むんずと、姫の手の短剣を掴んで取り上げる。姫はあっと声を上げた。
武蔵が、剣の切先を相手に見せながら、
「おまえは王子が好きだ。わかってる。そんなに必死で一生懸命だもんな。自分が死んじまってもいいくらい王子のことが好きなんだもんな」
これ以上ないというほど真剣な、真面目な顔で、姫を見据えている。姫は真っ青になって、武蔵を見返した。
相手が発している、覚悟の大きさは、姫は自覚はなかったが、先ほどの姫の決意にも匹敵するものだった。
このかたは一体、何をなさるつもりなのだ?
「だから、俺じゃダメなんだと思う。でも、おれはおまえが可哀想で、庇ってやりたくて、それで、すごく好きだ。一生懸命で計算とかの全然ないおまえが好きだ」
蒼白の武蔵の顔に、ぎゅっと血の色がのぼって、
「お前を生かしてやりたい。その気持ちなら、多分王子を思うおまえにも負けないぞ。
消えるな。消えるなよ。頼む!」
叫んで、
短剣を自分の胸に突き刺そうとした。
姫は絶叫し、その手を払いのけようとしたが、相手の力に負けた。が、短剣は下方に少し逸れ、腹に刺さった。
「ムサシ!」
「武蔵!」
それまで、こっそり覗いていたらしい二人の同僚が怒鳴って、部屋に飛び込んできたが、もう短剣は深々と刺さった後だった。血が噴き出す。
「ムサシさま!」
姫は絶叫して武蔵の体を支えた。武蔵の血で姫の姿が真っ赤に染まって行く。姫に支えられながら、武蔵の体は床にくずれていった。
「ムサシさま、いや!いやです!いや!」
姫は泣き叫び、武蔵にとりすがり、それから短剣を抜こうとしたが、
「ダメだ!抜くな」
隼人に言われてやめる。
「バカ野郎!てめえ、なにやってんだ!」
竜馬が怒鳴りつけるのに、うるせえ、と小さい声が返る。
「ムサシさま、ムサシさまを助けて下さい!お願いです」
血にまみれながら武蔵の体を抱きかかえ、隼人に向かって叫ぶ。
「すぐに手術すれば助かるかも知れない。竜馬、王子を叩き起こせ。王子経由で命じた方が早い」
「おう」
竜馬はすっとんでいった。
姫が立ち上がり、自分が着ていたドレスの生地をびりびりと引き裂いた。
「これで、これで、せめて止血を」
あまり血を吸わない生地なのだが、うん、と言って受け取って、ナイフの周りに血を堰き止めるようにまきつける。武蔵が苦しげにうなった。
「ムサシさま…しっかりなさって。…ああ、なぜこんな」
泣きじゃくりながら、再びとりすがり、武蔵の体のあちこちをさすっている。
「なぜこんなことを」
「だってよう」
苦しい息の下から、困ったような唸り声を上げて、
「無駄かも、知れねえけど…おまえと、同じくらい、おまえのことが…
好きなやつも、いるんだってこと」
おしえてやりたかった。
そう言って、だんだん朦朧となってきた意識の中で、やっぱダメかな、と呟く相手を見て、
姫の胸に、今まで一度も持ったことの無い気持ちが湧き上がってきた。
自分の王子への愛を、うんうんと言いながらきいてくれるこの男の顔。
泣くなよ、気にすんなよ、な、と一生懸命慰めてくれる、この男の顔。
へええ〜、と驚いて目を丸くしてから、そいつはすげえ、と笑い出すこの男の顔。
自分がこの男に、本当に庇われ、守られてきたこと、いつしか自分がその中で、本当に安らいでいたことを、今思い知る。
「ムサシさま。
死なないで下さい。死なないで」
泣きながら、姫は武蔵の顔に頬擦りした。涙が武蔵の顔を濡らす。
でへ、と笑い声が上がって、隼人は眉を上げた。
「極楽だ」
やれやれ、と眉をおろす。実際、とんでもないことをするものだ。俺にはマネができない。する気もないが。
そんな言い方で、相手のただひたすらな誠実というものを、感嘆し賞賛する。
「姫」
背後から、絶望に満ちた声がする。「あと少しで夜が明けるわ」
姫は武蔵の顔を膝にのせたまま、静かな声で、
「泡になって消えてもいいわ。もう、覚悟は出来ています」
「姫」
姉たちに、ごめんなさいと詫びてから、また、静かに、
「でも、こんなにも、私を愛してくだすった方がいたということ、
そのことを私は知っているわ。だから、それで充分です」
血に染まった姿で言い切った。
向こうの方でばたばたという音がしはじめた。王子が起こされ、医療関係者に招集をかけたのだろう。サカナたちは、逃がした方がいいな、と隼人は思った。
「姫様方」
だが、その考えに相違して、サカナたちは更に増えてしまった。ぞくぞくと海の方から詰め掛けてくる。隼人の顔がひきつった。
「大変です。ここへ逃げたことが発覚して、今隊を整えて追いかけてきます」
「なんですって?」
最初に来た二人のサカナが顔を見合わせる。
「声のことがありますから、一人二人で追いかけるのは得策でないと思ったのでしょう。遠方からでも届く武器で、攻撃するつもりなのです」
「なんてこと。どうしましょう」
「どうしようもないわ。こちらから攻撃するしかないわ」
「そうね、精一杯、ここにいる全員で力を合わせて歌えば」
「そうよ」
皆うなづきあっている。なにやら一致団結しているのはいいのだが、と隼人は思った。よそでやってくれないか。人間が来たらお前たち、水族館で合唱するはめになるぞ。
「こちらですね!」
ああほら、すぐそこまできている。
「竜馬!中に…」
入れるな、と言う寸前に、突然、末の姫の姿が、しゅぅと一筋の煙を上げて、不意に変化した。
泡になるのか、と皆悲鳴を上げ、武蔵は懸命に目を開けた。
「おい…」
しかし、相手は泡にはならなかった。
代わりにというか、なんというか、サカナになった。

その少し前。
誰も居ない廊下の隅で、水晶珠は、しっかりと武蔵を抱える末の姫の姿を映していた。
涙と血で汚れた姫の顔と、泣くなよ、消えるな、とうめいている男の顔を、その中に見てから、
「…ちくしょう。スベタめ…男を、たらしこむことばかり…上手………」
魔女は最後にそう罵り、がくりと手を落とした。手から水晶珠が落ち、廊下を転がってやがて止まった。もう何も映っていない。
そして、軽い何かのほどけるような音の後、廊下の隅には、長い金髪と美しい容姿をした、まるで人間のような生き物のなきがらが、一人孤独に置き去りにされている。

「姫の姿が戻った」
「おお、これこそが姫だ。末の姫様だ」
「姫。わかる?もとにもどったのよ」
喜んでいる皆に、戸惑いながらうなずき、それから武蔵を見た。
相手は苦痛さえもいっとき忘れて、目を丸くして自分を見ている。
何も言えないでいる姫の、青い小さな丸い目に、ああと息をついて、
「そうか、おまえ、あの時のサカナだな、王子を、助けていた」
姫が驚いて、
「何故ご存知なのです」
そして更に、驚く。声が戻っている。ついさっきまでとは別人のような美しい声だ。
「俺たちはあの時見ていたのだ。おまえが王子を救助して、砂浜まで苦労してつれていって」
「頭を、撫でてやってたな」
隼人の後を継いでそう言って、ふふと笑った。顔色はもう紙のようだが、嬉しそうに、にこにこして、
「そうだったのかあ。…」
ゆっくり、うなずいている。なんだかひどく満足げで、姫は胸がいっぱいになった。
その後ろから、
「姫、お願い。今すぐに来て。謎の侵略者に攻め込まれているの、あいつらは私たちの城も、この地上も支配する気でいるわ」
なんですって?と姫は声を上げた。
「私が居ない間に、そんなことになっていたの?」
「突然攻め入ってきたのよ。おとうさまもおばあさまも捕まっているわ」
姫はああと嘆息した。
「あいつらはどういうことだか、ここにいる者たちの歌声を聞くと苦しむの。よくわからないのだけれど、私たちの声はタイヨウの光みたいな力があるんですって」
「あいつらはこの声にすごく弱いらしいわ。だから私たち全員で合唱すれば…そして誰よりも美しいあなたの声が戻ったのなら、あいつらなんか怖くないわ。お願い」
太陽のような波形に弱い、と聞いて隼人は考えこんだが、彼に説明をしてくれる人もサカナも居なかった。
「わかったわ。行くわ。もしたとえ途中で泡になっても、それまでにそいつらをしりぞけてみせるわ」
雄雄しく、きっぱりと言い放ち、膝の上の武蔵に、
「私、ちょっと行ってきますわね」
そうささやいて膝を外し、武蔵の頭をそっと床の上に横たえた。
「…おまえ…」
「全部、わかってくださっていて、そして私を愛してくださったムサシさま、
ほんとうに、ありがとう。必ず、助かってくださいまし。 私はなんとしてでも、その侵略者とやらを駆逐いたしますから」
そう言って、のたのたと水に入っていった。もう足がないからだ。
そのままサカナたちはぞぞぞぞと海へ出て行った。夜明けも近く、海も空も暗い蒼色をしている。その中に、黒い三角形のシルエットがいくつもいくつも連なってゆく。
ぼーとそれを見送ってから、ふと隼人が後ろを見ると、竜馬と、医師団たちが呆然と突っ立っていた。見ちゃったらしい。
そこへ、
「武蔵さんの容態はどうなのだ」
叫びながら、王子が到着した。

遠くに見えるのは潜航艇の機影だろうか。
姉妹たちは緊張の面持ちながら、いつもやっているように、皆でアーチ型をきずく。波間に、三角形の頭がきれいにならんでいる。
この中でも抜きん出て美しい声をしている末の姫は、真ん中に位置している。
他の者たちも、姫たちの周りを取り囲むようにして、ン〜。ンム〜。ムム〜。と音程を合わせる。
一拍置いて、
 主は我が光、我が救いなり 我、誰をか恐れん
 主は我が生命の力なり 我がおそれるべき者は誰ぞや
どんな有名な聖歌隊でも聞けないほどの素晴らしい合唱が、天に海に響き渡った。
この歌詞は確か賛美歌にあったような、と隼人は思った。というか、聖書か?
しかし、多分、あの連中のところへはキリスト教の宣教師もさすがに行っていないと思う。
要するに、『全知全能なる存在への賛美』といった内容の歌詞なので、聞いているこちらが知っているその辺りの歌詞に、翻訳しているのだった。
 たといいくさびと、営をつらねて我を攻むるとも、
 我が心おそれじ
誰もが聞き惚れる。体が痺れ、聴いているだけで涙が出てきて、何も言えなくなる程だ。
「思わずぼうとしてしまった。武蔵さんを早く」
医師がそう言って、同じくうっとりとききほれていた看護士たちが、慌ててストレッチャーに乗せようとした。だが、
「待って…くれ。あと、少し…」
「ダメですよ。一刻を争うんですから」
「日が、昇るまででいい。…」
苦しい息の下からそう言って、歯をくいしばり、顔を上げた。
「なんと美しい」
王子がため息をついて、
「あれは一体何だ?いかなる奇蹟なのだ?」
さながら天の使いが奏でるような歌声に、我を忘れて聞き惚れている。
おまえを愛して、おまえのためなら死んでもいいと言ったむすめが、ずっとおまえに聴かせたいと思っていた歌声だ、と武蔵は胸の中で叫んだ。もう、あと、もしかしたら、数分で、
消えてしまうかもしれないんだ。ちゃんと聴いて、決して忘れるな。
海の東の果てがバラ色にそまっていたが、いよいよこんじきの柱が天にのぼろうとするその時、末の姫が前に出て、ソロのパートを歌いはじめた。
 我声を上げて叫ぶとき、主よ、聴きたまえ
すばらしい声だった。
誰しもが今まで聴いたこともない、あでやかで豪奢でそして限りなく透明で、広がりと深みをもった、天上の歌声だ。
太陽がのぼりはじめた。
この世で何よりも眩しく力強いその光が世界を照らし出す。その一筋が、姫のもとへやってきて、彼女を包み込んだ。
これで、最後か、と武蔵が、また姉や召使いたちが息を止める中、
 また憐れみて我にこたえたまえ
その光の中、姫の歌声が、燦然と輝き響き渡るのを、一同はしっかりと聴き取った。
消えない。
泡になって消えない。確かに、朝日は昇り、その光に照らされているのに、姫は消えなかった。
武蔵と皆の顔に歓喜がふきあがる。
 汝らが我が顔をたずねもとめよと
他の全員が、喜びの合唱をつける。
 (かかる御言葉のありしとき)
 我が心汝に向かいて
 (主よ、我汝の御顔をたずねんといえり)
喜びで皆涙を流しながら、更に高く高く、歌声を重ねて行く。
「…消えなかったな」
隼人が低く言って、武蔵を見る。武蔵は泣きながら、うん、と言い、
「良かった」
そう言って、もう一度うんといい、かくんとなった。
「早く運べ。ああ、また聞き惚れてしまった」
一同は慌てて武蔵を手術室へ運んで行った。隼人はそれを見送り、また海の合唱隊の方へ顔を向ける。
合唱は続いているが、どうやら、その敵(多分、俺たちの敵でもあるんだろうと思った)とやらは歌声のゲッタービームにやられて、身動きが出来ないか、あるいはイってしまったんだろうと思った。いっかな、攻撃もしてこない。
 主を待ち望め 雄雄しかれ 汝の心を堅うせよ
 かならずや主を待ち望め
ハーモニーがゆっくりと天にのぼって、消えていった。
何も起こらない。機影は動かずにはるか向こうに浮かんでいるが、それきり動く気配も無い。
そして、姫も変わらずにそこにいて、今白い手をウロコで覆われた喉のあたりをさすった。
「姫」
「姫、やったわ。よく…」
皆感涙にむせんでいる。おうおうと泣き声だか鳴き声だかを上げながら、感動している。
人間たちはきょとーんとしたまま、まだ歌声の余韻に我を忘れている。

案の定、敵は艇の中で気絶したり、絶命したりしていた。
皆は大急ぎで海底の城へ戻り、僅かに残っていた敵の居残り兵を追い払い、城を自分たちの手に取り戻した。
助け出された王と、皇太后は事情を聞くと、しみじみと、
「陽光が我々にとって毒というのは、もう使えない迷信になっていたのですね。わたしたちの体の中にも、あの光をこいねがう因子が、在ったということなのね」
王もうなずいて、
「いわば同じ先祖を持つものたちに攻め入られ蹂躙され、それを駆逐したのが若き者達の光の声というのは、なんとも皮肉なことだ。今すぐにとはいかなくとも、これからはいたずらにあの光を避けることなく、より広い世界に目を向けよう」
おおー、と歓喜の声が上がる。お互い、隣りの者と肩をぺちぺち叩き合い、ヒレをくねらせあう。
「それにしても末の姫よ、よく無事に戻ってくれました」
「おばあさま…おとうさま…」
末の姫は深く項垂れ、涙ぐんだ。
「勝手に…独りで、あんなことをして…侵略者につけこまれる、原因すらつくってしまって…私は、なんと言ってお詫びを」
「いいのですよ。お前がどんなに深く深く悩んだかは、皆わかっています。お前を責めるものなど、誰もいやしません」
「おまえが無事に戻ってくれただけでもう充分だ。泣かなくともよい」
優しくそう言われ、姉たちに肩を抱かれ、皆に『おかえりなさい、姫』と合唱されて、末の姫は泣き出し、
「これからは、海に生きるものとして、ここで生きていきます」
そう告げた。

武蔵は緊急手術をうけ、命はとりとめた。もともと、クマなみの体力であったし、意識が戻った第一声が「腹減った」である男だから、回復も早い。
是非、武蔵さんにも出ていただかないと、と王子が言うので、結婚式は武蔵が完全に治癒した後でおこなわれた。ハリウッドスターも顔負け、という豪華な結婚式で、引き続いてお祝い行事が延々と半年くらい続きそうなのだが、さすがに式が終わったところで、一同は日本に引き上げることになった。
王子は残念がって、『今度はゲットマシンに乗っていらして下さい。是非僕を乗せて下さい』と言い、隼人がどっちつかずの返事をしたが、多分来ることはないだろう。それに王子も、興味と関心が今のところ后にすっかり動いてしまったので、ゲッターチームの方々もまあ、お帰りになってもいいかという程度になっているのだった。
「それにしてもよ」
竜馬がちらりと王子を見て、
「あれっきり姿を見ないよな、あの口のきけない女」
王子は悲しげに微笑んで、ええと呟いてから、
「探したのですが、どこにも見当たりません。前の夜までは居たのですが…でも、」
気を取り直して、明るい顔になると、
「この頃はあの娘は、天の使いだったのではないかと思うのですよ。この人を、僕のもとにつれてきてくれた、天使なのではないかとね。役割を果たしたので、天に帰ったのではないのかな」
そう言って后に微笑みかける。后もにっこりと応じる。
はあ、と気の抜けた返事をして、竜馬はみみくそをかっぽじった。聞いてられねえ、というジェスチャーなのか、耳がかゆくなったというイヤミなのか。
武蔵はもうどうでもいい、という顔で、腹のきずあとを見たりしている。
皆に見送られ、専用機は青空のもと日本に向けて飛び立った。

武蔵は日本に戻ってから、たまに海に出かけていくようになった。
今日も鼻歌を歌いながら、一応は釣りの道具など持って、研究所の軽トラに乗って出かけてゆくところだ。窓からそれを見送りつつ、
「やっぱ、あのサカナに会いにいくのかな?」
竜馬が言うと、こっちで机に向かって何か書いている隼人が、
「ま、海は世界中つながっているからな。日本に来ようと思えば、来られるんだろう」
何となく返事をした。
「あの女、本当なら消えちまうとこだったんだろ?」
「のようだな」
「でも消えなかったんだな。…てことは、」
手でナイフを持った格好をして、
「あの女が、武蔵のことが好きだったってことになるって?よくわかんねえんだけどよ」
「姉とやらは、『あなたが愛した相手の血を浴びれば』とか、言ってたから、そういうことになるかな」
「ふーん」
首を捻る。腕組みをして、
「あのバカ王子にあんなに入れ込んでたくせしやがって、本命は武蔵だったのか?気の多いサカナだな」
隼人は苦笑した。
まあ、多分、自分でも気づかないほど深いところでは、ということなのだろうが。
「でも、武蔵とは、見る目があるじゃねえか」
そんなことを言ってやる仲間の声に、隼人は今度はそうだなと応じた。
「また足こさえて、武蔵と付き合うってことはしねえのかな」
「それはもうないだろう。お互い、それぞれの場所で頑張っていこう、たまには会おう、というあたりじゃないか」
「エンコーレンアイだな。…違うな。エンキョリレンアイだ」
隼人は今度はちょっと声を上げて笑った。

ただいま〜と戻ってきた男はすっかり日焼けしてまっかっかになっている。
「おう、うまそうだな」
「俺もそう思う」
そう言ってがっはっはと笑い、そうだこの次忘れないようにしないと、と引き出しを開け、
「これこれ」
出して来たのはカセットテープだった。
「なんだよ、それ」
「今度あのコにこれ覚えてもらって、歌ってもらおうと思ってよ」
「ああ、すげえいい声してたからな。きっと上手に歌うだろうぜ。何の曲だ?」
「おう」
ラジカセを持って来てかちゃとセットし、再生を押す。
しー、という沈黙の後、華々しいトランペットの音がけたたましく、
ぱららららっぱらっぱらっぱっぱっぱららららっぱらっぱらっぱっぱっ
とことことっととっととっとっとっとことことっととっととっとっとっ
やがらリズミカルに勇ましく、タイコの音が続く。フルオーケストラが忙しく、
てけてけて!(どんどん)てけてけて、てけてけて!(どんどん)てけてけて、
ぱらっぱらっぱっぱっぱっぱららら
「ガン!ガン!ガン!ガン!」
武蔵の怒鳴り声に続いて、ささきい○おの朗々たる歌声が、
「わかいいのちがまっかにもぇ〜てぇ〜」ぱーぱぱ、ぱーぱぱ〜
「…これを」
「あの女に歌わせるのか?」
竜馬と隼人がそれぞれ呆然と呟いた。武蔵はおうっとうなずいて、
「ガッツ!ガッツ!ゲッターガッツ!」
拳を振り上げた。
竜馬と隼人はそれぞれ、あのサカナが、岩棚に置かれたラジカセから流れるこの曲を聴かされて、途方にくれているところを想像し、竜馬は思わず笑い出し、
「…難儀なことだな」
隼人が珍しく同情的に呟いた。

[UP:2003/11/23]

完結です。気がつけばシリーズ最長。すみません。こんなに長くなるとは思わなかった。
これも犬を連れた少年のことを考えていた頃に、下半身が尾ひれのお姫様は泡になるしかないのすか、と疑問に思っていました。といいますかね、穢れなき魂だとか、無償の愛だとか、それ自体よりも、それをいかにも美しく儚いものとして美化して書いている側に対してムカついたんだな。
誰だって自分の納得のいくまで生きなくちゃだめっすよ。てことでした。

実は最初は隼人で考えていたのです。姫に対して理路整然と分析し助言してあげながら、心の底に可哀想に思う気持ち、真剣なその思いに対して仄かに好意をもつという感じ。
でもやっぱり、正の力の爆発力が、隼人には欠けている。作中でそのようなニュアンスを言わせてましたけど。理屈でなく体当たりで彼女を救おうとするムチャさってのがないと、ダメだから。

こんなに長いのにゲッターロボが出てこないせいで妙に物足りないです。
お付き合いいただいて誠に有難うございました。

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