きみをスカウト


 西の地平に光の塊が落ち、沈んだ。広大な砂の国に夜が来る。
 日本のものとは全く違う、壮大なパノラマに見入っている花京院の後ろで、がたがたと音がした。振り返ると、この館のあるじが寝室から出てきたところだった。上半身裸で、下半身にはシーツを巻いている。顔はぼーっとしていて、あまり良い目覚めではなかったようだ。ちょっと前かがみに見える。
 花京院が初めて会った時には『わたしの名はDIOだ』と尊大に反り返っていたが、あの時は調子が良かったのだろう。
 「おはようございます。今起きたんですか」
 「そうだ」
 ふーとため息のようなあくびをしてから、またずるずると歩き出したところで、シーツが外れて落ちた。そのままクロゼットの前へ行き中をあさりながら、
 「こう館の中が無秩序ではな」
 独り言を言い、服を引っ張り出して身に付ける。首に生々しい傷跡がぐるりと一周回っていて、見る度に「痛くないのかな」と思う。
 身支度を整えてから、花京院を見て、
 「わたしは出かけてくる」
 「わかりました。行ってらっしゃい」
 相手はうなずくとマントを翻して出ていった。
 ひとり残され、ふと周囲を見渡す。豪奢な造りだが、確かに、館の中はどこもかしこも雑然とし、部屋によってはクモの巣まで張っている。居心地が良いとか、機能的とはお世辞にも言えない。
 「掃除でもしようと思ったけど」
 花京院は時計を見て、少し考え、やがて自分も館を出ようと階下へおりた。
 エントランスに止まり木があるが作りかけだ。先日、DIOが鳥でも留まらせようと思ってな、と言いながら金づちをふるって、自分の手に命中させていた。
 ふーふーと親指に息を吹きかけてから、
 『きみは生き物を飼ったことがあるか』
 『ありません。あなたは?』
 『自分ではないな』
 どういう意味だろうと思ったがあまりしつこく訊く気もなく、
 『あなたは犬でも飼うのかと思いました』
 何の気なしにそう言ったのだが、相手はやけに渋い眉間と口元になり、一回黙ってから、
 『犬にはあまり良い思い出がない』
 口ぶりが本当に苦いものだったので、犬にシリでも噛まれた経験があるのかな?と思い、それこそ訊かれて嬉しい思い出でもないだろうから尋ねなかった。
 館の外に出て、それからるるぶカイロを開き、目的のものを売っている店を探した。
 「よし、こっちだな」
 何度も確かめたし、彼は地図が読めないタイプの人間ではない筈なのだが、気がついたら道に迷っていた。どんどん狭く暗い路地になっていく。どう考えてもこの道ではない。
 「困ったな」
 呟いてから顔を上げた。向こうから人が来る。見るからに現地の格好だ。そして、相手が突然豹変して金を奪おうとしたりするかどうか、こちらから接触をもって良い人間かどうかは、花京院にはなんとなくわかった。
 あの人なら大丈夫だろう。  頭の中で『すぐに使えるアラビア語会話』をめくり、シミュレーションしてからうなずいて、
 「すみません。道をお聞きしたいのですが」
 話し掛けた。相手は男らしい眉を上げて、黒い目と口元に微笑を湛えてから、
 「どこへ行きたいのですか」
 低音ボイスでこちらにわかりやすくゆっくり丁寧に訊いてくれる。やっぱりいい人だった、と安堵しながら、
 「はい、そ…」
 言いかけた時、突然上からカッと光が射した。お互いにびっくりした顔を見合わせてから、同時に光の方向を見た。
 なんだか知らないが屋根の上に腕組みして威張って立っている男がいた。自分の後ろに投光器を置いているらしく、背後から照らされて逆光の中腕組みして反り返っている。
 朗々とした声で、
 「君は、普通の人間にはない、特別な能力を持っているそうだね」
 「………」
 「ひとつ、それをわたしに見せてくれると…おい、そこにいるのは花京院か」
 「そうですが」
 「何故居るのだ」
 「すみません」
 淡々と謝ってから、地元民を見た。怪訝な顔で頭上の男を見上げていたが、やがて顔を花京院に向け、しばらく見つめてから、また見上げた。屋根の上の男は、
 「なんだか変な雰囲気になってしまった」
 ぶつぶつ言いながら照明を消し、仕方なさげに縄ばしごに掴まってもそもそと降りてくる。途中で「ヘブショッ」というくしゃみが聴こえた。地面に降り立って、きまり悪げに男を見て、それからムッとした顔で花京院を睨んだ。
 そんな目で見られても困る、と思いながら黙って見返していると、一回咳をしてからおもむろに、
 「君は普通の人間にはない特別な能力を持っているということだが」
 改めて言い直した。
 「それをわたしに見せてくれると嬉しい。そう、君のスタンドを見せて欲しいのだ」
 「スタンド?」
 発音がきれいだなと花京院は思った。もっとこう、右から左へ読む感じの「スタンド」になると思ったが。
 しかし考えてみたらDIOはべらべらと英語で話しかけていた。全くわけがわからないのではないかと思ったが、相手は理解していたようで、
 「おそらく、わたしはあなたが言っている能力を持っている。だが、そのことを人に知られたことはない筈だ。あなた方は一体何者だ」
 英語で尋ねられた。花京院はお辞儀をして、
 「僕は花京院典明といいます。日本人です」
 「わたしはDIOだ」
 何故威張るのかわからないが名乗りながらまた反っている。そんなのは放っておいて花京院は身を乗り出し目を輝かせ、
 「あなたもスタンド使いなのですか?なんてことだろう。僕は生まれてこのかたこの力を持っている人間に会ったことがなかった。それが先日この人に声を掛けられて、生まれて初めて僕以外のスタンド使いに出会ったんです」
 両手をぐっと握り、
 「それで、今夜はあなたに会った。17年ひとりも居なかったのに、この短期間にもう2人も。ほかにも沢山居るんだろうか」
 男は穏やかに微笑み、
 「居る。沢山な。しかし君がそうしていたように、皆その力を隠している。だからなかなかお互い気づくことがない。事件でも起こらないかぎり。しかし」
 金の腕輪をしている手を持ち上げ、花京院を示し、また自分を指して、
 「まだまだ居る。君はひとりなんかではない」
 「それを聞いて、嬉しいです」
 花京院は眉をしかめた顔で笑い、
 「ずっと僕は一人ぼっちだと思っていたので」
 「君は生まれつきこの力を持っていたのか」
 「はい。あなたは?」
 「わたしもそうだ」
 そう言ってかざした掌の上に、ぼうっと音を立てて炎が生まれ、彼の背後には火焔を纏った鳥が現れた。炎はゆらゆらと揺れてから鎮まった。
 わあと言う叫び声をあげ、
 「すごい。炎を生み出す能力なんですね」
 「そうだ。≪魔術師の赤≫という」
 花京院の頬が赤くなった。グッときたらしい。
 「あの、お願いがあるんですが」
 「何だろう」
 「僕のにも、名前をつけてもらえませんか。ずっと、『あれ』とか『きみ』みたいな言い方しかしてこなかったので」
 彼の背後には緑色に光る蔦で出来た影が立ち上がった。夜の闇の中、きらきらと輝くその光は、とても喜んでいる気持ちを伝えてくるようだった。
 目を細めその輝きを見上げて、
 「わかった。君が心を込めて呼べるような名を贈らせてもらおう」
 「ありがとうございます、あっ失礼しました、聞いていませんでしたね。あなたの名は?」
 「モハメド・アヴドゥルという。以後宜しく頼む、花京院」
 「宜しくお願いします、アヴドゥルさん」
 「おい」
 2人揃って声の方を見ると、威張った姿勢のままほったらかしにされた男が、とんがった靴でその辺を蹴りながら睨みつけてきた。
 その後3人は夜の街を歩きながら、
 「名前なら、わたしがシャイニングメロンという名を付けてやったではないか」
 「悪いけどそれはちょっと遠慮したいんです。それより、出かけてくるってどこに行くのかと思ったらスカウトに行ってたんですか」
 「そういうお前は何をしに来た」
 「これですよ」
 さっき寄った店で買ったホウキやモップを見せて、
 「あなたのお屋敷があまりに汚いので、掃除をしようと思ったんですが、道具すらも無いので」
 「人聞きの悪いことを言うな」
 とは言ったが、(ああそういうことだったのか)と思ったらしく、
 「か。帰ったら品物代は払うから」
 ごにょごにょ言った。
 「君は旅行者なのか」
 「そうです。両親とエジプトへ来ていて。あなたはここの方ですよね」
 「うん。すぐそこで占いの店を出している」
 「占い師さんですか。きっと当たるんでしょうね。そんな気がします」
 「それは、ありがとう」
 微笑みあう2人の間に割って入って、
 「お前たちがこうして知り合えたのもこのDIOのお陰だぞ」
 「ああ、そうですね。ありがとうございます」
 「感謝する」
 「ところでアヴドゥルさん、あなたの親戚にはスタンド使いは居ますか?僕には誰も居なくて」
 「とてもカンの鋭い従姉妹は居るが、ス…スタンド使いではないな」
 「スタンドとは持って生まれたものなんでしょうか。それとも後天的になにかの引鉄によって生まれるものでしょうか」
 「その両方の条件がそろって初めて生まれるものではないかと思うが…それに、まだ乳幼児でスタンド、を操る者も居るらしいし、動物にも居るようだ。やはり生来の素質によるところが大きいのではないか」
 「ふうむ。でもそれに加えて環境も関係があると思うんです、僕は。それでですね」
 「このDIOをないがしろにするなーッ」
 「してません、してません」
 突然わめかれて辟易してから、
 「まだまだ話したいことが沢山あるので、この人の屋敷に来てくれませんか」
 「その汚い屋敷へだな。勿論、行こう。掃除はわたしも手伝う」
 「ありがとうございます」
 「そんなに汚くはないぞ」
 「そうしたら食材をちょっと買っていきましょう。ろくなものがなかったので。人数が増えて嬉しいです」
 「いや、それなりにはあった筈だが」
 「あ、食料の店はあっちですね」


 翌日、DIOはまた用事があると言って出かけていった。
 昨夜掃除の後で話し込んで結局DIOの館に泊まったアヴドゥルと、花京院はまだ熱心に話している。
 (スタンドの話が出来るのが、本当に嬉しいのだな)
 アヴドゥルは相手の情熱を微笑ましく、また少し痛々しくも思いながら、相手をしてやっている。
 これまで自分のスタンドに生命エネルギーを食い尽くされ死んだ者や、誰一人見えない自分の影とのつきあい方を探しあぐねて自死した者、または自分の力におぼれて倫理や道徳から離れ闇へ堕ちていく者など、この力によって不幸になっていった者を見てきた。その度にやるせなくやりきれない思いをしたものだ。
 故に、彼のようにひとり孤独に耐えて今日まで道を踏み外すこともなく、自分の胸の中だけでこの力について熱心に考えを巡らせてきて、そして今それに対する回答や思考を得て目を輝かせている少年の姿は、アヴドゥルにとっても嬉しいものだった。
 「それで、僕がその時思ったのが」
 言いかけて言葉を止め、目をやった。部屋の入り口にDIOがいる。それは別にいいのだが、誰かに肩を貸しながら必死でやってきたところらしい。
 「どうしました」
 「見てわからないか。手を貸せ」
 「はい。…わっ」
 「何を驚いている」
 「あなた、おでこに穴が開いてますよ」
 「ああ、この男にやられたのだ」
 DIOが肩を貸している相手はもうガックリと力が抜けていて、気絶しているようだ。
 「意識がないな」
 「とりあえず介抱してやれ」
 花京院とアヴドゥルはDIOの肩から男を外してソファに横たわらせた。銀髪をおったてた白人だ。筋肉質の身体はかなり鍛えられているが、あちこち傷だらけだ。目を閉じた顔立ちはなかなか整っている。
 「東洋人アラブ人ときて次は白人か。国際派だな」
 「では次は黒人か」
 「別にそういう意図をもってスカウトしているわけではない」
 「あっ、ということはこの人もスタンド使いなんですか?」
 「そうだ」
 「何故頭を刺されたのだ」
 「勧誘の際に、ちょっと逆鱗に触れるようなことを言ってしまったらしい」
 バツの悪い顔と口ぶりで言い、おでこの穴に触ってみている。
 「何を言ったんです。本当にあなたは無神経だから」
 「いや、そんなひどいことを言ったつもりは」
 「無くても、この男にはひどいことだったのだろうな」
 「いや本当に言ってない。言う前の時点だ」
 「いいからどいてください。水で冷やしてやらないと」
 「むう」
 花京院とアヴドゥルが介抱すると、間もなく男は目を開けた。
 「あ、気が付いた」
 一瞬のちにがばと起き上がって身構え、なぜか一同の手の辺りを見てとって、それからフランス語で何事か叫んだ。花京院にはわからなかったが、アヴドゥルがすぐに何か言った。どうやら、「落ち着け」のようなことらしい。
 男はアヴドゥルを見て、それから花京院を見た。花京院は精一杯微笑んでみせた。男はひどく荒んだ、それでいてきれいな青い目をしていた。年の頃は25前というところだろうか。
 男は次にDIOを見て、目を見開き、再び何事か叫ぶと同時に、その肩から銀色の姿がはじけ出した。3人はあっという顔でそれを見た。
 中世の騎士を思わせる、甲冑を纏った戦士の姿をしている。その手には細身の長剣が握られている。光が閃き渡り、男はそのままDIOに飛びかかろうとした。DIOが「はわわわ」のような悲鳴を上げた。
 「待て」
 アヴドゥルが男の肩を掴み、花京院が男の手首を掴んだ。男は叫びながら振り払い、花京院は吹っ飛ばされて転がった。慌てて起き上がる。アヴドゥルは振り払われず、がっちりと両肩をつかんでソファに押さえつけ、大声でなにか言い聞かせた。
 男は目を見開き、アヴドゥルを見る。それからしばらくあって、抵抗をやめた。良かった、と思いながら立ちあがった途端、ガターンと音がして振り向くと、DIOが床にひっくり返っていた。
 「落ち着いたか」
 男がああと答え、それから花京院を見て、
 「すまねえ。ケガはねえか」
 ちょっとクセのある英語で尋ねてきた。首を振って、
 「大丈夫です。どこも」
 ほら、と言って見せた手首が赤くなっていて、慌てて手を隠した。その動きを見て男が苦笑した。さっきより表情が柔らかくなっていて、花京院はほっとした。男は辺りを見渡し、
 「ここはどこだ。お前らは何者だ」
 「ここは…あそこでひっくり返っている男の館だ。我々は」
 「あそこでひっくり返っている人にスカウトされてここに来たのです。あなたと同じですよ」
 花京院は思い切って、
 「実は、あなたが持っている銀色の騎士と同じようなものを、僕らも持っているのです」
 「なんだと?」
 男の目に再び警戒と動揺が浮かんだ。その気持ちの揺れ動きは花京院にもとてもよく理解できるものだった。自分のこの力はそうそう他人に自慢するようなものではない。理解し受け入れてもらえるわけもない。黙って、内側に秘めておくしかないものだ。
 だが、もし理解してもらえたら、この気持ちをわかってもらえたら、どんなにいいだろうと、ずっと思ってもいたのだ。
 「本当です。これが」
 緑の蔦が伸び、男の手に触れた。男が目を見開く。
 「我々の、スタンドだ。そういう名がついているらしい」
 背後から熱を感じ男が振り返ると、炎の鳥がアヴドゥルの上方に浮かんで自分を見降ろしていた。
 男はしばらくの間それらを見比べていたが、やがてぎこちなく笑い、「驚いたぜ」と素直なことを言った。
 本当に落ち着いたらしいと思ったのか、それまでこちらの様子を伺い見ていたDIOが起き上がって近寄ってきて、
 「先ほどは失礼したな」
 威張るのと謝るのとが半々の、つまり上半身は偉そうに腕組みして反っているが、下半身はへっぴり腰という、身体のスジをちがえたアシカみたいな恰好をしている。それを3人はそれぞれの表情で眺めた。
 「もういいぜ。誰にも隠してたことを突然指摘されて驚いただけだ。俺も攻撃しちまって悪かったな」
 「ああ、スタンドのことですか」
 「それもあるが」
 男の声と表情が重くなった。花京院とアヴドゥルはまたDIOを見た。
 「なぜこっちを見るのだ。わたしはただ『君は心に悩みをかかえているようだね』と言っただけだ」
 「そうなんですか?」
 花京院は、あの人もっとひどいこと言ったんじゃないんですか?という意味でそう訊いたのだが、男は違う意味にとったらしく、うなずいて、
 「かかえてるぜ。ひどく重てえものをな。今まで誰にも言わないで来たのに、どうして知ってるんだ?どこで知った」
 声と表情が徐々に険しくなっていく。花京院とアヴドゥルはまたDIOを見た。
 今度ははっきり気まずい顔になって、頬をちょっと掻き、
 「すまん。あの。知らんのだ。大概の人間は悩みを持っているから、そう言えば『あのことを知っているのか』と思ってわたしを特別な存在だと思、いや勿論このDIOは特別な存在だが」
 「なんだ…」
 「なんだ」
 「なんだよ」
 拍子抜けと失望と安堵が入り混じった声が上がり、DIOはむかっとするのとバツが悪いのとで顔がちぐはぐになり、最後は破れかぶれでうるさいと怒鳴った。
 「あの男の変なハッタリはともかくとして」
 アヴドゥルが男の横に立ち、
 「どんなものを抱えているのか訊いてもいいか」
 少し間が空いた。
 男はやがて顔を上げ、アヴドゥルと花京院を見て、
 「今まで誰にも言わないできた。ひとに聞かせるような話ではないし、聞かせてもいいと思う相手も居なかったからな。でも」
 深呼吸をして、
 「お前らには聞かせてもいいかって気になってる。変な話だな。まだ知り合って5分も経ってねえのに」
 「それは関係ないだろう」
 「知り合ってからの長さじゃないと思います」
 男は微笑して、そうだなと言った。
 「その通りだ」
 DIOが威張って言った。3人はちらっと見て、すぐに顔を戻した。
 「このDIOをないがし」
 「妹が殺されたんだ」
 わめいていたDIOも思わず黙った。
 「早いうちに両親を亡くして、俺と妹はお互い支え合って生きてきた。俺にとって自分の命より大切な妹だったんだ」
 男の目の青が薄くなった。
 「その妹を、どこかのクソ野郎が、辱めて殺した」
 その目を閉じ、どのくらいかの時間自分を抑えてから、
 「俺は故郷を出た。そいつを捕らえて殺すために。それからずっとそいつを探し続けている」
 花京院は何も言えなかった。どんな慰めや励ましや労わりも、軽々しく薄っぺらいものにしか思えない。言葉が出ず、唇を変な形にして黙りこくる。と、アヴドゥルが普通の声で尋ねた。
 「犯人の手掛かりは、何かないのか」
 男は目線を下げて、
 「ひとつだけある。そいつは、両手とも右手らしい」
 その奇怪な情報に、花京院は思わず、
 「本当ですか」
 「一緒に襲われて九死に一生を得た妹の友人がそう言った」
 再び黙り、両手とも右手、と口の中でつぶやいてなんとなく自分の左手を開き、裏表と見比べてみた。
 「その日から俺は、初対面のやつは顔より先にまず左手を見るクセがついたぜ」
 声はそんなに悲痛なものではなかったが、逆にもっとつらく、低くひからびて聴こえた。
 何か物音がするので花京院がそっちを見ると、DIOが咳き込みながら視線をさまよわせていた。ちょっと涙目だ。同情して涙ぐんだらしい。その顔をぐいと上げ、
 「安心しろ。わたしが必ずそいつを探し出してやる」
 男は驚いて顔を上げ、ハナをすすっているDIOを見て、数秒後フッと苦笑して、「ありがとうよ」と言った。
 「俺の名はジャン=ピエール・ポルナレフ。宜しくな」
 「わたしはモハメド・アヴドゥルという」
 「僕は花京院典明です」
 「わたしはDIOだ」
 一同はやっぱり最後にDIOを見て、それからまた視線を戻した。
 「このDIOをないがしろにす」


 花京院とアヴドゥルは話しながら館の廊下を歩いている。
 「スタンドというのはやはり精神力の強い人間の方が強いってことになりますよね」
 「単純にそうだろうな」
 「巨大な男よりも幼児の方がスタンド戦においては強い、ってこともあり得ますよね」
 「あり得るな」
 「ところで」
 「うん」
 ギィ、とドアを開けて、
 「増えましたね」
 「増えたな」
 部屋の中には今では随分な人数がひしめきあっていた。DIOがスカウトした人間はもはや両手両足の指を足したくらいになっている。
 「僕は一人ぼっちではないとか喜んでましたけど、一人ぼっちじゃないどころではありませんでした」
 「うむ」
 あっちこっちでケンカをしたり意気投合して笑い合ったりしている。歳も性別もまちまちだ。すみっこの方では猿と鳥と犬がギャーギャー、ギリギリ、アギーとやりあっている。
 「しかしよ」
 ポルナレフが向こうでカウボーイみたいな男と喋りながら、首をかしげて、
 「こんなにスタンド使いを集めて、それでどうしようってんだ?」
 「全くだぜ」
 と言っているところに、DIOが入って来た。おお、DIO様だ、DIO様!と声をかけられ、まんざらでもなさそうだ。
 「皆揃っているか。なかなか壮観だな。皆で遺跡見物にでも出かけるか。夜のピラミッドもまたおつなものだぞ」
 「あのう、DIOさま」
 「お前の『さま』は本気でないのがすぐわかるな。何だ、花京院」
 「そろそろ、僕らを集めた目的を教えて欲しいのですが」
 そう言うとDIOはウッという顔になった。きわめてわかりやすい。顔にもろに出ている。
 「言いたくないことがあるようだなあ、DIOさまよ?」
 「構わんよ。言ってみたまえ。我々で出来ることがあるならしてやろうじゃないか、DIO様」
 「そうじゃそうじゃ」
 「どうぞ、我らを信頼していただきたい」
 「そうよ、DIO様」
 「ウキー」
 「クエックエッ」
 DIOは、すまんな、皆と言いながらほろりと涙をこぼした。周囲からハンカチだのティッシュだのが差し出される。
 ありがたく受け取って涙をふき、ハナもかんでから、
 「皆も知っているようにわたしは吸血鬼で、ずっと昔に棺桶の中に入ってそれ以来長い眠りにつき、最近目覚めた」
 ふんふんとうなずく。
 「わたしという存在が目覚めたことが引き金になって、スタンド能力が発現してしまったご婦人が居る。その人はおっとりして穏やかで、お前たちのようにガサツでなく殺伐とした性格でもないので、スタンドに圧倒されて、寝込んでしまった」
 アヴドゥルやその他にも幾人かがはっきりとうなずいた。思い当たることがあるのだろう。
 「そのご婦人を助けるには、わたしという存在が無くなるしかない。そう結論づけた、ご婦人の父親と息子が、日本からはるばるここまでやってくることになったようだ」
 「それはつまり」
 「DIO様を殺そうと?」
 「そうだ」
 DIOは肩を落として、
 「正直、殺されたくないのでお前らを探して周りに敷き詰めておこうと思っていた」
 「俺たちをボディガードにするつもりだったのか」
 「返り討ちにするんだから、刺客の方が合ってるんじゃないか」
 「でもなあ」
 「そうなのだ」
 DIOはいよいよしょんぼりして、
 「そのご婦人には何の罪もない。明るく健やかな日常を送っていたのが突然背中に草が生えて倒れてしまったのだ。わたしのせいで」
 「いや、DIO様のせいじゃないでしょうが」
 「草って…」
 「しかし、実際わたしがいなくなればそのご婦人は助かるのだろうし」
 「変なことはお考えにならないでくださいDIO様」
 「そうっすよ、きっと何か方法がありますぜ」
 「しかし、実際どうすればいいのやら」
 うーむ、と皆考え込んだ。と、
 「皆さん」
 花京院が声を上げた。皆花京院を見る。
 「もっともっとスタンド使いを探しましょう。ちょっと探しただけでこんなに居るんです。きっと、まだまだ居ます。その中には」
 目が力強く輝いた。
 「スタンドを体から引っこ抜く能力のスタンド使いもきっと居ます。その人にご婦人のスタンドを抜いてもらえばいい」
 おおう、とどよめきが上がった。
 「そうだぜ、ああ。そう思う」
 「よし、皆手分けして探そう」
 うなずきあう。
 「てことで、忙しくなるぞ」
 「遺跡見物は日延べにしましょうや、DIO様」
 「お前たち…」
 DIOはしばしのち再びホロホロと涙をこぼし、またハンカチやティッシュが差し出された。
 「ああそうだ。ちょっとすみません」
 目と鼻を赤くしたDIOがこちらを見て、なんだ、と訊いてきた。
 「僕はちょっと、その日本から来るという2人のところへ言って、こちらの事情を話してみます」
 「ああ」
 皆顔を見合わせ、
 「花京院はここで唯一の日本人だったな。言葉が通じるし、そうしてくれるとありがたい」
 「頼むぞ、花京院」
 「はい。じゃあ、準備して出ます」
 「その前に」
 アヴドゥルは花京院を見て、
 「約束したな。君のスタンドに名を贈ろう。
 人々を正しい方向へ導き、支え、援ける、君はまさしく法皇だ。
 ≪法皇の緑≫。
 どうだろう」
 花京院の頬が赤くなり、破顔して、
 「いいです、…すごく、しっくりきます。まるで本当の名前がやっと今わかったみたいだ。ありがとうございます」
 「喜んでもらえて、わたしも嬉しい」
 「シャイニングメロンより、そちらの方がいいのか」
 DIOがうらめしそうに言う。花京院はにっこり笑って「はい」と言い、DIOはへこんだ。誰かが「わたくしはクリームという名が大好きでございますDIO様!」と裏返った声で叫んでいるのが聴こえた。
 「旅費はあるのか」
 玄関ホールまでついてきたDIOに訊かれ、笑顔で振り返り、
 「大丈夫ですよ。両親も居ますし、御心配なく。でもありがとうございます」
 それから、DIOの後ろに居るポルナレフに、
 「その能力のスタンド使いを探しているうちに、きみの妹の仇も見つかるような気がするんです」
 そう言った。相手の目の光が強くなって、
 「そうだな。…うん、俺もそう思うぜ」
 「ああ。きっと見つかる。わたしもそう思う」
 一緒に来ていたアヴドゥルもそう言って、3人はこっくりとうなずきあった。
 「じゃ、行ってきます」
 「花京院」
 DIOがちょっとホホを染めて、恥ずかしそうに、
 「感謝する。お前をスカウトして良かった」
 「光栄に存じますDIOさま」
 「お前わざと言ってるだろう」
 「わかりますか」
 アヴドゥルとポルナレフが笑い、DIOがチェッというように口をすぼめた。
 外に出て空を仰ぐ。まさか、こんな事情を抱えて日本へ帰ることになるとは、エジプトに着いた時には全く想像もしなかった。
 その、気の毒なご婦人の父親と息子のことを考える。名前と住所は、先ほどDIOから聞いた。
 そして、その2人にもスタンドが発現したらしい。
 「案外、彼らのどちらかにその能力者がいたりして」
 その息子は、自分とほぼ同じ歳らしい。どんな男だろう。どんなスタンドだろうか。
 「自分のスタンドに、なんて名前をつけたんだろうな」
 もし自分みたいに『あれ』だの『きみ』だの呼んでいたら、ここはひとつ自分が名付け親になってあげようか。
 「駄目だな。僕にはあまりそういうセンスがない。シャイニングメロン程度だ。エジプトまで連れて来て、アヴドゥルさんにつけてもらうように言おう」
 大丈夫、きっとうまくいく。そのご婦人もきっと助かる。ポルナレフの仇も見つかる。そして皆で夜のピラミッド見物にいくのだ。
 自分は決して楽天家な性格ではない筈だが、ここ暫くですっかり変わってしまったみたいだ。
 「DIOさまのお陰かな」
 そう声に出して言い、誰に何も言われたわけでもないのに声をあげて笑ってから、中空を見上げ、
 「さあ行こう、法皇の緑」
 張り切って天まで伸びそうな蔦が、彼の声に応えて緑に輝いた。

[UP:2016/03/08]


 「DIOがこんな人だったら」な話でした。
 DIOファンの方申し訳ありません。
 Jガイルだけ欠番でお願いします。


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