「うぉ〜こんなのやったか〜?俺はぜんっぜん覚えがねえぞー」
「やったような気がするよ。…気がするだけだけど」
億泰が唸り声を上げている。手には教科書を持っているがやたらキレイで、あまり開いていないのがすぐにわかる。
明日からテストだ。仗助と億泰、康一の三人は下校途中で、うだうだダラダラしている。
「だいたい、なんでこうしょっちゅうテストなんかすんだよ。かー」
「まーそれがガッコのシゴトだからだろ」
「仗助、なんかみょーに余裕かましてねーか?」
「べつにぃ」
別にとは言ったが確かに、変に落ち着いている。もう諦めて笑っているのとも違うことを、二人は敏感に察知して、
「なんだよ。実は今回は猛勉強したんだとか言うのか」
「俺様がそんなことする訳ねーだろ」
「威張ってもしょうがないと思うけど。何か秘策でもあるの?」
億泰は、さあなーと言ってすましている仗助の横顔をじろじろ眺め、
「美人の家庭教師に毎日教わってるとかぬかしたら殴るぞ」
「それは康一だろ」
「えっ!?」
どぎまぎして後ろに下がった康一に、
「居ンじゃねーの。髪がぞわぞわ伸びるチョーおっかねー康一専属の美人教師がよ」
「ああ、由花子さんのこと」
「すぐにわかってんじゃねーよ」
二人に突っ込まれる。つっこみ、またつっこまれながら、億泰と康一はやはりじろじろと仗助を見て、
「なんだろーな、このイヤな余裕は」
「そうだよね。絶対何か企んでるよね」
「なんだよ企んでるってのは」
しらっとぼけている顔を下から見上げ、康一はわかったと叫んだ。
「何かいいカンニングの手でも思いついたんじゃないの?」
ぎくりとする。
まあ確かに、テスト中に助言してくれる幽霊を一人雇った、といえばそうなるが…
「何言ってんだよ。カンニングってのはな、うまくやる方が難しいんだぜー。そんな苦労するくらいなら、真面目にベンキョーした方がよっぽどましじゃねーか。うん」
「絶対カンニングだな」
「そうだね」
仗助はがあーとわめいた。
「なんなんだ、てめーら」
しかし、結局二人にはうまいカンニングの技を発見した疑惑をかけられたまま、別れた。
鼻を鳴らしながら家に入り、自分の部屋に上がる。ドアを開けながら、
「ったくよ、すぐに人のことをああやって」
『カンニングするヤツだ、とか言われたのですか』
「わあ!」
仰天する。自分の部屋の、ドアの真ん前に、例の男が正座していた。
「なっな、なんだお前か。びっくりさせんな」
『お帰りなさい』
静かに目礼されて、疑わしげな顔で相手をじろじろ眺め、
「なんで俺が言われたことわかるんだよ。お前、ひょっとしてついてきてたのか?俺にとりついてよー」
フン、と幽霊は冷笑した。
『やっぱりそんなことを言われているのか。だって君は僕にそれを頼んだじゃないか。自分以外の誰かの力でテストを乗り切ろうというのはカンニングというのだろう。僕は君についていったりはしていない。僕はあのゲームソフトのそばから離れられないんだから』
目で、すぐそばにおいてあるメガロドライブのソフト群を示す。あれの中にF−MEGAもある。
「あーそーかよ。全く持ってそいつはありがたいことだったぜ。どこでもカンケーなくついてこられるんだったら、もう俺はヘンになってたな今ごろ」
今でも十分ヘンだ、と幽霊は思ったがそれは相手には伝えなかった。
僕は紳士だからな、と一人で納得している。
「あーッッッたくワケのわかんねー面倒くせーことになったぜ。ま、テスト勉強よりはゲームの特訓の方がまだマシだけどよー。そもそも俺って特訓とかガンバルとかいうの、合わねーんだよな体質的に。遺伝的に」
好き勝手言いながら部屋着に着替え、でんとベッドに転がり、そこらの雑誌をさらってめくりはじめた。
その様子を暫く眺めてから、
『勉強はしないのですか』
「だからよー、お前に頼んだだろうがよ。おいおい大丈夫かよそんなんで。お前実はアッタマ悪いんじゃねーの?」
きりきりきり、と幽霊のこめかみに四つ角が出来たが、顔は相変わらず白い能面のままで、
『ひょっとして今僕をバカと言ったのか』
その口調に、ただならぬ迫力というか凄みというか、尋常ならざるものを感じて、仗助はばぁっと起き上がると、
「言ってねーゼッタイ言ってねー。そうだよな。何もかもお前に任せるってのは大人の態度じゃねーよな。わかったよ今日くらいは勉強すっから」
早口で言いながらすっとんで机に向かい、ノートを開き教科書を開き参考書を開いたが、全部バラバラの教科だった。
『器用ですね。三科目いっぺんに勉強するんですか』
思い切りクソ意地悪い声がした。ムカ〜と思うが、相手はなにしろ幽霊だし、結局のところ明日のテストはこいつに賭けるわけだし、今は大人しくしていよう。
(ま、テストさえ済めばあとはどーにでも)
汚いことを考えたが、思考内容が相手に筒抜けなのを思い出してちらと視線を向けると、四つ角が二つに増えている。
「ウソです。ウソですよ。お互い頑張りましょうね。いづッ」
相手の真似をして使い慣れない敬語をつかってみたが、最後に舌を噛んだ。

礼儀として徹夜勉強をしてみたが、今更だなあという感じは拭えない。ただ眠いだけだ。
ゲームで徹夜なら、別に眠くねーんだけど、と思いながらふわーとあくびをして、
「おっと、これは忘れないようにしないとな」
そう言って、F−MEGAのソフトを取って、ポケットに入れた。
なにげなく、その辺にいるのであろう幽霊に向かって、
「これで俺についてこられんだろ?」
『そうですね』
突然肩のところで声がして飛び上がる。ふりかえると目の前に相手の顔があった。心臓に悪すぎる。
「もう少し離れろ」
『僕はそのソフトからあまり離れられない。もういい加減にそのことを覚えてもいい頃だと思うが』
「ったく、いちいち腹の立つ言い方をしやがるなてめーはよぉッ!」
怒鳴りながら食堂へ行くと、母親が怪訝そうに、
「お前ね、あんまりハデに独り言を言うクセは、なおした方がいいよ。世間が狭くなるから」
「独り言…ああ、ハイ」
諦めて素直に忠告を聞き、朝食をとって、頭をセットし、出かけた。どうも、今日は髪のノリが悪い。気分が乗らないからだろう。
「おぃーす」
「おはよう」
昨日別れた面々と再び会う。康一は一応あがいた、という感じのむくんだ顔をしている。億泰はいつもにも増して眠そうだ。
彼らの顔を見ているとますます眠たくなる。
「なんかマジで、俺が寝てる間にテストやってもらうことになりそうだな」
「え?何言ってるの?」
教室に入り、席につく。一時間目は数学だ。
前からやってきた白い紙を裏返しにして机の上に置く。
「時間だ。はじめ」
教師に言われて紙をひっくり返し、一問目を読んだ。
『2つの関数を、
t=cosθ+√3sinθ
y=-4cos3θ+cos2θ-√3sin2θ+2cosθ+2√3sinθ
とする。
1.cos3θをtの関数であらわせ。
2.yをtの関数であらわせ。
3.0°≦θ≦180°のとき、yの最大値、最小値とそのときのθの値を求めよ』
全部読んだところで、がく、と仗助の首が折れた。駄目だ。眠い。起きてたって無意味だ。意識が遠ざかっていく。…
隣りの席の男子学生が、『あれっ仗助の様子がおかしい』と思った、その時、仗助がむくりと頭を上げた。
それから、こきこきと首を曲げ、手を振ってみて、ピアノを弾くみたいに指を動かした。
(何してんだ?)
そう思った時、左右を見渡した仗助がこっちを向いたのと目があった。
「じょう…」
にこり、と仗助が笑った。…なんだか、いつもと違う笑い方をしている。妙に色っぽいというか、目つきが優しげで艶めいている。どぎまぎしながら、
「あんまり、周りを見てると、カンニングだと思われるぞ」
低い声で忠告してやる。相手はああそうだなと呟いてから、
「今はテスト中だったね。ありがとう」
ありがとうって言われるほどでも…と思いながらも、いやあ、などと無意味に照れて、自分のテストに戻り、やはり様子が変だなと思った。
なんか口調も変だった。声は仗助だったけど。
首をかしげている隣りで、
「どれ。…ふーん。僕の頃より難しい問題をやってるんだな。まあ十年も経ってるからな。まあ、勿論解けないなんて訳はないけれど」
いよいよ変なことを呟いてから、鉛筆に手を伸ばす。
久しぶりに肉体を動かすのでうまくいかないのか、鉛筆を持って字を書くことに苦労していたが、やがて慣れたらしい。
あとは黙って、淀みなくかりかりかりかりと鉛筆を動かし続け、最後まで行き、チェックをして、うなづき、窓の外を眺めて、
人差し指で、顔の前の空間を、くるくる、と何かを巻き付けるように動かした。
と、次の瞬間。
どた!と仗助が机に突っ伏したので、周りが驚いて騒ぎ出した。
「仗助、どうしたんだ」
「仗助君、しっかりして!キャッ、血!」
仗助は鼻血を出しながら顔を上げ、あたりを見回した。
監督の教師が近づいて来て、
「どうかしたのか、東方」
「いえ別に、なーんにも」
慌てて手を振ろうとして、手が異様に重いのに驚く。
振り返ってそちらを見ようとするのだけで、億劫で大儀でたまらない。
(何だ、これ。全身運動をぶっつづけて半日やった後みたいな疲れ方だ)
「何でもないっす。なんでも」
鼻をつまみながらそう言う。周りの女子がいっせいにチリ紙をくれるので助かる。どーもな、と言いながら鼻に詰めて、
ふと見ると、鼻血が落ちた自分の答案が、全部埋まっている。
「おお、なんだ、ちゃんとやってんじゃねーの。偉いぞ」
大喜びで、血が答えの上につかないように吸い取っている。隣りの生徒はやっぱり首をかしげて、
「自分で書いてたのに」
「ありゃ、血で答え隠れちまった。しょーがねえ下に書き直すか。えーとなんだこれ。x、xの…なんだ?おい、」
小声で囁く。と、
『xの三乗だ。読めばわかるだろう』
自分の体と、椅子の間から声が聞こえて、がたと立ち上がる。
皆がまた驚いて見た。教師が不審げに、
「さっきから何だ。カンニングでもしているんじゃないだろうな」
「何でもねーっす」
座る時に後ろを見ると、椅子には既にあの幽霊が座っていた。いやーな気分になったが、立っている訳にもいかないので、そろそろと座った。別に、何の感触もない。
再び、自分と椅子の間から声がする。
『いちいち驚くな。時間のムダだし、世間が狭くなるぞ』
「そんなこといったってなぁ」
『だから、声に出さなくても僕にはわかる。いい加減でその辺りのことを覚えてくれませんか』
(やかましいッ!)
力を込めて考える、というのは結構難しい。目を剥いて赤い顔でティッシュのつまった鼻を膨らましている仗助は、どうみてもウンコを我慢しているようだ。
『それにしても、いつまでも中にいると君が衰弱死するから出て来たんだが』
「お」
声を出しそうになって慌てて口を閉じ、
(おいちょっと待て。お前、ちょっと疲れるだけとか言わなかったか。なんだその、スイジャクシってのは)
『衰弱して、死ぬことですよ』
(意味を聞いてるんじゃねーよ!)
『ははは。基本的なギャグだったな』
「はははじゃ」
手で口を覆う。
(はははじゃねーだろ!話が違うぞ!)
『すみません。幽霊にのっとられるのは相当吸い取られるようなんです。いろいろと』
(いろいろって…畜生、だましやがったな!)
仗助は怒りと悔しさで泣きそうだ。この俺がだますならともかくだまされるなんて、屈辱だ。体がぷるぷる震えている。幽霊は対照的に爽やかに、
『だましてはいない。今予行演習のつもりで君の体に入れてもらったが、思った通りだ』
(なにが)
『だから言っただろう。君は大した体力だ。僕が入っていたのにまだそんなに動けるんだからな。多分君なら吸い取られてもありあまってるから大丈夫だろうと思ってはいたんだ』
「勝手に」
(決めるなってんだ!)
『でも実際そうだったし。それに、僕と君の体は相性もとてもいいようだ』
嬉しそうに、聞き様によってはかなりあやしいことを言っているが、一緒に喜んでやる気にはなれない。
しかし、こいつが体に入ることでテストをやってもらえたのも確かだし、とちらりと考えた途端。
『そうそう、その通りだ。君もやっと納得してくれたんですね』
(納得なんかしてねーや。理解しただけだ)
『まずはそれで充分です』
声が得意げに、満足げにうなずいている。
『とにかく、君が腕前を上げて、短時間で相手を負かせるようになればいいんですよ。それなら』
(衰弱死しねーで、疲れる程度ですむってか)
『そうです』
(もういい。とにかく、テストの方はきっちりやってもらうからな!わかったかぁ!)
『そんなこと、威張って言っても、格好悪いだけだろうに』
フフンとハナで笑われて、仗助の手の中で鉛筆がぼきりと折れた。

テストが終わって帰路につく頃は、仗助はほとんど生ける屍のようになっていた。
億泰と康一が、気がかりというよりは不気味そうにそっと手を貸して、
「大丈夫かよ、お前」
「だ…いじょう………ぶ」
「なんでこんなに疲れてるの?なんか、命を吸い取られたみたいだよ」
『鋭いね。その通りだ』
すぐ側、康一が支えている(というかぶら下がっているというか)仗助の背中から、幽霊はそう言って康一を眺め、
『仗助君、彼は誰ですか』
「………康一」
「え。なに?」
「………なんでもない」
『そうか。康一君というのですね。もう片方の彼は?』
さっきの倍くらいかかって、返事をする。
「………、………億泰」
「なんだよ!死にそうな声でひとを呼ぶな。しっかりしろ。ハラへったのか?」
「僕、あれもってるよ。カロリーメイト。食べる?」
ふうん、と背中の幽霊が感心したような調子で、
『億泰君に康一君。どちらも、なんだかんだ言って君のことを本気で案じてくれているな』
僕にはわかるんだ、と続けて、
『いい友達だ』
「………」
そうかよ、と声にする元気もなく考える。
『そうだよ。大事にした方がいい。僕にはそんな友人は、一人もいなかったからね。死ぬ二ヶ月ほど前までは』
「………」
仗助の心がいろいろに乱れた。前半部は、ケッざまーみろそりゃそうだろうさてめーのその性格じゃなという罵り、最後の部分はうっと詰まってそういえばこいつ死んでるんだっけ、とちょっと気まずいような気持ち、それから、死ぬ寸前に出来たという友人はどんなヤツだったのだろうという興味、等々で。
(こいつ、なんで死んだのかな)
普通なら声に出して尋ねないことで、今もそうしているのだが、この場合は実際聞いたのと同じ事になってしまう。
『まあ、いろいろあってね。説明は簡単には難しい。いつか機会があったらね』
そんな機会はないんだろうなと思ったが、しつこく尋ねるのも嫌なので、それはそれでやめた。
『君は…』
なにかをいいかけて、ふふと笑い止めた相手に、
(なんだよ)
『別に』
ふんと鼻をならして、仗助は康一が差し出したカロリーメイトチーズ味をぼりぼりと食べた。

試験が終わったので朋子の目もやや緩やかになった。
結果が結果ならまた別問題なのだろうが。
さっそくTVにゲーム機を繋ぐのかと思いきや、
「さてと」
なにやらいきなりトレーニングウェア姿になってストレッチを始めた仗助に、部屋の中で正座している幽霊は、
『体力をつけるんですか?』
「そーだよ。ゲームやる度にいちいち死にかけてられねーだろが。とりあえず毎日ちっと走ってくる」
面倒くさそう〜〜〜に吐き捨てる仗助に、幽霊は嬉しそうに微笑んで、
『じゃあソフト持っていって下さい』
「え?」
『F−MEGAのソフトですよ。僕も一緒にいきましょう』
「なんでだ!?いらねーや」
『そう言わずに。マネージャー、じゃなくてトレーナーをやってあげますから』
しばらく押し問答をした挙げ句、仗助はシリのポケットにソフトを入れていくことになった。押し問答に負けたらしい。
(ホントにこいつは幽霊のくせに口がへらねーや、べらべらやたらと理屈を語ってくるしよー。くそ、口で幽霊に負けるなんてコトあっていいのか)
無念の涙を浮かべながら外へ出て行く仗助に、母は不思議そうに雑誌から目を上げて、
「なあに?今からジョギングするの?もう夜だよ」
「ちっと、体力増強に励まねーといけない事態になっちまったんだよ」
でかい背でぼやく息子に、
「あっじゃあ、帰りにカメユー寄って、トイレットペーパー買って来て!今日安いのよ」
「…このカッコで、トイレットペーパー下げてこいってのか」
「体力増強なら、オモシを持って走った方がいいでしょ。お一人様二つまでだって。二つ買って来てね。ブルースタンプも忘れないでもらってきてよ」
一方的に言うだけ言ってから、教師であれば生徒に「お金は投げてはいけませんよ」と教えるのだろうに、サイフの中の500円玉をぴぃん!と弾いて寄越した。それを、左手でぱしと受けとって、
「余ったらなんか買うぞ」
「なにカツオみたいなこと言ってるのよ」
母親に笑われ、自分でもそうだなと思いながら500円玉をゲームソフトのはいっているポケットにねじこんだ。
夜道をゴム底の柔らかな音が走って行く。
『はい、次ダッシュ。僕がいいというまでだ。用意、GO』
歯を食いしばってダッシュする。
『5、4、3、2、1、そこまで。スピードを緩めて、…もう少し速めのままキープだ。まだだ。まだ』
心臓がばかばか言っている。顎の下からイヤな 味の液がちゅ〜と出てくる。ぐっと歯を食いしばって我慢する。
『OK。30秒休む』
だは〜、と息をついてへたばる。が、すぐに必死で呼吸を整える。
『いいぞ。なかなかに優秀だ。君は結構なアスリートになれそうだな。陸上部に入らないか?』
「幽霊に…スカウト…されてもな」
ぜーぜー言いながら屈伸をし、アキレス腱をこきこきやってから、体を起こして深呼吸をする。
『あと15秒。なんといっても回復力がめざましい。打たれ強いしね』
「そーかよ。まー回復系が得意ってとこはそのまんまなんだろうな」
口元を拭って、その手で鼻の下を擦り、気持ちをスタンバイさせる。
『あと10秒。君、その髪、おそらく自慢なんだろうが、走るのには向かないな。重くないか』
髪型をけなされるとキレる…のが彼の信条なのだが、けなされるまではいかない。が、微妙で、頬が引きつる。
「ほっとけ」
それくらいにしておいて、ぐるんぐるんと首を回すと、後ろにいて彼にへばりついている幽霊が目に入った。
にこにこしている。
どうせその笑顔で、また何かイヤミを言われるのかと思ったところに、
『あと5秒。君は』
ちょっと笑う。昼間、億泰たちと一緒にいた時、言いよどんだのと同じ笑い方だが、今回は続けて、
『優しいな』
なんだ?という顔で見返しながら、頭の半分では「あと5秒だ」と思っている。
『僕のためにトレパンまで着てくれたのは君だけだ。君のそういうところが、女の子たちや友人らも好きなのだろうな。…GO』
反射的にダッシュしながら、
トレパンって言葉はどうだろう。今時いわねーぞ。
それから、
別にそういう訳でもねーんだが。こいつに誉められてもあんまり嬉しくねーし。
そんなことをちらと思いながら、闇の向こうに点る目印の外灯に向かって疾走を続けた。

トイレットペーパーを二つ、バズーカ砲のようにかついでダッシュで戻って来た。帰りは知り合いに姿を見られるのが恥ずかしいせいか余計にスピードが上がったらしい。
「便所に置いとくぞ。あとちょっとTV貸りっぞ」
「はいはい。あ、」
やたら忙しい息子に母親は、自室から首を出して、
「11時からニュース観るからね」
「なにー?ちっ、わかった」
服を脱ぐ間も惜しんで自室へふっ飛んでいくと、ゲーム機をひっつかんで戻ってくる。がちゃがちゃ接続しているのを、幽霊は正座して待ちながら、
『ちゃんと汗を拭かないと風邪を引くぞ』
「やかましい。そんなヒマあっかよ」
がちゃ。ソフトをセットする。電源オン。
「チェーガー♪」
オープニングをスキップする。と、一拍の間を置いて、
『エフ・メガアアアアアッ!』
やたらめったら大袈裟な絶叫調のタイトルコール。続いて万来の拍手、歓声。
『F−MEGAハ一対一ノ対戦型カーレースゲームバトルッ!』
「はあ、そう」
思わず仗助が呟いた。
『マシンを選んでください。…そうですね、Aカーで練習して欲しい』
「AカーAカー…ああこれか。Aカーっと」
選択した途端再び絶叫が響き渡った。
『エイ・カァアアアッ!』
「うるせーないちいち」
『最高速度425キロニ達スルマデフルスロットルデ17秒カカル』
「わかったよ。17秒も加速してたら、駅前から大念寺まで行っちまうんじゃねーの?第一途中で事故るって」
『カーナンバーを入れて下さい。28…いえ、君の好きな番号で結構』
「そうか?俺の誕生日でも入れっかな。6、…」
仗助はちょっと考えたが、ぴ、ぴと28番を入力した。
『いいんですか?』
「なんかよ、思い入れある番号の方が力出んじゃねーの。別にそういうの俺ねーしよ。…でも相手がいねーぞ」
『コンピューター対戦で練習してください。まずは、これに楽々勝てるようになってもらわないと』
「へいへい」
『コースはナンバー1を』
「1ね」
1を選んだ途端、再び、
『コースbPッ!スタート後2000メートルノ直線コースガアリソシテ6ツノ カーブ!』
「あーっうるせえ、もういいって。とにかくこのレースでこいつに勝てるくらいになりゃいいんだろ?軽い軽い」
ふんふん、とスタート位置につく自分の28番の車を眺めている仗助に、
『ひとつ、君に覚えて欲しいワザがあるんだが』
幽霊が提案してきた。
「ワザ?おう、いいぜ。なんだ」
『小刻みに、アクセルボタンをたたたたと押すと、全パワーをかけてダッシュ…』
「ああなんだ、知ってるぜ。高橋名人のやつだろ?スイカも指で破壊するとかいう」
『…スイカの逸話は、知りませんが…』
「なんだよゲーマーのくせに知らねーのか?モグリか。まかせとけ。5秒間に17回の連打だ!」
絶叫したが、失敗した。連打とみなされなかったらしく、単に、ぶおん!ぶおん!と言いながら車がスタートし、ノッキングして、エンストした。
「畜生!俺に恥をかかす気か!」
画面に怒鳴りつける。と、後ろの戸が開いて、朋子がうるさいよ!と怒鳴り、幽霊はいよいよ青白い顔になって、
(こんな腕前のヤツで、果たして僕は成仏できるだろうか)
不安に思った。と、仗助がこっちを見て、
「あれ、17回じゃなくて25回だっけ?そんなのブツリ的に無理か?」
『知りません』
思わず冷たい口調で返していた。

[UP:2003/3/3]

承太郎さんが○○○のかと思ってあまりのショックでこんなアホな話は打ってられない、と思ったのですがどうやら今のところもちなおしているので(2003/03/02現在)今のうちにやらかしてしまおうと大急ぎで続きをやりました。
えーと今日は3日ですがまだジャンプ読んでません。どうなってますかー。
でもまだわからないからな。全然わからない。『次週より7部開始ッ!』の時にはどうなっていることやら。
正直、早く7部になって欲しい。それで承太郎さんは空条永久名誉監督ってことで(?)もう引退して出てこないで欲しい。

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