流星鳥


 「実際、なんにもねえとこだな」
 竜馬が呆れた声を出した。
 「それはそうだろう。あるのは」
 「ロケットの発射基地だけか」
 「そうだ」
 はあ、やれやれ、と言ってゴロリと畳の上に横になった。
 ゲッターチームはロケット研究で名の知れた、瀬戸内海の小さな島に開発援助のため呼ばれて来ていた。
 実際、小さな島と言うほかないところだ。島民は、小さなよろず屋以外ほぼ第一次産業に従事していて、
 「立派なものだ」
 隼人が皮肉や嫌味でなくそう言った。
 都会の淀んだ暗がりで得体の知れないことをやって金を稼いでいる連中よりは、はるかにまっとうであると竜馬も思った。が、
 カラオケ屋もない。パチンコ屋もない。娯楽だの遊技場だのといったものはまず、ない。
 「持ち込んだ酒のんで寝るしかねえのか」
 「そうそう」
 言いながら武蔵も、自分で担いできたナップザックから出した食料にありついている。
 「星空はきれいだけどなあ。早乙女研究所もその点では同じだからな」
 宿泊所として提供されたのは小高い山頂にある民宿の二階だった。いい感じでぼろっちい窓から外を眺める。網戸も入っていない。今夜は蚊帳を釣って寝るのだろう。
 突然、竜馬が「おっ」と叫んだ。
 「おい、なんか、下の方でやってるぞ」
 「何を」
 「祭りじゃねえか。なんとなく」
 「本当か」
 武蔵がどすどすやってきた。一緒になって首を伸ばし、下界の方を見やる。
 確かに、暗がりの中に紅や碧や白金色、黄金色の光がまたたき、太鼓や笛らしき音が聞こえる。
 「うん、きっとそうだ」
 「よっしゃ行こうぜ」
 「おう」
 2人は顔を見合わせこっくりとうなずき合い、同時に隼人を見た。隼人は無表情の中に「迷惑」を一滴垂らした顔で一瞥し、拒否を口にしかけたが、
 「決まった。行くぞハヤト」
 「おい」
 「レッツゴー」
 左右からガッと掴まれ、引きずられるようにして部屋から廊下へ、そして階下へと連れ去られていった。

 島の道や地理など全然知らなかったが、光を頼りにとにかく降りていくと、案の定露天が並ぶ石畳の前に出た。進んだ先には神社があるらしい。
 「やっぱりそうだったな」
 「こんな日に来てツイてたな」
 大喜びしている2人の後ろで隼人が、やれやれと諦めながら財布があるかどうか確かめた。
 「まずはたこ焼きだな」
 「違うだろ。焼きそばだ。で、お好み焼きで、フランクフルトだ」
 「違うって。玉こんにゃく忘れてんじゃねえか。チョコバナナは」
 「後半だよな」
 声が揃ってヒヒヒと笑い合い、
 「もうどうでもいいか、片っ端から買ってけば」
 「そうだそうだ」
 「おっちゃん、アメリカンドッグ3本な」
 俺はいらないと言いかけた隼人に手を突きだし、
 「金頼む。いちいちもらうの面倒くせえから、ちょっと寄越しとけ」
 厚かましい要請に逆らうのも面倒で、その手に千円札を何枚か握らせながら、
 「リョウ。俺の分はいらな…」
 「っしゃ。おやじ、焼きそば3人前な」
 「あと、大阪焼き3個」
 2人がめいめいの方向に向かって叫んでいる。もういいか、どうせ余ったらこいつらが食うに決まってるんだから、と隼人は何度目かに諦めて、もはや黙ってついていった。
 石畳の上を様々な色に照らされながら歩きつつ、隼人はふと、夜空を見上げた。
 (それにしても、すごい星空だな)
 早乙女研究所にしても、この島にしても、人工の灯りが少ない場所であればきれいに見えるのは当然だ。
 だが、今眼前に広がっている星空は、ネオンサインの光に邪魔されないとか、標高が高いとかいった理由付けで「とてもきれいだ」と評する、その範疇を超えている。
 吸い込まれそうな星空という言いまわしがあるが、実際、見ていると、自分が宇宙空間にいるような気すらしてくる。そのままいつの間にか本当に宇宙まで連れてゆかれそうだ。
 ドン。気がついたら空を見上げたまま歩いていて、前の竜馬にぶつかった。
 「おいおい、コーラが落ちたぞ」
 「すまん」
 と言いながら見ると前の2人はありとあらゆる食い物を持っていて、露天商のカタログみたいになっている。
 「お詫びにこれとこれとこれ、持て。ていうか自分の分持て。ひとに持たせやがって、厚かましいやつだ」
 「………」
 隼人は黙ってその「自分の分」とやらを受け取って、仕方なく端の方から食べ始めた。
 こんな小さな島の祭りにしては、夜店は思いがけない長さで続いている。石畳の上延々とのびる店の灯りの間を歩きながら、三人は何か不思議な感覚を抱いた。
 このままいつまでも夜店が続いていたらどうしたものだろう。途中で引き返すか。しかしこういった話の常として、夜店はおそらく無限ループしていて、もはや脱出は不可能になっているのだ…
 「無限に続く夜店か。おっかねえけど、ちょっといいな」
 「なに言ってんだおまえは」
 各々同じことを考えたらしいのをお互いに感じた時、夜店の終わりが見えた。最後の店は水ヨーヨーで、そこから先は真っ暗だ。うっすらと、上方へのぼる石の階段が見える。
 正直ほっとして、お互いの顔をまた見合い、イヒヒ、みたいな笑い方をする。
 「無限夜店が終わって残念だったなムサシ」
 「まあな。でもまだこんなに食うもの残ってるからよ」
 「そうだな」
 「ちょっと止まって食ったらどうだ、お前ら」
 「そうするか」
 3人は階段を少しのぼったところで石段に座った。
 もりもりもぐもぐむしゃむしゃとやっている2人から数段上に座って、隼人は光の帯のような露天のつらなりを眺めた。
 「きれいだなあ。天の川みてえだ」
 「ホントだな」
 食い気しかないのかと思われた前の2人もそんなことを言っている。
 苦笑して、何か茶々を口にしかけ、ふと人の気配を感じて、隼人は振り返った。
 自分の座っている、更に数段上のところに、老人が座っていた。隼人と目が合って、くたびれた笑いを見せ、軽くうなずいた。
 やけに疲れているようで、そのために余計に老けて見えるのだが、なぜだかふとした瞬間、まだ子供のようにも見えた。が、目を凝らしてもう一度見るとやはり老人で、灰色の服を着て穏やかな柔和な顔をしている。
 「あれ。いつの間にそこにいたんだじいさん。俺たちが座った時にはいなかったよな」
 竜馬も気づいて話しかけた。相手は曖昧に首を振って、またちょっと笑った。優しい、疲れた目をしている。
 「ずいぶんしんどそうだなあ。どうしたんだよ。よし、これ食って元気出せ」
 武蔵が身軽に立ち上がってそばにいくと、ほらほらと言ってフランクフルトを持たせてやった。老人はびっくりした顔で、武蔵とフランクフルトを見比べたが、
 「遠慮すんなって。いいからいいから」
 手でほれほれと勧められ、老人は嬉しそうに笑って、
 「ありがとう」
 低い声で言って、フランクフルトを食べた。
 「どこか、具合が悪いのか」
 隼人が尋ねると、老人は疲れた顔に苦笑いを滲ませ、
 「もう、あちこち、悪くってな。立って歩くのも、一苦労なんだよ」
 長く息をついた。
 「なんだよ、家帰って寝てろ」
 「祭りだから来たかったんだろ。俺にはわかる。よっくわかる」
 老人は面白そうに笑ってやりとりを眺めていたが、
 「本当は、この上にある神社まで、行きたいんだが」
 また長く息をついて、
 「でも、無理かも知れんな」
 「なにしみったれたこと言ってんだ」
 竜馬が眉をしかめて言うと、またちょっと笑って、
 「いや、ここまでこられただけでも良かった」
 「せっかくここまで来たんだろ。しゃーねえな、俺たちが連れてってやる」
 竜馬が請け負うと、手に持っていた焼き鳥を一気に全部口にほおばり、立ち上がると、男のそばに行き、
 「ほらよ」
 背を差し出してしゃがんだ。老人はまた少し笑って、
 「君は親切な男だな。その気持ちだけでいいよ」
 「いいからさっさとおぶされ」
 「いや、もうわしは」
 「ほれ、おぶされって言ってんだからよ」
 武蔵がどすどすやってくると老人の体をむんずとつかみ、竜馬の背にドッともたれさせた。
 「いいぞー」
 「よし」
 よっしゃー、と背負って揺すり上げ、階段を上り始めた。その後ろを武蔵がまだ食いながら、隼人は無表情につきあって上っていく。
 「お、おい、君たち」
 「いいからいいから。腹一杯食ったからな。腹ごなしにちょうどいい」
 「そうそう。終わって腹減ってたら、おごってくれよじいさん」
 老人は困りながらも笑った。
 最初は元気よくリズミカルに上っていった竜馬と仲間たちだったが、
 (なんだ?)
 次第に、
 「おい、なんか」
 「ああ」
 暑い。
 少しずつ、しかし確実に、まるで炎天下のように暑くなってくる。
 3人の額やこめかみに汗が伝い出す。一番汗をかいているのはやはり竜馬だった。
 「一体どうなってんだ。そこらで焚き火でもしてるか?」
 「してねえよ。ふう、ふう」
 「していたとしても、この暑さは異常だ」
 隼人は周囲を見回した。勿論、どこで火事が起こっているわけでもない。しんと静まり返った夜の神社だ。
 そして頭上には、おそろしいほどの星空が広がっている。まるで宇宙にいるかのような。
 「おい、じいさん、大丈夫か」
 わめいて肩越しに見ると、老人は無論のことかなりのダメージを受けていて、ぐったりと竜馬の背に体を預けている。
 意識が朦朧としてきた。足がふらつく。
 一回、段を踏み外して、膝をついた。
 「リョウ、大丈夫か」
 「しっかりしろ」
 左右から2人が手を貸してくれるが、その2人も立っているのがやっとになってきた。
 「畜生。何なんだ」
 「この暑さは、わしのせいだろう」
 「なに?」
 疑問と「なに言ってやがる」を込めた声音で怒鳴って、老人の顔を見た。
 「なんでじいさんのせいなんだ。なんか知ってるのか?」
 「もう、教えてあげる時間がない」
 老人は首を振って、
 「このままじゃ君たちまで参ってしまう。いいから、これだけ受け取ってくれ」
 そう言って老人は何かを差し出した。暗くてよくわからないが、白い球のようなものに見えた。
 「あとはもういい。わしをここに置いて、君らはおりなさい。早く」
 更に暑さが強くなった。もはや熱い。
 「早くしないと君らも手遅れになる。早く」
 老人に急かされ、数秒、うつむいていた竜馬だったが、
 「うるせぇっ!そんなこと絶対にするか!」
 すべてを跳ね返す勢いで叫び、武蔵が
 「おう!」
 と続き、隼人が「…ふう」だか「フン」だか言って、ずり落ち始めた老人を後ろからずりあげてやった。
 「しかし」
 「いいかじいさん、俺がこうと決めたら絶対にそうするんだ。俺はじいさんを絶対に」


 「助けてやる」


 一瞬意識と、時間と空間が吹っ飛んだ。

 はっとする。
 竜馬は、ゲットマシンの中に居た。
 なんだ?
 と思った目に、迫り来る青い青い星が移った。
 このままだと地球に落ちて大気圏で燃え尽きる。脱出しなければならない。
 そして、
 「絶対に助けてやる」
 叫んだ自分の言葉に、なにを助けるって?と後から疑問が涌き、それから、ゲッター1が両手でしっかり抱えているものをみた。
 遠い遠いところまで、星のサンプルを採取するために旅をしてきた探査ロケットが、ぼろぼろの姿で抱えられていた。
 (そうだった。こいつが地球まで戻ってきたんだけど、採取カプセルがうまく発射できないまま大気圏に落っこちそうだってんで、俺らに救助要請が来たんだ)
 この任務は危険だ。下手をするとお前らまで宇宙のもくずになる。
 バカ野郎。この俺さまがそう簡単に燃えてたまるか。
 そうだそうだ。せっかく長旅をして戻ってきたのに、燃えちまうなんてかわいそうだろ。
 サンプルには人類にとって重要な価値があるだろうしな。
 3人はゲットマシンに乗って飛び立ち、そして―――
 『リョウ。角度に気をつけろよ。探査ロケットは相当ガタが来てる、変な方向に力が加わるとそれだけで』
 「わかってら」
 グイと操縦桿を入れ、
 「頼むぞ、ゲッター!」
 ゲッター1の目が金色に輝いて、暗黒の宇宙空間に赤い翼が翻った。
 ドワ、とロケットエンジンが逆噴射し、ゲッターはその銀色の体を懐に抱えて、出来得る限りゆっくりと、地球に向かって降下していった。
 探査ロケットのカメラには、遙かな旅の最後にみた地球と、自分を守って地球へ届けてくれる赤い巨大なロボットの姿が、映っていた。


 「無事に戻れて良かったなあ」
 武蔵がウキウキと、JAXAの建物を振り返って言った。
 「そうだな」
 「大役を果たして、腹が減ったな。なんか食おうぜ」
 「おい、ついさっきまであんなに食っ…」
 隼人が言いかけて「ん?」という顔になり黙った。それを見て、竜馬も、そして武蔵も、
 ああそうだ。つい今し方まで、なんか山ほど食ってた気がする。…なにをだろう。そんな、立派なご馳走とかではないと思う。
 「でも、俺らは召集がかかって、いそいでゲッターで出て、その前も会議室でミーティングしていて」
 B級グルメに舌鼓を打つ暇はなかった。
 3人は顔を見合わせ、
 「なんだろうな。これ」
 「わからん」
 「考えてると腹減ってくる。なにはともあれ、何か食おうぜ」
 3人のやりとりなど届かない建物の中で、関係者は探査船が無事に持って帰ってきたカプセルを回収し、早速調査を始めた。
 カプセルは白く、半円の球のような姿をしていた。

[UP:2012/04/02]

 はやぶさの話。
 地球まで連れて帰ってあげて、ゲッターなら出来る!て感じで。
 初代ガンダムがあんなだったのにゲッターはそんな簡単に大気圏突入できるものかどうか。いやゲッターなら大丈夫だよね。

ゲッターのページへ