北極星


「大作、ここ終わったら戻れよ。お前に何か届いてるぞ」
大作は汗を拭きながらきょとんとした顔で、今入り口のドアから首を突っ込んで怒鳴った鉄牛を見返した。ここはロボの整備工場だ。
「なんかってなんですか?」
「荷物がよ。荷物ってほどでかくはねぇんだな。包みだ」
「誰からですか?」
そう尋ねると、鉄牛の顔が複雑に歪んだ。笑うような失笑するような、とにかく笑いそうな顔で、
「まー名前は書いてないんだけどなあ。美しき幻の夜、って書いてあったな」
大作が一瞬のち、ぶわぁーと赤面した。鉄牛が声を上げて笑った。真っ赤なまま抗議する。
「鉄牛さん、笑わないで下さい」
「お前だって赤くなったじゃねえか。笑われそうだなーと思ったからだろ」
「ヘ理屈言わないで下さい!それとこれとは別です!全くもうあのひとは、どうしてそういう。ただげーんーやーって書けばいいのに」
何も言われていないのに、言い訳がましく懸命に喋り続ける。鉄牛は暫く笑ってから、
「ま、伝えたからな」
「はい。わかりました。今すぐ行ってきます」
「ただのラブレターじゃないみてぇだぞ。ヘンに膨らんでたな。少し重かったし」
「別に、何だっていいですよ!」
勝手にいじらないで下さい!と怒鳴りたいのをこらえ、これ以上いろんな人にいじくりまわされる前に、その何かを受け取ることにした。
「ロボごめん。ちょっと待ってて」
返事はないのだが、そう語りかけて、だっと駆け出した。鉄牛が更に何か言いかけたが、聞く気はないといわんばかりに、振り切って走り去った。
自分の顔が真っ赤で、熱を発しているのがわかる。
恥ずかしい。だが実は、それ以上に、嬉しかった。
前回逢ったのはいつだったろうか。
実は二人は、そう頻繁に会ってでれでれしている訳ではないのだった。大作の、国際警察機構内での立場を考えれば後ろめたい、後ろぐらいコト(BF団の人間と密会する等)を、おいそれとさせることは出来ない、というのが幻夜の意志らしい。目下の大作は『国警周期』である。その間にこっそり逢おうなどとは決して言ってこない。単なる連絡すらほとんどよこさない。
わかっていても、大作がふと不安になるほど、それは徹底していた。
(こんなこと、言っちゃいけないけど)
こんな程度と頻度の接触で、満足してしまえるくらいのものなんだろうか。
そのくらいが普通なんだろうか。自分は普通ではないのだろうか。
大作はもっと幻夜に逢いたいし、話もしたいのだ。あの気取った、スノークみたいな口調で、でも温かくて深い声音で、大作の知らないいろんなことを聞かせて欲しい。光の加減で濃い灰色に見える、一見冷ややかだけど実は感情豊かという不思議な目で、自分を見ている顔が見たい。
僕の願いはワガママなんだろうか。
…ワガママなんだろうな。もっと逢いたいですって、僕が言い出したら。
そんなことを願うんなら、しのごの言わずにBF団に入れって話になる。それは、幻夜さんはゼッタイに、ダメらしい。何が何でもダメなのだ。
ふと大作は、あの、国警とBF団の間で開かれた『今後の草間大作の所在について』というマヌケな話し合いのことを思い出した。
誠意と愛となんだかよくわからない正義を盾に懸命に譲歩を説く国警と、不満たらたらでふざけるな、いやGR1をよこすんならずーっとよこしてろ、馬鹿にしてるのか貴様ら等々罵声を浴びせるBF団の代表者の間で、話し合いはかなり時間がかかった。と、言うよりも、泥試合になった。なんというか、どうせあいつが出てくるんだろうなと思って私が来たのだ的な両者が、段々過去の因縁だの常日頃の鬱憤だのでにらみ合い、オデコをすりつけ合い、疲れも手伝って低レベルなつかみ合いになっていったのだった。部屋の中はタバコやら葉巻やらパイプやらの煙で充満し、最後にはスプリンクラーが作動して全員ずぶ濡れになった。
その間、ずっと、幻夜は白い顔でじっと座っていた。
ここぞとばかりに反り返って、私の草間大作への思いは云々と演説をぶつのかと思ったのだが、黙りこくって、どこかを凝視している。
何を見ているのだろう。大作は気になって、遠く隔たった机から、懸命に幻夜の視線を捕らえようとしたのだが、こっちを見てもくれない。だんだん必死になり、幻夜さん、と思わず声に出して呼ぼうかと思った時。
くっだらない、と片目をひくひくさせながら、衝撃のアルベルトが言い放った。
「それとも、草間大作にスパイでもさせる気か?BF団の内情を探って来させるのか?ならばこちらとしても、BF団に所属する者としての洗脳と教育を施して、それなりに使えるように」
「駄目だ」
部屋の空気をまっぷたつに裂くような、幻夜の怒鳴り声が響いた。大作は目を見開いた。
「そんなことはわたしが許さん」
青ざめる程の激情、みだれた長い髪は彼自身の苦悩を表しているのだろうか。凛とした顔と声は一般市民なら絶句して気をのまれるくらいの迫力と美しさがあった。が、生憎この部屋にいる人間で呆然とし、それから見とれたのは大作一人で、
「やかましい。偉そうに、許さんだと?フン。貴様に許してもらう気などないわ」
「全くだ。注目される場所に来ると途端に芝居づきおって。たかが孔明の手先が」
「この件については自分に一家言あるつもりなんじゃろう。ほうっておけ」
けんもほろろに言い捨てるBF団の連中と、
「許さんったって、そもそもお前さんが招いた事態じゃねえのかい」
「感情一本槍で押し切れるほど、状況は単純ではない。その手のアクションを起こすのは遠慮してもらいたい」
「申し訳ありません、どうもすみません、ちょっとその」
「なんであんたが謝るんだ。わたしは彼の身内ですみたいな態度はやめとけって。うちの大将の機嫌が悪くなるからよ」
「戴宗くん」
「ほーら」
どうも今ひとつ幻夜の怒りがわかっていない国警の面々がいるばかりであった。
大作だけが言葉も無く、幻夜の激情を見つめていた。
あの時の幻夜の顔を思い出すと、大作は胸が痛くて痛くてたまらなくなる。あの顔をきちんと表す言葉が見つからないのが、くやしくてもどかしくて本当に泣きそうになる。
それから。
もう、ただひたすら、幻夜に逢いたい気持ちが倍化する。
いっそ、BF団周期が来てしまえば、おっきい顔で逢えるのに、と思いかけ、何てこと考えるんだ、と頭をぶるぶる振る。まるきり悪者の考え方になっている。いや、そこまでの覚悟も出来ていない。もっと悪い。
BF団周期です幻夜さん、と言って逢いに行って、もし。うん逢えて嬉しいよではこれから国警と一戦交えにいくから、君もGR1をね。わかってるね。と言われたら、
はいわかりましたと言う。その覚悟をしなければ、BF団周期になればいいなんて言えないはずだ。
ずるいよ。卑怯だよ。わかってる。でも。
「急がなくていいって、呉先生も言ったもの。今は」
今はまず考えてみようって言ったもの。卑怯かも知れないけど、その言葉に縋ろう。
それでも足を掴もうとする後ろめたさを踏みつけるように、大作は速度を上げた。

部屋に入っていくと、呉と戴宗、銀鈴が机に置かれた包みのようなものを囲んで話していた。
「すみません、僕に何か送られてきたって聞いたんですけど」
「ああ、来たか大作君。これなんだが」
呉がそれを持ち上げ、大作に差し出す。神経質で、丁寧できれいな字が並んでいる。受け取って裏を見ると聞かされた通り、同じ字と華麗なスペリングで例の言い回しが書かれてある。
前に居る三人から発せられる感情の波が、微妙に揺れた。笑うような恥ずかしいような気まずいような感情が混ざり合っている波だ。普通より恥ずかしい方に傾きが大きいのは、あの男の関係者が二名ともいるからだろう。
これ、普段から何回も書いてるんだろうなあ。すっかり書きなれてるもの。
さまざまな思いをかみしめながら、
「多分これ幻夜さんだと思うんですけど…」
やや小声でそう口ごもった。顔を上げて三人を見ないのはやはり恥ずかしいのだろう。
「うん。まあ、そうだろうと我々も思う」
げほりと咳をして呉がそう言った。戴宗はなんだかうんざり気味で、
「そんな言い方する必要ねえだろ。他に誰がいるってんだ、こんな差出人。うつく」
「戴宗(さん)、もういいですから」
三人が同時に遮った。戴宗は口をむーと一文字にして黙った。
大作は早く受け取ってしまいたいので、呉の顔を見ながら、
「あの、ということで、もらっていきます。いいですよね」
手を伸ばした。が、その手を、戴宗が無言で遮った。目を、自分に向けた大作に、
「あの男から大作へってんなら、危険物が入ってるとは思わねぇけどな。逆に、俺たちがそう思うのを見越して、別の誰かが送ってきた危険物ってこともあるからな」
平然と、結構重たいことをさばさばと言ってのけた。大作はあっと思った。確かに僕は、鉄牛さんに美しき云々と書かれた包みが来たと聞いた時から、現物を見た今まで、幻夜さんからだとしか思わなかった。
そんな、ことをしてこないとも限らない人間が、大作と幻夜の間にはいくらでもいるのだ。
「だからそのう、申し訳ないんだが、一応こちらで開けさせてもらって構わないかな?」
本当に悪そうに、呉が言う。大作はなんだかショックが抜けない顔で、それでもうなづき、勿論いいですと呟いた。その表情を見て、呉と銀鈴は顔を見合わせ、戴宗はちぇっという顔になって、
「大作ぅ。やっぱ、あいつはやめといた方がいいんじゃねえのか。恋は障害が多いほど燃えるっていうけどよ、多いぞ〜〜〜〜〜。本気で多いぞ。こんなもんじゃすまねえぞ、きっと」
銀鈴が眉をひそめて、
「戴宗さん、脅すのはやめて下さい」
「だってよ。そうじゃねえか」
戴宗が困った顔をしている。いつものような、人をからかってケケケケと笑っているのとは少し違う。今回は、多少はまじめに考えているらしい。やはり相手が大作だからだろうか。と、
「僕なら大丈夫です。…皆さんに、迷惑をかけてるのは、申し訳ないですけど…」
肩を落としてそう言い、ぺことアタマを下げる大作に、戴宗はうろたえ、
「おいおいおいおい、俺は別にそんなこと言ってんじゃねえよ!違う違う。あー、気にすんな。ヘンな気の回し方するんじゃねえや、子供のくせによ」
最後には怒り出し、ポカリと殴った。
「戴宗さんったら!どうして心配してくれてたのがゲンコになっちゃうんですか」
「うるせえや。やいやい言うな」
銀鈴が、もう、と言いながら手を伸ばして大作の頭のコブ具合を診ようとしたが、大作はなんだか恥ずかしいのと、悲しいのとでその手を避けて、呉の前へ行き、呉の顔を見ずに早口で、
「早く危険物かどうか確かめて下さい」
「あ、ああ、うん」
呉は慌ててその包みを取り上げ、隣りの部屋へ行った。
部屋の真ん中にガラスの箱のようなものがある。中に入れ、部屋を出る。こちらの壁の一面がガラスばりになっていて、隣りの部屋の様子が見えるようになっている。
呉は何かのスイッチを入れ、コントローラを握った。と、隣室のガラスの箱の中で、マジックハンドのようなものが包みに向かって伸びた。
「遠隔で開けようってのさ。中身をこわしゃしないから安心しろ」
「あら、戴宗さんはこの前同じ事をしようとして、遠隔で叩き潰したじゃないですか」
「余計なことを言うな。さっきから何かちょっとお前、一言多いぞ。あー、呉先生は手先が器用だから大丈夫だからな」
「戴宗さんが特別不器用なんだわ。こなごなだったもの、あのマイクロフィルム」
「うるせぇぞ銀鈴この!」
二人が、大作の気を紛らわせようとしているのか、本気のやりとりをしているのかわからない。大作は何と言っていいかわからず、弱々しい笑いを浮かべてから、隣りの部屋の方へ目を向けた。
ちー、とマジックハンドが器用に動いて、包みの上の方を切り、ゆっくりとひろげていった。
少しずつ中から現れてきたものは、丸くて平たく黒く、CDくらいの大きさの、
「なんだ、機械…装置か?」
「何かの部品かしら?」
「大作、心当たりあるか?前に何かもらった装置とかよ。それにはめ込むところ無かったか」
首を振る。
「何ももらってません」
「スイッチのようなものがついている。入れてみます」
「おいおい、大丈夫かよ。爆発するんじゃねえだろうな」
わめいてからまずったと思い、同時に後ろから伸びてきた銀鈴の手に思い切りつねられる。
「あいた!いっちちち、ひでぇなあ。…わかってら」
最後は低く言い捨てる。爆発するかも知れないものを、まっすぐに大作が受け取っていたら、何も考えずに開けていただろう。
ほっぺたを掻きながらちろりと見ると、大作は黙ってガラスの中を見つめている。
呉は思い切って、マイナスの形をしたマジックハンドを器用に操って、スイッチを入れてみた。
と、
丸いその装置から、突然わぁっと光がふきだしてきて、四人は思わず身を引いた。
光は少しの間、強くなったり弱くなったりしていたが、やがて人の形になって安定した。大作は声を上げた。
「幻夜さん」
本当の人間がそこに立っているのかと思う。そのくらいのリアルさであった。
幻夜が、いつもの白スーツの上を脱ぎ、袖まくりをして、立っている。よく見ると額の汗までうっすら浮かんでいるのがわかる。全体に、ちょっと疲れているようだった。
『草間大作。この声を聞いていてくれるだろうか』
本物がそこで喋っているようだ。勿論、音声もあの丸い円盤から出ているのだろうが、録音した音には聞こえない。
大作はぱっと駆け出して、隣りの部屋の、映像の側まで行った。それを待っていたような間の後、幻夜はまた話し始めた。
『ホログラフの映写機を小型化してつくってみた。これは第一作目だ。あまり長時間作動しない。でも、やはりこれは君に送ろうと思う。そうは逢えないけれど、その代わりだ』
これは言わば録画で、録った時には目の前に大作がいて喋っている訳ではないのだが。
心の中で描いている大作が、よほどしっかりしているのだろう、大作の目の辺りの高さ、ではなくて、実際に今映像を見ている大作の目と、幻夜のそれは合っていた。そのことに、呉は気づき、なんだか切なくなった。
『暫く、逢っていないな。元気だろうか。万一病気にでもなったら、多分呉学究が何とかして教えてくれていると思うが、やはり心配だ。君のことだから、幻夜さんには知らせないで下さいなんて言いそうだ』
大作が何か言い返そうとしたが、やめた。無意味だということに気がついたのか、言葉をはさむより幻夜の言葉を聞こうと思ったのか、どちらだろう。
『君を知ってから、本当に夜が美しいと思えるようになった。父上には申し訳ないけれど。しかし、君と一緒に見る星を知ってから、一人で見る星がとても侘しくなった。人間とは身勝手なものだと思う』
なんだか切なくなっていた呉だったが、ここに至って歯がハグキから浮いてくるのを感じ始めていた。ぐらぐらする。今にも抜けそうだ。
ちらと見ると、銀鈴も非常に居心地の悪い顔をしている。戴宗は、知らずにとんでもないものを口に入れてしまったような顔になっている。
そして大作だけが、表情を変えずに、じっと、目の前の美しい幻を見つめている。
幻夜の影はちょっと躊躇してから、つい、という感じで言葉を継いだ。
『君は…わたしが君に逢いたいと思っている、半分でもわたしに…いや、こんなことを言う気はなかった。大作君を苦しめるばっかりじゃないか。駄目だ駄目だ。削除だ。…あれ、出来ないぞ。何だ?』
うろたえて、その場にあったのであろうキカイ類をがちゃがちゃやっている手つきをしている。昔のビデオ撮影でもあった、失敗部分の削除に更に失敗したというやつだろう。
『よし、これで消えたな。上書きをすればいいな。よし。どこからだ?ええっと』
大人三人は、トホホという感じで苦笑している。
『身勝手なものだと思う。までこれで戻ったな。よし。3、2…、…、ごほん。また逢える時には、君とまた夜空をみよう。それまでは、わたしは夜空に君を探す。
草間大作、君は、ほっ』
がー。
耳障りな音がして、音声が切れた。しかし、影の方だけは消えず、目の前の大作に向かって、なにやら熱心に告白している。
大作は焦ったが、それきり音が戻ることはなかった。影だけが一人無声音で、熱をこめ心をこめて、ずっと喋っている。
「幻夜さん、わかりません、なんて言ってるんです」
大作がたまりかねて叫んだが、勿論、どこにもその叫びは届かない。喋り終わった幻夜が、一回ちろりと装置の方を見たが、失敗には気づかなかったらしく、満足げににっこりして、
草間大作、そう言った口の形はわかった。続いて何か。さようならか、また逢える時まで、か。
最後まで、大作の目を見たまま、テレビの電源が切られたように、幻夜の姿は消えた。
光の人影が無くなったせいで、部屋が幾分暗くなったように感じられる。
「どうも、アホだな、あの男」
「すみません。昔から詰めが甘いんです」
「一本抜けてるというべきだろうな」
三人でごそごそ話をしながら、なんとなく気まずく大作の背を眺め、更に声を低めて、
「最後、何て言いかけたんでしょう。ほっ?…ほっ、何かしら」
「ほっとする、じゃねえか?君はほっとさせてくれる。多分そうだろ」
「なんだか、唐突じゃないか?」
「ほっておけない、かもな。君はほっておけない。そっちでバカな奴らにヘンなことを吹き込まれないかと不安でしょうがない。こっちの方が有りだな」
「やっぱり唐突よ。語感が変だわ」
「北極星、じゃないか」
その声に、三人はえっと叫んで入り口の方を見た。
入り口に、紅色のコートを手に携えた長身の男が立っていた。口元が、ニヤリと皮肉っぽく微笑む。その笑みを見て、三人の声が、
「村雨」
「いよう。来たのかよ」
「お疲れ様です」
ばらばらとかけられた。片手でそれに応え、歩を進めて、
「なかなか面白い上映会だった。滅多に見られるものじゃないな。というか、見ようと思って見られるものじゃない」
チクリと、棘の感じられる調子だ。戴宗がいくら『なんだあのバカは。まるっきり色ボケ野郎だな。本当にA級エージェントなのかよ。エロのAか』と延々言い散らかしても、そういう感じは受けない。
三人はうへーという顔になり、大作を見た。大作はきっとなって、振り返り、こちらの部屋の入り口まで来て、にやにや笑っている男をにらみつけた。無言で睨み続けている相手に、
「お久し振りです、くらい言わないのか?大作」
「お久し振りです村雨さん」
必要以上の大声で言う。それに、いかにも子供だなという表情をする。大作がひどく腹立たしげに唇を噛んだ。
「何故そんな顔をする。話はきいたぜ。我が国際警察機構の未来を背負って立つ大作坊やが、大活躍だそうじゃないか。BF団のエージェントを手玉に取ったって?さすがだな。他にマネの出来る奴なんかそうはいまい」
どんどん、大作の顔が赤く、歪んでゆくのを眺めながら、
「あいっ変わらずいい性格だな。やめろって」
「相変わらずコドモに優しいな、お前は」
「俺は女にも優しいぞ」
戴宗がどうでもいい部分を訂正している間に、大作の忍耐がぷつんといったらしく、
「そんな言い方はやめてください!僕は真面目なんです!」
ぷんぷくりんに膨らんだ顔を眺め、
「真面目か。やれやれ、そんな不安定で不思議な状態に居て、真面目も何もないだろう。面倒をかけられる北京支部の連中も大変だろうな」
呉と銀鈴が大慌てで何かフォローしようとしたが、その前に、
「そんなことくらい、わかってます!僕だって、僕だって皆さんには申し訳ないって…」
思ってるんですからという言葉が涙で押されそうになるのを、必死で堪える。
今度は、呉と銀鈴が大慌てで大作を慰めようとした。その前に。
「泣くなよ。どんな馬鹿げた議題だろうと、国警とBF団を一つのテーブルに座らせるなんて離れ業は、今まで誰もしおおせなかったんだ。掛け値なしに大したもんだと、本気で思っていたし、そう言おうと思っていたんだが」
「ならどうしてそんなひどいことばっかり言うんですか」
まだ泣きそうなので、それを堪えると、言い方が棒読みになる。
その顔をつくづくと眺め、
「どうしてかな。お前さんの真ん丸い真っ赤な顔を見ると、つい構っちまうんだ。ふ、ふ」
今度の笑い方は、他の面々もやれやれといっしょになって笑えるものだった。
「結局、大作くんが可愛いんでしょう?」
銀鈴が悪戯っぽくそう言うと、肩をすくめて、
「俺はお子様は嫌いだぜ。身勝手で独りよがりだからな。ま」
消えた幻夜がいたあたりを目で見て、
「お似合いってところかな。お互い、『真面目に』相手を想ってるようだし」
またそんな言い方をされて、照れるヒマもない大作は、再びふくれた。
僕だって、村雨さんなんか大嫌いですよ。
胸の中で怒鳴り散らして、幻夜の贈り物をそっと、大事に持ち上げた。これは、僕の宝物にしよう。僕の部屋でもう一度見よう。最後になんて言ってるのか、口の形でわかるかも知れないし。
ああ、本当に幻夜さんに逢いたい。村雨さんのせいでいよいよその気持ちが強くなった。

あのホログラフは、ちゃんと大作くんの手元に届いただろうか。今ごろ大作くんが観てくれているだろうか。
私のメッセージを、嬉しく受け取ってくれているだろうか。
はぁ、と切ないため息をつきながら、会議室のテーブルのすみっこでぼぇ〜と外を見ている男に、室内のほかの連中は特に注意を払わなかった。男も、他の連中に対して注意を払わなかったのでおあいこなのだが、
「…以上です。あ、国警に関してごく微細なことなのですが。パリ支部の村雨が北京支部に来ました」
「何か、パリ支部と北京支部間で執り行う必要のあることでも…」
「知らん」
イワンとアルベルトのやりとりを聞きながら、
(村雨さんって僕嫌いです。すぐに僕のこと、バカにしたりからかったり、揚げ足とったりしていじめるんです)
(でも、結局最後は助けてくれる結果になったりするんですけど。でもものすごく悔しくて、素直にありがとうございますなんて言いたくないんです)
…あの、村雨か。
…バカにしたりからかったりして、結局助けてやって。
…それって、可愛がっているって言わないか。しかも、かなり屈折したやり方で。
素直に有難うと言えないで居る大作くんを、にやにや眺めている姿を、想像してみると。
…かなり、かなりヤバイ状態ではないのか。
大作くんがまだ気づいていないからいいようなものの。
(僕、知りませんでした。村雨さんって、いい人なんですね)
(やっと気づいたのか?随分と、おつむの回転のゆっくりな坊ちゃんだな)
(やめて下さいよぉ)
あはは。あはははは…
「あのう、アルベルトさま」
「なんだ」
「幻夜の顔が…」
遠慮がちなイワンの声に、アルベルトが目を向けると、幻夜は確かに尋常ではない顔色になって座っていた。
「構わん。放って」
おけ、まで言わないうちに、幻夜が突如だーん!と立ち上がり、そのはずみでテーブルが押されてアルベルトはおえっとなった。

[UP:2002/10/11]


春紫苑さまが20000ヒットを踏んで下さって、『幻夜×大作』というお題でございました。
…って、終わらなかったよ。すみません。近日中に後編を載せます。


北極星2へ ジャイアントロボのページへ