「今から上映するのは、6日に行われた農協会館襲撃作戦の全記録です」
部下の断りに、わかっている、とうるさげに顎をしゃくり、
「さっさと映せ」
「はっ」
失敗に終わったとわかっている記録などわざわざ見て、何の足しになるのか。この歳若い新参者は、独断的な上反省会が大好きときている。始末におえない。
舌打ちしそうになってそれを堪え、内ポケットからいらいらと葉巻を取り出して口にくわえた。途端に、背後から火の点いたマッチが差し出されてきた。こいつはこいつで、と衝撃のアルベルトは更にいらいらする。私づきの召使いと、部下の意味をはきちがえているのではなかろうか。葉巻の火を男に点けさせて満足ぶる趣味はない。シズマのライターを差し出さないだけ、まだマシと思うべきなのか。
上官の苛立ちには気づかないのか、はげ頭に逞しい鼻の男は自分の手際に満足げな表情だ。突然、全指揮権を任されてやってきた、自分より年下の男に、崇拝し敬愛してやまないアルベルトさまが顎でこき使われ鼻であしらわれている状態に、憤懣やるかたない日々を送っている。せめて、アルベルトさまが葉巻をお楽しみになられる時は、真っ先に火を点けてさしあげたい。
どうも、ここの上官と部下は、同じく現在の状況に不満を抱きながら、心が通じ合わないでいるようだ。
部屋の照明が落ち、スクリーンが下りてくる。少しばかり闇が続き、突然壁いっぱいに男の顔が映った。
『なんだ、おめぇは。BF団か?え、違う。あ、そう』
思わずアルベルトは今度こそ舌打ちをしていた。あまりの近距離のため間延びした間抜けな顔は、自分の宿敵と自他共に認めている、筈の、男だった。
「ほう、アルベルトどの、良かったですな。貴殿が追いかけ回している男のアップから始まるとは」
すかさず意地の悪い野次が飛ぶ。我慢できず言い返した。
「おかしな表現はやめろ」
「どこがおかしいのですか。貴殿も常々、戴宗(の命)はわたしのものだと」
「故意に略すな」
スクリーン下の攻防には勿論のこと無頓着に、戴宗と呼ばれている男は、二宿酔いらしい目をこすりながら、
『これからなあ、ここらでドンパチが始まるから、関係ねえ奴は逃げろ。とばっちり食っても知らねえぞ。それにしても、おえ。ちっとのみすぎたな、昨日は。げぶげぶ』
カメラに向かって、たてつづけに嫌な音をたてる。上品な眉をしかめて、純白のスーツの胸元からばりばりにのりのきいたハンカチを取り出すと、口にあて、
「こんな下品な中年のどこがよろしいのか、わたしには理解しかねますな。まあ、人の好みはすきずきですがね。まあ貴殿よりは年下だから、中年という言い方は失礼なのか」
「誤解を招く単語ばかり選んで使うな!それにこいつは貴様よりも年下だ!」
「いちいち立ち上がらないで下さい。貴殿の顔と戴宗の顔が重なって不気味だ」
ぴきぴき、とこめかみにキながら相手をにらみつけ、どすんと音を立てて座ると、もう自分とは何の関係もないとばかりに画面に背を向けてしまった。
「幻夜どの、アルベルトさまに対してその態度は失礼であろう」
「イワン殿もアルベルトどののためにそうやって頑張っておられるのに、お気の毒なことですな」
イワンの口がひしゃげたのを見て、アルベルトは何か怒鳴ろうとしたが、不意に情けなくなって、しめっぽく黙った。何故こんな低次元のことで、この私が怒鳴ったりわめいたり立ったり座ったりしなければならないのだ。なにもかも、こいつが来てからだ。ちくしょう。
画面はやがて、兄貴ぃと叫びながら巨大な男が斧を振り回しながら現れたり、はげた小男がお札で幻を作りながら飛んでまわったり、BF団の怪ロボットがわさわさ出てきたりした。つっこみを入れたり、茶々を入れるのにも飽きたらしく、幻夜も大人しくなった。ただ画面に沿った音だけが、部屋の中に響いている。あくびをかみころしながら、アルベルトがちらと幻夜を見ると、頬杖をついて退屈そうに画面を眺めている。自分から招集をかけたくせに、とまたもやむかっぱらがたった。
突然、それまでと異質な声が、ハウリングを起こしそうな勢いできんきんと室内に響き渡り、一同は思わず腰を浮かした。
『待て、BF団!お前たちの思うようにはさせないぞ!』
「ボリュームをしぼれ、バカ!鼓膜が破れる」
「な、なんですかアルベルトどの、この声は」
眉をしかめた幻夜の問いに答えるように、画面のフレームが動いて、巨大なロボットの姿が映し出された。空色と淡紅色に塗り分けられた巨体、ひときわ人の面影を残した顔立ち、眉間には黄金のユニコーンが光を返している。これほど巨大なロケットバズーカを搭載しているのに、それを巨大だと感じさせないほどの重厚さを具えている。それは別に、このロボットが原子力で動いていると思って見る、畏怖のせいだけでは決してない。
この姿を目に映す時、ひとは必ず、幾度目であろうとも、その名を口にのせてしまう。その慣習にたがわず、三人は異口同音につぶやいていた。
「ジャイアント・ロボ…」
カメラが不意にズームアップした。それに伴って、さっきの甲高い声が近くなった。部下が慌てて音をしぼる。
「いや、いい。しぼるな」
突然、幻夜に制されて、部下は瞬間幻夜とアルベルトを見比べた。アルベルトは眉間にしわをよせて、幻夜を見た。
部下に、手を延べたまま、幻夜は画面に映し出された少年の顔を凝視している。
『父さんが残してくれたロボが、お前たちの野望を砕く!行け、ロボ!あいつをやっつけろ!』
最後のほうにはキーンという機械音が入った。続いて、野獣の叫び声にも、強力な兵器が発射される音にも似た爆音が響き渡る。
ほとんど耳を塞ぎながら、何故GR1には、まるで『音声で返事をしている』ようなシステムを組み込んだのだろう、とアルベルトは思った。まさか、最初から息子の話し相手として作った訳ではあるまいな。いや、GR1があんな年端もいかない子供のおもちゃに成り下がったのは、全くの偶然だ。あと少し早く我々が手を下していれば、くだらない子供の得意げな絶叫を間抜けに拝聴することもなかったのだ。
苦々しく唇を歪めてから、なおも部屋にこだまするGR1への命令とも呼べない、そこだ!パンチだ!負けるなロボ!といった怒鳴り声に堪えかね、
「いい加減に音をしぼれ」
「は、しかし、あの」
「何がしかしだ。耳が」
「待ってください、アルベルトどの」
いつになく神妙な声に、アルベルトは幻夜の顔をもう一度、改めて見返し、
「何だ。この小僧が誰だ、と尋ねるのではなかろうな」
「いや、おそらく、その必要はないだろう。あのロボットはどう見てもGR1。そして今現在、GR1に命令を下せるのは、世界にただ一人」
「草間博士の一人息子、草間大作だ。それがどうした」
芝居がかった回りくどい相手の物言いにイライラして、先回りし促す。そんな相手の様子など気づきもしないふうで、目は相変わらず画面に釘付けのまま、
「この少年が、草間大作か」
感に堪えない、といった口調で呟く。アルベルトは首をひねり、イワンを振り返った。イワンも、何でございましょうね?と小さく返して、幻夜の様子をしげしげと眺める。
「そういえば、幻夜は草間大作が喋り動いているのを見るのは、これが初めてかも知れませんが」
イワンがふと口にした言葉を耳にして、アルベルトは不意に悪寒に似たものが背筋を這いのぼるのを感じた。そして、その悪寒を裏打ちするように、画面にじっと見入っている幻夜の目が、異様な熱を帯びてきらきら輝き始めた。
画面では、大作がほっぺたに火傷を負いながら、健気に頑張っている。
『そうだ、いいぞロボ!頑張れ!』
太腿もあらわな半ズボンの下に、か細い少年の足がすんなりと伸びている。この年頃の少年の足が持つ、危ういほどの繊細さは、女はついに一生持たない。無論、じきに少年の足はすね毛が生え、腿には筋肉か脂肪のどちらかがつく。つるつるの膝小僧はごつごつになり、くるぶしも象のように…
「やめて下さい、アルベルトどの」
「わたしは何も言っておらん」
腹立たしげな相手の声に思わず言い訳をしてから、
「貴様、一体何を考えている」
「さあ。なんでしょうな」
フン、といつものように鼻で笑ってから、今度はいとおしそうに画面をつくづくと見上げ、
「父の遺言をたったひとりで、必死に果たそうとしている健気な少年、というわけだな。…なるほど」
「なんだ、同胞意識か?私も君と同じ境遇なんだよとでも言って、気を許させるのか?洗脳してBF団に入れる気か」
「それもいいですな。そうすればGR1も我々の手に返る。一石二鳥だ」
「待て。一石二鳥だと?GR1がBF団に戻ることの他に、なにか得る利益があるのか」
「勿論、ありますよ」
今度は、アルベルトは尋ねなかった。答えた相手の顔で解ったからだった。しかし解らなかったらしいイワンが、代わりに尋ねた。
「それはなんです」
よくぞ聞いてくれた、やはりイワン殿はアルベルトどのと違ってお優しい、と嬉しそうに前置きしてから、
「草間大作自身です」
そしてにやりと笑った。イワンは絶句した。うんざりしたのか、何を言っているのか理解できないのか、どちらだろう、と思いながら、
「貴様はフケ専じゃなかったのか」
せめてものいやがらせだったが、幻夜は爽やかに笑顔で流して、
「それは国際警察機構へ入ってしまった呉学究か、むしろ貴殿ではないですか」
すっきりと立ち上がって、最後にもう一度画面を見た。BF団のロボットを駆逐したロボと、大作のまわりにエキスパートたちが集まってきて、労をねぎらっている。
『よくやったなあ、大作ぅ。立派だったぜえ』
『はいっ、ありがとうございます、戴宗さん』
嬉しそうに答える大作のほっぺたにバンソウコウを貼ってやって、後ろからぎゅっと肩を抱いて、戴宗が笑った。それに大作が笑い返す。
『ちぇっ、兄貴は大作大作って言ってばっかりなんだからよう』
『あら、鉄牛ったら、大作くんにやきもちやいてるのね。おかしいわねえ、大作くん』
『おっおい銀鈴、そんなんじゃねえってのに』
どっとうける一同。
「ファルメールのやつ、何を下らないことを言っているんだ」
誰にも聞こえないほどの小声で吐き捨ててから、眉はむっとしたまま口元だけ笑うという奇妙な顔で、
「いつもお世話になっている御礼といってはなんだが、戴宗から大作少年をひきはなしてさしあげますよ」
「わたしは貴様のような変態じゃない。勝手に仲間にするな」
「さて、どうですかな」
背を向けて部屋を出て行った。幻夜がこの部屋に入ってきたから、声を出すどころか微動だにしなかったコ・エンシャクが、日がかげった時の影のように消えた。
「ふん、フケ専の上お稚児趣味の変質者め。キ○ガイめ。BF団の品位が落ちるわ、お前の変態ハレムなら余所に作れ。この建物にさらってきたガキの部屋なんぞつくったらぶっ殺すぞ、貴様こそファザコンのガキのくせに」
聞くに堪えない内容をわめきちらすアルベルトにイワンは眉をひそめたまま、あるじの怒りが一段落つくのを待っていたが、
「しかし、確かに、GR1が我々の手に返れば、もはや戦闘力の差は比較になりません。ただ、幻夜がいうように容易く草間大作を懐柔できるのかどうかは」
「懐柔などと手ぬるいことを、奴がしている筈がなかろう。草間大作のていそ」
さすがに、自分が何を口走ろうとしているのかに気づいて、アルベルトはそこでやめた。
「は、なんと仰せに…」
「何でもない。ふん、GR1に関してのみ見れば、お前の言う通りだ。この際その点だけ見て、あとは目をつぶっていることにするか。全く不愉快だ。くそ」
結局最後は罵声になる。
「いい加減で配置換えをしてもらいたいもんだ。だが孔明にコケにされながら頼み込むのは業腹だな。そう言えば幻夜の胸糞わるい喋り方は孔明に似ているのかも知れんな」
「あの、アルベルト様」
突然なさけない声になった相手に、
「なんだ」
「もし、アルベルトさまが配置換えになられる時は、ぜひこのイワンめも、ぜひぜひ」
「わかっておる。おかしな声を出すな」
申し訳ございません、と言いながら嬉しそうな男を残して、アルベルトも部屋を出た。
配置換えか。考えてみればそんなことを望むはずもない。まだ奴をこの手にかけていない。
戴宗を倒していない。
その気持ちは、自分でも不思議なほど真摯で、かけねなく、比類なき強さと切実さで、アルベルトの四肢を奮わせる。
無論、セルバンテスの仇を討つ、己の右目の代価を払わせる、という目的はある。しかし、それらはむしろつけたしであった。
何故だか、あの酒飲みの酔っ払い、自分よりひとまわりも下の下品なあの男と闘う、そのことは、何にもましてなさなければならないことだった。あの男と闘うことは、他の全ての事に優先して、いや、順番をつけて最初にくるといった事とは別格だった。
BF団の世界征服も、正直に言えば、
炎を背負ってにやにや笑いながら、おのれの拳から白金の閃光を放ち、
『来るかよ、衝撃の』
そう言って正面きってこちらをねめ据えるあの男と戦うことの前では色褪せる。そこには、幻夜が曲解して勝手に納得していたようなことは、皆無だった。
だが…あのクソ下品なバカは、自分が何をしたのかも忘れてげらげら笑っていやがる。いつもいつも、悪いなおっさん、あれを何とかするてのが今回の俺の任務でな。また今度やろうぜ。
ふん。いずれ、わたしの拳が奴のどてッ腹を貫通したら、さすがに笑ってもいられないだろう。その時になって、真面目に闘えばよかったなどと後悔しても遅いのだ。
わかっているのか、くそ!
葉巻がぶちっといって、噛み切られた。
下へ落ちるのを左手で受けて、もう一度くわえ、指をスナップさせる。
葉巻の先がちり、と言って、炎をあげた。
私のところの幻夜はなんだか、ものすごい。…哀れなのから変態まで、七変化です。
![]() |
![]() |