出撃


 当たり前のように会話していると、ふと、なんだか不思議になる。
 何が、と聞かれると困るのだが、何故俺は今ここにいて、こうしてこの相手と話をしているんだろうと思うのだ。

 自分が生まれて、育って、ある日突然ここに来るはめになって、ゲッターと出会った。そしてそれまでほとんどたった一人で生きてきたのに、その日から目が回る程沢山の人間たちと出会って、
 そして隼人とも出会った。
 で、結果、

 クソ暑い夏の昼下りにカンカンと真っ白い光を照り返すコンクリートの犬走りの上を蜃気楼の中から現れた隼人や、

 うっとおしい長雨の続く日、昼なのにほとんど夜みたいに外が暗いためまだ午後三時なのに蛍光燈をつけた室内で、その白い光に照らされている、眼鏡をかけた隼人や、

 立ちションも凍り付きそうな極寒の夜、都会とは比べ物にならないほど多い星の下の道を、出張先から戻ってきて今車を降り立った黒いコートの隼人と、

 竜馬は話をする。
 いろんな話をする。
 目下の問題事がどうなっているのかの確認といった事務的なもの、
 おまえの分の夕飯はもうねえぞという下らない戯言、
 この前の貴様の指揮はどういうつもりだったというかなりヒヤリとする詰問、
 よう。ああ、という単なる挨拶にいたるまで、
 ありとあらゆる会話を、竜馬は隼人とする。
 竜馬は相手によって言葉を使い分ける人間ではない。およそ彼に対して、「緊張のあまり丁寧な言葉遣いにさせる」などという存在は居ないし、相手がどれだけエラい身分だとか、有名人だとか聞かされても、それによって何をどう変えろっていうんだ?と竜馬は思うだろう。
 そういったこととは違って、『この話をしてもわからない人間には、この話はしない』というのも、別に相手を差別しているといった意味合いは持たず、通常、常識だ。武蔵に対して、ミチルに対して、博士に対して、元気に対して、そういった意味であれば、しない話というのはある。改めて考えてみたことがないが、おそらくその取捨選択は無意識に行っているのだろう。
 しかし、隼人相手に、そのどちらの、あるいはほかのどんな理由からでも、言葉を選んだり、口に出しかけた話題をひっこめる、最初からのみこむということは、したことがない。
 共通項は歳が近いということくらいだろう。おつむの出来も違うし、得意分野やインドアアウトドアの趣味も合わないだろう。ウマが合う性格とは、むしろ思えない。
 いつも楽しく「ははは、じゃあな!」で終わる会話とも限らない。重苦しく澱んで終わることもあるし、相手と自分を深々と切り裂いて終わることもある。
 それでも、そのことで、二度と口をきかないということはない。次から話題を選ぶということもない。
 二度と口をきくか、バカ野郎、とは思う。けれど、それが実行に移されたことはない。
 結局いつものように話をしながら、それでも、「俺とこいつは結局仲がいい」なんていうふうには思わない。無理にそういう関係を保とうなど、竜馬は思う人間ではないから、保てるなら保つし、駄目ならそれまでだ。
 相手が自分の分まで胃を痛めて堪えている、などとも思わない。なぜ、と聞かれたら、こいつがそんなタマかよ、で終わるだろう。それだけの理由でしかないが、竜馬の洞察は多分当たっているだろう。隼人も、そういう人間ではない。竜馬とは正反対に、表面的に繕っての話なら何時間でも出来るだろうが。竜馬は、隼人がそうして社交辞令でつないでゆくような立場にはいない。
 生死の境に張られた狭い狭い綱の上を全力で走り抜けて行くメンバーなのだ。
 とても、社交辞令なんかで、お互いの体を結び合ってはいられない。
 結局、特に仲がいいとも、つくろうしかない関係でしかないとも、改めて思うこともなく、竜馬は隼人とどんな話でもしてゆく。
 共に戦い、時には気を緩める日々の中、あるいはしばらく顔を見ない毎日のあとで、会話する。
 そしてふと不思議になる。
 以前にもここで同じ会話があったような。
 いや、別の場所で同じことを言ったような。
 いや、この後もそっくり同じことがあるような。
 いや…違う。そういうことでもない。
 既視感とか、予兆とかを感じて、それでふと妙な感じがするというのとも違うのだ。
 これは一体、何なのだろう。

 ゲッターの炉心が低く唸っているのを、ガラスのこちらから眺めながら、データをとっていると、
 「暴走しねーだろうな」
 背後から声がかけられる。振り返りもしないが、苦笑したのが後ろから見ていてもわかった。
 「冗談にならないぞ。やめろ」
 「言うだけじゃねえかよ。ビクビクしやがって」
 「言ってるのを聞いて、ゲッターが『そういうことなら』なんて気になったらどうするんだ。それでなくても」
 しかし隼人はそこで止めて、手元のボードになにやら書き付けた。
 「それでなくても、なんだ」
 案の定くいついてきた。
 「ぬかった。口がすべったな」
 隼人は似つかわしくないほど素直にそう口にした。実際、隼人がこんな言葉を口にすることは、他ではない。
 竜馬とは違って、隼人は意図して、意識して、その場にいるメンツ、その場での己の立場から類推して言うべきこと、言うべきでないことを取捨選択する。失言など、年に一度もないだろう。
 そして、失言を、「しくじった」と認めることもだ。
 「何だって聞いてんだよ。言え」
 「しつこいな」
 「気になるからだろうが。何だよ」
 やれやれと疲れたみたいに息をついて、
 「それでなくても、お前は暴走しやすいから、ゲッターがつられる、と言いかけたんだ」
 「違うな」
 相手の言葉に隼人はちらと視線を投げかけて、やめようとしたが、竜馬は回り込んできた。
 正面からにらみつける。
 「今とっさに言葉をすりかえただろう」
 「俺はそんなに面倒くさいことはしない」
 「そんな程度の言葉なら、どうして言いかけてやめた」
 隼人の唇に微笑がのぼった。
 ほお、よく気づいたなというような揶揄と、もう一つ別の、つくづくと竜馬を見てただ笑っているだけの、なにやら胸が詰まるような微笑だった。
 「時々てめえは、そういう笑い方をして俺を見るな」
 そうか、と呟く。
 「そうだ。すげえ嫌な気分になる。なんだ?そのツラは」
 「自分ではわからん」
 嘘をつけ、と思う。こいつにわからないことなんか何もないくせに。
 仄かに輝くゲッターの炉心を背に、自分を睨んでいる竜馬を見つめる。隼人の目に、竜馬とゲッターが一枚の絵となって映る。
 どんなに。
 俺が持っている知識と知力とのすべてを使って、追いすがっても、
 いずれは、こいつは、ゲッターに呼ばれて、どこか遠くへ行ってしまう。そのことが…
 なんとなくわかる。
 いつだとか、どんな形でだとかは、俺だって知らない。だが、と隼人は思った。
 いずれこいつは全てを置き去りにして、どこかへ行ってしまう。
 ………
 「あまり急いで行くなよ」
 それでなくても。
 お前は、ゲッターに選ばれて、ゲッターに通じている。決定的に俺とは違う人間なのに。
 しかし、そんなことを説明しても、竜馬は訳がわからないだろうし、ただ勝手に決め付けられたという理由で怒り出すだろう。
 だから、言わない。
 つい、漏れた言葉に、竜馬は案の定なんだってんだ?さっきから、と聞き返した。
 隼人はもう少し笑みを深くして、ゲッターの炉心を背にした相手の顔から、視線を外した。

 敵が総攻撃をしかけてきた。
 日本全土は現在壊滅状態だ。交渉も取引もあったものではない。ただ一方的に、国土を蹂躙してゆく敵の足の下に踏みつけられ、殺戮されるか、あるいは運良くか運悪くか生き延びて奴隷の身分に落ちるかのどちらかしか残っていない。
 あと残っている方法は、と口の中で呟きながら、廊下を疾走する。
 ゲッターで、奴らの母艦のハラの中に入り込んで、中から破壊する。そうそううまくいくと、脳天気に思える作戦とも言えない。
 確実にうまく行かせたいなら、ゲッターエネルギーの暴走とそれに伴う自爆、くらいはやらかすしかないだろう。
 「しゃあねえだろうな」
 ぺろりと口の端を舐める。負け戦は、嫌いな方ではない。少なくとも勝ち戦よりは好みだ。
 エレベーターに乗って、格納庫の階を押す。博士たちに気づかれたら面倒なことになる。とっとと出ちまった方がいい。
 ゲッターをでっかい棺桶に使われたら、皆迷惑するだろうか。当たり前か。
 エレベーターが止まった。出る。通路を走って、ゲートをくぐる。しぃん、と静まり返ったコンクリの巨大な部屋の中、見慣れた三機が静かに、竜馬を待っていた。
 長いつきあいだったな、あと少し、俺につきあってくれ。悪いが、一緒にいってもらうぜ。
 まあ、博士が残っていれば、また新しいゲッターも作れるだろう。
 それに、今度の開発には、隼人がいるし。…
 「野郎、貴様なんかどうでもいいがゲッターが惜しいんだ、とか言うんだろうな」
 そう呟いてなんだか可笑しくて、声に出して笑った。
 「何がおかしい」
 突然横から声がかけられて、仰天する。
 自分が入って来た戸のすぐ側の壁に寄りかかって、隼人がこっちを見ていた。
 「て…手前」
 「こういう時考えることは、同じか。うんざりだな。普段はあれだけ違うっていうのに」
 「それは俺のセリフだ!」
 があ、と怒鳴る竜馬に、隼人はくすりと笑うと、ははは、と声を上げて笑い出した。珍しい、からっぽな笑い方だ、と竜馬は思った。いつもいつも、イヤになるほどいろんなものを、その後ろに隠して、含み笑ってばかりいるヤツなのに。
 ま、あとは突っ込んでドーンだ。からっぽにもなるか。
 この期に及んで、まだバカなやりとりをしている自分たちにも、なんだか笑える。
 ―――そして竜馬は、またあの感覚にとらわれた。
 後が無い、もうあと僅かな時間しかないそのさなかに、自分はやはり隼人と話をし、罵りあったり笑ったりしている。いつのことなのか、過去か未来か、もうわからない。そして…
 自分たちに出来る方法をとるために、出撃する。
 「もういいや」
 「?」
 という顔で、自分を見る隼人に、首を振って、
 「おまえと話をしていると、これはいつのどこのことなんだって時々思ってたんだよ。何言ってるかわからねえだろ?自分でも何をどう不思議に思ってるんだか、わからなかったんだけどよ。…
 でももういい。要するに、俺とおまえは多分、どこででもこうやってるんだろうってことで解決だ」
 その言葉を聞いて、隼人の目に、不思議な色がこみ上げてきた。
 情動だろうか。感動だろうか。感慨だろうか。
 その目のまま、隼人は竜馬の肩を掴むと壁に押し付け、深く深く唇をあわせた。

 お前を、見送らないで済むのなら、
 ともに、同時にエンジンに火を入れて、同時に地を飛び立って向かえる先なら、
 そこが地獄だって俺には最高だ。

 息が苦しくて顔を背ける。それを捕まえて更に貪る。
 竜馬の頬が熱く熱くなっているのが、触れている自分の頬に感じられる。

 唇を、というか舌を相手の舌からはずす。なんだかまぶしいみたいに顔をしかめていた竜馬は、その表情のまま、隼人を睨みつけて、
 「突然、なんだ。バカ」
 息があがっている。その顔をつくづくと見つめて、隼人はひどく嬉しそうに笑った。
 今日は、と竜馬は思った。こいつの、いろんな笑顔を見せられる。今まで、あまり見たことの無い種類の笑顔だ。
 「竜馬」
 いつもはリョウと呼ぶ声が、自分のフルネームを綴るのを聞くと、なんだか不思議だ。マ、がついただけの筈だが、まるきり違って聞こえる。
 「お前と一緒に、最後の出撃ができるとは、正直思っていなかった」
 微笑が目に滲む。とても端整な顔をしていると、見ている方は思う。
 「だから嬉しいぜ」
 「最後の出撃がそんなに嬉しいかよ。変な野郎だ」
 唇を尖らせ文句をつけ、
 「俺は1号機でお前は2号機だろうが。最後だろうがなんだろうが、出撃はイッショだろ。何喜んでんだか、さっぱりわかんねえな」
 その言葉に隼人はまた、ああ、そうだ、そうだなと呟いて、再び竜馬を抱きすくめる。性急なほど、ひたむきに竜馬の身体をまさぐり、壁に押し付け、深く、熱くくちづけをした。
 あの神隼人の中に、これほどの熱情があるということが、信じられない程直向で、懸命で必死なその動作に、竜馬はただ翻弄されながら、
 相手の中の、
 竜馬。
 竜馬。…
 掛け値なしの、何の虚飾もない、自分へ向かって放たれる呼び声を聞いていた。

 きっと、いつのどこでの話だろうと、俺は1号機でお前は2号機で、出撃するんだろう。だから、
 そんな必死こいて、俺にしがみつくな、と竜馬はかすれた声で言った。
 無理だ、と相手の声が自分の耳元で笑っているのが聞こえた。

[UP:2004/04/16]

 キリ番80000を踏んでくださったaya様のリクエストで、『隼人×竜馬で、秘めやかでハード』なお話、ということでした。
 秘めやか、という部分は結構チカラ入れたんですが、(隼人の秘めやかは、スキです)それでいてハードというのは私、正直苦手でございまして。ハードといやあへっぽこギャグの方がよっぽどハード…せめて気持ちだけでも熱くしようと努力いたしました。
 早くしないと、ムサシが来ちゃうよオフタリサン(笑)そう、原作にこういう状況がありましたので使わせてもらった。でも、あの頃の話だとは限定しないで下さい。

 死ぬ時は一緒、というのは最初は「ちょっとそれを美しいことみたいに言うのは間違ってるんじゃないか」と思ってましたが、真実それを胸に思い、そうできたら一番いいんだが、と思いながらも別れ別れになっていく人もいるんだろうとも思います。
 なんか、もがいた割に薄い話ですみません。でも、久々に、改めてこの二人のつながりについて考えてみることが出来ましたよ。ayaさま、リクエストありがとうございました!

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