木曜夜7:00。この頃の民放は、時間丁度に時報が鳴って番組が始まることが少ない。この番組も、いきなりだらだらと始まった。
ちょっとサスペンスフルで、かつ「おっ始まった」と思わせるテーマがかかり、司会者が拍手の中現れる。
「あなたの夢を叶えるクイズ・ビリオネア。司会の、みのめんたです」
日焼けなのか酒焼けなのか、松崎○げるといい勝負と思われる顔色でにやりと笑う。プロ野球好プレー珍プレーのナレーションをやらせたら右に出る者がいないと言われている男だ。
「ではさっそく、今日お集まりの十人を紹介しましょう!まずは樊端、神奈川」わーと拍手。マントがからまってすわりづらそうだ。「一千万とるぞ!」
「続いてカワラザキ、熊本」わー。「一千万とったら、豪勢な旅行にでも行くかな」
「幽鬼、岡山」わー。「………」何か言ったようだがよく聞こえない。
「十常寺、岩手」わー。「一千万求め進むが十常寺」ポーズを決めて鈴を鳴らしたので客が二三人死んだ。
「残月、香川」わー。すまして首を振ったらスダレの音がマイクにひろわれた。ジャラジャラうるさい。
「レッド、大阪」わー。「一千万はおれがもらうぞ。今のうちに言っておくが」周囲に言い放った。
「ヒィッツカラルド、愛知」わー。「一千万か!うははは、美女をはべらして豪遊だ」調子付いて指を鳴らしたので客が数人ちぎれた。
「怒鬼、北海道」わー。「………」何も言わないので聞こえない。答える時はどうするつもりなのか。
「アルベルト、群馬」わー。「ふん、一千万か。………」何か考えている。使い道だろうか。
「そして最後のひとり、もう亡くなっていますがセルバンテス、鳥取」わー。「別に生きてたって死んでたっていいじゃないか。なあアルベルト」
「以上の十人です。補欠ルーム、キクちゃーん」
「はーいこちら補欠ルームです。今日はこの三人が補欠として控えてまーす」
幻夜とイワンとQちゃんが押し合いながらカメラに手を振る。
「早くやれ!一人抜けて早く私を呼べ!」
「アルベルトさま、いまそちらへ参ります!」
「マスクを取ると美形なんだー!」
「補欠ルーム以上でーす」
みのめんたが間髪を入れず、「ではいきます、並べ替えクイズ!」
一同の上に緊張がはしる。
「次の博士四人を、あいうえお順にならべなさい」ジャン!とジングルが入る。「A、シズマ B、草間 C、フォーグラー D、シムレ」
「えーっと、フォーグラーは最後だな。シが二人いるのがひっかけ、と」セルバンテスがぶつぶつ言う声がやたらでかい。
「そういえば草間って名前なんだっけ。知ってるかアルベルト」
「うるさい!気が散る!ああ、間違った、お前のせいだぞ」
へらへら笑われてアルベルトは逆上したが、ADさんが走ってきて取り押さえた。
「シムレってどいつだ?」
「ヒィッツみたいな奴だ」
「白目は二人いるだろう」
「じゃあアゴだ」
「南原清隆に似てる方じゃないのか?」
「マンモス西に似てる方だ」
「ホントかー?」
レッドが疑わしげな声を上げた時、みのめんたが、
「正解、B、A、D、C!一番速かったのは…」
十人の名前にランプがついていく。最後についたランプが点滅した。
「樊端!」
「やったぞ!」
やけに大喜びしている。拳を振り上げて他のメンバーに見せつけてから、意気揚々と前に出て行く。
みのめんたと握手している映像のすぐあと、樊端が普段どうやって過ごしているかフィルムが流れた。忙しく命令を下している姿、ラフなスタイルの上にマントをはおってゴルフをしている姿、残月と談笑している姿、孔明を罵って冷笑されている姿。
一千万とったら…というフリップには、『サニーに別宅を買ってあげる』と書いてある。やけに達筆だ。
「一千万で別宅買えるか?じいさま」
「ちょっと辺鄙な離島などだろうな。サニーも可哀想に」
低い声で幽鬼とカワラザキが会話している。
「今日はどなたが応援に?」
「うむ。サニーが来てくれた」
モヘアのセーターにタータンチェックのスカートを着たサニーが、恥ずかしそうに微笑んで座っている。
「可愛らしいお嬢さんですねえ。娘さんですか」
「いや、父親はあっちだ」
アルベルトが憮然としている。隣りでセルバンテスが嬉しそうに笑っている。
「あら…」片手で口を隠す。みのめんたの仕種は妙に女っぽい。「おとうさんじゃない人の応援ですか?」
「はい。おじさまの応援に来ました。父の応援は、あちらの方ですので」
一同はサニーが示した方を見た。
「うぉーいおっさーん、頑張れよー。一千万取ったら七百万くらいくれよー」
戴宗がすでに酔っ払いながら手を振っている。
アルベルトのこめかみに青筋が太く太く盛り上った。
「では、樊端さんの、クイズ!ビリオネア」緊迫した音楽が流れる。
「第一問。世界的に有名なお話、フランダースの犬の飼い主は、なんと言う名前?A、ネラ」
みのめんたが喋っている間に、樊端が叫んだ。
「ネロだ!ネロ!」
みのめんたは苦笑しながら続けた。
「B、ネリ C、ネロ D、ネル。さあ、どうぞ」
するとあんなに自信満々だった樊端が黙りこくってしまった。ネリ…ネル…と口の中で言っている。客席から笑いが起こった。サニーが心配そうな恥ずかしそうな顔で見守っている。
「いや、やっぱりネロだ。暴君ネロとパトラッシュ。たしかそうだ。B、ネロ!」
「ネロはCですよ」
「あっ、Cのネロ」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
思いきりがよい。まあ一問目から思い切りもなにもないのだが。
「正解!」
「よし!」
一千万を取ったかのようなガッツポーズを取る。一応、拍手が起こった。
ここから録画の早回しになり、ナレーションが入る。
『一問目こそつまづいた樊端さんだったが、あとはとんとん拍子に十万円を獲得した』
「サニー、やったぞ」
喜びで声が震えている。まだ十万なのに、と思いながらもサニーはにこにこして、
「すごいですわおじさま」
「すばらしいですねー。この調子で行きましょう。では、十五万円の問題です」再び緊迫の音楽が流れる。
「任せておけ、どんな問題も解いてやる」
「1853年に、日本にやってきたのは誰?A、鑑真 B、ペリー C、ジンギスカン D、高見山」
「………」
樊端は黙った。再び笑いが起こる。
サニーはがんばっておじさま!と、どうしてこんな問題がわからないのおじさま!とが入り交じった顔をしている。
「いや、待ってくれ。わかる。わかるんだ」
「だったら答えろ」
心無いつっこみがとんできた。声の方に樊端は穴明き銅貨を投げてから、
「人には、ど忘れというものがあるのだ!げふんげふん。ここはひとつ、待っている男に花を持たせてやろう。テレフォンだ」
「はい。どなたが待っていらっしゃる?」
「国警にいる古い知り合いだ」
「もしもーし」
『もしもし』
シブイ返事があった。続いて映像が画面半分に割りこむ。
「どうもー、みのめんたです。どなたですか」
『中条だ』
「うわ」
十傑集が辟易した声を上げる。「またごっつい相手を」
画面には、中条と呉学人と大作少年と銀鈴が映って、手を振っている。
「あ、大作くんだ」
セルバンテスが呟いた。
「大作くーん。…向こうからこっちは見えないのか。…随分大きくなったな…相変わらず可愛いなあ。ククク」
イヤな笑い方をしている。
「中条さん」
『なにかね』
「今ね、樊端さんが」
『うん』
「十五万円に挑戦しています」
四人はぶはっと笑い出した。
『まだ十五万』
『たったの』
「うるさい!」樊端が怒鳴った。「人を笑うんならここにきてやってみろ。ここに座ると結構難しいのだぞ!」
サニーは真っ赤になってうつむいてしまった。
(恥ずかしい。来るんじゃなかったわ)
「じゃあね、中条さん。今から樊端さんが問題を読みます」
『うん』
「三十秒以内に答えてあげてください。どうぞ!」
チッチッチというセコンドの音が響き出す。樊端は慌てて叫んだ。
「せ、せ、せんはっぴゃく、ごごごごご」
『樊端さん、落ち着いてください』
『呉先生、あんな奴の応援はしなくともよろしい』
『応援のためにここにいるんでしょう、長官』
「うるさい!黙れ!せんぴゃっぴゃ、ぴゃくごぢゅうさんねん、日本に来たのはっ!もう15秒だ!がん、じん、じん」
『照れてジンジンて歌ありましたね』
「ぺ、ペリー!ジンギスカン、」
『じん、じん、ジンギスカンて歌ありましたね』
『若者ならーわはははーって歌よね』
「お前ら答える気あるのか?た、高見山!どれだ!どれだ!早くしろ!」
『高見山って誰ですか?』
『にばいにばーいって、フトンの…あと、あけぼの関の親方なのよ』
『銀鈴さん、詳しいですねえ』
樊端は泣きそうになった。長官がふうっとため息をついてから、
『そんなこともわからんのか。…失望したぞ、樊端』
「なんでもいいから答えろ!」
『仕方がない。教えてやるか。いやーござったねジンギスカン、という年表の覚え方があるのだ」
ここでタイムアップになった。
「お友達はジンギスカンと言ってましたね」
「うむ…」
しかし、樊端は、最後にちらと映った、中条以外の三人の顔がひきつっている映像が気になっていた。あれは…どういう意味だろう。
しかし、自分で答えられるのなら答えている。
「わたしは…中条を信じる。あれは敵だが、また尊敬すべき敵でもある。奴に敬意を表して、」
サニーの泣き出しそうな顔は彼には見えていない。他の連中の、笑いをこらえている顔も見えていない。
「C、ジンギスカン!」
「ファイナルアンサー?」
一瞬、樊端の胸を黒いものがかすめたが、
「ファイナルアンサー!」
サニーが両手で顔を覆った。
そこから、みのめんたの長い長い間がはじまった。樊端の顔は最初堂々としていたが、次第にゆがみ、青ざめ、紫色になり、まだらになった。その辺で、
「ざんねーーーん!」
ペリーが点滅している。樊端は国警を映しているカメラをとっさに見た。
カメラの前には誰一人いなくなっていた。
客席と他の回答者は爆笑している。サニーだけが赤黒い顔でじっとかたまっている。
「でも、十万円はお持ち帰りいただけますよ!」
小切手を受け取る。しばらく、樊端、とサインの書いてある番組の小切手を見ていたが、
「うん。これで、サニーにきれいなドレスを買ってやることにしよう」
サニーは顔をあげ、ちょっと涙目で、にっこりと微笑んだ。
ここまで観たところで、裏でやっている阪神巨人戦が気になってきたビッグファイア様は、チャンネルを変えた。
意味なーし!にしては長い!
皆さんの出身県は、その場その場で適当に入れました。何の意味も理由もありません。
![]() |