昔な。ハヤトに教わったんだ」
銀色のハーモニカに、宇宙が映っている。ミの場所には今も油性ペンの点が残っている。
「もう一度吹いてくれよ」
「おう」
この曲が吹けるようになったら、他の曲も教えてやるって言ってたけど、何だかんだあって結局この曲しか教わらなかったな。でもこの曲は完璧に吹けるようになったぜ。
―――お前のところまで届くかな。
最初は竜馬側からも隼人に拳銃をプレゼントする展開で、それでランドウを撃つのだな。とか思ったのですが、その銃、隼人は號が脱走する時にくれちゃうんだよね(笑)火星で、「昔、俺が隼人のやつに拳銃をプレゼントしたことがあってな」「それってこの銃か」なんて言って號が竜馬に見せる、のもいいかも知れませんが。
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