『ゲッターロボ』
「へえ、結構でっかい祭りじゃねえか」
「そうだな」
「うひょ〜、うまそう〜。焼きそばに大阪焼きにたこ焼きにりんご飴にわたあめにお好み焼きに」
「おいおい」
三人は浴衣を着てばふばふと祭りの境内を歩いていた。左右には露天がぎっしり並び、武蔵の心をわしづかみにしてやまない。
「おい、もうすぐ花火大会なんだろ、どこでやるんだ」
「ここを下りて、右に曲がった河原だ」
見るとすでにジャンクな食い物が両手にぎっしり状態だ。しかし、食べていない。よだれを帯状に垂らしながら、我慢している。
「なんで食わないんだ?」
「あとで、ミチルさんと食うんだ。それまで我慢する」
うへーという顔の竜馬の後ろから、隼人が、
「そのミチルさんはどうしたんだ?」
「いまくる。浴衣着るのに手間取ってるらしい。ごくん」
ヨダレを飲み込んでから、
「あのな。花火を見る場所は、ミチルさんと俺が並ぶからな。お前らは二人でどっか行け」
「べ、別に皆で見ればいいんじゃねえのか」
「花火だぞ。花火。どーん。ぱらぱらぱら。見て、ムサシ君。きれいねえ。ミチルさんの方がもっときれいですよ。やだわ、ムサシくんたら。うふ。ははは。あはははは」
竜馬は口を開け、隼人は口を閉じて、狂乱の武蔵をしばらく眺めていたが、
「わかったよ」
「わかった」
同時にうなずいた。うん、ありがとう、と叫んだ武蔵の手首、それから二人の手首からも、鋭い警告音が鳴った。
『聞こえる?』
ミチルの声が響いた。武蔵は自分の時計のスイッチを入れられないので、竜馬の手首に食いつくようにしながら怒鳴った。
「聞こえます!武蔵です!今どこですか?迎えに行きま〜す!」
『それどころじゃないのよ!メカザウルスが出たわ!大至急戻って来て!』
ぶつん、と一方的に切られる。竜馬と隼人は顔を見合わせ、それからどうしても武蔵の顔を見る。
浮かれたお祭り気分は一転、しめやかなお通夜のような顔になっている。
浴衣の裾を振り乱し、両手にゲタをぶらさげながら疾走する。突き飛ばされてあちこちできゃーだのわーだの悲鳴を上げてひっくり返ったり、金魚が宙を飛んだりしているが、構っている暇はない。
ちらと見ると、武蔵は手にした食い物を食っている。食いながら走っている。
「器用だな」
「もういいんだ。もういい」
同情したりされたりしながら、境内を駆け下り、花火会場とは反対方向の左手へ走り去る。
ミチルのマシンが町内会のグラウンドで待っていた。
「ご苦労様。乗って!運ぶわ」
「三人乗るのか」
「仕方ないでしょ」
普通乗れないだろうと思われるが、乗るしかないので乗る。誰かの足が宙に出ているような状態で、よたよたと飛び上がった。
ふと竜馬が目で探すと、武蔵はミチルのシリの下で、なんともいえない顔で泣いていた。嬉しいんだか嬉しくないんだか、その両方だろうが、やはり無念なのだろう。
基地に着き、三人は浴衣のままゲットマシンに乗り込んで発進した。
山を一つ越えたところで、ぎあぁぁー、と雄叫びを上げる鈍重なタイプのメカザウルスが、そこらへんの送電線をぶちぶち切っている。
「ようし、いくぞてめえら!チェーンジ」
「待て」
武蔵に止められ、がくがくとつっかえた竜馬が不審げに見ると、武蔵が黒々とした顔で、
「俺にやらせろ」
「え」
「お前のせいで…花火…ミチルさん…畜生」
地獄の底から聞こえてくるようなうめき声のあと、
「竜馬。武蔵にやらせてやろう。同タイプ同士の戦いはどうだっていう問題もあるが、いい」
隼人に言われて、ああ、わかったと呟いた。三人共、それぞれのパネルには浴衣を着て映っている。
それからしばし、鈍重タイプの二体はつかみ合い、押し合いへし合いした。竜馬と隼人は途中から疲れてきたが、武蔵だけはオニのような顔で頑張っている。
無念パワーが勝っていたのか、最後にがっと相手の体を掴み、
「ぬおおおお。大雪山おろーーーし!」
絶叫と共に敵をぶん投げた。
「おっしゃ、やっと終わったな!とどめは任せろ。オープンゲット!チェーンジゲッター1!」
三機は三色の残像を残して解体し、再び一体となって、
「ゲッタービーーーム!」
ふん、と反り返った腹から白色の光線を噴出した。夜空にたかだかと舞い上がっていた敵は、一瞬のちまばゆい光と共に爆発した。一瞬あたりが昼になる。
「みんな、お疲れ様!」
ミチルのマシンが飛んできた。おう、とゲッター1が手を上げる。
「あら」
言われた方を見ると、山の向こうの夜空が時折、緑や青の色に染まる。
「ミチルさん…すみません。花火大会行けなくて」
武蔵がしおしおと言う。ミチルはなに言ってるのよと言い返して、
「武蔵君のせいじゃないでしょ。それにほら、あっちにも花火上がってるし」
え?と三人がそっちを見ると、メカザウルスがバラバラに燃えながら四散していくところだった。
「花火って言えば、花火でしょ?」
「……………」
なんとコメントしていいのかわからず、思わず三人とも絶句した。
『ジャイアントロボ』
『納涼・大花火大会7:30より。場所:大川』と書かれたのぼりが、街のあちこちに立てられている。
ひっきりなしに人が行き来する橋の上から、河原の方を見下ろして、きょろきょろ探している小さな影に、
「おーう。大作ー、ここだー」
斜め下からとんでもない大声が投げられる。周りの人間が驚いてそっちを見た。大作は飛び上がって、大慌てで走り出した。
「すみません。ちょっと、ごめんなさい」
謝りながら人を掻き分け、橋の袂から下へ降りてゆく階段を見つけて、駆け下りていく。
河原には既に山のようなレジャーシートが敷かれ、それぞれ自分の陣地の上で酒盛りが始まっている。その中の一つに駆け寄った。
「遅いぞう。ビリっけつめ」
「子供が一人で居残りして、何やってたんだ」
戴宗と鉄牛に言われて、
「ちょっと、ロボの整備に手間取ってしまったんです」
ぼそぼそと言い返すが、これは嘘だ。
もしかしたら、一緒に花火を見に行かないか、と連絡が入るのではないかと思って、ギリギリまで待っていたのだった。勿論、来ないだろうとはわかっている。周り中お互いの同僚だらけのところで、花火デートなんて無理に決まっている。それでも、
年に一度の、夏の夜に咲く光の花を、一緒に見たかったのだ。
あと一分、あと一分と残る気持ちをようやく振り切って、一人遅れて駆けつけたという訳だった。
「大作くん、靴脱いで上がって。そこでいい?」
銀鈴が紙コップに冷たい麦茶を注ぎながら言う。今日はタンクトップにサブリナパンツをはいている。もう大分暗くなってしまったが、きれいなその顔が薄闇の向こうでにっこり笑いかけてくれるのを見ると、なんだかもの悲しくなってくる。
「いいです」
麦茶を受け取って、なんとか笑い返し、その場に座った。
「まだ上がらないのかい?さっきからうずうずして待ってるんだけどねえ」
焼き鳥をほおばりながら、楊志がうなっている。
「もうすぐだろ。あと数分だ。いい時に来たな大作」
「兄貴、コップの中が減ってますぜ」
「おっとっと、ありがとうよ鉄牛」
「鉄牛、その枝豆の皿ちょうだい。殻入れはいいわ」
「おう」
シートの向こうの方では、
「今夜は風があまり無いな。煙で隠れてしまうな」
「だが雨にならなくて良かった。予報では怪しいようなことを言っておったが」
「なんとかもちそうですね。どの辺に上がるんですか」
「向こうの橋の下からだから、スターマインはここからだと多少切れるかも知れない」
管理職と坊主と科学主任が手に手にビールのコップを持って話している。何だかんだ言って皆楽しみにしているのが伝わってくる。わざわざ河原まで出かけてくるのだから、嫌いな訳はない。
みんな、楽しそうだ。
なんだか、自分ひとりだけが、仲間はずれになってる気分だ。
じんわりと涙が浮かぶような気持ちで、冷えた麦茶を飲んだ。急いで走ってきて、乾いた喉に気持ちいい。ほうとため息をつく。
こんな気持ちで花火を見るのなら、いっそ支部に残った方が良かったかも知れない。でも、僕が来なかったらみんな探しに来るだろうし。
行きませんて言ったら、なんでだどうしてだ花火は嫌いか、と驚いてから、多分、理由に気づく。
―――あいつと一緒に行けないからだよ。
お互いの顔を見てから慰めとか、励ましとか言ってくれる。もしかしたら銀鈴さんか呉先生が、なんとかして連絡を取ろうとするかも知れない。BF団と。
そんなことはされたくない。
なら、こんな気分のまま、花火を見るしかないんだ。
『30秒前、カウントダウン開始します。皆様もご一緒にどうぞ』
場内アナウンスが響いた。おおっと雄叫びがあちこちで上がる。ここのシートも勿論だ。
「にじゅうご、にじゅうし、にじゅうさん」
「にじゅうに、にじゅういち」
いいオトナ、いいオヤジが張り切って怒鳴っている。早くなっていく鉄牛を銀鈴がたしなめている。
管理職たちはさすがに参加していないが、笑っている。科学主任が二人のコップにビールを注いだ。
「じゅうはち、じゅうなな、ほれ大作、お前もやれって」
弱々しく笑って、じゅうご、じゅうよん…と口を動かす。
ダメだ。全然わくわくしない。僕だって花火は大好きなのに。
周り中のボルテージがどんどん高まって行く。その中で大作だけが膝を抱えて、取り残されてゆく。
「ごぉ!よん!」
こんな気持ちで見たくなかったのに。
「さん!にぃ!」
ダメだったら。いつまでも。諦めなくちゃいい加減。
「いち!」
…こんな気持ちで見たくなかった。
「ゼロ!」
どん、どん、どん、と耳を劈く大音響、人々の歓声、そして天空に光が絵を描いた。
「え?」
大作の顔だった。
皆、呆気にとられて、消えてゆく光を見送ってから、いっせいに大作の顔を見た。大作自身も、何が起こったのかわからない、という顔で、今闇に消えた自分の顔の残像を、眺めた。
『ただ今の仕掛け花火、一番。スポンサーびーえふだん、ゲンヤ様』
皆の顔に驚愕とアイタタタが浮かんだ。
『タイトルは、クサマダイサクに捧ぐ、でございました』
辺りに笑い声が起こった。
「なんだ、それ」「クサマダイサクって誰だ」「さっきの花火なんだ?クマか?犬?」
花火は次々に上がり始め、皆拍手したり驚いたり喜んだりしている。国際警察機構の皆だけがしばらくかたまっていたが、やがて、じわじわと苦笑が広がり、
「だい」
銀鈴が声をかけようとしてやめる。大作は恥ずかしくて真っ赤になり、嬉しくて涙ぐんでいた。
「…なんだ、今のは」
自社ビルのナンバー5は花火鑑賞の特等席の場所に立っている。その屋上で、優雅に花火を楽しむはずの、BF団の面々だったのだが。
一拍置いて、本人の姿を探したが、ここにはなかった。
BF団の恥さらし、恥知らず、簀巻きにして河へ流せ、と激怒したり呆れたりしている連中の中、ビッグファイア様がコップを出すので、孔明はうやうやしくラムネを注いでさしあげた。
『ジョジョの奇妙な冒険』
「ボス、面会人だぜ。ちびっこい外国人だ。ボスを知ってるって言い張ってるけどな」
『ボス』の部分に笑いを含んで、背の高い男がそう言うと、背後のドアを示した。
「ちびの外国人?誰だろう?」
独り言のように呟いて顔をあげ、
「いい。通してください」
「了解」
長い手を伸ばしてドアを開ける。そこには確かに、随分と背の低い少年が立っていて、どぎまぎと相手を見上げている。
「お許しが出た。入んな」
「どうも」
小さな声で礼を言う。
外国人って、なんでこうただ当たり前にしてて迫力があるんだろう。顔立ちがハデだからかなあ。ふけて見えるし。僕が結構童顔だっていうのもあるんだけどさ。
そんなことを考えているが、実際、彼の方が、左手のでかい机について座っていた少年より年上なのだということについて、どう思っているのか…
「やあ」
「やあ。コーイチ君」
にこりと笑った、金髪の少年とは、前に会っている。彼の荷物をこの少年に盗まれ、取り戻すのなんだのというあたりで共に敵と戦ったことすらあった。
「久し振りだね。元気?」
「うん。君も」
元気そうではある、しかし、元気そうというよりは、何だろう。他に表現するべき事柄がある。
以前、承太郎の名代としてこの少年に会いにきた時から、何年も何年も経っている訳ではない。しかし、あの時とははっきりと、違っている。何か、とてつもない大きさのものを経験した人間だけが持っている、凄みというか、覚悟のようなものが、この端整な顔に、刻まれている。
それはなんだろう。身近な人の死か。それは勿論あるだろう、しかしそれだけでもない。とても想像のつかないようなことが、きっとこの少年の上にあったのだ。そして、
この少年はそれを乗り越えたのだ。
内容こそ違っても、自分も同じような体験を通して成長した広瀬康一は、静かで深い、凪ぎの海のような目をしたジョルノ・ジョバァーナの顔を、黙って見返した。
「君にはあの時、迷惑をかけたね」
「いいんだよ。…君、あの時言ってた夢、実現したの?」
ジョルノは真正面から康一を見て、深く微笑した。
「うん。いろいろあったけれどね。…
いや、まだ途中だな。夢の途中さ」
「そう」
康一はぎこちなくほほえんだ。
「で、コーイチ君。今日は何の用だい?」
「あ、うん。実はね、一度、日本に来てくれない?って頼みに来たんだけどね。…君の、素性についてちょっと知ってる人が、君に一度会いたいってことで」
「僕の」
「素性?」
康一の後ろに立っていた、さっきの外人が尋ねてくる。わ、という顔で見返す康一をじろじろ見て、
「おい、大丈夫なのか?こいつ。素性がらみでやってくるヤツには、ろくなのがいねえからなあ?」
ちゃ、と音がする。見ると早くもリボルバーを取り出している。
「殺るのか」
「ここでか」
「ヤッホー」
小さい声がするのではっとして見ると、相手の手の上で小さいヒトがぴょいぴょい跳ねている。康一は目を真ん丸くして、イ、イタリアンマフィアがとっとと殺しちゃうてのは、本当のことなんだ。しかもスタンドで…
「ミスタ。やめてください。コーイチ君?」
「あのっでも、なんか、仕事が大変そうだから、やっぱり断るんなら、そう言ってみるけど」
びびった康一がそう言うと、ジョルノは苦笑して、
「その話には興味があるので、君に同行しよう。ただし三日だけ。君が言った様に、僕にはあまり自由になる時間がないので。ミスタ、留守を頼みます」
「本当に行くのか?了解。気をつけろよ」
つまらなそうにリボルバーをしまう。なんだ、ヤラナイのか、と小さいヒトが不満そうに叫んでいる。
ジョルノは、その時杜王町に居た空条承太郎に会いに来て、二人は何か話をした。内容は、二人の他は誰も知らない。
帰るために空港へ向かう前に、ジョルノは康一の家にも寄った。
普段着でにこにこ笑っている康一は、イタリアで会った時にも増して幼く見えた。
「わざわざ寄ってくれてありがとう」
康一の母親が緊張した笑顔で飲み物を持ってきた。ジョルノはにこりと笑ってお気遣いなくと流暢な日本語(当たり前なのだが、母親にはそう思えた)で言って、日本風に頭を下げた。
「あの時君に出会ったことで、いろいろなことが開けてきたよ。おもしろいものだな」
「スタンド使いはひかれあうんだって。そのせいだよきっと」
「そうか」
その言葉に、ジョルノは何か感じるところがあったようだった。
帰り際に、ジョルノは振り返って、
「何か君にお礼がしたい。何も返してなかったからね」
いいよ、と康一は恐縮したが、
「何でもいい。たとえば今君が困っていることはないか?」
「困ってることかあ。うーん」
康一はそれ、と門扉の前を指した。ゴミ類と、それから花火の燃えカスが落ちている。
「真夜中に、近くの公園とか道の上とかで花火やって騒いで、そのゴミをここに捨てていく連中がいるんだよね」
眉をしかめて笑う。
「見張ってるわけにもいかないし、朝になるとゴミだし、困ってはいるけどね」
「わかった」
わかって何が?と聞き返そうとした時、ゆらりとジョルノの隣りに、彼のスタンドが姿をあらわした。以前、康一も見たことがある。そう、彼のスタンドは―――――
優雅で、奇妙に威厳を備えた、そのスタンドがふぁ、と拳を下ろした。
花火の燃えカスが、きらきらと光った。と、思う間もなく、蛍光の緑と青と赤い炎がゆらりと熾った。驚いて見守る康一と、静かにその光を両手でかかえるジョルノの目に、
光の炎でつくられた蝶が、翼を翻しながら生まれ出でた姿が映った。
(きれいだ…)
彼のスタンドは、命を与えるスタンド。
光の蝶はひらひらと宙に舞い上がった。
「あの蝶を追っていけば、捨てた人がわかる」
そして、目で微笑んだ相手に、康一は、
何故か、彼に、相応しいスタンドだ、ということを思った。
『ルパン三世』
黒い服。黒い髪。黒い髯、黒い…
真夜中の公園で、高い外灯の下向かい合って立っている男二人は、まるで揃えたように、同じく、黒を着ている。多分、心も黒いだろう。魂もだ。
「久し振りだな、次元」
「…そうだな」
同じ音質の、低い声だ。二人とも煙草をくわえているので、こもっている。口の先の赤い光が、風や互いの呼気で揺らぎ、色を変え、安定し今から騒ぎ出す直前の、線香花火のようだ。
相手はやや長い髪をひっつめて、項で束ねている。リボンみたいに髪を縛っている長いそれが、風に翻っている。やや短く切ってあるが、ネクタイの生地だと、三世は思った。見覚えがある。次元のしているそれであり、また。
…他でも見ている。どこで?
秀でた額の下に、左側が途中で一箇所ちぎれた太い眉、その下にこれまた黒い瞳があった。
深い。深い。闇というもの、そのもののようだ。
のみこんだものは二度と出てこないだろう。
そしてそれは、滅多に見ることのない、次元の眼差しに似ている。
「ルパン三世の、相棒。それが、今のお前の肩書きか?」
それには答えなかった。ただ、黒いスーツの裾が、夜の風にばたばたとはためく。
男の顔に、ふと、
「辛かったろうな」
次元の後ろに立って、相手を見ている三世の目が大きくなる。
「可哀想、にな、次元」
掛け値なしの同情というもの、可哀想にと心の底から思っている、顔をしている。
不敵に睨みつける、憎々しげに睨み据える。哄笑とともに見下す。そんな敵は今まで、幾人、前にしたかわからない。三世も次元も、それぞれ。
しかし、心から同情している顔の相手は、相手にしたことはなかった。一体何が可哀想だというのか。
「お前に憐れまれる、覚えはない」
そう言った背をちらと見遣る。そういう言い方をしてはいるが、次元は『相手が何故次元を可哀想に思うのか』については、わかっているような感触があった。わかっていて、その上での拒絶。
「そうか?」
労わるようなくちぶりだ。そう言いたいなら、そう言っておけばいい、と後についている。
「次元」
後ろから声を投げる。
「こいつは何者だ?昔、何かあった…」
言いかけたところで、男が笑い出した。
「昔何かあったかだと?大有りだ。いやはや、ルパン帝国の三代目にあらせられては、てめえの私設軍隊の、鉄砲玉のツラなんぞとんと」
「やめろ」
次元が怒鳴った。低いが、鋭くて激しい制止だった。男は黙ったが、次元の気迫に押されてというよりは、どうしても、お前の願いなら聞いてやるといった、譲歩が感じられた。
「…私設軍隊の」
呟いた三世を見ないで、
「おめえにも俺にも過去からの亡霊ってのはとっ憑いてくるもんだろうが。あの男はその一つに過ぎない。おめえには関係のないことだ、ルパン」
「言ってくれるな」
「実際、そうだからだ」
言い切られる。しかし、男は怒らない。
「関係のないことじゃああるまい。その男の名はなんだ。今お前は何と呼んだ。
ルパンだろうが」
問い、自分で答える。三世が、眉をひそめた。
男はしかし次元の顔、帽子の下になって見えない目を見つめて続ける。
「その男はルパンの末裔。だからこそお前はそいつの隣りに居る。
でなければそいつなど、ただの身が軽く口の上手いチンピラに過ぎない」
「言いたいことを言いやがって」
しかし三世の声は笑っている。この手の言われ方にいちいち激昂するほどのものでもない。過去において三世をそう評して、今なお生きている人間は一人も居ないのだし。
そう、『わかっている余裕の笑顔』をしてみせる三世を、男は初めて見た。
黒い、黒い瞳は、次元のそれのようだ。
次元へ見せた同情と、労わりの感情は、今はない。しかし、怒りや憎しみもない。
まるきり物質を見るような、いやもっと上だ。個たる存在ではなく、
「今はまだ、お前を支えてくれるだろうよ、使命感てやつがな。直々に命じられた。他の誰でもなく俺をこそ選んだ。たとえ口のヘラない、自尊心と自意識ばっかりバケモノみたいにでっかい、帝国の後継ぎのお守りなんてつまらない仕事でも」
その男はルパンの末裔。
帝国の後継ぎ。
そうだ、個たる人間ではなく、続き柄や続柄が書かれた、書類を見るような目で、三世を見ている。
次元が一歩前に出た。
「やめろと、言った筈だ。そしてお前は過去の亡霊だ。それ以上口をきくな」
その言葉に男は逆らった。
「じきに、耐えられなくなるぜ、次元」
ゆっくりと、お互いに、スーツのボタンを外す。ぶわ、とジャケットが急に吹いた風にふくらんだ。
「そいつではな、お前のここんとこに開いてる穴は、埋められねえよ」
最後に、男は自分の胸をてのひらでぱんぱんと叩いてみせた。
二人の男が咥えた、タバコの先に、赤い火が灯っている。
すぅ、とそれぞれが白く発光した
瞬間、三世の手のワルサーが、二人の頭上遥かな外灯を撃ち抜いた。瞬間、強い白い光に慣れていた目には、全くの暗黒になる。
ぷ、と煙草を吹いた男の銃が火を吹いた。しかし勿論、そこにはもう次元はいない。
素早く動きながら相手の気配を探る。目はまだ死んだままだ。
(大丈夫だ。訓練は受けている。あと数秒で戻る)
そう思った時、
今から騒ぎ出す直前の、線香花火のような赤い光が、暗黒の世界の中に灯った。
反射的に男の手が銃の引鉄を絞る。
その位置からまっすぐ下に20cmほど。
銃声が二つ、夜半過ぎの公園に響き渡った。
次元は、
どてっぱらに大穴があいて噴水みたいに水が噴き出してくる水飲み場の、上にちょいと置かれた煙草を取り上げて、自分の口にくわえる。それから傍に寄った。地面に倒れた男はほとんど息をしていなかった。
「…次元…」
男の、空気の漏れるような声に、答える。低い、またなんだか妙に無関心な声だ。
「俺が今やってることが、誰の命令で始めた酔狂かは、正直、もうどうでもいいんだ。
お前は、信じないかも知れないが」
男の目の焦点がどんどんあまくなってゆく。
落胆とも憐れみともつかない表情だったものが、どんどん、虚無に侵食され、死人の顔になってゆくのを見守りながら、
「それにな、俺は別に、こいつのやらかす無茶につきあってれば、てめえの穴が埋まるとも思ってない。
そもそも、そんなことはどうでも…」
言いかけてやめる。
説明するのが面倒くさくなったのか、喋っていて自分でもわけがわからなくなったのか、
あるいは聞かせている相手が今かくと顎を上げて、動かなくなったからか、どれなのか。
三世はこの時ふと、
(そうか)
今はもう亡骸となった男の、髪を縛っていたネクタイ、そして次元がしているそれが、
(先代の)
特に気に入りのものだと、気づいた。
mikiさまがくださったお題「花火」でございました。
一言コメント。
ゲッターロボ。このところ武蔵、いい役が続いております。ワタシに愛されてるのよ。…今回はダメか。
ジャイアントロボ。久々に『ハデス』の設定でやりました。ロマンチックといえばこの二人ってことで。場所は架空のどこか。
ジョジョ。お題から遠いけど、この雰囲気は好きだ。実際に、うちのアパートの前で飲み食いしてゴミ捨ててくバカがいてね。助けてジョルノ。
ルパン。「次元は二世に見出された三世のお守り」って設定でした。しばらくはまってたっけなこれに…今は違いますけど〜これまたお題から遠いし。
ただ「きれいだ」「儚いからこそ」の話はやめようと思ったんだけど難しかった。お粗末さまでした。
![]() |