夜明けの道


その日、流竜馬は非番だった。
久々に下界に下りて、プラモデルと、千円の釣竿セットと、マンガと、エロ本と、今気に入っているチョコレート菓子を買って、足取りも軽く歩いている。ぼろいTシャツにぼろいずぼん、ぼろいコートを着ている。包帯を巻けば、有無を言わさずA級監獄にぶちこまれるであろう。
今日はこれらで一日楽しもう、と思わず笑いがこぼれた時、手首の時計がアラーム音を発した。
「俺だ」
『敵よ。今イーグル号を運んでるわ。そこから200mくらい行った先に小学校があるから、校庭で待ってて』
「了解」
竜馬は荷物を抱え直すと、走り出した。これらで楽しむのは次の非番日になりそうだ。ちぇっ、と舌打ちしながらも、四肢は戦闘の意欲に疼き出している。根っから暴れん坊将軍なのだ。
小学校の校庭に駆け込むと、子供らがドッヂボールに興じていた。
「ガキども、どけ!邪魔だ」
鬼のような形相で怒鳴る。どう見ても、父兄やPTA関係者には見えない。
一瞬皆棒立ちになり、ある子は泣き出し、ある子は逃げ出した。どっちも出来ず震えている子もいる。
「えーんえーん」
「ママ、こわいよ」
「やかましい!」
いらいらしてわめくと、遥か上空から爆音が近づいてきて、真っ赤な機体が静止し、垂直に降りて来る。キャノピーが開いて、ミチルがひらりと飛び降りた。
「ご苦労様。場所はここから北へ20キロ。作ったばかりの国道ふんづけてるわ。街まで来ないように食い止めて。隼人くんと武蔵くんは先に行ってるわ。急いで」
そこまで一気に言ってから、周りの惨状に気づく。子供らはわんわん泣いているし、校舎から教員と思われる人間がばらばら走ってくるのも見える。あららら、という顔をしているミチルに、
「これ持ってってくれ。勝手に食うなよ」
どさん、と山のような荷物を押し付けられ、ミチルはよろめいてから、慌ててバランスを取り、
「そんなことしないわよ!武蔵くんじゃないんだから」
「ならいい」
にやりと笑って操縦桿を握った。
イーグル号が爆音とともに消え去った後に残されたミチルは、でかい荷物を抱えたまま、ぺこぺこと頭を下げるはめになった。「これだから早乙女研究所が近くにあると」「またあんたらか。前にも一度」「あのーでも一応はニホンの平和のために働いてるんですけど」「わーんわーん」(うるさいわね、どいつもこいつも)
音の速さで飛ぶ真っ赤な機体の行く手に、どしんどしん歩き回って道を壊しているメカザウルスの姿が見えてきた。やたら長いシッポに、首が、
「ええと…四本か?」
つぶやいた途端、
『五本だ、バカ』
『どこで遊んでたんだよ。おそいぞ、バカ』
容赦のない通信が両者からあった。白と黄の機体が敵の向こう側からあらわれ、鮮やかに身を捻って敵の攻撃を避けると、イーグルの側へ来た。
「バカバカ言うな!一本隠れて見えなかったんだ!それに俺は非番だったんだぞ!」
『泣き言は全部終わってからにしろ』
『そうだ。あのダブラスM2みたいな奴をなんとかしてからだ。…じゃない、ロクロンQ9かな』
とたん、首の一つが光を吐いた。
「おっと」
危ういところで武蔵がかわした。光は下方の雑木林をなめた。
武蔵をからかうようなことを言おうとして、隼人が声をのむ。雑木林がねこそぎ、ぺろりとなくなっていた。一拍置いて叫んだ。
「お前ら、あの光に当たるな!破壊じゃなく、消滅させられるぞ」
「破壊も消滅も同じだろう」
「どこが違うんだよ」
二人が同時に言った。隼人は違う!バカ、と怒鳴った。
「バラバラにぶっ壊すんじゃなく、消すんだ!消して、別の」
その時。
なにいってんだかさっぱりわかんねえ、とにかく合体しちまおうぜ、とわめいた竜馬の行く手に、『隠れて見えなかった一本』が、あらわれた。
「あ」
視界が真っ白になる。
「リョウ!」
「竜馬!」
二人の絶叫が届いたかどうかは、わからない。イーグル号は、搭乗員もろとも、痕跡も残さず消えていた。

少年はいつものように、そまつな石版と命のように貴重なチョークを持って、歩いていた。
早朝の仕事が終わったあと、この時間に、彼はいつも、絵を描くために丘を越え、人の来ない彼だけの秘密の場所へ向かうのだった。
彼にとって、今ではただひとりの家族である友が、忠実にすぐ傍らをついてくる。繁みをくぐりぬけ、ぽかりと開いた場所に出て、そこで彼と彼の友は、びっくり仰天した。
見たこともない人間が倒れている。駆け寄り、懸命の努力をし、仰向けにした。あちこち負傷しているし、火傷も負っているが、どうやら生きている。日に焼けた顔に眉が逞しいが、その下の目は苦しげにとじられたままだ。身なりは、彼にも負けないほどみずぼらしい。
「行き倒れかな、どうしたんだろう」
答えが言葉では返ってこないことは知っていたが、いつものように、彼は彼の友にそう言った。友は、あれと関係がある思いますよ、というように顔を向けた。そちらを見て、少年は更に驚いた。なんだろう?風車小屋の屋根より赤い、不思議な乗り物が、こずえにひっかかって止まっている。
何もかも少年の想像を超えた事態だったが、
「とにかく、このひとを運ぼう。手伝っておくれ」
友は当然のように側へ来て、その背中を貸そうと、後ろを向いた。

何か、不愉快な響きが、さっきから頭の中をかきまわしている。
何だろう?人の声のような気がするが、意味がわからない。そのことが余計に苛立ちを増す。
それにしても、なんて嫌な調子だろう。ぎすぎすと、意地が悪く、なぶるような、居丈高な口調だ。絶対に、相手の反撃がないとわかっている上で、得意げに相手の上にのしかかって喋り続けているのがわかる。
頭蓋の中でアブが飛び回っているような気分だ。むかむかする。腹が立ってガマンできない。
………
少年は、じっと我慢してうつむいていた。
他に何も出来ないからだ。
お前は一体なんだ?ろくな稼ぎも無く、この村に居て村のためになることが一つでもあるのか?あるというのなら教えて欲しいものだ。そう言われても、これです、と言い返すものが、少年には何もなかったからだ。
側で、少年の友人が、じっと堪えているのがわかる。友は、少年がこんな目に遭わされていることに、いいようのない怒りをおぼえていた。しかし、彼が怒り、少年を虐げている相手を負かせたら、少年がもっと困った状況になる。それがわかっているから、必死で、怒りを抑えているのだった。
記憶によれば、先月お前は家賃を払っていないはずだな。違うか?答えろ。
払っていません、だんなさん。
そうだな。私の記憶は正しい。そして今月の家賃の支払いはいつだったかな。
昨日です、だんなさん。
そうだな。そしてお前は今月分も家賃を払っていない。違うか?答えろ。
違いません。少年の顔は薔薇色に染まっていた。屈辱とかなしみの薔薇の色だった。
男の鼻ひげが満足げに、そして残忍にひくひくと動いた。
二ヶ月も家賃を払わないろくでなしを置いておくなんてことが、あっていいものだろうか。どうだ。どう思う。
少年はくちびるを噛んだ。何と答えれば良いのか?何と答えれば、この男は少年を置いておいてくれるのか?
男がさらに何か言い募ろうとしたそのときだった。
「やかましい!黙れ!!」
怒鳴り声が、狭い小屋の中をびりびりと揺り動かした。男と、少年は飛び上がり、少年の友はくるりと振り返った。その目に、小屋にたった一つだけある寝台から、上体を起こした男が映った。
ヒゲの男が憤った調子で何か言い返した。
「うるせえ!てめえか、さっきからヘドの出るような調子でねちねちねちねちと!それ以上喋ってみろ、ぶっとばすぞ!」
少年が慌てて、両者を押し留めようとしたが、どちらも少年の制止など聞きはしない。ひげ男が完全に腹を立て、何か激しく糾弾しながらつめよってきた。と、全部言わないうちに、男の拳が眉間にヒットしてふっとんだ。が、
「うわ、わわわわ!」
どさん、と音がして男が寝台からおっこちた。続いて、
「いてぇぇぇ!」
男の絶叫が響く。悲鳴を上げながら自分の足を見ると、包帯のカタマリと化している。この脚だったので、殴った時の体重移動を支えきれなかったらしい。
「い、い、いて…ちくしょ…くぅぅ」
歯を食いしばって涙をこらえる。少年が慌てて駆け寄ってきた。
何か話し掛けて、顔を覗き込む。―――
流竜馬は、今まで天使というものを見た事はなかったが、多分、これがそうなのだろう。眩しい金色の髪、吸い込まれるような純粋に青い瞳、白い肌に薄紅いろの頬と少女のような唇。
天使の側に、いかなる時も彼のそばに控えている友がやはり居て、竜馬を、じっと見つめている。
「…なんで、ナニ言ってんのかわかんねえのかと思ったら、ここは天国か。…」
彼らは目を見合わせる。竜馬は、痛みを堪えて、なんとか床に座り直した。手を貸してくれる、天使と見えたのは、まだ年端もいかない少年であった。つぎのあたったつんつるてんのズボンに、色が褪せて擦り切れた上衣、気の毒になるほど貧しい格好をしている。体つきも、痩せて華奢だし、色白の肌は栄養不足の為らしい。
「違うな。…随分ハラの減ってそうなガキだってだけだ」
少年は心配そうな顔に、少し笑みを浮かべた。相手が思いのほか元気なので、安心したらしい。と、床にのびていたヒゲ男がうめいて、起き上がった。少年は振り返って、何か叫び、今度はそっちを介抱しようとした。
ばしっと音がした。男に払われて少年が床に転がったのだった。その上に口汚く何か罵って、蹴ろうとする。
少年の友が身構えるより先に、
「何だ、てめえ!そこ動くな。蹴り返してやる」
怪我した足をかばうでなく、無理やり立ち上がって、竜馬は男に近寄ろうとした。今度はヒゲ男は慌てて飛び出して行った。最後に何か捨てゼリフを吐いたが、竜馬には意味がわからないので平気だった。
「ざまあみろ。おとといきやがれ、クソ野郎。ペッ」
口汚い。よそからやってきて介抱されている人間の取る態度ではない。少年はちょっとどぎまぎと相手を見上げた。
…なんておおきなひとだろう。秘密の場所に倒れている時も、クマみたいに大きいと思ったけれど、こうして立っているのをみると本当に大きい。髪はぼさぼさだし顔も手も汚いし、目はぎらぎらして野獣のようだ。何を言っているのかわからない声は太く低く、雷鳴のように響いて、こっちの心臓をわしづかみにする。…どう見ても、山賊だ。街の警察には、手配書が回っているのかも知れない。でも、
「あん。なんだ、ひとのことジロジロ見やがって。…そういや、これ、お前がやってくれたのか?」
そう言いながら包帯のカタマリを示す。少年は「?」という顔をしている。竜馬はいらいらして、
「おまえが、これを、むすんだのか」
言いながら身振り手振りで、相手のうすい胸をとんと突き、包帯をぐるぐる巻く仕草をした。少年がこっくりとうなづくと、
「そうか。ありがとうよ」
そう言って、頭をばりばりと掻き、にぃと笑った。その笑顔がとても、何だか温かく、いや熱っぽいほどで、少年は変に嬉しくなり、同じように笑った。
少年の友が、この時ゆっくりと、竜馬の側に寄った。少年はちょっと驚いた。少年の友は、そう滅多なことで、少年以外の存在、それも大人に、気を許したりはしなかったからだ。
しかし、少年の友は、竜馬に感謝していた。
彼が、少年とめぐりあってからこっち、彼の大切な大切な少年は、日々誰かに虐げられてきた。いや、少年を庇い助けてくれる存在など、皆無に等しかった。
少年の生きる社会では、少年より弱い存在はいないらしい。そして、少年を庇う必要のある人間も、やはりいないらしい。まるで「これは社会のルール」とでも言わんばかりに、少年は痛めつけられてきた。
その巨大で無慈悲な力の前で、彼は無力だった。彼の怒りは何の盾にもならない。
この見知らぬ大きな男を助けることは、彼は正直言って気が進まなかった。戸棚にあるなけなしの銅貨は、男の治療道具になってしまうだろうから。
果たしてその通りになった時、彼はこの男にも憤りを感じた。だが。
この見知らぬ大きな男は、先頭切って少年を苛めてきた男を、撃退してくれた。
「おっ、お、なんだ。お前」
竜馬はちょっと戸惑った。彼の目には、灰色の大きな犬が、尻尾をゆっくり、ゆっくり振りながら、鼻面を竜馬の手に押し付けてくるのが映っていた。
かなり年老いた、がっちりした大型犬だ。皮の紐で擦り切れた肩口の毛、あちこちに走る傷あとが、この犬が働いて働いて生きてきた日々を物語っている。
「なんだよ。…怒っちゃいねえようだな」
首筋を撫でてやる。耳をぴこ、ぴこと動かして、ちょっと竜馬の手を舐めた。そんな友と、不思議な大男の姿を見比べて、少年はなんだかとても、幸せな気持ちになった。

[UP:2001/10/17]

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