港には、静かな雨が降っていた。
季節には珍しい、温かく、淡い、けぶるような雨が降る。まるで、
この街の傷を癒そうとしているようだ。
ここに集まっている人間全てが、互いに、俺とあのひとが出会ってから、知り合ったのだ、とふと仗助は思った。まるで嘘のようだ、全てのことが―――
まだ、春の頃には始まっていなかったなんて。
あの頃の俺は、なにも知らなかった。誰も見えないこの影と、いつまでもこうやってなんとなく過ごしてゆくのだろうと思いながら、踏み出した先に、
「お前らがいて、由花子がいて、くそ露伴がいて、吉良がいて…他の皆がいたんだなあ」
「どうしたの、仗助くん」
ものうげな仗助に、康一は不審そうに尋ね、億泰はただ眉間にしわを寄せた。笑って、
「なんでもねえって。いろんなことが、…随分短い間にあったんだなあと、じじくさく思っただけだ」
そう言いながらも、勿論、今から向き合わなければならないことは、わかっている。
あのひとは、春と一緒に、俺の前へ現れ、そして今、去ってゆく。
別れる日が来たのだ。吉良を倒したから。この街に降りかかる災厄を祓ったから。
もうここにいる必要がないから。
仗助は顔を上げた。いつのまにか俯いていたのだった。
一同から少し離れて立っている、青年と老人が、今仗助が言いたくもないのに何故か名前を列挙した漫画家と何か話をしている。
雨は音もせず降り続ける。強くはない。傘をさしている人間は、一応紅一点の由花子だけだ。彼女はその傘をひたすら、康一だけにさしかけている。他の連中は知ったことではないのだろう。
仗助は、かつて感じたことのない感情の中に独り、黙って浸かったまま、青年に向かって別れの言葉を言う、覚悟をしようとした。しかし、とても出来ない、と思った時、
「では、気を付けて」
そのものを漫画家が言って、ごく珍しい、何も含まない笑顔を見せると、右手を差し出した。まず、青年が右手を出し、しっかりと握る。暗い緑の瞳が、うなずいたように見えた。ちょうど、杉本鈴美が天国へ昇ってゆくのを見送った時のように。
「あんたにも世話になった。有難う。これからも面白い漫画を描いてくれ」
続いて老人が朗らかに言って、右手を出した。
「あなたは僕のマンガ読んでないんでしょう」
「面白いだろうと予想して言ってあげてるんじゃ」
社交辞令も極まったな、と青年は言いながら、握手を交わす二人を見ている。
「透明の赤ん坊は、どうするんです?」
「親を探したが…見つからん。勿論、スタンドを使っても探したんだが」
「そりゃそうでしょう」
「それでも見つからん、ということは、自分の意志でこの子を置いていったか、不可抗力でこの子を手放したか、なのだろうからな。一応、わしがこの子を連れてゆくよ。透明では、施設にもあずけられないしな」
露伴は黙ってうなずいた。白壁のようにファウンデーションを塗りたくられた赤ん坊が、機嫌良く老人の腕の中で笑い声を上げた。
よしよし、とあやしてやりながら、
「という訳なんじゃが、君に頼む。露伴くん、この街でひきつづきこの子の親を捜してくれんか。見つかって、事情がはっきりしたら…その時考えるとして」
露伴は露骨に面倒くさそうな顔をしたが、老人が真剣なのと、赤ん坊が自分に向かって手を伸ばしけたけた笑ったのとで、観念したらしい。
「わかりました。何かわかったら連絡します。期待しないで待っていて下さい、ジョースターさん」
「おお、やってくれるか。君ならきっと承諾してくれると思っとった。感謝するぞ」
老人は満足げにうなずいた。露伴は苦笑して、
「まあ、僕にとっては大したことではありませんからね」
「ジョースターさん、露伴の操縦が結構上手いぜ」
億泰が低い声で言った。康一がぷ、と笑いそうになって堪えた。
「何にしても、連絡先を教えておいて下さいよ、空条さん」
「ああ。何かあれば連絡をくれ…赤ん坊の件にしても、その他の件でも」
「その他ですか。とんでもなく凶悪なスタンド使いが現れたとか、ですか」
ポケットから手帳を取り出しながら、空条と呼ばれた青年は、にやりと笑った。
「その手のことなら、君やあいつらだけで充分に対処できるだろう。その点は俺は安心している」
手帳を開いて、指先で手早くページを手繰る。
安心している、ですか。信頼してくれてるってことですか。俺たちを。俺を。
仗助の偉大な前髪は雨を含んで、どことなしにぐったりしている。仗助の気持ちのままに。
信頼しているから、もう安心だから、あんたはこの街を出て行く。
その点は俺は安心している。安心してこの街を出ていける。
ひでーな。そんなふうに言われたら、泣言も言えやしない。
「これだ。メモしてくれ」
「はい」
露伴はポケットから筆記用具を出すと、紙を出しかけ、やめて、自分の手首に書こうとして、それもやめてから、
「康一君。ちょっと来てくれ」
「はい。なんですか」
「うん。メモさせてくれ」
露伴はしごく、当たり前のように、右手を振るった。空中に一瞬、少年のような道化師のような姿が浮かび、次の瞬間素直に目の前まで来ていた康一にぶちあたった。
「うわ」
倒れそうになった康一の手首を素早く掴む。はずみで、康一の手首がばらりと解けた。吉良を倒した、よかった、と延々書いてある余白に、青年の差し出している手帳を見ながら、露伴はペンで連絡先を書き込んだ。
「なっな、何ですか」
喋りにくい。喋ろうとすると顔までばらばらほどけてゆくからだ。
「御免ね。雨が降ってるから…にじむんだよ。君の中に書いとけばにじまないから…これでよしと。後で聞くから、教えてくれ」
「ひでぇ奴。人をメモ帳代わりにしやがって」
「岸辺露伴、康一くんになんてことするのよ」
億泰が呆れた声を、由花子が激怒に跳ね上がった声を出す。
「だ、大丈夫だよ由花子さん、別に怪我とかしてないし」
「もう済んだ。ほら」
露伴が手首を放すと、康一は元に戻っていた。自分で自分の顔をぺたぺた触りながら、ね、もう大丈夫だから、と由花子を取りなしている。純粋で凶悪な恋人を持つと苦労する。由花子は、ざわざわ伸び始めていた髪をなんとか収めながら、仕方なしにうなずき、それから露伴をぎゅうっと睨み付けた。鬼でも悪魔でも石になってから粉みじんになりそうな目つきだったが、露伴は涼しい顔で、青年に話しかけた。
「船で行くんですか。飛行機は使わないの?」
青年はうなずいて、ちらと老人を見てから、
「このじじいと一緒に乗ると、どんな飛行機でも落ちるってジンクスがあるからな」
「おい、承太郎」
「へえ。あなた、そんなスタンドも持ってたんですか。自爆型ってやつだな」
「人聞きの悪いことを言うな」
老人が怒ったせいで、腕の中の赤ん坊がふにゃふにゃ泣き出した。
「でも考え様によっちゃ便利だよな、ああやって書かれりゃ何だって覚えられるし忘れねぇんだから。いっちょ、テストの前には露伴をしめあげて、参考書の中身を全部書かせるって手もあるな」
「それハ便利デスね」
馬鹿ね、と由花子は肩をそびやかして、
「岸辺露伴のことですもの。嘘八百を延々と書かれるに決まってるわ」
「あ、そうか」
「うん、そうだ」
「当たり前よ」
そこで納得される人間というのも寂しいものだ。
「おっと、そうこうしているうちに、こんな時間だ」
露伴は停泊している船を見て、腕時計を見る。あれが、つぎに出る船で、二人が乗るやつだ。
「荷物は」
「もう積んだ」
そう言ってから、青年は顔を、仗助へ向けた。
「仗助」
「…はい」
力のない声。そう言えば仗助がさっきから、ずぅーっと、やたら静かだったな、と一同は思った。こんなに静かな仗助は、各々が出会ってからこっち、初めてだ。
のろり、と足を進める。
あのひとに近づいてゆく。
別れを言うために。
そう思った途端、足が止まった。駄目だ。とてもそんなもの、言えるもんじゃない。
なんと思われてもいい。ここで、
承太郎さんの前で取り乱すくらいなら、逃げよう。
「お元気で」
「おい、仗助」
後ろを向いて逃げ出そうとした。しかし、
「往生際の悪い奴だ。…あれだけひどい目に遭わされた僕が、仇を恩で返してやるんだ。心から有難いと思え、東方仗助」
謎の宣言をしながら、露伴の右手が再び、優雅な軌跡を宙に描いた。それが後ろから仗助に襲い掛かった時、走っていた仗助の足が突然止まった。転びかけて、なんとか踏みとどまり、それからくるりとこちらを向いた。
一同が呆気にとられて、仗助を見ているのと、露伴が皮肉げな冷笑をうかべてまだ右手を操っているのと、それから青年―――空条承太郎が真正面にいるのが見えた。
なにか、書き込まれた、と思う間もなく、自分の足が自分の意に反して駆け戻り出した。
「う、わ、わわわわ」
悲鳴をあげて、ダッシュする。一同の目の前を通り過ぎ、仗助は両手を広げると、承太郎に抱きついた。
「すみません承太郎さん、俺の意志じゃないスから!露伴!何をしやがったぁ!」
真っ赤になって絶叫する仗助に、
「だから、仇を恩で返してやったと言ってるだろ」
「なに…えっ、おい」
仗助の両手が承太郎の背に回って、承太郎の体をぎゅーっと抱きしめる。
「じょ、承太郎さん、逃げて下さい。俺のこと殴り飛ばしていいから」
悲鳴を上げ続けている。やっていることと言っていることがめちゃくちゃだ。
仗助がどんどん赤面しながら、目で許しを乞う。情けなくて涙が出てきた。承太郎は、仗助の暴挙から逃げようとせず、ただ左足を一歩、後ろへ下げて相手を支えた。
目の上にある顔はただ驚いているだけで、怒ってはいない。仗助は知らなかったが、彼の母がジョセフと間違ってぎゅーぎゅー抱きついた時と、同じ顔をしている。
仗助はしばらく、涙を流しながら、承太郎の顔を見つめていたが、やがてゆっくり顔を伏せた。
一同はぼーっとして、目の前の光景を、眺めている。一番近くにいるジョセフも、きょとーんとして目をぱちぱちさせている。露伴だけが、フンという顔で腕組みをし、今くちびるをゆがめた。笑ったらしい。
船に乗ろうとしている他の人たちも、びっくりして眺めてゆく。外国の港ならともかく、日本で日本人の青年(学ランを着ているし)がやらかすには、ちょっと場違いな別れの挨拶だ。
柔らかな雨が二人を包む。
どのくらいの時間があってからか、仗助がようやく顔を上げて、
「すみません。しょうのないことを言います。最初にゆっときます。俺自分でそれ、わかってますから」
うめいて、二三度、喉を鳴らしてから、
「行かないで下さい。
お願いです」
喉を鳴らす。涙が再び出てきて、すすり泣きながらも無理矢理言葉を続けるから、涙で声がぐじゃぐじゃになってゆく。
「あんたに、二度と、会え、なくなるなんて、嫌なんス」
「何故そんな事を言う。いつだって会えるだろう」
不思議そうに、ぶっきらぼうに言ってやる。しかし、仗助はかぶりをふって、
「あんたが、俺に会いにくるなんて、ことはない、ですよ。あんたが俺をあてにするなんてこと…絶対ない。俺が会いたいって…泣きつかない限り、もう会えないんだ、絶対に!」
否定させるものかと言うように決め付ける。
「あんたに…会えないことと、あんたに軽蔑されることと、どっちを…取れってんですか」
承太郎の目は仗助の震え続ける肩を見ている。
「安心してるって、あんたは言ったけど…そう言ってくれることは、嬉しいけど、
でも」
胸の中でかぶりを振る。幾度も。
「あんたは、俺にとって、他の誰とも違うんです。俺は、あんたにとっちゃ訳のわかんねー親戚に過ぎないだろうけど、でも」
顔を上げる。
あの、史上最悪の極悪人とたった独りで、全身に傷を負いながらも一度としてひるむそぶりも見せず、不敵な笑みとともに戦い続けていた男が、今は、顔中涙でべたべたにし、ただの子供のように、
「もう、ここにいる必要は、あんたにはない、だろうけど…
俺にはあるんだ。お願いだ。行かないでください…」
最後はかすれて消えた。もう一度承太郎の胸にオデコをあてた。前髪が曲がった。
承太郎は何も言わず、ずうっと、抱きつかれるにまかせている。自分より、15cmほど低い身長だが、それでも充分すぎるほどでかい。その体がなぜだかひどく頼りなく縮こまって、まるで迷子のようだ。承太郎は普段、あまり面倒見のいいタイプではなかったが、今自分の胸の中で泣いている叔父に対して、温かく優しい感情がわいてくるのをおぼえていた。ゆえに辛抱強く、仗助が満足するまでという訳ではないだろうが、自分から相手をひきはがすことはせずに、黙って好きにさせていた。
いつのまにか仗助の泣き声がおさまっていた。
自分が泣き止んでいることに気付いてはいたが、仗助はまだ目をとじたまま、承太郎の胸に顔をおしつけていた。
承太郎さんが目の前にいる。
恥ずかしがったり照れたり、億泰や康一をぶちのめす(照れ隠しのため)のは後でいくらでもできる。こうしていられる時間は、俺にとって、なにより貴重なのだ。
時がとまればいい。
その能力が、俺のものだったら、どんなによかったか。
やがて、顔を上げ、そして自分の意志で、仗助は承太郎の胸から離れた。
仗助、と最初に呼びかけた時からほとんど変化のない顔で、承太郎は仗助を見た。
「すみません。馬鹿みたいに騒いで…
でも、本心です。言えてよかった。すっきりしました」
そして、仗助は笑った。まだ涙は流れていたが、言葉通りすっきりした顔になっていた。じっと目の前を見て座り込んでいた時からは、別人のように、表情から影が消えている。
それまで、緊張ともなんともつかない金縛りにあっていた一同は、ようやく、そろそろと呼吸を取り戻した。
承太郎は手を伸ばし、仗助の手首を掴み、
「仗助」
「はい、承太郎さん」
「スタンド使いはひかれあう、と言った奴がいたな」
「いましたね」
「俺は、その言葉は正しいと思う。
俺はスタンド使いの宿命に導かれて、この街に来たのだ。
お前に会うために」
仗助が口を開き、しかし何も言わないで、承太郎の顔を見つめている。
静かに、降り続ける雨のように、承太郎の言葉は仗助の胸に染み込んだ。
「俺とお前はこの街の戦いにおいて、強く結びついたと思ってる。どのくらいの間か、会えなくなることなど無意味なくらいには、だ。
違ったのか?」
ごくごく僅かに、微笑を見せる。この人はそう簡単に笑い声なんか上げない、実際俺はこのひとの笑い声を聞いたことがないような気がする。しかし、だからこそ、この人の笑顔は、俺にとって爆弾みたいに威力がある。このひとがこうやって微笑んで、頼むぞ、仗助なんて言うと、俺は。
「ドブ河のネズミ退治だって、殺人犯との一騎打ちだって、平気だったんだ」
つぶやいて、強く首を振る。
「違いません」
「ん」
満足そうに、承太郎がうなずいた。
「なら、そんな情けない顔で泣く必要はない。違うか」
「いいえ」
目を閉じる。ちょっと、うつむいて、
「嬉しいです。
あんたにそんなふうに…言ってもらえるなんて、俺は、想像もしたことがなかった」
「いつも偉そうな不良のくせに、てんで奥手なんだな。笑わせる」
露伴が冷たくつっこむ。承太郎は苦笑したが、仗助は露伴の言葉なんかには反応しなかった。実際、それどころではないのだ。
船から、何やら音楽が流れてきた。あと少しで出航だ。
「承太郎さん、俺」
急いで何か言いかけ、結局言いたいことが多すぎて、口をつぐみ、相手の顔を見て、
「あんたに会えて嬉しいです」
承太郎は、に、と笑った。深く、強く、あまりにも魅力的な笑顔。その顔で、
「俺もだ、仗助」
そう言って、手をのばすと、ぽんと肩を叩いた。
船がゆっくりと、ゆっくりと岸壁を離れた。
康一が精一杯手を振って、叫んでいる。それを肩車してやって、億泰も、
「元気でぇー!遊びに来て下さいよぉー、二人ともー!」
力一杯叫んでから、ちらと仗助を見た。
仗助は何も言わないで、手を振っている。特に笑顔というのではなかったが、ふっきれた表情をしている。
「そりゃそうだよな。言うだけ言ってスッキリしたんだな。宿便が出たのと一緒だ」
「宿便って…ちょ、ちょっとそういうのとは違うんじゃないの?」
ぼそぼそ二人は喋ってから、再度手を振る。
「仗助のやつがあんなに慕ってることに、おまえは気付いていたのか?」
赤ん坊を落とさないように気を付けながら、ジョセフは尋ねた。
「いや。…別にそれはどうでもいいだろう」
「ん。そうじゃな」
ジョセフは楽しそうに笑って、
「ちょっとばかりにがしょっぱい気分だが…まあ、お前は男から見ても充分魅力的なヤツだからな」
「変な言葉を使うな」
承太郎はつぶやいて、今船を追ってゆっくりと歩き出した男の姿を、改めて見た。
突端まで行って、船が見えなくなるまで、ずっと見送った。船の影が消えて、それからまた少しあってから、明るい声で、
「さあ。何か言いたいことがある奴は、言え」
言って、振り向いた。一同は、それぞれの表情になって、目を見合わせ、
「偉そうだな」
億泰が一応、最初にそう言った。
「偉そうだ。やるだけやってやけくそだからよー」
それから、けけけと変な笑い声を上げた。
「ハイだね、仗助くん」
「どうせ後で思い出してじわじわじわじわ恥ずかしくなるんだろーによ」
「んなことぁわかってる」
康一はちょっと笑ってしまいながら、億泰や、他の辟易している連中相手に威張り倒している仗助を眺めていたが、
「あのう、露伴先生」
一同の後ろで、つまらなそうにポケットに手をつっこんで立っている男の側に、そっと寄っていった。
「なんだい、康一君」
「なんて書き込んだんです?随分長い文章ですよね、そうは見えなかったけど」
「あの馬鹿は暗示にかかりやすいからな」
「え?」
露伴のくちもとに冷笑が浮かんで、
「僕が書いたのは、『空条さんに抱き付く』というところまでだよ。後の大騒ぎの告白は全部仗助が、火事場泥棒的発想でやらかしたことさ」
「えー?」
大声を出しそうになって慌てて黙る。それから、ちょっと考えてみた。
…泣きながら行かないで下さいって言ってたの、あれ全部、やらされてやってたんじゃなかったんだ。
「そうだよ」
表情を読んだのか、露伴がぼそりといった。
「ここまでやっちゃったんだから、残りもやっちゃえというところかな」
「はあ」
ため息をつく。
「仗助くんって、つくづくやる時はやる人なんだなあ」
「違う。暗示にかかりやすくて図にのりやすいっていうだけだ」
露伴がイライラとかみつく。
「怒らないでくださいよ。第一最初にその、恩を仇で…あ、逆か。仇を恩で…露伴先生、仗助くんが承太郎さんのことあそこまで慕ってるっていうの、知ってたんですねえ」
「君は気がつくことが順不同だね」
うつむいて笑って、
「まあね…ほうっておいてやってもよかったんだが…僕は人がいいからな」
「えー」
康一がひきつった顔で笑う。ヘヴンヅ・ドアを使うまでもなく、それは違うと思う、とでっかい字で顔に書いてある。
「でも、承太郎さんがあんなふうに受けてくれて、よかったですよね。もし抱き付いてこられて突き飛ばしたり、逃げて船に乗っちゃったりしたら、仗助くんすっごく傷つきましたよ。それに露伴先生だって無事じゃすまないし」
「どう無事じゃすまないの。僕があんな間抜けに」
一度ボコボコにされたことを思い出して、渋い顔になってから、
「ま、その辺までは僕が関知することじゃない。空条さんがつっぱねたらそれはそれで面白い見物だったが。残念ながら、空条さんは見かけに寄らずつきあいがよかったというところだな」
そう言ってフンとつまらなそうに笑った露伴を、康一はなんとなく笑顔で眺めていた。もちろん、露伴先生は承太郎さんの中身を見たりしたことはないだろう。でも、承太郎さんが仗助くんの気持ちをつっぱねたりしないことは、最初からわかってたような気がする。仗助くんが、あんなふうに承太郎さんに憧れてることに、気がついていたみたいに。
「なにニコニコ人の顔を見ているんだい」
「いいえ。なんか。仗助くんも言ってたけど、短い間に本当にいろんなことがあったんだなあと思って」
「そうだね。…ここにいる全員が、ちょっと前は赤の他人だったんだな」
露伴にはごくごく珍しく、そんなことを言った。
「君も、死にかけたり殺されかけたり、忙しかったね」
「同じことですよ」
「でもまあ、恋人も出来たことだし、悪いばっかりじゃなかったかな」
「え」
そんな事、と言おうとしてふと振り向くと、由花子が気がかりそうに、突っ立っている。康一は紅潮した頬で、力一杯うなずくと、
「そうです!」
由花子の頬もばら色に染まって、とても嬉しそうに笑った。きれいだなあ、と康一は胸いっぱいで思った。性格は変だし思い込みは激しいなんてもんじゃないけど、由花子さんて、本当に、きれいだ。
「ああ、あっちでやってくれ。暑苦しい」
そう言いながら、露伴は自分から動いた。呼び止めようとするより先に振り返って、
「あとで電話する。空条さんの連絡先を聞くからね」
「…はい」
街へむかうバスの出る道へ向かいながら、ちらと見ると、仗助は億泰にヘッドロックをかけていた。どうせなにかからかわれたのだろう。
「なにをはしゃいでるんだか。空条さんにまた会いに来ると約束された訳でもないのに」
とんでもなく冷たいことを呟いてから、
「ところで、どんな相手を結婚相手に選ぶのかな、あの人は」
ちょっと考えてみたが、想像がつかない。やはり、今度会う時には、あの人にページを振ってみたいものだ。中にどんなことが書いてあるのか、漫画家の好奇心を刺激してあまりある人だから…
仗助が知ったらかんかんになって殴り掛かってきそうなことを、しらっとした顔で考えながら、露伴は道へ出た。アスファルトがもう濡れていないことに気付いた。いつのまにか雨が上がっていたらしい。
平謝り。は、してるけど。
これってやおい?自分的には違うんです。大好きな人に行かれたくないと思う。言うまいと思っていたけどきっかけがあって、泣きながら言ってしまう。…やおいかなあ?
やおいの定義がわからないんですが。男同士の恋愛沙汰を言うのだとしたら、これは、違うつもりです。
勿論、原作の仗助はこんな風には思っていません。ここまで思っていません。それはわかってる。
あと、露伴には「空条さん」と呼んで欲しい私であった。妙な拘り。
しかし仗助くん、パパはどうでもいいのかい?(笑)
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