花京院典明はものごころついた頃から、すぐ隣にものいわぬ緑色の影をもっていた。
人の形をしているが、花京院の意思ひとつで縄を解くようにほぐれ、延び、何かに潜んで驚くほど遠くまで行けて、花京院はそこにあるものの情報を手に取るように知ることが出来る。手の部位からは、力が凝縮されて宝石のように輝いている弾丸を発射することが出来、さながら拳銃やライフルで撃ったのと同じかそれ以上の破壊をもたらす。
この影は、どうやら自分以外の誰一人持っていないこと、そして誰にも影が見えないことを思い知って、どのくらいか経った。
「どう考えても」
花京院は橋の上から流れる川面を眺めながら独り言を言った。冷たい二月の風が吹いて、彼の華奢な首に巻かれたマフラーと、やや長い髪がひるがえった。
「将来的にこの力を有効に使おうとすると、優れた犯罪者への方向ばかりがひらけている」
彼はまだ小学生だったが、頭や胸の中は随分と年かさであった。もともと知能が高かったためもあるが、やはりそんな能力をもっているが故に、普通の子供が思いもつかないようなものごとの側面や裏側を見てきたためであった。
世の中は偽善と虚偽に満ちている。きれいな絵が描かれている立派な看板の裏には、表沙汰に出来ない事情が書きなぐられている。そのことを彼はこの歳で既に知ってしまった。
サンタさんが実在するかどうかで議論を戦わせている学友たちに、彼の寂寥を打ち明ける気にはなれないし、ましてや心からの友情を結ぶことはできず、彼はしのびやかに、そして当然のごとく、周囲から孤立していった。
「成人したら僕は優れた犯罪者になるべきだろうか」
どこからも答えはない。
そうでないならこの力を有効に使うなどとは考えず、何も知らない顔で暮らすか。数十匹のネコに組み付かれ手が放せない状態で離れた場所にあるネコじゃらしを操作したい時に使うくらいで。
「そうだな、掃除の時は半分の時間で済む」
今気づいてそう呟いたが、それで心が晴れて明るい笑顔になるわけでもない。
もうすぐ卒業だ。文集にはおのおの、将来の夢や希望だのを書かねばならない。いや、10年後の自分へのメッセージだった気がする。
まさか、「犯罪者でも凡人でも、その時点での自分が納得出来ていることを願う」なんて書くわけにもいかない。医者だの弁護士だの社長だの、ままごとの役割の延長みたいな肩書きを書いてお茶を濁すしかないだろう。
「お茶を濁す」という言い回しの意味を知ったのは最近だったが、思えば自分はずっとお茶を濁し続けて日々を送っているようなものだ。
ちょっと子供っぽく足元の石を蹴った。石は宙に飛び出し、川へ向かって落ちていった。着水する寸前で彼はその石を、遙か遠くまで行ける第二の手で掴み、戻ってきて、さっきと同じ場所に置いた。
それから帰路についた。
その小学校を卒業し、中学校も出て、高校に上がってからだった。
花京院はエジプトに来ていた。単なる家族旅行の筈だったのだが、今彼はひとりでとある部屋にいた。ホテルではない。両親も居ない。
ここがどこなのか、花京院はわからなかった。
石造りの巨大な館の一室は、なぜか窓がひとつもない。いや、あるのだが、全て封印されている。昼なのに真っ暗だ。テーブル上のランプの光でお互いの姿が見える。向かい合って座り、
「君の気持ちはよくわかる。世界に一人きりだと思っていたんだろう?違う。わたしがいる」
男らしいタイプの声ではない。やや中性的かも知れない。だがそういったこととは別に、奇妙な響き方をする声だ。
言い終えて、微笑みかけてくる年上の外国人を、花京院は黙って見つめた。
「なぜ黙っている。わたしが怖いのか?怖がることはない」
更に笑顔になると、口元からやけに巨大な八重歯が見えた。目は血のように、落日のように赤い。
相手を見つめたまま、静かに、
「怖がるなと言われても無理です」
平坦な声で言った。
「なぜだ?わたしは君と出会ってから一度も君を脅したりしていないが」
相手の声は笑っているが、花京院は何を言ってるかというようなことをつぶやき、
「あなたは多分、殺人鬼やテロリストなどより遙かに恐ろしい存在だ。そのくらいはわかります」
「ほう」
―――しかし。
で、あるのに、
この男の声を聞いていると、心が安らぐ。こんな安らいだ気持ちになったことは、今まで一度もなかった。そうだ、緑の影を持っているのが自分だけだと自覚した日から、この世に自分はたった一人だと思い知った日から。
『違う。わたしがいる』
その言葉にうなずきたくなる。
自分の力はこの男のために使うのが正解と思えてくる。この男のためなら誰かを殺すことさえ出来る気がしてくる。
いや、と首を振って、
「この男のために、誰かを殺すことくらい、どうってことない気がしてくる」
声に出して言い直し、
「僕はこういう滅私タイプではないと思っていたのだが。気持ちが悪い」
ついでにそう付け加えた。
相手は苦笑し、
「君は妙な男だな」
「なぜですか」
「わたしが恐ろしい存在だとわかっていて、同時に私に魅力を感じていて、その上でやけに淡々と怖がり、魅了されている」
さらに苦笑した。瞳から赤い光がこぼれた。
「ニッポン人は実年齢より遙かに幼いと聞いたことがあるが、君は真逆だ。そんなものではない。まるで深山の仙人のようだ」
「仙人のように悟ってはいません。多分、頭が真っ白というだけでしょう」
「そうか」
別に納得はしていないようだが、男はとりあえずそう言って、手を組み、面白そうに花京院の顔をつくづくと眺め、
「君は自分の状況を完全に客観視できる聡明さと強靱さを持ち合わせているようだ。名をなんといったかな?」
「花京院典明です」
「ふむ。カキョーイン」
相手の口が自分の名を告げているのを聞いた瞬間、相手から自分への命令を欲しがる願望が、腹の底からずわりとこみあげてくるのをおぼえた。
それは至極当然のことのような気がして、しかしまた同時に一体全体僕はどうしてしまったのだ?と自分を冷笑している自分もいる。
奥歯をかみしめてじっと座っている花京院に向かって、右手を伸ばし、
「本来ならこの辺で、君の」
人差し指を立て、腕を伸ばしてきて、髪の生え際に触れる。花京院はビクリと震えた。
「このあたりに、とあるものを植えるのだが」
花京院の目が僅かに大きくなった。その目に微笑みかけ、
「そうしてしまえば、君は今抱えているような逡巡や、迷いの一切を持たなくなり、喜んでわたしのために働こうという気持ちになる。
そうしてしまうのが一番簡単なのはわかっているのだが」
フフと笑い、
「しかし今の君を失ってしまうのは惜しい気もする」
相手は額から指を離すと、その指で花京院のピアスに触れ、
「これまでの君の全てを捨てて、わたしのために力を貸して欲しい。
君の意思で、その道を選んでくれないか」
そのあと声を出さず笑ってから、
「わたしがこんな気まぐれを起こすのは初めてだ」
光栄に存じます、と言わなければいけないのだろうか、と心の片隅で思いながら、声も出ず体も動かない。ただ凍り付いたようにかたまっている。
ランプの光に揺れる瞳が悠然と微笑を湛えているのを、花京院は途方に暮れた無表情で、ただ見返した。
威厳に満ちた目は、決して慈愛や慈悲など映してはいない。あなたのために命を捧げますと誓った相手を、不必要になればおそらく紙屑のように捨てるだろう。
たとえそうでも、この男は、自分のような存在にとっての主だ、と胸の奥が納得する。違うだろう、そんなふうに自分を捧げて生きるなんておかしいという否定の声は弱々しく、すぐそこから自分を見ている赤い目の魔力の前では、何ら根拠も説得力もなかった。
口を開く。相手が興味深そうに首を傾げた。それにつられるように、
「僕はあなたのために力を尽くします」
しかし花京院はなんだか、諦めたような口調で言い、それきり黙ってうつむいた。踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまい、既に足に太く長い蔓がしっかりと絡まっているのを見ているような後悔が、ひえびえと胸にしみこんでいく。ならば、やめればよかったではないか?
だが、何故か、自分にはこうするしかないと思う。思ってしまった。そしてもう、僕は今までの、全てが演技のような生活には戻れない。ただの人間として生きる、父母の子であり平凡な高校生である生活は、もはや戻ることができない。
僕にはもう戻るところはないのだ。
ため息も出ない程途方に暮れている相手に、男は苦笑してから、
「君の決心を嬉しく思う。ありがとうカキョーイン。
言っていなかったな。わたしの名はDIOだ」
DIO、と花京院の胸が小さく復唱した。
それが、僕が仕える王の名前らしい。
「それからもう一つ。君のその力は」
くちびるが再びニィと大きく笑った。
「幽波紋という」
スタンド
呆然とつぶやいた。そうか。そうなのか。
なんだか、ずっとずっと昔から疑問だったことの解答が唐突に与えられた解放感とあてどなさを抱えて、またその呼び名を呟いた。
「ところで…
わたしを殺すために遠方からここを目指してくるであろう人間どもがいる。その中のひとりは君と同じ日本人だ」
目を上げてDIOを見た。
「君とは歳もほぼ同じだな。つい先日からこの能力を得た男だ。能力を最大限に活かして使うことに関しては君の方が遙かにベテランだ。敵にもなるまい」
「その、日本人の男を、」
花京院は一回言葉を止めて、逡巡し、覚悟を決めてから、
「…殺してこいと言うんですか」
そうだと言われたら僕はわかりましたと言って、この椅子を立ち、部屋を出て、そして殺しに行かなければならない。僕と同じ歳格好の日本人とやらを。僕がさっき選んだのはそういう道だ。
金属の味がするその覚悟を、舌の上で味わいながらじっと座っている顔をDIOはまた面白そうに眺め、
「わたしは聡い人間は好きだ」
そうだ、という意味のことを言った。
それから花京院はDIOの館から出て、数歩あゆみ、呆然と振り返った。ひっそりとその館は建っていた。自分が今までこの中で見聞きしていたことが全て夢だったような気がしたが、むろん、そうではないことはわかっていた。
夢などではない、現実だ。この館に入る前と後では、自分の全てが変わってしまったのだ。さながら、吸血鬼に血を吸われ、自分も吸血鬼になってしまったように。
しかし。
視線を動かす。館の背後には太陽の輝く空があった。
(今、あの男はこの館を出てこられない)
ならば、このまましらばくれてしまえば、それで自分は助かるのではないのか?何事もなかった顔で日本に帰れば、もう二度とあの男に会うこともない。
少しの間、花京院はその場に佇んでいたが、やがて背を向けて父母の居るホテルへ向かった。
それはできない。
なぜか?
本人が追って来なくても他の配下が追ってきて制裁を加えるだろうから、ということはある。だがそれだけではない。
あの暗闇の中で思い知ったことだ、
もはや、大道具のセットみたいな看板に囲われた中で『平凡な一般人』と書かれた札を首から吊して演技しているような生活には戻れない。
僕は、
幽波紋使いだ。
そう言葉にすると、今までずっと頼りない幽霊のようだった自分が、ようやく実体を持って地に降り立った気がした。
うなずく。そのまま歩み続けた。
日本に帰国して、花京院は事情をつくり転校した。その先の学校にはDIOの敵となる男が在籍している。
名は空条承太郎。195cmの長身、聞けばとんでもない不良で、教師だろうと警察だろうと平気でぶちのめすような男らしい。
そんな乱暴で浅はかな男が、幽波紋能力を手に入れたら、ますますつけあがり好き勝手暴れるようになるだけのことだろう。
(そう心から思えれば、僕が殺人に手を染める踏ん切りがつくのだろうか)
重く冷たい胸を抱えて見知らぬ街を歩いている。駅前が近くなるにつれ、歩道の両側に無断駐輪をしている自転車が増えてきて、歩きにくくなってきた。
道の向こうから白杖を突いてやってくる老人が居た。点字ブロックの上をまっすぐによちよち歩いてくる。乱立する自転車のせいですれ違うのが難しいくらいの幅しかないので、花京院は手前で立ち止まり、老人がくるのを待った。
それまで道の端でだらしなく座りたばこを吸っていた数人の不良の一人が、急に一台の自転車を点字ブロックの上に持っていって置いた。花京院はあっと思ったが老人はなにも気づかず歩いていて、もう自転車は目の前だ。不良は皆声をひそめて笑いながら見ている。
ここからではもう間に合わない。
『………!』
花京院はぎゅっと口を結んで、緑の影を足下に延ばした。ヒュィィン、というような耳に聞こえない音を立てて、影は地をすべり今まさにぶつかりそうになっている老人と自転車のところへ行き、自転車を持ち上げ不良めがけてぶん投げた。
ぎゃあっという悲鳴、激しい物音に老人はびっくりして立ち止まり、見えない目を自分の左方向へ向けたが、
「こっちへ」
暗闇の向こうから落ち着いた青年の声がして、自分の腕を取ると、ゆっくり導いてくれた。しばらく後、
「あとはもう自転車はありません」
「ああ、どうもありがとう」
「いいえ」
すっと手が離れていった。
杖を突いて歩いてゆく老人の背を見送り、振り向くと不良の面々が不審げな表情でこっちを見ていた。手前の連中もあちこちに擦り傷を作っているし、自転車を置いた人間は向こうの方で鼻血を押さえている。それらを見て思わずプッと笑ってしまった。
別に、自転車をぶん投げたのが花京院だと理解しているわけではないようだが、その笑いだけで激昂するには十分だったようだ。「おいてめえ、なに笑ってんだ」「ふざけんな」等々わめきながら花京院の腕をつかみ、小突きまわした。
「おい。何がおかしい」
「僕は別に」
呟いたところで「笑ってんじゃねえつってっだろ」と怒鳴られ、殴られた。続いて腹を蹴られたが、これは既に緑の影を学制服の下に潜ませ、ガードしているのでさほどのダメージはない。
ガス、ドカ、という音を聞きながら歯を食いしばり、一連の流れが終わるのを待った。しかし、流れは思いも寄らない形で終わることになった。
「こいつのサイフ取れ」
「ああ」
誰かの手が花京院の内ポケットを探ろうとした。その手を誰かがぐっと掴み、
「何しやがっ、いだだだだだ」
一気に捻り上げた。皆ぎょっとしてそっちを見、そして悲鳴のような大声を上げた。
そこには、長い長い学ランをものともしない見上げるような長躯と、驚くほど端整な顔立ちをした大男が居た。
すっと手を離し、次の瞬間拳は不良の顔にめりこみ、相手はすっとんでいった。
「おい、JOJOだ」
誰かが叫び、2秒後、一目散に逃げ出す者と(こちらが大部分だったが)やぶれかぶれにつっかかってくる者に別れた。
ビニール傘を振り上げて殴りかかってくる。長身の男はちびっこ大相撲の巡業でやってきた力士よりもそっけなく相手の攻撃をいなすと、ハエでも払うように腕を振り、相手を元居た場所へぶっとばした。
それから、ぼうっとして見ている花京院に向き直り、近寄ると、
「ケガはどうだ」
見かけ通りの、低く深い声が尋ねる。仰天したまま上を見上げている花京院の目に、太く男らしい眉と、ひどく静かな碧色の瞳が映っていた。
まだなんだか上の空で、
「かすり傷だ。大した事は」
「そうか」
やりとりしながら、脳裏に、
(195cmの長身)
(教師だろうと警官だろうとぶちのめす不良)
『おい、JOJOだ』
ジョジョ。じょじょ?確かターゲットの名は、空条承太郎。くうじょう、じょうたろう…
「まさか」
思わずつぶやいた。顔色がなくなっているのがわかる。
そんな花京院を、相手は何故かやたらとじろじろ眺めている。困っているような、興味深いような、不思議な表情だった。最後に、僅かに苦笑するように口元をゆがめた。
花京院は笑うどころではなかった。
多分こいつだ。
なんでまた、こんな形で出会ってしまったのだ。
錯乱しながらも、なんとか取り繕おうと、
「た。助かった。どうもありがとう」
必死でそういうと、じゃあこれでと付け加えて立ち去ろうとしたが、その前に、
「おまえ、幽波紋使いか?」
今度こそ雷に打たれたようなショックで口もきけなくなり、ただ突っ立って相手を見つめた。何のことだ、ととぼけるべきなのかもしれないが、とっさにリアクションがとれない。
数秒あってからようやく声が出たが、
「なぜ」
がやっとだった。
「後ろから見ていた。おまえが幽波紋で、目の見えない
じじいを助けてやっていたのをな」
そうか。
幽波紋使いには、幽波紋が見えるのだった。
今まで、自分の影が見える人間に会ったことがなかった花京院は、そのことが実感されるのに少し時間がかかった。
「それから、不良どもに殴られながら、自分をガードしていたな」
幽波紋で攻撃すれば、誰にも気づかれず相手にダメージを与えられる。殺すことすらできる。
それは少し前から自分に宿った青い影の力を思えば、容易に想像できる事だった。
(しかし、こいつはただ自分の防御だけに使っていた)
唇から血を流して殴られながらひどく冷静な、落ち着いた横顔をしていたのが、今も脳裏に残っている。
今までに何度も、こういう目に遭ってきたのがわかる。周り中にいるバカども、バカのくせにでかい顔をしでかい声で騒ぎちらし絡んでくるバカ連中に、愛想を尽かしながらも、
決して、一方的に処分してしまっていいと割り切ってはいない。
(あの顔を見た時、俺はこいつを助けるために動いていた)
手を伸ばし、足下に落ちていたものを拾い、ぐっと握ってから手渡す。それは花京院の学制服からとんだボタンだった。
受け取って、暫しそれを眺め、それから相手の目を見る。力強く輝く、碧の目は、少し離れた位置から自分のしたことを全て見ていて、そして肯定してくれた。
足下がグラリと揺れた。
ああ、なんてことだ。
僕は、この男を殺しに来たのに。
ショックで口も聞けず棒立ちになっている頭上から、
「俺は空条承太郎という」
相手が名乗った。
それから、
「おまえは」
尋ねた。
「花京院典明です」
相手は、
「花京院か」
名を口にしてごく僅か微笑んだ。
その顔を見た時、再び足下が揺れ、崩れ落ちてゆく。
僕は。
この男を、殺しに来たのに、
僕は今この男と、友人になりたいと思っている。この男に僕を友人だと思って欲しがっている。誰かに対してそう思ったのは、生まれて初めてだ。
その熱さと強さは、DIOの前で感じた「生まれて初めての安らぎ」をウソのように蒸発させ消してしまった。
片手で顔を覆う。その小さな暗闇の奥に、魔王の赤い目が灯り、こちらを凝視している。ニヤリと笑い、声が、
『君はひとりじゃない。わたしがいる』
だが、花京院は手をはずし、目を上げた。変わらずそこに居てこちらを見つめている、碧の目の不良に、
「君に話したいことがあるんだが、聞いてくれるだろうか」
そう申し出た。相手は先程見せた微笑と同じくらい僅かな疑問を眉のあたりにひらめかせたが、すぐに「ああ」と言ってから、
「来い」
背を見せて先に立ち歩きだした。
その時、花京院の体の奥底に、とある感覚がわきおこってきた。
数刻後、二人は河原の土手に座っていた。
全ての事情を聞いた後、空条承太郎は
「驚いたぜ」
そう言ったがあまりそうは見えない、と花京院は思い少しおかしくなった。
「俺たちは明後日には日本を発つつもりでいた。今日は旅に必要なものを調達しに外へ出ていた」
あのDIOという男の存在が、空条承太郎の母親の生存そのものを脅かしているのだという。
無理矢理発現させられた自分の幽波紋に体力を奪われ、
先日倒れた。今は時折昏睡状態になっているらしい。
空条承太郎は花京院を見て、
「家には俺の祖父と、旅に同行する男が居る。そいつらの前で今の話をもう一度してくれるか」
「勿論だ。それから」
背を伸ばし、
「僕も、その旅に同行させてくれ」
「なんだと?」
「察するに君のおじいさんも、共に旅に出るという男も幽波紋が使えるのだろう。
僕も幽波紋使いだ」
差し出した手の上に緑色の蔓が噴き出し、天めがけて遙か彼方まで延びてから消えた。思わずその動きを見やった相手に、
「戦える人間はひとりでも多い方がいい。あの男はそう簡単に倒せる相手ではない」
暫し黙って花京院の顔を見ていたが、
「なぜ」
さっきの花京院のようにそれだけ口にした。
「それは、
…自分でもうまく言えないんだが」
川面の流れを見つめ、
「僕は子供の頃からずっと、成人したら犯罪者になるか、仮面をかぶって平凡な人間を演じて生きるしかないのかと思っていた」
相手は何も言わないが花京院の顔を見つめているのが視界の端に映っている。
「DIOに出会って、この男のために戦うのが僕の務めだったのだと思った。そのために持っていた力だったのだと」
「それがなぜ、こっちにつくことにした」
「僕がDIOの下につこうと思ったのは」
そこまで言って、自分が言おうとしていることのこっ恥ずかしさに一瞬言葉を止めたが、
「なんだ」
促され、仕方なく、
「その時まだ君と出会っていなかったからだ」
相手は黙り、また暫く沈黙していたが、やがて「そうか」と言って、自分も川の方を見たのが、視界の端に見えた。
その後どのくらいか、並んで座っていたが、そうは経たないうちにどちらからともなく立ち上がって、
「行こう」
空条承太郎がそう言ったのを聞いた時、先刻「来い」と言った背を見た時の感覚が、再び甦った。これから先のどこか遠いところ、この前自分が居たあの館までの道程の上いずこかで、こうやってこの男に誘われ、請われ、そして自分が、
「ああ」
こうして承諾しこの背を追うことが、きっと幾多もあるだろうという予感だった。
二人は土手の向こうの道へ降り、空条家に向かった。
花京院が明瞭な意識のままDIOと出会い、承太郎と出会ったら、という話でした。
しかしDIOの部下に自分からなるのだろうか花京院が。随分直したけどやっぱりなんかヘンですな。
そして承太郎と花京院が必要以上にイチャッとした雰囲気になってごめんなさい。初めて会った日にもうこんなイチャッと。一目惚れってやつね。ママはちゃあんと見抜いているんだからね承太郎。ウフフ。ウッフフフフフッフッフッフ
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