王様と私


「兄貴、頼みますぜ。本当に本当に頼みましたからね」
でっかい図体を小さくしながら、懸命にお願いを繰り返す鉄牛に、戴宗はウィンクすると胸をだーんと叩いて、
「まかしとけ!愛しの銀鈴と、ばっちしオッケーにしてやっからよ」
「あ、兄貴ぃ」
「あー泣くな泣くな。もう来る…おーし、皆こっちだー」
大声を出す。今ぞろぞろとやってきた国警の連中に手を振り回す。一人、集団を抜けてたたたと駆け寄って来る。
「戴宗さん、鉄牛、お疲れ様。場所取り大変だったでしょう」
にこにこと笑っているのは当の銀鈴だ。アップにした髪のしっぽがはねて、実にぐっとくる。アイボリー色のあっさりしたTシャツとインディゴブルーのGパンがこれほど魅力的なのは、ひとえにまず本人が魅力的だからだ。
(可愛いよなあ…銀鈴)
鉄牛は胸と胃のあたりがきゅんとなった。前の方は切ない恋心、あなたは気づかない、からで、後の方は花見のためずーっと前から場所を取っていて、ほとんど何も食べてないからだった。
「おなかすいたでしょ?はい、これ」
「ありがてぇ、食いモン持ってきてくれたのかあ!嬉し…」
受け取って、見ると、でっかい手の中に卵が二個。殻に、ヘタクソな線で、GR1が描いてある。
「ぎ、銀鈴、これ」
「大作くんがいたずらしたのよ。あ、大丈夫、ゆで卵だから。生じゃないわよ、まさか」
「そうか…」
なんといいましょうか、という感じの声を出している鉄牛を後ろから眺めて、
(腹減ってるだろうって食い物を差し出すのはいいとして、なんでそこでいたずら描きのゆで卵二個なんだろうな。まあその辺のズレっぷりが可愛くてたまらない、とかいう話になるんだろうけどな。ことに鉄牛はな…村雨のやつはどうなんだろう?)
他人事のようにつらつら考えているうちに、他の連中も次々にやってきた。
「あんたー、持って来たよ」
楊志が高々と掲げているのは酒瓶と重箱だ。じゅる、ぐびり、と戴宗のいろんなところが鳴った。
「おうーし。おしおし。まずは食わしてもらうかな。腹ペコだ」
「あたしも任務先からまっすぐ来たからさ、何も食ってないんだよ」
「そうか。肉食え、楊志。肉」
「ちょっと、戴宗さん、楊志さん、皆そろってから…」
のどかな春の午後である。大きな川の両岸に桜の並木がどこまでも連なっていて、桜色の靄がかかっているようだ。ゆるやかな斜面になっている土手に敷けるだけ敷いた感じでゴザが並べてあって、四すみに『国警陣地』と書いた紙が石でとめてある。どう見ても近所迷惑なのだが、平日なのと並木のはずれのせいか、眉をしかめるお隣りさんはいない。
「ここなら騒いでもよさそうだな」
「うん」
「太鼓日和だな」
太鼓の兄弟がうなずきあって、早くも太鼓の鳴り具合を調整している。おうおう共振させんなよ、と戴宗が言って皆笑った。
「鉄牛さーん、僕のロボ食べちゃったんですかあ?」
「あー食ったぜ。お前の絵下手っくそだな、大作」
「んんー」
大作がぷっと膨れた。
「これで全員か」
「じゃないか。二三人こぼしてきてもわからない人数だがな」
一清と村雨がやりとりしている後ろで、一番最後にやってきた中条長官が、
「料理と酒を手配した者は誰かね」
「はい」
銀鈴と楊志が声をあげ、わたくしもですが、と長官の斜め後ろに居る呉学人が低く言った。
「領収書は私に回してくれ」
「あの、でも長官」
「構わんよ。経費でおとす」
はい、はい、と紙コップがまわってくる。い○ちこや銘酒美少年や本生が入り乱れてまわってくる。
「なんでもいいから注げ。注いだか。よし。おう大作、何だそれ。ビールじゃねえか。お前はオレンジジュースだろ」
「ちょっとだけですよう」
「お前は酒乱だから駄目だ。ほら、コップよこせ。よし。全員持ったかー」
肯定のどよめきが返って来る。戴宗は思い切り紙コップを高く上げて、怒鳴った。
「今日は飲むぞう。かんぱーい」
かんぱーい。どよどよ。隣りの人間と杯を交わすが、紙コップなのでべこんという湿った音しか出ない。それでも一杯目を干して、なんとなく宴会の雰囲気になってきた。
人によってペースは違うが、二三杯コップが空になり、スシのうずまきが大分減り、焼き鳥が串を残して相当数旅立った頃、やおら立ち上がって、
「うぉっほん。あー、宴もたけなわとなって参りましたところで、王様ゲームといこうじゃねえか野郎ども」
いい色になった顔で、戴宗が胸をそびやかし、そう宣言してからげっぷをした。
「えー?王様ゲーム?」
「あれは男女比がほどほどでないと、やっても面白くないぞ戴宗」
「かてぇこと言うなよ花栄!満開の桜、春の青空、それを映す川面とくりゃ次は王様ゲームに決まってるだろうがよ」
「うわっしなだれかかるな、臭い!あっちいけ」
騒いでいる脇で、大作が、
「王様ゲームってなんですか、銀鈴さん」
「あら、やったことない?…ないわよね。あのね、皆でくじをひくの。王様と、それ以外は番号が書いてあるクジ。皆引いたら、王様が皆に命令を出すのよ」
「命令ですか?」
「そう。2番と8番で二人羽織をしろとか、5番と7番で腕相撲をやれとか。まあどっちかっていうと、命令にかこつけて女の子にエッチなことをするっていうあんまり上品じゃないゲームね」
銀鈴がずばずば言っているのを、鉄牛はちっちゃくなって聞いている。まさにソレを戴宗の兄貴に頼んだからだった。
戴宗は思い切り胸を叩いて請け負ってくれた。任せとけ。王様の命令は絶対だからな。
「イヤだとか言っても、『王様の命令は絶対だ』とか変に威張るしね」
鉄牛はいよいよちっちゃくなる。
「命令は、絶対ですか?もし、崖から飛び降りろって言われたら、やらなきゃいけないんですか?」
銀鈴はびびった。
「だだだ、大作くん、これはその、あくまでゲームなんだから。そんなシャレにならない命令は出さないわよ」
「ああよかったー。僕心配しちゃいました」
大作は本心から安堵したらしい。眩しい笑顔に、銀鈴はぎこちなく微笑んだ。
(生真面目っていうかちょっとズレてるっていうか…同年齢の友達がいないからしょうがないのね。かわいそうに)
自分もズレていると思われたことなど知らずに、勝手にほろりと来たところに、反対勢力の説得が済んだらしい戴宗がどかどか戻ってきて、
「さあ引け!とっとと引け」
どこからか、大量のヨレたこよりのようなものをむんずとつかみ出すと、一同に突きつけた。
「しょうがないねえこの人は」
楊志が肉を頬張りながら手を伸ばしたのをきっかけに、皆なんとなくいやいやながら、またなんとなく楽しくもなってきて、中途半端な表情でぞろぞろやってきてはこよりを引いていった。
「引いていいですか、戴宗さん」
「おうさ大作、引け引け。じゃんじゃん引け。おう銀鈴、うかねえ顔してねえで引けよ、ほら」
つきつけられて、しょっぱい笑顔で一本引いた。その瞬間戴宗がニヤリと笑ったが、勿論誰も気づかない。
「てっつ牛ぅ、ちゃんと引いたな?」
「モチロンでさぁ兄貴」
再びニヤリと笑う。ウィンクをしてから、戴宗はさらにでかい声で、
「おうっと呉先生、二本引くなって」
「長官の分です」
「あ、そうか。黄信、いつまでも酒なめてねえで引けって」
「うるさいな、なにを張り切っておるんだ」
「どうせまた下らないことを考えているんだろ」
「やかましい。おう、全員引いたな?引いたな。よし。えぇっへん。手前の番号は見たなー」
見たー見ましたー見たぞーとばらばらに返事が返ってくる。見ました!とひときわ大きな声で大作が張り切って応える。
「ようし。えほん。じゃあ、言うぞ。3番に、11番が、キスをすると。ちゃんとクチにするんだぞ。いやだなんて許さねえからな。王様の命令は絶対だ」
思いきり反り返ってわめく。
大多数の上に、『女が二人しかいないのにキスかよ』→『クジにしこんだな。暇な奴』といううんざり感、一人の上に疑問、もう一人の上にハナシが違うという驚愕が浮かんだ。最後の一人だけはすぐに行動を起こした。できるだけ小声で、しかし今にも泣きそうな顔で、
「兄貴ぃ、俺6番ですぜ」
「げぶ」
むせ返る。
「ななな、何ぃ?ど…どこで間違えたのかな(やべえな、万一11番が村雨だったりしたら俺ぁ鉄牛に一生怨まれるぞ)」
ちろ、と村雨を見る。視線に気づいて、クールでダンディでニヒルでシャンゼリゼな男が、
「俺か?俺は13番だ。俺にふさわしい番号だな」
ふっと陰のある笑みを浮かべるが、今はこいつにつきあってる暇はない。
「とりあえずよかったか…ええーと、…誰だ?銀鈴とキスする奴は」
銀鈴がとんでもないという調子で抗議した。
「戴宗さん!私は10番ですからね!」
ひろげたクジを精一杯相手の方へ見せている。
「な、なにー?」
「兄貴ー、全然違いますよー」
鉄牛はもうおんおん泣いている。
「てーい、泣くな!誰だ、3番と11番!」
もうヤケクソになっている。この頃には、大多数の人間には、戴宗がやろうと思っていたことと、それが失敗に終わったことがわかっていた。白けた空気が漂う。そのしらじらした空間を掻き分けながら、
「多分これは、11番と読むのだろうがね」
中条長官が言って、ひらひら、とクジを振った。殴り書きの棒が二本。
げっ。
皆慌てて自分の紙を見直し、ほっと息をつき、それから探るようにお互いの表情を盗み見合う。呉学人だけはおろおろしている。心中察するに余りある。
「ちょちょちょ、」
「直径10ミリか?」
「ちがう。…長官ですかい11番。…すると3番は誰なんだ」
返事はない。急に静まり返って、桜の散る音さえ聴こえそうだ。
「お…お前か?楊志」
「あたしは18番だよ」
口から骨を出しながら言う。
「わしも違うぞ」
「俺も違うぞ」
肴をつまみながら一清、花栄、黄信が同時に言った。めいめいにクジを突き出している。
「ははぁん、わかったぞ。呉先生、あんただな。なんだこの畜生め、アツアツぶりをこんなところでまで」
「私は2番です」
やけに平坦な声で言い放つ。戴宗をしてびびらせるような響きがその声にはあった。
「っと、ええと、お前らか、太鼓の兄弟」
「違います!9番です」
「25番です」
「87番だ」
花栄が呆れた声で、
「一体どういう番号の振り方だ」
「やかましい。んなこたどーでもいい。ちょっと待て、誰もいねえじゃねえか。どうなってんだ」
「あのう」
細い、遠慮がちな声が上がって、皆がそっちを見た。
大作だった。
「なんだ、大作…うわっは、お前か!3番!まあその、なんだ。お前はまだ未成年だからな。クチは取り消してやる。そうだな、長官に、ほっぺにちゅってしてもらってめでたしめでたしと。いいすか長官」
「戴宗さん」
「大丈夫大丈夫、俺にまかしとけ。王様の言う事は絶対」
「僕、王様だと思うんですけど」
「ほへ?」
おずおずと差し出した紙に、王様、とぞんざいな字で書いてある。
「…王様ゲームって、王様が命令を出すって聞いたんですけど…違うんですか?」
「ななな、なんでお前がその紙を」
「お前が持ってるはずだったのか?」
村雨が肩をそびやかして、
「てことは、お前が持ってるのは何番なんだ」
「あ」
血の気が引く。
そろそろ、と一本残っているのを広げてみると…
………
………

「いやあ参った参った。なんだお前が王様か。可愛い王様だな。だははは。えー、という訳で、今のは王様以外の人間が出した命令ということで、ノーカンに」
「いいです」
大作はいたずらっぽく、小悪魔ニョロよ、の笑顔を見せて、
「戴宗さんが出した命令でいいです」
「ぶば」
口からいろんなものを吐き出した。うわっ汚い、と側に居た数人が悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと待て、大作」
「駄目です。王様の命令は」
「絶対なのだったな」
言いながら、長官が立ち上がった。
「仕方がない。上の人間に従うのは下の人間のさだめだ」
「長官が言うと笑えませんよ」
戴宗は真っ青になって、いや鉛色になって、首を振った。
「や…やめましょうや、長官。ちょ…おれぁ絶対拒否しますぜ。冗談じゃねえや。何が絶対だ。従うもんかそんな命令」
「自分の時ばっかり…」
「我儘きわまりないな」
「うるせえ!人のことだと思ってよう!何で俺が長官に唇奪われなきゃならねえんだ。死んでもイヤだ!」
「死んでも、かね」
長官が上着を脱いだ。どういう訳か突風が吹いてきて上着がどこかへ吹っ飛んだ。皆大声を上げて食べ物が飛ばないように守っている。長官は意味不明の笑みを浮かべながらネクタイを緩め、ファイティングポーズを取って、シャドーボクシングを始めた。「長官やめてください」と誰かが叫び、長官がやめると風はやんだ。
突然わあっと呉先生が泣き出した。見ると横座りになって片手で口元を抑えている。
「わたしが…わたしが長官のくじをひいたばっかりに!こんなことなら私のくじをお渡しすればよかった!わたしが長官の代わりになればよかった!」
「よしなさい呉先生。君が戴宗くんに襲い掛かるところなど、私は見たくない」
「長官」
もう号泣している。銀鈴は気の毒そうな、バカバカしいような顔でそれを見てから、
「大作くん、やめてあげたら?」
「イヤです。せっかく僕も皆さんと一緒にビール飲もうと思ったのに、駄目っていうんですもん。仕返ししてやるんだ」
かわいく、つんとしている。うーこの子は、という顔をしてから、
「でもね、呉先生も泣いてるし。可哀想じゃない」
「え?ほんとだ…なんで呉先生が泣かなきゃいけないんですか?」
本当に何も知らないで無邪気に言ってるのか、とんでもないカマトト野郎なのか、どっちだろう?銀鈴は判断がつかず、あうーと変なうなり声を上げた。
「行くぞ、戴宗くん」
「ご遠慮申し上げますぜ、長官」
ずざ!と身構える二人、あたりの空気が急速に二人に向かって集まってくる。二人の拳がまばゆく光り始めた。
「九大天王同士の戦いか。見ごたえ充分だな」
「でもとばっちり食うと死ぬかも知れないぞ」
皆紙コップとお皿を持ってざっと引いた。まだ座ってめそめそ泣いている呉先生は誰かがひっかかえて連れて行った。
「あんたー、頑張れよー!女房の前でとんでもない格好を見せないでくれよー!」
「ふうむ、どちらが勝つか…やはり静かなる中条だろうな」
「賭けるか?俺は戴宗だ。必死さが違う」
「そうだ。長官はきっとわざと負けますよ。大人だし、本当はイヤなんだろうし」
「わざと負けるか…果たして中条静夫がその道を選ぶかどうか…」
勝手な連中が勝手なことを話し合っていると、ごごごごと地響きが起こり始めた。続いて地面が激しくゆれはじめる。
「さすがあの二人の戦いだ。気の力が違う」
「ででででも、ちょっと、揺れすぎ、じゃ、ないですか?」
「わわわわわ」
ふと、辺りが暗くなった気がして、一同は振り返った。そして、絶叫した。
大怪球がすぐそこまで来ていた。
『はっはっは、貧乏くさい宴会をしているようだな、国際警察機構の諸君。今からこの河原全てはわがBF団の貸切とする。すみやかに出て行きたまえ』
歯切れのいい不愉快な声が流れてきた。
「ふざけるな!おれが朝から場所取りしたんだぞ!お前らこそ出て行け!」
鉄牛は怒って叫んだが、突然どこからか降ってきたカエルのロボットにつぶされた。
「ぷちっ」
「鉄牛ぅぅぅー!」
銀鈴が引き絞るような悲鳴を上げた。
「ああもう、めちゃくちゃだ。どうする。戦ってあのたまっころをぶっ壊すか?さっさと場所を変えて、宴会の続きをするか。誰か決めろ」
「決めろといわれても、普通ならどちらかが決める男二人とも、ああやって」
二人はまだにらみ合ったままだ。時々、ばちっばちっと火花が散り、空気が裂けてかまいたち兄弟が発生したりしている。
『なんだ。たてつこうというのか?君らはそれほどまでにバカだったのか。うすうす知ってはいたが、やはりバカだったのだな。わはははは』
「誰かあのバカを黙らせろ。聞いてると不愉快だ」
「すみません」
何故だか、銀鈴が肩身がせまい様子で謝っている。
「俺はやってもいいぞ。前から気に入らないからな、あの玉」
「おうさ。これだけのメンツがそろっていれば、玉の一個や二個、川に流してどんぶらこだ」
「おお」
皆のやる気がむづむづと湧き上がってきたところで、
「あの、皆さん」
再びかぼそい声が割って入る。皆がそっちを見ると、今度も大作だった。
「なんだ。大作少年、戦いに反対か?怖気づいたのか?ええい臆病者め、待ってろ今地面に線を引くからな。そこから一歩でも下がったら」
「ちょっと待ってください。今ここで戦ったら、桜が全部散ってしまいます」
皆黙った。
「せっかくこんなにきれいに咲いているのに、可哀想じゃないですか」
目がきらきらしている。どうしようもない汚れた大人たちは皆恥じ入ってうつむいた。村雨だけは無表情なままだが。
「うむ。大作の言う通りだ」
「わしらは戦闘の繰り返しの中、大切な何かを忘れておったようだ」
「あたしゃ恥ずかしいよ、大作」
「いえ、そんな」
照れて真っ赤になっている少年を皆好もしそうに眺めて、うむうむとうなづき、
「さあ、皆、支部へ戻って宴会の続きだ」
『おや。諸君、引き上げるのか。賢明と言えば賢明だが…わかった。諸君らはバカなのではなく、身の程を知っている訳だ。きっと長生きできるぞ』
「なんとでも言え。臆病者のそしりを受けることより、桜の美しさを採った我らの心根、貴様のような下品なやからには理解できまい」
『ななな、なんだとー?』
皆、呵呵大笑しながらすがすがしい笑顔で引き上げて行く。
後ろから、げひんとはなんだー!とか、このびんぼうにん!ぺきんしぶなんて、ほったてごやだ!とかわめいている声が聞こえていたが、皆相手にしなかった。
「いやあ、いい気分だ。これが本当の、戦わずして勝つ、ということの極意なのだな」
「大作はもはや立派なエキスパートだな」
大作は赤くなって嬉しそうに笑った。
「あの、私やっぱり戻ります」
一同の一番後ろをのろのろついてきていた呉先生がたまりかねた様子で叫んだ。
「戻る?何故」
「何故って」
呉先生の眉間がわちゃくちゃになった。
「二人を置いてきちゃったじゃないですか。大怪球も来ているというのに」
「ああ」
皆隣りの人間と顔を見合わせ、
「そう言えばそうだったな」
「心配しねえでも、長官と兄貴ならあんな玉っころ、お手玉ですよ呉先生」
いつのまにかカエルの下から這い出して来た鉄牛がそう請け負ったが、
その時。
どーん、という重い音がして、皆音のした方を見た。桜の雲の連なる並木から、黒い玉がふっとばされて、くるくる回転しながら飛んでいくところだった。玉は随分高い位置で放物線を描いて、最終的には川にぼっちゃんと落っこちた。
置き去りにしてきた二人がふっとばしたのだろう。
「…ほんとにお手玉だな」
「戻るか」
「ああ」
一同はもときた道を戻った。

さっき宴会をやっていた場所まで来て、皆はぎょっとした。長官が戴宗に馬乗りになっている。戴宗も負けじと長官の口ヒゲと顎ヒゲをむしろうとしている。
「やめ、たまえ、たい、そう、くん」
「そっち、こそ、やめて、くだ、さい、ちょー、かん」
「むむむむむ」
「きーっ」
「…まあ、ほっとくか」
皆、ゴザを敷き直し、料理を広げ、酒を注ぎ、さあ続きだ、とやっている。呉先生だけがおろおろと二人に駆け寄り、どうしていいものやらわからずうろうろしている。
両手にオニギリを持ってかぶりついている鉄牛に、
「あら、鉄牛」
「なんだ?」
銀鈴がひょいと手を伸ばして、ほっぺたについているコメツブを取ってくれた。
「おべんとう付けてるわよ」
そしてうふふと笑った顔に、でれでれ〜〜〜ととけそうになる。
(兄貴の計画はめろめろになって終わったけど、おりゃあ、これで充分ですぜ兄貴)
その兄貴の方を見ると、今度は戴宗が上に乗っかって、中条長官のほっぺたを左右にひきのばしている。長官は戴宗の鼻の穴に指を突っ込んでいる。
呉先生がたまりかねて、
「もうやめて下さい!もう誰も王様ゲームのことなんか考えてませんよ!大作くん、命令を解除してくれ!」
見ると、大作はこっそり飲んだビールに酔っ払って、へべれけになっている。呉先生はカッとなって、
「この、クソガキ」
キャラクターにない罵声を浴びせ、扇子を投げた。それは一直線に飛んで大作に命中した。
「あ」
「あ」
大作はきょとんとしてから、じわじわと泣き顔になってゆく。しゃくり上げる。
「ひどいや…ひどいですよ、ごぉせんせぇ…うえっうえっ」
「おい、やばいぞ」
「うわあーん!ごせんせいのばかあー!いたいよー!」
大作が泣き叫んだ。途端、桜並木の彼方から、鉄の巨人がやってきた。呉先生の顔色は、巨人を塗り分けているツートーンの水色の方と同じ色合いになった。

結局、GR1が時が大暴れしたため桜の花は全部散ってしまい、まるはげになった。一同はふみつぶされ、まあ一応だが、戴宗の唇は守られた。

[UP:2001/9/29]
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