『ゲッターロボ』

「あれ?」
流竜馬が大急ぎで乗り込んで、1Fを押したエレベータは、下降途中で止まってしまった。
「なんだよ。メカザウルスが近づいて来てんだよ!とっとと俺を地上に降ろしやがれ!」
顔中で怒鳴りながら非常用のコールボタン、1とかかれたボタン、現在50Fの表示ランプを見て49、48Fのボタンをぎゅうぎゅうと押しまくったが、うんともすんとも言わない。
「チキショー、このクソエレベーター!」
思い切りドアを蹴ってから後ろを見る。このエレベータは外から見えるガラスの筒の中を動くタイプだった。いっそ突き破って降りてやろうかと思ったが、地上50Fから飛び降りたらさすがの竜馬もちょっと、内臓が出てしまうだろう。
「メカザウルス野郎はどっちから来てんのかな。ちっ、動きそうもねえか」
ぶつぶつ言いながら腕時計のスィッチを入れようとした時だった。向こうからコールサインが入って、
『竜馬。なにやってる。早く来い』
つめたーいつめたーい声が聞こえてきた。それを聞くと余計に腹が立ってくる。
「エレベーターが止まっちまったんだ。行きたくても行けねえんだよ!」
怒鳴ると、
『…全くもってマヌケな奴だな。なに遊んでるんだ?』
「俺が停めたんじゃねえ!」
『手間のかかる。しょうがない、待ってろ』
ぶつんと一回連絡が途絶えた。
ちぇっと舌打ちして、どすんとその場に座った。妙に暑くなってきた。ばふばふとTシャツをふくらましながら、
あの野郎め、俺がなにしたってんだ。野郎が乗ってて俺が外にいりゃよかったぜ。そうしたらもうけちょんけちょんに馬鹿にしてやったのによ。くそったれ。
それにしても、待ってろってどうするつもりなんだろう。このビルにやってきて、エレベーターを直す気だろうか?そんな悠長なことをしている暇があったら、イーグルを自動操縦にして戦った方がマシじゃないか?
『生憎、お前みたいなマヌケでも居ないよりはマシなんでな』
突然、手首から再びイヤミを言われる。ギョッとし、再び腹を立て、口を開けた時。
ガラスのずっと向こうから、真っ白い機影が近づいてくるのに竜馬が気付き、お前か、と言いかける前に、
『一応伏せろ』
淡々と言われ、反射的に伏せた。と、
ちらりと、ジャガーの先端が光った気がした…次の瞬間。
がしゃああああん!
竜馬の居るエレベータの、外壁用と、ケージそのもののガラスが粉々に砕け散った。
「!」
頭を抱えて、数秒じっとしてから、顔を上げる。外の空気が流れ込んでくる。竜馬はあちこち切って血の流れる顔で、辺りを見回した。
『穴を空けてやったぞ。そこから出ろ』
「あのなあ」
『なんだ。もっと近くで撃って欲しかったか。ケージごと吹っ飛んでもいいならそうしたが』
まあ、あの距離で、上下巾が数メートルもない範囲に着弾させる腕前は、さすがというべきだ。少しでも上か下に当たっていたら、ワイヤーが切れて落下していただろう。
「やっぱり気にいらねえ野郎だ」
ペッと血のまじったツバを吐いて、竜馬は割れたガラスの間から宙に身を躍らせた。落下する、その下に滑り込んで来たジャガーの屋根にどすんと着地し…吹っ飛ばされそうになり、おお慌てでしがみついた。
「おい…ちょっと…これは…」
両手両足で懸命にくっついている。ちらと天井を見上げてから、
「面倒くさいからこのままイーグルの所まで運んでやる。そうやってとまってろ」
もう通信も聞こえる状態ではないであろう相手に、一応そう言うと、隼人はぐいとレバーを入れた。
ジャガーは急旋回し、空の彼方を目指して飛び去った。


『ジャイアントロボ』

先に乗り込んで開ボタンを押し待っている。中条が乗り込んで、入口の方を向いたところで、1Fのボタンを押した。
なめらかに下降を始める。
「思いのほか遅くなったな」
「そうですね」
時計はすでに0:00まであと僅かだ。明日は朝イチでパリ支部に行かなければならない。睡眠時間が足りないとめっきり集中力が欠ける、と自覚のある呉は、早く寝ないと、と思い、
『その前になによりまず下についたら…いや、長官とお別れしてからにしよう。そう思ったからさっきも』
そこまで頭の中で続けた、その時。
がくん。と軽いショックがあって、足の下にGを感じる。
「もう着いた…筈はないですね。なんでしょう」
見ると表示版は30Fを示し、それっきりだ。
「事故かな」
呟いて非常時の連絡ボタンを押す。暫く沈黙していたが、やがて、
『こちら警備室です。エレベーターに乗っていらっしゃる方ですか』
「そうです。何かあったのですか?」
『申し訳ありません。電気系統のトラブルです。大至急修理しますのでお待ちいただけますか。本当にすみません』
もともと声を荒げるなど、演技が必要な時以外はまずない男だが、ひたすら恐縮している相手に、
「了解しました。どのくらいで直るでしょうか」
『ちょっとお待ち下さい。…どうだ。すぐに…え?焼き切れてる?…だから大至急と言って…』
向こうでなにやらもめている。中条は無表情で待っているが、呉はそういう訳にいかなかった。
どうしよう。どのくらいかかるのだろう。頑張ってくれ技術屋さん。
やっと返事がかえってきた。
『そうか。…の部分を…り代える。………
すみません、3…いえ40分くらいかかりそうです』
「げえっ」
呉は思わず声を上げてしまった。慌てて口を閉じるが、中条がゆっくりと顔を呉に向けた。
「………」
「いえ、いえ、何でもないのです。失礼しました」
かろうじて口の端を笑みの形にひきつらせているが、いつもにまして色白になっている。
よんじゅっぷんだと。よんじゅっぷん。ああ、なんて長い。「永い」とさえ言えそうだ。なんでそんなにかかるのだ。私にやらせろ。五分で終わらせてやるのに。
「呉先生」
「くそっ」
追い詰められ、キャラクターにない事を口にしてから、はっとして、
「申し訳ありません。いえ、決して長官に対してではありません。なんでしょうか」
お愛想笑いの目が、ほとんど涙ぐんでいる。
中条は数秒相手の顔を見ていたが、やがてうんとひとつ呟き、
「私も君も明日は早いし、就寝できるのはここから出てすぐという訳でもない。我々がいなくなった方が、『待たせている』というプレッシャーを与えなくて良いかも知れないな」
どうやら、長官が、ここから半強制的に出ようと言っているらしいのを感じ取って、呉はがくがくとうなずいた。
「それがよろしいと存じます」
「そうかね」
天井を見上げ、四角く切り取られた線の、一つの角に指を伸ばし、押し当て、
「ム」
としか形容のしようのない気合を入れた。ばこぉあん!と、まるで悲鳴のような音をたてて、おそらく通常はこのように開けるのではない非常通路は口を開けた。
長官の指より、私の両腕の方が力が無いんじゃないだろうか。だろうかではなくておそらくそうだろう。
一瞬、今現在彼を苛んでいることから離れ、そんなことを砂を噛むように思い知った、その目の前に、
「さあ」
背が示された。
「………」
口をぱくぱく開閉しながら拒否の意を、振り回す手で表す。負ぶされというのか。兄と妹じゃあるまいし。
しかし中条は冷淡に簡潔にずばりと、
「早くしたまえ。時間の無駄だ」
中条に時間の無駄と言わせてしまったショックは大きく、呉は飛び上がるとぴょいと背中に飛びついた。まるでおサルだ。
中条は四角く口をあけた天井の黒い穴の縁に手をかけ、と、と床を蹴った。次の瞬間にはケージの上に飛び乗っていた。見上げると遥か上方のどこかの階の、エレベータの扉が開いていて、白い光がそこから差し込んでいるのが見えた。
「ん」
今度もそうとしか聞こえない気合を入れた、と思った時には、二人の姿はその扉の前まで跳躍していた。
どの辺に停まっているんだっけ、出来れば中の人を出したほうが、等々喋っていた技術屋さんは、目の前に人が現れた現実を、数秒受け入れることが出来ず、黙って立っていた。
突然現れた濃紺の背広の中年男は、手を伸ばすと扉の枠につかまり、ぐんと前方へ自分の体を跳ばした。技術屋さん二人の間を、風が吹き抜け、ゆっくり振り向くと、とっとっとと中年男が数歩、歩を進め、止まったところだった。
すとん。背中で笠地蔵のようにかたまっていた呉を、床に下ろしてやって、
「別のエレベータを使おう。その前に、早く行ってきたまえ」
指を持ち上げ、あるプレートを指し示し、
「トイレはあそこだ」
「はい」
今更気づいていたんですかでもないらしく、呉は気をぬくとぐにゃぐにゃと座ってしまいそうな足腰を叱咤しながら、青いジェントルマンが直立不動で待っている部屋へ、のたくり歩いて行った。
(これからは、エレベーターに乗る前には、トイレに行っておこう)
呉が密かに決意している、そのずーっと後ろで、技術屋さんが「あのう」と話し掛けてきた声が聞こえた。


『ジョジョの奇妙な冒険』

承太郎と花京院がエレベーターに駆け込み、1Fを押す。扉は閉じ、下降を始めた。
「大丈夫か」
低い早口で尋ねられる。花京院はなるべくあっさり聞こえるように気をつけながら、
「このくらいどうということはないよ」
その声の響きで、かなり痛むようだ、と承太郎は察知した。
とりあえずは1Fについてからだ。骨をやったか。打撲で済んだか。あるいは、
「おい」
「なんです」
「出血はあるのか」
「ああ、いや。大丈夫、打っただけだ」
そう口で言っただけだと、『実はやらかしてます』と言っているようなものだと思ったのか、学生服の前を開けて、ほらと開いて見せた。白いカッターシャツはあちこち裂けているが、確かに深々とした裂傷やナイフの柄だけが出ている、などという状態ではないようだ。
「心配してくれるのは有難いが」
そんなことを言ってちらりと笑いながら、前ボタンを手早く留めてゆく。と、承太郎がはっとして上方を見た。
エレベータの天井しか見えないが、星の白金の耳は、幾度か聞いた、敵スタンド使いの出現する音を聞き分けたらしい。
水のスタンド。どこであろうと出現する水で、幾人もの人間が溺れて死んだ。水の一滴も無い寝室で。乾ききった路上で。砂漠のど真ん中で。
「ヤツだ。まずいな」
それしか言わないが何がどうまずいのかはもちろん花京院もわかっている。エレベータというのはいわばエントツの中をひたすら、あまり早くない速度でまっすぐ進んでいる小さな部屋だ。追いつかれ、この小さな部屋の中を水で満たされたら、なすすべもなく溺れて死ぬことになる。
ガラス張りのエレベータの外は、まだまだ地上が遠いことを示している。下に着くまでに確実に追いつかれるだろう。
「下に行くしかねえ。花京院、下がってろ」
どうっ、と風が巻き起こって、星の白金が承太郎の肩の上に形づくられると、その鋼鉄の拳を宙でかため、
『オラオラオラオラァアァア!』
承太郎の足元が歪み出し、ついには穴が開いた。その縁に手をかけ、べきべきべきと広げて行く。
人が通れる大きさになった時、天井に何かがびしゃりとたたきつけられたような音がした。
来たか、と承太郎が思いながらぐっと自分の拳を握った時、冷静そのものの声で、花京院が、
「次は僕の出番だ。承太郎、僕にしっかりつかまってくれ」
その白い顔がいつもにまして蒼白に見え、承太郎は眉をひそめたが、花京院はかすかに冷笑し、
「心配してくれるのは有難いが、の続きを言ってなかったな。必要以上に労わられるのは僕は不快だ」
「ふん」
肩をそびやかしてから、花京院の背後に回り手を伸ばすと、相手の上腕をがっちり掴んだ。
「行くよ。自由落下では追いつかれるから」
何か続きを言いかけたが、風の音で聞こえなくなった。二人はとろとろと降りていくエレベータから、床にあいた穴を通って下方に落ちていった。
緑の蔓のような、きらきらひかるムチのような触手が、ワイヤーを伝ってどんどん下方下方へ延びながら、花京院の体(と、それを捕まえている承太郎)をぐんぐんと引っ張って行く。先刻言いかけたように、自由落下より速い。二人はほとんど真ッ逆さまに、弾丸のような速度で、地上を目指して降ってゆく。
視野は狭窄してほとんど点だ。重力より速い頭からの落下は、常人であれば気絶している。承太郎が足の下、つまり自分たちの上方をちらと見遣ると、透明な槍のような形態の水が、ぐんぐん追いかけてくるのが見えた。
しかし、こちらの方がわずかに速い。少しずつ距離を稼ぎながら、あと地上まで緑色のロープでひとたぐり、という所まで落ちた時。
不意に、法皇の牽引力がゼロになった。二人の体が一瞬宙に浮く。その刹那、
法皇が、円筒のエレベータシャフトの中に、五茫星の形に張り巡らされ、次の瞬間二人の体は法皇の作った緩い目の網に叩き付けられた。地面すれすれの所まで法皇は伸びたが、なんとか衝撃を緩和し切って跳ね返した。花京院がこらえ難かったのか苦痛の声を上げた。
承太郎は法皇の上で半回転した。その時には既に星の白金が浮かび上がり、腰を捻って、その一撃をガラスの壁に向かって、放った。
『オラァ!』
ガラスが内側から砕け散った、その縁に伸びた法皇が、花京院とその腕を掴んだ承太郎を、さながら放たれたパチンコのゴムのように、あいた穴から外へ跳ばした。
その瞬間二人の居た場所に、どぁ!と水がたたきつけてきた。
ごろごろと外の、ビルのテラスを転がりながらすぐさま起き上がる。敵はまだそこにいるのだ。
即座に起き上がりながらふと自分の腹を見る。服が血で汚れている。それから目をやると、花京院の背中、腰の辺りが変色しているのが見えた。
さっき後ろから体を押し付けた時に移ったのだろう。前側しか見せなかったのはこういうことだったからだ。
ち、と承太郎の頬が歪んだ。
必要以上に労る気は、勿論無いが…
今は、必要な範囲で労るヒマもない。
「来るぞ」
「ああ」
既に起き上がり、口元をぬぐってから、花京院は、
「僕は本体を探す」
力強くそう叫んだ。

[UP:2003/07/05]


初めてのチャレンジは、「いかにも」「お約束どおり」みたいなのばーっかりになりました。はい。
でもホレ、どちらかというと「どんなもんだかやってみた」ってやつですから。勘弁してくれ。ひー

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