ダービー戦その3


まだくらくらする頭を振って、花京院は辺りを見回した。
心配そうに手を貸してくれながら、大丈夫か、花京院、とジョセフが尋ね、その後ろに承太郎がいて、無言で自分を見下ろしている。その…さらに向こうに、なにやらずだぼろになった人間のようなものが転がっている。
あれはなんだろう、と思った直後、ひどい眩暈がして、再び座り込んだ。
「無理して動くな」
「いえ、もう、平気です。…一体僕はどうなったんです?…ダービーとF・MEGAで対戦していた筈だ、それで」
負けたような気がするのだが。
承太郎の、敗北を認めるんじゃあない、という怒鳴り声、それから…なんとも薄ら寒い感覚が、背中を走って、思わず身震いをした。
記憶の底に残る、嫌な嫌な感覚は、一体なんだろう。それほど嫌な感覚なのに、はっきりと思い出せないのは何故だろう。
血の気のよく戻らない唇を一回噛み締め、ほどくと、血の色がのぼった。
「そうか、僕は」
目で、さっきダービーが示していた人形、自分の醜いカリカチュアのような人形を探しながら、
「あの人形の中に封じられ…」
「もう終わった。奴はリタイヤだ」
承太郎がさえぎって、片手でゴミのような例の人物を示し、
「忘れろ。さあDIOの野郎を探しに行くぞ」
ぽんぽんと続ける。ジョセフもそうじゃとうなずき、
「無事三人共揃って、次に進めるんじゃ。それでOKだ、な?花京院」
確かに、ぐだぐだ思い出して後悔したり恥じたりしているヒマはない。もう一度首を振ってから、はいと声に出して答えた時。
「この部屋を立ち去るのは僕を倒してからにしてもらおうじゃないの」
やたら横柄な声がした。三人が同時に声の方を見ると、かなり恰幅の良い中年男が後ろで手を組んで、立っていた。
今までどこにいたんだ、とジョセフは思ったが、もともとこの空間が屋敷の中にあるはずのない場所なのだから、考えるだけ無駄だろう。なんといってもここは敵のハラの中なのだ。
「誰じゃ貴様は」
男の、四角い黒ブチメガネの奥で、細い目が驚くほど冷ややかにジョセフを見た。髪は七三分けだ。
「僕?僕はキョセン・Q・ダービーという名だけどね。君らが倒した二人のダービーの兄だ」
ずん!と承太郎は衝撃を受けた。似てない。全然似てない。年の差はともかくとして、こいつはどこから見ても、東洋人だ。
「言っとくけど僕の母が日本人なんだ。似てなくても僕のせいじゃないよ」
「腹違いの兄だと?弟たちの弔いの戦をしようという…」
「ああ、いいんだ別に。弱い者は負ける。そんなことはアメリカでは常識だ」
そりかえるとおなかのボタンがはじけそうだ。服はかなり上物だ。
「ただ、僕と勝負して勝たなければ、ここは出られないと言ってるだけだよ。ウッシッシ」
「…貴様もDIOに仕えるスタンド使いという訳か」
「まあねー。でも僕は誰かに仕えるってタイプじゃないんだけどね。DIO?まあ、日本の政治家よりは有能みたいだから、ひとつ手を貸そうかって感じかな。さあ、こっちに来て、三人共。タイム・イズ・マネーって、英語の時間に習ったでしょうが。ま、日本の英語の授業なんて、本来の英語力をつけるにはほとんど無意味だけどね。そう思わないジョースターさん」
でっかい態度でどんどん話を進めてゆく。三人は警戒しながらもうんざりし、代表でジョセフが、
「三人共?お前は三人を同時に相手にして勝つつもりなのか?随分となめられたものだ」
男はじろじろとジョセフを眺め、ひどくイヤミな調子で、
「ひとつ聞きたいんだけどね。イギリスでは、麻雀は二人でやるもんなの?」
「麻雀」
「そう。麻雀で僕を倒せばここを出てゆける。ハコテンになったらそいつは文字通りリタイヤだ。さて、最初に離脱するのは誰なのかな」
嬉しそうにまたウッシッシと笑う。
見ると、男が出現した時と同じように、いつの間にどこからなのか、緑色に毛羽立った、あの独特の触感の表面をした「それ」専用の机があらわれて、一同を待っていた。
最初に、正方形の一辺にどすんとついた男に、
「貴様が最初の離脱者だとは、思ってもいないようだな」
「そんなことはありえないからね。太陽が西からのぼる方がまだあり得るってところかな」
「ほお。じゃあ尋ねるが、わしらのうちの誰かが離脱したら、次はどうするんじゃ?」
「仕方ない。サンマーだね。でっかい手が作れるからいいんじゃないの」
「二人になったら?」
承太郎が眉をしかめ、
「じじい!何をいちいち確かめてるんだ」
男はにやにや笑って、
「そう怒りなさんな。おじいさんが心配するのももっともじゃないの。ま、最後の一人になっちゃったら、仕方ない。そこでくたばってる弟の置き土産のTVゲームででも決着をつけるさ。脱衣麻雀しかないのかな?なんなら実際に脱ぎながらやってもらってもいいよ。すっぱだかになったら負けってことでね。まあ男のハダカなんて見ても楽しくないか」
承太郎の目がぎゅっと凶悪になって、
「気にいらねえ野郎だ」
「人に嫌われるのは慣れてるから平気だよ。これでも若い女房もらってウハウハなんだから。たまに掘り出し物のお宝なんか見つけちゃったりフィッシングしたりして悠悠自適ってやつかな。人生は楽しまないと損だよね」
最後の部分にだけは賛同するジョセフだったが、そう口にする気はなかった。
「さあ、早く座って。とっておきの牌を使わせてあげるから。世界にひとつしかない牌だ、いくら値がつくかな。ハウマッチ。おっと違った、今はオープンプライスというのか」
喋り続けながら、黒い、普通の麻雀セットよりひとまわり大きなケースを出して、テーブルに置くと、無造作に開けた。
途端、三人はぞっとした。
ぞっとしてから、自分が何にぞっとしたのだろう、と思う。ただの麻雀牌がきちんと整列しているだけだ。背側はごくありふれた琥珀色、表側は…白い象牙色の字に、黒や赤で、
牌を一個取り、眺めていたジョセフが、思わず投げそうになる。指先から何かが伝わってきた。ほぼ同時に、弟たちの能力を思い出す。
「もしやこの牌は」
「芸がなくて悪いね。この辺の能力も遺伝なんだろうね。ご想像の通りだよ。過去において、僕に負けた連中さ」
ごぐりと喉が鳴る。そうだ、さっきケースを開けて並んでいる牌を見た瞬間、いっせいに見返された気がしたのだった、牌に。それでぞっとしたのだ。
コイン、人形、そして、この男に負けると麻雀牌になる。…
もうあんな経験はゴメンだと、かつてコインにされた老人と、ついさっきまで人形にされていた青年は思った。
そして、どんな経験かは知らないが、したくもない、と二度とも相手を撃退した青年は思った。
「だが、こいつを倒さなければ前に進めないのは、どうやら本当らしい。…他に方法がない。やるか」
「ああ」
祖父に問われ、孫はうなずき、面倒くさそうに椅子を引いた。そこに。
「あのう」
花京院がひどく言いにくそうに、口を開いた。
「なんじゃ?」
「申し訳ないんですが、僕は麻雀を知りません」
ジョセフの目がでっかくなり、承太郎の目が僅かに大きくなり、男はなんだってと叫んでからげらげら笑い出した。
「やかましいぞ。何がおかしいんじゃ」
「だって、この世に、麻雀を知らない男がいるなんて。信じられる?いやはや、なんとも。愉快だね」
そう言いながら、最後は不愉快そうになって舌打ちする。麻雀を知らないなんて、恥ずかしいと思わないのかね、と吐き捨てる身勝手な相手に、
「そういうことなら仕方がないだろう。勝負は無効だ」
ジョセフが怒鳴ったが、男はニベもなく、
「したくないならしなければいい。一生ここからは出られないけどそれでもいいのならね。いやあ僕なら願い下げだね。言っておくけど脱出方法を知ろうとして僕をぶちのめしたって無駄…」
「黙ってろ」
承太郎がぴしりと一蹴する。ジョセフは眉間にしわをよせていたが、顔を上げて、
「花京院、ざっと説明する。とにかく、お前はどかんとあたらないようにだけしていろ。あの男はわしと承太郎でなんとかするから」
と言われても、何がなんだかわからないだろうな、と承太郎は思った。いいか、三枚でワンセットで、同じものが四枚あるから、それから三枚か、そうでなければいち、に、さんという具合に続きで三枚、と一生懸命喋っているジョセフ、熱心に聞き入っている花京院を見比べながら、
俺とじじいはあの男が捨てた牌で上がるしかない。下手にでかい手でツモったりしたら、味方までとばっちりを食う。この戦いは案外難しい、と改めて気づいた。あの男は何でもかんでもあがればいいが、こちらはそうはいかないのだ。
この前戦った弟は、イカサマ大将だった。…こいつはどういうタイプなのか。
さっき戦った弟は、なにやらこちらの心を読んでいた。…こいつはその手の能力があるのか?
とにかく、イカサマだけは何がなんでも見逃すまいと決意したところに、
「大体レクチャーした。役もざっと教えた。花京院なら大丈夫だろう」
男はにやにや笑って、
「僕は男には容赦ないからね。初心者だろうと未成年だろうと徹底的にたたきのめすのでそのつもりで」
花京院は取り合わず、黙って席についた。
「ジョースターさんとお孫さんは隣同士なの?机の下で意見交換や牌交換でもやろうというわけ?汚いなあ」
ジョセフも取り合わず、黙って席についた。
「さてこちらの三人が牌になったら、次はよそに行ってるお仲間とやることになるのかな。しかしおひとかたは犬だそうだね。犬って牌が持てるのかな。第一『ロン』とか『ツモ』って言えないか」
ひとりで笑っている。最後の一人が、やはり何も言わず、席につくと、手を伸ばして、ケースの中の牌を卓上にざらざらと、ぶちまけて、混ぜ始めた。
三人の予想に反して、男はやけにゆっくりゆっくりと牌を混ぜ、かちゃかちゃと音を立てながら、
「さあってっと、キミが親だな。花京院くんといったっけ?」
黙って相手のよく動く口を見た花京院を、黒ブチメガネの奥からじっと見つめて、
『オーソドックスにメンタンピンといきたいところだが、キミをまず葬るつもりだから、キミにふりこんでもらおう。ドラも欲しいところだね、何枚か』
声が、少し不思議な響き方をしたような気がして、花京院ははっと顔を起こした。しかし、別段何かが襲い掛かってくる訳でもなく、数秒のちにあがった肩を落とし、
「僕は、負ける気はない」
「へえ、そう。でも今のうちに負けた時には何と言うか、セリフを考えておいた方がいいよ。そんなヒマもないかな」
それきり顔をそむけた。花京院はもう一言何か言いたいのをこらえた。
ジョセフと承太郎はさすがという手つきで、二連のはしごをつくり、整列させる。花京院はこんな感じでしょうか、と言いながらなんとかやりおおせて、自分の手牌をそろえた。
かちゃ、と男が最後に自分の手牌を整理し、
「勝負が早くつくように、1万点で始めようか。少なすぎるかな…ではどうぞ」
花京院が一枚引く。緊張した顔で、少し考えてから九萬を捨てた。
男が一枚引いた。ちょっと斜めに眺めてから、うふふふ、と気味の悪い笑い方をして、他の牌を選び捨てた。一筒。
「リーチ。…いい響きだなあ。世界一美しい言葉はフランス語だって言うけど、僕はリーチこそが世界一だと思うね」
早すぎるなんてものじゃない。仕込んだのか。しかし、指摘できない。
承太郎が引いて、数秒考えてからツモを切る。五萬。
ジョセフが引いて、うんとうなずいて、白を捨てた。
次だと思い、そして視線に気づいて顔を上げると、男が花京院をじろじろ見ながら、
『次あたり、キミ、僕が欲しい牌を捨ててくれるかもね』
まただ。なんだろう。…洞窟の奥から聞こえてくるような感じだ。どこからかスタンド攻撃が来ないかどうか用心しながら、花京院は山を崩さないように気を付けながら一枚持ってきて、えーと…なるべくなら同じ数字で三つずつ…と口の中でつぶやき、6本の竹が描いてある牌を、捨てた。
「どかーん。大当り」
男が大声で叫ぶ。げたげた笑う。なんだって、とジョセフが怒鳴って立ち上がり、承太郎が眉間にしわをよせて、相手と相手の手牌を睨みつける。
リーチ、一発、タンヤオ、平和、ドラが…
「3枚!?」
ジョセフが悲鳴を上げ、
「敗北を認めるんじゃあない、花京院」
今度も承太郎は怒鳴ったが、本人はきょとんとして右を見、左を見ている。何が起こったのかさっぱりわからないらしい。
しめた、と承太郎は思った。この雰囲気だと自分が負けたことにも気づかないで済むかも知れない…
「男には容赦しないと言ったはずだがね、空条承太郎くん」
男のねちっこい声が笑った。と、
「うわ!」
花京院は悲鳴を上げ、ぼぅんと煙を上げて消滅し、代わりに何かがばらばらと机の上に降った。駆け寄ると、索子の牌が散らばっている。はたから見ているとマジックショーのようで、いっそ笑いそうな光景だったが、勿論承太郎もジョセフも笑ったりはしなかった。
「花京院!」
「本人が気づかなければ負けたこともチャラになるって?そんなグーなルールなら、ツラの皮の厚い奴なら百連勝も夢じゃないね。だが生憎、僕の点棒はそんなふざけた言い草は許さないよ」
ふん。と、かつて花京院だった牌を見下ろして、
「この僕が初めて麻雀をする奴なんか、相手にしてられない。うっとおしいからさっさと片づけたよ」
牌が増えちゃったな、と言いながら、前から加わっていた方の索子を選び出して、ケースの中に戻した。
「次にキミらのどちらかで萬子か、筒子か。ジョースターご一行様でワンセットつくれそうだな」
ウッシッシッシと笑い続ける男を前にして承太郎の拳は固くかたく握られたが、殴ることはかろうじて思いとどまり、下ろす。
ジョセフが低い声で、
「お前を倒せば花京院は元に戻るんだな?さっきの弟と同じように」
「そうだよ。そこんとこのルールも同じだし、あくまで麻雀で僕を倒す、という点も同じだね。つまり君らには無理だってことだね」
「要らねえことを言うな」
承太郎がふたたび一蹴し、席についた。
「座れ。さっさと」
「そう焦らなくてもいいだろ。余計な初心者は排除した。これからはゆっくりと楽しませて欲しいね。名うてのギャンブラーの血筋なんだろう?ジョースターというのは」
二人は返事をせず、かつて花京院だった牌を他の犠牲者の牌と混ぜて、かきまわし始めた。

うつらうつらしていた意識が、ある時ふっと戻った。
僕は…
ふたたび、闇にまぎれてゆきそうな自分自身を、懸命に呼び起こす。
僕は、僕だ。僕は…花京院典明。法皇の緑を操るスタンド使い。
しかし、そう言い聞かせながら自分の顔を触わろうとしたが、手も、顔もない。声を上げようとしたが、喉も口もない。
それどころか、それなのに、
自分がいくつにも別れて、別々に存在しているらしい。一体この僕は花京院の何だ?と思っている、自分が、幾人も幾人もいて…
気が違いそうだ。
落ち着け、と無い頭を振り、無いこめかみを無い指で押さえようとした時、
『次は、チャンタでも狙ってみようかな』
かつて耳にしたあのおかしな響き、そして、
自分が男の手でかきまわされるうち、ひっぱられてゆくのを感じる。物理的に。
目が回る、目なんか無いのに。と、一人の自分が逆立ちしている感覚があった。頭も足もないのに上と下があるのか?と思った瞬間、男の手が自分をつまみあげて、まともな位置に直した。
頭上遥かな位置に、男のてらてら光った顔があって、今分厚い唇を満足げに嘗め回したのが見える。
隣りを見ると…自分がいる。…いや、お互いに、自分の姿をそこに見た。幾人の自分かが、整列している。
気持ち悪い。吐きそうだ。
と、
ジョセフを見ている自分を自覚した。ジョセフもじっと自分を見ている。苦しそうな、焦りを懸命におさえつけた顔だ。
その時。
『ジョースターさん、捨ててよ。僕の当たり牌をさ。いらないんでしょ』
自分がジョセフの手の中にすべりこんだ。『まるで、そうすることが当然のように』。
ジョースターさん、僕を捨てたら駄目です!
何かの力に逆らって叫ぼうとしたが、声にはならず、身動きさえ出来ない。そのまま、鳥の絵の書いてある花京院はかつんと音を立てて緑の絨毯の上仰向けになった。 まるで、そうすることが当然のように…
「ローン!あっはっは」
男の大喜びを、花京院たちはそれぞれの位置で、呆然と聞いていた。
僕は花京院典明だ。
僕は麻雀牌だ。
そして。この男の、能力は。
「なんだなんだジョースターさんたち、がっかりさせないで欲しいね。一度も勝ってないじゃないの。僕がしょぼい手で上がってるからいいようなものの」
いや、わざとだ、とジョセフは屈辱に震えながら思った。この男はわざとちびちび勝っている。面前のみ、中のみ、一盃口のみ、一飜の役ばかりちょぼちょぼ上がってきゃっきゃと喜んでいる。
だが、わしらが一度も勝てない限り、いつかはハダカにされるだろう。なんとかしなければならないのに。
とにかく、配牌が良すぎる。TVゲームの麻雀の、『牌交換カード』でも使ったかのように、何でも揃っているのだ。イカサマに決まっているのに、自分にも、承太郎にもわからない。どうしてだ?
「一方的過ぎてつまらないな。いいでしょう。君たち、あと何千点残ってるの?三千点?四千点?ま、いいや。君らがもし、一度でも。いいかい一度でも、だよ」
イヤミたらしく繰り返す。
「この僕に勝てたら、君らの全面勝利ということにしてあげようじゃないの。どう?ルール改正、嬉しい?」
はらわたは煮えくり返るが、返す言葉が無い。男は二人の顔をかわるがわる覗き込んで、
「んーでも早く勝たないと、ね。次か、次あたり、僕が天和なんて上がっちゃったら、二人揃って麻雀牌だからね。ほらほら、急いで勝たないと」
正直、承太郎にも、どうしたらいいのかわからない。こちらがイカサマをやって牌をしこむでもなんでもして上がらなければならないところまで来ているのだが、それより先に男があがってしまうのだ。
「さあーて、天…まだ早いか。もう一回くらい、お二人一回ずつ削って、それからかな」
男の鼻歌を聞かされながら、くそ、と奥歯をかみしめて、牌を引いた。
六索。花京院が最初にあたった牌だ。そして今は、花京院自身だ。…とんでもない話だ。
男が口を開いた。
『じゃあ空条承太郎くん、一気通貫でもやろうと思うんで、ひとつ、手を借りようかな』
その言葉の力に因って、花京院は承太郎の手の中に滑り込んだ。承太郎は当然のように、それを捨てようとした。
その刹那、
花京院は命の限り訴えた。
承太郎!頼む、気づいてくれ!僕の声を聞いてくれ!承太郎!
びくんと、承太郎が震えたのを、ジョセフも男も気づいた。それぞれの表情で、承太郎の様子を見ている。
承太郎は、
口を開け、何かを思い出しかけたようにふっと目を泳がせ、それからぎゅっと目を閉じ、
捨てよう、としている自分の手を、無理やり開かせた。ぼとり、と六索が机の上に落ちた。それを、もう一度拾い上げ、握り締めると、顔を上げ、男を正面から見据えた。男が顔を歪ませ、
『早く捨てろって。それはキミにはいらないものだ』
しかし承太郎は声に逆らって怒鳴った。
『手前は、花京院に相応しい役で、ぶったおしてやる』
その声が、無い耳に届いた瞬間、花京院の無い体に力が漲った。
自分がいるべき場所へ、在るべき姿へ成るための力だった。目を閉じ、目を開ける。
自分が、整列している。幾人も幾人もいる自分が揃って、承太郎を見上げている。承太郎は満足げにうなずくと、今では青ざめて震え始めた男に、指をつきつけて、
『足りねえぜ。お前が、持ってるんだろ?出せ』
男はいやいやをして、力に逆らおうとしたが、男の手の中にいた、花京院が、その手を滑り降りた。
「あ」
ぼとん。八索が転がった。
「ロン」
指一本で、ばらりと倒して見せる。そこには索子と發しかなかった。
「緑一色だ」
男が立ち上がった。逃げようとしたのか、単に脚がもつれたのか、後ろへ数歩下がってからひっくり返った。
ぼん、と音がして、ジョセフがびっくりして立ち上がる。
雀卓の上に、花京院が座っていた。
目をぱちくりさせて、左右を見渡している、その後ろから、
「いつまで座ってる。さっさと降りろ」
承太郎の声がした。

「つまり、自分が牌にした牌、というのは変か。自分が牌にした人間を操って、自由自在に役をつくったり、捨てさせるのがこいつの力なのか?」
「まあ、その場(本来の、麻雀の場という意味ですが)を支配する能力というところなんでしょうかね。この男の指図には、牌も対戦相手もつい従ってしまうという訳です」
自分が一人しかいないこと、手や足があることを確かめながら、ジョセフに説明している。
「しかし、よくこいつの力に逆らえたな、承太郎」
ん、とほんの少し首をかしげて、
「必死こいて訴えてる六索がいたんでな」
なるほど、とジョセフは笑って、
「何にしても危なかった。ルール改正してもらって助かったというところだな。情けないが」
三人は男を見た。地面にお嬢さん座りをして、はっぱふみふみ、さらに倍、20、18、4、6、10、とかなんとか訳のわからないことをぶつぶつ言っている。
「負けたことがよほどショックだったんじゃな。なんだか哀れをもよおすが」
「何言ってやがる」
肩をそびやかして、
「絶対負けないギャンブルなんざ、ギャンブルじゃねえだろうが」
承太郎は正論を吐いた。

[UP:2002/1/16]


出たぞう、私の悪いクセ。長すぎて笑えない冗談、の仲間入りだ〜
なんでもっとテンポよくちゃっちゃと作れないんでしょうねしょうもない話なのに…今後の課題です。つきあって最後まで読んで下さったかた、すみません。謝ります。
私はゲーセンや家庭用ゲーム機の麻雀しか出来ません。実際にやったら多分フリテン君だろう。


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