『道草』

 「眠くてどうしようもない」
 そんなことをぼやいていた花京院は、電車に乗って座席につくと、早くも舟をこぎ出した。
 がくんとなってはひきつけたように頭を上げて、を繰り返している。隣りに座って呆れたようにそれを見ていた承太郎が、肩をつかんで後ろに引き倒してやった。そこにあった電車の窓ガラスにごきん、と後頭部を結構な強さで打ち付けて、ちょっと痙攣してから、花京院はやっと落ち着いて寝はじめた。
 承太郎は別段どうということもない顔で、左手で文庫本を出し、読み始めた。そこから斜めに十数メートルいったドアの前では、女子高生がかたまって声を上げるのを必死で堪えている。
 みた?みた?今の。
 JOJOが転校生を後ろにもたれさせてやってたわ。あ〜ん優しい〜。
 今日、この電車に乗れてものすごいラッキー。
 ごきんという音は聞かなかったのか、とにかく優しいことにして、女子高生はくねっている。
 本当は、金切り声を上げたいのだ。しかし、そんなことをしたら、承太郎に思いっきり怒鳴られる。それは別にいいのだが、やっと寝たあの美形の転校生が目を覚ましてしまう。その事で承太郎はまた更に怒るだろう。承太郎にそういう怒り方をさせたくはなかった。
 電車は揺れながら、線路の上を順調に進む。車内は、いつになく静かだ。
 時折、ぱらり、とページを繰る音がする。JOJOが、一体どんな本を読むのか、娘らは誰も知らない。知りたいと思わない娘はいないが、そればかりは誰にも無理だ。聞いて、教えて貰えるものではない。
 電車が揺れるのにつれて、花京院の前髪が揺れる。男にしては随分白い顔に、髪がわずかにこぼれている。
 しかし、あの転校生は、本当に美形だ。承太郎とは、全然タイプが違うが。
 本人はあまり嬉しそうではないが、『美貌』という言い方さえ似合う。どういう訳か、転校して来るなりJOJOと奇妙に気が合って、なにかの折りには一緒に居て親しげに喋ったり笑ったり(JOJO相手に談笑とは!)している相手は、男だったので、今までと同じようにJOJOに向かってきゃあきゃあ言い、その傍にいる絶世の美男子にもきゃあきゃあ言えるので、一石二鳥であった(彼が女だったら、娘らはとてもその親しさを許せなかっただろう)。逆に言えば自分ただ一人が彼らの「恋人」になれるとは思っていない訳で、切ないといえば切ない乙女心であった。
 『次は東四番丁』
 アナウンスに顔をちらと上げて、本をポケットにつっこんだ。
 承太郎は隣りでぐーすか寝ている男の肩を掴んでゆさゆさと揺り起こし、
 「花京院」
 ゆらり、と鳶色の灯が、双眸にともる。
 数秒、目の前にあって、自分の顔を見ている相手の像を、瞳に結んでから、はっと目を見開く。
 驚いているらしい相手に、承太郎は微かに苦笑して、低く続ける。
 「次の駅だ」
 花京院は大慌てで自分の顔を手でなすりながら、
 「しゅみませ…す。すみません。いつの間にか、熟睡していた」
 うろたえまくっている。そんな相手を見るのは珍しいのか、承太郎の目に面白がっているような表情が浮かんだ。
 「そんなに困らなくても、口を開けて寝てもいねえし、涎なんぞ垂らしてなかったぜ」
 反射的に口許をぬぐって、
 「それは、まだよかった」
 緩やかにブレーキがかかって、花京院はまだ寝起きではっきりしないのか、つつつーと横に流れてから自分で体を立て直す。
 立ち上がりながら、
 「でもほら、寝ている顔を見ていられるというのは、気恥ずかしいものだから」
 「寝顔てのは、目を閉じてる顔だろう。そうやってるお前の顔なんぞ、何度見たかわからない」
 承太郎はちょっと乱暴にそう言ってから、
 「まあ正確に言うと、気絶してる顔か」
 「殺伐としてるなあ」
 苦笑する。
 ぷしー、っと電車がとまり、ドアが開く。背筋を伸ばしてたっていたら頭がつかえる程の長身を折り曲げて、承太郎が降り、その後を花京院が降りた。
 数秒後、扉が閉まり、電車がひとつ揺れた。その途端、
 きゃーっという絶叫が車内に響き渡った。何事、と思って顔を向ける男たちも、娘らが手を握ってゴムボールのようにぴょんぴょん跳ねて喜んでいるのを見ると、驚き呆れた表情でかたまっている。
 今現在、彼女たちは笑い袋と同レベルの知能まで落ちていた。
 「なんで?なんで?気絶ってなんで?」
 「きっとJOJOが殴ったのよ!」
 「なんでよー!」
 「知らないわよ!」
 うるさいぞ、と誰かがわめいたのを呑みこんで、彼女たちの悲鳴は響き続け、それを乗せた電車は、二人のいる駅からどんどん離れていった。

 濃い灰色の階段を上がりながら、
 「とは言え、もうあの旅が終わっちまえば、そんなこともまず無いがな」
 そうなのだ。それなんだ。
 花京院は不意に気づいた。さっき。承太郎に声で起こされて、目の前に彼の顔があったことに、目覚めたばかりの僕は違和感を感じなかった。今もあの50日の、戦いに明け暮れる旅の途上にあるような錯覚を起こしていたからだ。
 『気がついたか』
 彼がそう言い、僕が『奴はどうした』と尋ねる。そんな会話があとにワンセットでくっついている、日常とだ。
 すぐに、間違いだと気づいた。ここは日本で、電車の中で、僕はうたた寝をしていたのだと、気づいた。
 勿論、そうであって悪い筈がない。もう、眠ったきり目が覚めないかも知れない、なんて懸念はしなくても済む。この電車の行く先に、悪魔の帝王が待ちかまえているなんてこともない。それは何よりなのだ。それでも、
 「あの旅が、まだしみこんでるんだな」
 つい、そうつぶやく。承太郎と目が合って、続きをなんとなくぼんやりと口にした。
 「あの旅は一生のうちの、50日に過ぎないんだが。当分、というかいつまでか、抜けそうもない。
 でも、変な話なんだが、時々懐かしくなる。…いや、そんなことを言ってはいけないが」
 「いけないってこともねえだろう」
 至極あっさりとそう受け止めて、それからちょっと首をかしげると、
 「俺もそうだ」
 至極、あっさりと。そう言ってから、ちら、と花京院を見おろす。
 「君も?」
 「そうだ」
 そっけなくつぶやいて、改札を通った。外はいつの間にか雨が上がっていた。まだ半分眠ったままのようだった頭に、ひやりとした空気が入ってきて、花京院はまばたきをして顔をさすった。
 なんだか、まだ半分寝惚けていて、自分がどういう主旨の話をしているのかはっきりしない。
 「見せたいものがあるから、今日ちょっと寄れ」
 あっさり言いきって、承太郎は先に立ってすたすたと自分の家への道をたどりだした。
 こいつが言いたいことはわかる気がする、と承太郎は思っていた。
 お袋を寝こませ、互いの命を危険にさらしてまで、もう一度あの旅をやらかしたいなんて思ってる訳じゃない。しかし、
 あの50日間は、どんな修学旅行でも、どんな盛り沢山のパックツアーでも、味わえないものがあった。
 砂漠にのぼる、巨大な純白の月を見る体験をこいつやあいつらと共有できたし、静寂の海の上で一晩中星の声を聞いた。例えそれが、砂漠のど真中にセスナが落ち、大海原のど真中で船が沈んだ結果だとしても、
 俺にとってはただ辛い一方の話ではなかった。
 しかしそんな話をして、そうだろう?と言うつもりはなかった。だが、こいつもそうだったらしい。
 普通なら、俺のおふくろのことを気にかけてばかりいた奴だから、あの旅が懐かしいなんては、わざわざ言いやしないだろう。やはりぐうぐう寝ているところを叩き起こされて寝惚けたのかも知れない。
 承太郎はなんとなく微笑した。

 ガラ、と扉を開ける、か開けないかのうちに、パタパタというスリッパの音が駆けて来て、
 「きゃー、お帰りなさい、承太郎っ」
 歳よりかなり若く見える、栗色の髪の女性が、承太郎の首ったまにぎゅっとしがみついて、頬っぺたにチュッとキスする。
 こんな暴挙に出られるのは、世界広しと言えども、空条ホリィさんだけだろうな、と花京院は思った。
 「うざってえな、いちいち抱きつくんじゃねー」
 か細い母親を邪険に払いのける息子に、相変わらずにこにこ微笑み、それから傍の青年に気づく。
 「あら、まあ、花京院さん、よくおいで下さったわね。さあ、どうぞどうぞ」
 朗らかに、満面の笑が咲き零れる。バラではない、柔らかで温かい、そして同時に華やかさもある、何の花だろう。僕は花の名にそれ程詳しくない。
 「お邪魔します」
 ぺこ。一礼して靴をぬぐ。
 「邪魔なんてとんでもないわ。花京院さんならいつでも大歓迎。ふふふ、何だか不思議ねえ、承太郎?あなたがお友達を連れて学校から帰ってくるなんて」
 「何バカなこと言ってやがる」
 「あら。バカなことじゃないわ。花京院さんはあなたのお友達でしょ」
 ホリィは楽しげに、
 「友達どころか、この子ったら、ぶっとばしたりぶちのめしたりする相手以外、口もきいてないんじゃないかって思ってたのよ。心配したわ」
 ぷっ、と花京院が吹き出した。無言で、後ろを向いて、口をおさえている。それを、承太郎は面白くもなさそうに見てから、
 「余計なことをべらべら言ってないで、ひっこめ」
 「はいはい。紅茶がいい、コーヒーがいい?ホット、オアアイス…」
 「何でもいい」
 くすくす笑いながら、ホリィは、はいはいちょっと待っていてね、と言って軽やかに台所へ行った。
 「いつまで笑ってやがる」
 「すみません」
 そう言って少し黙った後、
 「ああいう言い方も出来るんだな。なるほど」
 「やかましい」
 腹立たしげに言うが、それ程怒っている訳ではないのは、わかっている。
 「ホリィさんを手伝って来ますよ」
 笑いながら、勝手知ったる承太郎の家の、勝手へ姿を消した。
 のれんをひょいとくぐって、
 「手伝います、ホリィさん」
 「ありがとう。…あら」
 気軽に言ってから、振り返って、ダイニングテーブルの向こうから、彼女は困惑して笑い、
 「普通はお客様はお部屋でくつろいでいただくものよね。御免なさいね。来てくださるといつもこうよね」
 「そんなこと気にしないで下さい。あ…僕の方こそ図々しかったですか?」
 「何をおっしゃるの」
 ホリィは怒ってみせて、腰に手を当てる。すみません、と謝る相手に、これこれ、と取り出したのは、
 「とても美味しい紅茶をいただいたの。アヴドゥルさんからよ。それにするわね」
 複雑な模様の刻まれた缶だ。とても美しい。
 「そう言えば、アヴドゥルさんは紅茶をいれるのが上手でしたっけ」
 「そうなのよ。コツがあるのね。伝授していただいたんだけど、やっぱりあの方のようにはいかないわ」
 アヴドゥルについて、ホリィが一生懸命、汗をかきながら紅茶のいれ方を習っている所を想像して、花京院は微笑んだ。
 「何回もいれれば、そのうち上達すると思います」
 「あら。アヴドゥルさんと同じことをおっしゃるのね」
 笑いながら、皿にハンドメイドクッキーやら草加せんべいやらを熱心に盛り上げては崩して焦っている姿を見て、花京院は言った。
 「ホリィさん」
 「なあに、花京院さん」
 「僕も、実のところ同級の友人というものは、いなかったのです」
 ややあって、ホリィは顔を上げた。
 「御存じでしたね。僕は生まれついてのスタンド使いで、承太郎に出会うまではこの世に自分ひとりだと思っていました」
 正確には、DIOと会うまで、なのだがそこまで正確を期す必要はないことにする。
 「そこで割り切って、自分はどうやらエスパーのようだけれども、世を忍ぶ仮の姿の間は、その世界での知人友人をつくって楽しくやればいい、と思えればよかったのでしょうが、生憎僕には出来なかったので」
 暗い話なのだろうが、落ち着いた穏やかな明るい声で淡々と話すから、もう彼の中では決着のついた話なのだろうなとわかる。ホリィは、少しだけ悲しげに微笑んで、うなずいた。
 「承太郎たちに会えなければ、僕はいつまでも自分で自分に『部外者』のタグをぶら下げたような生き方をしていただろうと思います。情ない話ですが」
 「いいえ、そんなことはないわ。あなたの孤独は、あなたと同じ状況に置かれた人でなければわからないわ」
 やけにきっぱり否定してくれる。
 「有難う。それで…何がいいたいのかというと、僕にとってこそ承太郎はかけがえのない大切な友人なのだと、あなたに言いたい訳です」
 翻訳調になってしまい、笑う。
 「あなたにそんな風にいってもらえる承太郎は幸せだわ」
 ホリィは静かだが、心のこもった口調で、
 「これからも、いつまでもあの子の、友人でいてやってね」
 「喜んで。それから、もう一つ」
 「何かしら」
 花京院は少し、困って、
 「普通、友人のお母さんのことは、おばさんと呼ぶのでしょうね」
 きょとんとして、自分より上にある端整な顔を見上げる。
 「でも、僕にとってはあなたはホリィさんなので、このままでよろしいでしょうか」
 「あら、あら、まあ」
 ホリィが顔を真赤にして、そんな頬をおさえ、
 「別に照れる必要はないのにね。でも照れるわ。花京院さんたら、そんな事を気にしてらっしゃったの」
 「息子の友人にあなたと言われたり、名前にさんづけで呼ばれることに、違和感はないですか?」
 ピー、と言って湯が沸いた。
 慌てて持ち上げようとして、あっついと叫んで手を離した。やかんが倒れる前にす早く元に戻し、彼女の手を取って水の下へ持っていく。
 「大丈夫ですか」
 「御免なさい。でも花京院さんが急に変なことおっしゃるからよ」
 「すみません」
 謝りながら、穏やかに微笑んでいる。その、歳に似合わない落ち着きに、ホリィはちょっと悪戯っぽく、
 「あなたは、とても紳士で、大人ね。日本の男性には珍しいわ。それにとてもハンサムだし。そんなあなたに名前で呼んでもらえた方が、おばさん、よりはずっとずっと嬉しいわ」
 はにかんで、鼻の頭にしわをよせて笑うと、とても高校生の息子がいるようには見えないな、と思った。やはりどこかしら少女のようなひとだ。
 「わかりました。ではこれからは気兼ねなく、そう呼びます、ホリィさん」
 「はい」
 流しで手を取りあって、にっこり笑いあっている二人の後ろから、
 「台所の隅で、なに危しげなことやってやがる」
 不機嫌な声がした。承太郎が、Tシャツに学生服の下、という格好で、灰皿を手に入って来た。
 「いやねえ。そんなんじゃないわ」
 そんな事を言って、ホリィはけたけたと笑った。
 「ふん」
 言い捨てて、承太郎はぐいとやかんを持ち上げ、二つ並べて置いてあるティカップに注いだ。
 ホリィが慌ててティポットを出して、蓋をつまみあげ、
 「これもお願い。温めるから」
 無言で、それにも湯を入れてやる。
 二人で、そうやっている承太郎の姿を見守って、それに気づいて目を合わせる。それからまたにこ、と笑い合う。
 「暇だな、おまえらは」
 憎まれ口をきいて、灰皿の中をがん、と捨てると、肩をそびやかしてどすどす帰っていった。


   『月の砂漠』

 いい加減皆くたびれている。そのことをわざわざ口にする人間はいないが、全員、目に見えて疲労困憊だ。
 当たり前だ。三日とあけずに、新たな刺客がやって来るのだから。しかも、正面からお命頂戴とばかりに襲いかかってくるのならともかく、いつの間にかしのびやかに敵の手が喉にまわっているのだ。気づいたら絶体絶命という状況も、何度あったかわからない。
 常人であればとっくに発狂するか、堪えきれず逃げ出すしかない恐怖の中で、しかし彼らは必死に堪え続けていた。
 灯が、揺れながら皆の顔を照らしている。花京院はふと、目を上げて、他のメンバーの顔を見た。

 年齢よりずっと若く見えるのは、あくなき探求心と子供っぽくさえ見える好奇心のためだ。目をキラキラさせて新たな謎に立ち向かってゆく姿は、本当に子供のままだ。同時に、幾多の困難を乗り越えてきた人の持つ柔軟さと、生まれついて持っている優しさが、この人をとても頼り甲斐のある存在にしている。

 本当はとても気のまわる、細かい所に気のつく人なのだけれど、それをいかにも俺は気をまわしているのだと言わんばかりにぶら下げていないため、何事にも無頓着のように見える。いつも静かで無口だけれど、火のスタンドはそのままこの人の情熱なんだろう。それはなんとなくわかる。

 陽気で派手でややうるさくて、多少自分勝手でかなり一人よがりだ。むかつくこともあるけれど、誰よりも人の思いやりには敏感なのだ。僕などより遥かに、本当の哀しみを知っている。ただ明るく馬鹿騒ぎをしているのじゃない。僕が思っているより、ずっとこの男は大人だ。

 本当に僕と同じ歳だろうか?重厚で逞しい歴戦の勇者のような重みを、広い背と厚い胸に蓄えて、どんな苦難であろうと決して屈することのない意志の光を、美しい碧の双貌に輝かせている。その力で、本来なら打ち倒される筈の僕を、彼は救ってくれた。だから僕は、今ここにいることが出来るのだ。

 皆、とても魅力のある人間たちだ。いまここでくたびれている顔を見ただけで、それがわかる。個性的で、力強く、優しい。
 僕は、ここにいることができて良かった。
 口の中でそう言葉にして、花京院はほんのすこし微笑んだ。何故か、涙ぐむような気持ちがわきおこってきて、天を仰いだ。
 「わあ」
 思わず声が出た。皆、何だろうという顔をして彼を見る。それから、彼が見ているものへ目を向けた。
 天空にかかる、純白の真円。おのれを鏡にして映す、夜の太陽だ。
 辺りは砂の海、夜の底だった。
 「見事じゃな」
 「そうですね」
 二人が呟き、一人は拗ねたような口をして、ちょっと口笛を吹く。後の一人は、黙って見続けている。
 花京院は黙って立って、少し先の丘の上へ上がっていった。そこには砂漠に咲く石の花が、すっきりと咲いていた。
 そこから、もう一度天を見上げる。その横顔を皆は見て、

 綺麗な顔をしている。心の潔癖さが、そのまま輪郭になり、視線のかたちになったかのような。水のない地でも咲く花のように、彼は胸の奥に水を汲み上げる井戸を持っているのだろう。

 砂漠を渡る風が、彼の髪を流した。
 ふと、人の気配を感じて、花京院が振り返ると、いつの間に来たのか彼と同じ服を着た、抜きん出て背の高い男が立っていた。目が合って、花京院がにこりとした。相手もうなずいて、揃って空を仰いだ。
 月が、誰に見られることも意識しない美しさで、天にかかっている。
 数秒たってか、数分たってか、とにかく胸の底まで月の光を満たした後、
 「きれいだな」
 ぽつりと漏らした。
 少しあって、それを受ける。
 「単なる日光の反射だろうに、どこが違うんだろうな」
 「月光浴は、精神を鍛えるそうだよ」
 「ルナティックってのもあるが」
 ふと笑って、
 「あんまり綺麗過ぎて、いかれてしまうんでしょう」
 なるほど。
 「奴もその口か」
 「月は死者の国だそうだし、奴は月の王だな」
 冷たく透き通った、どこまでも美しくしんしんと降り続ける月光を浴びて、二人は暫し悪魔王のことを考えた。
 ふと、ガラスを重ねてつくったような花に触れて、
 「これが本当の月下氷人ですね」
 「誰との仲を取り持ってくれるんだ。奴とか?」
 「それだけは、勘弁願いたいね」
 苦笑する。
 全くわからない言葉をつづっている二人の声が途切れがちに聞こえてくる。振り返って、
 「日本語なのか、あれ」
 エジプト人が、呆れたような声で、
 「そりゃそうだろう。二人だけで会話する時までわざわざ外国語は使うまい」
 長身の男の、祖父に当たる男が、ちょっと笑ってから、
 「そうじゃな。日本語だ。わしもそれほど知っている訳ではないが」
 「二人で、呪文となえてるみてぇに聞こえるぜ」
 また、拗ねたように唇を尖らす男に、二人は、ははと笑った。

[UP:2004/02/06]

 なんだろうな。とにかく「二人が会話する話」を書こうと思ったんですが。
 今まで何度となく言ってることを改めて言ってるような話になりました。
 とにかく、私は砂地に立って月を観ている彼らが好きなんですね(笑)

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