注意書き

この話には九大天王のおひとりを勝手にこさえて出しました。地球ナンバーのあの方です。
それで、原作と全然別人ですので、原作の彼の雰囲気がぶち壊されるのはイヤだという方、ないしそれに類する事ですが、彼と彼以外の人間との関係や口調等、確固たるイメージがあって大事にしている方は読まないで下さい。


第三の男


「そろそろお時間です、長官」
「うん」
うなずいて声の方を見る。
ニューヨークで催される各支部長の会議に、中条は出かけるところだ。号令をかけた訳でもないが、エキスパートたちはなんとなく集まって、見送る形になっている。代表のように、呉がひとり一同から一歩前に出ていて、長官の一番近くに立っていた。呉の手にある、必要な書類を入れたケースを受け取りながら、司令室の中央、自分の席から立ち上がって、
「なにかあったら…そうだ、戴宗くんは?」
呉の後ろにいる楊志がとたんに困った顔になって、ばりばりと頭を掻き毟り、
「さっきまでいたんですがね。どこにいったんだろ。何か通達事項がありましたか?」
「ん。いや、いい」
「すみません。ちょっとお待ちを。全くもう」
あのひょうろくだま、とつけくわえた楊志が、どこだい、神行太保の戴宗!と怒鳴りながら探しに行く。中条長官がお呼びだよ!どこの酒場まで遊びに行ったんだい!
他の面々は笑いを堪えて、楊志と中条を見比べている。
「どうなさいますか?」
「いいよ。では後を頼む、呉先生」
「はい」
呉もくすりと笑った。その時、
「よ。迎えに来てやったぞ、中条」
低音ながらよく響く大きな声で快活に喋りながら、一人の男が入って来た。黒いジャンパー、よく磨いてあるブーツの音を高く響かせ、大きな歩幅でずかずかやってくる。短い髪、日に焼けた顔は端整と言っていいのだが、あまりその形容は似合わない。ふとい眉も力強い光の目も、よく動いて、雄弁だ。多分歳をとったらしわが多くなるだろう。背は高い。中条とほぼ同じだ。
胸元までぐいぐいと差し出された手を、口の端に苦笑をちらと浮かべて、中条は握り返した。
「久し振りだな!最後に会ったのはいつだったかな?いや、こちらに来る用事があったんでな、ついでにあんたを拾ってやろうと思ってな。支部長会議だろ?遠慮しなくてもいいぞ。本当についでだからな」
あっはっはと笑う。屈託のない笑い声に、一同はぽかんとしながらもつられて笑顔になった。
この男を幾度目かに目にした者、初めての者さまざまだが、この男が誰なのかを知らない者はここにはいない。並ぶ者はそういない超能力者であり、何よりも九大天王のひとりに数えられる男である。歳は勿論中条にははるかに届かないし、あまり『重々しい』という表現の似合うタイプではないが、やはり只者でない風格とおそるべき力の片鱗を、やや子供っぽい笑顔のどこかに見せている。
「相変わらずだな。お美しい姉上はご健勝かね」
「おっと、そいつを出されると旗色が悪い。あのひとにだけは頭が上がらないからな。ところで」
男は急に一同にむかって手を挙げ、よう、と言ってから急に中条に顔を近づけ、小声で、
「なにやら噂を聞いたんでな。どちらさんだい?」
囁いて、わざとらしい探るような目つきで、一同をぐるり見渡す。全員、恭しく頭を下げて、敬意と歓迎の意を表した。
中条がひとつ咳をしてから、
「呉先生」
「はい」
打てば響くように応え、すと近づく、その白皙の顔を男は遠慮なくじろじろと眺めた。随分とぶしつけで図々しい態度なのだが、なぜかそう思わせない陽性さが男には備わっている。呉も、苦笑の一歩手前で唇をとどめ、改めて礼をする。
「紹介しよう。彼が智多星、呉学人だ。歳は若いが、シズマドライブの権威で鉄扇子を扱うエキスパートだ。呉先生、こちらが…もうわかっているね」
「はい。存じ上げております。ようこそ御出でくださいました、ディック牧殿」
男は何故だかうんうんとうなずきながら呉を頭のてっぺんから脚の先まで矯めつ眇めつ眺めまわしてから、
「なるほどねえ。いやいや、中条も見るところはしっかり見ているもんだ。何にも関心なさそうな顔でねえ」
相手が何を言いたいのかわからず、呉は3°くらい首を傾けて、おそらくこの後に、説明がつくのであろうとあたりをつけ、行儀よく待っている。
腰に手をあてちょいとかがんで、呉の顔の位置まで顔を下げ、面白そうに観察しながら、
「あんたかい。静かなる中条が右側の位置を許した参謀どのというのは」
「えっ?」
一瞬仰天してから、ぼぁ、と顔が赤くなる。
はいと答えるのは厚かましすぎるし、いいえと答える気など全くない。この場合はどうすればいいのだろう?
「あ、あの、わたくしは…」
口篭り、戸惑い、一瞬中条の顔を見そうになってから慌てて目を逸らす。顔はどんどん赤くなってゆく。
他の連中は概ね苦笑して眺めている。まだ少年と呼べるような歳の鉄牛が不思議そうに、そんなテレねえでもいいのに呉先生、と言い、呉は慌ててそれを制しようとして言葉が追いつかず、ますます赤くなるしかなくなった。
突然、男が大声を上げた。
「うん、いい。俺は気に入っちまったぞ」
がばぁ、とオーバーアクションで、腕を思い切り呉の細い首に回して、抱き寄せる。男はもちろん呉より背が高いし、ちょっとふざけているだけのような腕は鋼のようで、逆らうフリさえ出来なかった。呉はわっと悲鳴を上げて、人形のように引っ張られ振り回され、男のふところに抱き込まれていた。
「は、放し…」
呉のか細い声は、男のわっはっはという笑い声にかき消された。男の厚い胸にぎゅうぎゅう抱きしめられて息ができない。わっはっは、わっはっはという男の笑い声が悪魔のそれに聞こえる。むりむりむり、と顔をそむけてようやく息が出来た。あえいでいる顎を捕まえられ、仰向かせられる。目の前に男の嬉しそうな、やけにやる気むんむんのどアップが待っていた。目がすっと細くなって、やけに背筋にくる低い声で囁く。
「どうだい。俺とウワキしないか、ゴガクジン」
そのまま顔が一気に近づいてくるのに、呉は声も上げられず身動きも出来ない。黒ジャンパーににらまれた、呉学人だ。
男の左側から伸びた手が、肩をむずと掴んだ。軽く叩くとか、肩に置く程度ではない。男は何故だかにやりと笑いながら、無造作に顔をそちらに向けた。
流星より迅い。目にも留まらない。音速を超えてソニックブームを起こさんばかりの速度で、拳が舞った。だが、
当然男の顔にヒットしていたであろうその一撃を、男は間一髪身を屈めて避けていた。呉の目の前、男の頭の上に、中条の腕が伸びている。皆の目にきちんと映ったのは、そこからだった。
なんだかこげくさい匂いがする。
見ると、男の頭頂部の髪が、ちりちりになって、踊っているのだった。
「オコノミヤキの上の、カツオブシみたいだ」
誰かが呟いた。
「おいおい。食えやしないぜ。物騒だな、支部長」
男は笑うと、ふわと呉を放してやって、嬉しくてたまらない顔でぐっと両手を握った。と、何の素振りも見せず、次の瞬間、男の一撃が繰り出された。中条はほんのわずか首を傾けてそれを避ける。それが合図だったように、常人では見えないラッシュの応酬が始まって、各々、『勉強になる』といった顔や、面白がって口笛を吹きそうな顔で、見守った。
呉だけは、どちらかが怪我をする前になんとか止めなければという思いと、さっきまで自分をいいようにからかっていた男へのフクザツな思い、それから、
自分を第三者に対してあんなふうに表現してくれていた上司への、泣きたいような悦びとで、赤くなったり青くなったり紫になったりしながら、立ったり踊ったりしている。
「いやあすまねぇっす長官、ちっとハラの具合がおかしくて…」
今ごろになってのこのこやってきた戴宗が、突如戦場だか道場だかわからなくなった中央司令室の様子に、目をぱちくりさせて、
「ありゃあ、ディック牧?なーにやってんだ、あの二人」
「ちょいと、何があったんだい?」
一緒に戻ってきた楊志が尋ねる。一清はふ、ふと笑って、
「まあ、単に、力を持て余しておったこともあって、下らないからかい方をして絡んだ、というところであろうかな」
それからちらと呉を見て、
「智多星もややこしい星の巡り合わせで苦労するものよ。言わば、上に立つ人間が必ずおのれの下に欲しくなる星の下に生まれてきた、のであろうて」
「なんだって?」
楊志と戴宗が同時にそう尋ね返し、お互いの顔を見、楊志はフンとそっぽを向いた。
一清は再び笑って、
「ま。幾人に欲されようとも、おのれの身はひとつきりない訳だからな」
「一清道人」
呉は困って訴えるような声を上げたが、相手にしてもらえなかった。
その間も、本当に一切の手加減はしていないのではないか?と思われるような拳の語り合いは続いていたが、片方の何かが、多分、まさっていたのだろう。
中条の三連撃の最後の一発が、男の腹をとらえて、部屋の隅までふっとばした。
「!」
一同は驚きの声を上げた。それは最初は男の身を案じての声だったのだろうが、声を出し切る前に、男はとんぼを切って壁にとんと足をついて、床に降り立っていた。次の瞬間、男の体は中条の目の前まで戻って来て、拳を叩き込もうとしていた。
ばん!とものすごい音がして、男の拳が阻まれた。男は反動で後ろにひっくり返り、一回転して起き上がった。そして、
きょとんとする。
中条の前に呉が、庇うように立って、鉄扇子を構えていた。
ぎゅっと相手を睨みつけていた表情がすぐにおろおろ顔になり、
「も…申し訳ございません。ですが、どうかもうお止め下さい。どうぞ」
男は数秒、ぱち、ぱちぱち、とまばたきをして、呉とその後ろの中条をひとつのフレームの中に入れて眺めていたが、やがて。
わっはっは、と笑い出した。おかしくて嬉しくてたまらない笑い声が部屋の中にこだまする。
「いいなあ。いいぞう。ウワキじゃなくて、本気になりそうだ」
そして、握手を求めたあの仕草のように、ひどく無造作にすうと手を伸ばして、呉のひたいをとん、と突いた。さして力はこもっていなかったが、虚を突かれて、呉はあっけなく仰け反って後ろに倒れ―――
る前に、後ろに立っていた男の両手が、呉の両方の上腕をいとも容易く支えた。
動転しきって、身動きも出来ない呉の耳元すぐ後ろで、苦笑した声が、
「全く困った男だ」
呉はぼうとして、その声を聴いていた。
「ほらほら、遊んでると時間がなくなりますぜ長官」
ぱんぱんと手を叩いて、戴宗がおひらきおひらき、と言いながら割って入り、お、と呟いてニヤニヤ笑った男と、手をぱーんと鳴らして握り合った。
「お前さんも変わらないな、神行太保」
「そんな言い方されるほど老けちゃあいない」
九大天王の古参とそんな会話をしている戴宗を、鉄牛は憧れと尊敬のマナコで見つめているし、
「さっきまでどこぞへ遊びに行っていたくせに、遊んでると時間がなくなるだと」
「戴宗らしい言い草だな」
苦笑している連中もいる。そんな室内のざわめきの中、呉はまだ動けないでいた。
すぐ後ろにいる男が放してくれない。
とは言え、上腕を掴んでいる手には、さほどの力が込められている訳ではないのだが、しかし今度は、呉は自分から離れようともがいたりはしなかった。
「浮気されるのも本気になられるのも、困るな」
後ろの声が低く、低く。誰にも聴こえない、呉以外には。
「ご安心下さい」
それは、精一杯の意思の表明なのだろう、一瞬のちうつむいた首筋まで紅く染まりながら、
「幾人に欲されても、おのれの身は、ひとつきりだと、一清道人が申されました、
…その置き所は、わたくし自身が決めることですゆえ」
「ん」
後ろの声が。
低く、低く、含み笑って、
「それを聴いて安心した」
呉の、紅く火照った耳朶の、すぐ下に、ごくごく僅かな一瞬だったが、唇が触れた。
びくんと跳ね上がった体を一拍、押さえてやって、すぐ手を放す。それきり、顔を見ないで、背を向けると、
「行って来るよ」
呉は、それこそ顔が上げられない程、うろたえ赤面していたが、必死でその背に向かって、声を出した。
「御無事のお帰りをお待ちいたしております、」
咳き込んでから、
「心より」
背がうなずいた。
そして背の向こうで、ようやく出発出来るのか?やれやれ、待ちくたびれた、とかなんとか言っている黒いジャンパーの男が、こちらを注視してから、ウィンクを投げた。

[UP:2002/2/1]


某企画のために書いていたものですが、一番上で言った事柄のため止めにしたものです。
でもまあ、ヴァレンタイン記念ということで、なにやらエッチくさい背景でございます(笑)
いつ頃の話かは曖昧でして…バシュタールと地球制止作戦の間だというのは確かですけど…
黒ジャンパーのひとも勝手に格闘可にしてしまいました。でも九大天王なんだからこのくらいは。てことは大塚署長も格闘可か。第一長官が全然静かでありませんが…まっ、たまには体動かさないと、太るから!


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