部屋に戻って、皆Tシャツだのジャージだの持参した謎の部屋着だのに着替え、協力して布団を敷いた。
「布団の上では菓子食うなよ。アブラ染みが出来るから」
「俺もう食っちゃってるよ」
「だぁっ!あっちのスミッコで食え!」
騒いでいる一団から少し離れて、まだ学生服を着ている承太郎(中のシャツは、変わっているが)に、
「行くのか?」
低い声で尋ねる。ああ、と応えた相手に、
「気をつけて」
「まあ、修学旅行先でスタンド戦ってのは、なんだかマヌケだが。気は抜かないで、行ってみてくる」
「なにかあったら…と言っても、君からは連絡が出来ないか」
星の白金は、1キロ先の人間に何かを伝えることに関しては、あまり有能とは言えない。
「なにかあったら、そうだな。普通の奴がすることをする」
「なんだ、それは」
「電話をかけるか、必死こいて戻ってくる」
うなずいてみせて、承太郎は出ていった。ひょいとこっちを見た連中が、
「班長、JOJOはどうしたんだ」
「え。えーと、えーと、お母さんにお土産買うって」
皆の顔が仰天している。うわっまずかったか。『JOJOは実はマザコン』なんて噂になったら、後で殴られる程度じゃ済まないぞ。
「い、いや、知らない」
「別に隠さなくてもいい」
「JOJOも、お前には結構いろんな本音を話すんだな。知らなかったなあJOJOがなあ。お母さんに土産か」
「ちょっと待ってくれ」
「それでこそくーじょーじょーたろーだなあ」
「待ってくれってば」
花京院が慌てている間に、承太郎は外へ出て、もう真っ暗な道を歩いていた。
特に恐怖も緊張も無い。謎への問いと、いくばくかの興味。戦いになるかも知れないのに、ただそれだけだった。
命の遣り取りなんて、日本の高校生活に戻ってからは一度もないけれど、思えばあの旅の間も、承太郎自身はずっとそうだった気がする。
何と言っても彼のスタンドの強さ、加えて彼自身の桁外れの冷静さと状況判断能力でもって、事件に向き合い処理に当たるという点では、承太郎はさほど、物事の大小の順序は考えていないのかも知れない。
早春の、まだ冷たい東北の風が、湯上がりの承太郎の髪を乱し、彼は帽子を被りなおした。
彼に限って、とはいうものの、やっぱり不安ではある。花京院は廊下に出て、窓を開けJR秋保駅の方を見やった。
(爆発炎上だの、絶叫だの、上がらないだろうか)
万一、その手の何かがあったら、まずはこの建物の屋根に上がって、次があの木だな。それからあの木、と法皇ですっとんで行く手順をシミュレーションし、
だったら何を言われても、最初からついていけばよかったのに。
なんだか無力感と馬鹿馬鹿しさが募ってきて、いらいらと窓枠をつかんだ。
承太郎を呼び出した相手が理由は知らないが危害を加えてくる可能性と、悪事に加担させようとする可能性と、トモダチになってくれと言う可能性の、どれが一番高いだろう?
すぐに、そんなこと考えてみて何になる、と思う。わかるわけがない。そして、何かあってから駆けつけても遅いのだ。
承太郎はどうも、僕ほど深刻ではないようだったけれど。どこか、面白がってるようですらあったが。
ここはエジプトではない。DIOに操られる人間はもういない。しかし、この世にどんなスタンド使いが何人存在するのか、誰にもわからないのだ。DIOのように冷酷で、凶悪なスタンド使いだって、案外すぐ身近に潜んでいるかも…
…全部、関係なくて、ただの女子が「つきあってください!きゃはっ、言っちゃった!」なんて言ってくる、という可能性については、一度も考えてなかったな。
もしそうだったら、その子はどういう目に遭うだろうな。…でも承太郎は女子にはなんだかんだ言って優しいからな。怒鳴りつけて帰ってくるだけかも知れない。そういう手段に出る女子はそんなことじゃ怯まなくて、「旅館まで一緒に帰りましょうよJOJO〜、二人で戻ったら皆に噂されちゃうかな〜やだ〜」なんてことをほざいて…
下らない想像にぐったりして途中でやめる。下らないが、それならそれで安心する。
ふと。
花京院は、もうひとつ考えていなかった可能性があったことに、今気づいた。
承太郎は駅について、暫く佇んでいた。駅自体は小さくひっそりとしていて、電車が来ない間は、誰の目にも留まらないで潜んでいられる闇がそこかしこにあった。
ここについて『待った』と言えるくらいに時間が経ってから、承太郎は歩き出した。
注意深く、ゆっくりと、闇のひとつひとつを探る。どこにも、誰も居ない。
それから、駅舎の西側の、便所の脇に立ち、神経を研ぎ澄まし、…意志を固めて、星の白金に意識を吹き込んだ。彼は目覚め、もう一人の承太郎の目となり、感覚となって、俯瞰の位置から駅周辺全てのありとあらゆる情報を、瞬時に集めた。
誰もいない。
何もいない。
JR秋保駅周辺には、承太郎以外誰も居ないことを、誰が何を確信するより心から確信し、
花京院が気がついた可能性が、承太郎の頭上にも点った。俺は呼び出された、しかしそれは、
逆なのだ。
承太郎は旅館の方向を向き走り出した。と、青く透明な戦士の脚が、思い切り地を蹴り、ひゅうっと風を切って承太郎は高くジャンプし、タバコ屋の屋根に飛び乗った。次はあの民家、そしてあの木。それから。
「なんだか屋根の上でがんって音がしたが」
老人はつぶやいたが、ネコでしょおじいちゃんと言われて終わってしまった。
どこで。誰が。誰を。
花京院は廊下の真ん中で突っ立って、絶望的に辺りを見渡した。
今からどたどた一部屋ずつ探し回って、見つかる訳が無い。仕方がない、
窓枠を手で掴んで、ぎゅっと窓ガラスを睨む。彼の目には、闇のために鏡になったガラスに、緑色の分身が立ち上がったのが見えた。するすると解けてゆく、緑色のロープは、壁を這い天井を伝って、旅館の中に伸びていった。
相手がスタンド使いなら、これを見つけるだろうが、もうこうやって探すしかない。多分時間はほとんどないだろう。…
隣りの部屋、早くも枕投げ、C組の部屋、エロ本鑑賞、D組の女子の部屋、承太郎の話をして盛り上がっている。僕の話をして盛り上がっている。先生の部屋。承太郎の話をしてため息をついている。厨房。旅館の人が忙しそうだ。疲れ切っている。一階。数人がテレビを見ている。今先生に怒られた。お前ら、何組だ。フロには入ったのか。今入りますよう。
それら全てが同時に花京院の中になだれこんできて、倒れそうになるが、窓枠につかまって懸命にもちこたえ、探し続ける。
「班長、何やってんだ?何睨みつけてんのそこで」
少し斜め後ろの、部屋の戸が開いたが、それに反応する余裕は残っていない。と、
彼の、無数に分かれた触手の先端に、ぞっとするような殺意が触れるのと、
「JOJOは土産買いに行って…小森もいないな、どこ行ったんだ?」
誰かの声が耳に入るのが同時だった。
『誰だ。お前』
花京院は目を見開いた。
『誰かいるな。何だ。ボクの邪魔をしに来たのか?誰だ』
触手の先端が急激に熱せられて、花京院ははっとした。法皇を解除するのと、彼自身がまるで何か高温のものに触れてしまったように声を上げてはねとび、床に倒れるのが同時だった。
「!!」
顔を出してこっちを見ていた小太りが、目を真ん丸くしてそれを見ている。驚きのあまり助け起こすことも思いつかないのか、口からスコンブを出して、床に倒れうめき声を上げる花京院を、見つめているだけだ。今の音なんだぁ、と部屋の中から声がしたが、それに応えることもできないでいる。
「花京院!」
廊下の彼方から怒号が聞こえ、花京院が薄目を開けて必死で顔を起こそうとする。と、承太郎がものすごい勢いで走ってきて、小太りはどうしてだか悲鳴を上げて部屋に入ってしまった。膝をつくと、花京院を抱え起こして壁にもたれさせ、
「大丈夫か」
「…なんとか」
「怪我は」
「少しだけ」
「見せろ」
弱々しく指し示すTシャツの裾を掴んでまくりあげる。と、腹部は真っ赤に火脹れになっている。
「手当てをする。部屋に」
「待ってくれ。それどころじゃない。承太郎」
首を振って、
「風呂場へ行ってくれ。ヘタをすると」
誰か死ぬ、と言った口の形に、うなずいて、
「ここにいろ」
言い捨てて、承太郎は立ち上がると、さっきと同じ勢いで廊下を戻っていった。
一息で階段を飛び降り、手摺を蹴って進行方向を変え、仰天している幾人かの頭上を飛び越えるようにして風呂場まで駆けつけ、がらっと引き戸を開けた。
脱衣所には、四・五人の男がすっぱだかで、浴場の戸の前に間抜けに突っ立っていた。皆いっせいにこっちを見る。クラスは違うが、勿論誰もが知っているので、異口同音につぶやいた。
「あ、JOJO」
「何があった」
「それが」
一番近くに居た一人が、首をかしげて、
「俺たちが入ってたら急に、なんだろうなあれ」
皆の顔がいっせいに、恐怖にそそけたつ。
「なんだかものすごくあっついものが、体に押し付けられたみたいになって、飛び上がってよ。見ると何もないんだけど」
「皆でわーわーわめいて、結局脱衣所まで逃げてきちまったんだ。でも愛川だけが、なんだ?みたいな顔してて」
「愛川?」
「同じ班のヤツだよ。中には今そいつしかいないよ」
スタンドか、と承太郎は思った。何者かがスタンドを使ったのだ。
とにかく中へ入ろうと手を伸ばした。またいっせいに、
「駄目だって」
「何故だ」
「取っ手があっつくなってて、とても触れないんだよ」
つ、と指で触れ、目だけで驚く。それから、
「お前ら、外に出てろ」
「え?だって…」
目を見合わせる連中に、
「邪魔だ。早く出ろ」
怒鳴りつけた。皆飛び上がって、ハダカのまま廊下へとんでいった。ばん、と戸を閉めて、中から鍵をかける。服、服という声や、キャーヘンタイという悲鳴が聞こえたが、承太郎は無視して背を向けた。
星の白金が取っ手に手をかける。途端、承太郎の手からじゅうという音が上がり、ほんのわずか頬が歪んだが、それ以上の苦痛は何も表さず、戸を引きあけた。一歩、中に入った瞬間、
『動かないでよJOJO』
細い声が聞こえた。承太郎を従わせるどんな力もなさそうな声だが、承太郎は止まった。
声には聞き覚えがあった。ついさっきまですぐ近くで飯を食っていたはずだ。
「…小森」
承太郎の呼びかけに、影の薄い男は力なく、
『なんで君がここにいるの。手紙読んだんでしょ。それでさっき出かけたんでしょ』
「手紙が『俺を呼び出す』ためでなく、『俺を追い払う』ためだと気づいたから戻ってきた」
喋りながら見ると、愛川であろう男は湯船に浸かって、ほとんど意識がないようだ。沈みかけている。
「なぜ俺を追い払おうとした」
『君もそれが見えるんでしょ』
視線をめぐらせると、赤い、つやつやしたチューブのようなものが、二本、窓から入ってきているのが見えた。本体は外にいるらしい。一本は湯船に浸かり、もう一本は戸に絡み付いていたらしいが、今ではそれも湯船に入っている。
『君も超能力者なんでしょ。知ってるよ。ボクこの前見たから。子供を助けてたね』
声が皮肉げに笑って、
『君は言われてるよりおせっかい焼きで優しいね。子供が落ちるのなんてほっとけばいいのに。だからね、ボクがやろうとしてることに気づいたらきっと止めに入ると思ったから…追い払おうと思ったのに。もう戻ってきたのか、でももう遅いよ』
「やろうとしてることって何だ」
『そいつを殺すんだよ』
声に反応したように、愛川の顔がぐらりと揺れた。
「何故だ」
『二年生の時にさんざんいじめられたんだよ。何度か皆の前で恥ずかしい格好をさせられた。ズボンとパンツを下ろされたんだ。ものすごく惨めだった。だからこいつも皆の前ですっぱだかのカッコウで殺してやろうと思ってね。修学旅行先の風呂場で殺してやろうって…それだけを楽しみにして、ずっと我慢したんだ』
「おい」
『動かないでって言ったでしょ』
冷たく言う。普段は見られない高圧的な響きがあるのは、スタンドが、いつも抑圧している部分を解放しているからだろうか。
『ボクはね、その中のお湯を一瞬で蒸発させることも、氷にすることも出来るよ』
「…熱のスタンドか」
呟いたが、なにそれ?と聞いただけで、
『君は念動力者なんだね。でも、あんまり遠くのものは動かせない。そうでしょ。見ててわかったよ。君がそこから一歩でも動いたら、即座に殺すよ。そいつを』
「動かなくても殺す気だろう」
『動いたら確実に殺すよ。そう言われて動ける人間じゃないんでしょJOJOは』
馬鹿にするように笑った。
「小森」
承太郎はその場に立って、声で相手を打つほどに強く、
「考え直せ」
しかし、相手を改心させたり説得しようとする何の言葉もなく、それだけを叫んだ。
相手は低く笑い、それから甲高く笑って、
『イヤだよ。イヤだね。君のいうことなんか聞かないよ。ああ、いい気味だよ。皆に人気があって頭もよくて背も高くてカッコよくて。君は惨めな恥ずかしい思いなんかしたことがないだろう?君には出来ないことなんかないと思ってたろう?
君だってね、出来ないことがあるんだよ。君がいたってどうしようもなくて黙って見てるしかないことがあるんだよ。君の言うことが聞いてもらえないことだってあるんだよ。思い知ればいいんだ。
君の目の前で殺してやる。動かないせいでじわじわゆだっていくか、動いたせいで一瞬で死ぬか、どっちにしろ君が無力だから死んだってことになるね。そうでしょ』
承太郎はその、箍のはずれた悦びの言葉を聞いていたが、やがて、右手を持ち上げた。
『何する気。動いたら即座に殺すからね。なに?動くなったら』
「…こんな感じか」
つぶやいて、右手を、指鉄砲でも撃つように、構え、
「飛び道具は、使い勝手がわからねえ。…言うのか、あれ。…わかった。
エメラルド・スプラッシュ」
そう言い放った瞬間、承太郎の指のあたりから、緑色の弾丸が迸り出て、湯船に入っているチューブ二本を、ちぎりとばした。
外で声が上がる。承太郎は即座に湯船に入り、白目を剥いている男をかつぎ上げ、床に寝かせ、ぬるま湯を数回かけてやってから、自分は窓を開けて外に飛び出した。
窓の下からもう少し先に行った暗闇の中、男が倒れていた。苦痛のうめき声をあげている。ひといきで駆けつけ、怪我の様子を見る。
かなり重症のようだ。肩の辺りが裂けて、血が吹き出している。素早く止血しながら、
「あれをちょんぎるのがお前にとってどれほどのダメージなのか、予想がつかなかったんだがな…止むを得なかった」
言って、脇の下のところでぎゅっと縛る。太い血管が切れていたら助からなかったかも知れないが、なんとかその事態は避け得たようだ。
「承太郎」
後ろから低く呼びかけて、花京院が来た。
「命は…」
「助かるだろう。二人とも」
「よかった」
安堵のため息をつく。
小森は鈍くどんよりとした目を、承太郎に向けて、
「…どうして。あんなの、JOJO、持ってたの?ウソだ」
「あれは、僕のだよ。…小森君」
花京院が静かに言う。と、するりと法皇が、承太郎の襟首のあたりから現れた。本人はこの二人羽織が嫌なようで、顔をしかめる。
「僕のスタ…僕の超能力だ」
「…それ、そのロープみたいなの、さっき一瞬見た。何だろうと思って攻撃したら消えたけど…あれはキミのだったの?」
うん、とうなずく。
「何かの中に潜むことが出来て、遠くまで行ける。さっきみたいに弾丸を飛ばすことが出来る。君の殺意を読んだ後、承太郎が来たから、彼の中に潜ませて一緒に行ったんだ」
「…そうか。キミも超能力者だったのか。…」
深々と息をついて、
「だからJOJOと仲がいいのか。同じ超能力者同士で、やろうと思えば何でも出来るもんね…」
「それは別に関係ない」
承太郎は放り投げるように言い、ではどうしてなのかまでは説明しなかった。小森は花京院を見て、
「さっきので火傷したでしょ。大丈夫だったの」
「ああ。大したことはない」
「そう。…大したことはないか。…ボクみたいだな。…ずうっと今日のことだけを支えに生きてきて。あっさり失敗して。つまらない人間だね、本当に」
それきり、ぐたりとなってしまったので、承太郎は近づいて抱え上げ、
「気絶してる。もういいから、出ろ。あんまり気分のいいもんじゃない」
「うん」
相手の表情に少し笑った。法皇が承太郎の学ランの裾をひるがえして、出て行った。
それから後、湯あたりしてひっくり返っている愛川は救出され、脱衣所の外でハダカでうろうろしている連中はもうさんざんいろいろ見られた後でやっと中に入ることが出来、怪我をした小森は地元の救急病院へ運ばれた。何故か一人残された花京院は、一体何があったのか説明を求められたが、勿論本当のことなど言えるはずもなく、また言っても無駄なので、給湯のシステムがいかれてあちこちから熱湯が拭き出したり、無制限に湯船を熱したり、キケンな状態になったんじゃないですか、とここぞとばかりに人当たりのいい笑顔を総動員した。ええっと、外を歩いていた小森くんは…きっとボイラーがこう、破裂してまきぞえをくらったとか。古いボイラーって危険なんですよね、本当に。
承太郎がいないのは、多分こっそりボイラーが内部から破裂したように、壊しに行ったのだろうと思いながら、花京院は弁舌爽やかに説得し続けた。あとで学校側と旅館側が責任問題でもめるだろうけど、申し訳ないがもめてくれ。さんざんな修学旅行なのは、僕も同じだ。
ワタのように疲れきって部屋に戻ると、皆いっせいに目をむいて、
「小森が怪我したって?何したんだ?」
「なんか下の方大騒ぎじゃないか。何があったんだよ。教えろ」
「さっきの何だ?お前きゅうに吹っ飛ぶから驚いた。…あー、助けなかったのは悪かったけど」
小太りがへどもど言っている。ここでも言い訳か、と思うともううんざりだが、言うことを考えながら口を開いたところに、
「おい」
承太郎が入ってきて、むずと腕を掴むと、
「来い」
ずるずる引きずられ…なんてものではない。もう人形のように、あっさりと連れてゆかれる。
「ちょっと、承太郎」
「うるさい。逆らうな」
そのまま廊下へ出て行って、ぴしゃりと戸がしまった。残された三人は、お互いの顔を見合わせ、
「じょうたろうだって」
「うん」
「すごいなあ。何度聞いても」
なにやら変な納得をしている。
ずかずかと歩いていった先は、リネン室と書かれた部屋だった。誰も居ないのはここしかなかったようだ。
中に入ると周りの棚じゅうシーツだ。戸を閉め、
「裾を上げろ」
見ると、承太郎の手には火傷の手当て道具がある。慌てて手を振り、
「自分でやる…」
「早くしろ」
迫力のある声に、花京院は大人しく裾をまくりあげて、腹を突き出した。承太郎は顔をしかめて、
「さっきよりひどくなってるぞ。馬鹿が」
「そんなこと言われても」
しー、と冷却スプレーをかけられて、歯がしみるみたいな顔になる。でも気持ちがいい。痛くて痒くて冷たくて、花京院はしばらく変な顔になっていたが、
「愛川って人、B組だったんでしょう?アイ、だからB組の先頭だろうし」
「そうだ」
「だから、君が風呂上がりにあれを見て出かけると、タイミング的に丁度よかったってことなんだ。…いつまで待っても誰も来ないから、仕方なく帰ってきた頃には、もう終わってる、筈だったんだな。…
はあ」
息をついた時、手当てが終わって、中腰になっていたのを戻した承太郎が、
「明日からしばらく辛いだろうが、我慢しろ」
「ありがとう」
Tシャツを元通りにして、上からぽんぽんと押さえる。小さい子供みたいだ。
…生まれついてのスタンド使いなのだろうか。多分、そうなんだろうな。
僕のように。
自分の持っている赤いチューブを、自分を辱めた相手への復讐に使おうとしていた彼、これが初めてなんだろうか、
人をあやめる為に使おうとしたのは。
でも、彼にとってそれが《自然な行為》だというのは、理屈ぬきで自分は納得してしまう。生まれついて法皇と一緒に生きてきた自分は。
僕がもし、あのまま承太郎と会わないでいたら、…自分を侮辱したり不利益をもたらした相手を、法皇の結界の中で誰も知らないうちに殺して、…それを当然のことだと思うようになっていたのだろうか。
彼のように。
僕でなく彼が、DIOと出会い承太郎と出会っていたら、…
窓の下に血を流して倒れていたのが僕で、承太郎の後ろに駆け寄ったのが彼だったのだろうか?
僕はそうならないと断言できるか?
思わず眉をしかめ、恐ろしさとやりきれなさに目を閉じた。
「…何をどうすると決めるのには、スタンドは関係ない」
目を閉じた闇の向こうで、承太郎が、
「何を信じ何を選ぶのか。そいつ次第だ。それだけだ。あいつのこれからは、あいつが決めることだ。
それから」
声が低くなった。
「殺人に便利な道具をものごころついた時から当然のように持たされてるからって、お前がそれを安易に振り回す奴じゃないことは、俺が知ってる。だから」
向こうを向いたらしい。声が遠くなった。
「戻るぞ」
「…うん」
見上げるような背について、廊下へ出た。後ろ手にリネン室の戸を閉める。前を歩きながら、
「約束だ。全部食えよ。お前にくれてやったと言えば、多分、喜ぶだろうぜ」
一瞬、何のことだかわからなくて、すぐにホリィの菓子のことだと気づいた。
[UP:2002/7/14]
温泉月間ジョジョ編です。温泉ていうよりは宿泊所…
信じる人はいないと思うけど、承太郎の学校が4月に修学旅行とかその辺は全部ウソですので。第一秋保に修学旅行生を泊める宿泊施設があるのかどうか知らないし。
本当は花京院と承太郎の間に吉良吉影がいることにしようと思ったんだけどやめた。なんか、我ながら、別世界ものばかりやってるなあ。反省。あと私は承太郎に花京院をぼかすか殴らせてばっかりいるんですな(笑)ごめんなさい。友情の表現なのよ(ホントか?)
後日挿入。
「承太郎と花京院は同学年ではない」ことを私は知らずにコレを書きまして、後から指摘されてなんか同じことばっかりやってるんでイヤになって削除しました。でもある方から『復活させて下さい』という熱烈コールが…
「でもこういう事情で設定が間違ってて」と言ったんですが「じゃあ誤解を招くところを削除してでもいいですから」とたっての願いでして、そこまで言われてはね…
という訳で、もう一つの話は直しようがないんで戻しませんが、こっちは確かに「あれー一緒のクラス?承太郎がダブったの?花京院が飛び級?」くらいに、読んで下さってる方の想像に任せるごまかし方が出来るので、そうしました。みっともないって言われたらそうなんですけどね。
この話をここまで、気に入って下さった方のご厚意に甘えることにします。
で、冒頭部多少削ってあります。[追加:2002/9/17]
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