ロージー


「俺たちは、このエネルギーに生かされ…生きて来たんだ…」
いつになく弱気に聞こえる発言をする隼人の横顔を、竜馬は一瞬険しい目でにらみつけ、それから吐き捨てるように強く低く、
「ふざけるな!こんなものに」
言いかけて、竜馬はふと辺りを見回した。どこかで、何か楽器のような音がしたと思ったからだった。この研究所に、音楽を奏でる道具は、多分、ウェディングドレスと同じくらい不似合いなものだろう。
しかし、確かに聴こえる。竜馬は無論、楽器には疎い。ヴァイオリンの音を聴かされた後、クラリネットとハープと琵琶の絵を見せられて、この中のどれの音だと尋ねられたら本気で悩むだろうというくらい疎い。何の音かはわからないままに、その音の出所がやけに気になって、きょろきょろと見回しながら言葉は続けたが、いきおい気の入っていない声になる。
「生かされて…きたなどと…」
俺は認めない、と竜馬が言うより先に、隼人が、
「運命には逆らえん」
きっぱりと言った。竜馬ははっとして、それから不敵な面構えでせせら笑い、
「誰かが言ってたぜ。運命に逆らうも」
全部言わないうちに、隼人が言葉をかぶせてきた。
「たとえ、どう転んだって、どうあがいたってな」
「人の話を聞け!そんなことを言われたくらいで、この俺は説得されねえぜ。運命に逆らうも運命だって」
「お前と俺は恋人なんだ」
竜馬の口ががくんと開いた。後じさりながら、相手の無表情な顔を見つめ、
「な…」
隼人は突然指を、相手の口元につきつけた。
「その八重歯も」
やえば?
芳本美代子(確かみっちょんという愛称だった)のチャームポイントだった、犬歯、あるいは糸切り歯のことだろうか?みっちょんは後から抜いたはずだが…
昭和○○年に17歳だった竜馬は、手すりにすがるような姿勢のまま、不確かな記憶を呼び覚ましながら、何故ここで八重歯、と言おうとした。と、隼人は今度はぐっと親指を立て、
「この親指も」
おやゆび。
素直に繰り返す竜馬に、こっくりとうなずいて、
「全部、二人のものだってことだ」
指紋さえ見えそうな近くに突きつけられた親指がインクで変色しているのを見つめつつ、
こいつ…変だ。
何を今更なことを思った。きっと、ゲッター線の浴びすぎだ。だから言ったんだ、核以上の脅威になるって。現にもうなってる。
俺はどうしたらいいんだろう、と奥歯をかみしめた時、
「神さん!」
ややカン高い少年の声が響き渡った。ぎょっとして声の方を見ると、今まで柱の陰に隠れていたのか、じゃぎじゃぎとおったった短い髪、こすりすぎて赤くなった鼻、ふっとい眉とでっかい目のちびっこい奴が現れて、わなわなと震えながら、
「遠くからじっと堪えて見つめてるようじゃ、(俺と神さんの)幸せもきっと逃げっちまうんだ!」
「なんだあいつ。あんな奴、所員にいたっけ?」
きょとんとして竜馬が呟く。隼人は無表情なまま、真っ赤な少年の顔を眺めていたが、やけに淡々と、
「気にするな。この先俺があいつを見てお前のことが思い出されたりして、いろいろ物議をかもすことになる1号機パイロットで、あいつが乗るのは今さっき見せた俺がつくった青いゲッターだというだけだ」
「なに?なんだって?」
竜馬が悩乱してわめく。少年も同時にわめいた。
「だから、だからー!俺はあんたに言うんだ!言うぞ!言ってやるー!」
神さーん、と叫びながら、どどどどと駆け寄ってくる。竜馬はぎょっとして、反射的に腕を出そうとしたが、その手首をつかまれ、再びぎょっとして隼人を見る。
相変わらず、感情の入らない、何かを読み上げるような調子で、
「生まれた時からずっと、お前に抱きしめて欲しかったんだ」
どたん、と音がした。見ると、少年が見事に顔から床につっこんでいた。そのまま、吼えるような声で泣き出す。床にじわじわと血が広がりだした。鼻血だろうか、額を割ったのだろうか。
「お、おい…」
「数えればきりがないぜ。お前にして欲しいことが、山ほどあって、怖いくらいだ」
「して欲しいこと?…ゲ、ゲッターに乗り続けろとかいう話か?」
真面目に考えている自分が馬鹿みたいだとふと思う。どう考えても、今の隼人はどこかおかしい。いちいち受け答えしていないで、医務室へ連れて行った方がいいのではないか。
隼人はいきなり服の前をばぁっと開いて、あちこちにある古傷をぐいぐいと見せつけ、
「俺の、この傷を癒すのはお前以外に考えられん。お前以外に居ない」
少年の泣き声が高くなった。
「ハヤト…」
竜馬も泣きたくなってきた。武蔵が死に、弁慶も生きちゃいないだろう。だが俺たちは生きている、と思っていたが、隼人もちょっと別の所にイッてしまったようだ。ゲッターチームでちゃんと残っているのは俺一人なのだ。
と、突然少年ががばと飛び起き、
「遠くからじっと堪えて見つめてるようじゃ、(俺と神さんの)幸せもきっと逃げっちまうんだ!ンー」
血をだらだら流しながらさっきとほとんど同じことを叫んだ。最後のンーてのはなんだろう?と竜馬は思った。
「だから、俺はあんたに言ったんだ!言うぞ!言ってやるー!」
なかばやけくそ気味で再び駆け寄ってくる。今度は竜馬は止めようとしなかったが、その手首を隼人はやはり取って、
「生まれた時からずっと、お前に抱きしめて欲しかったんだ。ずっとずっと、いつだって、今も抱きしめて欲しい」
どすん!とやはり少年は転び、頭を強打した。
竜馬は一応、少年のことは無視して、ゆっくり丁寧に、隼人に向かって、
「…あのな、お前ちょっと、ゲッターから離れた方がいいと思う。そうだ、お前もここを出ねえか?一緒に道場の経営しようぜ。俺、金勘定はサッパリだからよ、俺は空手だけ教えるから、そっち方面、やってくれよ。税金対策とか営業とかよ。日曜日だけは、ハヤト先生の体操教室にしてもいいし…」
あの竜馬が、どこかおびえたような優しい調子で、一生懸命に説得するが、隼人は聞こえているのかいないのか、一定の期間を置いてから、
「数えればきりがない。お前にして欲しいことが、怖いほど沢山あって」
「だから、何で同じこと繰り返すんだよ?人の話を聞け!」
「俺の傷を癒すのは、お前以外に」
竜馬はかっとなって、思わず隼人をぶん殴った。
「考ええええええええええええええええええ」
同じ顔のままずっと続けている。文字通り壊れてしまった隼人に、竜馬は飛び上がって、
「おい!しっかりしろ!しっかりしろってば!ハヤト、ハヤト!ハヤトー!」
絶叫して、もう一度殴った。
「…えられない。お前以外にいない」
又同じことを言っているが、さっきの血も凍るような状態よりはマシだ。竜馬は浅い呼吸をなだめながら、探るように隼人の様子を窺っている。
大分間をおいてから、血のついた唇で、唐突に、呟いた。
「ロージー」
「…何の呪文だ?」
「最後に入るんだ。2番は割愛した。ミュージックステーションの時も、HEY!HEY!HEY!の時もこのサイズだった」
もはや、何を言っているのか全くわからない。竜馬の目に、絶望と諦めの光がどんよりとともった。その時、隼人はぱちぱちと瞬きをして、不思議そうに、
「…俺は、何の話をしていたんだ?リョウ」
一瞬戸惑い、それから、明らかにさっきまでと態度の違う、意識の戻った様子の隼人に、今度は希望と喜びの光を両目にたたえ、
「ハヤト!元に戻ったのか!」
「元に戻るってどういう意味だ」
「いや、いいんだ。ああ良かった…もうずうっとあのままかと思ったぜ。…正直怖かったし…」
ほっと胸を撫で下ろす。
「変なヤツだな。…で、何だっけ」
「ああ、ええと…すっかり忘れちまったぜ、あんなことになって…そうだ、俺は、ここを出る。博士にも言って。俺は、ゲッター線の開発には、反対…」
言いかけて、竜馬は、背筋が凍った。どこからともなく、さっきの音、竜馬には最後までわからなかったが、泣きのエレキが聴こえてきたのだった。
反射的に隼人の目を見ると、再びあの無表情になってゆく途中だった。そして、よくよく見ると、白目に、三角のマークが浮かんでいて、もう片方の目には、再生、という字が浮かんでいた。
咄嗟に、竜馬は叫んだ。
「…と思ったけど、やっぱり俺はここに残る。いろいろ手は足りねえようだし、ここまで足つっこんどいて逃げ出すってのもかっこ悪いからな」
あの音が止んだ。
隼人は瞬きをし、ちょっと首をかしげてから、そうか?と言って、
「なら、そうすればいい。お前みたいな丈夫だけが取り柄のやつは、使い道がいろいろあるからな。実験台とか、実験台とか、実験台とかな」
「てめえは敷島か」
二人は笑った。笑いながら、竜馬はふとさっきまで流血しながら号泣していた少年のいた辺りを見たが、きれいさっぱり何の痕跡も残っていない。
(これで、何かが決定的に変わったってことなんだろうか。それにしても、さっきの音はなんだったんだろう?)
竜馬はごくりと喉を鳴らしてから、再びやけくそのように笑い始めた。

[UP:2001/9/29]



何がなんだかさっぱりわからない方のために。
aikoという歌手の歌う「ロージー」という歌がありまして、その出だしが「運命には逆らえないね」というものでして。
真ゲッター終盤の隼人のセリフとまんま同じなんで、思いついたアホな話です。隼人と號のセリフをつなげるとその歌になります。
わざわざ説明するといよいよアホですね。

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