梁山泊をねらえ!


 「あーあ、また呉先生の作戦が失敗した」
 「全く、いくつ基地を潰せば気がすむのやら」
 これ見よがしな大声に呉はクチビルを噛んで背を向けた。その背が細かく震えている。
 「ひ、ひどいわ、皆!呉先生のせいだけじゃないのに、よってたかって」
 後ろで銀鈴が腹を立てて怒っている声が聞こえる。
 そうだ。私が自分から科学主任になりたいなんて言ったわけじゃないのに。無理矢理抜擢されて。いつもそのせいでやっかみと妬みの意地悪ばかりだ。この前は袖の中に画鋲が入っていて、鉄扇子を取り出そうとした指先にブッスリ刺さった。
 どうしていつも私だけ。
 あの痛みと悲しみがよみがえってきて、呉は思わずその場を駆け出した。
 「あっ呉先生!」
 銀鈴が慌てて追いかけてきたが、
 「ほっといてくれ銀鈴!ひとりにしてくれ!」
 裏返った声を張り上げて、もう暗くなった外へ消えてしまった。

 くすん、くすんという泣き声が暗い格納庫の中に響く。
 もう指揮なんかしない。作戦なんかたてない。
 だからイヤだって言ったのに。あのオニ長官。どうして私なんかに白羽の矢を立てたのだ。
 思い返すと悔しくて悲しくて涙があふれてくる。と、後ろから、
 「おい。どうしたい」
 酒臭い息と下品な声がかけられ、はっとして振り向くと、
 (あっ…戴宗さん…!)
 憧れの九大天王のひとり、戴宗が肩からひょうたんを引っ掛けて立っていた。
 呉は慌てて涙を拭いて、
 「なんでもないんです!」
 「なんでもねぇってことあるかよ。なんだお前、泣いてんのか。どうした」
 手首を掴まれる。赤黒い顔が近づいてきた。呉は恥ずかしいのと酒臭いのとでむせながら顔をそむけ、あの、ほんとに、なんでもと言い掛けた時、
 「何だ戴宗。どうした」
 その背後からモモ色のコートが現れた。戴宗の親友で、同じくらいの力量を持つと目されている、不死身の村雨だった。
 戴宗に手首を掴まれてめそめそ泣いている呉と、その顔を覗き込んでいる戴宗の様子を眺めて、軽く口笛を吹くと、
 「先に帰ってる」
 ぽんと戴宗の肩を叩いた。
 帰るって、一体どこへ帰るんだろうと呉はふと冷静に疑問に思った。
 それから幾日かして、皆の足手纏いにならないようにと必死で鉄扇子を振り回している呉に、また声を掛けて来た連中がいて、見ると、
 「よぉう」
 戴宗と村雨と、ディック牧だった。錚々たる顔ぶれにビビリ上がった呉だったが、
 「ラーメンでも食おうぜ」
 気さくに声をかけてもらって、四人でラーメン屋に行った。
 「へえ、こんな子が北京支部にいたのか」
 ディック牧は写真部、ではなくて別の支部の人間だ。
 「ああ。こう見えても期待のホープなんだぜ。なあ呉学人よ」
 村雨にそんな風に言われて、呉は照れて顔を真っ赤にしながら、シナそばをすすった。
 と、ふっと、隣りに座った戴宗が、
 「お前さんよくがんばってるな。…いろいろあるだろう。研究室の外じゃ」
 ラーメンの湯気のようなあたたかい、優しいその声を聞いた時、呉の中でつっぱっていたものが折れた。
 「うっ」
 ぼろっと音を立てて涙が溢れ出した。慌てて立ち上がり、店の外へ駆け出していく。
 三人は仰天し、戴宗があとを追った。ディック牧が驚いて、
 「なんだなんだ、どうしたんだあの子」
 「いいからいいから。あいつらの分も食っちまおうぜ。のびるぞ」
 訳知り顔の村雨に宥められた。
 一方、暗い夜道を必死で走っていった呉だったが、背後からがしょんがしょんとものすごい音がしたので驚いて振り返ると、巨大ロボットを操縦している戴宗がいた。
 「乗れ」
 「あ、あのでも、私は…」
 「いいから乗れってんだ」
 半ばムリヤリ引き上げられ、戴宗の後ろのシートに座らされる。
 「いくぞう」
 「はい」
 ゴゴゴゴゴギギギギギ。
 月夜の下巨大ロボットが歩いていく。
 (涙がとまらない…それはともかくなんだか酒くさいな)
 しくしく泣いている。下の方からは、「なんだこのロボットは」「迷惑だ。あっちへ行け」などと罵りの声が飛んでくる。
 これが呉と戴宗の馴れ初めであった。


 正月が来たので皆、晴れ着を着て中央司令室に集まった。
 「あけましておめでとうございます」
 「うむ。おめでとう。あがれ」
 中条も和服にサングラスでにこりと笑って皆を迎えている。
 あがれって一体どこにあがるんだろうとまたふと冷静に思いながらも、
 (わあ…すてきだなあ。長官の和服姿)
 呉はうっとりした顔でその姿を眺めた。と、
 ぱしゃ!
 音がして慌ててそっちを見ると、ディック牧がカメラを構えていて、
 「いい目をするねえ呉学人。そんな目で見られたら上司冥利につきるな」
 やたら明るく言われてしまった。
 皆でカルタだの野球拳だの、明るく下品に遊び興じる中、ウッという声がしたので見ると戴宗がムラサキ色の顔になってばたばた走っていった。
 呉も蒼褪めて、
 (ど…どうしたんだろう…)
 部屋の隅にあった黒い容器のようなものを広げその上でげーげーやっている戴宗の背を一清がさすってやりながら、
 「大丈夫か。しっかりしろ。…もしやおぬし」
 「ああ。三ヶ月だ」
 ええっと皆驚きと喜びの声を上げる。
 「本当ですか!おめでとうございます!」
 「こりゃめでたい。おめでた続きだ」
 「ばんざーい。ばんざーい」
 皆大喜びだ。一清が涙を拭いながら、うむうむとうなずいて、
 「よかったよかった。…静かなる中条にも、早くつれあいと子供が出来るといいのだが」
 呉はふと中条を見た。静かな微笑をたたえて、「んな訳あるかよ…ヒマな連中だ」と言いながらまだえずいている戴宗の背を見ている。
 (なんだろう…あの微笑)
 呉は胸騒ぎをおぼえ、クチビルを震わせながらその、冬の陽だまりのような微笑を見つめた。と、
 やはり静かで穏やかな中条の声が、
 「戴宗君。それは私の出張カバンだ」


 皆で強化合宿があり、呉も「モヤシ」「ひ弱」などと言われないよう、必死こいてトレーニングに明け暮れた。
 それにトレパン姿は正直言って全然似合わない。皆がこっちを見てクスクス笑っているように思えてくる。
 (被害妄想だ。私にはちょっとそういうところがある。そのせいだ)
 自分に必死で言い聞かせながら、ワンツーワンツーと掛け声をかけ森の中の道を走る。
 なんだか雲行きがあやしい。気温も低いしどうも体調がよくない。
 (そんなことを言っていてはいけない。ただでさえモヤシだの何だのと言われているのだし)
 そう自分に言い聞かせたのと、大き目の石を踏んだのが同時だった。
 「いたっ!」
 悲鳴を上げてひっくり返る。前を走っていた連中は皆驚いて振り返った。一番後ろで呉がふくらはぎを引きつらせて悶え苦しんでいる。
 「あーつってるつってる」
 「鳥のモモみたいだな」
 (言いたいことを言って〜〜〜)
 歯を食い縛って苦痛に耐えていると、戴宗が寄ってきてふくらはぎをモミモミしながら、
 「力抜け。…お前ら先に行ってろ」
 うぉーす、と言って集団はとっとと行ってしまった。寒いから早く屋内に戻りたかったのだろう。
 「す、すみません、戴宗さん」
 「あー、いい。どうしても治らなかったら神行太保の術でぱーと帰っちまおう」
 「それは…」
 いいのだかまずいのだかわからず、困ったが、鳥のモモはなんとか戻った。
 すみませんすみませんと言いながらひょこひょこ歩いているうち、なんだか頭上でごろごろ、というような音が聞こえた。
 「え?」
 見上げると。
 ピカッ!ドォーン!
 「ギャーッ」
 呉は悲鳴を上げた。呉でなくても上げるだろう。いきなりの大嵐になった。
 「なんだこりゃー。おう、急げ。先に小屋がある」
 「はっはは、はいっ」
 どんがらがっしゃーーーーん
 「ヒェーーーッ」
 命からがら小屋まで辿り着いた。全身ずぶ濡れで、ひーひー泣きながら身体を拭き、ふと外を見るともはや世紀末映画のような状態だ。ドドドドと音を立てて鉄砲水が、さっきまで走っていた道を流れていく。
 「もはや河だな」
 「み、皆この道をランニングしてたんですけど」
 「そうだな。…今頃どうしてるかねえ」
 恐怖と絶望と寒さで呉はしくしく泣き出した。
 やれやれ、という顔でそれを眺めていた戴宗だったが、いきなり肩を掴むと抱き寄せてきた。
 「何するんですかっ」
 「このままじゃ風邪引くから温め合うんだろうがよ。そう照れるなって」
 「て、照れてるというか…酒くさいというか…」
 もがきながら、
 (ああ、長官。早く、早く迎えにきてください…!)
 いろいろ必死で脳裏のあのひとに訴えた。

 やっとのことで戻ると、案の定皆流されてダンゴになり、支部の建物に打ち上げられていた。
 「呉先生。ちょっと来たまえ」
 「はっはい」
 呼ばれて行くとどういう訳だか中条は蜘蛛の巣の柄の和服を着て正座していた。
 (も、ものすごい柄だ)
 まずそのことを思ってしまった呉に、中条はなにやら眉間にしわをよせて、
 「恋をしても溺れるな」
 「なっ、何のことでしょう」
 「一気に燃え上がり燃え尽きるような恋はするな!」
 「ちょっと待って下さい長官。なんだか誤解があるような気がするんですが」
 「同時に二人の男の手は取るな。両方から引き寄せられて引き裂かれる」
 「おっかない喩えはやめてください。あのう、もしかして、戴宗さんのことをおっしゃってるんでしょうか」
 中条は急に黙って、じーと呉の顔を見ている。と言っても、あたっくナンバーワンの猪野熊監督のようなサングラスをかけているので、表情はわからない。ヒゲも生えているし考えてみるとよく似ている。まあそんなことはどうでもいい。
 呉は必死で身振り手振りつきで、
 「違いますから。そういうのではありませんから。全然」
 「全然かね」
 「ぜぇんぜんです」
 きっぱり言い放つ。
 「それに今の私は科学主任としてようやく自覚も出てきたところなのです。鉄扇子ももっと上達したいし」
 「そ、そうかね」
 「はい」
 「立派な所信表明を聞かせてもらって有難い」
 「はっ」
 呉は顔を赤くして嬉しげだ。
 「私などまだまだです。もっともっと鍛えてください、長官!」
 「よし」
 長官の微笑は例によってオトナで余裕でカッコイイなあ、と呉はうっとり見惚れたが、その内心で「よかった〜〜〜あーよかった〜〜〜焦った〜〜〜」と思っていることは、知らなかった。

[UP:2005/01/04]

 今回は、知らない人には何がなんだかになってしまいました。すみません。
 でも前からやりたかったの。他にもやりたいシーン目白押しなんですが。というかあの時代の熱い漫画って、ぐっとくる場面ばっかりだよね。
 実際の筋書きとは微妙に違うとこもあるけど、ご了承ください。ていうか本当は呉先生と戴宗さんがラブラブになる筈なんだけど、私によって却下されました(笑)


ジャイアントロボのページへ