修学旅行に行こう
空条承太郎が在籍し、花京院典明が転校してきた高校は、三年生になったばかりの四月の下旬に、修学旅行へ行くという風習があった。行き先は、日本三景の一つや、源義経が滅ぼされた所や、独眼竜の殿様のグッヅを売っているお城の跡地や、といったあたりである。
ちなみに、杜王町はすぐ側にあって地元の高校生の修学旅行先は奈良・京都であった(ぶどうヶ丘高校は私立なので違うかも知れないが、もし公立であったなら、仗助や億泰たちは奈良京都に行って三十三間堂や銀閣寺を見たのではないかと思う)。
学ランとセーラー服が独眼竜の城跡前にぞろぞろ整列する。今日の見学はここと、瑞鳳殿で最後だ。皆疲れてきてダレ気味だ。
三年A組の先頭からやってきた担任が、
「2班、全員いるか」
振り返り、素早く顔ぶれを見て取って、
「います」
花京院が返事をした。
二人は同じクラスだった。全8クラス中2クラスが進学組の理数系だったので一緒になる確率は2分の1なのだが。
ついでに、出席番号は花京院が8番で、承太郎が9番だったから、花京院の後ろには承太郎が立っていた。
(でかいので覗き込まないと彼の後ろの面々が見えない)
そう思いながらちらと見上げると、
「なんだ」
ぶすー、とした声が降ってきて、いや別にと呟いてから、ふと、
「車の中で食べてないようだけど、君は、オヤツは忘れてきたのか?」
「いらねえと言ったのに無理やり持たされた」
「へえ。君はイヤだとなったら絶対拒否すると思っていたが」
「俺の知らないうちに勝手に入れやがったんだ」
いよいよ不機嫌になる顔を見て、思わず笑い出した花京院を睨み付け、
「なんだ」
「だって」
他の目的でカバンを開けた承太郎が、そこにホリィさんの入れた、
「ポッキーやコメッコを見つけて目を剥いてるところを想像すると、く。うくく。あっはっは」
「殴るぞ」
慌てて拒否し、笑いを堪え、
「あとでくれるかい。風呂の後にでも」
「好きなだけくれてやる。太れ」
ほとんど言いがかりなので再度笑ってしまった。
「やっぱり、どっか違うな、何度見ても」
前に並んでいる、ちょっと小太りの男が不思議そうに言った。花京院は尋ね返す。
「何が?」
「お前とJOJOの喋り方だよ。なんつーかこう、他の奴とはない気安さみたいなのがあるんだよな。お前ら、幼なじみじゃないんだろ?」
思わず微笑して、
「違うよ」
「だよなあ。最初は転校生だからJOJOのなんたるかがわかってなくて話し掛けてんのかと思ったけどよ」
「なんたるかって何だい」
「泣く子も黙るとか、教師も一歩、いや十歩くらい引いてるとか、ここらの不良は全員頭が上がらないとか、そういうプロフィールだよ」
小太りは首をかしげて、
「でも、JOJOはカツアゲとか、上納金を納めさせるとか、校門を手下に塞がせて通行料を徴収するとか、その手の連中がやりそうなことはやらないからなあ。不良のニューエイジなのかな」
カツアゲ。上納金。通行料。
その言葉の安っぽい響きに、花京院は失笑し、
「そんなもの、承太郎のプライドが許すもんか」
思わず呟いた口元に、
「それだよー」
小太りと、今まで聞くとも無しに聞いていたらしい周囲の男たちの指がいっせいにつきつけられ、花京院はびっくりして一歩下がった。なおもぐいぐいと指は押して来ながら、
「承太郎、だぞ、承太郎」
「そんな呼び方するヤツ、他にいねえんだっての」
「なんだお前は。JOJOのマブダチか。弱みでも握ってるのか」
ちょっとーあんたたちー、と横から女子数名が口をつっこむ。
「花京院君みたいにハンサムで頭が良ければ許されるのよ」
「そうよー。二人で何か話して笑ってるとこなんて、ああ、ステキ〜〜〜うっとりしちゃう」
ねえ〜と女子どもは顔を見合わせてから、おもむろに、
「あんたらとJOJOじゃ、まるっきりツカイッパじゃないのよ」
「使用前、使用後よ」
げらげらと無遠慮な笑い声。
「なんだと、このブス」
「JOJOにたかっていって払われてるお前らは何だ。ハエか」
「なんですってぇ!ハエ!?」
「ブスとは何よ、この不細工」
罵り合いと掴み合いが始まった。
「あ、あの」
手を出したり引っ込めたりしてから、止めようとしたが、誰も耳を貸さない。なんだか僕は、ケンカを止めようとして止められない場面ばかり体験している気がする。
「そこ。A組2班。なにやってる」
「すみません」
花京院は大声で謝ってから、なんとか宥めたりなんだりしている。…誰も聞いてくれない。
「御苦労だな」
後ろから面白がっているような声が聞こえ、むかっ腹が立つ。
「そう思うんなら、手伝ってくれ」
「そういうのは、班長の仕事だろう」
くそ。後で覚えてろよ。根に持つのは君だけじゃないんだ。
「頼むから皆、大人になってくれ!あうっ」
もらいパンチをくらって目の下に痣をこさえた班長に率いられて、一同はその夜宿泊する秋保温泉の旅館の、一室にどやどやと入った。
班長はちょっと反り返って、名簿と日程表と一同の顔を見比べ、ややスパルタチックに、
「点呼を取る。鬼久大輔」
「いるよ」
さっきの小太りだ。ちょっと気まずそうに花京院の顔を見ている。この男は肉屋の息子だ。
「花京院典明。いる。空条承太郎」
「いるぜ」
ぼそりと答えた声は一同の一番後ろから聞こえた。見ると、海の中でも取らなかった帽子をとっている。当たり前だが。
「九尾賀太」
「おうっ」
つぶれた声にイガグリ頭で、体中筋肉が充満している。首がやたら太い。柔道部の主将だ。
「小森達人」
「…はい」
か細い声にぴったりの体型をしている。顔色が悪い。背も低く、制服ががほがほだ。弟や妹が沢山いるらしい。
「酒名大介」
「ほーい」
目がぎょろぎょろでかく、エラが張っている。動きがやけにぴんぴん跳ねる。この男は魚屋の息子だ。
「全員いるな。この後大広間で夕食、A組はそのあとすぐに風呂だ。あとがつかえているから長湯はしないように。20:30までにはこの部屋に戻ること。以上」
皆各々、了解の声を上げ、その後まただらだらと喋り出そうとしたところに、
「さっさと夕食に行け」
花京院が叫び、皆慌てて廊下へ出た。
「いい感じで気合入ってるなあ。柔道部に勧誘すれば良かったな」
柔道部主将がそう言うのを、他の三人が見て、
「駄目だろ典明は背は高いけど、そんなに肉ついてないし」
小太りが首を振り、ぎょろ目が、
「いや、肉より骨だ。骨はしっかりしてそうだから大丈夫だ」
そう請けあい、小太りと睨み合う。
「肉だ」
「骨だ」
「………あの」影が薄い男が何か言いかけたところに、
「さっさと行けと言ってる」
もう一度怒鳴りつけ、ふと、部屋のすみで自分の荷物の前に座っている男に気付き、
「JOJO。僕の言うことを聞いてくれないか」
イヤミたらしくいつもはしない呼び方をした。だが、まだ向こうを向いている。すぐ後ろまで行って、
「そんなにオヤツを持たされたのが理不尽か。じゃあ全部僕にくれ」
「花京院」
「なんだ」
自分のカバンの中を、黙って見せた。
のぞきこんだ花京院の目には。
こちゃこちゃとしたラムネ菓子やら小魚の入ったアラレの袋やら、の一つに、一枚の紙がくっついているのが見えた。花京院はこれ?と目で尋ねてから手を伸ばして、それを剥がし、つまみあげた。
『お願いがあります。どうか今すぐJR秋保駅まで来て下さい、くれぐれも他言無用のこと』
個性の無い字が並んでいる。
「どう思う」
低い声で言われて、
「考えられることは…いろいろあるが」
「たとえば」
少しの間、紙を見つめ黙ってから、
「たとえば…これを書いた人間は、ひょっとするとさっきの会話を聞いていたんだろうか、とか」
「さっきの会話って何だ」
花京院は頭の中で自分と承太郎の話した文言を巻き戻して聞きながら、
「ホリィさんがこっそり、オヤツを入れてくれたっていう話」
もう一度カバンの中を見、
「紙の下になってた、お菓子を見せてくれ。…やっぱりそうだよ」
誰かが入れた紙の下の方には、口を様々な色のリボンで結んだ可愛い包みが行儀良く入っている。一つ失礼して開けてみると手焼きのクッキーだった。
「さっき僕はポッキーやコメッコと言ったけれど、これこそが、ホリィさんがこっそり君に持たせるようなオヤツだ」
「そうだな。不本意だが一目でわかる」
紙を隠すように入れられていた、30円でひとふくろの類の菓子を示して、
「これを入れた人間はさっきの会話を聞いて、君のカバンの中に『空条承太郎が自分で入れた訳ではない、つまり何が入っているのかちゃんと知らない』菓子が入っていること、君がそれを苦々しく思っている、つまり飛びついて食べる気のないこと、食べるとしたら風呂上がりに僕にやる程度であること、
等を推察して…この紙をくっつけた菓子をこっそり入れた。つまり」
うなずいて、
「万一何か他のものが欲しくてカバンを開けても菓子で隠れていれば気付かない、むしろ不愉快そうに無視する、しかし風呂上がりには必ず気付かれる、そういう状況に紙をセットしたんだな」
「じゃあ今すぐってのは、こいつにとっては…風呂上がりの頃ってことか?」
「多分ね。『ホリィさんが入れるお菓子』とこれは、ギャップがありすぎてすぐ変だと思い紙を見つける、なんてことは想像がつかなかったんだろう」
「しかし何故そんなまわりくどい手を使う?夜の何時にと書けば済むじゃねえか?」
「君が風呂上がりだってところがポイントなのかも知れないな。でも、あまり風呂上がりを強調はしたくないと。…何故だって聞かないでくれよ」
「何故だ」
「わからないからさ」
肩をすくめ、
「どうする?」
「ひとまず、飯を食う」
「そうだね」
元通りにしまい、カバンの口を閉め、二人は廊下へ出て、食事のための大会議室みたいなところへ向かった。とたんに、無数の意識が自分らへ向けられたのを感じる。なにしろ、JOJOなのである。あと、花京院でもある。目をハートにして眺め、じりじり近づいてくる女子は履いて捨てたら山になるほど居る。廻りをはばかって小声になりながら、
「君が知らないでいる間にカバンに入れる隙はあったかな?」
「あるだろう。いつもいつもカバンにひっついていた訳じゃない。どこぞの見学場所についた時バスの中に遅くまで残るか、少し早く戻るかで、いくらでも出来る」
それよりもだ、と承太郎が言うのを見上げる。
「俺があの紙を見つけても、ハナっから無視すりゃそれで終わりだろうが。その可能性の方が高いぞ」
「うん。それは」
ちょっと考えてから、
「あれを書いた人間が、君のことを普通程度には知っているのだと思う」
「どういうことだ」
花京院は曖昧に、悪戯っぽく笑いながら、つまりニヤニヤと、
「君が、『お願いです』『どうか』って言ってる人間の訴えを無視してマクラ投げなんかやってられない性格だって、ちゃんとわかってるんだろう」
「お前、やっぱり殴られたいらしいな」
「やめてくれ。僕でさえ知ってることだ。誰だって知ってるさ」
ぼかと殴られた。後ろできゃーと嬉しそうな声が上がって、いまいましげに舌打ちしてから、
「うっとおしい。やめろ。俺はそんなにつきあいのいい人間じゃねえぞ」
頭をさすりながら苦笑し、
確かに、イヤだな、と花京院は思った。こういう言い方をすればきっと承太郎が来てくれると―――いう計算。もう後がないんです、あなたしかいないんです、すがってるんですわかるでしょうという、言い方を、自分で選んでいる意図。
ひれ伏して見せながら、手の隙間から承太郎の顔をちらちらうかがっている視線。お願いですといいながら他言無用を押し付けている相手は、
一体、彼を呼び出して、何をさせたいのだろう。
考えているうちに食事する部屋に着き、
「こっちだぞー」
柔道部主将が手を振っているのが見えた。二人で人を漕いでそこまで行く。
「なんだよ班長、人を急かしといて自分は遅刻かよ」
「悪い」
言って、並んで座り、何とはなしに急いで食べ出した。
まだ話したいことはあるのだが、すぐ脇に小太りが座っているし、向かいには影が薄い男が座っている。
「これ、いけるなあ」
「お前言い方まるっきりオヤジだぞ」
ぎょろ目に言われ小太りが怒り出し、影が薄いのが薄く笑った。
面倒くさいから法皇で喋ろうかと思った。この声なら承太郎にしか聞こえないし、と―――
と。隣りにいた承太郎がやおら花京院の二の腕を掴んだ。はっとして見ると、よせ、と口の形で言って、食事に戻った。時間にして二秒ほども無かった。
僕が法皇を出そうとしたのがわかったのか?
そしてそれを止めた?
何故だろう、と思いながら花京院はかまぼこを食べた。
後から来て、前からいた人間より早く食事を終え、出て行く花京院の背に、
「はやいなー、もう食ったのか」
「早くフロに入りたいんだ」
適当こいて逃げ出す。部屋に戻ると、もちろん誰もいない。と、承太郎が入って来て、後ろ手に戸を閉めた。
「どうする?」
数刻前と同じことを尋ねた。
「かまぼこを食いながら考えたんだが」
腕組みをして、
「その誰ぞの願いを聞いてやろうと思う。どうやら俺はとんでもなく慈悲深い人間のようだからな?」
本気なんだか皮肉なんだかそんなことを言われてしょっぱい口になった花京院に、
「JR秋保駅は…ここから1キロくらいだな。お望みの時間に行ってやる。お前は残れ」
二人していなくなったらコトがでかくなるからな、と呟いた相手に、
「どちらにしろ君が居なくなったら僕が先生に怒られるような気がするんですが」
ワザと言っている証拠として丁寧語になっている。承太郎はニヤリと笑って、
「怒られろ」
むぅ〜、という顔になってから、
「わかりました。では、予定通りにお出かけするために、とっととフロへ入りますか」
「そうだな」
「ところで、さっきどうして止めたんだ?法皇を出すのを」
ん、と小さく言って、
「あれをよこした人間が、何故『俺を』呼んだのかという点でな」
目で、自分のカバンを指し、
「俺がスタンドを使うから、という理由もひとつ考えられると思った」
「つまり、相手もスタンド使いだということ?」
「そうだ。無論、普段滅多にスタンドなぞ使わないが、一度。やむを得ず使ったことがあった。それを見られたってことは考えられるからな」
「何があったんだ」
眉間にしわを寄せて尋ねる。
「大したことじゃねえ。校庭のはずれのでっかい木に登ってたどこぞのガキがおっこちたんだ。俺自身では、ちっとばかり間に合わなかったんでな、とっさに出した」
星の白金で受け止め、すぐに承太郎が更に受け止めた、ということか、と言いながらうつむき、
「誰がいた?周りに」
「少し離れた場所に何人かいて、ばらばら駆け寄ってきたがな。俺が下に降ろした子供の方を全員、見ていたが、勿論俺のスタンドを見て驚いてます、なんて顔をしてみせる訳がないだろう」
「ふうん」
「たとえそうだとしても、お前に関しては知らない可能性の方が高い。わざわざ花京院典明までスタンド使いなのだと教えてやる必要もないだろう。 何を考えて俺を呼び出したのか、わかるまではな」
顎を撫でている指で鼻の頭を撫で、
「君を呼び出して、か。『ズバリ、君は超能力者だ!ボクは知ってるぞ!』」
「だから、何て続くんだ、その後に」
「うーん」
考え込み、
「呼び出してるんだから、襲撃してくるよりは、悪事に加担させようとする方が有り得るかな?『テストの答案を盗みに行かないか』駄目だな。君の能力はこっそり潜入の類には向いてない。一目で答えを暗記できるだろうけどね。『銀行強盗をやらないか』こっちの方がまだ考えられるけれども」
首をかしげて、
「案外もっと切実で切ない内容かも知れないな。『ボクはずっと、この変な力を持ってるのはこの世に自分一人だと思っていたんだ。ずうっと孤独だった。同じ仲間がいると知って、本当に嬉しかった』」
ふと微笑して口にする言葉が、その顔が、
「『ボクの友達になってくれ』」
なにやら、誰かのことを示しているようで、承太郎は眉をしかめた。微笑したまま、花京院が、
「そう言われたら、どうする?」
「そいつがどんな奴なのかが全てだろう。スタンド使いかどうかは関係ない」
あっさりと、きっぱりと言われて、花京院は訳もなく自分が恥ずかしくなった。顔が赤くなる。
「…悪い」
「何を謝ってる?」
怪訝そうに承太郎がそう言ったところに、がらがらと部屋の戸が開いて、小太りたちが入ってきた。
「風呂ってどこだっけ、班長」
「1階、テレビの置いてあるコーナー左手の奥」
「間髪入れずだなあ。さすがだ」
柔道部主将がうむうむとうなずいている。花京院はまだ顔が赤い。
この旅館が修学旅行生の宿として何年運営しているのか知らないし、この湯船に何人の男が浸かったのかもわからない。この先何人浸かるのかも。
自分たちが、その連綿と紡がれる歴史のどこに位置するのか、考えてみることもなく、一同はそのうちのひとりとなった。班長がびしばし指導した甲斐があって、この班が一番乗りだ。
「湯船が広いなあ、うちとは大違いだ。嬉しい。くくく」
むせび泣きながら小太りが湯をはねかしている。ハダが白くてむちむちして、肉まんのようだ。ぎょろ目が意地悪く笑って、
「お前そうやってるとほんとに煮えてる感じだな。ダシとってるのか」
「なにぃ」
そういうぎょろ目の方はなめされたような燻されたような色合いのハダをしている。いい感じにアメ色だ。肉がないのでよけいに干物チックだ。
「ダシはお前だ。魚の頭め。カブト煮」
「なんだと」
もみあって波が立ち、影の薄い男がもろにかぶってげほげほ言っている。こっちも色が白いが張りがなく、貧弱貧弱で、しばらく放っておかれてふやけた水ギョーザのようだ。
「やめろやめろ。暴れるな。俺が許さんぞ。寝業をかけるぞ」
こっちは、食いついたら硬そうで不味そうだ。むっちりではなく、みっちりと充実している。多分、泳ぎは下手だろう。筋肉は重いからだ。
「でも、君は泳げたな」
「何の話だ」
「海は汚すな。タバコは吸うなって、船長がね。言ってる内容は正しいと思うけど」
「ああ」
あれか、と呟いた承太郎は湯船の、窓際の一角に長くなっている。隣りにいる花京院が、相手の胸元から肩のあたりを見て、
「筋肉なら、君も売るほど持ってるようだが」
「変な言い方をするな」
まあ、身長がでかいってことは、骨格がでかいってことで、普通の人間よりより多くの筋肉がつくんだろう…
ここにいる中ではもっとも平均的な、中肉中背よりはやや痩せてるかな?いや体脂肪が少ないんだね、という体をしている男は、
しかし、でかいなあ。
もう一度そう思って、承太郎を見た。相手は窓を透かして、外を見ようとし、無理かと言っている。首筋の星型の痣が、湯に温まって鮮やかに浮かび上がっているのを、ふと目で追った。
星のさだめ。…
彼が、星のスタンドを操る者になることは、百年前、DIOというやつが、ジョースターの男を殺して体を乗っ取った時にさだめられた。
それを言うなら、DIOがこの世に生まれた時に、さだめられたことになるんだろうか。
それじゃ僕は?
僕がこの、どこから来たのかわからない緑の影を持つことになったのは、いつどこで何があったからなのだろう?
誰のどんな悪行や、善行が矢を放って、僕に当たったのだろうな。
時折、考えても仕方がなく、でもどうしても考えてしまうことを
またぐるぐると考え出した花京院に、
「のぼせたのか」
隣りから声がした。
「いや?どうして」
「変な目つきだ」
苦笑して、ざばざばと顔を洗った。ぱちぱちと瞬きしながら、
『僕』もその一環なのかも知れないな。
DIOと、ジョースターの一族が何百年に渡って戦うことになるとさだめられ、最後の戦場に立つことになるジョースターの末裔を手助けする存在が要るとさだめられ、
それが故に、
百年後生まれた、東方のちっぽけな島国の、一人の人間に、法皇の暗示が降る。
それが僕なのだ。
なんて考えると、ちょっとはいい気分になれるじゃないか?
「まあ、多分に少女漫画みたいだけれどね」
「独り言は気味が悪いぞ。何だ」
ちょっとイライラして、しかし苦笑まじりでもある声に、
「僕のさだめについて、ちょっと」
「さだめ?」
肩をそびやかしたので、ざぶーと波が来た。
「そんなものは、無いぞ。何もな」
波に洗われながら、花京院はまじまじと相手を見る。
―――全ての未来は過去から現在の延長だ。故に何だって変えられる、自分次第で。さだめなんて、怠け者が諦める時の言い訳だ。
ごく短い単語、自然な口調で語られた背後に有る、建設的で前向きな意識が、花京院にはやけに嬉しく、思わずうなずいて、
「そうだ、君はそうでなくちゃ。それでこそ空条承太郎だ」
力強い声が浴場にわぁ〜んと反響した。
…ん?と思ってふと見回すと、皆が、目を丸くして花京院を見つめている。握った拳の下ろす先が無く、ひょっとして、
「…浮いてる?」
皆はいっせいに、いやいやと手を振ったり首を振ったりしてくれるが、曖昧な微妙な表情でこっちを見ている。
承太郎を見ると、困ったような、可笑しいような、何だコイツというような顔つきで、それでも返事はしなくちゃと思ったのか口を開いたが、
「誉めてくれたんだろうな。…それほどでも」
ないぜ、というのもなんだか変だと思ったのだろう、ん?という顔で黙ってしまった。
結局、沈黙の中、花京院はそろそろと元の位置に戻り、皆は各々が思う胸の内を持って、その花京院を眺めた。
それでこそ空条承太郎だって。
どれでこそだろう。
やっぱ、俺には言えないセリフだ。ていうより言えるヤツは他にいないだろう。何だろうあのJOJOに対する自信。落ち着き。
ひょっとして典明ってダブってて年上なんだろうか。
ダブリの転校生か?
感嘆と無責任な疑惑がたちこめる風呂場に、同じA組の他の班がわさわさとはいってきて、早いなお前らと驚いた。
「てっきりおれらが一番だと思ったのによ」
「いやあ、うちには」
「優秀な班長がいるから」
そう言って皆でもう一度見ると、花京院はうつむいて小さくなっていた。隣りの承太郎はまだ首をかしげている。
[UP:2002/7/14]
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