逆襲の號


ぶうといっておんぼろの車が停まると、そこは温泉街の中のとある旅館の駐車場だった。
「やっと着いたぜ!まったくこの車、いつ分解するやらって感じだったな」
流竜馬が大声で怒鳴りながら運転席から飛び降りる。助手席から隼人が、
「燃費は悪くないんだが」
言いながら降りて来た。
「燃費がいいったって限度があるぞ。気が付いたらシートにハンドルって格好になってるんじゃねえか」
わめきながら荷物を出そうと、後ろのトランクを開けた途端、中から何かが飛び出して来た。
「わぁっ!何だ!」
仰天する竜馬と、平然と眺めている隼人の前に、すたっと降り立ったのは、號だった。
「抜け駆けしようったって、そうはいかねえぞ、オヤジ!」
「お…お前、今までトランクに隠れてたのか?」
「おうよ。軽いぜこのくらい」
汗まみれの顔で號はえばってふんぞりかえった。(注:良い子は決して真似をしないで下さい)
「お前ハヤトのことは、この前の打ち上げ旅行ですっぱり諦めたんじゃなかったのかよ」
竜馬にずけずけと聞かれて、號は一回ぐっとなったが、むりむりはねかえして、
「うるせぇ!神さんがな、山咲サンとか早乙女ミチルサンとか、他の美人とケッコンでもするってんなら俺ぁ諦める。もう口も手も出さねえや。だがお前と二人で温泉に行くんじゃ話は別だ。絶対阻止してやる」
「何を阻止するってんだ。はりきりやがって」
辟易と、不満とが入り交じった表情を観察し、やっぱり俺の疑惑はあたっていた、と號は確信した。
「あのなぁ、言っとくがな、お前の分は予約してねえからな。まさかカバンに入るから部屋まで連れてけとか言う気じゃねえだろな」
「連れてけ」
「えばるな、くそガキ。誰が」
「まあ、季節はずれだし」
隼人がいつの間にか吸っていた煙草を、ドアを開け運転席の灰皿に押し付けてから戻ってきて、
「一人増えても、何とかなるだろう」
二人の顔が、げんなりと喜びの各方向に別れた。
「ええ?俺たちの連れにするのかよ、こいつ!」
「やったぜ!ありがとう、神さん!」
どさくさにまぎれて隼人にとりすがろうとした號をすばやく捕まえてぶん投げてから、
「あんなガキほっとけ。よその部屋に一人で泊まらせろよ。どうせ空いてるんだろ、季節外れだからってお前も言ってたじゃねえか」
「一人部屋に泊まらせると料金が高くなる」
神隼人にしてはセコイことを呟いたが、それはその通りだった。しかし。
(こいつ、既にくそガキの料金を払ってやるのを念頭においてんだよな。なんでだ?やっぱ自分が面倒みてきたって辺りで保護者気分なのか?似合わねえよ。気に入らねえしよ)
悲喜こもごもの男三人がフロントへ向かうと、いらっしゃいませと合唱が迎えてくれた。
「予約していた神…いや流だが」
隼人が言った。號はむっとした。
(くそオヤジが予約したんだな。やっぱりな。ちゃっちゃと段取りして神さんをムリヤリ連れていこうってハラだ。そうはいくか…ただでさえ神さんが『流だが』なんて名乗るとすげームカつくのによ)
「急で悪い。一人、増えたんだが構わないだろうか」
「あ、はい」
フロントはなんとなく、三人の様子を見た。
…黒ずくめの痩躯、かなりの長身の端整な顔立ちの男、修験者のカッコにぼさぼさ頭を結わえた筋骨逞しい男、
の谷間に挟まってちびっこいTシャツGパンの少年が、むすっと立っている。
どういう、関係だろう。この三人。
当然のように頭上に見えるその疑問に、竜馬がえほんと咳をして、
「あー、こいつは、その、息子だ。このわんぱく小僧めこうしてやる」
笑いながらぐりぐりと頭を小突く。號の首がぐるりんぐるりんと回った。
「やめろ!くそオヤジ!」
「ほら、な。俺がオヤジだ。こいつは息子。こいつは…」
隼人を見て、
「えーと、こいつが産んだんだ。そう、俺たちは家族。後ろめたいことは何もないぞ」
「はあ…」
「こいつ昔は女だったんだ。な。このガキを産んだ後男になったんだ。別にいいだろ。差別する気か」
隼人がほんの少し首をかたむけて、
「別にな、竜馬」
「ん」
「家族でないと、同じ部屋に泊まれないっていう訳では、ないぞ」
「………あ、そうか」
途端に號がかみついた。
「フツーそうだろうがよ!何考えてんだ!なんで俺がお前の息子なんだよ!第一なんだ、か、勝手に、勝手に神さんをお前の、お前の、」
「うるせえぞ!」
わめき続けるコドモを思いっきり殴り飛ばす。真っ白な顔で號の行方を見守っているフロントに、
「てことで、泊まれるか?無理ならいいぞ。あのガキだけ一晩窓から吊るしておいてもいいし」
おれは蓑虫や干し柿か、と向こうの方でわめいている声の主から顔を戻して、
「いえ、お泊りいただけます。もともと三人部屋でございましたので」
「ちっ」
思わず舌打ちする。隼人が済まんなと言って、部屋の鍵を受け取った。

どかどかと部屋に上がる。仲居さんがついてきてくれる程のグレードでもない。
ごく普通の和室だ。竜馬と號がどどどどと窓のところへ走っていって、開け放した。
「おお〜、海だ海だ!見晴らしがいい部屋じゃねえかよ。さすが季節はずれだな」
「そうだ、露天風呂の真ん前が海なんすよね。行きましょうよ神さん」
「お前やけに詳しいな。いつから知ってたんだよ、俺らがここ来るって」
「さぁなー。知らねえなあ」
思いっきりべろべろべーとやってる頭を殴った。ぎゃっと悲鳴が上がる。
「ヒタ、ヒタかんら、あだだだだ」
「馬鹿め。おいハヤト、風呂いこうぜ風呂」
見ると隼人は、貴重品をそなえつけの金庫に入れて鍵をかけ、お茶を三人分煎れて、『当地名産。1階の売店でもお求めいただけます』と書かれた、中にアンコの入ったバームクーヘンのような菓子を、一人一個ずつ茶托にのっけている。
「まず一杯茶を飲んでからにしろ」
「マメな奴だな」
どすんと座り、紺地に白い水玉のある湯呑みをぐーと干して、お菓子の紙をぶりぶりと破き、ぽいと口にほおった。
「うん、うめえな。結構いける。おいガキ、お前の分も食うぞ」
「勝手に食うな」
慌てて走って来ると、隼人の隣りにちゃっかり座って、へへへいただきますとか言っている。隼人が苦笑したのを見て、
「とっとと飲めぁ!フロだ!フロ!」
不機嫌になった竜馬が怒鳴った。

風呂は当たり前だがすいていた。大きな、一面がガラス張りの風呂があり、外に出る扉があって外に出るとこちらも結構な大きさの露天風呂だ。先程號が言っていたように、海が目の下に広がっていて、絶景と言える。竜馬と號はどしゃばしゃどしゃと露天風呂へ出ていった。途中で岩で足を滑らせたりしながら、突端まで行く。
「海はでけえなあ!おおー、感動だ」
「わあー、すっげーなあ。おい船だぞ。おーい」
「おーい」
フル○ンの男と少年が並んで沖の船に手を振っている。
時刻は夕方で、空が茜色に燃え、海が照り映えて実に美しい。二人のかーおもまっかっか〜である。
「すげえなあ。綺麗だ。なあハヤト…っていねえじゃんかよ。どこ行ったんだ」
「あ」
二人が見ると、屋内の方の風呂で、なにやら老人と並んで浸かっている。老人がしきりと話し掛けているようだ。
「それにしてもすごい傷痕だな。刀傷もあるし銃創まであるじゃないか。一体どこの軍隊にいたんだね」
「軍隊というか…その」
「わしも若い頃は苦労したがのう。なんだ!拷問の痕じゃないのか。君は諜報活動でもしとったんか。それにしてもいや〜、これは」
おそろしそうに言いながら老人が隼人の胸元の古傷に触わってみた、時だった。
「おじいちゃん、ちょっとあっち行こうぜ」
號が満面の笑みを浮かべて近づいてくると、ぐいとじいさんを羽交い締めにして、ずるずる連れていった。
「ななな、何をする。はなせ。はなさんか」
「うるさいよおじいちゃん」
「うわっなんだここは!ぼこぼこぼこぼこ」
泡風呂コーナーにじいさんを入れてやって、さてと振り返った號の目に。
ちゃっかり隼人の隣りに陣取って、なにやかにや話し掛けている竜馬の姿があった。髪が湯に浸かる、と隼人に指摘されたのか、ちゃんとアップにして手拭いで包んでいる。やたら体格のいい茶摘み娘のリョウちゃんといった感じだ。
それでよーとかなんとか言いながら、後ろに投げ出した手を、隼人の肩に回そうとした。と。
「プラズマサンダー!」
エコーのかかる怒鳴り声と同時に洗いおけがふっとんできて、竜馬の顔に命中した。うおっと言ってのけぞる。
「なにしやがるこの!」
鼻血を流しながら怒鳴られ、うるせえっと怒鳴り返した時、背後から、
「助けてくれ!上がれない!」
泡風呂に入れてやったじいさんからレスキューコールがかかった。ひっぱり上げてやりながら、
「そんなに深い風呂でもねえだろうが」
「なんだ、ひとを勝手に入れておいて、その言い草は。ロクな大人にならんぞ。たわけが」
「おじいちゃん、もう少し入ってなよ」
號は手を離そうとした。じいさんはわめいた。
仕方なく上げてやって、ふと振り返ると、
今度は竜馬は、隼人の背中を流してやっていた。隼人自身は別に、どっちでもといった顔なのだが、後ろのお茶摘み息子はやたら力強く、ごしごし擦ってやっている。
「セッケンで手が滑るんだよなあ」
とか言いながら、不自然な方向に手が滑ったことにしようとしたその瞬間。
「プラズマサンダー!」
今度は椅子が吹っ飛んできて竜馬の顔に命中した。
「またかよ!この…」
「プラズマサンダー!プラズマサンダー!」
ほとんど泣きながら手当たり次第にオケと椅子を投げてくる。しかし、隼人には一個も当たらないのは、誉めてやるべきだろう。かなりの命中率を誇って、あらかたの備品が竜馬の廻りにうずたかく集まり、竜馬の頭と顔はデコボコになった。
「いいかげんに…しろよ、このやろう!」
かんかんになった竜馬がずかずかと近づいてくる。目の前に来たところで、
「チェーンナックル!」
後ろ手に隠していたセッケンを、急所にぶつけた。竜馬は妙に甲高い声を上げて悶絶し、お湯に沈んだ。
「ざまあみろ!さあっ神さんっ俺が背中、あれ?」
さっきまで居た場所に隼人がいない。慌ててみまわすと、今まさに風呂場を出て行く、白く広い背中がちらと見えて、すぐにガラス戸の向こうに消えた。
「…俺が背中…」
呆然と呟く背後から、低い呪いの声が、
「流してもらおうじゃねえかよ。その前に俺がお前の背中を流してやる。ついでにお前も流してやる」
風呂場の方からしばらく、怒号と悲鳴が鳴り響き続け、季節はずれなのにここを訪れた数少ない人間も、入るのは食事の後にしようと思った。

夕食は大会議室のようなところで、バイキングだった。ひたすら人件費削減の宿である。
「ようし、食うぞぅ」
あちこち傷だらけの號が張り切って、浴衣の袖をからげると、山盛りてんこもりの皿をかかえてきて、隼人の隣りについた。隼人はすでに一通り全部イッコずつ、という感じで、ローストビーフも鮭のムニエルも湯豆腐もぜーんぶイッコずつ、取ってきて、座って食っている。隼人は浴衣は着ていない。相変わらず暑苦しい黒装束だ。
「美味いっすかぁ?」
「まあまあだな」
ふーん、と小さく言って、肉団子を口に入れながら、
「神さんて、好きな食いもんて、何だよ?」
「…特には、ないな」
だし巻卵を食べてから、
「お前や、竜馬のように、食うことに情熱が向かないんだな。食わない訳にいかないから食うんだろう。不味いのにも、美味いのにも、無頓着に最低限食うって感じかな」
他人事のように言って、微笑して號と、號の山盛りの皿を見た。
なんだか、その笑顔がヘンに寂しく、影が薄くて、いやだなと號は言って、
「やめてくれよ。なんか半病人みたいだ。ひとつくらいこう、俺はアレに目がなくてなあ、あれと白い飯さえあれば他のものは要らないんだっていうようなの、ないのかよ?」
號の苛立ちは理解できるらしい。そうだな、と呟いたが、そう簡単に「大好物」は出来ないので、しばし考え込んだまま固まった。
そこに。
「おうっお前ら、これ食え!うめえぞ。立ったまま食ってみたら美味いんだこれが。一人で皿半分くらい食って怒られちまった」
象のエサ?と思うほどの量を乗せた盆を持って、これまた浴衣姿の竜馬がどすんと向かいに座ると、
「またウサギみてぇに食ってやがるなこの男は。いいからこれ食ってみろって」
怒鳴りながら、隼人の皿にどかどかとそのニクのかたまりのあんかけのようなものを乗せてやる。見ているだけでおなかいっぱい、と言いたげな隼人の様子にはとんと無頓着だ。
「さあ、とにかく食ってみろ」
無言で箸をつけ、食べてみて、
「いけるな」
そっけなく言った。だろ?だから食ってみろって言ってんだよ。竜馬は得意満面だ。
隼人は咀嚼し嚥下してから、もう一切れそれを食べた。
…なんか、気に入らないけど、…
でもなんか嬉しい気もするし、複雑だ。
複雑なまま、おひたしをくちゃくちゃやっている號の皿にも、どかどかと乗せられて、それまで乗っていたものがあふれ、わあと声を出した。
「え、こぼしたか?お前も食うのおせぇな、とっとと食えよ!ああいい、他のいいからこれ食え。流竜馬イチオシだ」
「とにかく人の都合を考えないオヤジだな」
ぼやきながらそのニクを食べる。確かに美味いけど…そんなに美味いかね、神さん。
ちろりと横目で隼人を見ると、またその肉を食っている。その向かいに座って、美味いか、美味いだろ、としつこい竜馬。
…やっぱり気に入らない。
「俺も、神さんにお薦め料理探して来るぞ!」
言い放ってだーんと立ち上がり、盆を持って走っていった。
一生懸命、これかなあ、いやこっちかなあ、と選びながら、ふと見ると、二人が何か話している。今隼人が笑い、竜馬が更に笑ったのが見え、號は…
わーっと叫んで暴れたい気持ちでいっぱいになったが、ぐっとこらえ、涙でかすむ料理の数々の中をうろついた。
それから随分経ってから、ふと竜馬が、
「そういやあいつ、どこまで行ったんだ。帰って来ねえな」
「そうだな」
二人が顔をあげ、見回した時、
「…これ」
號がなにやらしょんぼりと、食後のコーヒーを三人分用意して、持ってきた。
「探し回ってる間に、もう食事終わっちまったから」
口をとがらせてむつむつ言っている様子がやけに幼くて、なんだなんだくそガキ、可愛いな、と竜馬は笑いながら手を伸ばして、頭をかいぐりかいぐりしてやった。號は大人しく撫でられている。
「持ってきてくれたのかよ。よしよし、ありがたくご馳走になるぜ」
なんだ探したけど見つからなかったってか、まるっきり子供だな、でも素直になると可愛いいじゃねえか、と言いまくりながらコーヒーを飲んだ、…流竜馬を見つめる號が、ニヤリと笑ったことに、本人は気づいたかどうか。
食事を終え、部屋に戻ったあたりで、
「…なんか眠いな」
言って、むにゃむにゃとつぶやいて、それだけはやっときましたという感じで敷いてある布団のひとつに、どすんと横になると、ぐうと寝てしまった。
脇によせてある机について座り、おやおやという顔で眺めている隼人が、ん、と號を見て、
「何か飲ませたのか?」
「いいじゃないかよ。別に俺コーヒーに目薬なんか、いやその」
「別に構わないがな」
そう言って口元で微笑んだ顔を見て、號はすごく、ものすごーーーく嬉しくなり、
「神さん!頼みがあるんだよ。その、俺と、一杯やってくれないか?」
「一杯?酒を飲もうという話か?」
「そう」
すかさず言って、どこぞに隠してもってきたらしいビールの缶を、入れておいた冷蔵庫からちゃっちゃと出して見せた。
「こういうとこの酒って、高いからよ。ちゃんと、その…あんたと、のみてぇなと思って」
邪魔なオヤジは眠らせたし。という訳か、コップを二つ持っている。そのまま、さーとやってきて、隼人の前にすとんと座った。
みせいねん、という言葉は一つも言わず、隼人は無言で片手を伸ばして、コップを片方受け取り、ついでくれというように傾けた。それを、號はぼーと見つめながら、ビールを注いだ。泡が表面で盛り上がって丸くなる。と、隼人が、もう片手で號の手からビールの缶をとると、ほらというように相手のコップを促した。
神さんに酒注いでもらってるんだなあ、俺。凱のやつに言ってやろう。今度は嬉し涙で、コップがかすんで見える。
號のコップにビールを注ぐと、隼人はごくごく小さく笑って、自分のコップをちんとぶつけてやった。
「…え、えへ、えへへへへ」
舞い上がりまくった笑い声を立てて、號は一気にぐーと飲み干してしまった。
「ふう。美味いや。やっぱ、酒は、飲む相手に寄るからね」
生意気この上ない言い草に、隼人はやはり微笑したまま、また注いでやる。それをまた、一気に飲む。
…あの頃だって、神さんと酒を飲もうと思えば、できないことではなかったのかも知れないけど…
今こうして、二人っきりで差し向かいで酒飲んでるってのは、すげえなんつーか、こう、すっげぇことだって気がする。なんか…
あの出会いの夜、俺が今こんな気持ちでこうして座ることなんて、想像もしていなかった。
「俺最初、あんたと会った時は、なんだこいつはって思ったっけなあ」
やっとの思いで化け物を倒し肩で息をしている自分を、ぱち、ぱちと拍手しながら、にやにや冷たい冷たい笑いを浮かべて眺めていた…観察していた男。
モルモットを見るような目で。
「俺はあんたのモルモットじゃねえ、なんてな」
「お前は俺のつくった檻を噛み切る牙を持ったモルモットだったな。でなければ、ゲッターには乗れない」
その言葉は、號にとっては、誰に言われるより嬉しい、誉め言葉であった。誉め言葉ではないのではないか?と普通は思うのだが…隼人の誉め言葉とはそういった表現だと、つきあってどのくらいか経つとわかるのだった。
「なあ」
ちょっと迷ってから、
「ゲッターのパイロットに、俺を選んで良かったと思ってるか?」
「思ってる」
はっきりうなずいて、
「あの夜、ようやく三人揃ったと確信した時、俺がどれだけほっとしたか、お前にはわかるまい」
しばらくあって、號という少年は、赤くなって、えふん、と笑った。
笑った直後、なんだか嬉しくて涙が出てきた。そう言ってくれたことと、隼人とこうしていられることに、であった。ごまかそうとして再び酒をあおる。
それから、…なんだか、気がつくと、へらへら笑いながら、隼人の肩を叩いたり、抱きついてげたげた大笑いしたり、しているような気がする。意識がぼやけている。だが、意識がはっきりしていたら出来やしないことをしているのだから、当然だ。
「俺はさ、あんたのね、あんたがね神さん、うひひひひ。…うひ」
最後は、無理やり隼人の膝まくらで、眠ってしまった。
相手の手からこぼれるコップをさらって、机に置き、肩をぽんぽんと叩いてやる。と、
向こうで寝ていた竜馬がむっくり起き上がって、こっちを見ると、
「寝たのか。號は」
「ああ」
全くよ、ガキのくせに、と言いながら立って、こっちへやってくる。むにゃむにゃ、神さん、と言いながら膝にすがりついている幼いコドモのような姿に、
「神さんじゃねえって。ほれ、あっちで寝ろ」
言って、ひっ剥がそうとしたが、必死でくっついて離れようとしない。無理に放そうとしたら、今度は竜馬にくっついた。ぎゅうと抱きついてくる相手に、途方に暮れる。
隼人が笑いながら、
「いいからくっつけとけ」
「ちぇっ。なんだよ、これ。新種の生き物かよ」
アグラをかいて、足にかじりついている號をその中の空間に入れてやる。猿か?違うな、クマか?言いながらコップを受け取り、酒を注いでもらって、飲む。
「そうやってると、本当の親子みたいだな」
まだ笑っている相手に、やめてくれ、とわめく。
「この歳で、こんなでかいガキはいらねえぞ。しかもこんな性格の」
「そういう性格だからさ」
ちぇっと舌打ちする。
…どこか、遠くで、誰かが話している。こんなことが、前にもあった。…
ああそうだ、神さんを賭けて、あのくそオヤジと戦った時だ。あの時は俺は、勝って、でも気を失って、枕もとであの二人が喋っているのを、聞きたくもないのに聞いて…
「こいつ、ガタイの割にはいいパンチ持ってるな。しょうがねえがそれは認めるよ」
「瞬発力は、とにかくお前とタイを張ってると思う」
「どっちにしろ、1号機向きって感じは、するがな」
誰のことを言ってるのだろう。
誰かの、ごつい、でっかい手が、自分の頭をぽん、ぽんと叩いている。自分が誰かのフトモモを枕にしているらしい。誰のだ?
誰のって、それは…
温泉のにおいがする。浴衣の生地のにおいがする。それから、この男のにおい。
「お、悪い」
言いながら、注いで貰ったらしい酒を、ぐーとあおって、
「酒なら俺もこっそり持ってきたぞ。こういう所の酒は高いからな」
似たようなことを考えているんだな、と向こうの方で隼人が言った。
「親子だからってか?やめろよ」
言って、手は、再び頭をぽんぽんとやった。
號は、自分がひどく小さな子供になった気分で、なんともいえない、惨めで安らかな気持ちを抱いて、眠った。

目を覚ますと、まだ室内は暗かった。
ゆっくり頭を上げる。机の上にビールの空き缶が乱立し、コップが三つ。
横を見る。さすがに浴衣に着替えて、横を向き、すー、すーといっている隼人、大の字になって口を半開きにして、ふご、ふごといっている竜馬が…自分の両側に寝ている。
つまり川の字になって寝たらしい。自分は真ん中の棒だ。
…勿論、この二人がハダカで一つの布団で寝ている、なんて想像した訳ではないけれども。
自分という存在がソレを阻止した、なんて本気で思っているわけでもなく、
「これじゃホントに何とか一家じゃねえかよ」
寝起きのぼんやりした頭をぼりぼりと掻きながら、二人の寝顔を見比べているうちに、
そりゃあそうだなあ、と思った。何か疑問や、疑念があってそれに対する回答、のような言葉で、考えてみるとおかしいのだが、そうとしか言いようがない。
この二人は一緒にゲッターに乗ってたんだもんな。…
この前は何で、なにかっていうと旧ゲッターチームってくくるんだって、不満だったし、どうにかして俺はこのオヤジの前には立てないのか、だの野望を持ってみたりしたけど…考えてみれば、
一緒にゲッターに乗っていた、
以上のプロフィールが、あるだろうか?
「わかってんだよ。今回だって、別に、そいつをひっくり返せるか、なんて思ってはいなかったんだからよ」
何も言われていないだろうに、そう言い返す。竜馬がふごご、と言ってよだれをすすった。
まあいいや。神さんと差し向かいで酒が飲めたし。
號はそっと立ち上がり、自分のタオルをとると、風呂に行った。

老人が入りに来ているかな?と思ったのだが、誰もいなかった。
夜明けの海を見ながら、お湯に浸かり、沈み、浮かんできて伸びをし、湯船でちょっと泳いでから、
ざば、と立ち上がり、
「やっほー」
場違いなおたけびを上げ、
「季節はずれついでに、泳いでみっかな」
岩の上に立ち上がると、非常識な少年は、はるかな眼下の海に向かって、飛び降りた。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました。またおいでください」
内心、もう二度と来るなと思っているのであろう温泉関係者の声に送られて、二人は外へ出た。
「あいつどこへ行ったんだ?結局行方不明かよ。全く、勝手にくっついてきていつの間にかいなくなってよ、あいつのせいでめちゃくちゃだ」
ぶんむくれの竜馬に、うーんと首をかしげて、
「タオルがなくなっていたから、朝風呂に行ったんだろうとは思うんだが」
「なんだよ。満潮にでもさらわれたのか。栓が抜けて排水口につまってんのか。ぎゃははは」
言いたい事を言って笑ってから、おんぼろ車のドアを開け、
「あいつのことだから、シャチの背中にのっかって海の向こうへ行ったのかもな。そういうの似合いそうじゃねえか」
げたげたと笑い、
「なあ、海岸沿い南下してもう一泊しようぜ。季節はずれだしよ、急に行ったってなんとかなるだろ?」
「まあな…しかし、」
「どうせお前なんか一年に一日くらいしか休まねえんだろ?行こうぜ。行こう。ケッテイ」
相手の沈黙を、しょうがないやつだなという承諾として心地良く勝手に聞き取りながら、ハンドルを握った竜馬が、
「?なんか音しなかったか?」
「さあな」
「気のせいかな?ああ、號のヤツの生霊かな。けけけ」
(言いたいこといいやがって。後でみてろよ)
トランクからしのびよる殺気に気づかず、竜馬はアクセルを踏んだ。

[UP:2002/6/11]

温泉月間ゲッター編です。今度大佐とラブラブな話を書いてあげると約束したんだけどねえ。こんなだよ。ゴメンね號くん。そうそう、当然ですがネオゲッターの絵で想像して下さいね。
私のところでのエッチなゲッターは隼人が迫って竜馬が焦る、という図式が普通なので、このネオゲッター路線の『隼人自体はしらっとしていて、竜馬と號が隼人を取り合う絵面』は面白いです。まあ、竜馬は本気で取り合ってはいないんでしょうが。


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