「大丈夫か、大作」
「平気です鉄牛さん」
山道を必死で登りながら怒鳴り返したがもう大分ヘロヘロだ。鉄牛さん、の「さん」が裏返っている。しかし、おぶってくださいなんては絶対言わないぞ、という気概がその顔にみなぎっている。
「ようし、あと一息で皆の居るポイントだ。頑張れ。この装置を持って行けば、一発逆転だからな」
鉄牛の肩には何か巨大な荷物が担がれている。
「戴宗の兄貴も、きっと誉めてくれるぞう。『よーし、よく届けてくれたな鉄牛!さすがは俺の弟分だ。おめぇみてえな頼れる子分が居て俺は本当に鼻が高いぜ』なぁんてなイッヒッヒッヒッヒ」
片手で顔を隠して一人で喜んでいる。大作はむっとした。
「何ひとりで勝手に喜んでるんですか。戴宗さんは僕のことだって認めてくれてますよ」
「お前をか〜?まあ、俺よりは下だな。下」
「勝手に決めないで下さい!」
顔を赤くして怒っている。と、
「何を下っ端同士ではりあっておるか」
つんとすましたキザっちい声がして、二人はそちらを見た。ハゲた頭にでかい鼻のスーツの男が気取ったポーズで拳銃を構えて立っている。オロシャのイワンだ。
鉄牛はばっと斧を構えた。
「下っ端はどっちだ。てめえなんぞ俺がぶっ倒してやら。そうすりゃいよいよ兄貴に誉められるってえもんだ」
もう頭の中では戴宗がウンウンうなずきながら自分の頭を撫でてくれるために手を差し伸べ近づいてくるところだ。兄貴ぃ〜、とついデレデレ顔がゆるむ。大作が甲高い声で絶叫した。
「鉄牛さん下がっててください!僕がロボでこいつを倒します!」
「要らねえや大作。下がってろ」
「僕が倒して戴宗さんに誉められるんです!」
「なにぃ?冗談じゃねえやい、そりゃ俺だ」
イワンがはぁん!と肩をすくめ、
「なぁーに低レベルな言い争いをしている。戴宗なんぞに誉められてなにが嬉しい。どうせ誉められるなら…」
イワンの頭の中では、衝撃のアルベルトが椅子に座り片眼鏡を拭きながら自分の報告を受け、
『ふん。よし、よくやった、イワン』
あのあまりにも魅惑的な声でそう告げ、非情な三白眼がキラリと光るのだ…
「ああっ」
思わず赤面し身悶えているところに斧が飛んできて、拳銃がふっとばされた。
「くっ、ぬかった」
「バカかお前は」
大笑いしている鉄牛の顔に穴あき銅貨がマシンガンのようにどどどどとぶつかって、鉄牛が後ろに倒れた。イワンの背後から樊端が現れ、
「全くだ。バカな油断をするな」
「申し訳ございません」
いまいましげに謝る。
「アルベルトは『つい、うっかり』で失敗する奴を許さんぞ。しかし自分も意表を突かれて幻夜に撃たれていたようだが。人には厳しく、自分には甘いというやつだろうか。イヤな性格だ。上司にしたくないタイプナンバーワンだな」
途中からブツブツ言っている。イワンがたまりかねて、
「アルベルトさまはそんな、お尻の穴のお小さくてあらせられる方ではございません」
「変な敬語を使うな」
「アレが小さいかどうか知らんが、危険分子的な考えは持っているな。お前も諌めようとして怒らせただろうが」
突然出てきた残月がキセルをふかしながら言う。イワンがうっとつまった。
「あいつはアレじゃな。戴宗と戦えれば他のことはどうでもいいのだ」
いつのまにか凧に乗って頭上に浮かんでいたカワラザキが叫ぶ。樊端が腕組みをし、
「全くだ。放任主義もはなはだしい。娘が不良になったらどうするつもりなのか。ずるずる長いスカートを穿いてオレンジのチークをいれてちりちりパーマにして駅前で地面に座るようになったら」
「父を責めないで下さいおじさま。あと、そのイメージはちょっと古すぎます」
どこからかふってわいたサニーが首を振る。
「古いか」
「はい」
「うん、昭和の不良だなそれは。ところで娘に訊きたいのだがあいつは本当に貴族の出なのか。自称ではないのか」
レッドが尋ねる。サニーは「え〜そんなこと言われても」という顔で、
「一応、インドにある大豪邸の写真を見せられましたけれど」
「タージ・マハルを見せて『これがわたしの屋敷だ』とかホラを吹いたに決まってるぞ」
ヒィッツがげらげらと笑った。
「ま、ライバルがいるとやっと燃える横着タイプなのだな」
「戴宗を倒したら次は誰かよさげな相手をみつくろってライバル認定した方がいいぞ。燃え尽き現象を起こす」
「誰かな。中条では地球が真っ二つで終わってしまうしやめておいた方がいいだろう」
「力が拮抗していて、キャラ的にもそれなりの相手か」
「案外居ないものだな。面倒くさいやつだ」
それまでぽかんとして聞いていた鉄牛と大作だったが、
「おうおう!何を勝手な心配してやがる。戴宗の兄貴が衝撃なんぞにおめおめ負けてたまるかよ」
「負けていたではないか」
「そうだ。1巻からして負けていたぞ。飛んでいくロボを気にして、首ねっこつかまれて」
「バリバリって」
「うるさい!」
大作が金切り声を上げた。
「あの時は戴宗さんは僕のことを心配してくれてたんだ!戴宗さんはすごく優しくて頼りになって、男らしくて自由闊達で」
「暴れん坊将軍か」
「酸いも甘いも噛み分けたオトナで、ちょっぴり危険な香りがして、笑顔がステキで」
「人気ホストか」
「一見おちゃらけてるけど実は大局をちゃんと見定めてて」
大作と鉄牛が茶々を入れられつつ懸命に戴宗賛美をしている最後に、
「その通り。それであたしは惚れちまったのさ」
突然楊志が出てきてがっはっはと笑った。頬が赤いがもとが青いので紫色になっている。
「でもちょっと酒グセが悪いです。酔うとすぐ人のおしり触るし。そもそも本当に酔ってるのかあやしいし」
銀鈴がむっとしている。
「シブいと言えば聞こえはいいですがちょっとシブすぎます。あの公式年齢は本当なんでしょうか」
呉が疑惑に満ちた声を上げ、
「うん。私も初対面の時、同年代かと思った」
「話が合いそうだと静かなる中条、喜んでいたがな。実際はおのれの息子ほどの開きがあって」
中条と一清が言う。
「いくらなんでもそれはひどいです」
「せめて甥くらいにしといてくださいよ」
「それじゃ息子と同じですよ」
「あ、そうか」
大作と鉄牛が眉間にしわを寄せ騒いでいる。
「なんでもいいが、酔いが醒めると同時に借りた金のことをきれいさっぱり忘れるのはやめてほしいもんだな」
村雨がふっとニヒルに笑った。
「私もですよ。あれ絶対酔ってませんよ。酔ったフリだわ。給料日になるとどこからともなくやってくるし!」
銀鈴が抗議する。
「興奮するな、銀鈴」
「しますよ。なにが九大天王よ。セクハラ大王だわ」
「セク大か」
「なんだそのわけのわからない略し方は」
いつの間にやらどちら側も山ほど集まってガヤガヤやっている。結婚式の二次会か立食パーティみたいだ。『なんか、装置を必死で運んでいた気がするんだが』と鉄牛はふと思った。
ん?と誰かが顔をあげ、
「なんだか、どこからか殺意のようなものを感じる」
「うむ。わしもだ」
「どこから」
いっせいにきょろきょろし、そして振り返って「あ」と言った。坂の上に噂の二人が立っていて、
「きさまら」
「てめえら」
一秒後、一同をいかづちを帯びた衝撃波がなぎはらった。
「なんで、兄貴ー」
「僕まで。ひどいですーっ」
「アルベルトさま〜」
三人のかすかな悲鳴は周囲の怒号にあっさりとのみこまれた。
相互リンクしていただいたMIKANさまがチョーいかす絵を下さって、そのお返しにさしあげるにはどうだろうという差し上げ文章でした。
お題は、『本人たち以外から語られる「アルベルトと戴宗」』でした。
本当は全員出したかったのですが無理でした〜でも楽しかったです。
MIKANさま今後ともよろしくおねがいします!
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