a shower


「俺だ。こっちでの試乗とチェックは終わったぜ」
『うむ。よくやってくれた。二週間に渡ってご苦労だったな』
別に大したことねえけどな、ちっとばかり面倒くさかったぜ、と送話機にでかい口を叩く男を、皆畏れと呆れが混ざったような表情で見ている。
複雑極まりない操作を必要とするゲットマシンを自由自在に乗りこなし、どんな注文もさながら「真っ直ぐ、ゆっくり飛ぶ」と同じ程度の技術のように応えてしまう腕、どんなに身体に負荷のかかる、通常の人間(というのはきっちりと訓練をこなしたパイロットという意味だ)なら鼻血を吹いて気絶しているであろう訓練も、屁でもなくやりおおせてしまう体力、そして、
人間ばなれした好戦的な性格。
人類の敵と戦うのには、このくらいの化け物でないと勝ち目はないのだろうな、と一同は奇妙な納得をしながら、横目で竜馬をちらちら眺めている。
そして、この男と常に一緒に居る早乙女研究所の人々は、さぞや大変であろうな、と、決して直接口にできないことを思っていた。
隣県にある早乙女第二研究所(仮名)で、おニューのゲットマシンの試作品が完成したというので、その試運転のため、流竜馬がかりだされて半月ばかり、居候というかお客さんというかその両方、の日々を送ったのであった。
「早いとこ迎えに来てくれよ。こっちには足がねえんだ」
『わかっとる。隼人が橘研究所に行く用事があるから、帰りに寄らせる』
「…ハヤト?」
不思議な響き方をする声だった。嬉しいのかイヤなのかよくわからない。
『何時頃になるかはっきり言えない。すまんが待たせてもらって』
「あの野郎が来るのかよ?ち。よりによって」
自分を迎えに来てくれるのだろうに、と皆異口同音に胸に呟き、それから竜馬の顔を見て、「言っているほどいやがってはいない、しかしそれを隠そうとして失敗している」典型のような顔だと、思った。

黒い車が、なめらかな動きでカーヴを描くと、汚いずだぶくろ一つ肩から下げ、ポケットに手を突っ込んで、なにやら不貞腐れているような様子の男の前ぴったりで停まった。
バン、音を立てて運転席が開く。
降りてきたのは、抜きん出て高い背の上に、男にしては長い髪を無造作に流し、その下に切れ長の目を光らせた、一見穏やかそうな整った顔立ちの男だった。
「早乙女研究所から来ました。神といいます。このたびはご苦労様でした」
丁寧で慇懃な口調と態度に、所長以下責任者は一瞬ひるみ、これはこれはご丁寧に、と一様に頭を下げた。
「いや、すっかり流さんにお世話になってしまいまして。さすがはゲッターのパイロットですな」
「役に立ったのなら結構でした」
それから、ようやく目を竜馬に移す。『美形の仮面』みたいだった顔に、ひといろ、表情が加わる。子供に言うようにというのか、からかうような口調で、
「いい子にしてたか」
それまで、無視された形だった竜馬が、さらにぶすくれたような、ほっとしたような表情になって、
「うるせえ。偉そうに」
やはり、一同は固まった。
この男相手に、あんな言い方をすることも信じがたいことだが、された男がそれに慣れているらしいことに、更に驚く。
ゲッターの関係者は、とにかく、危なくておかしい人間ばかりらしい。だから、
「ではそろそろ。行くぞ、リョウ」
神と名乗った男がそう言った時は、皆正直ほっとした。そして、
「犬に言うみたいに言うな」
かみついた男のあだ名が、リョウというのだと、初めて知った。

なだらかな山あいの道を、隼人の運転する車は気持ちよくすべってゆく。左右は見渡す限り緑の絨毯で、その中を白っぽい道がくねりながらえんえん続いているのは、なんだかメルヘンの世界のようだ。
数年前旧道になってしまったこの道を選ぶ人間はあまりいないらしく、一度も他の車とすれ違わないまま県境付近まで来た。バックミラーにも、道しか映らない。
風が心地よいので、クーラーはいれずに窓を全開にし、隼人は片肘を窓にのせ、片手でハンドルを握りながら、喋り続ける竜馬の声を聞いていた。
「それでよー、ほんっとに大丈夫なのかって聞いたら大丈夫です!っていうからよ。そのあとすぐ爆発だぜ爆発。信じられねーよな」
「そいつはすごいな」
「だろー。俺だから助かったんだぜ。あんなんで、実戦で使えるのかね。やだぜ、チェンジゲッターて叫んで四散するのはよ」
いつもにも増して、竜馬は饒舌だ。なんだか、隼人とこうやって喋るのが、ずいぶん久し振りのような気がする。考えてみれば両手と両足を使えば余るくらいの日数なのだが。
いつもと違って、揚げ足をとったり突っ込んでいたぶったりせず、言葉数は少ないが律義に、きちんと返事をしてくれる相手が妙に嬉しいし、一緒に隣り合ってクルマにのって喋っているというシチュエイションもなにやら新鮮で、竜馬はいよいよ浮かれながら喋り、身振り手振りをし、笑い、相手を見る。
真夏だというのに黒いシャツを着て、しかしそれが何故か暑苦しくは見えない男は、時折目に微笑をにじませて、竜馬を見返す。
なんだか、相手にもっと笑って欲しくて、竜馬は一生懸命、喋った。会わなかったニ週間にあったことや…考えたことや気づいたこと、それから。それから、もっと面白いこと。こいつが、へえ、という顔で、俺のことを見るようなこと。
竜馬が久々の再会に嬉しくてはしゃいでいる気持ちが、やたらと伝わってくる。
いつもならつっこんでいじめるところだが、今日は、なんとなくやめておこう、と隼人は思った。
竜馬の携わっている試運転の作業が一段落ついたんだが、わしは他に行かなければならないところがあるから、迎えに行ってやってくれ、と言われた時、自分も確かに嬉しかった、のだし。
久し振りに見るこいつは相変わらず子供っぽくてやんちゃで歳に合わなくて、顔を見ているだけで笑いそうになる。俺を見て、嬉しそうにけたけた笑っているこいつを見ると、本当に―――
その時。
ぽつ、とフロントガラスで雨粒がはねた。
「え?」
と、揃って声を上げ、見上げると、
ぼつ。ぼつ。ぼつぼつ。びしびしびし。
空を鉛色の雲がわぁーっと覆って行き、たちまちのうちに篠つくような雨になった。慌てて窓を閉める。ワイパーを動かしはしたが、まるで効き目がない。噴水の中に入ってしまったようだ。
「危ないな」
つぶやいて、車を緑の絨毯の上に乗り上げさせ、停めて、クーラーを入れた。
前も横も、水飴が流れているようだ。かすかに緑色の影がゆらゆら見える。
「びっくりしたな。あっという間にすげえ降りだ」
とは言え、夏特有の強い通り雨らしくて、空は変に明るく、雨粒自身が光の粒を中に持っているような冴えざえとした水の饗宴は、決して憂鬱な気持ちになるものではなかった。雨音は激しいが、なんとなくユーモラスで、しばらく聴いていたいと思う。
二人並んで、フロントガラスのゆらめきを眺めていたが、ふと隼人がタバコに手を伸ばし、一本出して、
くわえてから、数秒考え、火をつけずに、戻した。
何とはなしに相手の動きを見ていたらしい竜馬が、
「別にいいぞ。タバコ吸ったって」
密閉された空間で煙を吐くことを、遠慮したと思ったらしい。隼人はふと笑って、
「せっかくだ。タバコなんて、いつだって吸えるからな。どうせなら」
ごくさりげなく、身を起こして、
「こういう時にしかできないことをする」
「何をするって」
質問のために語尾を上げるより早く、隣りから身を乗り出した男に唇を奪われた。
反射的に逃げようとするが、指二本で、顔を背けるのを阻止され、それきり、相手の指がはずれていっても、逃げることはなく、
雨と雨音にとじこめられた狭い空間の中で、お互いの息遣いと心臓の鼓動だけをしばらく、聴いていた。

いつ唇が離れたのか竜馬には数秒わからなかった。頭の中が真っ白で、虹色で、何がなにやら状態だ。
くす、と相手が笑った、はずみですぐそばにあった唇がまた触れた。
「わかるか?」
そう尋ねられた。目を開ける。すぐそばに、相手の切れ長の怜悧な瞳と、白い顔、薄い唇といい匂いのする髪が少し乱れて額にかかっている、のを見つめながら、
「何が」
かろうじて聞き返したが、ほとんど声になっていない。
更に低い声で、
「シートの倒し方が、さ」
それを聞いて真っ赤になる。困る。うろたえる。もがく。
隼人は微笑んだ。ちょっとからかうような、やはり、優しい顔。今日はどこか、別のスイッチが入っているのだろうと、こんな場合なのに竜馬は思った。
知らない、というべきか、知ってるというべきか…でも、どちらにしても、倒すしかない羽目になりそうだ…
隼人は低く笑って、
「雨に降られたと思って諦めろ」
言いながら、ふたたび顔を近づける。
オデコにちゅ、と音を立ててキスをして、眉間と、瞼と、鼻の先と、真っ赤に火照ったほっぺたにくちびるを押し付ける。それから、もう一度、唇に。
くちびるが離れてから、竜馬が、かすれた声で、
「雨」
「?」
「やまねえかな」
くすくすと笑って、
「それは、『やめばいいな』といってるのか?それとも、『やまないといいな』といってるのか?どっちだ」
「知るか」
とは言いながら、夏の雨はすぐにやむとわかっている竜馬は手を伸ばして、リクライニングレバーを掴んだ。

[UP:2001/12/20]


エッチといってもこんなものですが。許してね。第一、にわか雨の間に出来ることなんかたかが知れてるし…いや、IQ300ならなんとかするかも…
最初に、『温泉でのエッチな話』を書こうと努力したんですが、長くなる一方なのにさっぱりエッチじゃなくて、諦めました。これはそのうち『温泉でのドタバタ、ちょっとエッチ風味』ということで載せます。とほほほほ。
あっそうだ、すみません早乙女研究所はいっこしかありません。上のはウソです。
BGMなんだろう。悲しき雨音?(笑)やっぱ福山雅治のスコールでしょうか。私恋をしている〜悲しいくらい〜


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