「あっ」
思わず声が出た。上空のグレタから今、ツートーンの巨大ロボットが舞い降り、地響きを立てて地上に降りた。
ばきばきと針葉樹林を踏み潰しながら、球と対峙する位置まで移動する。
「来たか、草間大作」
(大作くん…来てくれたのだね。さあ、姿を見せてくれ)
目を感動にうるませながら不敵な声で怒鳴り、じっと外の様子を見ている幻夜は、
「ああっ」
あられもない悲鳴を上げた。
ゆっくりと近づいてくるジャイアントロボのほっぺというか、肩というか、大作の定位置に。
大作がいる。それはいい。すごくいい。しかし、そのすぐ側に。
すぐ側どころか、大作のつかまっているフレームより上の方につかまり、せまい足場のゆえに大作を後ろから抱きかかえるような姿勢で、ぴったりと寄り添っているとんでもない男は。
暗い紅色のコート。うるさい前髪。色黒のニヒルな顔に皮肉げな笑みを浮かべ、
「落とさないでくれよ大作。落ちたらロボに拾ってくれるよう、0コンマ数秒で頼んでくれ」
「知りませんよ」
「意地悪いな。いつもの仕返しか」
「そんなこと僕はしません。第一何しに来たんですか」
「だから紅葉狩りだ」
またバカにして、とそっぽを向いた方の肩をぎゅっと。ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめている、不届き千万な男は。
「むむむ、村雨健二!」
なんで。どーして。ああいうふうになるのが怖くて、大騒ぎしてここまできたとゆうのに。
何故感動の再会の筈が、開口一番あんな痴話喧嘩みたいなのを聞くはめに。
どうしてなんだ。なぜです。父さん。
彼にとって神様と似たような意味合いの対象に、泣き出しそうな気持ちで訴え、泣くものかわたしは男だ、と懸命に下唇をかみしめた。
「幻夜さん!」
懐かしいその声に呼ばれて、別の意味で涙が出てきそうになる。大作くんの声だ。わたしを呼んでいる大作くんの声だ。ああ。
「あなたの気持ちは、よくわかりました。ありがとうございます。幻夜さんの深い考えにも気づかないで最初驚いた僕を許して下さい」
なんだって?
涙ぐんだまま幻夜ははてな、と首をかしげた。何を言っているんだろう大作くんは。
「でも、今ではよくわかっています。僕らは、こんな試練に負けませんよね。たとえどれだけお互い辛い思いをしても、決して、あなたは僕の手を離しませんよね」
『離すものか』
わけがわからないながらも反射的にそう答えていた。
「嬉しいです。やっぱり幻夜さんだ」
大作はうつむいて涙を拭う。後ろの村雨は気の無い様子で肩を抱いている。やがて大作は顔を上げ、涙目で大怪球をにらみつけて、
「僕、幻夜さんの気持ちに精一杯応えます。容赦はしません。全力で戦います!行くぞ、ロボ!」
がおぉーーーん。どどどどど。
『ちょ、ちょっと待ってくれ!だ、大作く…いや草間大作、ちょっと』
「おい、お前の幻夜さんが何か悲鳴を上げているようだぞ」
しかし、どちらの男の声も、ロボの発する声と音にかき消されて、眦を決した大作の耳には届かなかった。
だが、激しい衝撃音と、悲鳴と、歯の浮くような金属音は、耳に届いて、大作は思わず叫んだ。
「ロボ、止まれ!」
ジャイアントロボが小さな、ロボ使いの荒い主人の命令を必死で守ってブレーキをかった。吹っ飛びそうになる大作を、村雨がしっかりと抱きとめた。村雨の胸の中で騒ぎの方を見る。
右手の方向だ。山沿いを這っている○○○ラインと呼ばれる類の道の、カーブ間際に停車していた車が、何かの原因でエンジンが爆発したらしい。自分の前にいたに激突し、サイドブレーキを引いていなかった車は崖っぷちから飛び出しかけた。危うく止まったが、ゆっくりとバランスを崩し始めた。
「助けて」
「落ちる、落ちる」
悲鳴がどんどん大きくなる。
「ロボ、助けに行け、早く」
がおーん。
ばきばきばき。めりめり。ジャイアントロボは懸命に樹木を掻き分け踏み潰し踏み越え、大きな手を差し出して落下しつつある車を救助にかかった。
ばき。ばき。樹木を踏み潰すのとは違う音が不定期に左手の方から聞こえてきて、大作はあっと思ってそっちを見る。
一同の左手の、一段高くなった土地には、京都タワーのような円柱型の展望塔があった。老朽化したので取り壊していたらしい。丁度、切り外した上部を下へ下ろしていたところで突然シズマが停まったため、作業中の機械や貨車におかしな形で計算外の負荷がかかり、それに耐え切れなくなったのだろう。
旧いコンクリートの円柱がめりめりと言いながら機械車や作業員を押しつぶしそうになっている。悲鳴が上がりだした。
「ダメだ、間に合わない!」
大作が大声を上げた。幻夜はとっさに…なんとかしようと思ったが、どうにも出来ない。文字通り手も足もないから円柱と人々の間に割って入るくらいしかないだろうが、とてもそんな素早く精密な動きはできない。
(ど、どうしよう。わたしのせいでなんだかまずい事態になっている)
動揺している幻夜の耳に、村雨の冷め切った声が聞こえてきた。
「やれやれ。仕方ない、あっちは俺がなんとかするしかないな」
「どうやってですか!できるんなら早くしてください!」
「きゃんきゃん叫ぶなよ。おい、出番だ。頼む、来てくれ」
何に向かってということもなく、まるで目の前にいる人間に言うように、村雨はそう呼びかけた。数秒も無いうちに、キーン、という音が上空から聞こえてきて、はっと見上げると、それは軽々と下りてきた。
身の丈20mほど、青銅色の身体と、同色の鎧を見につけ、サンダル履きで腰には剣をはき、なるほど赤いマントを首で結んで後ろに垂らした、不思議な巨人がすとっと降り立ったのだ。
非常に人間っぽい顔立ちをしている。西洋人の顔立ちに見えるが、どこか大陸系にも見える。黒目はないが、瞳全体が何かの宝石のような、黄色っぽい光を放っている。
ぽかーんとしてそれを見つめている大作と幻夜をよそに、ジャイアントロボは一人で車と中の人間を救っている。ちょっと孤独だ。
「おい、頼むぜ。あの倒れそうな筒をささえて、作業関係の連中に迷惑のかからないところに運んでくれ」
石像は返事もしないで再びどういう仕組みなのか知らないが宙に浮かび上がり、紙で出来ているような身の軽さで、今にも倒れそうな円柱のところまで移動した。人々は再び悲鳴を上げた。
「なんですか、あれは」
イワンが呟いた後ろで、満足げな声が起こった。
「とうとう出てきたな。ふふふ。うふふふ」
低く笑ってから、アルベルトの向かっているコンソールに手を伸ばし、
「幻夜どの」
『はっ?』
裏返りそうな返事がきた。
「あの怪しい石像はなんでしょうな。新しい国際警察機構の兵器かも知れない。捕獲したいと思います。よろしいか」
『あ、はい…』
なんだか要領をえないまま男のペースにのせられている。まあいつもの光景だ。
「少しの間だけシズマを復帰させていただきたい。でないとBF団のロボットも近づけませんからな。ははは」
苦笑する。相手もつられて情けなく笑った。アルベルトはイヤになった。
「無事石像を奪取したらあとはお任せします。次に連絡を入れたらシズマを宜しく」
ブツと連絡を切り、再びアルベルトの後ろへ戻っていった。アルベルトが後ろを見ないで、
「説明しろ。何だあれは」
「正確なところは私とて知りませんよ。知るのはこれからです。奪取してここに運んでからゆっくりとね…私が知っているのは、せいぜい」
どうしようかな、というように困った微笑み方をしていたが、まあいいやこの男にはバレてるしと思ったのか、
「あれが古代アトランティスの人間がつくりだした守り神であるということ、無敵と言って憚らないほどの力を秘めていること、人の命令を聞いて従い、そのために何の器具も使用していないこと、解析のためパリ支部の村雨が密かに(おそらく海底深くを着いて来させたのでしょうが)北京支部まで運んできたということ、」
一回息を吸ってから、
「だけです」
「それだけ知っていれば不足はなにもあるまい。貴様の狙いは最初からあれだったのだな?」
「何のことでしょう」
「今更とぼけるな。あのアホをたきつけてクソガキに逢いに行かせる。邪魔が入らないようにアンチシズマフィールドを張らせる。それでもやってこられるのはGR1と、まだシズマドライブなんぞ出来てもいない昔につくられた謎の力持ちの石像だけだ。どこにあるのか周辺海域を躍起になって探し回るより、そうやっておびき出した方が効率的だからな。のこのこやってきた所をふんづかまえてさらってくると。そういう計画だろうが」
「はてさて、アルベルトどのは想像力が豊かでいらっしゃる」
ふふふふと楽しそうに笑って、
「きっと素晴らしい推理作家か童話作家になれますぞ」
ふわふわと扇ぐたびに何かいい匂いがする。人によっては線香の匂いだと思うだろう。男を、やはり見ないまま、
「貴様がたきつけたアホはどうする。作戦大失敗の面倒は見ないのか」
男は片方の口元で笑って、こちらを見ない男のハート型の後頭部を一瞥し、
「貴方の言い方をするなら、『することはちゃんとしたので、もう後はどうでもよい』といったところですかな。あくまで、貴方の言い方をするなら、ですが」
「貴様の言い方をするならどうなのだ」
「頑張って草間博士の息子との愛を貫きなさいと、それだけ言ってさしあげたい」
アルベルトの肩が不快さを表明してそびやかされた。
一方現場では、すばらしい力強さで、石像が活躍していた。ばきばきばき。めきめき、どっさーん。もうもう。げほげほげほ…
見事、人々を押しつぶそうとしていた石とコンクリートと鉄骨のかたまりは、無事に移動した。視界ゼロの土埃がおさまった後、そこにすっくと立っている青銅の像を見上げ、口々に、
「信じられない。助かったぞ」
「国警のロボットなのか?素晴らしい。ものすごいデザインだけど」
「芸術的なんだよ。とにかくばんざーい」
「おーい、ありがとうー。ばんざーい」
歓声を浴びている石像を、大作はしばらくぼーとして眺めていたが、
「あれが、その、海底から出てきたっていう石像ですか?」
「そうだ。どうだい、なかなか頼りになるだろう」
「はい」
大作は村雨を見上げて、ぺこと頭を下げ、
「ありがとうございます村雨さん、すごいです」
「素直だな」
そう言って笑ってから、ちょっと考え、言わなくてもいいことを言う。
「今思ったが、あいつの方がロボよりすばやいな。小ぶりな分小回りが利くのか」
大作は再びむっとした。
「ロボだってちゃんと働いたんですからね」
「別に、ロボは働いてないなんて言ってないだろうが。それとも言ったか?」
「言ってませんけど!」
強く怒鳴った途端足が滑った。村雨がとっさに抱きとめる。
「怒ってもいいがちゃんとつかまってろ。落ちたらコトだぞ。なんだ、さっきまで殊勝なことを言って俺を見てたくせに」
「村雨さんがそうやって僕を怒らせるんじゃないですかぁ!」
「ちゃんとつかまれ、ほら」
腹を立てながら村雨の腕にすがりついている大作の姿は、涙で歪んでよく見えない。
やめろ〜〜〜やめてくれ〜〜〜
スピーカから聞こえてくる低い呪いの嘆きを聞きながら、アルベルトが何か罵ろうとした時、
『そろそろアンチシズマフィールドに到達します』
「よろしい。幻夜どの。聞こえますかな」
再び、横に出てきた男が言った。
「シズマを復帰させて下さい。お願いします」
『…、………は』
かーなしくて悲しくてとて〜もや〜り〜きれ〜ない、といった声でどうやらはいと言ったようだ。ヴン、と音がした。振動がこちらまで伝わってくるような気がする。モニタの中では、突然また動くようになった車に驚いたり、騒いだり、慌てて逃げようとするが前がつかえていて動けないでいる人間でごったがえしている。
「シズマが戻ったのか?」
村雨が辺りを見て取った時、さっき石像がやってきた時のように、上空から二機のロボットが降りてきた。
どっちも、見た覚えがある。頭がつるりとしたやつと、目つきの変なダルマだ。
「二機も投入するとは」
「随分力を入れてるな」
やつれた投げやりな声で幻夜が、冷めた無関心な調子で村雨が、それぞれ呟いた。二機は有無を言わさず石像に近づいていく。石像のそばでバンザイをしていた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
と、頭つるりがぱっと網のようなものを投げた。実際、浜辺で魚をすなどる人たちが投網をするように、それは石像にぶわっとひっかかり、途端に青白く放電しながら石像にからみついた。電磁ワイヤーの風呂敷といった所だろうか。一応、外部からの命令を断ち、動きを止めておこう、ということらしい。
「あいつら、像をさらっていくつもりなんだ!」
「だろうな」
大作は激し、村雨は冷めている。
「そうはさせないぞ。ロボ、あいつらの動きを止めろ!わっロケットバズーカは駄目だ、そばに人がいる!スポンソン砲も駄目だったら!」
「大作、やめろ、いいから」
止める村雨を信じられない顔で見上げ、
「いいからじゃないでしょう、あの像が奪われたらあいつらの手先に使われるんですよ!そんなの絶対駄目です」
辟易した顔でそれを見返し、
「いや多分、その心配はいらな…」
「あとにして下さい!ロボ、行け」
ジャイアントロボは仕方なく素手で止めに行こうと、どすどす方向転換をして、二体のロボットたちの方へ向かい始めた。
幻夜がはっとする。怒鳴った。
「やめろ!」
しかし遅かった。ダルマが半身(というか横顔)を振り向かせ、すさまじい冷気を見舞った。ジャイアントロボの進行が一気に止められ、更に押し戻される。肩の二人は吹っ飛ばされそうになるのを懸命に堪えた。
「く、」
「………」
かろうじてロボの肩に留まっている。
「待っていろ、大作くん」
幻夜がアンチシズマフィールドを張ろうとした。だが。
「張れない!?何故だ」
大怪球は沈黙したままだった。指も折れよとスイッチを入れているが、球は知らん振りをしている。愕然としている顔をサブのモニタで眺め、それから今何かのレバーを入れた男の手を見ながら、
「…いつの間にやった」
「なにをです」
「もうしらばくれるのはやめろ。時間の無駄だ。大怪球を遠隔操作できるように、いつ改造したのだ」
「そんな大掛かりなことは出来ません。あれは幻夜どのの大切な大切な愛車ですからな」
すまして、背を伸ばす。
「アンチシズマフィールドのオンオフの決定権を、いざという時にはここのモニタに持たせるように書き換えただけですよ」
真っ青になっている幻夜の顔を眺めながら。
「素直に言うことを聞いている間は良し、土壇場でわがままを言い出したら…ちょっとひっこんでいてもらいましょうと。その程度のことです」
そして、ほんの僅か、冷ややかに笑った。この笑顔こそが、この男の本心からの笑顔であろう。
ダルマの冷気に凍りつきそうになりながら、なんとか目を開けて、大作を励まそうとした村雨の目に映ったのは。
頭つるりが、こちらを見たところだった。両目がふと光った。
(まずい)
大作が寒さと恐怖で身動きも出来ないでいる。その体を自分の懐にがばと抱きかかえ、村雨は跳んだ。同時に、頭つるりの目からレーザー光線が放たれた。
避けきれず、レーザーが村雨の右半身を焼いた。コートが燃え上がった。
村雨は、そのまま吹っ飛び、激しく地面に叩き付けられ、何度もバウンドし転がっていった。しかし、大作の体はしっかり抱きしめて決して離さなかった。
「大作くん!」
幻夜が絶叫する中、二人は繁みの中に突っ込み、ごろごろと転がっていった。
「終わりですね」
ふわ、ふわと白羽扇が翻った。
「あとは、あの石像を回収するだけです。そうですね。GR1。この際ですから…」
破壊…改造、いややはり解体、と口の中で呟いている。お茶請けのお菓子をどれにするか迷っているようだ。
ばし、ばしと、石像がかぶった網が放電しているような音を立てている。その音がやけに耳につく。
石像はなんだか手持ち無沙汰というふうに、ただ突っ立っている。シズマが復活したので、人間は皆動く車に乗って全力で逃げてしまった。妙に、虚脱したようなモニタ画像だった。
ふと、目を動かしたアルベルトは、ん、と思った。
サブモニタの幻夜の顔が、細かく震えている。顔色は無い。目が、どこを見ているのか定かでない。
(こいつ、危ない)
思った時、幻夜が小さな声で、大作くんを、大作くんを、よくも、とうめいたのが入ってきた。
アルベルトが眉をしかめる。後ろの男の独り言が中断された。
「貴様ら…貴様ら!ゆるさ」
「待って下さい!」
幻夜の絶叫を、更に遮った声が、誰のものであるか考えた時、幻夜の顔にさながら雲が切れて太陽が差し込んだような、光が戻った。
「その声は」
果たして。
「ロボ!」
その声に応じて、ジャイアントロボが屈みこみ、なにかをそっと掴み上げた。ロボの手の中で顔をこちらへ向けたのは、草間大作だった。
全身、服がボロボロになっていて、あちこち傷があるが、大きな出血や怪我はないようだ。その姿を見て、幻夜は泣き出しそうな程ほっとして、裏返った声を上げた。
「無事か!大作く…」
「はい。僕が、やります。大丈夫です。幻夜さんは」
脳裏で声がした。
(早くしろ。…多分、幻夜は、BF団のロボットに)
「下がっていて下さい。国際警察機構の一員の僕が、BF団のロボットと戦います」
妙に強調する言い方に幻夜はえっと思い、眉をひそめる。何をいっているのだ?どういう意味なのだ?
(そうなったら、もう完全に)
(言い訳は出来ない、抹殺)
大作は一回身震いをしてから、二体のロボットをにらみつけ、何かボロキレのようなものを胸に抱きしめた。見覚えのある色だった。濃い、暗い、紅色のぼろきれだった。
強く強く叫ぶ。
「剣を抜け!網を切って脱出しろ!」
すると。
それまで、ずーっとこのままなのかな、という風情でただの彫刻物に戻っていた、青銅色の不思議な像が、大作の声で再び命を吹き込まれたように、動き始めた。
網の中でもがきながら剣を抜き、前に出して構えた。と、像の周囲の空気がゆらゆらと揺らぎはじめた。
アルベルトが片目をこすりそうになってからそれをやめ、
「なんだ?」
「高温を発しているのだ。網の中なのに命令が通じるのか?ならば」
いきなり何かのスイッチをいれて、怒鳴った。
『動くな石像!大人しく、BF団のロボットに従え!』
どういう経由の仕方なのか、大怪球から、男の声がわんわんと響き渡った。それを眺めながら、いじったのはシズマフィールドだけではないようだなとアルベルトは思った。自爆装置くらいつけていそうだ。いざとなったら敵の真っ只中で、ぽちっと…
静かなる中条でもないだろうに。
黒いことを考えているアルベルトの隣りで、男が更に、繰り返す!動くな石像、と怒鳴ったが、
像は男の声には耳を貸さなかった。剣を振りかぶる。
網はばし!とひときわ高い音を立てて断ち切られた。いかづちが地上から噴き上がったような音だった。
「なぜ…私の言葉には耳を貸さない?」
ごくごく珍しい、驚いているこの男の姿に、アルベルトは笑いを禁じえず、
「人を見るのではないのか」
ダルマから強い雪嵐が吹き出し、石像に襲い掛かった。一旦は押されたが、しかし、その剣を高く掲げると、雪嵐はそこだけ切り取られたように消える。石像は体勢を立て直すと、ばっと宙に舞い上がった。空中のダルマに切りつける。ものすごい音がして、白く見える程の高熱を孕んだ剣が、ダルマの胴(というか顔)に打ち込まれた。
頭つるりが石像の背後を取り、レーザーを浴びせる。と、すんでのところで石像は、重力も慣性の法則も無視して平行に移動して避けた。レーザーはダルマの顔面に浴びせられた。
大作が叫んだ。
「ロボ、手助けにいくぞ!」

少しばかり前。
ぎゅうぎゅうと抱きすくめられたまま、目もくらむ速度でぐるぐる回っていた世界が、激しく何かに衝突して止まった。
吐き気がする。気持ち悪い。それに、変なにおいがする。
大作は、自分をしっかりと何かに押し付けているものから、何とか逃れた。それは村雨の腕で、押し付けられていたのは村雨の胸だった。村雨が大木に激突したことでようやく止まったらしい。
そして、目の前の地面に倒れている男を見て息をのんだ。
半身を光の炎で焼かれ、見る影も無い。燃え上がった炎は、地面を転がったことで消したらしいが、幾度もたたきつけられ続けたために、火が消えるよりも全身打撲であちこち骨折していることの方が大きい。大きすぎる。内臓もやられているだろう。口から血があふれている。
こんな姿になっても、大作を捕まえていた力に最後までいささかの減少もなかったことを思うと、大作はたまらなくなった。
「村雨さん、しっかりして下さい!」
耳元で怒鳴ると、ややあって低い声が、
「したくなくても…するさ。そういう…体質だ。それ、より、大作…」
「はい!なんですか!」
泣きそうな声にふと笑ってから、
「ボロボロに…なっちまったな。…左に、…入れておいて…良かった。やっぱり、普段…の、行いが…いいからな。俺のコート、を脱がせて、お前が…持て。そうすれば」
目を上げたが、地面に倒れた村雨には緑の梢とわずかな空しか見えない。いくら、死ねない男といっても、あまりに身体の損傷がひどいと、そう簡単には治らないようだ。
「そうすれば、あの像は言うことを、きく」
「…この、コート…を?持てば…?」
こんな状況で、冗談をいうとは思えないのだが、どうしても疑わしげに尋ねてしまう。村雨は苦笑してうなずいた。というか、顎をただ引いて見せた。
「早くしろ。…こうなってしまっては、多分、幻夜は、BF団のロボットに攻撃を、しかけるぞ。お前を、傷つけられた怒りで、我を忘れて…あるいは…死んだと思って狂乱して、いるかも知れん」
大作ははっとした。
その顔を、地面に横たわったまま見上げ、ニヤリと笑った。右半分は茶色に焼け焦げている。
「国警と会っても、逃げて、ばかりだの、草間博士の息子と癒着の、疑惑だのというならいざしらず、はっきり…BF団に対して、反旗を翻す行動、だ。そうなったら、もう完全に、裏切り者だ。どんな、言い訳も出来ない。
幻夜は、BF団に、抹殺、されるぞ」
全身を恐怖が冷たく這い登った。抹殺という言葉に、冷ややかな現実味を感じて、大作は大急ぎで立ち上がった。
「もう、少ししたら…俺も、復帰する、から…それまで、お前一人で…」
「いいえ」
大作が強く言った。激しさはなかった。ただ強く、強く、村雨のコートを抱きしめた手のようにしっかりと、
「僕がやります。僕が幻夜さんを守らなくちゃ。村雨さんが、僕を守ってくれたみたいに」
そしてばっと顔を上げると、力一杯走り出した。その背を、見送りながら、
別に、何が何でも守らなきゃと思った訳じゃないから、そんなに恩に着る必要はないが…
最後まで、「わざわざしなくてもいい言い方」をしてから、村雨は気を失った。

次に目を覚ましたのは、どのくらい経った後なのか、正直よくわからなかったが、見える空は薄暮の色なので、何時間も経ってはいないようだ。しかし、一応の決着はついたらしい。
大分暗くなって来ていたが、まだ見分けがつく。目の前で、二人の人間が自分を覗き込んでいて、それが幻夜と大作だからだ。
二人とも顔色が悪い。もう暗いせいではないようだ。大作はあちこち怪我をしている。幻夜は上のジャケットを脱いで腕まくりをしている。丁度、送りつけてきたホログラフのような格好だ。
ぱちぱちとまばたきをして、村雨は上体を起こした。二人が同時に手を貸すのを緩やかに断った。もう、すっかり治っているのが自分でもわかった。体中をぐるぐる巻きにしている包帯のお陰ではないのだろうが、そう言うことはさすがの村雨もしなかった。
「手当てしてくれたのか、お前さんが。有難う」
「いや」
うめくように言って、かすかに首を振った。大作が身を乗り出して、
「二体のロボットはなんとか撃退しました。今皆さんが現場の修復に当たってくれてます。石像は取られなくてすみました…村雨さん、」
ボロキレのように見えたのは村雨のコートの燃え残りだった。
「これお返しします」
「いう事を聞いてくれただろう?」
「はい。不思議ですけど。BF団の命令はききませんでした」
「というより、これを持ってるやつの言うことしか、きかないのさあいつは。お前の時計みたいに、お前しか使えない訳じゃない。…それでいて、これに向かって喋ってる音声が相手に届いてるわけでもないから、よくわからんのだがな。…
まあだから、石像をもっていかれたって別に構わなかったんだが」
言いながら、ポケットを探る。中から甲虫の模型が出てきた。そう大きなものではないが、燦然と黄金色に輝いている。
後から加工してつけたらしい鎖を、片手で大作の首にかけてやる。
「お前に預けとくよ。巨大ロボット関係を操作するのはお前の専売特許だからな。ジャイアントロボにも友達が出来てよかったな」
そう言って笑ったが、二人とも笑わない。お通夜のような顔で黙っている。
その顔をかわるがわる眺めて、
「せっかくの久方ぶりの再会が、めちゃくちゃになっちまったな、お二人さん」
言葉はいつもの村雨だったが、笑顔は冷ややかではなかった。
うなだれていた幻夜が、懸命の努力をして、しぼり出すように、
「全て、わたしの責任だ。大作く…草間大作を危険にさらし、お前をこんな目に遭わせ」
「俺がこんな目に遭ったのは別に構わないんだろう」
やっぱりいつもの村雨だった。幻夜は更に深く項垂れ、瀕死の重傷者のような口調で、
「好きだのなんだのと言っておいて…命の危険にさらすなど…言語道断だ。その上…その上、BF団での立場まで考えてもらって…助けてもらって…情けない」
村雨は笑いそうになったが堪えた。暫く、言い出すのを躊躇していたが、事実は事実としてちゃんと認めろ自分、と叱咤して、
「結局は、お前の方が、草間大作の…為に、なってやれている。草間大作には…お前の方が…ふさわしいのかも…知れん。もし、その方がいいと、思うのなら、…
…わたしは、…わたしは身を引いても」
「ちょっと待って下さい!」
「おいおい、ちょっと待ってくれ」
二人は同時に口を開いた。
「助けてくれたことに感謝するのと、好きなのとは全然別です!村雨さんとなんて、考えたこともないですよ!冗談じゃありません」
「えらい言われ様だな。まあそうだがな。俺だってこんなこまっしゃくれた頭でっかちの小うるさい正義の味方の子供なんぞ御免だ。俺の相手は…しかし、どうしてあんな思い切ったことをしでかす娘が、お前みたいなぐぢぐぢ野郎の妹なんだろうな?」
「なんだその言い方は」
幻夜がかっとして怒鳴り返し、それからはたと気付いて再びうなだれた。村雨が思わず笑い出した。
笑い声をバックに、大作が必死で幻夜をなだめる。
「そんなこと勝手に決めないで下さい!ひどいですよ!さっき言ってくれたじゃないですか、僕の手を離さないって!村雨さん、うるさいから笑うのやめてください」
「すまん」
とは言いながらまだ笑っている。もうほっといて幻夜に向き直る。
「それとも、あれはウソだったんですか?幻夜さん、僕にウソついたんですか?」
「違う」
幻夜は慌てて否定して顔を上げた。目が合った。
久し振りに再会して、初めて目が合った気がした。思わず、二人とも涙ぐみそうになる。
「実際、お似合いだよ、お前たちは」
村雨が言いながらゆっくり、立ち上がった。タバコを探そうとしたが、燃えたかふっとんだかして無くなってしまったらしい。諦めて、
「いいから、そうやって、あちこちに迷惑をかけたり馬鹿にされながら、頑張っていけ。多分、」
一回、違うかなというように首をかしげてから、
「多分お前たちが頑張ることが、何かの…いや、違うな。違う違う。まあ、好きにやれ」
いきなり一方的に言って、土埃を払い、歩き出した。途方に暮れた表情の二人は顔を見合わせ、大作が、
「ちょ、ちょっと村雨さん」
「先に行ってるぞ。ちょっとだけでれでれして、帰ってこい」
振り返らず背中でそう言って、ゆっくりと転がって来た茂みをかき分けながら上へ登っていった。
ぽつねんと地面に並んで座りながら、暫し黙っていたが、やがて、
「本当に、済まない。もしあの時、本当に君の身に何かあったら、わたしは」
蘇って来た恐怖と憤りで声が震えた。
「自分を許せなかっただろう。いや今も許せない。一体、わたしは」
「幻夜さん」
大作が首を振った。
「いいんです。だって、仕方ないです。僕たちは…
国際…」
警察機構と、BF団なんですから。
じゃあBF団周期になれば解決するのかというと決してそうではないことは、今回の件でいよいよはっきり思い知ってしまった。
大作は強く目をつぶった。
僕は幻夜さんを助けたいと思った。BF団を敵に回すことのないようにと。それって、幻夜さんがBF団の人間として復讐をとげなきゃいけないって、僕が思ってるってことなんだろうか。
幻夜さん、BF団なんかやめて、敵に回して、国際警察機構に来て下さい、復讐なんかやめて僕と一緒にBF団と戦ってくださいって、言えばいいだけのこと…
…僕が言うことではない。そう思う。
誰が言うことでもない。言えるのは、幻夜さんのお父さんだけだ。もういないひとだけだ。
それは、村雨さんもわかっていた気がする。だから、僕にああ言ったのだ。…
BF団の幻夜さんを助けてやれって。
そう思ってみると、村雨に本当に済まない気持ちが湧き上がってくる。その気持ちは、大作をどういう訳だか、あまり関係のない方向へ押した。
目を開ける。
「幻夜さん」
隣りでずっと苦悩していたらしい幻夜は、引きつった顔をこちらに向けた。
「あのホログラフ、本当に嬉しかったです。ありがとうございます」
幻夜の顔に、あっという表情、それからそう言ってくれたことへの大きな喜び、そして同量の辛さが浮かんできた。
「喜んでくれて、わたしも嬉しい」
「すごいですね。どうやって作るんですか?僕想像もつかない」
「そんなに難しくはない。あの程度なら」
実はものすごーく苦労したのだがそれは言わないことにした。
「作り方教えてください。今度は僕が送りますから」
草間大作からの贈り物が、果たしてわたしの手に届くだろうか、途中のどこかで握り潰され…と一瞬ふと弱気になり、なった自分を叱咤する。
なにがなんでも受け取ってやる。しっかりしろ自分。
「うん。そうしてくれ。楽しみに待っているから」
「はい」
にっこり笑ったようだ。もう辺りはすっかり暗くなってしまって、顔がぼんやりしか見えない。そのことが幻夜には妙に不安だった。子供みたいなことを、と思いながらも、なんだか見えなくなってそのまま消えてしまいそうな気持ちになる。
「あの、それで。実は最後の方、音が切れてて入ってなかったんです」
「え?本当か」
びっくりしている相手の顔も、なんだか良く見えない。
「何回も口の動きを見て、読み取ろうとしたんですけど、わからなくて。ああ、村雨さんはわかったみたいなんですけど」
幻夜の胸が再びざわめいた。
「村雨と一緒にあれを見たのか」
「勝手に見たんです。止めてくださいって言ったんですけど。図々しいんです村雨さんて。僕が自分の部屋で独りで見ていたらやってきて、勝手に見て」
「………君の部屋で………」
胸のざわめきが、ほとんど騒音と言えるほどの大きさになった。
「草間大作、君は、北極星だ、くらいまではわかったんですけど。続き、なんて言ってたんですか?」
「村雨に」
自分が嫌な人間だと思う。さっきまで、理解し、納得し、身を引こうとまで思っていたのに、今はイヤな匂いのする気持ちに囚われて、イヤな目の色になっている。
そう、思いながらも口を開いた。
「聞けばよかったのじゃないか。村雨なら解ったんだろう?君が教えて下さいって頼めばきっと教えてくれただろう。なんだかんだ言ってあいつは君の事が可愛いし君の事を思ってるし君の事を」
「教えてくれないんです。こういうことは俺なんかにより、直接本人から聞いた方がいいだろうって」
それを聞いて、『負けた』気持ちがいよいよつのって、幻夜はめっきりと落ち込んだ。
なんだか、わたしより、器が大きいっていわないか。大人ってやつか。こっちは大作くんの部屋に入ったと聞いただけでどす黒い気分になっているというのに…
「ねえ幻夜さん。幻夜さんてば」
「わたしは…自分が情けない。君には迷惑はかけるは命は危険にさらすは、その上嫉妬して当てこすりなど。第一、最初がそもそもつまらない疑惑なのだ。君が村雨と、などと…ああ」
すっかり自己嫌悪幻夜だ。大作のこと以外では、一年に一度あるかどうかなのだが、大作に関しては本当に脆い側面を露呈している。
ふと、隣りの気配が、自分に寄り添ったのを感じて、幻夜はそっちを見た。
すっかり闇に包まれてしまった山の中、もう顔の判別がつかない。その誰かはべったりしなだれかかるのでなく、『そっと寄った』程度の距離で、自分に近づくと、ムラサメさんとは別になんでもないんです、いやだなあ、等々のことは何一つ言わず、
「教えて下さい」
小さな声で言う。甘えた響きはない、ホログラフ装置の作り方を聞くようだ。しかし、
「幻夜さんが、僕に何か言ってるのに、それがわからない間、ものすごく腹がたって、悲しくて仕方なかったんです」
その時の気持ちを思い返しているのだろう、声が低くなる。幻夜の胸がじぃんと鳴った。
「教えて下さい。お願いします」
「ん」
幻夜は頭を傾けた。相手の頭に触れる。それだけで相手に触れて、幻夜はそっとささやいた。
「草間大作」
「はい」
「君は、北極星だ、わたしにとって。…たとえ、他の何が移ろい、地の果てに姿を消しても、君だけは決して変わらない位置に輝いている、わたしの心の夜空で」
大作は何も言わず、自分からももう少しだけ、寄り添った。
幻夜の胸に、強い強い愛おしさと、何が来ても負けるものかという気持ちがこみあげてきた。ほとんど泣きそうになりながら、続ける。
負けない。この想いにかけて。
「君は白く潔く清く輝き渡る、わたしの極星だ」
そう呟いてから、いや全く恐れ入る、と続けた村雨がすっかり暮れた空を仰いだ。北の空高く、そう派手ではないが、決して場所を動かさない星が輝いているのが見えた。

通信室も真っ暗になっていたが、誰も照明をつけないので、薄暗い室内に更に黒いシルエットが、三つほど沈んでいる。
やがて一つが、影のように立ち上がりすうと出て行った。分を弁えた、のであろうか。
そのまま、二つの影は動かなかったが、やがて一つが、ぎしと音を立てて後ろに倒れ、
「失敗だな」
返事のない相手に、
「今回ばかりは、まさか『なにもかも私の思うがまま』とは言うまいな。石像が言うことをきかなかった事もだが、なによりあのアホどものアホさにはさすがの貴様でも太刀打ちできんらしい」
「そんなことはありませんよ」
声には動揺や悔しさなど微塵も表れていない。全く、いつもと変わらない調子だ。
「父親思いのお子さんたちには、少々手を焼くといった程度です。これからは多少」
声から、
「その度合いについて、計算を改めなければなりませんがね」
温度が消えた。アルベルトの眉がふと上がったが、それ以上は何も言わなかった。

[UP:2002/10/30]


やっと終わった(涙)すみませんすみません、こんなオチで。長くなったためにいやー貧困さが目立つ〜
…知ってますかサンダー大王。あ、20mというのは大体です(だってコマよって縮尺が変わるし/笑)あと発見された場所も海底ではありません。ついでに本当はロボットです。それにこんなに強くはないかも。ひとこと…いや四言お断り。
『幻夜×大作』の×、の部分のさじ加減がご不満かも知れませんが、やはりコドモ相手にあまり無茶をしてはいかんだろう。大作少年がこわれちゃうよね(あ、心がね←何の言い訳だか)
ていうか村雨目立ちすぎたし。本当は大作が好きなのか村雨。
ハデスで勝手にこさえた設定を白紙に戻して、新たに幻夜と大作の話も書いてみたいですけどね。そのうちにね。
春紫苑さま、リクありがとうございました!こんなんですみません!


北極星3へ ジャイアントロボのページへ