次に意識が戻った時は、あの天蓋のレースがランプの光で浮かび上がっている姿を、最初に目にした。
まばたきをし、顔を動かす。枕元のテーブルにランプが置いてあって、その光に照らされた左肩と、左右の腕、それから胸元、自分の体が包帯だらけになっている。真っ白い包帯の下にのぞく肌が、赤紫に腫れているのが、ちらと見えた。随分と、ひどい有様だったのだな、とこの時ようやく実感した。
「カキョーイン様」
遠慮がちな低い声が、頭の上の方から近づいてきた。ぐるりと、花京院の視界に入るように移動してくる。
あのメイド服の少女だった。花京院が警戒するより先に、顔をこちらへ向けたまま足元の方へあとじさって、
「申し訳ございません、勝手に手当てをさせていただきました」
深々と頭を下げる。服の胸元に血がついている。あれは僕の血だろうか、そうだろうな、と花京院はぼんやり思った。
「御気分はいかがですか」
少し黙っていたが、やがて、苦笑し、
「あまりよくない」
DIOの敵が、DIOの館の中で目を覚まして、それが心地良い目覚めであるわけがない。
そのことに、少女は今気づいて、顔を赤らめた。
「失礼いたしました。…あの、ごく簡単なものをお持ちしたのですけれど」
彼女の手には籠があって、ナプキンを取ると中に、…どうやらビスケットの類の焼き菓子が入っているようだ。どこからかミルクピッチャーも取り出してこちらを見ると、
「お召し上がりになりませんか?」
…敵陣で出される料理を食うバカはいない。
しかし、偉そうなことを言う以前に、気絶している間に包帯を巻かれている訳で、この少女がそれこそ『花京院典明に害をなそう』と思ったら、料理のし放題だったろうし、
いやしかし、油断させた後で食わせたものに何かしこんであって、それは相手の思うままのロボットになる効果があるとか、…
そんな面倒くさいことをするだろうか?相手はDIOなのに?自分が今生きているのは、単なるDIOの気紛れに過ぎないのに?
何よりも、自分の中に、いいから食ってみろという声がある。珍しいと思った。こんな、鼻をつまんで深さのわからない水の上に飛び出すようなことは、決してしない人間の筈なのだが。
単に、食わなければ死にそうなほど腹が減っていることに、気づいてしまったというだけのことかも知れないが。
腹が鳴る前に、意を決した。こんな状況にあっても、そういったマンガみたいな恥ずかしい思いはしたくないのであった。
「もらおう」
それを聞いて、少女の顔にぱっと光がさした。数秒、息を吸い込んでいたが、はい、と吐き出して、
「どうぞ、どうぞ!少しですけれど」
それでも、駆け寄るのは相手に警戒を起こさせると思うのか、『何もする気はございません』といわんばかりに腕を地面と平行なほどに突き出して、籠を差し出しながら近づいてくる。それまでになんとか起き上がり、ベッドに座った花京院の傍らに籠を置き、
「どうぞ」
差し出されたカップを受け取る。そこにミルクを注ぐ。たぷんと音をたててそれを終え、ふと少女は、花京院がすぐ側から、複雑な表情でじっと自分を見つめていることに気づいた。
顔が真っ赤になる。目を逸らし、おくちにあうとよろしいのですがと慣用句を、か細い声で言った。
その表情の変化を読もうとしかけて、やめた。僕は…とりあえず現状において、この食物を摂ることに決めた。ならば、目の前の少女の、照れて赤い顔が、本当であろうと演技であろうとかまうものか、と心で叫んで一つ菓子をつまんで口にほおりこんだ。しかし、やはり粘土を食べているようだった。
どうしても急いでしまう。味わう余裕はない。やぶれかぶれでもう一つ取って、口に入れると、コップを掴んで流し込んだ。
ごくり、と飲み込んだ時、ようやくバターの香りや、ほの甘い味わいが伝わってきた。
「どうですか?」
ほとんどドアのところまで下がって、主人の命令を待っている召使いのようなたたずまいの少女に、
「美味しい」
お世辞でも譲歩でもなく、淡々と言って、三つ目を口に入れた。
素っ気無い相手の態度だが、少女は嬉しそうにそれはよろしゅうございましたと言って、そっと近寄ってくるとカラになったコップにもう一杯注ぎ、再び下がった。
それをやはり一気に飲んで、もう食っちゃったんだから何かあっても今更遅いと諦めがついたのか、花京院はふっと息をついて、
「ありがとう」
苦笑混じりに言った。
「いいえ、とんでもない、」
慌てて首を振った顔を、改めて見やる。ごく目立たない、平凡な少女だ。人ごみに紛れたらすぐに見失うだろう。
今まで、複数の人間の視線の中心に立ったことなど、おそらく一度もないだろうと思われる。きらびやかな照明も、眩しい陽光すらも、この黒い服と黒い目の少女とは無縁だ。この少女を照らすものは、夜半過ぎの月の光だ。
歳はいくつだろう?自分よりは下だが、メイドをしているところを見ると…しかしある範疇の外国人は驚くほど幼い歳から糧を得るために働いているから、思っているより幼いのかもしれない。
その通りまだ幼いせいなのか、それとも単にそういう体型なのか、あまり豊満とは言えない胸の前でしっかりと手を組み合せ、
「前よりは、お元気になられましたか?」
祈るようにそう尋ねる。
「うん。ものがぶれて見えていたのが直った。空腹が原因だったのかも知れない」
「そうですか。よかった…では、どうぞ、ついていらして下さい」
「どこへ行くんだ?」
「出口です」
一回ごくと喉を鳴らしてから、思いつめた響きの声が、
「お逃げ下さい」
「ちょっと。…」
手を延べて、相手の動きを止め、
「手当てをしてもらい食料をもらった上で、貴様なにを企んでる、なんて言えた義理ではないけれど」
左手で口元のビスケットのかけらを払い落してから、
「しかし、やはり君の行動は腑に落ちない」
きみと相手を呼んだことを、花京院も、少女も意識し、同時に相手を見たので、目が合った。
「何を考えているんだ?」
「…このままでは、いずれDIO様が」
ためらいがちに口を開いた少女の顔に、恐怖の色がさしている。
「貴方に肉の芽を植えます。そうしたら貴方はお仲間を殺すためにこの館を出て行かれる。そんな御姿を見送りたくないのです。
そして貴方はお仲間を殺して戻っていらっしゃるでしょう。貴方を殺せないお仲間を、その時の貴方は平気で殺せるからです。その御姿をお迎えしたくないのです」
「きみは、何故そんなことを言う?」
一瞬黙ってから、敢えて言った、「DIOの手下なのに」
少女は声をのんだ。傷ついた生き物の表情が目に浮かび、
「…そうです、わたくしは」
絶望に打ちひしがれた声を絞り出す。目線が地面に落ちた。
「命が惜しくてDIO様に従った者です」
花京院ははっとした。それは、
自分自身のことだ。
「屈辱よりも、殺される恐怖が先にあって、言うなりになりました」
言葉の鞭は、少女自身と、目の前でそれを聞いている花京院の身を同時に打つ。同じ場所を、同じ強さで。
「殺されないで済む代償に、わたくしは、人間の誇りを捨てました」
「もういい」
紡がれ続ける、自責の言葉で編まれた拘束衣に締め付けられる苦しさに堪えかねて、花京院は相手を遮った。申し訳ありませんと呟いた少女は、自分への思い遣りでやめさせたと思っただろうか。違う、
僕は。恐怖に怯える醜い自分の顔が映っている、鏡が見たくないだけだ。
「肉の芽を植えなくても、逃げる気遣いはないと思われたのか、それだけは免れました。でも…今更、命を捨ててあの方に向かっていっても、決してかなわないと、そう思ってしまっています、わたくしの心が、わたくしの体が。せめて」
少女は必死で目を上げた。
「せめて貴方をお救いしたい。DIO様に決して屈することなく、あの方を倒そうとしていらっしゃる貴方を、お救いしたいのです。それがせめてもの、DIO様の下に身をかがめたわたくしが、出来る抵抗ですから」
その黒い瞳が、まるで遙か上方の青空に飛ぶ鳥を、井戸の底から見上げているように、花京院を見ている。
「僕は」
そこまで言って躊躇う。自分は何と言おうとしているのか?
きみが思うようなヒーローではない。きみが今言った以上の醜態を、僕はさらした挙げ句、肉の芽を実際に一度植えられたのだ。…思ってみるだけで、羞恥に顔が歪む。それを聞いた相手の顔が失望に蒼褪めるのを、僕は見る勇気があるだろうか?
きみの期待にそえるよう、全力で努力する。逃がしてくれるのか。ありがとう。ごちそうさま。じゃ元気で。…いくらなんでも恥を知らない言葉だ。とても言えない。
第一、僕はいつの間にこの少女を信用してしまったんだ?失望させるだの、知られたら恥ずかしいだの、さっきから。
戸惑いながら、次の言葉が出ないでいる花京院に、少女は少し焦って、何か言いかけ、
はっとした顔で背後のドアを振り返った。それから花京院のそばに駆け寄って来て、
「この部屋でお待ち下さい、後で、また参ります。どうかそれまでにお心をお決め下さい。お願いです」
低く叫ぶように強く強く言って、身を翻すと、ドアの所まで駆けて行って、最後に一度だけ頭を下げ、出ていった。ドアが閉まる。
外で、誰かが会話を始めたのがなんとなくわかる。片方は今の少女として、もう片方は誰だろう?
その誰かが声高に怒鳴ったようだ。と、何かを激しく打ち付けるような音がした。
あの少女が殴られたのだろうか?
思わず腰を浮かしながら、馬鹿げている、と思った。DIOの館の中で、争っている二人の仲裁に入る気か、僕は。ケンカはよせ。皆仲良くしなきゃ駄目だろう。さあ、仲直りして、仲良くジョースターを倒すんだとでも?…
浮かした腰をそっとベッドに戻した時、激しい音と共に、ドアが開いた。つかつかと、ランプの力の届くところまでやってきて、足を止めたのは。…
氷のような目に、憎悪を漲らせた男だった。見返すだけで、胸の中が真っ黒になりそうな気がする。
つめたく整った顔も、美しい長い髪も、女のように白い肌も、両眼から放射する悪意と呪詛のどす黒さの前では、何のカバーにもならない。
少女は知らないが、この男ははっきり敵だ。それも、今までに出会った誰よりも、DIOの敵に対して敵愾心を持っている。そんななまやさしいものじゃない。すさまじい殺意だ。
殺る気だ
全身が緊張し、額にかかる髪が震えた。
男は、くちびるを歪めた。侮蔑と、憎悪の言葉を吐き散らしかけ、それを辛うじて嘲笑にすり代えたというような表情で、
「DIO様の命を忘れ、敵として戻って来たクズが」
錆びた鋸をひくような声だった。
返事ができない。ひとこと、口をきいただけで、首をはねられるような気がした。それが、可能だという気がした。男の頬がびくびくと痙攣している。
「なんだ、その顔は。殺されると思ったのか。馬鹿め」
下品で、愚劣な表情は、まるで人間ではないようだ。なまじっか、美しく仕上がっていた顔の筈だから、余計に化け物じみて見える。
黙ったままの花京院を、射殺そうとしているかのように、赤く燃える目でにらみつけ、ぺっと唾を吐くと、
「殺さない。が、それさえ守ればDIO様はお叱りになるまい。じきに死んだ方がましだと思うような目に遭わせてやる。
待っていろ」
唐突にドアは閉まった。ふたたび、暗闇の中に取り残される。
待っていろ、か。皆、僕にそう言う。…
全身を、冷たくぬるぬるした汗が濡らしていた。あの男の躯から、青黒い瘴気がたちのぼっているようだった。
頭はじんと麻痺して、霞がかかったようだ。うまく働かない。
最初に来た少女もやはり実は、死んだ方がましだと思うような目に遭わせるつもりでいるのだろうか。それを、あんな風に健気で懸命な態度の裏で、僕に言ってよこしていたのだろうか。
わからなくなった。いや、最初から何もわかってはいない。
花京院はぐったりとベッドに座った。どうしたらいいのかわからないでいるうちに、どんどん追い詰められていく。
覚悟を決めなくてはならない。
なんとか生き延びて、倒せるものなら一人でも敵を倒し、DIOのスタンドの謎を解く。ヒントでもいいから手に入れる。そして、それを伝える。そうするしかない。
『僕を殺す気はない』と、DIOを含めて三人が言った。この際、それを信じてみるしかなさそうだ。たとえ、死ぬような
目には遭わされるのだとしてもだ。
覚悟するには、あまりにも苛酷な覚悟を、花京院はすることにした。それでも、強く目をつぶり、手を組み、祈る姿勢になるのは仕方がなかった。
体の中に、熱を発する装置でもあるようだ。その機械は絶え間なくカウント音を響かせ続けていて、やたら耳について、苛立つ。
堪えられない程だ。思わず、うめき声を上げた。その自分の出した声と、
「ほら、いい加減に起きて頂戴」
耳元で強く怒鳴られた声に意識を揺さ振られて、承太郎は目を開けた。
薄汚い天井が見えた、のは僅かな間だった。すぐに、視界いっぱいに、女の顔が割り込んで来た。
驚いたが、承太郎の精神が防御や攻撃のモードに入るより早く、女はフンというように笑って、
「気分はどう」
「上々だ。誰だ貴様は」
「大丈夫そうね。良かったわ。これ以上あんたのことで手を焼いてるヒマがないもの」
目の前の顔が薄く笑っている。冷笑なのだろうが、どこかそれだけでないと感じさせる温かみがある笑顔だった。浅黒い肌と漆黒の目をしている。
「怪我はね。アバラ二本やってるのが一番重傷ってとこかしら。ちょっと熱も出てるけど、精神力でカバーしてね」
言われて、顔を上げると、自分は質素なベッドに横たわっていて、体は手当てがされていた。学ランの上と帽子が女の後ろの椅子に置いてあるのが見える。小さな、小汚い部屋を目で見渡して、
「ここはどこだ」
「すぐ近くよ、あんたがDIOにぶちのめされたばしょの」
全部言う前に、目にも留まらない速度で伸びた手が、相手の喉を掴んでいた。万力のような指に、今少し力が増し加わったら、女の細い喉は容易く折れてしまいそうなのだが、
「…助けてもらっといて、いい態度じゃないの」
承太郎の指と掌に、低く囁いた反響が伝わってきた。度胸はすわっているようで、怯えや惑いなどカケラも見えない。
「DIOの手下か」
「やめてよ。あんな男、タイプじゃないわ」
相手が使った言葉に承太郎はやはり動揺した。この女はDIOを知っている。多分、顔を見て喋ったこともありそうだ。そして、その後、殺されずに生きているということは、イコール手下になったとしか考えられないのだが。
そもそも、タイプだとかタイプじゃないとかで表現する相手ではない。…
「ちょっと。放してよ。こんなことやってる暇はないんだから」
女は苛立った声を上げて、自分の喉を掴んでいる承太郎の手を掴むと、無理にひきはがした。真っ赤なマニキュアをほどこした爪は、しかし短めにきちんと切ってあった。ゆっくりと、ベッドの上に起き上がった承太郎に、
「あんた、これが罠だと思ってるの?」
ずばり言われる。承太郎は無言のまま油断無く相手の顔を見つめた。歳は自分より上に見える。きつめの化粧だがそれがよく映えている、派手で、あでやかな、美しい女だ。
「あたしがDIOの手下で、あんたを手なずけて油断させて?馬鹿馬鹿しい。いい?あたしがあんたを助けてやるのは、妹を助けたいからよ」
「妹?」
「そうよ。あんたの仲間…なんだっけ。カキョーインとか言ったわね」
承太郎の目の光がぎゅっと強くなった。
「無事なのか」
「今はね。ただの監禁状態よ。そのうちどうなるかわからないけど」
こともなげに言い切ってから、
「妹はあんたの仲間を助けようとしてるの」
「お前の妹は、一体何だ?DIOの…」
「DIOの館でメイドをやってるわ」
女の目が陰鬱になった。それから、きっとなって、
「でなけりゃ殺されたんだもの。仕方ないでしょ?なに、殺されてでも誇りは捨てるべきじゃなかったって言うの?」
「誰もそんなことは言ってない」
うるさげに言い返し、
「お前の妹がどういう経緯を経てそこにいるかはどうだっていい。今、花京院のそばにいて、外へ逃がしてやろうとしてるんだな?」
「ええ。見つかったらどんなことになるか…絶対に見つかるわ。館の中にはDIOの手下がうようよしてるんだし」
「お前は」
体を捻ったことで痛みが走り、ちょっと顔をしかめてから、
「ほっといたら妹が花京院を逃がそうとしてるのを見つかって殺されるから、その前に花京院を助け出せと言ってるのか?」
「そうよ。さっさとあんたの仲間を連れてって頂戴。その後リターンマッチに来るとか、尻尾巻いて逃げて行くとか、そんなことはあたしには関係ないわ。とにかく、今、妹がとんでもない場所に足を突っ込んでいきそうなのを、やめさせてと言ってるの」
わかった?と顔を覗き込んだ。
「いい加減で理解して。そして信用して。あたしはね、あんたとあんたの仲間なんかどうでもいいの。こう言えば、逆に信用する気になるかしら?」
この野郎、と承太郎は思ったが、相手が必死なのは、人を小ばかにしたような言葉のはしばしに見てとれる。
…妹が花京院を助けようとした結果殺されるのを見たくない。
妹はDIOの館のメイド。殺されるのが怖くて手下になっている。
ではこの女は?
「お前は、DIOの館の場所を知ってるのか?」
「でなきゃあんたをそこに連れて行けないでしょ。なあに、しっかりしてよ。ジョースターってのは馬鹿のことなの?」
この野郎、とまた思ったが、ちっと片頬を上げるにとどめた。
妹がDIOのもとにいる。自分も館の場所を知ってる。だがDIOの部下ではなく、好き勝手なコトを口走っていられる。そんなお気楽な存在を許すヤツなのだろうか?DIOは。
「ああ違ったわね。今のジョースターてのは年寄りだったわ。他に仲間が二人?三人だったっけ?」
「そのことは知らないのか」
「妹が知らないことは、あたしは知らないのよ」
なんだかどこかおかしな感じがする。語調のせいだろうか。…DIOから妹が聞いたことを、姉に伝えているのは、特に変なことではないのだろうが…
殺されないためにDIOの手下になった妹。…なんだかわからないが、その周辺にいて、妹とはしょっちゅう意思の疎通をはかっている姉。それを許しているDIO。
無事、俺が花京院を救い出したら、その後はまた、妹はDIOのメイドに戻って、姉は…
このおかしな状況に戻るんだろうか?
「今は他の仲間はどうしてるの。館を探してるの?」
他の三人は、今の自分以上の怪我をして、ベッドの上に転がっている。だが、援軍はきそうもない、とわざわざ言う必要もないだろうと思い返し、
「…今はこの付近には居ない」
「なんでよ。ああ、いいわ。どうせまた何か聞き出そうと思ってる、とでも言うんでしょ。だから、あんたたちのことはどうだっていいのよ。さあ、あたしと一緒に来て。イヤだとは言わせないわ」
言ったらどうする、と大人気ないことを言いたくなった承太郎だったが。
花京院の居場所については、本当に、何の手がかりもない。怪我をした体をひきずって、一日うろつきまわって、それで見つかるとはとても思えない。そのうち、ヤツが言ったように、てろんと濁った暗殺者の目をした花京院が、向こうからやって来て、やっと再会、なんてことになってはどうしようもない。今度もうまく肉の芽を抜けるとは限らないし。
この際、この変な女の申し出を受けるしかなかさそうだ。
「わかった」
言い切ると、ベッドから降り立った。一瞬ふらっとしたのを、
「倒れないでよ。あたしじゃ支えられないわ」
そう言いながら、思いのほかしっかりと支えて、すぐ突き放し、ニヤと笑った。女の背丈は承太郎の胸くらいまでしかない。
「でかいわねあんた。DIOと同じくらいね」
「嬉しくも無いがな」
言いながら帽子をとり、かぶりながら、
「一つ聞かせろ。お前はスタンド使いか?」
「違うわ」
ふん、と今度は承太郎が笑った。
「自分がそうでないものの名を何故知ってる。違う、と即答できるってことは、それが何なのか知ってるってことだろう」
「鬼の首とったみたいに大喜びしないでよ。バカじゃないの」
女はずばずばと言って、形のいい真っ赤な唇をゆがめた。
「あたしは違う。妹がそうなのよ。キミのそれはスタンドというのだ、ってDIOが妹に言ってるのを聞いたわ」
…だから、殺さずにメイドとして側に置いたのだろう。果たしてどんなスタンドなのか。
それからすぐに、
では、スタンドの使えないこの姉を、何故DIOは殺さなかったのだろう、と承太郎は思った。が、そのことはさすがに尋ねずに、女について部屋を出て行った。
[UP:2002/8/10]
例によって終わらなかった。次で完結の予定です。私の場合予定はあてにならないんですが。
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