再会


 部屋の中は足の踏み場もないほど日本全国の交通地図、るるぶ、観光パンフレット類が散らばっている。その中央部分に居るのは花京院だ。あれでもないこれでもないとページを繰りながら、
 「ああっ、どうするのが正解なんだ」
 途方に暮れた声を絞り出し、頭をぐしゃぐしゃとかき回した。それから顔を上げて、同じ部屋の壁側に座ってこちらを観ている承太郎をキッと睨むと、
 「何が可笑しい」
 「笑ってねーし、何も言ってねーぜ」
 「嘘をつくな。面白そうに眺めていたくせに」
 目が充血している。大分悩んでいるらしい。とは言っても言いがかりだ。承太郎はほんの少し眉を上げると口を開いたが、何か言うより前に花京院が、
 「やれやれだぜとか言わなくていい。そんなことより君も知恵を出してくれ」
 これ、これ!と指で目の前の地図を指し示す。
 「まだ時間はあるだろうが」
 「そんなことを言ってると時間なんてあっという間に過ぎるぞ。君が数秒止めたところで焼け石に水なんだからな」
 こう言えばああ言うの勢いで返ってくる。まあ、こいつの言う通りことにも一理あるか、と思った承太郎は腰を上げ、資料を掻き分けながら花京院の傍らに行った。

 DIOを倒して、5人と1匹はそれぞれの生活に戻った。
 承太郎と花京院は同じ高校に通い、卒業し、同じ某国立大学に入学し、家賃と光熱費を半分ずつ出し合って一緒に暮らすことになった。
 ジョセフは時々ホリィに会いに日本に来ているが、承太郎が家を出てからは顔を合わさなくなった。そんなこんなであの旅から3年が過ぎたある日のこと、2人の部屋に1本の電話があった。
 『花京院か?』
 その声に花京院の目が見開かれ、
 「そうです。ジョースターさんですか?」
 『そうヂャ!元気そうじゃな。承太郎が迷惑をかけとるだろう』
 花京院はちらっと背後のでかい男を見やってから、
 「とんでもない。当番の日には美味しいご飯を作ってくれますよ」
 『本当か?ヒトデの姿焼きだの、ヒトデのムニエルだの、ヒトデの活き作りじゃないのか』
 「なんです、そのヒトデづくし料理は」
 声を上げて笑う。電話の向こうも笑っている。背後の男だけが舌打ちして、バカなことを言ってやがると呟いた。
 「それにしてもお久し振りです。最後に会ったのはいつでしたっけ」
 『おう、それじゃ。実はな、わしは再来月、日本に行こうと思っておったんだ。お前たちと久々に会おうかとな』
 「本当ですか?ぜひ。ぼくらの部屋でよかったら泊まって下さい」
 言いながら195cmの男用の布団、あるいは簡易ベッドをいかにして手に入れるかという問題を脳内にクリップし、再来月のスケジュール帳を頭の中で繰った。その時、ジョセフが、
 『それでな』
 ウォッホンともったいぶって咳をして、
 『あの旅のメンバーの半分が一ヶ所に揃うわけじゃ。だったらいっそ、この機会に、全員で集まらんか?』
 「え」
 一瞬ぼうっとしてから、
 「全員?てことは、アヴドゥルさんも、ポルナレフも、」
 『そう。イギーもじゃ!』
 花京院の頬が一気に上気する。上ずった声で、
 「それはすごい!ええ、ええ!是非そうしましょう。集まる場所はどうしますか。やっぱり、」
 『お前たちさえよかったら、予定通り日本にしないか?確かポルナレフとイギーは日本へ来たことはなかったし、アヴドゥルはあの旅の直前が最後だ』
 「わかりました、あの」
 息せき切って、
 「日本に滞在中のスケジュールは、僕が組みます。きっと、皆に楽しんでもらえるような内容にしてみせますから」
 『おお、これは心強い言葉じゃ。有難いぞ』
 ジョセフが笑いながら、
 『プランナー花京院の腕前を楽しみにしているぞ。わしは連中に連絡をとるから』
 「はい!あの、何日くらいで考えればいいんでしょう」
 『せっかくの再会なんじゃ。半月でも一か月でも組みたいだけ組め』
 むちゃくちゃなことを言ってから、
 『というわけにもいくまいな。とりあえず一週間か。それじゃあ頼んだぞ』
 「任せておいてください。じゃ、おやすみなさい」
 電話が切れ、しばし受話器を握ったまま中空を見上げていたが、ばっと振り返った。承太郎は話している内容で大体のことがわかったのだろう。ニヤリとして、
 「全員集合か?」
 「そうだ!やった、すごいぞ!皆に会えるんだよ承太郎!」
 花京院の興奮っぷりに承太郎は思わず笑ってしまった。なんだよ!と抗議の声をあげながらも、自分も笑って、
 「君だって嬉しいくせに!」
 ビシィ!と決めつけた。あえて否定はしない。
 「さあ、そうとなったら忙しいぞ!再来月なんて、ぐずぐずしてたらあっという間だ。早いところルートを決めて、宿泊地を確保しなければ!」
 猛烈に張り切ってドタバタと部屋を出て行った。何をする気だろうと思いながら背を見送ったが、翌日承太郎が部屋に戻ると、足の踏み場もないほどの旅行資料で埋め尽くされていたというわけだった。

 「君はどう思う?ニッポンを知ってもらおうというんなら東京は外せないかな。渋谷に浅草寺に中野に」
 「なぜ中野なんだ」
 「まんだらけが」
 あるじゃないかと言いかけて、花京院は恥ずかしそうな顔になって口をもぐもぐしてから、
 「いや、これは外してもいいかな。日本のサブカルチャーを愛好しているメンバーはいないと思うし」
 「なんだかよくわからねえが、だがな。とにかく東京はどこに行っても混むぞ」
 その言葉に花京院はアイタタみたいに片手を額にあてて、
 「そうなんだ。でっかい男ばかり大勢でうろうろするにはあまりにも向いていないところだ。食事ひとつとるにしても行列に並ばなければならないだろう。数十分、下手をすると1時間以上」
 「ポルナレフのやつが騒ぎ出すな」
 「イギーもね」
 行列の途中で「腹減ったぞ!」「アギー」と大騒ぎになって周囲に迷惑をかけまくっている情景がごく自然にそれぞれの頭上に浮かんだ。おそらく寸分違わないフィルムであろう、とお互い思う。
 「かといって毎回の食事を牛丼屋というのもね。うん。ダメだな。東京はやめておこう。じゃあ、やっぱり外国人にとっては奈良・京都・飛鳥だろうか?あの辺をおさえてこそのニッポンだと思うか?」
 るるぶ京都を片手で示しながら尋ねる。
 「妥当な線だとは思うが。アヴドゥルは喜びそうだな」
 「ジョースターさんはどうだろう。微妙かな。しかしその他のメンツが」
 二人の頭上に今度は三十三間堂のながーい板の間を走り回って数体仏様を蹴倒し最後にウンコまでやらかすイギー、太秦でちょんまげのカツラをかぶり騒ぎまくってセットを壊し撮影に割って入るポルナレフの姿が浮かんだ。
 「…そこらへんは、日本のどこに行ったところで似たり寄ったりだろう。諦めるしかねえな」
 「そうだね。旅の恥はかき捨てだな。君と僕は二度と行けない町がいくつか出来るわけだ。それは覚悟するとして」
 パラパラと資料集を眺め、
 「初日は奈良京都で、次に移動して大阪にでも行くか?あるいは思い切って北海道まで行って次第に南下するか。ラストは沖縄。恐るべき強行軍だな、あの旅並みだ。…でも、限られた日数をひたすら全員で観光してまわるっていうのも、なんだか主旨から外れてる気がするな」
 ぶつぶつ言っている。だがこいつの言いたいことはわかる気がする、と承太郎は思い、考えながら呟いた。
 「確かに奈良京都やあちこちの建造物見物は妥当だろうが、別に、あいつらに日本の名所を紹介するのがメインの目的な訳じゃねえからな」
 「そうなんだよ」
 また顔を上げて承太郎を見る。
 「スケジュールに振り回されて皆へとへとに疲れて、さっぱり話も出来ないうちに最終日なんてことになったら本末転倒だ。そうだ、」
 一人うなずく。
 「一番大事なのは、僕らが再会を喜び合うって点なんだ」
 「それに関しては、異論はねえ」
 「なら、その点に特化した方がいいな」
 「要するにどういうことだ」
 「…まあ、あんまりあちこち歩き回らないってことです」
 もったいつけた挙句大したことのない結論にたどり着き、情けない顔になってから、きりっとなって、
 「よし、そうと決まれば空港から宿泊地に直行だ。そこで…」
 「温泉にでも浸かって一週間しゃべり倒すか?」
 「それもあんまりだな」
 頭をかかえる。
 「でも名所旧跡巡りよりはこっちだな。あまり動かないで時々は動いて、皆で何かこう楽しんで、疲れたら宿に戻ってゴロゴロしながら喋るんだ」
 そこまで言って、
 「暇をもてあました大学生みたいだな」
 変な喩えをして笑っている花京院を、呆れた顔で承太郎は眺めたが、笑顔が本当に嬉しそうなので、あえてツッコまなかった。
 その晩も遅くまでああでもないこうでもないと言い合い、気づいたら深夜になっていて、二人は資料の中にそれぞれくぼみを作ってそこで寝た。

 予想した通り、太陽が沈んでのぼったらもはや再来月というものになっていた。真実、花京院にとってはそのくらいの速さであった。季節はもう夏真っ盛りだ。
 空港の到着ロビーで、承太郎は平然と立っている。花京院は時計とメモと通路のかなたを何度も見比べている。
 「皆、あと少しで来るな。それぞれ別の便だけど。無事に飛行機は飛んでる筈だが」
 「じじいが乗ってる機だからわからねーな」
 「こんな時に、そういうことを言うんじゃない」
 叱られて片方の肩をそびやかす。と、ゲートから人がどっと吐き出されて来た。
 「そろそろだ。承太郎、見逃すなよ。僕は法皇で探す」
 ひゅうっと地面すれすれに緑の蔦がのびていく。いつもより素早いようだ。
 花京院は、あまり他人のいる外でスタンドを発現させることはしない。いつなんどき悪意のあるスタンド使いと出くわさないとも限らないから、用心してのことだ。しかし今はそれどころではない。
 柱を伝い人々の間を縫って、様々な人の顔を見ながら飛んでゆく。見つからない。どこだろう。
 花京院はなにごとかつぶやいて首を振り、そしてあっと声を上げた。それとほぼ同時に承太郎が「おい」と言って花京院の肩をつかみ、そして、
 「承太郎!」
 「花京院!」
 三方向からこちらに向かって声が投げられた。
 自分たちに向かって正面から近づいてくる男がひとり。ジョセフ・ジョースターだ。あの旅の時と同じ形の帽子をかぶっている。日に焼けた顔の中で緑の目が輝き、ニヤリ!と笑って、白い歯を見せた。
 それから各々別の方向から近づいてくるふたりが、法皇の視界に入っている。
 印象的な衣装と髪型はそのままだ。がっしりと大柄な体、金のアクセサリーが音を奏で光を返す。アヴドゥルだ。太い眉の下で黒い目が細められ、唇が笑みの形になった。肩にはイギーが乗っている。相変わらず面白くなさそうなむっつり顔が、「あ、あいつらだ」という表情になった。
 反対方向から、やや乱れた銀髪をあちこちにおったて、肩紐一本のタンクトップ、汚い袋を肩に担ぎ大急ぎで走ってくる白人。ポルナレフの青い目が今法皇を見上げて、笑いかけるのかと思ったら何故か泣き出しそうな顔になった。それを見た時、花京院も胸の奥からせりあがってくるものがあり、必死で奥歯を噛んだ。
 彼らと再会したら、
 その時なんと言おう、最初になんと言葉をかけよう。誰に向かって何と。ふさわしいのはどんな言葉だろうか。
 それは花京院が今回の話を聞いた時からしょっちゅう考えてきたことだった。
 お久し振りですジョースターさん。お元気でしたかアヴドゥルさん。相変わらずだなポルナレフ。何をするんだイギー。
 ああもっと気の利いた、さすがは花京院だと言われるようなコメントはできないのか。でも久々に会っていきなり文豪の言葉をひとくさりカマしたりしたら、「こいつ事前に考えてきたな」と思われるし。それは恥ずかしすぎる。
 観光ルートを必死で考えるのと同時進行でそんなことにも頭を悩ませていたのだった。
 しかし。
 外国人3人がそれぞれ承太郎と花京院の前に来る。期せずして5人は同じ行動をとっていた。腕を差し伸べ、ガシ!と互いの体を抱え合ったのだった。
 花京院はかたく目を瞑った。言葉がない。何も出ない。再会の瞬間を、あれだけいろいろ考え、想像していたのに。
 右の男の手が微かに震えているのが伝わってくる。左の男の手が花京院の上腕を痛いほどに掴んでいる。前に居る2人の片方が息を吸い込み、もう片方がなぜだかひっかかるような苦笑を漏らす。
 今口を開いたら、僕は泣き出してしまうかも知れない。あるいは、とんでもない言葉を叫び出しそうだ。だからこうして黙っているしかない。
 ああ、
 でも皆の顔が見たい。
 花京院は歯を食いしばったまま目を見開き、そこにいる男たちの顔を見た。涙がこみあげる。しかし懸命に笑う。それは5人全員がしたことだった。
 ジョセフが、アヴドゥルが、ポルナレフが、承太郎が、そして花京院がお互いの顔を各々の両眼に映して、泣き笑いしている。
 ここは国際空港だ。いろいろな人間がやってきて再会を喜んでいる。とは言っても、こうまで多岐に渡る国籍と年齢に別れた、そしてとにかくでっかい男ばかり5人で肩をつかみあって星の形の円陣を組み、ぷるぷるしている姿は、さすがに人目をひく。行きかう人々は皆「どういう関係だろう」「しかし、でかいな」という顔やささやき声を漏らしつつ眺めていく。
 と、突然何かに頭を踏まれた。びっくりする間もなく、
 「いてっ」
 「こら!」
 「う」
 「痛っ」
 「こいつ!」
 順番にゲホッむぎゅっとなって声を上げる。イギーが5人の頭を踏んで回って、最後にポルナレフの頭の上に乗っかると、「イヒヒヒヒ」みたいな笑い声を上げた。
 よぉ。マヌケな連中、生きてたか。
 そんな顔をしているイギーを眺め、あーあ、という顔にそれぞれなって、その顔を見合わせて声を上げて笑う。それから一斉に息を吸って、
 「久し振りじゃな!お前たち」
 「元気そうだな承太郎、花京院」
 「相変わらずだな、ポルナレフ」
 「全く何をするんだよイギー!ったくよ」
 口々に叫び合い、わめき合い、お互いの肩をたたき合って顔を引っ張り合って指差して笑い合ってもう収拾がつかない。あの旅の間なら花京院やアヴドゥルが「皆さん、落ち着きましょう」「まあ、まず待て」とかやるのだろうが、今日ばかりはお役御免だ。自分ももうメロメロなのだ。堤防が決壊して手がつけられない。
 あの旅の仲間だ。
 僕にとってかけがえのない人たちだ。この世で、この世界で、何も含まず仲間だと言い切れる、ただそれだけの仲間たちだ。僕はその中のひとりとして、今こうやって喜びを分かち合っている。
 花京院の中に痛いほどの喜びがこみあげ、自分で自分をどうにもできない。花京院のほっぺたを誰かの指がつねり、引っ張って放した。他の誰かの手が、花京院の髪をぐしゃぐしゃぐしゃとやってからぽんぽんと叩いていった。
 暫し、空港の片隅で吼えたり泣き笑いしたりをやらかした後、一同はようやく喜び疲れ、ため息まじりに、ジョセフが、
 「とりあえずどこかで休まないか」
 「そうしましょう。ほら、皆動くぞ。おい、ポルナレフ!」
 アヴドゥルに呼ばれているポルナレフはまだ何事か騒ぎながら承太郎の頭を指差している。あの帽子はどうしたとか言っているのだろう。と、ポルナレフの頭の上でイギーがあくびをし、次の瞬間、
 「うぉっ臭ぇ!てめえ、やりやがったな!」
 ポルナレフはかんかんになって捕まえようとしたが、思い切り蹴たぐられてぐらんぐらんと頭が振られた。イギーはジョセフの手の中にぽんと飛び込んでまた「ニヒヒ」と笑う。
 「っくぉ、のぉ!」
 「ポルナレフ、行くぞと言っているのがわからんのか。全く困ったやつめ」
 「お前も久々に会ってすぐ説教か!全然変わんねぇなアヴドゥル!」
 「お前も変わらんな。人の話を聞かずにいつまでも騒ぎおって。子供め」
 「なにを!」
 「なんだ!」
 顔を突き合わせての2人の仏語の言い合いを前にして誰一人焦ったりはしない。ジョセフも承太郎も花京院も、ニコニコしたりニヤニヤして眺めているだけだ。これはまさしく、あの旅の途中で日常的に観ていた風景だからだ。
 ここで他の連中の視線に気づいて、アヴドゥルとポルナレフはそれぞれ恥ずかしそうな表情になり、
 「ほら!さっさと荷物を持て。相変わらずゴミとして処理されそうな袋だな」
 「うるせえ。俺は物持ちがいいんだよ!」
 最後にもう一回言い合ってから揃って一同の方へやってきた。

 「みんな変わらねえが、でもお前らはちょっと変わったな」
 空港のレストランの隅っこに陣取って座ってから、ポルナレフがそう言って承太郎と花京院を均等に見た。
 「そりゃそうだろう。17だったのが20になったんだぞ。この頃の数年は随分大きい」
 「だな。殊に花京院がおとなのオトコの顔になってるな」
 「なんだい、それは」
 親戚のおじさんみたいな言葉に笑いながらもちょっと含羞む。
 「あの時のお揃いの服は着てないのか」
 「あれは学生服だよ。高校生までが着るものだ。もう着ないよ」
 「そうなのか?あっそうだ。なあ、承太郎、あの帽子どうしたんだよ」
 「だから、あれも学帽だ。高校を卒業したのにいつまでもかぶってたら」
 「イタい不良って言われてしまうよ」
 「なんだと」
 「だってそうじゃないか」
 「じゃあ、今はかぶってないのか?」
 「学帽はな」
 「そうか。なんかちょっと寂しいな。お前っていったらあの帽子だからよ」
 そんなことを言われ、承太郎は黙って帽子を取り出すとかぶった。帽章こそ付いていないが、全体の雰囲気はあの時の学帽に似ている。
 「それだ、それ。ちょっと後ろ見せろ。髪と一体化してるな。よーしよし」
 「変なところで喜んでやがる」
 承太郎のぼやきに他の面々が笑った。
 しつこく帽子の角度をチェックした後、チューとアイスコーヒーを飲んで、ふとポルナレフが、
 「それで?これからどうするんだ」
 「それは、僕から話します」
 花京院がきりっと言って顔を上げ、一同を見渡した。
 「そうじゃ。今回のプランナーは花京院が買ってでてくれてな。スケジュールは全部任せた」
 ほお、とかへえ、とか声が上がり、花京院の頬がちょっとだけ赤くなる。承太郎がニヤニヤしているのを睨んでから、
 「最初に皆に謝っておきます」
 「え」
 「なにをだ」
 きょとんとしている一同に、
 「日本の有名な名刹や、観光地に行きたいと思っていたら、それは諦めてください」
 「え」
 「なに?」
 「申し訳ないが今回は」
 切れ長の目がキラーン!と光り、
 「奥多摩に出来た巨大宿泊付きレジャー施設およびその周辺で、ひたすら遊び倒します」
 おー!と声を上げ腕を振り上げる者、当惑しながら口を開け閉めする者、思わず吹き出す者、さまざまだ。
 「よっしゃ張り切るぞ。で、オクタマってどこだ。遠いのか?」
 「新宿駅から施設まで直通バスが出ているのでそれに乗ります。その前に一回承太郎の家に行って、ホリィさんに顔を見せて。それからでも夕方には着くので大丈夫」
 「気合入ってんなあ。今回の旅は予定通りスムーズにいきそうだな」
 「君やイギーがもめ事を起こさなければね」
 「ちぇっ、なんだと」
 「ガルルル」
 「二人とも怒るな。本当のことだろう」
 「今回はラクダに乗ったりしなくてもいいから気が楽じゃな」
 「てめーは大分苦労してたからな」
 「なんでわざわざそういうことを言うんじゃ」
 一同はまたひとしきり騒いで笑ってから、どやどやと立ち上がって移動を開始した。先頭に花京院が立ち、「こっちです!」と手を振る。張り切ってる相手に、
 「旗を持って振った方が良かったんじゃねえのか」
 「そうだそうだ。バスガイドのノリアキ嬢、てな」
 「よけいなことは言わなくていいから、しっかり付いてきてくれ。皆も」
 おう、とでかい男たちが一斉に返事をする。周囲の人間は驚いた顔で眺めている。

 ガラガラガラ。玄関のドアが開かれ、ジョセフが大声で叫ぶ。
 「ホリィ!わしじゃ!」
 「パパ!」
 廊下のかなたからとたとたとたと軽やかな足音が駆けてくる。ああ、この足音が失われることがなくて本当によかった、と何度目かにジョセフはしみじみと思った。
 ホリィが姿を現し、ジャンプしてジョセフの腕の中に飛び込む。
 「パパ」
 「ホリィ、会いたかったぞ。元気そうじゃな」
 「ええもちろん。パパに会えるんですもの。風邪なんか引いている暇はなかったわ。あ、」
 ホリィはジョセフの胸の中から顔を上げ、その背後にいる巨大な息子に目を移し、
 「承太郎!」
 叫んで、次は承太郎に飛びついた。
 「ああ承太郎、元気にしていた?あなたったらさっぱり連絡をくれないんだもの!花京院さんがまめにくれるからまだ安心していられるけど、それでもたまには声を聞かせてちょうだい」
 「相変わらずうっとおしいな、こいつは」
 承太郎は辟易した声を上げつつも相手が自分の首にぶら下がっているため、落ちないように片手で支えてやっている。
 ホリィは承太郎から降りて、次に隣に立ってニコニコしている花京院に満面の笑顔で、
 「いらっしゃい花京院さん。承太郎が迷惑をかけていない?」
 「こんにちはホリィさん。迷惑なんてとんでもない。当番の日は美味しい料理をつくってくれますよ」
 「ヒトデ料理をな」
 「うるせえぞじじい。気に入ってるのかそれ」
 「あら」
 全員入ると玄関が満員になると思ったのか、アヴドゥルとポルナレフは外に立っていた。ホリィは慌ててサンダルに足をつっこみ、外へ出て、
 「アヴドゥルさん!お久し振りね」
 「お元気そうでなによりです、ホリィさん」
 アヴドゥルは腰をかがめ、恭しくホリィの手を取って握り軽く持ち上げた。
 「あの時は本当にお世話になったわ。直接お礼が言えなくて、心苦しかったのよ。ごめんなさい。あなた方が命を賭けて戦って下さったお陰で、私は助かったの。ありがとうございました」
 「ホリィさんがスタンドの呪縛から解き放たれて、良かったです。本当に安堵しました」
 心を込めた言葉にホリィはうっすら涙ぐんでうなずいた。それから、アヴドゥルの肩に乗っかっているイギーに微笑みかけ、
 「ごきげんようイギー。あなたのことは聞いているわ。誇り高い砂の戦士ね。私はホリィというの」
 イギーは「ふうん?」みたいな顔でホリィを眺め、首を傾げてから、「ォン」と鳴いた。
 宜しくな。
 皆の耳にそんな声が聞こえた気がした。
 それからホリィはまた視線を移し、アヴドゥルの後ろでぽかんとした顔で自分を見ている男に目を移し、
 「あなたが、ポルナレフさんね?」
 ぱっと明るい笑顔になる。
 「あなたのことも知っているわ。旅の途中で仲間になった、フランスの勇敢な騎士さん」
 ホリィはポルナレフの手を取り、
 「あなたにも私の命を救ってもらったのよ。心から感謝しています。よくいらしてくださったわ」
 ポルナレフのぽけぇとした顔に、静かに、ほのぼのと、柔らかく優しい笑みがのぼってきて、
 「初めましてホリィさん。俺はJ・P・ポルナレフ。お目にかかれて光栄です」
 そしてホリィの手を持ち上げると甲と指に唇で触れた。その角度でホリィに笑いかけて、やけに静かな声で、
 「想像していた通り、いやそれ以上に美しい方だ。あなたのために皆が必死になるのは至極当然だったと今わかりました」
 「あら」
 ポッ。ポッ。ホリィの顔が音を立ててどんどん赤くなっていく。
 「出たぞ」
 「本領発揮だ」
 「さすがはポルナレフ」
 「久々に見たな」
 4人は棒読みな声で言って突っ立ったまま暫し眺めていたが、ジョセフがはっと気づき、
 「ポルナレフ!わしの娘になにナンパかましとるんじゃー!ホリィも赤くなっとるんじゃない!」
 慌てて飛びついて引き離した。ホリィは「あら、別にいいのにパパ」とかなんとか言って、手を頬に当てて「ウフ」とか照れている。
 その後ホリィの料理で昼食にし、かわるがわるホリィに行ってきますを言って、家を出た。
 「行ってらっしゃい皆!楽しんできてね。ポルナレフさんも」
 「ホリィさん、また必ずお目に掛かります」
 ポルナレフが言って投げキッスを飛ばした。ホリィが受取ろうとしたがジョセフが阻止した。

 それから一同は電車で都心に向かった。押し寄せる人波にもまれ、足を踏まれぎゅうぎゅう詰めになりなんとか新宿にたどり着き、花京院が「こっちです皆!こっちの出口です!」と怒鳴り、皆はぐれちゃったか…と懸念して法皇を上げたがでっかい頭があちこちに飛び出していてそれぞれが法皇を見て親指を立てたりオッケーサインをしたりウィンクしたりしていた。
 法皇の視界に彼ら全員の顔が映っている。そのフレームに花京院は嬉しくなりまた頬が熱くなり、その途端にドンとどつかれてすっ転びそうになった。
 西口を出て縦一列になりぞろぞろ歩き、薄暗い半地下の待合所までたどり着いてやっと一休みになった。
 「うぁー疲れたぞ!もうくたくただ」
 「トーキョーはすごいな、それとも今日は祭りなのか?」
 「どうもすみません。お疲れ様でした皆さん」
 まるで一人で東京を背負っているように花京院が謝っている。そこへ、
 「奥多摩ハイランドまでいらっしゃるお客様は乗車券を拝見しまーす」
 「はいっ」
 きりっと言って花京院が立ち上がり、自分の荷物とは別にしたケースから乗車チケットを出し、トランプみたいに5枚開いてみせてから手渡した。
 「はい、確かに。あと犬はキャリーバッグに入れてくださいねー」
 「あ、はい」
 言ってからイギーを見る。イギーは思いっきりイヤな顔をしてこっちを見ている。
 「ああ、そうかイギーにはそういう問題があったんじゃな。すっかり忘れておった」
 「どうするよ。その辺のダンボールで作るか?これはキャリーですって言い張ってよ」
 「大丈夫です。僕がちゃんと用意してきました」
 そういってどうやって持ってきたものか犬のキャリーバッグをズァッと出してきた。おお、とどよめきが上がる。
 「なんという用意周到さ」
 「さすがはチームの頭脳担当」
 「お前が居れば何があっても大丈夫だな」
 半分からかい気味に、あとの半分は本気で感心して口々にほめたたえる。花京院はフッという笑い方をしながらも結構本気で嬉しそうだ。その後ろでは承太郎がうつむいて笑っている。いつぞやの買い出しの際に、『そうだ。イギーをなんとかしろって言われることもあるだろうな。キャリーバッグを用意しておいた方がいい』などと張り切りまくっていた姿を思い出す。
 「誉められてよかったじゃねえか」
 はっきりからかっている声に赤くなってむっとしてから、
 「すまないが入ってくれイギー。イタリア製のかっこいいやつだぞ」
 イギーの目にちょっと剣呑な光が見えた。逆らってやろっかなー、という目だった。と、全員同時に、
 「暴れるのはやめるんじゃ」
 「バスに乗れなくなるぞ」
 「暴れるんならホテルについてからにしろ」
 周囲の人間は、巨大な外人たちが小型犬相手になにやらいろんな言語で何事か必死で訴えているのを、びっくりした目で眺めている。
 と、花京院が最後にイギーに近づいて、
 「詫びといってはなんだが、これで手を打ってくれ。頼む」
 そう言ってコーヒー味のガムを2箱差し出した。
 イギーは「ふーん。わかってんじゃないか」という顔になり、箱を咥えるとトコトコとキャリーに入っていき、中でふちゃふちゃやりだした。外人3人はへぇーという顔で花京院とイギーを見比べている。
 承太郎はさっきからひとりでうつむいて笑っている。

 バスは都心を離れ徐々に山道に差し掛かっていった。
 「うぉ、見ろよあれ!」
 ポルナレフが窓から顔を出してわめく。
 「やめんか。恥ずかしい」
 「いや、だってよ。すげーよ。お城が建ってるぜ。トレビアン」
 確かに、山の中を切り拓いた広々ーとした空間に、でーんとばかりに様々な建物が立っている。
 ポルナレフが言うように白亜の城が見える。かなりの大きさだ。
 その向こうに観覧車が見える。遊園地もあるらしい。ほんにゃかほんにゃかした音楽と共に、「ギャヒー」という悲鳴か歓声がかすかに聞こえる。
 それから色とりどりの、何が入っているのかはわからない施設が並んでいる。ちょっとしたテーマパーク並の規模だ。
 「確かにすげえな。こんな所だったのか。知らなかったぜ」
 承太郎に言われ、花京院は胸を張って、
 「浦安にあるお城群よりすごいという噂なんだ。まあ僕も本物を見てちょっと驚いてる」
 「ウラヤスのお城ってあれか?世界的に有名なネズミの何とかランド」
 「ポルナレフランドだろ」
 「ああなるほど」
 とか言いながらバスはお城の駐車場に到着して、皆ぞろぞろ降りた。
 「いらっしゃいませ」
 フロントが笑顔で迎える。巨大外人たちの先頭に立った花京院が再び進み出て、
 「予約していた花京院です」
 「ようこそおいでくださいました。こちらにサインをお願いします」
 ペンを取って自分の名前と、承太郎と一緒に暮らしているアパートの住所を書いた。ちなみにテンメイとは書いていない。
 宿泊日数の確認をし、各注意事項を聞いてから戻ってきた。差し出した手には、鍵が一本しかない。
 「と、いうことは」
 「はい」
 にっこり笑って、
 「5人と1匹で一部屋です」
 全員笑い出した。
 「考えてみりゃ、あの旅でその経験はなかったな」
 「砂漠に転がって寝たりはしたがな」
 「真面目に修学旅行みてーだな」
 「いいでしょう。せっかく皆で会えたんだからと思って」
 「ああ、いい。とてもいいぞ」
 「よぉーし、夜通し飲んで騒ぐぞ!今夜は寝かさねーぜイッヒッヒ」
 「君が言うと変に聞こえますよ」
 「うるせえぞ。あれ?」
 ポルナレフが左右を見渡して、
 「荷物を持って部屋まで運んでくれる係のやつは?」
 「悪いんだが、ここはそういうレベルのホテルじゃない。そういうホテルにするためのお金は全部遊ぶ方につぎ込んだ」
 「あ、ああ、そう…」
 ぞろぞろとエレベーターに乗り、7階まで上がってぞろぞろぞろと廊下を進む。一番端の部屋だ。
 鍵を開けて上がり込む。やたらとだだっ広い和室が広がっていた。
 「着いた着いた。うぉ、タタミだぞ」
 「外見はヨーロッパのお城みたいなのに、中は畳なんじゃなあ」
 「そこら辺が日本のレジャー施設付ホテルってやつだぜ」
 「ふむ。勉強になった」
 「ほら、イギー出ろ」
 ぽんと飛び出したイギーがそこら辺をうろうろして、それから積み重なった座布団の上に飛び乗ってふぁぁぁとあくびをし丸くなった。
 「しかし広い部屋だな。お前らの好きなスモウが取れそうだぜ」
 「そりゃここに布団を5枚敷いて寝るんだから、このくらいの広さはなくちゃ」
 「布団か。わしゃ布団はちょっとなあ」
 「日本のホテルには布団しかないぜ。法律で決まってる」
 「承太郎。嘘をつくな。まあでも、5人で一部屋に泊まるとなるとどうしても布団になりますが…」
 「わかっとるわかっとる」
 ジョセフが笑いながら帽子を脱いで、「これを掛けるのはどこだ」と探した。「あ、ここです」と言って両開きの扉を開け、振り返って、
 「皆も着替えたいでしょう。夕飯前にお風呂に行きませんか」
 「おお!フロ!セントウ!日本の風呂は有名だよな。行こうぜ行こうぜ」
 「確かに、汗を流してから夕飯の方がいいな」
 「それで、お風呂から出たらこれを着てください」
 言って差し出したのは浴衣だった。
 「おい花京院」
 「承太郎。君が言いたいことはわかっている。この手の宿泊施設にある浴衣を着ると、僕はともかく君たち全員にとってはバカボンのコスプレになってしまうってことくらい」
 不敵な笑みを浮かべて喋っている花京院を眺め、「こいつ何言ってんだ?」「さあ。不明だ」とか言い合っている。
 「そんなことは先刻承知だ。この宿を予約した時に頼んでおいたのだ。ここを見たまえ」
 示したところを見ると、浴衣のサイズが5Lになっている。
 「これが君とジョースターさん!4Lがアヴドゥルさんで3Lがポルナレフだ!これで君らもバカボンにならなくて済む」
 「うわあ」
 全員びっくりした顔で花京院を眺めてから、再び笑い出して、
 「さすがは花京院じゃ」
 「うむ。久々に会って、全く変わっていないところを見て嬉しくなった」
 「何もかもちゃあんと考えてくれてたんだなあ」
 「かわいいのう。かいぐりかいぐり」
 外人3人が手を伸ばして花京院の頭をなでてやっている。ちょっちょ、やめてくださいと言いながらも嬉しそうだ。承太郎も例によって一人で笑っている。
 「よし、じゃあこのユカタ持ってさっそく行こうぜ」
 「ちょっと待っていてくれ。わたしはこれを外してしまう」
 アヴドゥルが座卓の隅っこに正座して頭や腕や耳やいろいろの付属物を外し始めた。各人、あの旅でアヴドゥルと同室になると湯を使う前にこの作業をしているのを見ているので、懐かしい眺めだ。
 「じゃあちょっとお茶を煎れます。承太郎、ポットを取ってくれ」
 「ああ」
 「あれ。このお菓子なんだ?」
 ポルナレフが卓上に盛られている饅頭のようなものを摘み上げている。
 「それは要するに、うーん、ウェルカムフルーツみたいなものだな」
 「じゃあこれ食べていいものなのか?」
 「そう」
 さっそくブリブリと包装を解くポルナレフに、「お茶を煎れるまで待って!」と言い置いて、花京院はせっせとお茶を注いだ。
 「さあ注いだ。ポルナレフ、食べていいですよ」
 「おう」
 むぐむぐ。結構イケるぞ、と言いながらもう一つ開けて、「イギー、食うか」と言ってぽんと抛った。ぱくっと口でキャッチしてむぐむぐむぐと食べている。
 一同は畳の上にだぁーと座って、各々のお茶とお菓子を食べながらアヴドゥルの作業を眺めている。本人が苦笑して、
 「すまんな」
 「いいぞ。ゆっくりやってくれ。ずずずず。花京院、おかわり」
 「自分でやれ自分で」
 言いながらも注いでやっている。
 「さあ終わった」
 見ると髪を後ろで一つに束ね、道具や輪は全部袋に仕舞っていた。
 「いいんですか、片付けちゃって」
 「ああ。どうせ一週間、遊び倒すんだろう?だったら、いちいち付けなくてもいい」
 そういわれて花京院は嬉しそうに「そうですね!」と言った。これから皆で遊びまくるのだ!という喜びが込み上げて来て、もうソワソワしてくる。
 もっとソワソワしている男が、
 「アヴドゥルさっさとお前の分の菓子と茶平らげろよ!フロへ行くんだからよ」
 「さっきまでゆっくりやってくれと言っとったのに」
 「フロが楽しみでしょうがねーんだろ。ガキと同じだな」
 「そういえば」
 ポルナレフがはたと気づいたふうで、
 「ジョースターさんから電話があった時、『あの旅の後で、刺青を入れた人は居るかどうか訊いて下さい』って花京院に頼まれたって言ってたけど」
 「ああ、そうだったな」
 「いないということで返事をしたが」
 花京院はうなずいて、
 「日本の大浴場では、刺青の入っている人は入浴を断られるので」
 「何でだよ」
 「まあその、ヤクザ関係者と思われるから」
 「ああ、日本のマフィアか。映画で観たぜ。テコンドーとかカンフーの心得があって、皆ブシドー精神を持ってて、宇宙人ともサシで戦うんだろ」
 「それはちょっとあの、多分に演出だ」
 「そうなのか?なんだよ、がっかりだな」
 「映画を本気にしないでくれ。とにかく、その面々が入れていることが多いので」
 へえーと言いながらポルナレフがタオルをぶんぶん回している。その後ろから、
 「今度こそ終わった。行こうか」
 アヴドゥルがお茶を飲みほして言った。おーし、と皆立ち上がって、手に手にタオルと浴衣と帯を持って、部屋を後にした。鍵はもちろん花京院が持った。
 「って、風呂場はどこなんだ」
 「3ヶ所あります。屋上の展望風呂と5階のジャングル風呂、1階の古代ローマ風呂。どこから攻略しますか」
 「打てば響くようじゃな」
 ジョセフが笑ってから、
 「どうせ全部入るのだし、上からにするか」
 「そうだな、まだ明るいうちの景色を見て、あと夜空になってから入って、朝焼けの景色も観に入ろうぜ」
 「どれだけ風呂好きなんだ」
 「付き合ってたらふやけそうだぜ」
 ぞろぞろ屋上に上がっていく。展望大浴場→と書かれた看板を曲がって突き当りに『男湯』と書かれた紺色の暖簾が下がっていた。
 ガラガラと引き戸を開けて、皆ひょいひょいとくぐるようにして入っていく。花京院だけはそうしないでも入れた。この扉は180cmなのだろう。
 脱衣場をきょろきょろ見回している背に、
 「ポルナレフ、どれでもいいから籠のひとつに君の服を入れるんだ」
 「えっ、それで?」
 「それで…風呂に入るんだ」
 「誰かに持っていかれないのか?」
 「それは、まあ、大丈夫だ」
 「日本は平和な国だなあ」
 そこまで来て、周囲のおじいちゃんや子供が「わー、でっかい外人だ」「何語喋ってるんだろう」という顔でこっちを見ているのと出くわす。
 愛想よく「ボンソワール」とか言ってから、ふと、
 「全然知らない連中とも、みんな揃ってハダカで湯につかるのか?」
 「何をいまさら言ってる。日本のフロとはそういうもんじゃ。聞いたことくらいあるじゃろう」
 「そりゃあるけどよ。…なんか、ちょっと、結構恥ずかしいんだけど」
 赤くなっている。肌が白いので本当に赤い。
 「お前みたいなやつが恥ずかしいとか言ってもな」
 「なんだよ!って、花京院、お前恥ずかしくないの?『お前みたいなやつ』っていやあ、お前の方がよっぽど人前でヌードになるなんてイヤなんじゃねえの?」
 「日本人は、こういうところにきたら見知らぬ他人の前で全裸になる習慣が身に付いているんだ」
 「変な奴ら」
 ぐずぐず言いながら仕方なく服を脱ぐ。タオルで前を隠しつつ、こそこそしている。その様子に子供たちが指をさして笑った。
 「うう、笑われてる」
 「なんださっきまでフロフロ騒いでいたくせに。いいからさっさと入ってしまえばいいんだ」
 「そうじゃ」
 「そうだぜ」
 「そうです」
 並んでのしのしと入っていく男たちの尻を眺め、自分もその最後に加わって洗い場へ入っていった。と、
 「お〜!すげえ眺め!見ろよ、夕焼けと夜空が合わさってすげーロマンチックだ」
 わめきながら湯に入っていこうとする肩を、
 「待て」
 花京院がむんずとつかんだ。
 「なんだよ」
 「湯に入る前に、そこの洗い場で体を洗うんだ。でなければせめて何杯かかけ湯をしてから!」
 声が鋭い。目が吊り上がっている。鬼気迫る形相にポルナレフはおとなしく従って水道の一つの前に行った。
 ざばー。ざばー。頭から湯をかぶり、髪を洗って体を洗って、振り返るともう全員湯に浸かってくつろいでいる。
 「お、俺も」
 入ろうとしたところで花京院に股間を隠したタオルを没収されて変な声を上げる。
 「ひゃあ、エッチ」
 「なに言ってるんだ。湯船にタオルを浸けちゃダメですよ」
 「えっ、なんで」
 「不潔だから」
 「不潔ー?別にこのタオルは単に今さっき使っ」
 「ぐずぐず言わないで!」
 「はい…」
 しゅんとなっているポルナレフに皆で笑った。髪も洗ったのでしゅんとなっている。
 しばし湯の中でぶくぶく泡を吐いたりしていたが、その後顔を上げ、皆の姿を眺め返して、
 「しっかし、どいつもこいつも傷痕だらけだな」
 あの旅から3年経っているから、生傷はもうない。しかし、誰もが死にかける程の怪我ばかり負っていた。全員、今でもはっきり、あちこちに縫合後や火傷痕が残っている。
 「そういう君だって」
 笑っている花京院の目の傷が、湯で温まったせいか濃い色に浮かび上がっている。ジョセフが眉をよせ、
 「お前の目はあれから大丈夫なのか」
 「ええ。完治してます」
 本当か、という目で承太郎をちらっと見る。承太郎が口の形だけで「ああ」と言ったのでやっと安心したようだ。
 よっこらしょ、と言いながらポルナレフは縁に座り、上から一同を見渡して、
 「せっかくベッドに誘ってもよ、脱いだところでカワイコちゃんにこんな傷見せたら、『この人危ないことやってるのかしら』なんて思われてその先に進めやしないぜ」
 「前から思っていたんだが、君、自己申告ほどもてるのか?」
 「お前なあ。そばで見ていてわからないか。このセクシーさ。この男性的魅力」
 「承太郎が女の子から向けられている熱狂を、君が受けているところが想像できない」
 ポルナレフが頭に来て何か言いかけた時、キャーとかわ〜とかいう悲鳴が向こうで上がった。
 「なんじゃ?」
 と、
 「…犬の吠え声だ」
 「まさか」
 まさしく、白と黒のブチ犬が澄まして洗い場をとっとっとっとと逃げてくるところだった。
 「犬が風呂場に!ちょっと、捕まえないと」
 「一体どこから入ったの、あの犬!」
 従業員のおばさんが2人で叫んでいる。一同は「あちゃー」という顔になって、
 「すみません!うちの犬です…あの、今すぐ捕まえますから」
 「イギー、お前に人間の風呂は早いぞ」
 「早いってなんだ。いずれ入るのにふさわしい時期が来るのか」
 「そんなものは来ないが」
 必死で犬を追うが捕まるものではない。もうちょっとで手が届くところですいっと逃げられ、ポルナレフが見事にすっころんでずざーーーと滑っていき、最後に積み上げられた桶の山にシリから突っ込み桶は全部ふっとんだ。
 「ストライーク」
 「ジョースターさん、下らないこと言ってる場合じゃありません」
 「そうじゃな。つい」
 「仕方ない。法皇の緑!」
 花京院が全裸でポーズを決めた。輝く緑の蔦が風呂場にビュウと伸びる。ぎくりとしたイギーが桶を蹴ってジャンプして逃げたが、後ろ足に絡みついた。
 「逃がさないぞイギー」
 「アギギ」
 ぶぉ!と風が巻いて愚者が出現した。そのまま外へ飛んでいこうとする。当然、花京院も引き摺られていく。
 「わーっ」
 「おいちょっと待てイギー」
 「か、花京院が」
 「全裸でスカイダイビングを」
 「スカイハイのテーマ曲を流さねえとな」
 「君は何を言っているんだ!」
 でかい男全員で花京院にしがみついて外へ飛び出さないように押さえ込む。イギーは少し先の空間を必死になって空中泳ぎしながら屁をこいている。シュールすぎる眺めだ。
 「ええい、この。隠者の紫!」
 紫のイバラが伸びてイギーに絡みつき、うんしょよいしょと皆で綱引きして、ようやくイギーを回収した。
 花京院は湯の中にぐったり沈んでぜえぜえ言っている。
 「冗談じゃない、素っ裸で空中を飛び回った挙句落下して死ぬなんて。これ以上恥ずかしい死に方があるか」
 「このホテルで未来永劫語り継がれるだろうな」
 「全くよ、お前は!おとなしくしてろよ、いやだぜ初日に宿を追い出されて、駐車場で野宿なんて!」
 全くだ、と思いながらも、そうやっている自分たちの姿を想像すると、つい納得してしまった。
 「さてそろそろ上がるか」
 「そうしよう。周囲の目が痛い」
 そっと浴室を後にしながら、ポルナレフがふと目をやり、
 「見ろよ、あれ」
 イギーを頭に乗せて、ざばざばと波を蹴立てて岩場の上に手をついて身を乗り出す。
 紫紺の夜空に散らばる白金と銀の星々、地平は砂色の稜線の形に沈み、そして西の彼方にはまだ暗紅色が残っている。
 その中を夜間飛行の飛行機が、緑の灯を点滅させながら横切っていった。
 んん、とのけぞって、
 「きれいだな!」
 素直な感嘆の声を上げ、振り返った。皆微笑んで「うん」とうなずいてやっている。イギーもフンと笑ったようだった。

[UP:2014/09/18]

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