OH NO, OH YES


足早に、裏道を急ぐ。
そう大きくは無い、至極平凡な、そう高くもないオフィスビルの立ち並ぶだけの街だ。きらびやかに光を灯す夜の店が並ぶ訳でもない駅前は、こんな時刻になれば表通りさえ人の姿が途切れる。典型的な、昼の間労働をするために存在している街だ。夜は存在する意味を失い、大道具のカキワリに戻って、舞台裏として朝を待つ。
そんな、縁もゆかりもない街で、誰に出くわすということも無いだろう。心配しなくても、誰かが自分を見咎めて、『あれ、君は早乙女研究所でゲットマシンに乗っている流くんじゃないか』などと声をかけてくることなど、有り得ない。
それにもし、万一誰かに実際に会ったとしても、だからどう、ということはない。トレンチコートを着て帽子を目深に被ったうさんくさい連中とひそひそ話をしている訳でもない、そいつらにヒミツの封筒を手渡している訳でもない。
誰に恥じたり、視線を伺う必要なんかないのだ。
しかしそうやって、幾度、自分に向かって言い訳を考えてみても、竜馬はどうしても後ろめたさをおぼえる。誰かが、どこかから、自分のこの姿を見ているのではないかという思いにかられる。
今、自分が決してひとに言えない目的のために道を急いでいるからだ。

ぎくりとした。
向こうから酔っ払ったカップルが大声ではしゃぎながらやってくる。
「ようし!これからミヨコの部屋で飲みなおすぞ!」
「ねえねえ、この辺でお酒買っとかないと。家の近くなんてもっとなんにもないしー」
「ええ〜?コンビニもなさそうだなあ」
「そこのウラに酒屋があって自販機があるからぁ」
間延びしながらやたらボリュームのでかいその声が、武蔵とミチルのものに聞こえた。
もちろん、別人だ。当たり前だ。
「しっかしなんにもねぇ街。なんでこんなとこ住んでんの」
「家賃が安かったのぉーそれだけー」
けたけた、と笑う。近づいてくる。顔を暗い方に背け、すれ違う。
その瞬間、男が女に顔をちかづけて、
「今夜はいぃっぱいするぞう」
「いやだぁ。エッチー」
下卑た笑い声。ばしっ、と女が男を叩く。
二人そろってちらとこっちを見たところをみても、わざと聞かせたのだろう。
なおもその類のことを言い合いながら、遠ざかって行く。もちろん竜馬も振り返って追いかけてぶん殴ったりはしない。相手は酔っ払いだし、そんなことをするほどの事でもない。
酔って助平になって、普段なら他人に聞こえるようには言わないことを、わざわざ聞かせる。多分、シラフの時は小心なのだろう。いや、普段からああなのか。酔ったことを名目にしてお互いのそういう部分をつつき合って、興奮を高めているのかも知れない。一種の露出プレイ、前技みたいなものだ。
なんにしても、どうでもいいことだ。
けれど、竜馬には、
なにすまして歩いてんだよ。あんたもこれから、そういうことをしに行く途中のくせに。
しかも、
あんな相手と。男同士で。おれは知ってるぞ。
そう言われているように思える。目が昏くなる。
ずっと後ろの方で、けたたましい笑い声が起こった。自分のことを笑っているのだろうかと思う。そんなわけがないと思いながらも、そう感じる。
そしてやっぱり、武蔵とミチルの声に聞こえて、もう少しで振り向きそうになったが、こらえて、歩き続けた。足が速まった。

隼人は時々、出張する。出向する。行き先もさまざまだ。橘博士の研究所、各種放射線審議会本部、宇宙開発研究所、地球環境開発事業部。首相官邸。技術者として識者として実務経験者として考察を提示し、研究の手助けに携わり、早乙女博士の代役を務めて報告を行い研究所としての見識を述べる。
期間もまちまちだが、基本的にそう長々といなくなることはない。それはそうだ、隼人は研究所の広報係ではなく(そういう面もあるが)なによりもまずゲットマシン、ゲッター2の操縦士なのだ。何かあった時に、別の県で会議に出ていたので間に合いませんでしたということがあっては、話にならない。
ブリーフケースひとつ持って出かけて行く隼人の姿を、今ではもうわざわざ見送ったりもしない。気がつくと居ないので聞いてみると今日の朝出かけていった、などと聞かされる。
いや、
隼人が出て行く姿を、竜馬は見ない。わざと、見ないようにしている。
それは、
確実にではないが、研究所に戻ってくる予定日の前日、隼人から竜馬にだけ連絡が入ることがある。
「元気か」だの、「どうしてる」だのといったことは言ってこない。そんなものは確かめる必要がない。つい先日まで会っているのだし、明日からはまた毎日、イヤでも会う。
ただ、街の名とホテルの名称、それから部屋番号だけが、無表情な声で呟かれて通信を切られる。
その夜、指定のあった場所に、竜馬が行くと、隼人が居る。
そして―――
未明に竜馬が先に出ていく。
竜馬が研究所に戻った数時間後には、隼人も『出張から』戻ってくる。お帰りなさい、お疲れ様でした、と話し掛ける他の連中の声を聞きながら、竜馬は背を向けて用もない場所へ向かう。
自分の体の中にまだ、前夜の残滓がどっぷりと残っているのを感じながら。…
これから出かける隼人と目を合わせれば、どうしてもその一連を考えてしまうに決まっている。まるでその通信を、誘いを、待っているからと催促しているように思われるのは、竜馬は嫌だった。かといって、そらぞらしく「気をつけていけ」だの「事故に遭うなよ」だの、心のこれっぽっちも入っていないフレーズを口にして、
俺はお前の誘いなんか待っていない。いつも、今も、全然思い出しもしない。
そんな、自分の気持ちとかけはなれた無意味な芝居をするのは、もっと嫌だった。
ゆえに、自分は気づかないうちに隼人が出かけていた、出かけているのを知らないでいるところに隼人から連絡をしてきた、という状況を、つくろうとしているのだった。
いつも、いつも。
そして多分、自分がわざとそうしていることに、隼人は気づいているだろう、と竜馬は思っている。確かめたことはない。したくもない。

シャッターが半分おりている薬局から、黄色い灯りがもれている。点滅が激しい。きれかけているのだろう。
無意識のうちに明るい場所を避け、さびれた通りを渡った。車などさっきから一台も通らない。歩道の敷石が剥がれていて歩きづらい。
見上げる。あと少し行った先にある灰色の建物だ。
竜馬はそっと敷物を踏んだ。オートドアが開く。
フロントには誰も居なかった。誰か入って来ても、いらっしゃいませでもおかえりなさいませでもないらしい。しかし、その方が有難かった。
あいつはわざと、そういうホテルを選んでいるのかも知れない、とふと思った。それは、なんだかひどく不味い味のする考えだった。
素早く左右を見渡して、エレベーターを見つけてそちらへ行く。靴音をなるべく消そうとしている自分に気づく。
のろのろと扉が開いた。乗り込んで階数と閉のボタンを同時に押す。またゆっくりと閉まっていく扉の向こうに、眠そうな顔のフロントが奥から出てきたのが見えた。こちらを見てもいない。
ごんごんごん、とやけに機械音の響く、最低人数しか乗れない最も小型のエレベーターの中、くたびれたような妙に力のない照明に照らされ、重力に押されながらじっと立っていると、頭がぐじゃぐじゃになってゆく。俺は一体何をやっているんだろう。
この俺が、
人の目を気にしてこそこそ夜の街を急いで。
ふと感じる。左手が軽い。
時計をしていないからだ。
あの時計は、持ち主がどこにいるか全てを研究所に教えてしまう。竜馬が行方不明だ、どこへ行ったと探されて、隼人を示す光点と同一点に居るなどと知られたら。
なんと思われるかわからない。
いや、多分、竜馬が想像するような事は、研究所の所員達は思ってもみないだろう。
へえ隼人さんから連絡でも来て出かけていったのかな。そう言うに決まっている。
それでも。
竜馬は、毎日顔をつき合わせている誰よりも近い同僚に、こんなふうに闇に紛れて逢いに行っていることを、誰かに知られるのすら御免だった。
だから時計は、『ついうっかり忘れた』ふりをして、自室に置いてきた。
見なかったふりをし、気づかないふりをし、忘れたふりをする。自分に嘘をついてばかりだ。
この俺が。
再びその単語が重く、竜馬の中に響く。
動く。跳ぶ。ぶちのめす。勝つ。次の相手を見やる。
その繰り返ししかなかった俺が、こんな奇妙な芸をしてみせるようになった。自分自身に対して、滑稽でみっともない、サル芝居を打つようになった。
実際、滑稽だと思う。
廊下の表示にしたがって部屋へ向かう。廊下はしんと静まり返っている。多分、誰も泊まっていないのだろう。
一番奥の突き当たりまで来て、ノックする。すぐに、ノブを回す。鍵がかかっていない、開いた。
今どき、オートロックでもないその扉を押し開いて中に入る。自分の後ろで扉が閉まった。片手を伸ばして、鍵をかける。がちりというその音はやけに響き渡った。
うすぐらい部屋の窓際に立って、煙草を吸いながら外を見ている男が、肩越しにこちらを振り返る。
室内だというのに着たままの黒いスーツが、喪服のようによく似合う。喪の色より黒い髪、喪章と同じ黒の瞳をしている。薄い唇は、煙草をくわえているか、皮肉げに薄く笑うのが、よく似合う。
隼人は煙草をはずして、うなずいた。
どういう意味だろう、と竜馬は思った。

 やっぱり今夜も来たな。俺の指定した場所に。なんだ、迷惑そうな顔だな?イヤイヤ来たとでも言いたいのか。そんな顔をしてみせても無駄だ。
 俺に抱かれたくてのこのこ、研究所を出てきたくせに。
 どこに行くのだと聞かれたらこう答えようという嘘を、お前にとって一番難しいことだろう情事の言い訳を必死で半ダースほども考えながら、なによりも自分自身に嘘をつきながら、
 その実、これから自分を待っているであろう時間に、期待で胸をときめかせて来たくせに。

そう言われても仕方がないような姿を、今まであちこちの街の、名前もないようなホテルの一室で、竜馬は相手に見せてきた。
しかし、隼人は何も言わない。
不意に竜馬は顔をしかめると、自分も無言のまま侵入してきて、まるでひきむしるように、上半身の服をぬいで、床に叩きつけ、手を伸ばし、
「………」
相手の襟首をつかむと引き寄せ、自分より少し高い位置のくちびるに、自らのそれを押し当て、舌で押し入っていった。

いつも、と隼人は思う。
こうして、場末のホテルで抱き合う時には、竜馬は暗い、重い目をして、何も言わずに挑みかかってくる。自らの内側から噴き出すような情念と欲望とで、乱れに乱れる。自分でも知らなかった自分の感覚に、ただ夢中で溺れ声を上げ、鳴いて泣いて哭き続ける。
こんな姿の流竜馬を、誰も知らない。
しかし、俺だけが知っているなどと、脳天気に悦に入る気はない。
相手がどんなにそんな自分に、そして今のこの状況に屈託しているか、よくよくわかるからだ。
会話も、酒を飲むことも、一切の『情事に関係ないこと』をせず、言葉さえ一言も発さずに求めてくるのは、所詮自分はこのことを欲してここまでおめおめやってきたのだ、だったらそういうことだけ必死になって無我夢中でやらかせばいいのだ、ムードを出すのも雰囲気を考えるのも意味はない、
したくて来たんだろう。ならすればいい。したいだけすればいいだろうが。
そういう、自分自身への悲鳴に近い、罵りの気持ちからなのだろう。
隣りで、折れた骨のようになって、気絶している竜馬の顔を眺めながら、
ふと、
罪なことをしてしまったという思いが、胸にわきあがる。
この男が、知るべきでないことを教えてしまった。
狂気や鬼や、地獄や修羅をみずからの内側にたくわえている男ではあるだろう。ゲッターに選ばれ、常人がおそれて踏み止まるその地点を力一杯踏み切って飛翔する、その足と腕を持った男だろう、
しかしこの男が今、その足と腕を捕らえられつながれているねばっこい劣情の鎖は、
本来、この男には知覚されない存在であった筈だ。
本来、どんなものでも縛り付けておけない男なのだ。
『俺はあるいは、こいつを縛りつけてみたかったんだろうか』
鎖とは俺自身だろうか?
羽ばたこうとするこいつを、地の底へひきずりこんでやろうという俺の欲望だろうか?
『本当に愛しているなら、別れるべきだろうか?』
まるで売れない歌謡曲のようだと思ったら可笑しくなった。
誰に向かって体裁をつくろっているんだ?
起き上がって、ベッドに座り直し、煙草をくわえる。
なによりも自分が竜馬を欲しがったから手を出したのだ。相手の都合も考えず。
ふー、と煙を吐き出す。
いつからだったろう。自分が出張の最後の夜、研究所へ戻る間際の数時間を、こいつと抱き合うことに使ったのは。何回、こういうことをしてきただろう。
さっきの歌謡曲じゃないが、会うたびに暗くなってゆくこいつの目を見ると、もうこれで最後にしようと、幾度思ったかわからない。
それでもどうしても、連絡を入れてしまう。
こいつを欲しいと思う。こいつに俺を欲しがらせたいと思う。俺を欲しがっているこいつを欲しいと思う。
自分の欲望に、こいつを引きずり込んで一緒に堕としてゆくのだ。地の底まで。…
………
もし、いつか、俺が連絡を入れても、こいつが来ない夜が来たら。
俺はどうするだろうな?と隼人は思った。
ようやく自分の力で鎖を断ち切り、飛び去った鳥を笑顔で見送るだろうか。
半狂乱になって無理矢理縛り上げてやろうとして、こいつを監禁でもしようとするだろうか。
「ふ」
その絵ヅラの、あまりの非現実さに、苦笑してしまった。
「何がおかしいんだ」
かすれた声で尋ねられる。隼人は振り向いた。竜馬がぽっかりと目をあけて、こっちを見ていた。
竜馬から話しかけられるのは久し振りだなと思いながら、
「俺がな」
「うん」
「お前を放したくなくて、気が狂うところを想像した」
そう言ってほんの少しだけ笑ってみせた相手の、白い顔がまたひえびえと孤独であることに気づいて、竜馬は眉をしかめてから、少しずつ、
「お前は前に、俺は…
誰のものにもならないし
何をもってしても縛れないと、言ったな」
そんなことを言っただろうかと思う。思ってはいる。つい今しがたもそう思っていたところだ。
しかしそれを竜馬に向かって言ったことなど、あっただろうか?
そう思いながら、肯定も否定もせず煙草をくわえている相手に、
「でも、お前が出張から戻る前の夜は、
俺はどうしようもなくお前のものだ。
腹は立つし、違うと思ってもみたけどダメだ」
強く強く眉をしかめる。目を閉じる、どこかが激しく痛むようだ。
「誰にもいえないことがどんどん増えていって、
自分についてる嘘の数も増える一方だ、
それでも」
隼人はただ相手の顔を見ていた。
ほかになにもできない。
皆に、祝福してもらえるような相手だったら、良かったのになと胸で呟いて、
思っても居ないことは思うことをやめようと思い、
また、そう口にしたら多分俺はこいつに殺されるだろうなとぼんやり思った。
隼人はただ、相手の顔を見ていた。

[UP:2003/12/17]

ロールプレイものです。げらげら笑いながら打ちました。二人もむっとしていることであろう。「なんだよこのオカマみてえな俺は」「何だ、この女々しい俺は」
本気で「絶対こうなのよ!きっと二人は人目を忍んで逢ってはもえてるんだわ!同室にジャマなふとっちょや四角いのがいるし!」と思っている訳ではありません。ま、実際ヤろうと思ったら似たような方法しかなさそうだが。
竹内まりやの同名の曲(最後に『!』がつきますが)に、不倫のカップルの曲がありまして、それからつくりました。切ないメロディラインが好きでよく歌います。Oh no, 罪なふたりね〜But no, はなれられない〜Oh yes, このまま愛されたい〜Wow wow〜

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