東方仗助はゲームが好きだ。
その言葉の範疇に入るものなら概ね好きである。パチンコも好きだし、麻雀も好きだし、普通スポーツの試合を指して使う『ゲーム』の意で、体を動かして行う球技の類も好きだ。もっと単純なカンケリや鬼ごっこでも、もしやれば最初は「たりーな」などと言いながらも結局熱中するだろう。
そして、普通ゲームと言ったらこれのことだろうという、テレビに繋いで遊ぶゲームやアーケードのゲームは、勿論大好きだ。
だが、最後の二つのゲームは、熱中するためには案外な金額がかかるのである。
「う~、ゲームやりてェー」
仗助はうなりながら行き付けのゲームソフト屋に入った。話題の新作がぞろぞろ並んでいる。お試しプレイのシューティングゲームの、コントローラを取ってちょっとやってみると、
「くそ、くそ、この、くわ、とぉ、わあーっ」
どかんどかーん。ぼかーん。あっという間に終わった。が、
「チクショー面白ぇー!あーこれ、買いだぜ。家でゆっくりこってり心ゆくまでやりてーな」
しかし、仗助の財布は、中を見るまでもなく厳しい。無理すればこれ一本買えるが、まだまだ後が長い。月アタマだ。
「靴買おうと思って貯めてた金はもう無ぇしな。俺の金銭感覚狂っちまったとこから、もう治らねーんだろうか。なんて心配してもしょーがねえけど」
ぼやきながらコントローラを後続の小学生に譲り、その手をうらぶれた気分でポケットにつっこんで、その辺を見て回り出した。と、
「うぉ、おもしれー!これおもしれーよ。俺これ買ってく」
小学生があったりまえのようにそう言い放っているのを耳にし、いよいようらぶれた。
思えば随分長いこと、新しいゲームをやっていない。
そのことに気付くと、じわじわ『ああ、新しいゲームがやりたい』禁断症状がこみあげてくる。荒く切ない息をつきながら、
「出たばっかの新作なんてワガママ言ってる場合じゃねーや。なんでもいいからやってねーゲームがやりてー!やらねーとどうにかなりそうだ。ゲーム!なんかねーか、ベスト版で何か…いや、ワゴンの方が安いな」
相当せっぱつまりながらやはり値段が一番にものを言う。お安くなっているコーナーの方へ足を運んで、物色を始めた。
品質の保証された有名なシリーズものなどは決してある程度以上値は下がらない。従ってワゴンにひしめく名も知らぬゲームたちは、玉石混淆状態である。ぱっと見で内容まではわからない。かなりの安値の、その値段分すら払いたくないクソゲーかも知れないし、人生観が変わるような掘り出し物を思い切り安く買えるのかも知れない。
仗助は今までもそれほど、予約して指折り数えて待って朝からはりきって盛装して新作ゲームを買いにくるタイプではなかったし、そういうバクチも結構面白いと思うので、ワゴンの常連だった。
「なんだこれ?えーっと、ああ3Dダンジョンか。今はあんまり一歩進んで左右を見るカンジのはエンリョだな。…これはなんだ?どきんちょメモリー。ああ、召使いとか妹とかとよろしくやるやつか」
なんだか危ないゲームと間違っている。
「だからよー、ちびちび積み重ねるカンジのじゃなくてよ、こうすかーっとするようなヤツ」
なんかねーかなと言いながらふと目をやった棚に。
見慣れないゲーム機の箱と、色褪せた箱がいくつか、ヒモでくくられてワンセットにされている。
その下に紙が下がっていて、
『メガロドライブ本体+ソフト10本で1000円』
と書かれてある。
「どひーぶん投げるような値段。場所塞ぎなんで持ってってくれって気分だな」
仗助はこのゲーム機が、花札会社と雄々しく戦っていた頃まだ小さかったので、あまり記憶がない。確か、今遊んでる機種の前の前だっけ?くらいの認識だ。
「絵とか音とかしょぼいんだろうけど、別にいいっか。あんまグラフィックとかにキョーミねえしな。10本もあれば1本くらい当りがあるだろうしよ、なくても全部やるのに結構時間かかっから。よっしゃ、俺が引きとってやろうじゃねーの。おーい」
顔なじみのバイトを呼んで、あれくれよ、といいながらサイフを出した。
バイトは素直に驚いて、
「仗助くん、これ買うんだあ。買うヤツなんて絶対いないって皆で言ってたんだよ。あ、こういうこと言っちゃまずいか」
仗助はレジのカウンターに図々しく肘をついて相手に指をつきつけ、
「だってよーカネねーんだ。しょぼかろうとなんだろうと見たことねーゲームが10本もやれるんなら、モトは取れっだろ。お、ちゃんと動くんだろうな」
「それは大丈夫。ちゃんとチェックしたから。1000円いただきまーす」
「しょーひ税はいいのか?」
「常連さんだからオマケしとくよ。なーんてね、あれ買ってくれた人からは取らなくていいからって言われてるんだ」
「いよいよもって廃品回収だな俺は」
仗助とあまり歳の違わないバイトは笑いながら、店の名前の入った一番でかい版の紙袋に、ゲーム機とソフトのセットを入れて、
「毎度ー。そん中にいいのがあったら教えてよ」
「あるわけねーと思ってっだろ」
そんなことを言いながら、じゃーなと拳をぐっぱぐっぱ握ったり開いたりして、仗助にはちょっと低い入口の自動ドアをくぐった。
瞬間、背筋がぞくりとした。
(なんだ?)
誰かに見られている。思わず二三歩駆け出して、ばっと辺りを見渡した。
誰もいないし、誰も見ていない。慌てて隠れた人間もいない。
「気のせいか?今の」
首を傾げ、まだなんとなく首筋を撫でながら、歩き出す。
「なんか、肩が重い気がするな。なんだよ呪われたのか?RPGじゃあるまいしよ。何も呪いの装備なんかしてねーぞ。呪いのガクランてか」
一人で笑いながら家路についた。
霊感のある人間が後ろから見ていたら、彼の手に下げた袋からなにかが出ているのを見たかも知れないが、生憎霊感のあるゲーマーはいなかったし、仗助は霊感など『もうすぐテストだから真面目に勉強しよう』という、気持ちほども持っていなかった。
夕食ももう直ぐ終わるという頃、仗助が切り出した。
「ちっとよ、この後TV貸してくれよ。見てー番組ねーだろ。な」
この家は、子供の個室にTVが無い。子供も高校生だしむやみとデカい(関係ないが)というのに、今どき珍しい。
東方朋子は呆れた顔を向けて、
「お前ね、もうすぐ期末テストでしょ?それなのになに。ゲームでもやろうっていうの?」
「ぐぶ。げほげほげほ」
教職者の母親がいるとそのへんのスケジュールがわかっているので辛い。
咳き込んでいる仗助に、朋子は追い討ちをかける。
「なんだったのかな、前回真っ赤ッ赤なテストを前にして手をすりあわせて、次こそはちゃアんと勉強しますって言ってたアレは。ひょっとしてウソかな?」
「ウソじゃねーって!今回はちゃんとやるからよ。まだ日にちあんじゃねーの。頼む、今日だけ。頼みますおかあちゃん」
でかい身体を小さく折りたたんで拝んでいる。
やれやれと鼻から息を抜いて、朋子は最後の一口を口に入れて、噛んで、飲み込む。その間中ずーっとなにとぞなにとぞ、かしこみかしこみ、大明神、ナムナムと言いながら手を擦り合わせ続けている息子に、
「しょうがないね。今夜だけよ」
がばと顔を上げると、母親はちょっと顔を傾けて仕方なさそうに笑っている。仗助はぱちーんと気持ちよく指を鳴らして、
「やったぜ!サンキュー、ママ!いやー、いくつになっても美人のおふくろがいると俺ぁ自慢だね。胸を張っちゃうね」
「見え透いたお世辞はいいから、ここの皿洗ってね。ゲームはそのあと。理解した?」
「したした、しまくった」
自分も残りの夕飯をがつがつ食って、さーと食器を抱えて台所にふっとんでいった。後ろから、
「皿、割らないでよ!」
声を投げたら、オッケーオッケーと怒鳴り返された。
「あのくらい張り切って勉強すりゃあねえ」
いかにもなセリフを言ってみたが、朋子はそれほど息子にガリ勉を希望していなかったので、すぐに、
「ま、次もダメだったら、お仕置きに壊れた物置をあの子のバイト代で直せばいいわ。いっそ新調しようか。あら、その方がいいかも」
嬉しそうに弾んだ声で、むごい計画に目を輝かせ始めた。
ダッシュで皿を洗い、ふっとんで戻って来て、大急ぎで紙袋を開ける。がさがさ本体やソフトを取り出した。
「えーっと黄色と赤と、白と。でん、げんっと。ふんふ~ん」
鼻歌を歌いながらTVと繋いでいく。余談だが、これと戦っていた花札会社のゲーム機は、ハリガネをむき出して接続しなければならないのだが、これがまたあっというまにブッちぎれるので始末に終えなかった。
「よっしつながった。えーっとまず何をやっかなー。と」
隣室の母親の部屋から、小さく音楽が聞こえ出した。
「ここで大騒ぎすっと、やっぱ止めろっていう話になるな」
仗助はヘッドフォンをつけてから、一番上のソフトを手に取った。
「お、チョニック。これ知ってるぞ。続きが今も出てるし」
チョニック・ザ・アルマジロをセットし、電源を入れてみた。
『チェーガー♪』
ジングルというかコーラスが入って、昔のゲーム機にしては結構色の数が多い、鮮やかなブルーが目に沁みるチョニックのスタート画面が出た。
「へえー、案外キレーじゃねーの。どれどれ」
やってみるとスピード感はあるし、アイテムを取った音が心地良いし、チョニックは可愛いし、思いの外燃える。
「えい、くそ、がぁ!やられた。なんだよこのスッタコがぁ!」
思わず激昂して中ボスを怒鳴りつけ、慌てて口をおさえる。母親を刺激してはいけない。
ちらと時計を見るともう30分くらい経っている。
「まあ、チョニックはおもしれーけど、他のも見てみたいからな。これでやめとくか。次はなんだ?えーと」
次のはキング・殺しアムというゲームだった。アクションRPGらしい。
RPGの部分は丁寧にやっている時間がないので、最初の村を出て…のあたりをちょいちょいとやってみる。森のステージは超魔○村みたいな感じだ。
これまた、右から左へ右から左へと走ってくる狼にかぶづかれて、あえなくひっくり返った。
「ちくしょっこのキンコロ!しゃきっとしやがれってんだ。あー、また死んだ。でもこれも面白いなそこそこ」
俺って間口広すぎるかなと思う。なんでもかんでも面白がっているのはちょっと、オバカな感じもする。でも、金出して(しかもほんのちょっとだし)十二分に楽しめるのならその方がいい。
次に店に行ったらあのバイトに『どれもこれもみんな面白かった』って言ってやるか、『まっこんなもんだろーさ』と言うかどっちにしようと思いながら、三つ目の箱を手に取った。
F1カーらしき絵が箱に描いてあるが、なにぶんすっかり日に焼けて色が落ちているのでよくはわからない。
「レースかぁ?ま、とにかくやってみっか」
言いながら、ROMカセットを手にし、がちゃ。と本体に差し込んだ瞬間。
オオオオオンンンンン
表記すればそうとでもなる、音がした。仗助は仰天してすっとび、はずみでヘッドホンがはずれた。音が消えた。
心臓がドキドキドキドキ鳴っている。
「何だ今の」
単純に考えれば、カセットを差した途端に聞こえたのだから、ゲームの音だろう。
今観ているTVの画面は、デモなのだろう、F1カーが競い合っているシーンが映っている。今のゲーム機ならもっともっとリアルなのだろうが…
しかし、本当にゲームの音だろうか、今のが。
今の前にやった二つのゲームも、緊迫したり脅かすようなムードの曲や効果音はあったが、そんなものとは違う、不気味さがあった。
なんというか、『ああいう』CDに入っていると噂される女の悲鳴とか、たすけて…という断末魔とか、その辺りに似た感じの、音だった。不鮮明なのに妙にそこだけ浮き上がって耳に入ってくるような、この世のものでないような。
「なんだよ。…やめろってんだ、時間もあんまねーんだしよ」
内心怖いのでわざわざそう口に出して言って、ヘッドフォンを拾い、耳にした。途端に、
『すみません』
細い声で謝られて、がたと後ろに引く。逃げようとしたが腰に来たのか思うように動けない。
『待ってくれ。おどかすつもりはないんだ。頼む、騒がないで下さい』
声は今度は説得にかかった。仗助はこんな場合なのに必死で片手で口をふさいでいる。本当は腹のそこからギャーと叫びたいのだが、そうしたら怒った母親が出てきて、ゲームを取り上げられてしまう。
この期に及んでまだゲームをやる気でいるらしい。
『深呼吸してみて下さい』
ヘッドフォンから聞こえる声に言われ、仗助は懸命に息を吸い、必死で吐いてから、
「アドバイスしてんじゃねー!突然ゲームに話し掛けてこられたらぶったまげるだろうが。なんだお前は。意識のあるゲームか。近未来SFか」
『ゲームが話し掛けているのではなくて、僕です』
「ボクって何だ?」
ふわ、とTVの前に誰かが座った。
仗助は再び悲鳴を上げそうになって、シリで少し後ろにいざりながら、その相手を見た。
歳の頃は仗助と同じくらい、学生服を着て、耳に赤いピアスをしている。顔は相当な男前だが、顔色は悪い。やや色の薄い長めの前髪がゆるやかに、鋭角な頬の脇に波打っている。
その男が透けて後ろのTVが見えているのを、ちびりそうな思いで感じながら、
「誰だお前」
『お騒がせして申し訳ない。僕は花京院といいます』
相変わらずヘッドフォンから声が聞こえてきた。きちんと頭を下げる。なかなか礼儀正しい。
「蚊、教員?」
変なイントネーションをされて、影は首を振る。
『花京院です。仗助くん。何もしないから、どうか落ち着いてください』
「チキショー何かされてたまっかよ!ざけんな。ま、まあ、落ち着けってんなら、落ち着かないでもないけど」
あまりあからさまに反抗して相手を刺激するのはおっかないから避けたい。途中からへっぴり腰になる。
二度ほどツバを飲んでから、おそるおそる、
「お前は何だ。ゲームの精か?」
『僕は幽霊です』
「ユーレイ」
再びちびりそうな顔になる。
「なんだ。俺はお前なんか知らねーぞ。怨まれる筋合いは」
『別に君に怨みがあって出てきた訳じゃない。僕はそのゲームにとりついていたんだ。いわば地縛霊の、ゲーム版ってとこでしょうか』
「…ゲーム縛霊か?なんでまた…」
『それには、深い理由があるのです。シクシク』
花京院と名乗った幽霊は俯いて、ポケットからハンカチを出すと顔に当てた。なんだかわざとらしい。
しかし仗助はちょっと戻って来て、身を乗り出し、
「理由って?」
『よくぞ聞いてくれた。その昔僕はわけあってこの世を去りました』
「まだ若いのになあ。俺と同じくらいだろ」
『はい。その時に唯一、心残りだったのが、』
幽霊を透かして、後ろのTV画面に、タイトルがくるくると回ってからばーん!と出た。
F-MEGA
と読める。
『このゲームで、こてんぱんのケチョンケチョンに負けたことだった』
「はぁ」
『それまでゲームでコケにされるなんてこと、一度もなかったのに』
「うん」
『口惜しくて悔しくて、死んでも死にきれない。でこのゲームにとりついたらしい。自覚はないんだが』
「メーワクな話だな…でもまあ同じゲーマーとしてわからないでもないけどな」
『だろう?』
幽霊が目を輝かせた。
『君ならきっとわかってくれると思った』
「わかりたくねーって。なんであのゲーム屋のゲームにとっついてたんだよ」
『最初はあちこちのゲーム屋やご家庭にこのゲームがあったので、僕もあちこちにいました。幽霊は別に一箇所にしかいられないわけではないので』
あの頃F-MEGAを購入するともれなくこの幽霊がついてきていたらしい。
『でも、段々別の機種が出たりするうちにすっかりメガロドライブが廃れてしまって、押入れの奥にしまわれるようになって。大部分は捨てられましたし』
自分が捨てられるようだったと幽霊はまた涙を拭いた。やっぱりわざとらしい。
『あのゲーム屋が出来た時からずーっとあそこのゲーム倉庫にあった一本が、数日前ゲーム本体と一緒に日の目を見て、まあ売れないだろうなと言っていたバイトたちの予想を覆して君が買ってくれた時は、本当に本当に』
「わかったって。で、なに。どうしようってんだ、出てきて。お前を負かしたやつをボコってくれとでも言うのか?」
この頃ではもうあまり怖くなくなっていて、そんなことを聞いている。しかし、
『その相手ならとっくに廃人になりました』
やけに細い声でそう言ってニタリと笑われ、再び後ろに下がった。相手は慌てて手を振り、
『別に僕が呪い殺した訳じゃない。そいつのことはもういいんです』
「じゃあ、…なんだよ」
はいと言って、一拍おいてから、
『もう一度このゲームで、戦って勝てば、きっと成仏できると思うんだ。で、そのう、貸してくれないか』
仗助は目をむいた。
「貸せって、なにを…第一、お前、幽霊なのにゲームなんか出来んのか」
『だから、君の中に入ってというかとりついて。要するに君の身体を借りたいんだ』
今度こそぎゃーと悲鳴を上げて逃げようとする。
『待って下さい。大丈夫、別に死ぬわけじゃないんだから。ちょっと疲れるくらいだから。あと、だるくなって精気がなくなるくらいだから』
「それで充分だ!じょぉっだんじゃねー、よそ行って頼め!」
『だから、もうこのゲーム自体世の中に出回ってないんだ。君が買ってくれた時には本当に嬉しかった』
ああ、なんで買っちまったんだこんな霊付きゲーム、と思ったが後の祭りだ。
「まだこのゲームがはやってたころ、いくらでも持ってた奴が居たんだろうが。なんでそいつらに頼まなかったんだ」
『それなんだが、』
何事か説明を始めようとしてから、急に黙った相手はまじまじと仗助の顔を見た。
「な、何だよ」
しばらくの間、黙ってから、おもむろに口を開いて言った言葉は、
『君は、ゲーム好きのわりに、ヘタクソだな』
ぶっちん。
仗助はものも言わず殴り掛かった。しかし拳は宙をきり、頭から床につっこむ。TVに激突しないだけよかった。
「あい…あいた…アイタタタ。う、うぐ」
顔面を床で打って、あまりの痛みに泣いた。目の前に血が広がっている。鼻血だ。
『ご、ごめん。顔を打ったようだけど、大丈夫かい?これで応急手当をするといい』
ハンカチを手渡そうとする相手に、
「ふざけんな!よくも、言いやがったなこの幽霊てめえ畜生。体なんかぜっっったいに貸さねーからな」
『そんなことを言わないでくれ。悪かった』
全然悪そうでない。そのことを指摘すれば多分、だって本当のことだからと言うのだ。
こいつも、露伴みてーな野郎だ。こんちくしょう。
わなわなと拳を握り締めて、どうしても殴れない相手をにらみつけている仗助を、正座した姿勢で見上げている相手は、こほんと咳をしてから、
『僕がとりついてコントローラーを操作するといっても、体の持ち主があんまりニブイと、どうしてもうまくいかないんだ。ほら、ああいうのは反射神経だから。どうも、わざわざこのソフトを買ったくせに、どいつもこいつも下手でね』
なんだこのえらそうにくそっこの、とわめこうとして、はたと気付く。
「…てことはみんなお前に体を貸したのか」
『まあね。…貸さないとどうなるかわかっているかと言ったら貸してくれました』
目を三倍くらいに大きくした仗助に首を振って、
『何も出来ないよ。本当だ。ただゲームにとりついてるだけの幽霊なんだから。でもまあ、勝手に想像して体を貸してくれるのなら、その方がいいかなと思って』
ほんっとうに、露伴みてーな奴だ。
腹が立ってしょうがない。
懸命の努力で、フン、と鼻で笑ってやる。本当ならもう吊るしてぎゅーと絞めてぼかすか殴ってやりたいのだが。
「あーそー。皆さん下手クソで残念だったなー。どうやら俺もそれの仲間入りみてーだしよ、お前の力にはなれねーな。ゲーセンにでもスカウトしに行けよ。こんなところで威張ってねーでよぉ」
『いや、そのソフトの所持者でないと、僕の声が聞こえないんだ。誰にでも聞こえるんならとっくにそうしているに決まってるだろう』
ぶちぶちぶち。
こめかみの血管が繋がった音か、怒りでふくれた胸板で服が破れた音か。
「かぁー!!このくされソフト、今すぐドブに捨てて来てやる!覚悟しやがれ、ざまーみろ」
絶叫した途端。
「仗助!うるさいよ!」
母親が出て来て怒鳴った。仗助はえっという顔で母親を見、それから目の前で正座しているいけ図々しい幽霊を見たが、
「テスト前なのに拝んでやらせてもらってるくせに!もう終わり!さあとっととカタしな!部屋もどって勉強だよ!」
ぷんすか怒っている母親の目には、仗助以外の人物は見えていないようだ。
「あ、あのさ、かあさん。これは、その。あの」
「いますぐ、カタして、部屋に行けって、言ってんのよ、仗助」
一言ずつ区切られ、キツく言い渡される。もう駄目だ。取りつく島も船もワラもない。
母親が睨み付けている中で、ごそごそとソフトをまとめ、電源を切った本体を持って、そそくさと自分の部屋に行った。後ろで全くもう!と言っているのが聞こえた。
「全くもうはこっちだってんだ」
『すみません』
飛び上がった。すぐ後ろにあの幽霊がいた。
相変わらず正座している。
「何なんだよ。あのな、あれだけ言いたいこと言われて、まだお前に何かしてやろうなんて性格じゃないぜ俺は。待ってろ明日になったらこのソフト」
『待ってください』
落ち着き払っている。
『君はきっと僕の気持ちをわかってくれる』
「なにを言っ…」
わめきかけた仗助に、首を振って、幽霊はやたらと慈愛と友愛に満ちた眼差しで、語り始めた。
『君はとにかくゲームをやることに愛情を持っている。ゲームなら苦しいのも楽しい筈だ。出来なかった技を会得し、未知のステージに進む喜びはすべてを凌駕する。そうだろう』
仗助はう、とつまって、
「…いや、俺はその、ひまつぶしでやってるだけで…」
『いや。君はひまつぶしなどでゲームをやっていない。僕にはわかります。君はゲームを愛している。その気持ちを裏切らないでくれ』
「………」
『大丈夫。君は反射神経は人並みはずれている。ちょっと暴走気味なだけだ。とろくさいのとは違う。全然違う。冷静さを身に付け、力をコントロールできるようになれば、最強の座は目の前だ』
「………」
『君がこのソフトを手にしたのは、君にしか成し得ないことだからなんだ。だからこそ今まで日の当たらない薄暗いカビくさい倉庫にじっとじっと十年もうずくまっていたんだ。君でこそ僕を真に解放してくれる。そう信じている』
「………」
『君はこのソフトの箱を開けた。そして、真の自分への扉も開けて欲しい。杜王町最強のゲーマーへの扉を』
どすんと床に座った。熱弁をふるっていた幽霊と同じ高さの目線になって、
「わかったよ。やってやらー」
『きっとそう言ってくれると思っていた』
さすがに幽霊もほっとしたようだ。嬉しそうに顔をほころばしている。
「ただし」
ここで仗助はニヤリと笑って、
「お前、生きてた頃のアタマはどうだったんだ」
幽霊は眉間にシワを寄せた。仗助の予想通り、『失敬な』とでも言いたげな顔になって、
『ま、平均以上か、それよりもう少し上、くらいでしょうか』
「へぇー。すげ―じゃねーの」
『いえ、別に』
「だったらよ。テスト手伝え。あれが終わらねーうちはゲームなんざ出来やしねーんだから。結果がよけりゃ多少遅くまでやってたって、おふくろも文句言わねーだろう。つまりはお前のためなんだ。わかったか」
幽霊はちょっと黙って、暫く仗助の顔を眺めていたが、
『そちらから条件を出してこられたのは初めてだ。なんてちゃっかりしているのでしょうね君は。恥ずかしくないですか』
「なんだてめぇっこの!ちゃっ、ちゃっ、ちゃっかりはどっちだぁ!」
『静かにして下さい。お母様がお怒りになりますよ』
慌てて口を塞いで、ドアの隙間から母親の様子を伺ってから、戻ってきて、
「まーどっちもどっちってことだな。どうだ。呑むか」
『いいでしょう』
「よし」
しかしとてつもなくメンドーなことになっちまったな。
これからは得体の知れないゲームには手を出さないことにすっかな。やっぱり有名どころがつくった有名シリーズだけにしといた方が無難か?可能な限り値下がりするのを待って…
『そんな。リスクを避ける考え方では、ゲーマーとは言えませんよ』
考えを読まれて、驚いてから、再びきぃー!となって、すました顔で床に正座している相手をにらみつけた。
消しちゃった話も仗助と花京院だったな(笑)
いくらメガロドライブでもこんなに安くない、と言われそうだけど、バー○ャル○ーイがこんな程度で売られてました。それでも買わなかったけど。ってF-MEGAはメガロドライブじゃなくてチャターンか?
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