形代

気が違ってしまいそうな苦痛を、懸命に奥歯で噛み殺して、承太郎は上半身を上げようとした。
途端、背骨が折れたかと思う程の痛みが走って、たまらずつっ伏した。砂利に指をくいこませて、それに堪え、暫く経ってからようやく顔を上げた。
歪んだ視界に、花京院が倒れているのが映っている。気絶しているのか、ぴくりとも動かない。転がってきた石が彼を打ったが、何の反応もない。
ざ、と誰かの足が、花京院の傍に立った。
痛みに震えながら、承太郎はその誰かを見上げた。そして凍りついた。
闇の中、燦然と耀きわたる、黄金の髪。朽葉色と、砂色とに姿を変えるその髪を風になぶらせ、ひとの血の色の灯を両眼にともしたような顔は。…
悪政を施いたことで悪魔王と呼ばれた男がいたが、その公爵よりはるかにその名がふさわしい男は、暫く足下に倒れている花京院を黙って見つめていたが、やがてゆっくりとかがみこんだ。
「や」
めろ、まで言えなかった。一声だけで、痛みで肺が縮み上がった。
懸命に起き上がろうとして、もがく。その度ごとに一本ずつ骨が折れているような激痛が体中を走る。その痛みより遥かに大きな絶望が、目の前で花京院の上にのしかかろうとしているのだ。焦り、歯をくいしばっておのれを立ち上がらせようとしたが、どうにもならなかった。
男は、承太郎の苦闘を全く無視して、血と泥で汚れた頬に、そっと指で触れた。
その仕草はいたって優雅だが、だからこそ承太郎にはおそろしかった。優しく撫でていた次の瞬間、首を撥ねとばすような行為にうつる相手なのだ。
しかも、微笑したまま。
ふ、とDIOが息をもらした。果たして笑っているのか、と思う。これから鮮血で染まる顔を微笑して眺めているのだろうか。
しかし、それは違っていた。
「何故、お前はわたしに逆らう。せっかく目を覚まさせてやったのに、また悪い夢をみているのか?」
呆れた調子で、皮肉っぽく、呟いて、指を頬からはずした。
渾身の力をふりしぼって、承太郎は叫んだ。大部分は声にならなかった。
「そいつをはなせ。どうするつもりだ」
ふ、と目を細めた。静かに、冷たく呟く。
「この男は、心地よい匂いがする。過度な奉仕の心と徹底した利己主義とが、不格好にこの男を形作っている。それを、わたしの手で好きにいじりまわすのは、」
ニヤニヤと笑う。
「退屈凌ぎには、なる」
目を見開いてDIOをにらみつけている承太郎を、やはり見もせず、
「こういう男は見たことがない。面白いとは思わなかったか、一緒に旅をしていて?」
思わず承太郎は怒鳴った。
「DIOッ」
「うるさいな、承太郎」
ここで、ちろりと承太郎を見る。くちもとに、更になぶるような、笑いが浮かんで、
「そこで悲鳴を上げる以外、貴様に何が出来る。今お前の目の前で、こいつが何をどうされようと、お前にはそれを黙って見ている他に、どうすることも出来ないのだぞ。違うか?
貴様の目の前で、植えてやろうか、肉の芽を」
ひどく嬉しげに尋ねられて、承太郎は焦燥と憤りに全身を灼いた。
痛みを忘れる程の怒りが、承太郎の体を支えた。怒りにすがるようにして、承太郎は手をつき、足を起こし、無理やり体をひきずり上げた。
ほう、という顔でその動きを眺めてから、自分もゆっくりと立ち上がった。
震える声が、くいしばった歯の間から漏れる。
「何をどうされようとだと?ふざけるな。そんなことをさせるか」
「必死だな。懸命だな、承太郎。何だ。友情か。だが生憎、そんなものではこのDIOを止めることは出来んぞ」
ひどく汚らしい表情と、王と呼べる威厳とが同居している。一体この男は何だろう。
足下に、気を失った花京院が倒れているのを眺めながら、
「所詮、お前ら人間どもは、わたしの退屈しのぎの玩具だ。首をもいで遊ぶ人形だ」
DIOの爪先が花京院の額をこづいた。それを見た瞬間、承太郎の中で極限の力が弾けた。
藍と白と金の戦士が、承太郎の意識そのままの破壊力と速度でDIOに襲いかかった。空気をも裂く拳が、その連打が、DIOの顔を捕え、ふっとばす筈だった。だが。
「無駄だぞ。残り少ない体力が限りなくゼロに、ちかづくだけだ」
自分の背後で、くつくつ笑いながらそうささやかれ、全身の毛が逆立つ。
間に合わない、と思いながら承太郎は振り返りざま、一撃をみまおうとした。反撃を覚悟していたが、それはなかった。
その代わりに、目の前にいる筈のDIOの声が、
「どこを見ている?」
またしても、自分の後ろから聞こえた。
気が狂いそうな動揺と恐怖に見舞われる。何故だ。何故俺には、こいつが背後にまわる瞬間を感知できないのだ?
一体どんな方法、能力があれば、星の白金の目をかいくぐれるだろう、これ程まで完璧に。
もう一度振り向こうとするより早く、衝撃が腹部にあった。続いて体が宙を飛ぶ。承太郎の体は手加減なく地面にたたきつけられた。
息が止まる。続いて心臓が止まった。
承太郎の無意識が、肉体を叱咤する。死の淵に落ちかかる命を、強靭な生命力が、生の方向へ引き上げる。
どのくらいかの時間と空間をおいて、承太郎は辛うじて生の上に這い上がった。激しく咳こんで、再び息が止まるのではないかと思われるほど苦しんでから、
首をめぐらせてDIOの姿を追おうとしたが、とても無理だった。力が入らない。まるで他人の体を外から見ながら立たせようとしているみたいに、やけつく程苛立ちながら、どうにもならない。
靴音が石をふんで、承太郎に近づいてくる。
その方向を見ることもできないでいる承太郎の視界に、顔が割りこんできた。
死人の顔だった。死んで蘇った、吸血鬼の顔だ。その、白く腐った顔が、にやりと笑った。
ぐいと右手を承太郎につきつける。手には、襟首を掴まれて宙づりにされ、だらんとのけぞる、花京院の姿があった。承太郎の口が開いた。声は出なかった。
色の淡い茶の髪が、夜風に乱れている。流され、巻き上げられてはたゆたって、またなぶられて乱れる。
氷そのものの響きで、DIOがつぶやいた。
「今すぐ、お前を殺しておくべきかな、承太郎?」
そうなのかも、知れないが、と呟いてから、くく、と笑い、
「やはりな…わたしの考えた順番通りに、付き合ってもらおう。次は、お前がこの男を殺すか、この男に殺される番だ。ここまで、わたしを倒すという同じ目的で共に戦ってきたナカマと、殺し合うのだ。面白いだろう?
もし、お前がこの男を殺したら、その次には私が椅子から立って、お前を殺す。そういう並び順にしよう」
全身で拒否の言葉を叫ぼうとした。立ち上がり相手を止めようとした。しかしそのどちらも、承太郎には出来なかった。
DIOの足が、向きを変えた。
砂が風でまい上がる。
承太郎の祖父の、更に祖父のものである逞しい背が、かすかに揺れながら遠ざかってゆく。
わずかに見えている花京院の髪と、足の一部を、承太郎は目で追った。
実際に追えるのは目だけだった。
星の白金は、どうして遠隔操作ができないのか、…
意味のない憤りと、限りない無力感とにさいなまれ、心臓が破れる程に花京院の身を案じながら、承太郎は意識を失った。

粘膜のような眠りの中から、意識を何とか引き起こした。
その眠りが、安易にむさぼっていられるような類のものではないことを、彼の感覚がなんとなく気づいているからだった。
目を開けると同時に、凍りつくような冷気を感じて、飛び起きようとした。しかし、体はいうことをきかず、まるで見えない鎖に縛られているように動かない。
ケガをしているようだ。血も減ったらしい。気分が悪い…
目に入って来るのは、豪奢な天蓋から流れるレースが、どこからか漏れてくる僅かな燈にその模様を浮かびあがらせている姿だけだった。その向こうの遥かな天井は、ほとんど闇にのまれてよく見えないが、どうやら室内であることだけは確からしい。
時間の感覚がない。今は昼か夜かもわからない。
何の音もしない。
意を決して、花京院はほとんど残っていない力を振り絞り、精神の引き金を引いた。空中に、常人には見えない緑の影が浮かびあがった。それと同時に、彼はびくりとして声を上げそうになった。
宙に浮いた彼のスタンドが、彼の枕もとに座って、彼を凝視している男の存在に気づいたからだった。
男はゆっくりと目を上げて、彼のスタンドを眺め、目を細めて笑った。
恐怖で恐慌におちいりかける。息がかかる程の近くに、あの男がいるのだ。まばたきする時間の間に、心臓に穴を開けられるかも知れない。一秒ごとに、体を少しずつ刻まれるかも知れない。あの男はそれができて、自分はそれを阻止できない。
ほとんど悲鳴を上げそうになるのを、懸命に自制する。そんなことをしてたまるかという意志の力と、声をたてた途端に殺されるかも知れないという危惧の、両方があった。
緊張にこれ以上堪えられなくなった時だった。
「脅えなくてもいい。殺しはしない。怖がることは何もないのだ」
ひどく優しく、優雅で安らかな声が、寝ている頭の上の方から聞こえた。
それは、あの夜、初めてDIOと出会った時、相手から投げられた言葉だった。
そのことに、ひどい屈辱を覚える。燃えるような怒りが彼を支配し、懸命に顔を捻じ曲げて、男を見た。
「やめろ。あの夜ならともかく、今の僕はお前が何者か知っている。そんなまやかしには」
「何も、変わってはいない。お前はあの夜も、今夜も」
声は、忍びやかに、花京院の怒りの上を柔かに撫でてゆく。
金色の瞳が、斜め上から彼を見つめている。その瞳とまともにぶつかって、花京院は声を失った。
恐れるものか。何があろうと、屈伏だけはするものか。
そう、言葉になる一歩手前の意識を結んだ時、DIOはふと微笑んだ。
「お前はわたしの国の人間だ。お前が全てを委ねられる、唯一の存在だ。そして」
指を一本たてる。それを、つい目で追う。指は、優雅に闇に金色の線を描いてみせて、す、と花京院の口もとに当てられた。びくっと震える。
「お前は、それに気づいている」
「馬鹿な」
「気づいているが、気づかない振りをしている」
懸命な絶叫を優しげに無視して、そう続けると、口に当てた指を横へ滑らせた。
心臓が不整脈を打った。
おかしくもなる。本当なら、この男をこんな間近で見ているという事実だけで、とうに心臓は停止している筈なのだ。なんとか起き上がろうとした。向き直ろうとした。寝ている脇に座って自分を見ているDIO、などという馬鹿げた、恐ろしい構図をなんとかしようと思った。だが、体はどうしても動かなかった。
「違うか?」
ひどく楽しげに、そう尋ねて、DIOは再びつくづくと花京院の顔を眺めた。
白い顔。裏側に、数ヵ月ほうっておかれた死体の黒い顔をはりつけた、腐敗臭のする美しい顔。
この顔を、美しいと思える時点で、その人間の頭も腐っているのかも知れない…
僕は果たしてどうだろう?
「違う」
脅えの方向へ堕ちてゆきそうな自分の精神を叱咤するが如き強さで、花京院は叫んだ。この場で殺されても構わない。瞬間、真実その覚悟を決めていた。奴の目の前で何もできず震えているだけでなく、もし奴に迎合するような態度を取ったりするくらいなら、死んだ方がましだ。
ジョセフや承太郎たちに二度と会えないまま死んでゆくのか、と心が引き戻りそうになるのを、持てる全ての力で押し出す。
だが、DIOはどこまでも寛容だった。この、死にゆく者のみが顔を仰げる死刑執行人が、歯むかう手を、これ程まで鷹揚に許している所など、誰ひとり想像が出来ないだろう。
「そうか?」
ごく軽く、そうつぶやくと、小さく笑った。
だがそれは花京院にとって喜ばしいことではなかった。どこまでも黒く、彼の魂を塗り潰す屈辱でしかなかった。
震える声で、花京院は叫んだ。恐怖や脅えではなかった。怒りと憎しみだった。
「DIO」
「お前がそう言いはるなら、そう言っていればいい」
あからさまにあやす口調に、花京院はもう一言何か言おうとした。
あっと思う。一瞬にして、いや、一瞬でさえもなかった。
気づいた時には、彼の学生服の上衣は消え、DIOの手の中にあった。
いつの間に僕は、あれを脱いだのだ?
ばらばらにちぎれて、というのならまだわかる。だがあれは、僕が着ていた時と寸分違わないままだ。つまり、僕はあれから袖を抜き、上体を浮かせて脱いだのだ。
僕の意志がともなわなければ、あの姿のままでDIOの手の中に存在し得る筈がない。僕は、自分でも気づかないうちに、DIOの意のままに動いているのだろうか?
そしてそれこそが、DIOのスタンドか…
待て、と声がした。急ぐな。性急に決めつけることは、自分の首をしめるのと同じだ。ジョセフの声だろうか。自分の内なる声か。それとも、
「不思議か」
微笑んで、学生服をすっと持ち上げた。
次の瞬間、学生服は、彼がちらと思った通り、千の布切れにちぎれて、DIOの手から崩れ落ちた。ボタンが、高い音を立てていくつも跳ね返り、転がった。
全てのものを原子に返し、再び結びつける能力かも知れない。
思うがままの映像を相手に見せる、催眠の能力かも知れない。
あるいはどれでもない、想像もつかない能力か。
急いではいけない、しかし、それがわからないうちは勝ち目はない。僕も、あの学生服のように、気づかないうちに細切れにされて床に崩れ落ちることになる。
そして仲間たちも。
そう思った時、花京院の目に、新たな闘志が閃いた。
ここで、誰にも知られず殺されては、仲間たちに降り掛かる災厄に対して、僕は全く何も出来ないことになる。
たとえ僕が、どうなるとしても、せめて、
せめてDIOには一矢報いてやる。
「つまらないことを考え始めたな、花京院」
びくっとして、DIOを見た。皮肉な笑みをたたえ、じっと花京院の顔を見つめている。
「せめて一太刀なりとも。たとえこの身を犠牲にしても仲間だけは。そんな所か」
瞬間、羞恥が花京院の白い頬を焼いた。彼ははっきりと狼狽えた。
それは、心を読まれたからであり、また彼が自覚していなかった自分自身の最も深い奥底の何かを、いきなり掴んで引きずり出されたからだった。DIOの揶揄に対して、恥じたりおじけたりする必要はほんの欠片もないと知っていながら、どうしようもなく顔に血がのぼった。
「当たったようだな。そんなに慌てることはあるまい。お前の考えていることくらいわたしにはすぐわかる」
ふ、ふと笑われて、肩を震わせる。
「わかっている。お前には破滅の願望がある。何者かのために自分の身を捧げたいのだ。己の身を祭壇にして、己を伝説にしたいのだ。
身を捨てて誰かを救った者として、永遠に記憶されたいのだ」
「黙れ」
我知らず叫んでいた。そんなことは決して思っていないと心一杯で叫びながら、何故か、身を捩るような恥ずかしさが、花京院の心臓を熱し、襟首にじっとりと汗をかかせた。
「そうすることで、自分が誰かにとってかけがえのない、忘れ難い存在となり、その者の魂の一部分を常に占拠していられる。自分だけの居場所を手に入れられる。それがお前の願いなのだろう?」
低く、低く、意地悪く、DIOは嬉しそうに笑って、
「可哀相だな?そんなに寂しい半生だったのか?自分が信じる者のために身を投げ出すことが、お前にとって究極の友情の証か?」
花京院は応えなかった。今何を口にしても、相手の言っていることを認める内容になりそうな気がした。
「違うな、違うだろう、花京院?お前は本当はもっとずっと冷血だ」
さっきまでと正反対のことを、当然のようにうなずきながら口にする。
「どこの誰がどうなろうと、どうでもいい筈だ。馬鹿が何人、どんな死に方をしようと、お前には関係ない。それでなくともこの世は馬鹿であふれている。少し減って丁度いいくらいだ…
お前は合理的で理性的だ。目的の遂行の前に、下らない人間の感情や都合など、一切の意味はない。そうだ無意味だ。
お前が問題とするのは、結局自分のことだけだ。だからこそ」
花京院の代わりにうなずいてやる。
「だからこそ、誰かに必要とされるフリをしてみたいのだろう?」
「…黙れ」
明らかに、声が低くなった花京院の目の奥に、絶望的な感情が動いた。
目を細める。
「何度でも言ってやる。お前は所詮、わたしの国の人間だ。お前は世界のどこにも本当の居場所はない。
お前が真実戻れるところは、もはや私の前しかないのだぞ?」
無理やりに視線を逸し、乱れる息を歯でかみ殺す。動揺など見せたくはない。動揺している自分を見て満足げにうなずくDIOなど、絶対に見たくない。
答えない花京院に、DIOは、微笑みながらというよりは、口の端をつり上げながらと言った方がふさわしい顔をして、
「じき、お前も、私の決めた順番に従ってもらうが…楽しみは取っておこう。時間なら、永遠にあるのだから」
最後は聞こえない程低い声だった。
脅すつもりでなく、ただ本当にそう思って言っているらしい気配に、より一層、腹の底が冷たくなる。返事をしない相手に、含み笑いをして、DIOは部屋から出ていった。
その後、どのくらい経ってからか、気がつくと花京院はやはりベッドに横たわって、見えない天井を見つめていた。
さっきと違うのは、上が、あちこち血に染まったワイシャツになっている、ことと、顔色が更に青白くなっていることだろうか。
今は昼か、夜かもわからない館の、そしてどこにいるのだろう?
DIO以外に、どんな能力を持った手下が、何人いるかもわからない、ここから逃げ出す手だてを、どうやって考えればいい?
わかるわけはなかった。
自分の体が負った傷が、急に悪化してきた気がする。熱をもっているようだ。頭がぼうとする。
ずっと食べていない。喉がかわく。そのいずれも、ここにいる限り解決できない。できるはずがない。
僕は、どうすればいいのだろうか。
どうすればいいのだろう。
あまりの窮地に、考える気力がわいてこない。麻痺した心と体が、闇の底にただ沈んでいく。

ノックの音がした。
…ノック?
そのことのおかしさに、花京院は少しの間気付かなかったが、すぐにはっとする。
一体、この館にいる≪ジョースターの一味≫に対して、ノックをする必要とその気持ちのある人間が、いるだろうか。
囚人の独房の前で檻の扉をノックする看守がいるだろうか?
起き上がって身構えようとした体に、激痛が走って咳き込む。手で痛む部分をかばいながら、必死でドアに対峙すると、法皇をたちあがらせた。そうするだけで、気が遠くなるようだったが、血が出るほど唇を噛んで意識を保つと、ぎゅっとにらみつけた。
ドアが開く。
入って来たのは、
「…失礼いたします」
細い声でささやくように言って、古風なランプを掲げ持った相手はすぐに上を見た。法皇が明滅しながら、すぐにでもスプラッシュを見舞えるよう、身構えているのを見つめてから、視線を下ろす。
ベッドに座って、こちらを凝視している花京院に、うやうやしく頭を下げ、
「お怪我の、手当てをさせていただきたいのです、お側に行って宜しいですか、カキョーイン様」
言いづらそうに自分の名を口にする相手に、
「そこで止まれ」
言い放つ。素直に足を止めたままでいる。
おそらく、現地の人間だろう、肌の色や、顔立ちでそう知れる。だが、着ているものは、
「お前はそれが見えるんだな?」
「はい」
うなずいて、自分の姿が相手に見えるようにランプで照らした。真っ白いカフスがその手首を覆っている。そして漆黒の、腰丈の短い上衣のついたドレス。…
ヨーロッパのやや格式張った、古い家、多分それなりの資産家の家で雇われている、メイドが着ていそうな格好をしている、少女がいた。
「わたくしには見えます」
申し訳なさそうに響く言葉は、この少女がスタンド使いであることを示しているのだが。花京院はじっと相手を見つめて、
「怪我の手当てだと?」
「はい。わたくしには貴方様を害する意志はございません。DIO様もこのことはご存知ありません」
DIOに様をつけて呼ぶスタンド使いの少女。…
あなたを害する気はないと言われても、全く信じる気にはなれない。
冷たくかたい表情で、口を開きかけたところに、
「信じてはいただけないでしょうが」
少女の低い寂しげな声がした。信じられないなと言おうと思っていたところだったので、花京院は言うことがなくなり、口を閉ざした。
娘はもじもじと、うつむいて躊躇していたが、やがて顔を上げて、
「そのままでは、傷口に黴菌が入って化膿します。血も出ておいでですし、動けなくなってしまいます、どうか」
声が必死になって、
「手当てをさせていただけませんか、お願いです」
最後は懇願になる。更に何か言い募ろうとした少女の目に、法皇がボウと消えてゆくのが見えた。
「…カキョーイン様?」
「スタンドを出し続ける精神力が」
つぶやいて、片手で倒れかける自分の体を支え、
「いや、むしろ体力だな、スタンドは…情けないが」
ものが二重に見える。ランプの灯も、心配そうな少女の顔も。
腕がくじけて、ベッドに横倒しになった。しかし、少女は駆け寄ってはこなかった。同じ場所に立ったまま、
「お側に行ってよろしいですか?どうかそのお許しをいただけませんか?」
声に含まれる、心配で仕方がないのだという響きは、果たして演技だろうか、それとも本心だろうか。
本心のわけが無い、ここはDIOの館で、この娘はDIOの手下。…
「カキョーイン様、お願いでございます、お許しを」
「………」
許すとも許さないとも口にしないでいるうち、花京院の意識は遠のいた。

[UP:2002/6/5]

やっぱりDIO様ヘンだ〜いきなりべらべら喋ってるし…
ところで神父の存在は、ヴァニラ・アイスは知ってたんでしょうか。心中穏やかでなかったのかしら(笑)
ンドゥールはそういうことはどうでもよさそうですが、アイスクリーム屋さんはどうも気にしそうな感じがします。 「DIO様にタメ口をきくなぁ〜〜〜!」
って話と全然関係ない話をしている…


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