ネオゲッター終了記念打上旅行


ぶうといってマイクロバスが停まると、そこは温泉街の中のとある旅館の前だった。
「やあーっとついたぜえ!全く、シリが痛くてかなわねえや」
わめきながら號がまず飛び降りた。後ろから凱が、
「號!お前の荷物!」
怒鳴った。なんだよ、と振り向いた顔にぶしっと昔懐かしいまじそんすくえあがーでん、と書いてあるスポーツバッグが激突した。
「馬鹿野郎!鼻血出っだろ!」
「ほら、遊んでないで、早く行け」
例によって例のごとくクールな声で翔が言って、降りてきた。
「なんで、そんなカッコしてんだ?」
そう尋ねたのは、相手がどういう訳だかネオゲッターのパイロットスーツを着ているからだった。翔はちょっとしょっぱい顔をして、
「打ち上げだからな…一番多く着ていた服を着てくるということらしい」
「そうそう。だから俺と翔はこのカッコなんだよ。いいよなお前は」
ぼやきながら降りて来た凱も色違いの例のユニフォームだった。號だけは私服だ。といっても単にTシャツにGパンだが。
「俺ってにユニフォーム着てない時の方が多いのか?」
「そうなんじゃねえの。1巻なんか全編上半身ハダカだろ…ほら早く行けって。後ろがつかえてんだから」
「ほいほい」
口をとがらせ、いらっしゃいませーとおたべ人形のようにお辞儀を繰り返す仲居さんたちの前をどーもどーも、と言いながら通り過ぎ、入口から中に入る。うきうきと1階ロビーを見回しながら、
「温泉かあ。久し振りだな。夜は枕投げしようぜ」
「なにガキみたいなこと言ってんだよ。ここ混浴だぞ。うひひ」
「そっちこそ何言ってんだよ。翔とメリーしかいねえぞ女なんて。あの二人のハダカは見た…くねえわけじゃないけど」
「いや、もっといたぞ女。ええと…ゴールの攻撃で潰されそうになった科学者と、あと誰だっけな、エプロンしてたような気がするけど」
「ああ。幼稚園の先生だろう」
聞くともなしに聞いていたらしい翔が言った。
「よおちえんのせんせえ?」
「車も人も吸い上げられていくシーンがあったろ。あそこで」
ぽんと凱が手を打った。
「ああわかった。伝説の男が非常識な高さから飛び降りて助けてやるとこだな」
號の顔が微妙に歪んだ。
「とにかく。私も彼女らも、お前たちに入浴姿を見せる気はない。変な期待をするなよ」
びしっ、と言い渡されて、凱と號は大人しくハイと返事した。そこに、
「ハーイ、ショウ!アトでイッショにオンセン、入りまショウねー。ワタシ、ニホンのオンセン、大好きデース」
メリーが溌剌と声をかけてきた。例によって変な喋り方だし、屋内だというのに帽子をかぶっている。翔はにっこり笑って、うなずいた。
「ええ、メリー」
「オウ。全員来たみたいデスね。集合かかってマス」
メリーの言葉に翔と、なんとなく小さくなっていた凱と號が振り返った。
なるほど、数台に分乗してきたネオゲッター関係者全員が荷物を持ってロビーに入ったらしい。フロントと何か話していた神隼人がちょっと早乙女博士と話してから、向き直って、
「点呼を取る。ネオゲッターチーム。全員いるか」
「います」
翔が叫んだ。
「旧ゲッターチームとその関係者」
「って、この4人のことか?」
と武蔵が首をかしげながら、隣りにいる流竜馬に、ぞろりと並んだ修験者の格好をしたいかつい男たちを眺めて、尋ねた。
「ま、そうだ。いるぜー」
4人はそれぞれ頭を下げて、
「師範がいつもお世話になってます」「よろしくお願いします」「今回はエンディングにしか出てないのに呼んでもらってすみません」等々、口にした。同時にかまやつひろしがつくった曲が流れた。
「だったら俺だって1巻のオープニング前にしか出てないよ。ところで何だこの歌」
「すみません。オレらが喋ったり動いたりするとどういう訳かかかるんです」
黙ると、音も止んだ。竜馬がなんだかなあ、と頭を掻いた。自分も弟子たちと同じ格好だ。
「面白いなあ」
がはははと大声で笑う。後ろの方で弁慶とミチルと元気が、「まあ今回はいるだけってことで」「思い出のヒトコマを彩る人員なのよね」「それにしてもネオゲッターのいろいろの間ぼくら何してたことになってるんだろうね」とぼそぼそ話している。
「軍関係者」
「おお」
「科学班、『博士グループ』」
「おるぞい」
「『助手グループ』」
「いまーす」
点呼は続いている。號は肩をすくめた。
「全員かあ。すげえ人数だな。夕飯の宴会場、いっぱいになるんだろうな」
「今夜はここの宿半分くらい俺たちで占拠してるらしいぜ。神一佐…じゃなくて神大佐がそう言ってた」
「ふーん」
號は口をとがらせ、メモをチェックしながら点呼を取り続けている、例によって青汁色のシャツを腕まくりして着ている隼人をつらつら眺めた。
「この打ち上げで、全部終わりだもんなあ」
「そうだよ。なんだ、號、寂しいのか?ペンパルになってやろうか?あ、今はメル友か」
「何言ってんだお前。誰が寂しいって?」
ちょっとムキになる。と、
「よし、全員いるな。部屋は数グループで一部屋だ。女性と子供は全員で一部屋にする…部屋割りは各人に渡す。回せ」
前にいた、オープニングで號と逆の方へ逃げていった男が自分の分を取って、はい、と回してくれた。
「うわ、俺たちの部屋すげー人数だな。つめこまれたって感じだな。俺たちとジャックとジャックに声援送ってたアメリカ人たちと、オープニング人員と?あとは」
凱はまだ喋っているが、號は別のところを見ていた。
―――旧ゲッターチーム、かっこ、流竜馬、神隼人、巴武蔵、…以下もろもろ。かっことじ。博士グループうんぬん。
博士たちお偉いさんたちと同室なのは、歳が俺たちよりは近いからだとか、まだ会話する話題があるからだろうとか、理由はわかるので別にいい。…
何故あのひとは、どこまでいっても旧ゲッターチームなんだろう?今はネオゲッターチームの司令で、ネーサーの偉い人じゃねえか。どうして、何よりもまず最初に優先して来る肩書きが、旧ゲッターチームなんだ?
不満と不服が仲良く號の中でむくむくわきあがってくる。これで全部終わりだっていうのに、最後の最後に『旧ゲッターチーム』かよ!最後くらい、
「神大佐も俺たちと同室になってもらって、いろいろ苦労話とかしたかったよなあ、號?」
屈託のない調子ですらすら言う。あるいは號の気持ちを見透かしたのか。
一瞬、別にぃ!とか、ケッ!とか、そういったことを言おうとしたが、凱に更にからかわれるのはいやだったので、そーだな、と気のない調子で言っておいた。

それからすぐ、夕飯の時間になり、
「ネオゲッター御一行様、御夕食の準備が出来ましたので、2階大広間『なめこの間』にお越し下さい」
館内放送が鳴り響いた。
廊下に出るとがらんとしている。既に他の連中は行った後のようだ。トランプの決着がなかなかつかなくて遅くなった號と凱とジャックはやや慌てて、階下に向かった。
「テンプラ、出ますカ、ガイ」
「天婦羅?出るだろうさ、刺身と天婦羅は日本の旅館なら必ず出るよ。法律で決まってるんだ」
「それはナイスねー。テンプラ大好きヨ。神の食べ物ですネ。ナイス、ガイ。ナイスガイ。なんちゃっテ!うひゃひゃひゃひゃ」
「なんだこいつ」
「ババ抜きで負けてパーになったんだろ」
ジャックはまだ一人でウケて、腹をかかえて笑っている。アメリカ人の笑いのツボはわからない。
口々にわめきながら大広間にかけこんだ。
何十帖敷きだろうという大広間に、見渡す限りお膳が並んでいる。はるかかなたに舞台があり、旅館の人が何か調整している。後で演歌ショーかハワイアンショーでもあるのだろう。
ここでは別に座席が決まっているということはないらしく、皆入り乱れて自分たちの膳を確保し、かっこんでいる。どいつも旅館で腹一杯食おうと思って昼を抜いて来たらしい。いじましい限りだ。
ジャックはメリーと翔を見つけ、寄っていった。凱がきょろきょろしながら、
「さあってどこで食うかな。女のコのそばがいいんだけど。おひつがあんまり減らないから一杯食べられるんだ…生憎、今回はそのセオリーはナシだな。翔はああ見えても大喰らいだからなあ」
空いているところを目で探しながら、號はあっと思った。
「悪い、凱、俺ちょっと」
凱の返事を待たずに、號はとっとと行ってしまった。ぼけえとして見送る凱の目に、ここ座るぜ、と言いながら神隼人の隣りにすべりこむ號の姿が映った。
「あいつもなあ…高嶺の花だと燃えるっていうか、かなわないと見るとチャレンジしたくなるっていうか…まあいいか別に」
まだしばらく左右を見ていたが、さっき話に出ていた幼稚園の先生(まだエプロンをしている)と、幼稚園児たち(帽子に、スモックをつけている)の側に座って、いただきまあすと言った。子供たちが目を丸くして凱を見ている。

神隼人は一番端に座っていた。多分旅館の人間が連絡をしに来るのにわかりやすいためだろう。何かしていたのか、彼も今箸を取ったばかりのようだ。隼人の隣りも向かいも、既にお膳の上はカラッポになっていた。それと、まだ料理が載っているお膳とをずるずる交換して、茶碗にご飯を盛りながら、
「いいんだろ?」
「何が」
「俺がここに座ってもさ。隣りと向かいはもう空いてるみたいだし」
「別に構わん」
あっさり言って、マグロの刺身を食べた。
號も、白い地に旅館の名前がピンク色にそめてあるカマボコを口に放り込んで、飲み込んでから、
「あのよ」
「何だ」
「うん」
何だかいつもと勝手の違う號に、隼人が「?」という顔でこちらを見たのが、目の端に映った。えい、と自分に踏ん切りをつけて、
「俺これでも、あんたには感謝してんだよ。…あのまま地下プロレスで金稼ぐだけの生活してたら、絶対見られないようなもの見せてもらったし、いろんなコトが出来たし」
ふ、と笑った声がした。続いてさつまいもの天ぷらをてんつゆにひたしながら、
「なんだ、殊勝だな。どうした?フグにでも当たったのか」
「フグが出るようなグレードの旅館じゃねえだろ。…ところでここってどうやって決めたんだ。参加費は一人二千円とか言われたけど、」
「日本政府から今度の一件で雀の涙ほどの…まあ、酒肴料としか言いようがないか。が出た。それと、あとは俺と早乙女博士のポケットマネーだ」
「やっぱりな…いや、そんな話はいいんだ」
自分から言い出したのだろうに、がががとメシを口にかっこんで、もぐもぐもぐもぐごくん、と飲んでから、
「神さん、俺あんたに感謝して…あっこれはもう言ったか」
「お前がそんなに有難がってるとは知らなかったな。もっとひどい目に遭わせてやっても良かったか」
「茶化すなよ。…こんな話が出来るのもこれが最後だと思うから…恥ずかしいのをガマンして言ってんだからよ」
隼人は微笑して酢の物を食べた。
これが最後だと思う、という部分を否定しない。…號はちょっと寂しかったが、次はマジンカイザーだし、本当にそうなのだろう。その思いが決意をさらにかたくした。言おう。
「神さん。ええと、俺、あんたに。いや、あんたが、す、すすす」
き、という口の形を作る前に、何者かに後ろから蹴り倒された。號はつんのめってお膳の上に突っ伏した。
「あん?誰か蹴っちまったか?わりぃわりぃ。おう、ハヤト」
暗黒の視界の中、クソいまいましい男の声だけが聞こえる。
「メシ食ったか?なんだまだもそもそ食ってんのかよ。とっとと食ってあいつらにゲットマシンがナニで動いてんのか教えてやってくれよ。ガソリンでいいのか?軽油だっけ」
「ちょっと、待て、まだ…」
「あー面倒だな、メシあっちのを食え。行こうぜ。そうだ、話は風呂でしよう。酒って風呂に持ち込んでいいだろ?お前も飲むよな?」
「俺はいい。それより」
「安心しろよ、酔っ払って湯船で寝たら俺が介抱してやっからよ!いひひ、油性マジックで毛ボーボーにしてやろうか」
「遠慮する。それに俺はまだ風呂には入れない、やることが」
「なんだよ付き合いわりーぜ!しょうがねえ野郎だな。あっそうだ、来月また温泉来ようぜ。俺気に入っちまったよ」
「待てよ」
地獄の底から響いてくるような声で、むっくりと身を起こした號が言った。顔に、天ぷらがはりついていたのが、今ぼとりと落ちた。
「なんでぇ。號とかいうガキか。何だよ」
小うるさげにいなされる。一拍置いて、振り向きざまに拳を相手の腹に叩きこんだ。
…つもりだったが、掌で受け止められていた。
「礼儀を知らねえ坊ちゃんだな。何のつもりだ」
にやにやと笑いながら、號の拳をぎりっと音を立てて捻る。ぼろぼろの修験者の格好、長く伸びた髪を後ろで結って、凶悪な笑顔が実によく似合う顔つきだ。むきだした犬歯が白い。
死んでも、痛そうな顔をしてやるものか、と號は歯を食いしばった。
「この、クソオヤジが」
腕を振りもぎろうとするかと思いきや、思い切り地を蹴って、頭突きをくらわせた。がん、とものすごい音がして、さすがに流竜馬も後ろに下がった。そこへもう一発。
「調子こいてんじゃねえぞ、このクソガキ!」
容赦ない蹴りが腹に入って吹っ飛び、敷島の上に落ちた。
「うわーっくぉーなんじゃーい、わしのわしのエビがー!後で食べようと思って大事にとっといたのにーい」
やおら起き上がって、敷島の頭を踏み台にして飛び掛る。待ち受けていた竜馬と取っ組み合うと、たちまち乱闘になった。
あちこちから悲鳴が上がるが、それは二人を心配しての声ではなく、自分たちの料理に何するんだという非難でしかなかった。
「號!なにやってんだ」
「號っ」
凱と翔がそれぞれの座布団から立って近づいてくるが、止めに入る気まではない。あらら〜という顔で眺めている。
殴りながら、流竜馬が怒鳴った。
「なん、だ、って、いって、んだろ、この。お前はバカか。とつ、ぜん!」
最後の部分できつい一発が出て、號は再び飛んだが、今度はちゃんと着地した。竜馬をにらみつけ、
「おれはな…おれは、神さんに、選ばれたんだ。ゲッターに乗れって言われてな」
「あん?」
「あんたがふらふらどっか行っちまって、あの人がどんなに苦労したか知ってんのか?それがどういう風の吹き回しかまたふらっと戻って来て、でっかい顔しやがって」
「てめえ」
竜馬のこめかみがびくびくしている。黒目がきゅーと小さくなった。
「いいか。何度でも言うぞ、おれは、神さんに、選ばれたんだ。神さんは俺を選んだんだ。神さんのつくったゲッターに選ばれたのはこの俺なんだ」
「何だお前。神さん神さんて。要するにあれか、俺がハヤトと仲良くするのが気にいらねのか」
思い切りせせら笑う。それを、目で呪い殺さんばかりの視線でにらみつけて、
「気にいらねえな」
號は吼えた。吼えながら泣きそうだった。
来月また来ようだと?
温泉が気に入っちまっただと?
俺は、これで最後だと思って…勇気を振り絞って言おうとしたのに、その頭を後ろから度突いて言いたいこと言い散らかしやがって…
號の頭が真っ白になった。制御も恥じらいも何も吹っ飛んで、怒号していた。
「俺と勝負しろ。俺が勝ったらてめえ、神さんに近づくな。神さんを思う気持ちじゃ、とっくにてめえなんぞに勝ってるんだからな俺は」
「野郎。その口きいたことを地獄で後悔しろ。てめえなんぞにハヤトはわたさねえ」
「なんか、どさくさにまぎれて、衝撃の告白が続いてるんですけど」
凱がひょろひょろと呟き、隣りに来ていた武蔵が、
「リョウってあおられるとどんどんその気になるからなあ。しらねえぞどうなっても」
言いながらおひつから直接食っている。
「上等だ。クソオヤジ、舞台へ上がれ。皆の前でぶっ倒してやる」
「こっちのセリフだ、クソガキ。おう、旅館のヤツ、緞帳上げろ!」
怯えた誰かがスイッチを入れると、寄贈・やまのおく銀行と刺繍がしてあるでっかい幕が、がーと開いた。そこには、出番を待ちながら着物を直していた演歌歌手の美空はれみが、仰天して突っ立っている。
「どきなねーちゃん、死ぬぞ」
號と竜馬に同時に怒鳴られ、美空はれみはマネージャーにひっぱられて退場した。
間髪を入れず、両者の拳がうなりを上げた。いいぞ、いけいけ、という怒鳴り声が上がる。自分らのお膳が無事なら、あとはちょっとやそっとじゃ見られない対決に打ち興じる連中だ。虎とライオンの戦い。来留間親子対決。マジンガーZ対デビルマン。
「ある意味正統派の戦いだからなあ。見ごたえがあるよ」
「どっちが勝つか賭けよう。俺はやっぱり伝説の男だな」
「いや、切実さに賭けて俺は若手だな」
勝手なことばかり言っている。竜馬の弟子たちは一番前で、師範!頑張って下さい!師範!そこです!と叫んでいる。
翔が戸惑い気味に、すぐそこで何事もなかったように、退避させた刺身の残りを食べている神に、
「神大佐、何とかしなくてよろしいんですか?」
「何とかするとは、どうしろというんだ。俺に、號か竜馬のどちらかを選べとでもいうのか」
珍しく、軽いふざけた口調で返され、翔はそういう訳では…と呟き、
「どちらかが死ぬかも知れませんよ。あるいは両方か。打上げ旅行で死人を出すのはどうでしょう」
「死ぬときは死ぬ。それだけのことだ」
「はぁ」
もうどうでもよくなったらしく、ため息をつき、メリーの隣りに戻った。
「すごい迫力ネ。ワンダフルエキジビション」
「よしてよ、メリー。…そういえばジャックは?」
「兄さんなら、リョウマのお弟子サンたちのトナリにいるワ」
「そう」
翔は最後にふっきるように息をついて、自分も隼人おじちゃんのように、温まらないうちに刺身を食べることにした。

流竜馬は強かった。
無論、號だって、少年ともニンゲンとも思えない強さではあったが、竜馬のそれはなんというか、えげつない強さであった。別に反則技を使う汚い戦い方だといっているのではない。いや、勿論使うのだが、それは號にしてもも同じことだった。
どごん、どごん、と通常の人間の戦いではあまり聞かれない感じのする音が幾度も響き渡り、ステージは文字通り血に染まった。観客はもはや闘牛場につめかけて声援を送っているようだ。たまに闘牛の蹴りがとんできて、観客も宙を飛んだりしている。
幾度目かに、同時に拳が相手の顎に入った。体重が軽い分號の身体が浮いた。そこにすかさず竜馬の腕が伸びて、首にまきつくと締め上げた。
手や足で何とかしようとしても、どんどん締め上げられて、力が抜けていく。
「あー、入ったな」
「やっぱり、流竜馬の勝ちで終わりか」
最前列の誰かの声が耳に入った。號は、死力を振り絞って、竜馬の腕に思いきりかぶりついた。
「ぎゃーーーーー」
絶叫するが、竜馬も腕を解かない。絶叫しながらぐいぐい締め上げ、締め上げられながらかじりついた口は絶対に離さない。しょっぱい。自分の鼻血が流れてきた。
「はなせ、ガキ!」
死んでも離すか、と胸の中で絶叫し、つぶっていた目を一瞬開いた。
神隼人が、一人に一つついている小さな鍋の下の、固形燃料の具合を見ながら、鍋の鴨肉を食べ、ついでのようにちらとこっちを見た。その姿を見た直後、意識が遠のいた。

どこか遠くで、大勢が拍手したり騒いだりしているようだ。
目の前がぼんやりと明るい闇だ。俺は何を見ているんだろう。
そう思った時、すぐそばの会話が不意に耳に入って来た。
「アイテテテテテ、そっとやれそっと!しみるぞ馬鹿」
「そうか」そっけない声。
「このガキ、思いっきりかじりつきやがって!俺の腕食おうとしたんじゃねえのか」
わめいてからふーふー息をふきかけているのは流竜馬で、
「それほどには腹は減ってないだろう、こいつある程度は食った後だったからな」
と本気なんだか冗談なんだかわからない口調で喋っているのは神隼人だ。
てことは…俺はあれから気を失って運ばれたんだな。…
負けたのか、と思うと全身から力が抜けるようだった。
「まだ意識が戻らねえのか?本気でやったからなあ。ちっとやばいかもな。…なんでだろうな、」
首をひねって、
「どうも俺はこいつのやらかしてくる事にはつい本気で相手しちまうんだよな。こいつもなんか俺にはやたらつっかかってくるしよ。何でだ?」
ふ、ふ、と隼人が低く笑った声がした。
「それはな、お前らがよく似ているからだよ」
「俺とこいつが?」
「ああ」
ちぇっ何だそれ、と言っている前で、むっくりと號は起き上がった。
「わあっびっくりした、なんだガキ。気がついたのか」
しばらく、目を閉じていたが、ゆっくり開ける。どこかの小さな部屋だった。かすかに聞こえてくるのは、美空はれみの歌声らしい。自分の前座にとんでもない出し物がついたせいで、やや調子が外れ気味だ。どうやら、さっきの宴会場からそう離れてはいない所らしい。
顔を向けると、傷だらけの流竜馬が上半身ハダカで畳の上にだらしなく座り、目を真ん丸くしてこっちを見ている。その隣りに、救急箱に使ったものをしまっている、神隼人がいた。ふと見ると、自分の身体も手当てがしてあった。
「おい、大丈夫かよ。見えてるか?」
號の目の前に持って来てちらちら振っている手をうっとおしげに払いのけて、無理矢理立ち上がった。途端にぐらりと世界が回って、その場にひっくり返った。
「バカ、ちょっと座ってろ」
再び伸びて来た手を、今度は思いきり払った。パンと小気味いい音が響き渡った。
「かまうな、クソオヤジ!」
「なんだとこの野郎、ひとが珍しく気を遣ってやれば」
「誰が使ってくれって言ったよ。勝ったと思って偉そうに余裕かましやがって!」
パン、と再び同質の音が響く。竜馬のでっかい手が號の頬を張っていた。何とか立とうとしていた號は再び床に転がった。
「ちょっと座れって言ってんだろ。勝ったのはお前だよ」
「え」
くらくらする頭を押さえながら聞き返す。
「お前、何をどうしようとかじりついて離れねえからよ。まあそのままぶら下げておいてもいいんだが、腕食われたかねえからな。わかった、俺の負けだと言ったらやっとお前、離れてひっくり返ったんだ。お前の前世はスッポンか?」
ぼおーと隼人を見ると、その視線に気づいて、隼人はうなずいた。
「こいつが言ったのは本当だ」
そうか。
勝ったのは俺か。
………
だから、それがなんだというのだ。
今では、ちっとも嬉しくない、いや、さっきまでだって、勝てば本当に神さんと、なんて思っていた訳じゃなかった。でも、どうにもこいつに腹が立って、ああしないでいられなかっただけのことだ。…
號は、再び立ち上がろうとした。今度は、ゆっくり動いたので、倒れることはなかった。
「おい…」
竜馬が、ちょっとへっぴり腰の声を出し、眉間にしわをよせ、自分を見上げる。
思えば―――結論は最初に出ていたじゃないか。確かに、俺は神さんに選ばれた。でも、そもそも、
神さんが俺を選んだのは、
涙が出てきそうになって、ぐっと堪えた。
俺がこのクソオヤジに似ているからだ。
いや、本当は決してそんなことはないのだが、今の號には『俺には俺だけの良さが』『それを神さんは見抜いて』なんて、中学生日記みたいな建設的な考え方はできなかった。
ひでえな。俺はなんだ。アテ馬か。ひでえよ。ちくしょうめ。
ふらふらする足を何とか前に出して、この部屋を出ていこうと努力する。隼人も、竜馬も、そんな號に手を貸そうとはしなかった。だが、今の號にはそれは有難かった。
戸襖まで辿り着き、横に引く。廊下は、引き上げてくる連中や忙しそうな仲居さんたちでごたごたしている。その流れの中に、ふらふらする足を踏みしめて、號は入っていった。
「號!」
廊下にすがりながら進むうち顔を上げると、凱と翔が駆け寄ってきた。
「うわーひどいな、大丈夫か?まだ休んでいた方がよかったんじゃねえの?」
「あの部屋では、休みたくねえんだよ」
索漠とした声に、凱と翔は顔を見合わせ、
「じゃあ俺たちの部屋行こうか」
「いいよ。宴会場行こうぜ。俺全部食ってないんだ。腹減ったよ」
「そうか」
凱が笑った。
「あれだけ暴れりゃ、腹も減るかな」
さりげなく手を貸して、廊下を進む。翔は斜め後ろをついてくる。
「気を落とすなよ、號」
凱が明るく言った。
「どこかで、お前のことを見守っていてくれる誰かってのがきっといるんだからよ。ひょっとして翔とか」
「え、私か?…う、うん、そうかも知れないな」
「イヤそうに言うなぁ!」
號が怒鳴り、二人は笑った。
「元気そうでよかった。安心した」
「どこを見てそういう事を言うんだ、お前らは」
不貞腐れながらも、二人には感謝の気持ちを素直に持った。
宴会場に入る寸前、ふと、
俺が十年早く生まれていて、クソオヤジより先に神さんと逢っていたら、もしかしたら今ごろは、
と思った。…だが、そんな幻想は、襖を開けた途端に、
「おおっ!復活したか、號!」
「お前のお陰で儲かったぞ!いやーお前に賭けてよかった!さあ飲め飲め」
「ゴウ、さすがデース。チビでチンチクリンでもやる時はやりマース」
人の哀愁も感傷も裸足で蹴倒す連中の歓迎の声にけちらされたし、自分自身、本気ではそう思っていなかった。
そして、言うだけのことは言って、するだけのことはしたという満足にも後押しされて、どこかに残っていた未練をこの時ごっくんとのみこんだ。そして、明るい声で、
「皆、騒ぐなよ。演歌のねーちゃんが歌ってんじゃねえか」
「そうだったな」
「いやー、今日はあのおねえちゃんさんざんだな。悪かったなあ」
美空はれみは、着物の袖が床につかないよう懸命に気をつけていて、客席の方はあまり注意していない。歌いながら歩く場所も必死で選んでいるので、飛び石の上で歌っているようだ。何をしているんだろう、と號は思いながら誰かの料理の残りを食いはじめた。
「お前らの血でステージが汚れてんだろ」
凱が、聞いてもいないのに教えてくれた。
「號さん」
声の方を見ると、流竜馬と同じ服装のでっかい男が四人並んで、口々に、
「師範と引き分けるとは流石っす」「ないすふぁいとでした」「お見それしました」等々叫んでいる。どこからかかまやつひろしの曲が流れてきた。その後ろで、武蔵が面白そうな顔で、つくづくと號を見ていた。もちろん、手にはおひつと箸を持っている。

「どこぞへふらふら行っちまって、またふらっと戻って来て、か」
なんとなく力のない声で竜馬がつぶやいた。
「確かに、その通りと言えばその通りだな」
いつになく神妙な顔に、隼人は可笑しくなった。
「なんだ、號に言われたことを気にしているのか?」
「別に、そういうわけじゃねえけど」
とは言え、なんとなく口が尖っている。いつまでたっても、オヤジになってもどこか幼い顔を、隼人は横から暫し眺めてから、
「あの時、俺がお前を好きに行かせたのはな、リョウ」
昔の呼び方をした。竜馬はちろりと隣りの男を探るように見た。
隼人は微笑していた。
「お前が口で説得されるヤツじゃないからだってことと、お前が完全にゲッターを降りちまうなんてことがある訳がないと、知っていたからだ。いずれ必ず戻ってくるってな」
一瞬、竜馬がひどく照れくさそうな顔になってから、慌てて怒った顔をこさえて、
「何を勝手に決めつけてんだよ、お前は」
「勝手なのはお前の専売特許だろう。さてと」
「ん、戻るか?」
顔を戻した竜馬の前に、解脱炉暴と書かれたラベルの酒瓶を、どこからか出してどすんと置いた。
「なんだ、これ」
「資金集めの為にいろいろキャラクターグッヅを作って売ったことがあってな」
心なしか隼人が恥ずかしそうだ。
「これでゲッターロボって読むのか、もしかして」
「取得者機械人という候補もあったんだが、意味が通じないから、音の響きのほうを優先して」
「へええー」
それから、今度は竜馬がまじまじと相手を見て、
「いろいろ苦労したんだなあ」
人が何人も死んだと聞いた時にも言わなかったことを言った。隼人は苦笑して、
「そういう訳だから、もう少し飲まないか。ここで」
ぽんと放られたぐいのみを片手で受け取って、
「いいな」
竜馬らしい笑顔になって、む、とぐいのみを突き出した。

「ぎゃはははは。踊れ踊れ」
「よしネオゲッター歌うぞ。俺水木だ。誰か影山やれ」
「バカ野郎、水木は俺だ」
「俺だ」
ぼかすかぼかすか。じゃーんじゃらららららららーーーーー。「わあ前奏かかった、マイクよこせマイク」ちゃららら、ちゃららら、ちゃららら、ちゃーんちゃーん「よこせって!あ」
號がマイクを最終的にひったくった。
「おだやーかなーうみをーばくおーんがーうずまーくーだーいちがわれるぅー♪」
まあ、主役だからな、という訳か、皆仕方なく納得し、影山パートを期せずして全員で歌っていた。
凱も翔も、キング兄妹も、竜馬の弟子も武蔵も、皆が例のキャンプファイアー肩組気分で、合唱している。博士たちもすみっこの方でこっちを見て、笑いながら歌っている。
號は思い切り胸を張ると、口を思い切り開いた。
「たーたかうためっにっとーびだせゲッター!」

翌朝、集合場所で神隼人が待っていたが、集合時間になって現れたのは翔ひとりだった。
「おはようございます大佐」
「おはよう。翔だけか、来たのは」
「おそらく」
二人は面白くもなさそうに肩をすくめ、
「この人数の遅延料金か。頭が痛くなるな。主役の二人に払わせるか」
「それがよろしいと思います」
翔はちらっと微笑した。

[UP:2001/10/4]


あはははー。すみませーん。あの、冗談ですから…(逃げ腰)
ロージーといい、なんかワタシは號くんをツラい目に遭わせてばかりいますな。御免ね號くん。今度大佐とラブラブな話を書いてあげ…ぼきっ(殴られた)

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