足音が階段を下りて来た。
コンクリ打ち放しの、灰色の四角い部屋の一面に並ぶひしゃげたロッカーに向かい、扉を開けた時、背後から、
「来たな」
肩越しにちらと声の方を見やった。
抜きん出て長身の金髪碧眼の白人と、いかにもその手下という雰囲気の男たちが十人ちかく、殺風景な地下のロッカー室に居たのは、どうやら今降りてきた男を待ち構えていたらしい。
一様に、残忍で、淫猥な、暗い笑いを、目と口元に浮かべて、男を眺めている。
「お前は自分の立場を弁えるって考えがないようだな、日本人」
首領格の男が、低く威圧的な口調で言った。
「お前の国でどうだったか知らないが、ここではお前はただの下っ端だ。それを、この辺で体に教えておいてやる。抵抗は無駄だぞ。苦痛が増すだけだ」
「俺たちにとっては、楽しみが増すから、したければしてもいいがな?」
すぐ隣りにいる男が無駄口を叩いて、ケケケと笑った。
男たちがゆらりと左右に散る。手や、腰に、手錠やら、縄やらを持っている。
連中が何をするつもりなのか、自分が今から何をされそうになっているのか、わからない訳ではないだろうが、男は何の怯えも戸惑いも見せなかった。ただ、濃い眉を寄せ、強い光を放つ目に、不機嫌そうな表情を浮かべただけだった。
「ほう。意外だな、抵抗しないのか?てっきり吠えて噛み付いてくると思ったがな?ナガレ」
相手は男の名字を呼んだ。
―――流竜馬は、まだ、返事をしない。別に、油断なく相手の動向を窺っている、という訳でもないようだ。隙を突いて逃げようと思っているようでもないし、勿論舌先三寸でこの場をやり過ごそうと頭を働かせているのでもない。ただ、下らなくて相手をしたくないのと、億劫なのと、…とにかくつまらない、と言いたそうな顔で、ほぼ全員自分より背の高い白人たちを、見ている。
下は迷彩服、上は襟の破れたTシャツ一枚だ。何の重装備をしているわけでもない。武器も持っていない。勝ち目はこれっぽっちも無さそうだ。
「覚悟を決めたということか?なんだ、張り合いが無いぞ。お前の悲鳴や泣き声を聞きたい奴らばかりなんだ、少しは嫌がってみせろよ、日本人」
「こいつ、案外こういう目に遭い慣れてるんじゃないですか、シュワルツさん」
「そうだな。いかにも『襲って下さい』てツラだからな」
下品な笑い声が起こる。それに対しても何の反応も示さない。
一番、竜馬の近くに居た一人が、そういえばと言って、
「俺は、こいつは同じチームの誰だかの処理係だって聞いたぜ。何て言ったか。確か、神隼人…」
その瞬間、竜馬から何か、飛んだように見えた。男の絶叫が響き渡り、一同が思わず一歩引いた。さっきまで喋っていた男が、顎を拳でぶち砕かれて床に転がりのたうっている。
「てめえらの汚ねえ口でハヤトの名を呼ぶな」
火のような激しさで怒鳴り散らす。ついさっきまでの、物憂げにさえ見えていた容貌が一変している。
一同は声を飲み、ぎらぎらとけものじみた目つきでにらみつけてくる男をしばし見返したが、シュワルツはフンと鼻で笑った。
「図星か。飼い主を侮辱する奴は許さないってわけか。わかった。ナガレ、」
やれ、というように手を振りながら、
「これからの一部始終をフィルムに収めて、お前の飼い主にプレゼントしてやるよ」
隣りの男がビデオを回し始めたのと同時に、男たちが襲い掛かってきた。
最初の五秒で二人が、それぞれ壁と床に叩き付けられたのを見た時、男たちは自分らの計画が、そう簡単に遂行できるものではなかったとようやく解った。後ろに回って押え込もうとした一人が、頭突きをくらってよろめいた所に容赦ない蹴りをくらってふっとんだ。ロッカーにぶつかって派手な音を立ててバウンドした所に、もうひとり、鳩尾に穴があきそうな突きを食らった男が飛んできて、激突した。人数は減る一方だ。
カメラをのぞいていた男が、動揺した顔でシュワルツを見た。
「仕方のない駄々っ子だな。こいつで大人しくさせるしかないようだ」
そう言って、懐から出したのは、弾丸だった。麻酔弾か、弛緩弾か、その類のものだろう。手慣れた手つきで素早く銃に込めると、一歩下がって、構えた。
金属の凶器が放つ匂いを、野生の獣が嗅ぎ分けるように、竜馬はひとりの脛骨を叩き折りながらはっとこちらを見た。
いい勘だ、しかし遅かったな。男は引鉄にかけた指に力を込めた。その瞬間、男の脳裏には、相手がもがきながら床に倒れ、それからここにいる全員(大分、数は減ったが)に弄られる姿が、既に見えていた。故に、男は満足げに笑った。…
しかし、いつまでたっても銃声は聞こえず、その代わりに、男の声が、室内に響き渡った。
えっ?と全員が驚愕して、振り返る。その隙に二人を屠ってから、竜馬も男の様子を窺う。シュワルツは手から銃を落とした。見ると、右肩に、ナイフが刺さっている。鍔のない、投げるためのナイフだ。
「え、え、どこから…」
カメラの男が完全に動揺し、きょときょとと周りを見回した。
その時には、すでに、靴音は聞こえていた。この部屋に唯一ある、他の部屋との通路である上からの階段から、下りてきた人間が、今姿を見せた。
黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い靴、黒い髪。身分証明を胸にひっかけている。燕尾服のハンカチのように。
黒い、冷たい目、薄い唇にタバコをくわえ、二本目のナイフを無造作に指にはさんでいる。唇が歪んだ。冷笑だった。
「俺の竜馬に何をしようってんだ?」
神隼人だった。
「ハヤト!」
竜馬の嬉しそうな声が響き渡る。こいつが、と言いかけた、首領格とカメラ係以外では最後の一人を、思い切り力をのせた膝で蹴り上げ、左の拳でぶちのめすと、駆け寄ってきた。
「久し振りじゃねえか!何やってたんだよ!」
「久し振りか?日本からこっちに来て以来だろう?大して経ってないんじゃないのか」
「クソ意地の悪いこと言ってんじゃねえよ」
ぶすくれながらも、嬉しくてしょうがないでいる相手の顔を見て、隼人はふふと笑った。その顔を見て、竜馬が心から嬉しそうに笑った。まるで別人だと、残りの男らは思った。二人とも、さっきまでの顔と全然違う。
「何なんだここは?手伝えっていうからわざわざ来てんのによ、さっぱり出撃は出来ねえ、俺はこんなクソどもにつまんねえコトされそうになるし、お前はエラそうな連中と会議ばっかりやってるしよ」
「そう怒るな。あと数日辛抱しろ」
するりとナイフをしまって、一方的に言い渡す相手に、むうと唇を突き出してから、
「お前がそう言うんなら、仕方ねえけど」
深々と刺さったナイフにてこずりながら、何なんだその素直さは、と男は目を剥いた。本当に…さっきまで人間でないような凶暴さを見せていた男なのか?
「やはり、飼い主には従順ということか」
呟いた時、ふっと、隼人が振り返ったように見えた。
男はふっとんで昏倒した。隼人の裏拳が見事に顔をとらえていた。床に倒れた男の側に、ゆっくりと近づいてきて、
肩の傷を、上から踏ん付けた。男が絶叫した。
低い静かな声が上から降ってくる。
「こいつはな。お前らがいいように出来るようなやつじゃないんだよ。わかったか?少し、痛い思いをすると、よく頭に入るだろう?ちゃんと、覚えろよ?」
タバコをくわえたままで、足に力を込める。更に声が上がる。すでに悲鳴になっている。
すと、目が細くなる。更に体重をかけようとした所に、
「ハヤト、もうそんな奴に構うなよ。せっかく会え……ところで何しに来たんだ、こんな所に」
「決まってるだろう」
足を外し、タバコも一回、口から外して、煙をはいてから、
「お前の顔を見にきたのさ」
「ホントかよ」
疑わしげな声を出しながら、やはり嬉しそうだ。隼人は笑ってから、
「ああ、本当だ。来てみたら何やら馬鹿な計画を立ててる連中がいたという訳だが…計画そのものはいい線いってるな。せっかくだから引き継いでやる」
「あん?」
きょとんと、子供のような目をして、拳の血を服になすって拭いている男に、
「こいつらがやろうとしていたことを代わりに俺がやるってことだよ」
臆面もなく言う相手に、
「お前なあ」
「俺ならいいんだろ。違うのか」
「違わないけど」
赤い顔で、今うめいて起き上がろうとしていた男を、寝てろバカと言って蹴り倒した。
「照れ隠しに蹴るな」
そう言って、隼人は、親指で天井を指し、
「上に使ってない部屋がある。行こうぜ」
「お…ちょっと待てよ」
急いで、自分のロッカーへ駆け戻り、着替えらしきボロキレを引っぱり出して着ている。それを見やってから、
「そうだった」
くるりと振り返って戻ってくる。腰を抜かしたようになって、床にへたっていたカメラ係のところへ行って、
「これで録るんだったな?」
「ひ」
ビデオカメラを無造作にもぎ取ると、これまた無造作に蹴り上げる。男はげぼげぼと言いながら転がっていった。
「おい、録るって、誰が。…だってよ、お前はー、」
「使い道はいろいろあるさ。お前が一人で、とかな」
ニヤリと笑う。向こうで、変態め、コピーして売りさばいて儲けたりしたらぶち殺すぞ、と罵る声がして、手荒くロッカーが閉められた。
「誰に見せるか。俺が後から独りでゆっくり鑑賞する。それとも、一緒に見るか?」
「ほざいてろ」
「ま、待…」
最後の矜持で、なんとか起き上がろうとした男を、一瞥して、隼人はあっさり言った。
「次に、俺の大事なおもちゃに手を出したら、殺すぞ」
「やるんなら場所選べよ。死体処理しやすい所にしろ。っておい、誰がおもちゃだ、誰が」
呆れたような声を聞きながら、相手が、脅しや、恫喝で『殺す』という言葉を選んだのではなく、単純に掛け値なく本当にそう思ってそう言っているのだと、男には解った。
次に、ナガレに手を出したら、本当に、こいつは、俺を殺すだろう、…腹が減ったから食事をするように、当たり前のように。
そして、そのことをナガレは承知しているし、異常だとも思っていない。
やっとわかった。こいつら…頭がおかしい。変だ。
キチ○イを見る目で自分らを見比べている男にはもはや注意を払わず、長身の黒衣とTシャツGパンは、何やら話しながら階段を上がっていった。
最後に、咥えたタバコを外して、こちらに飛ばしてよこされ、男は反射的に身を縮め、それから屈辱にうめき声を上げた。

[UP:2002/5/11]

9000ヒットを取って下さった拓海良様のリクで、『拓海さまのサイトにあるジャンル』で、『裏に載せるくらいのエッチがいい』という訳でこのようなものを書きました。だってジョジョでエッチは書かないし。北斗でエッチというのもねえ…
拓海さまは『合体も可』ということでしたが私人前で合体は書きませんので、『裏設定前提の、合体シーンなし』という不思議な話になりました。新ジャンルか?(笑)
シュワルツさんすみません。でもあなたはゲッター世界で幸せになったという天然記念物のような人ですから、いいよね、このくらい…翔に斬り殺されるかしら。
ちょっと、いつもの竜馬と違いますね。イヤだなと思ったらごめんなさい。たまには、こういう『野獣のくせに、隼人にだけはどこかで、何もかもゆるしている、飼い馴らされている(笑)竜馬』というのも面白かったんですが。たまにはね。私的には、端から見るとキ○ガイみたいなのに平然と二人の世界に入ってる彼らって好きです。あっそうだった、
上記のような状況は原作テレビどこにもありえませんので一言お断り〜

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