BRILLIANT WORLD


息を吸って、吐くほどの間だが、何もすることがない時間が出来た。
とは言え、今更どこに行って何をする必要もないので、神隼人は自分の個室に戻って、窓から夜空を見ている。
夜明けまであと数時間だ。東の果てに、日輪が姿を見せたら、その時は。
その時は、俺はゲッターに乗る。
『ゲッターに乗る』か、と改めて思う。久し振りなどという言葉で言い表せない程の昔に、乗ったきりのような気がする。最後に乗ったのはいつだったろう。
號の製作過程でテストのため乗ったことは勿論何度もあったが、あれは『ゲッターに乗っている』とは言わない。ゲッターに乗るというのは…
ふと、自分は何を一生懸命説明しようとしているのか、と我に帰る。
吸い込まれそうな星空をガラス越しに見つめながら、タバコを左胸のポケットから出して、くわえ、だが火をつけないまま、宇宙の海を眺め続ける。
流れ星のように、二人の女の顔が、夜空と自分の胸を横切った。
ひとりは、早乙女博士の娘だ。
日に焼けた肌、短い髪、大きな丸い瞳。きれいな眉、明るい笑い声、まっすぐに相手を見て話す癖、年齢より見かけよりずっと大人だったろう。兄を目の前で失い、弟の面倒を見ながら、父親の狂気ともいえる戦いに、何も言わず従ってきた。見かけよりずっと芯が強い娘だったろう。見かけより…
寂しく辛く、辛抱することはいくらでもあったろう。それを決して誰かにぶつけない娘だった。だが彼にとってあの娘の顔は、『楽しかった思い出』を表すものだった。彼が、『ゲッターに乗っている』頃に、彼のすぐ側に居た娘だった。
ゲッターを真っ直ぐに見上げていられた頃の、温かく懐かしい、陽光の化身のような娘だった。…
もうひとりは、一緒になるはずだった女だ。
白い肌、強い眉、すんなりと通った鼻筋、きっとむすばれた唇。長い髪は、いつも、制帽やヘルメットの中に押し込まれて、柔らかくなびいているのを手にとった記憶は、ほとんどない。声は低いが明瞭で、耳障りが良かった。でも、やはり、彼の下した命令を復唱する時の声くらいしか、覚えていない。…
そして、
寂しく、美しい瞳。
隼人の中にたたえられた孤独を、理解できるとか、受け止めてあげたいとか、そういったことは相手は言ったことがなかった。とてもそんなことは出来ないと思っていたのかも知れないし、言葉で言っても虚しいだけだと思っていたのかも知れない。だが、この女となら、
もしも、拾いたくも無い残りの命を拾ったら。―――
いっそ捨ててしまいたいと思うのに、『あなたがいるから、私は安心して逝ける』という彼にとって呪いにも似た、人間たちの祈りと願いは彼に離脱を許さない。幾度、幾人が、彼の代わりに逝ったろう?彼の命は幾人のもので織られているだろう?
自分では望んでなどいないのに。かつての彼は面白半分に、いや興味もなく、人の命で遊んでいたというのに。
今ここで、引き返すことは、『彼』『彼女』『彼ら』の命への冒涜だから、彼は砂のように重い足を上げて、前進を続けてきた。その歩みを止めてもよい日が来て、その時、まだ自分が人間として生きてみようかという気持ちが残っていたら、
その時は一緒になってもいいと、思った。
…こうして考えてみると、『そんな日がくる訳が無い』と、どこかで思っていたような気もする。
きく筈がないとわかっているおまじないのように、効き目が切れていると知っている呪文のように、自分はそれを口にしていたのかも知れない。…
こんなことを言ったら、あいつは怒るかな、とふと神隼人は思った。それから、
いや、きっと、あの寂しそうな綺麗な笑顔で、ちょっと俺を睨むだけだろうと思った。

ノックの音がした。
誰だろう。…今この部屋に訪れる人間が、いるとは思えないのだが。
神隼人はちょっと考えてから、ドアのところへ行き、カギなどかかっていなかったことを思い出しながら、開けた。
彼より少し下の位置にある目の光は、あの昔から何も変わらない。そのせいか、『ドアをあけた向こうに、この男が立っている』ことが、本当に気が遠くなるほど久し振りだということを、一瞬失念した。
流竜馬が立っていた。道着の上に、長いコートを羽織っている。
しばらく、その位置のまま、お互いを見ていたが、
「…なんだ」
「入ってもいいか」
「ああ」
そう答えながら、竜馬がそんなことを尋ねるなんて、…いや、わざわざノックして開けるのを待っているなんて、考えてみれば不思議だなと思った。『大人になった』というところだろうか。
それから、やっと、大人にもなる、あれから何年経ったと思っているんだ、と思った。
ドアを閉め、中に入ってくる。殺風景な部屋だ。個人的なものなど何もない。しかし彼はどの基地であろうと、『個人的なものを、個室で楽しむ』などという機会は、おそらくただの一度だってなかったろう。寝に戻ったかどうかも怪しい。それに、
「…で、何だ」
そう言われて、部屋に入ってから黙って突っ立っていたことに気づいて、今目が醒めた様にぱちぱちと瞬きをして、
「別に、ナニってことはないんだが。俺には、このタテモノの中で、いる場所がないんでな。…ゲッターの格納庫以外はな。で、まあ、出発まで、お前の部屋にでも居ようかと思っただけだ」
妙に丁寧に説明する。
以前なら、『ここにいちゃ悪いのかよ』の一言で済ませていたような気がする。ふ、と顔を傾けて、
「そうか。構わない。俺も」
息をついて、
「することはないし。居ればいい」
流竜馬は火のついていない相手のタバコを少しの間見ていた。

で、それから何をしたかというと、並んで、窓ガラスの向こうの星空を見ていた。
今更、『あれから何をしていた、何があった』だの、『真ゲッターを動かすことについて』だのと、竜馬に向かって話す気は隼人にはなかったし、隼人の、袖口から覗く腕や喉元に、竜馬の知らない深い傷跡がいくつも刻まれていることに勿論気づいてはいたが、その由来について尋ねる気もなかった。
話す必要がないと二人とも知っていた。
「今夜は、星が多いな」
払暁をあと少し後に控えた星空に、ふと隼人が呟いた。
この星で、この星空を見ることも、これが最後だ。そう思ってみても、彼の胸には、未練とか名残惜しさは微塵もなかった。
やっと往ける。やっと。やっと俺の番だ。ようやく、全てが終わる。
俺が『ゲッターに乗っていた時』、必ず1号機に乗っていた男と共に、旅立てるのだ、何の惑いや恐怖があるだろう?
深く深く息をついた男の横顔を、黙って見つめ、
この男とも、長かったな、と流竜馬は思った。初めて、こいつを迎えに言ったのが、何十年も何百年も昔のようだ。
何とまあ遠くまで来たのだろう、と一瞬気が遠くなる。ゲッターが早乙女博士を動かし、俺たちを出逢わせ、長い長い輪の中で回し続け今ここまで連れて来たのだと、こいつなら言うかも知れないが、
それが本当なら、今のこのひとときも、あの雨に濡れた灰色の校舎で、こいつと対峙した瞬間に定められていたんだろうか…
首を振る。眩暈がした。
俺の柄じゃない。御免だ。俺の道は俺が決める。一旦は背を向けたゲッターのところへ戻ってきたのだって、俺の意志だ。
…そして、これからしようとしていることも、俺が決めたことだ。…
こいつは俺を憎むかも知れないが、それでも仕方がない、
俺が、こうすると決めたのだから。
「さて、数時間だが、寝ておくか。隼人」
「なんだ」
「この部屋に泊めてくれ」
「…構わないが」
生憎、部屋には、タンカのようなシングルベッドしかない。ちょっと考えて、隼人は、一度も使っていないソファーベッドをずるずる引き出して、伸ばし、据えた。
「悪いな」
「いや」
それから、ついたまりかねたというように、
「お前がそんな殊勝なことを言うようになったとはな」
それはな、
流竜馬は胸で言った。
さっきから俺が柄にもない態度をとってるのは、きっと、お前に悪いと思ってるからだよ。…今までのことじゃない。
しかし、竜馬は片頬で笑って、
「大人になっただろう」
とだけ言った。

隼人はベッドに寝て、竜馬はソファーベッドの方に寝た。そうしてくれと竜馬が強く願った。
照明を消し、真っ暗になった部屋の、窓だけが、宇宙に向かって開かれている。その小さな空間の中で、
「別に、俺がそっちで寝ても構わないぞ」
もう一度、隼人が言った。闇の中、笑った気配があって、
「いいんだ。この方がいい」
そうか、と呟いて、黙った。それから、沈黙と星の降る闇の中、暫く何も言わずに横になっていたが、
「昔、同じ部屋で寝ていた頃みたいだな」
「俺もそう思った」
どちらかが口を開き、もう片方がそれに応じた。どちらが先に口にしたかは関係がなかった。二人とも、同じ様に思っていたからだ。
ああ、だから、竜馬は俺の、こっち側に寝ることに固執したのか、と隼人は思った。
そして、本当に久し振りに、なにもふくまず、闇の中に微笑んだ。

目が醒めた。
天井がひどく明るい。朝日に、真っ白に輝いている。気持ちよくぐっすり寝たんだな、と思ってから、
「りょうま…」
隣りを見る。ソファーベッドはからっぽだった。
瞬間、背筋がこおりついた。嫌な予感などというものじゃない感覚が、彼の背中をかけのぼった。
ばっと飛び起き、その辺に脱いで寝たワイシャツをひっかぶると、廊下に飛び出す。そのまま疾走した。
「神一佐!」
ゲッターの格納庫に辿り着く前に、部下の叫び声と、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
「研究所のハッチが開きます!どうやっても開かなかったのに…」
「ゲッターが動きだしてる!」
ほとんど転びそうな脚で、飛ぶように駆ける。どうして。どうしてだ。何故だ。
今、格納庫の入り口に飛び出してきた隼人の姿を見て、
「神さんが来たぜ、竜馬さん」
號が言った。
「わかってる」
ぐ、と操縦桿を握った手に力を込める。
ゲッターがゆっくりと上がって行く。頭上に開いた射出口から、朝日が差し込んでくる。
隼人は喉の限り叫んだ。
「バカな…また俺を、生き残らせるつもりか!?」
爆音に、声はかき消された。まきおこる爆風に、飛ばされそうになりながら、手すりに必死でしがみついて、隼人はなおも叫び続けた。
「俺も、俺もいく!待て!竜馬、竜馬ぁ!!」
『隼人』
竜馬の声がした。
『まだだ。お前はまだいけない』
どれほど残酷なことを言っているのか、わかっているのだろう。その上で、告げているのだ。
『怨んでもいい。夕べは泊めてくれて有難うよ』
「りょ…」
開ききった、シベリアへの噴出口から、真ゲッターは光の速度と意志で、飛び出した。
その刹那。
『またな』
竜馬の声と心が、隼人の中にどぉっと入り込んで、一瞬のちふっと抜けて消えた。両手で、それらを掴もうともがいたが、手の中にはなにも残っていない。
「…リョオォォォォオオオオオオオオオオ!!」
隼人の絶叫を地上に残して、真ゲッターはすでにもう、遠い遠いところへ飛び去っていた。

[最終UP:2001/12/26]


THE YELLOW MONKEYの同名の曲からつくりました。あの曲を初めて聴いた時、『これ、ゲッターロボ號の最後のところだ』とゲッタービームのようにまっすぐに思いました。
おセンチでごめんなさい。

後日挿入。
歌詞ずらずら書いたら著作権侵害になりますよね。ひぇ〜い。
ああ、でも、いい歌詞なんだけどなあ。残念ス(笑)

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