水曜夜8:00。この頃の民放は、時間丁度に時報が鳴って番組が始まることが少ない。この番組も、まだ8時になっていないのに始まった。
オープニングテーマさえない。司会者もいきなり回答者の中にいて、雑談している。
「今日の穴は誰でしょうねー。ま、俺が見たところ一人はカクジツにあんたやね」
客席がどっと受け、樊端がイヤそうな顔で関西人を見た。司会者は島田チンスケという。TB○の、あきれるほどの数の芸能人を集めて5時間ぶっ続けのクイズ番組の司会を何年も務め、カツラ34から「チンスケ、うもうなったなあ」とお墨付きをいただいたという、名実ともに司会業日本一男だ。
『クイズ・ヘクサゴン。一人が問題を出して、間違っている解答を書いた人を当ててゆくクイズです』
銀河鉄道の夜の猫少年や、さすがの猿飛のブタの声をあてた有名声優のナレーションが入る。
第一問の出題者は戴宗だった。えーっとなぁ、と言いながらパネルを眺めて、
「銀座のOL、回答率5%の問題にすっかな」
顎を撫でながらニヤニヤしているのは銀座のOLの姿を思い浮かべているのだろう。
『この問題を出して、銀座のOLで答えられた人が5%しかいなかった問題です』
ナレーションの後、戴宗が問題を読み上げた。
「アラブ人が、あたまに被っている、小さな縁のない帽子や、スカーフのような布一般をなんというでしょう」
参考に、アラビアのロレンスとアラファト議長の写真が出て、頭のところに矢印が点滅している。
全員が、うわっという顔をして一人を見た。まさに、そのまんまの格好をしている男が、いばりくさって座っている。ヒゲがなぜだかぴんと立っている。ヒゲもいばっているのだろうか。
チンスケが拍手してウケて、
「なんやの、いきなりサービス問題?でも本人、名前知らんでかぶっとるちゅうこともあるかも知らんけど」
「そんな訳があるか」
アルベルトが呟いた。と、
「いやあ、実はそうなんだよ」
セルバンテスがへらへらと笑った。皆、複雑な表情でその顔を見、ちらとお互いの顔を見てから、自分の前の回答を書くガラス面を見た。
「へえー」
書きながら、小さな小さな声で呉先生が呟いたのはどういう意味だろうな、と戴宗は考えた。呉先生が知らない筈がない。多分、『おぢちゃんたちが被ってるようなちっこい丸いやつも、ソレと同じ呼び方をするのだ』と知った、というところだろう。
かつんかつんという、ガラスに回答を書く音が終わった。
「なんか質問はありますかー」
チンスケに言われて、んん、とうなってから、戴宗は顔を上げて、
「長官、あんたは知ってますね」
「知っている」
中条は簡潔にそれだけ言う。ワイシャツネクタイで、ガラス面の上に肘をついて、少し身を乗り出している。そりゃ知ってるだろうな。ただし正解を書くとも限らないけどな、と思ってから、
「先生は」
「あ、知ってました」
きちんとこっちへ体を向けて答える。
「丸いちっこいのもそういう名だってのは?」
「それは今知りました」
ぺろり答えてから口を押さえて慌てる。ああやっぱりな、と呟く。どの道呉は戴宗との駆け引きに勝てる男ではない。わからなければ『ワタクシ、知りません』と顔にぶらさげるだろう。いずれは沈んでもらう。女子高生回答率100%の問題を出せばそれで終わりだ。
戴宗はちらりと、BF団の三人に目をやった。樊端はぎろりと睨み返し、アルベルトとセルバンテスはそれぞれ見ていたところから目を動かしもしない。
「混世魔王のおじさんは…正義の味方よ、良い人よ…と」
微妙な音程と声の大きさで変な歌を口ずさんでから、
「あんた、そこの油田王と付き合いは長いのか」
「長い。いや、短い」
「どっちなんだ」
「さて、どっちかな」
ふっはっはと笑っているのは、相手をケムに巻いているつもりなのだろうか。ああいいやどうでも、と言ってから、
「おっさん」
「おっさんはやめろ」
「じゃあ、衝撃のおっさん」
しつこい。いつものことだが、今日は『腹を立てさせて、誘導して喋らせる』目的があるので、いよいよイヤ〜な感じのくちぶりでからんでくる。二人の間に挟まった形の樊端が、どうでもいいとは聞き捨てならん、と怒っている。ついでに、チンスケにあんたうるさいでと言われている。
「勿論、おめぇは知ってるだろうな」
「さあな」
「聞く耳もたんてか?つれねぇな。もうちっと話をしようやおっさん」
「うるさい」
「どこぞへ潜入、なんてぇ時にはおめぇもかぶったことあるんだろうが、ソレをよ。まーお前じゃ逆立ちしても油田持ってるようには見えねェけどなおっさん」
「おっさんおっさん言うな!」
結局怒鳴りつけている。隣りで、やれやれというジェスチャーをして、その、布きれをばふばふと後ろへ流した男には、結局戴宗は一言も話し掛けなかったが、
「じゃあ戴宗さん、誰を指名しますか。それともセーブします?」
『セーブとは、全員が正解を書いた、と読んだ時に宣言します。もし全員正解を書いていたら、主題者は誰か一人にバツをつけることが出来ます。一人でも間違っていたら、出題者にバツがつきます。それを見越して、わざと間違った答えを書くセーブくずしなんてワザもあるんです。ちなみにバツが三つついた時点で失格です』
ナレーションが解説した。
戴宗はいや、と首を振って、
「眩惑野郎に屁クサごんだ」
変なイントネーションで言って、それ、を被っている男の顔に、指を突きつけた。客席から驚きのどよめきがあがる。
チンスケもほお〜と感嘆の声を上げてから、
「絶対に正解を知っていると思われる人を逆に指名ですか。なんでです?」
「正解を知ってるからこそウソを書くに決まってるだろうがよ。多分『ねみぃーや』とか『かったりぃーや』とか、しょーもねえギャグを書いてるぞ。あけてみろい」
自信満々で言う。皆、セルバンテスの顔を見た。少し仰向いた角度から、戴宗を眺めている。手はガラス面の上で組み合わされ、そうやっている姿からは虚勢をはっているのか、あきれているのかわからない。
「じゃあみてみましょうか。セルバンテスさん、手をどけてください」
無言で手を下ろす。戴宗は嬉しくて仕方ないようにくくくくと低く笑いながら相手の顔を見ている。
「オープン」
チンスケの声の直後、セルバンテスの頭上のパネルがぱっとともる。
そこには、
クフィーヤと書いてバツがつけてあり、
その下にねみぃーやと書いてバツがつけてあり、
その下にかったりぃーやと書いてバツがつけてあり、
その下にもう一度クフィーヤと書いてマルで囲ってあった。正解を示す赤い色がぴかぴかと輝いている。
そこで初めてセルバンテスは哄笑した。
「いやぁー、残念だねぇ戴宗君!いい線いってたんだがなぁ」
隣りのアルベルトがニヤリ、と笑った。
戴宗は怒りと屈辱で煮えたぎる鼻血色の顔色になりながら、ちっきしょう、と低く低くうめきつつ、バツのついた箱を一個、自分の前にたたきつけた。
「読み負けましたなー。オイルダラーなかなかやりますな。重油の威力てとこ?そうなの?ああやっぱり。では皆さんの回答を見てみましょう」
「わっはっは、いいザマだな神行太保」
大喜びの樊端の上がぱっとともる。が、画面が間違いを示す青い色になっている。
「ええっ、何故だ」
「グフィーヤと書いてあるぞ。てんてんはいらん」
慌てている樊端を見ながらイヤーな顔になったアルベルトの頭上は、見慣れないミミズのような文字でなにやら書かれてある。どうやら、アラビア語らしい。パネルの色が赤くなったり青くなったりしている。判断がつかないのだろう。今度はチンスケがイヤーな顔になって、
「学があるのはわかったから、ちゃんと読める字でかいてんか。次から、正解か不正解かわからんのは全部不正解にしまっせ」
アルベルトはフンと鼻で笑った。
中条の頭上には一旦クフィーヤと書いてバツをつけ、九十九里浜と書いてあった。
「何の関係がありますの」
「クしか合ってないような…」
「セーブくずしだ」
きっぱり答えられ、何か言いかけた司会者と戴宗は各々黙った。
呉はきちんときれいな字で、正解を書いていた。心が和む。
「では次の出題者。中条さん」
「うん」
ちょっと考えてから、
「渋谷の女子高生100%の問題」
他の連中がまた微妙な表情になった。静かなる中条の口から、「しぶやのじょしこうせい」と言われると、なんともいえない味わいがある。「わたくしのふぁんの、ぜんこくのじょしこうこうせいのみなさん」というのと、かなり近い感じがするし。
呉先生を落とすならこの辺の問題だなと思ったけどなあ、と戴宗は思った。長官、勝負ごととなれば大事な部下だろうが最愛の部下だろうが構わずバッサリやるんだろうか。それとも、他の連中が呉先生を狙うのに使いそうな問題を自分で潰しておこうという考えだろうか。
「多分こっちだな」
呟いた時、一同の中心にあるスクリーンが参考映像になった。
これ以上上げたらどうなるか、というタケのスカートを穿いた女子高生に、インタビュアーが、
『ほとんど見えそうじゃない。見られてもいいの?』
彼女達はけらけら笑って、
『えーだってこれ、ぴーーーーーだから』
セリフの上にピー音が入った。続いて、中条のシブい声が、
「近頃の女子高生が、短いスカートの下に、覗かれてもいいように穿くものをなんと呼ぶでしょう」
「………」
呉先生がため息をつく。長官が口にする文章ではありませんとでも言いたいのだろう。
それはともかく、各々回答を書いてゆく。
戴宗がそっとチンスケに、
「なあこれ、ほとんど答え出てねぇか?」
「そういう質問には答えられませんがな」
すましてそっぽを向かれる。ちっけちくせぇな、と言いながらかっつんかっつん書いている。
いやしかし、ほとんど答えそのものだ。たとえ万一知らなくても、見せ…るパン…ツ、で、そのまんま書けば正解だ。多分こういう問題はすんなり行くな。…よし。
「全員書きました?質問どうぞ」
「いや、結構だ」
組んだ手で、口元を隠したまま、
「樊端にヘクサゴン」
がたと音をたてて立ち上がる。怒りで震えているようだ。長い髪とヒゲがゆさゆさ揺れている。
「ほお。なんでです」
「何でもだ」
「とにかく自分からの情報は出したがらない人やね」
呆れ顔のチンスケの後ろで、樊端が怒鳴りだした。
「何故ワシがこれを知らんというのだ。根拠を述べろ」
「いや、それは誰だってそう思うけど」
「無礼者!貴様のような司会者はこうしてやる」
「樊端、やめんか」
「セットが壊れる」
ひとしきり暴れた後で、銅銭をぶつけられたチンスケがオデコを撫でながら、
「オープン」
樊端の頭上がぱっと変わった。ブルマーと書いてあって青くなっている。
「ほら見てみい。ったく、時間ばっかりとらせんのやから。ほれさっさとバツを置いて」
「何故不正解なのだ。見られてもいいパンツをブルマーと言うのではないか。違うというのか。ええ、どこが違うというのだ、言ってみろ」
「樊端、やめろというのに」
「暴れんなよ全くよ」
「中条さん、他の誰かも指名できますけど?」
「ふん」
さっきから全然姿勢の変わっていない中条が、一秒考えてから、
「戴宗君にヘクサゴン」
二秒ほど動きが止まってから、ゆっくりと中条を見遣る。
二人とも無表情だ。間に流れる、奇妙な緊張感に、それまで暴れていた樊端も、それを止めていたアルベルトも、ただ面白そうに見ていただけのセルバンテスも、それから呉もチンスケも、思わず動きを止めて二人を見比べた。
「へえ」
戴宗の声が、なんというかもう、臨戦態勢の彼を思わせる。
「俺を名指しですか長官。いい度胸ですなあ。言っておきますけどね、俺ぁ答え知ってますぜ」
「知っているだろうな」
淡々と受けて、
「しかしそのことと、君が正解を書くかどうかはまた別だ。
さっき司会者に何やら話し掛けたのは、『自分は答えを知っている』というデモンストレーションだろう。それに、正解なら四文字だ。書く時間が長すぎるようだが」
再び、沈黙が流れる。
戴宗が片目を細める。ほとんど怯えた顔の呉が、中条の隣りで今ごくりとツバを飲んだ。
「まがりなりにも俺ぁあんたと同じ組織に属している、人間なんですけどねぇ」
「勝負ごととなればそんなことは無関係だ。…と、君も思っているはずだが」
「もちろん、思ってますがね」
ニヤリと笑い、
「同じ刀で…青龍刀かな…いや、あんたは日本人だからムラマサかコテツか…隣りのにいさんもバッサリやるんですかい?」
中条は組んだ手で口元を隠したまま、
「君の知ったことではない」
「そうでしたね」
く、くと声を上げて笑う。笑っているその声そのものが殺気立っている。
「ちょっとちょっと、ここはブジテレビのスタジオで、今はクイズ番組の収録なんだから。やめてんか。誰、仁義なき人たち連れてきたの。いざとなったらあんたら盾にするで」
チンスケがわめいて樊端の後ろに回った。
ふうむ、と樊端が低く呻いた。
「さすがは九大天王同士の戦い。見ごたえ充分だ」
どこかで聞いたようなフレーズだ、と呉は思ったが、それどころではない。が、止めに入る気にもなれない。まだ生きていたい。
「司会者。オープンと言え。それで終わる」
アルベルトに言われて、ああそうやと呟く。
「オープン」
戴宗の顔に『ちっ』という影がはしった。頭上のパネルには、見せパン、と書いてバツをつけ、勝負パンツと書いてあった。画面が青い。
「勝負パンツとは、勝負の時に穿くパンツだろう。…その、セクシーな意味での勝負だ。そのくらいわしもちゃんと知っとる」
「それにしても、また妙に中途半端なところに行ったな」
「受けを狙ったようでもないしねえ。なんだろうね?」
不思議そうに首を捻っているBF団に、
「大体見せるためのパンツなんざ邪道だって言いたいだけだ!普通のパンツ!それから勝負のパンツ!その二枚以外は要らねぇ!わかったか!」
なんだかよくわからない説教を誰へともなくくらわし、たぁあ!と気を吐いてから、バツを取り出してだーん!と置き、
「そこのヒゲオヤジ!何えばってんだ。てめえもだろうが。置け、バツ!」
「ヒゲオヤジとは何だ、この」
「戴宗、ヒゲなら皆生えてますから…」
「あんたは生えてねぇな。男性ホルモンの出が悪いんじゃねえのか。だからなにかっつーとへなへな腰に来て泣き出すんだろう」
「な」
かーと顔が赤くなって、怒りに震えながら立ち上がる。
「侮辱です」
「なんだよ。本当のことだろうが」
「戴宗君。呉先生に八つ当たりはやめたまえ」
「そうだ。自分一人でリーチだからって」
くくくく、とセルバンテスが笑った。戴宗の頭のあたりからぶつんと音がした。
『しばらくお待ちください』のテロップを見るのは、この頃では久し振りだな、とビッグファイアさまは思ったが、なかなか戻ってこないので、チャンネルを変えてしまった。
樊端がますますナニヤラになってしまってごめんなさい。変だな。もっと渋いオトナキャラのはずなのに。
気がつくと長官と戴宗さん二度目の戦い。だって二人ともセクシーだからつい。ねぇ。
クフィーヤの知名度に、ジャイアントロボOVAは貢献したと思います。
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