カフェの午後


 「バカかお前は。だから何度言えばわかるんだ」
 露伴にイライラと言われて仗助はくちびるを歪め、
 「なぁーにをエラそうにエバってやがる。なんでてめーにバカ扱いされなきゃならねーんだよ。ケッ」
 吐き捨ててからラテのカップをとって行儀悪く音を立てて飲んだ。ここは連中が行きつけのオープンテラスだ。そのテーブルのひとつに露伴と仗助が陣取って、さっきからつんけんつんけんやりあっている。
 「何故バカ扱いされるかだって?それはお前がバカだからだ。そんな当たり前のことはどうでもいい。いいか、あの時、あのスタンドは何と言っていたか訊いているんだ、僕は!」
 「あの時っていつだよ」
 「お前」
 露伴は斜め上に反り返った。こめかみに青筋がぴくぴくと膨れ上がり、
 「僕の話を全く聞いていなかったのか。相手を眠らせるスタンド使いと遭遇した時だ!」
 「ああ、あの変な矢がらみの奴だな」
 「そうだ!空条さんが眠らされて矢を刺されそうになった時に、謎のスタンドが出ただろうが」
 仗助の目が「あれか」という表情になった。その顔を睨みつけて、
 「あのスタンドは何を言っていた?僕は遠くて聞こえなかったが口が動いているのが見えた。お前の位置からなら聞こえただろう」
 「ところどころな。俺も眠くてアタマがほとんど動かなくってよー。大して覚えてねーな」
 「そうか。じゃあ仕方ない」
 す、と指を持ち上げ仗助を指差し、無造作に、
 「ヘブンズ・ドア」
 「うぉっ、ちょ、待て!」
 しかし不意を突かれた仗助は回避する間も抵抗する間もなく「どーん」とやられてしまい、椅子ごと仰向けにぶっ倒れた。
 「ろっ…伴ッ」
 「安心しろ。あの時の事だけ読んだらもとに戻してやる。それ以外のお前の情報になんか興味はない」
 言い捨てて仗助の自慢の前髪あたりをぱらぱらとめくっていく。
 「ああ、あったぞ。≪承太郎サンの中かラガクセー服を着たスタんどが出てキタ≫やたらと乱れていて読みにくいな。眠らされかけて意識が朦朧となっていたせいだろう。これでは本当に何を言ったかなんてわからないかも知れないな。全く使えない奴だ」
 「てめっ…なに…勝手な…」
 「動くな。ページが破けるぞ。記憶を失いたくなかったら大人しくしていろ。『…星の白金…承太郎の…意識が…無意識…事実…』?どういう意味だろう」
 露伴は独り言を言い考え込むが、仗助はそれどころではない。バラバラと解けていく体をもてあましながら悲鳴を上げる。
 「いい加減に…もとに、戻せっ」
 「もう一つあったぞ。≪エメラルド スプラッシュ≫
 その言葉は仗助も聞き覚えがあった。それまで喋っていた意味不明の小理屈な内容と違って、インパクトのある単語だったからだ。
 (それにあのスタンド、そこだけ大声で叫んでいたぞ。なんか攻撃もしてたしよ。必殺技っぽいよな。俺も自分の技になんか名前つけっかな)
 「エメラルドはそのままエメラルドだろうな。の、飛沫。噴射。スプラッシュマウンテン。スプラッシュという人魚の映画があったが無関係だろうか」
 「俺を、戻してから、悩め」
 「最後に承太郎さんに向かって何か言っていたが、聞き取れなかったようだな。で、煙のように消えてしまったと。フン、大した収穫もなかったな」
 言いたいことを言ってやっと戻してくれた。仗助はガバと起き上がって殴りかかろうとしたが、イライラと「うるさい。それどころじゃない」といなされてしまった。
 緩く腕組みし、
 「エメラルド、スプラッシュか。本人に訊けば一番早いが、素直に話してくれるだろうか。もっと早いのは空条さんを本にして読むことだが」
 「てめえ、承太郎さんに変なことをしたら俺が許さねーぞ」
 「お前に許してもらう必要なんかない。でも、空条さんはお前のようにあっさりマヌケに本にはなってくれないだろうからな」
 「なにを〜っ、さっきから黙って聞いてりゃ勝手なことばっかり言いやがって」
 「なんだか、騒がしいのう」
 ふにゃふにゃとした老人の声がして、2人がそっちを見ると、ジョセフ・ジョースターがこちらへよぼよぼとやってくるところだった。昔は承太郎と同じ身長の、筋骨隆々の偉丈夫だったらしいが、今ではその面影はみじんもない。大柄な、背中の曲がった外人のおじいちゃんだ。
 「なんだジョースターさんですか。今日はお茶でも?」
 気のない口調で言った。仗助は立って、ここどうぞここ、と言いながら椅子を引いて座面を叩いた。
 「ああどうもありがとう。しかし、会えばケンカしとるんじゃな。君らは仲がいいんだか悪いんだかわからんのォ」
 言い終わったか終わらないかのうちに「いいわけねぇーぜ!こんなやつとよ。悪い方一択だぜ」「こんなやつは僕が言う言葉だ。どこを見れば仲がいい可能性を想定するのか全くもって疑問ですね」とがあがあ言われ、ジョセフは息をついて「やれやれじゃのう」と言いながら手を借りて椅子に座った。
 やれやれだ、と呟いていた白いコートの男をふと思い出し、そういえばこの老人は誰よりもあのひとに近いのだった、と思って、露伴は半ば独り言のように、
 「ジョースターさんなら聞いたことがあるだろうか」
 「なにをじゃ」
 訊き返してから、目をこすりながらメニューを覗き込み離したり近づけたりしている。仗助が横から「日本語読めます?決まったら言ってください。俺が注文してきてやりますよ」と言う。
 「すまんのう。じゃあ、キャラメルマキアート、いややっぱりお前さんの飲んでる」
 「エメラルド スプラッシュという言葉なんですが」
 瞬間、ジョセフ・ジョースターの居ずまいが変わった。
 小さい老眼鏡の奥でしょぼしょぼしていた目がぐぅっと強い光を宿し、指に力がこもったのかメニューが変な音を立てて曲がった。顔つきが引き締まり、それまでちんまり椅子の中におさまっていた体が一回り大きくなったように見えた。
 そしてまたジョセフは不思議な表情をしていて、今どんな感情でいるのかわからない。怒っているようなのだが、それだけではなく、ひどく悲しんでいるようにも、そしてまたおかしな話なのだが、懐かしんでいるようにも見える。
 その異様な姿に、露伴も仗助も声をのんで相手の様子を見守った。
 (とにかく、大きなショックを与えたようだな)
 老人の心臓や脳は衝撃に耐えられずあっけなく血管が破れることもある。とりあえず落ち着かせようと、
 「すみません。大丈夫ですかジョー…」
 「その言葉を、どこで聞いたのじゃ」
 低く重い声はやはり、それまでのものとは別人のように違っていて、2人は再び絶句した。ややあってから露伴は無理に咳をして、
 「そう長い話にはならないと思いますが、今お時間いいですか」
 「構わんよ」
 静かに言って、それからふと仗助を見た。仗助は驚きと緊張と、相手に対する心配の入り混じった顔で自分を見ている。
 ジョセフは微笑して、
 「じゃあカフェオレを買ってきてくれるかの。一番小さいサイズでいい」
 「わかったっス」
 仗助は大急ぎで店内へ走って行った。
 露伴が言ったように、全てを話し終わったのは、仗助がカフェオレの入ったカップを持って戻ってきてからそう経っていない頃だった。まだカフェオレからは湯気が上っている。
 「という訳です。そのスタンドや言葉についてあなたは何か、情報を持っているように見えますが?」
 ジョセフはしばらく黙っていたが、やがてうなずいて、
 「持っておる」
 聞くだけ聞いてからなーんも知らんと言い出したら困るなと思っていたが、相手が肯定したので露伴はこれで話が進むとほっとして、
 「それを教えてもらえますか」
 「何故訊きたい?」
 訊き返され、反射的に「質問に質問で返すのはいかがなものか」的な返しをしかけたが、ここは真摯(に聞こえるよう)な答えの方が受けが良さそうだと判断し、
 「ひとりで2体以上のスタンドを持つってことがあり得るのか調べたい気持ちはあるが…それよりも空条さんは謎の多いひとだから、単に興味があります」
 「正直な男じゃな」
 ジョセフは苦笑いし、それからカップの中を見つめて、
 「エメラルド・スプラッシュか」
 ぽつりと漏らした。
 「あのー、それってやっぱり、必殺技の名前っすか?」
 「いいからお前は口をきくな」
 「なんだと」
 言い争う声が耳に入らなかったように、ジョセフはうなずいて、
 「そうじゃよ」
 「えっ」
 ふたりは振り返って、「あ、そうなんだ」「やっぱり」のようなことを口にした。
 カフェオレの面を見つめるジョセフのまなざしはとても穏やかで、
 「わしは、その最後の一撃を見た人間じゃ」
 そして限りなく寂しげだった。


 「君たちの話のスタンドだか、幽霊には、心当たりがある。…昔、DIOという男を倒すためにエジプトへ旅をしたことがあった」
 「ああ、聞きました。あの弓矢の因縁のやつでしょ」
 「僕も聞いた。あなたと空条さんと、他に数名のスタンド使いで旅をしたとか」
 うなずいて、
 「そのメンバーのひとりに、承太郎と同学年だったか、一つ下か、そんな歳の日本人の青年がおったんじゃ。最初はDIOに操られて承太郎を襲ったが、我に返って、旅に同行した」
 「へえ」
 承太郎さんとタメか一個下か。俺と億奏や康一みてーな感じなのかな。あいつらとエジプトに行くんなら、そりゃあ楽しいだろうな。多少はキツクてもよ…
 仗助がのんきにそこまで考えた時、
 「彼は極めて冷静でいかなる時でも客観的に物事を見きわめていた。決してパニックにならず、皆が気づかなかったことに気づいて事態を打開することがたびたびあった」
 「へえー、そりゃすげぇ」
 冷静沈着で落ち着いてるって、承太郎さんと似てるタイプなのかな、と仗助は思ったが、
 「承太郎は気が短くて一旦火が点くと誰にも止められない性格だから、点火して激怒している承太郎を彼が宥めたり抑えたりしておったな」
 「ええ?」
 今度は疑問と驚きの声が出た。短気?火が点くと止められない?誰のことだそりゃ。
 「あのォー、ジョースターさん?」
 「承太郎も昔はやんちゃだったんじゃ。今からでは想像もできんくらいにな」
 ジョセフは微笑してそう言い、それから少し間が空いてから、
 「エメラルド・スプラッシュというのは、その男の技だったんじゃ」
 そう言われて、仗助は一回「ああそうなんですか」と言って、それからふと何かにゾッとして身がすくんだ。露伴はジョセフがそう言った段階で気づいて、眉をひそめ、
 「ジョースターさん、」
 「そうじゃ」
 小さな声で肯き、つらそうにうつむいた。その姿を見て、仗助は自分が何にゾッとしたのかやっと気づいた。
 『わしは、その最後の一撃を見た人間じゃ』
 最後の一撃ということは、つまり、
 「そのひとは」
 さらに小さくうなずいて、
 「DIOとの最終戦で命を落とした。致命傷を負いながらもDIOのスタンドの謎を解いてそれをわしに伝えてから」
 強く目を瞑る。今でも目を閉じれば、闇を切り裂く緑色の奔流が時計塔を破壊する映像が甦る。
 耳では聞こえず、目では見えないほど遠かったが、確かに聴こえた。確かに視えた。確かに伝わってきたのだ、あの男の死にもの狂いの叫びが。遺志が。
 仗助も露伴も無言でジョセフの様子を見ている。
 やがて、強く閉じていた目をゆっくりと開き、
 「彼の最期の姿は、わしだけが見たから、全てが終わった後でわしから承太郎ともう一人の生き残りに伝えた。ふたりとも黙って聞いていた」
 長く息をつき、
 「あの旅の仲間たちは、真実、互いに気持ちが通い合っていた。そうでなければDIOやその手下どもとの激闘に勝てなかっただろう。承太郎と彼も、ベラベラ喋って大笑いするような感じではなかったが、強く深く結びついていた」
 涙など。
 涙を流すことなどで表せる絶望や虚無ではない。
 そう思うに十分な無表情を、あの時の承太郎はしていた。
 (それからの承太郎を、飛び飛びだが、わしはずっと見てきた。承太郎が、彼を何らかの形で―――それこそ≪傍に立つ≫存在として―――留め置くことが出来ていたとは、わしには思えん)
 (もしそう出来ていたら、もう少し、承太郎は楽だったろう)
 言葉にせず胸の中で呟き、顔を上げ、
 「すまんが、ふたりとも、この件はわしに任せてくれんか」
 「え?」
 「さんざん話を聞いた挙句こんな勝手はないと思うが、それを承知の上で頼む。君らの口から承太郎に謎のスタンドについて話や質問をするのは、遠慮して欲しいんじゃ」
 頭を下げ、
 「この通りじゃ」
 「よして下さいよ。よくわかりました、俺らは黙ってますから安心して下さい」
 すぐに仗助が慌てて言い、それから露伴を見て、
 「てめーもわかったって言えよ」
 「フン」
 不服そうな顔をしているが、ジョセフと目が合うと肩をすくめ、
 「わかりました。あなたにお任せします。何か判明したら教えてください」
 立ち上がり、それきりもうここにいる必要はないとばかりにふたりを後にしてさっさと行ってしまった。
 「何なんだあのヤローは」
 ジョセフはわずかに苦笑いし、残ったカフェオレを飲んだ。さすがにもう冷めていた。


 その後仗助は「ホテルまで送っていきますよ」と言ったが、それを丁重に断ったあと、ジョセフはひとりテーブルに残って考え込んでいた。
 意識を失った承太郎から現れたというスタンド。その容姿について訊くとどう考えてもあの男らしい。
 一体どういうことなのか?
 考えたところでわからないが、考えずにはいられない。どんな事情があれば、そしてそもそも何が起こっているのか?
 「おい」
 声がして顔を上げると承太郎がやってくるところだった。
 正面からジョセフの顔を見据え、わずかに眉間にしわをよせ、
 「顔色が良くないな。何かあったのか」
 (昔から、決して愛想は良くないが、その実相手を心配してくれる優しさを持った奴だったな)
 『昔』の承太郎を懐かしく思い出しながら、
 (まあ、昔なら、顔色が良くねーなと言ったかな)
 弱々しく微笑み、首を振って、何でもないんじゃと言いかけて、
 「承太郎」
 「なんだ」
 「変なことを訊いて悪いが、…あの写真は、まだ持っておるか」
 承太郎の眉がごく僅か上がり、頬にさざなみのような痙攣が走る。それからまた、もとの静かな表情に戻って、
 「持っている」
 勿論だ、とか、当たり前のことを何故訊く、とか、そういった言い方でなく、ただ質問をまっすぐ反射するように言葉を返す。
 もう一度、変なことを訊いてすまん、と謝ってから、
 「花京院のことを、思い出すか」
 返事はなく、無言で立ち尽くす。それから本当に長いことあってから、
 「ああ」
 とだけ言った承太郎の顔を、ジョセフは見つめ、
 (承太郎は何も隠しておらん)
 心の底からそう思い、頭を下げ、
 「本当にすまなかった。もういい。悪かったな承太郎」
 謝った。
 いや、…と低い声で言ってから、
 「何だじじい。突然。驚いた」
 ごくごく僅かに笑いを含んだ声で続けた。ジョセフは首を振って、もう一度悪かったと言い、
 (どんないきさつなのかはわからないままだが、承太郎自身は関与しておらん。とにかくそれだけははっきりした)
 そう確信し、
 「何か飲まんか」
 「そうだな。そうするか」
 気を取り直して手を伸ばし、なぜか折れ曲がっているメニューに「?」という顔をし、裏表と見比べた。

 その後「送っていく」と申し出た承太郎を断り、ジョセフはひとり席を立って、後には承太郎が残された。
 確かに驚いた。あの旅のこと、あの旅の仲間の話をしたのは何年振りだろう。
 あの時あんなことがあった、誰それがこう言って誰それがそれに突っ込んで皆で笑った、というような、ごく普通の思い出話として回想できる旅ではないから、当然といえば当然だ。ジョセフとあの旅の話をしたことなど、もしかすると一度もないかも知れない。
 話せばお互いの内側を同時に深々とえぐるから。それがはっきりしているから。
 どれほどか時間が経てば、例えば十年経てば、そうでもなくなるものか、と曖昧に思っていたが、どうだろう。
 (先刻、じじいの口からその名を聞いて、今の俺はどういう状態なのだろうか)
 少し驚いただけで穏やかに受け流せて、それで今普通に座ってコーヒーを飲んでいるのか。
 それとも
 下手すると警察を呼ばれるような暴れ方をしそうなのを、痺れた頭でなんとか抑えているのか。
 わからないが、はっきりさせない方が良さそうだと判断し、コーヒーを飲んだら自分もジョセフのように席を立とうと思った。
 瞬間、
 『花京院のことを』
 ジョセフの声が甦り、メキメキメキという音がして、なんだと思ったらメニューが真っ二つに裂けていた。
 自分の手でやったのか、スタンドでやったのか、どっちなのかもわからないが、見ると両手から血が出ていた。


 目を開けると夜の海だった。毎晩のことだ。
 頭上は満天の星空で、水平線の彼方で消えている。そこから海だ。
 砂浜をずうっと歩いて行く。やがて、ひとり海を見ている学生服の横顔が見えてきた。
 花京院がこちらを見て微笑む。
 「こんばんは」
 「ああ」
 「手の傷は大丈夫ですか」
 「どうってことねえ」
 ちょっと笑う相手に、なんだと言うと、
 「君は夜ここで僕と話す時はなんとなく言葉が不良時代に戻りますね」
 「やかましい」
 まあそれはそうだろう。話す相手があの頃のままなのだ。自分もあの頃に戻ろうというものだ。
 「でもじじいがお前の名を出した時は驚いたぜ。昼の俺はこの事情についてなにひとつ知らねえからな」
 「多分ジョースターさんは岸辺さんと仗助君に訊かれたのだと思います。僕の姿をふたりは見ていましたからね」
 「ああ。俺が気絶している間のことだな」
 「そうです」
 「そういや連中に星の白金以外にスタンドを持っているのかと訊かれたが、あれはお前を俺のスタンドかと思ったのか」
 「まあ、間違ってはいませんが」
 考え込み、
 「ふたりには申し訳ないが、昼間の君を問い詰めたり吊るしたりしても、謎の学ランを着たスタンドについて情報を提供してはくれませんからね」
 「吊るされる気はねえが、そうだな。…おい」
 「なんです?」
 「お前は死神13に夢に閉じ込められた時に、自分の腕に文章の傷を彫って昼間の自分に教えたんだったな」
 花京院は曖昧に微笑して、
 「君もやるつもりですか。あまりお勧めはできません。長々と苦労して腕中に『カキョーインが俺の中に居る。やつは死神13との戦いにおいて云々』と彫りまくっても、朝起きて血だらけの腕を見て『俺は疲れてるんだな』と思うのがオチです」
 淡々と言い切られ、反論しようとしたが、考えてみたのだろう、やがて、
 「大丈夫だ、とは言えねえな」
 「わかってもらえてよかった。怪我をするだけ無駄ですよ」
 「だがその辺に解決策がありそうだ」
 とは言っても、今までいろいろやってみたが駄目だったのだ。それにもしも昼間の自分が自分の無意識下に花京院をかくまっていると知っても、それで花京院が生き返るわけではないだろう。昼間の自分が花京院と話が出来るようになるとも思えない。
 だが、昼間の自分が、「夜になったら、花京院と夢で会える」と知ったら、随分気分が変わるだろうと思う。
 そこまで考えてから、「夢で会える」てのはなんだ、と我に返った。
 (夢で話せる、くらいにしとけ)
 自分に突っ込みを入れてから見ると、花京院は奇妙な微笑をたたえて見ていた。つらそうな、しかし確かにおかしそうでもある表情だった。
 そのことについて何か言おうとしかけたが、承太郎はやめて、
 「俺は気を失っても、代わりに戦ってくれる奴が居るわけだな」
 「便利でしょう」
 花京院はそう言って笑った。
 「君が海洋調査に出て、甲板で寝ているところをサメに襲われたら、僕が守ってあげますよ」
 「心強いぜ」
 「君が山にハイキングに出て、野原で昼寝しているところを」
 「なんだ。クマか」
 「そうだ。よくわかったな」
 「バカか、てめえは」
 あはははと声が上がった。承太郎もうつむいて笑った。
 そうしながら、隣りにいる相手の気持ちについてお互い思いを馳せたが、やはり敢えてそのことには触れなかったし、相手もそれに気づいているのだろうと思った。

[UP:2016/04/01]


 承太郎の中でスタンドとして存在している花京院の話です。
 仗助や露伴が3部の旅についてどのくらい知ってるとかその辺は嘘なのでご勘弁ください。
 あの写真を見るたびにこっちは胸が詰まりますが、承太郎はそんなものではなかったろう。つらかったろうなと思います。ジョセフはシーザーを失ったけど、彼の友情を糧に豊かな人生を歩んだんだなと思える。ワムウ戦の前にバンダナをぎゅっと結んで、『一緒に戦ってくれ、シーザー!』て言うところがもう大好きです。ジョセフの中でシーザーが生き続けていくんだなっていう感じがする。承太郎はどうもなあ。その後を見ると…
 腹の底から笑うようなことはもうないんだろうなと思えてしょうがない。頼むからなんとかしてやって!←錯乱


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