風呂から上がって皆浴衣に着替える。とはいってもちゃんと着られる外人は誰もいない。ジョセフもあやふやで、ヘソの上で蝶結びを作ったりしている。承太郎と花京院がそれぞれ着せてやった。
 「うん?間違った。これじゃ左前か」
 「殺すなよ承太郎。よし。なかなか似合ってますよ、ポルナレフ」
 「え、そうか?いひひ」
 承太郎がわずかに首を傾げて、
 「この手の宿だと大概、宿名が斜めに延々と書いてある浴衣だと思うが、違ったな」
 浴衣はどれも同じ黒のかすれ縞で、そこそこちゃんとしている。
 「今の客は浴衣にうるさいと聞いたことがあるし…あるいは特大サイズのまでは宿の名前入りで作っていないのかも知れないな」
 「多分そっちだな」
 「おお!皆おそろいで同じ服着てると、なんか気分上がるな」
 ポルナレフが浮かれて一同を見渡し、ぐ!と親指を出して、
 「さあ次は夕飯行こうぜ!」
 腕を振り上げたその頭につかまっているイギーが「アギギ」と鳴いた。
 「あー、わかったイギー。お前もこっそり連れてってやる」
 ジョセフがため息をついて、
 「だが絶対テーブルの下から出るなよ。わかったな」
 「アギ」
 「よし」
 全員またぞろぞろと廊下に出て、エレベーターへ向かう。
 「ところで夕飯ってどこで食うんだ?」
 「2階です」
 「お前、全部覚えてんのか?」
 「無論だ」
 「どぁ」
 「全くもって優秀なツアーコンダクターじゃ」
 「いえ、そんな」
 照れ笑いしているうちに到着した。エレベータードアが開き、ぞろぞろ歩く。廊下の果てに「食事会場→」の立札があり、立っていたウェイトレスが頭を下げ「いらっしゃいませ。お部屋番号お伺いして宜しいですか」と訊いてきた。
 「701です」
 花京院が前の巨体を掻き分けて鍵を差し出した。
 ボードにチェックを入れ、「お席はこちらでございます」と前に立ってウェイトレスが歩き出した。皆その後をついていく。
 体育館ほどもありそうな広い部屋に長テーブルが延々と並び、壁の方には数々の料理が山盛りになって並んでいる。客がトレイを持ってうろうろしているのを眺めて、アヴドゥルが学生2人に、
 「食事というのは、ビュッフェスタイルなのか」
 「ええ、そうです。人件費が安く済むので、この手の宿は大概そうです」
 「部屋出しだと、わざわざ威張って言うくらいだからな」
 「日本では何とかと言うのだろう?何だったか…海賊みたいな」
 「ああ、バイキングですか」
 「それだ」
 話している後ろで、
 「なあジョースターさん、あのウェイトレス、すげープロポーションだと思わねえか」
 「おお。わしもそう思っとったところじゃ」
 「ぐひひ」
 「ぬひひひ」
 後ろの方でよからぬ喜びに浸っている連中のことを前の3人は無視して歩いていく。こちらでございます、と示されたのは、長テーブルの一番端だった。目の前が舞台になっている。今は赤いビロードの緞帳が下りている。
 「この舞台はなんだ?」
 「夕食を食べながらショーを観るんですよ」
 「ショーか。ラインダンスとかオペラとかやるのか?」
 「…君の国が本場みたいなやつを想像されると困る。ささやかなマジックとか、遠慮がちな歌とかそれなりの踊りとかだ」
 「なんか要領を得ないんだけどよ」
 「この手の宿にはつきものなんだよ。そうとしか言いようがない」
 「それと、一定期間演目は変わらねえ。俺たちは多分、最終日まで毎日同じものを観ることになるだろうぜ」
 「有難いんだか迷惑なんだかわからねえな」
 「あの、とりあえず食事をとりに行きましょう」
 「ああ、そうだった」
 「イギー。この下に居るんじゃ。お前の分はとってきてやるから」
 テーブルの下にそっと話しかける。フン、とかすかに返事があった。
 「わあ、うまそうだな!どれにすっかな」
 「寿司がある」
 「嬉しそうだな」
 「うむ」
 「まあいいやかたっぱしから全部取っていけば。おっと、皿から落ちそうだぜ」
 「ポルナレフ、食べられる分だけ取るというのは万国共通のルールだよ」
 「当たり前だぜ」
 「わかっているならいいけど」
 「じじい、そんなに肉ばっかり食う気か」
 「イギーの分もじゃ。恥ずかしいものを見る目で見るな」
 「おい見ろよ」
 ポルナレフのひときわでっかいはしゃぎ声が響き渡った。
 「なんだ。皆が見てるぞ。静かにしないか」
 「だってよ、これこれ!チョコレートファウンテンだぜ」
 見ると確かに、チョコレートの泉があって、そばにバナナだのマシュマロだの小さいスポンジケーキが並んでいる。
 「おお、これは」
 「なあ、ワクワクするだろ。おい承太郎!これ何て書いてあるんだ。一人何個まで、とか?」
 「…『ご自由にどうぞ』だと」
 「やったぞ、食い放題だ!後で死ぬほど取りにこようぜ!」
 「う、うむ」
 「やりー」
 片方はおおはしゃぎ、もう片方は抑えても漏れてしまう喜びに口許をほころばせている。
 「糖尿の泉はともかく、いったん席に戻って食べようじゃないか」
 「そうですね」
 それぞれトレイを掲げ持って席まで戻り、がたがたと座った。ジョセフはそっと足元に肉の皿を入れてやった。さっそく下からガフガフという音が聞こえてきた。
 「さあ食うぞ。いただきまーす」
 ポルナレフが両手にフォークと箸を持って叫んだ時、辺りが急に暗くなった。
 「なんだ?」
 「何か始まるんだろう」
 「ああ、その、微妙な出し物か」
 しかし、やけに暗い。映画の上映に近い暗さだ。いくら微妙な出し物をやるとは言っても食事もするのだから、暗すぎはしないかと花京院が思ったその時、背後からウェイトレスが近づいてきて、
 「どうぞ」
 言いながら何か差し出した。暗いのでよくわからないがどうやらおしぼりのようだ、と思い、
 「ありがとう」
 受け取った。隣の承太郎も受け取ったのをなんとなく見ながら手を拭こうとして、
 「うわッ!」
 思わず悲鳴を上げてしまった。ほぼ同時に承太郎も「うっ」のような声を出し、2人とも手にしたものを放り投げた。
 「なんじゃ、どうした2人とも」
 「すみません、こう、ビリッときて」
 「ああ。電流が流れたようだった」
 「大袈裟じゃねえか。もぐもぐ。静電気だろ?」
 リスみたいにほっぺたを膨らませながら喋る声が聞き取りにくい。
 「そんなものじゃなかった。一体今のは」
 言いながら花京院はただのおしぼりと思っていたものを摘み上げようとし、承太郎は手渡したウェイトレスの方を見やった。
 瞬間、どこからかカッと光が一同を照らした。投光器だろうか。相当強い光だ。
 「なんじゃ!」
 「眩し…」
 と、緞帳が上がる。一同は混乱しながら光源の方向と背後の舞台を交互に見やった。
 「ようーこそおいでなすった、ジョースター御一行さま」
 その声に目を見張る。舞台の上でイッヒッヒと笑っているのは、西部劇に出てきそうな出で立ち、人を食った笑みと皮肉げな口もと。見間違う筈もない、
 「ホルホース」
 声が揃った。
 「おうおう、覚えていて下さったとは光栄だぜ。無事にエジプトへの旅を終えて数年、皆さんお揃いで慰安旅行と洒落込んだようだが」
 笑みが凶悪なものになる。
 「残念だったな。ここで全員ブチ殺してやる」
 「上等だ。返り討ちにしてくれるぜ」
 ポルナレフが怒鳴る。周囲の人々は突然始まった外人の戦いに「え」「え」状態だ。
 「全くだ。ブチ殺すだと?わしらが全員揃っているなら、どこの誰が来ようと絶対に負けんぞ!」
 ジョセフが誇らしげに宣言する。その言葉に全員が背を伸ばし、ザン!と立った。
 だが、相手がホルホース一人とは思えない、と承太郎は思った。必ず誰かと組んで襲ってくる奴だった。それは誰だろう、と思いながら、さっきから隣に居る男がどうにも邪魔だ。何だか知らないがくっついてくる。
 「…?おい、花京院」
 「ちょっ、承太ろ」
 どういうことだろう。承太郎と花京院の体が、
 「離れろ。何だ」
 「えっ、僕じゃない、君だろう」
 「違う。うわっ」
 懸命に突っ張ったが抗えるものではなく、2人は猛烈な勢いでバチーンとくっついてしまった。身長差があるので顔と顔がくっついていないのがせめてもの幸いであった。
 「なんだ、これは」
 「わからないよ!は、離れないっ」
 「おい、何やってんだお前ら」
 ポルナレフはこのアクシデント時に何遊んでんだという声だが、ジョセフとアヴドゥルは「あっ」という顔になった。
 「ジョースターさん、あれは」
 うなずき合う。
 「わしとアヴドゥルがしてやられたやつか。いつ、どうやって」
 と言った途端、さっきの感電した様子を思い出す。その辺の箸を使って、花京院が放り出したおしぼりを開いてみる。中には謎のコンセントが入っていた。
 「やっぱりじゃ」
 「どこだ、女。…さっきのウェイトレスか」
 叫んで振り返ると、強い光に一瞬ひらりと、それは見事な脚線美が映り込んで消えた。
 「あそこじゃ!」
 「承太郎!花京院!お前たちがくっついているのは敵のスタンド能力のせいだ。お前たちは磁石になってしまっているのだ」
 「磁石だと?」
 「お互い、N極とS極がくっついているということですか?」
 くっついたまま叫んでいる。
 「理解が速いな。その通りだ。あの女を倒さない限り、磁力はどんどん強くなる」
 「待っていろ。今わしらがあの女を捕まえてやる」
 ジョセフとアヴドゥルが机を離れ、女の居る方へ駆け出そうとした。それは光源に近づく行為だった。と、光の方から黒く長い影が、不思議な動き方でこちらへ伸びてきた。今度はポルナレフがはっとする。
 「2人とも、その影に触るな!」
 怒鳴ったがもう遅かった。2人の足はその影の上を踏みしめていた。慌てて飛びのいたが、
 「あ、」
 「なんだっ」
 みるみるうちに2人の姿が変わってゆく。べったりくっついた承太郎と花京院の目が驚きで見開かれる。
 そこには、黒髪に浅黒い肌の少年と、これも黒髪と緑の目をした青年が、浴衣を着て呆然と立っていた。少年の方は浴衣が大きすぎてすっかり肩が落ちている。
 「うぉー、なんじゃあ?何が起こったんじゃ」
 青年がたまげた声を張り上げる。その声は青年だが、喋り口調が老人のものなので、かなり変だ。
 「じ、じじいなのか」
 「ジョースターさん?」
 「そうじゃが」
 まだ自分の身に起こったことがわかっていないようだ。ポルナレフが怒鳴る。
 「また来るぞ!その影に触るんじゃない、どんどん若返っちまうぞ!」
 声と同時に影が踊りながらぐんっ!と襲い掛かってくる。
 「うわ」
 「危ねえっ」
 走ってきたポルナレフが少年を横抱きにしてすっ飛んだ。影が少年の居た場所をなめてゆく。
 影はくっついていて身動きの取れない承太郎と花京院の方へも伸びてきた。
 「くそっ」
 承太郎は花京院をぐいと片手で抱え上げると床を蹴り、机の上に飛び乗った。
 「机の上だろうと影は届くからねェ。あいにくと根本的解決にはならないよォ〜〜〜」
 生理的に不快な声が光源の向こうから聞こえてきた。承太郎とポルナレフには聞き覚えのある声だった。
 「あいつか。相手をガキにしてからいたぶる趣味の悪い」
 「そうだ!」
 「承太郎、なんとか僕を引きはがしてくれ。このままじゃ戦えない」
 「…くそ、ダメだ。どうしても離れねえ。花京院、俺の後ろに回っておぶされ」
 「わかった」
 しかしあまりにもびったりくっついてしまっていて、後ろへずりずりとずれていこうとしてもほとんど動けない。
 「ダメだ!顔の皮が剥けそうになるだけだ」
 「もういいから、正面から俺にしがみついてろ」
 「ええっ。そんな、木や電柱を両手両足で挟み込んでくっついてる、コアラや電柱愛好者みたいじゃないか!」
 「じゃあ、コアラか変態になってろ」
 言い争っているそこに、側にあったナイフやフォークが自分らめがけて吹っ飛んできた。
 「わっ」
 「磁力に引かれてるのかっ」
 ここは食事をするところだ。先が尖った金属のものはいくらでもある。どんどん飛んでくる。逃げた先にもある。避けきれない。グッサリとばかりに刺さった。
 「痛あっ」
 「くそ」
 早くあの女を捕まえたいと思うのだが、自分らめがけて飛んでくるフォークや影から逃げ回り、叩き落とすのに精一杯だ。舞台上のホルホースは大喜びで手を叩いている。
 「こいつぁいいぜえ〜。お前らが全員揃ってるって威張るんなら、こっちだって集団で行かせてもらうまでのことよ。そらそら、逃げろ逃げろ」
 言いながらチャッと銃を抜く。遊び半分に狙いをつけ、引き金を引く。
 「うぉっ」
 危うく銃弾を避け、着地したところに影が伸びてくる。青年は怒鳴った。
 「隠者の紫!」
 しかし腕から紫の茨が出現することはなかった。
 「で、出ないっ」
 「ジョースターさん、ダメだ!あいつの能力で若返って、スタンド発現以前まで戻されると、もうスタンドは使えない!」
 ポルナレフが怒鳴った。
 瞬間、手元にあった銀のお盆で影を弾き返し、あやうく飛び退った。
 (あの光をなんとかせんことにはダメだ)
 しかし、光源に近づくということは影に自分から近づいていくということだ。空を飛べるわけでもないのにそれは自殺行為だった。
 「どうしたらいいんじゃ!畜生」
 「よぉ〜し、どうやらこのままあいつら全員やっちまえそうだなあ。お前の本では確かにそう出てるんだな?」
 ホルホースに覗き込まれて、彼の足元にうずくまっている、巨大な頭をした子供はおどおどとした上目使いの目を泳がせ、つっかえつっかえ、ひどく聞き取りにくいぼそぼそした喋り方で、
 「あ、はい、そう、そうです。ぼ、ぼぼ、ぼくの本、に、一度載ったこと、は、ぜっ、ぜっ」
 「絶対に実現するってぇんだろ。そのせいで俺はひどい目に遭ったんからよーくわかってるぜ」
 ばらりと開いたページには、不気味にカリカチュアライズされたジョースターたちが、影に覆われて胎児に戻ったり銃弾で撃ち抜かれたりナイフやフォークで串刺しになって床に転がっている様子が描かれてあった。
 「こ、こ、ここまで、はっきり、出ているのですから、もはや、避けようは、あり、ありません」
 「よォーしよし。それならO・K!だ」
 その時。
 突然、何かが光源を破壊した。ガシャンという音に続いて、舞台の照明も何かで砕かれ、辺りは闇になった。
 「なんだ?光が消えたぜ」
 あえぐポルナレフの胸元から、
 「おそらくイギーだ。テーブルの下に居たから、誰にも気づかれないようにこっそり何かで狙い撃ってくれたのだろう」
 ひどく落ち着いた少年の声がした。回転数が速いが、アヴドゥルの声だというのはわかった。
 「お、お前」
 「この闇を利用するぞ、ポルナレフ」
 「お前ホントにガキに戻ってるか?」
 「そんなことを言ってる場合か。お前は一度この敵と戦っているのだろう?しっかりしろ」
 「子供に戻っても説教かよ」
 一方、闇を透かし見るように見回した承太郎の目に、脚線美の女が食事会場の入り口から外へ逃げてゆくのが映った。
 「逃がすか」
 「うわ」
 体の前面に花京院をくっつけたまま、承太郎は後を追った。花京院は両手両足で承太郎に掴まっていて、自分の恰好を想像すると情けなくなるが、そんなことを言っている場合ではない。
 ひゅうっ、と法皇を出す。もうすぐ廊下が終わり階段だ。前方かなたを走っていく後ろ姿に向かって、
 「エメラルド・スプラッシュ!」
 緑の弾丸を放った。磁力のスタンド使いの女はやすやすとそれを避け、階段を駆け上りながら、
 「残念ねえ。こんなに距離があっては簡単に避けられるわよ」
 嘲笑う。承太郎が叫んだ。
 「星の白金!」
 ドォ!と出現したスタンドが思い切り地を蹴って一気に襲い掛かろうとした。が、
 「そんなことさせないわ」
 言うなり、階段脇にあったスタンド式の灰皿を思い切り蹴飛ばしてきた。磁力にひきつけられ、金属製のそれはものすごい勢いで承太郎めがけて吹っ飛んでくる。
 「!」
 咄嗟にスタンドでガードする。激突し、衝撃をガードしきれず、その場に倒れた。
 床にはいつくばりながら、
 「承太郎、大丈夫か」
 「俺はな。むしろお前に当たったぞ」
 「そりゃあ今の僕は君の胸部プロテクターみたいな状態だからな。飛んできたものはまず僕に当たるだろう」
 声が痛みを堪えているようだ。
 ホホホホホという高笑いが階段の上から聞こえてくる。
 「あのアマ、絶対にぶん殴る」
 「今回ばかりは、僕も君を支持しよう」
 「制止係の許可も下りたな。必ずぶん殴る」
 言いながらなんとか立ち上がって、再び追跡を始めた。
 女は素早く逃げ続ける。時折背後からスプラッシュが飛んでくるが、毎回簡単に避けて逃げてしまう。スプラッシュは虚しく、辺りの備品を叩き壊すだけだ。
 「本当におつむの悪い坊やだこと。いくら撃っても無駄ってことがまだわからないの?いい加減に学習なさい」
 女が消えた角を回り込むと再び金属製のものが飛んでくる。「うっ」「げぼっ」どた!「ホホホホ」が数度繰り返されるうち、目に見えてダメージが蓄積されてきた。
 「ぜえぜえ、はあはあ」
 「ふうふう、ひいひい」
 文字通り階段を這い上がった、その上に女が立っている。何を考えているのかは、足の下に踏みつけられている数本の消火器を見ればわかる。とどめを刺すために待っていたと見える。
 「本当にあんたたちがDIO様を倒したの?信じられないわ。同じことばっかり繰り返して、学習能力はないし。がっかりだわね」
 鼻で笑う。思い切りバカにして笑っている。美しい顔だが、なんだか下品だ。
 くっついたままの2人はなんとか這い上がった姿勢で、それをただ無力に見返している。
 「さあ、これを頭に食らって、下まで転がり落ちて死にな」
 「生憎だが拒否する」
 承太郎にくっついている、故に女に向かって話しながらもまるで承太郎の喉元に向かって話しているような姿勢で、花京院が言い返した。
 「拒否ですって?あんたたちがそんなこと言える立場なの?ただ闇雲に追いかけてきてそんなにくたびれ果てて」
 「ただ闇雲だって?笑わせないでくれ」
 そう言いながら口元はニヤリと笑った。
 「お前は僕らから距離を取りながら普通に階段を上がって、待ち構えていたつもりだろうが、違うぞ」
 「何が違うっていうのよ」
 「お前の後ろにあるものを見てみろ」
 「そんな口車には乗らないわ。誰が見るもんですか」
 後ろを見た途端に飛びかかってくるつもりだろうが、誰がその手に乗るものか。
 しかしそう言われれば気にならないわけがない。十分に注意を払いつつ、肩越しにチラリと背後を見やって、そして女の目が驚愕で見開かれた。
 「なに?」
 「驚いたか。そんなものがある筈がないからな。しかしあるんだ。ここは、目下立ち入り禁止になっている場所だ。そんなものが、一般客が入り込む場所にあっては危険極まりないからな」
 そこにあったのはダストシュートだった。
 「し、しかし、なぜ、」
 混乱している。混乱もするだろう。ただ単につかず離れず逃げて、時折撃ってくるしょうもない攻撃を避け、着実にダメージを与えて体力を削って、そしてとどめを刺そうと立ち止まったそこに、
 なぜこんなものがあるのだ?
 そこではっとした。
 「あの攻撃…エメラルドスプラッシュの…あれは、あたしをこの場所へ追い込んでいたのか?」
 「その通りだ。立入禁止のチェーンも看板もさりげなく攻撃して破壊した。そこを越えてきたことに気づかなかったろう?」
 「で、でも、なぜここにこんなものがあると知っているのよ」
 「そりゃあ知っているさ。僕はこの建物のどこに何があるかすべて頭に入っているんだから」
 「なぜ!」
 絶叫され、それにこたえる声は奇妙に静かだった。
 「お前は知らないだろう。
 僕が、ジョースターさんから皆で会おう、そのプランナーを頼むと言われた時から、どんなにこの日を心待ちにしていたか。
 どこで何泊しよう。どんなルートでどこに行こう。何度もプランを立てては変え、8割決定した時点でゼロに戻し」
 その作業は承太郎も見ていた。よくもまあ集中力が切れないものだと思ったが、花京院は寝不足気味の顔でニコニコしていた。
 自分の喉元にこもる相手の声を聞きながら、承太郎はあの顔を思い出していた。
 「最終的にここで遊び倒すと決めた時に、この施設のどこでどんなことが起ころうと、僕の頭の中ですべて対処出来るようにしてあるんだ」
 女は思わず絶句した。驚いたとか感嘆したというよりは恐怖を感じたらしい。その気持ちも承太郎はちょっとわかった。
 「というわけだ。優秀で少々偏執狂的なうちのツアーコンダクターのお陰で、こんなアクシデントにも対処できたってことだ。…理解したか?」
 言うなり、星の白金の足が床を蹴った。
 今では強大な磁力を帯びた磁石である2人は、女の背後にあるダストシュートの鉄の扉目掛けてものすごい勢いで吹っ飛んできた。その間には女が立っている。
 瞬間、法皇が自分の背後に目にもとまらない速さで伸び、自分の背後の扉が、緑色の蔓によって上下に開かれたのがわかった。あとは底の見えない暗黒が口を開けている。そこに向かって、
 「ぎゃああああああああ」
 ぶち当たられ、突き落とされた。
 悲鳴が長く尾を引いた。
 瞬間、法皇が女の足に絡みついて落下を止めた。
 しかし、
 「あの女、気絶したな」
 この時花京院と承太郎をくっつけていた磁力が消え、2人はようやく離れた。
 花京院の手から暗闇の中へ伸びている法皇を眺めて、
 「落としてやっても良かったんじゃねえか」
 「よっぽどそうしようかと思ったけれどね。やっぱり、ご婦人をダストシュートに落とすのは、趣味がよくない」
 澄まして言ってから、顔を戻し、
 「食事会場に戻ろう、承太郎」
 「ああ」
 一方。
 「慌てるんじゃねえ!どうせ未来は決定済みだ」
 ホルホースが怒鳴り、薄闇の中、自分の正面にいるジョセフにニヤリとし、
 「どうやらお前さんはおれの銃弾で撃ち抜かれ転がってる死体の役みてえだな」
 皇帝の銃を今度こそピシッと構える。
 「その歳ではスタンドも使えないただのチンピラだろうが。脳ミソその辺にぶちまけて死にやがれ」
 ニヤリ。
 青年の口元が皮肉気に、また自信満々な形にゆがんだ。
 「お前にいいことを教えてやるよ〜ん。『相手が勝利を確信した時、すでにそいつは敗北してる』ってなぁ。んっん〜、こいつぁ名言だぜ」
 口調が若い頃のものに戻ってきている。精神が肉体の逆行に追いついてきたのだろう。
 「なにィ?名言っていうのはな、『銃は剣よりも強し』ってんだぜ。てめえの頭ぶち抜かれて実感しな」
 「生憎と頭をぶち抜かれるのは俺さまじゃないのよね〜。お前なんだよ、お・ま・え」
 「何が『お・ま・え』だ。武器もないくせしやがって。ほざいてろ」
 「武器なら、ちゃアんと持ってるぜェーっ」
 言いざま、傍にある料理の乗った大きな皿を、熟練のウェイターみたいに軽々と片手で持ち、指一本でくるくるっと回した。
 コォォォ、という聞いたことのない音を立てて息を吸う。続いて、青年の体のあちこちにバシ!バシ!と音を立てて、電流のような光が瞬いた。
 「食らえ!波紋疾走!」
 絶叫と共に皿から焼きうどんが飛ぶ。まるで生きているようにうどんは宙を飛び、一本ずつがまるで鉄の柵に変わると、ホルホースの頬に突き刺さった。
 「イテェーーーッ!なんだ、この、硬さは!」
 頬から血を振りまきながら痛みに耐え再度銃を構える。しかしその時にはすでに、青年は目の前まで来ていた。ウィンクする。緑の星が飛んだ。
 「次にお前は、『一体いつの間にこんなもの用意した!』と言うッ」
 偉そうにまくしたてながらひらりと一回転した、と思った瞬間には、どこからどうやって出したものか、ホルホースの体は長い紐のようなもので縛り上げられていた。これまた熟練の技だった。
 「いったい…いつの間に…こんなもの用意したァ!…はっ?」
 派手な音を立てて床に倒れる。悲鳴を上げてもがいているがもはやイモムシかミイラ状態だ。
 「ひ、ひぃ」
 頭の巨大な子供はそれまですがりついていたホルホースがそのざまで、よたよたと後ろへ下がった。暗くてよく見えない。どこへ逃げたらいいのだろう。
 「灯りが欲しいなら点してやる」
 思いがけない近くから声がして、子供はびっくりした。同時に、ボ!と音がして空中に朱のかたまりが出現する。
 炎に照らされて立っている黒髪の少年と、頭の巨大な子供は同じくらいの年齢に見えた。少年の目が炎の色に彩られている。
 「予言の書を持つ子供がいると聞いたことがある。その本に刻まれた未来は必ず実現するのだそうだな。
 ならば」
 両手を躍らせ、炎を表す文字を宙に描きながら、高らかに宣言する。
 「魔術師の赤!」
 少年の頭上に赤い鳥が出現する。普段見ているのと違って、猛禽の雛といったふうだが、けなげに雄々しくおたけびを上げると、その手から、口から、炎を噴き出した。
 「あ、っ」
 子供の手から本が叩き落され、最後に刻まれた予言のページを開いて床に落ちた。
 間髪を入れず、開いたページが火を吹く。
 「あーあーあーっ」
 悲鳴がこだました。子供は顔を覆って床にしゃがみこみ苦痛にあえいでいるようだが、やがてひぃーひぃーと呼吸をしながらそっと顔を上げた。死んではいない。
 そのページは灰になりブスブスと煙を上げているが、本自体は燃え尽きていなかった。
 「殺しはしない。だがもう不愉快な未来は視ないでもらう」
 きっぱり言い放たれ、子供は張り裂けそうなほど目を見開いて、相手を見つめた。
 「灯りをつけてくれたのか。エライねェ」
 下縁メガネの中の目が細められ、その足元から少年を目掛けて影が伸びた。が、
 「いい加減にしやがれ」
 背後からドスの効いた声がして、男はびくっとした。瞬間、振り返る前に背後の相手を影でのんでやろうとしたが、
 「遅いぜ!」
 ポルナレフの半身から銀の腕が伸び、男の後頭部を殴打した。ドサ!と音を立てて男が床にのびる。痙攣してから動かなくなった。
 それから数秒後、
 「あれぇ〜っ、戻ってしまっ…たのう」
 青年がけたたましい声を上げながらどんどん歳を取り、最後にはいつものジョセフの姿に戻った。頭の巨大な子供の前で少年もぐんぐんと背が伸び、成長し、成人になり、アヴドゥルの姿に戻って子供を見下ろしている。
 手を伸ばして本を拾い、パンパンと煤を払って、黙って手渡す。子供はそれを受け取ってうつむいた。
 「ホテルの関係者!終わったぜ!電気つけてくれよ、暗くてかなわねえ」
 ポルナレフが叫んだが言葉が通じない。そこに、承太郎と花京院が到着し、呆然と突っ立っている従業員にその旨を頼んでから、近づいてきた。
 「終わったのか」
 「ああ。そっちも済んだか」
 「ええ。皆無事でなによりでした」
 「ところでじじい。これはてめえのしわざか」
 ムッとして迫る承太郎、苦笑している花京院とアヴドゥル、今気づいた様子のポルナレフ、4人とも帯がなくなっていて、全員浴衣の前ががばーと開いている。パンツー丸見えだ。
 ジョセフも前を開けてがっはっはと笑いながら、
 「まあな。ちーとばかり、あやつを縛るロープマジックに使わせてもらったぞ」
 顎で示す。5本の帯が繋がって、ホルホースの体を縛り上げていた。
 「いつ、どこで盗られたんだ」
 「全く油断のならねえじじいだぜ」
 「誉められたわい。うっひっひ」
 「誉めてねえ」
 突如、舞台の上から、
 「そこまでだ」
 聞き覚えのあるといえばありすぎる声がして、一同は恐怖と驚愕に唇まで青ざめて振り返った。
 舞台の上にはDIOが腕組をして立っていた。金色の目が傲然と見下ろしている。
 「何故じゃ…やつは確かに…倒した筈!」
 「何故、と疑問に思ったところで始まらねえぜ」
 「そうだな」
 各々が即座に覚悟を決めた。あの旅は覚悟の連続だった。たとえ何年経とうと、身体に、魂に染み込んでいる。
 「やめておけ。無駄だ。もう一度死ぬ思いをしたいのか」
 空間に響き渡る哄笑に承太郎が指を突きつけ、
 「何度てめーが甦ろうと、その度に倒してやるぜ」
 先手必勝とばかりに突きつけた指を拳の形に握り締め、
 「星の白金!」
 刻を止めた。
 そして、あれ?と思う。
 自分以外の全てのものが凍り付いているその空間の中、相手だけは目に邪悪な意思と悪魔の笑いを浮かべ、自分を見据え、次の攻撃に移ろうとしている筈なのだが…
 どういうわけなのかDIOは「あっはっは」と開けた口のままフリーズしている。完全に止まっている側の人間だ。
 (………)
 限界が来て刻が動き出した。
 周囲のメンバーたちは「?」と思った。一瞬前と、承太郎の表情が全然違う。闘志に燃えていた顔がなんだか、虫歯が痛いみたいな変な顔になっている。握っていた拳もすーと下ろされた。
 「どうした」
 承太郎は首を振って、
 「あれはDIOじゃねえ」
 「え」
 一同が固まる。
 それから、揃ってDIOを見た。
 「なんだその目は」
 相変わらず威張っているが、気のせいか威厳もカリスマも5割減に見える。
 「よくわからんが…要するに」
 「ニセモノかよ」
 「ああ」
 「なんだ」
 「覚悟を決めて損した」
 「全くだ」
 じゃあ、とばかりにおもむろに一同はDIOに向き直ってぞろぞろ近寄った。
 「何をする気だ。さっさと降参した方が身のためだぞ。今ならまだ殺さないでおいてやるぞ。我がしもべにしてやるぞ」
 なんとなくこめかみに冷や汗の見えるパチモンDIOに向かって、各々の必殺技が一斉に炸裂し、DIOは天井まで吹っ飛んでぶち当たってから床に落ちてきた。ぴくぴく痙攣しているのを見ると髪から服から全部変わっている。何より顔がとにかく不細工で、男とは思えない妖しい色気なんかハナクソほどもない。頭が巨大な子供が慌てて取りすがって「兄ちゃーん」と泣き叫んでいる。
 「おい」
 ポルナレフが、浴衣の帯で縛られて転がっているホルホースの側に行き、小突いて、
 「これで打ち止めか?」
 「…ああ」
 ぶすっとしてそれだけ返事し、ずっと咥えていた煙草をヤケクソみたいにぷっと吐き出した。

 その後、一同はホテル関係者と他の客になんとも苦しい言い訳やら謝罪やらを展開し、割れたガラスや機材を掃いて集め、「弁償するから部屋代につけておいて」と言い、めちゃくちゃになったテーブルの上を掃除し、土足で上がられて泥だらけの舞台の上を拭き、出演するつもりでスタンバイしていた演歌歌手に謝り、あちこちに散らばった焼うどんを拾い集め、中年のおばさんに「ひょっとしてこれ出し物だったの?明日もこれやるの?」と訊かれて「違います」と引きつり笑顔で答え、縄を貰ってくそばか野郎どもをぐるぐる巻きにしてずるずる外へ連れ出し、ホルホースから帯を回収して締め直したところで、花京院がイヤなことを思い出した顔で、
 「ちょっと行ってきます」
 「俺も行くぜ」
 2人は先刻駆け回った階段に行き、これまた壊されまくった備品やら灰皿やらを回収して回った。さっきは得意げに偉そうに言ったが、
 「立入禁止のフダはどうしよう。僕が壊してしまった」
 「手書きにしろ」
 承太郎がその辺のプラ板をたたき折って差し出した。受け取って、立入禁止と書く。
 「これでいいかな」
 「ああ」
 「君、ちゃんと見て言ってるのかと言いたいところだが、いいことにしてしまおう。僕も疲れた」
 さっきより大分短くなったチェーンにくくりつけて、一応通せんぼをすると、よろよろと戻った。食堂の入り口ではジョセフとアヴドゥルとポルナレフがクタクタになって座り込んでいた。
 「こっちも終わりました」
 「ご苦労じゃったのう。はああ」
 「俺ぁ腹減ったぜ。ここに来た時の7倍くらい腹が減った」
 「今夜はここで食事するのはやめておいた方がいいんじゃないのか。あんなに大騒ぎになったのだし」
 「あんかけおこげうまそうだったなあ」
 「やめないか。未練だぞ」
 「チョコレートファウンテン」
 「ううっ」
 皆涙目だ。
 と、そこへ従業員が近づいてきて、「どうぞ召し上がってください」と言ってくれた。笑顔はなんとなく引きつり気味だが、一同があまりにも哀れな顔をしていたのだろう。本当にどうぞどうぞと言われて、「えっホントに」「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」「メルシーメルシー」満面の笑顔になってこそこそ入ると、隅っこの方でそっと寄り添い合って、夕飯を食べた。
 「そういやイギーはどうした」
 「あいつならどさくさに紛れて、暗くなっている間にしこたま食ったらしい」
 「ある意味さすがだな」
 「外しませんね」
 「やれやれだぜ」
 「もぐもぐ」
 食うだけ食って、またそっと出ると、701号室へ戻った。いつの間にか合流したイギーが一番最初に部屋に入って、また座布団の上に乗っかってくぁあ…とあくびをした。
 ようやくはぁーと畳の上にへたりこんで、
 「まさかこんなイベントが待っていようとはな」
 「あいつら何考えてんだ」
 「うむ。あれからちっと聞き質したんじゃがな」
 ジョセフが苦笑して、団扇でばふばふと胸元に風を送りながら、
 「そもそもはわしの動きをマークしとったらしい。わしの動きが一番派手じゃからな。ある時長期の休みをとって日本へ行くらしいと知り、調べたらなんとあの旅のチーム全員で集まることがわかって、じゃあそこで血祭りにあげてやろうという計画だったようじゃ。空港からずーっと尾けとったらしい」
 「ホルホースが立案者なのか?」
 「いやまあ、生き残った連中で時々顔を合わせて、ジョースター一行をギュウという目に遭わせよう、とは言い合っていたらしいがな」
 「しょっぱい飲み会だな」
 「全くもって迷惑な話だぜ。もともとそっちから襲って来ておいてよ」
 「でも」
 花京院が不意にくすっと笑って、
 「ジョースターさん、恰好よかったですね」
 「わし?」
 「若返った姿が」
 「ああ」
 アヴドゥルとポルナレフも笑顔になった。
 「とても男前でしたね」
 「すげーハンサムガイだったぜ。スタンドが使えないからどうなるかと思ったけど、そうかジョースターさんはハモンてのが使えたんだな」
 「面白かったですね。焼きうどんが、五寸釘みたいになって」
 「他にも出来ることはあるんですか」
 「そうじゃな。もともとは吸血鬼やゾンビを倒す技なんじゃが…生き物に使うと、少し頭を狂わせて操作できるぞ」
 「うぉ、面白ぇ。面白ぇって言えば、承太郎と花京院がびったりくっついちまってよ。花京院なんか、こーんな恰好で承太郎にへばりついて」
 「やめてください」
 赤面している。今更のようにあの時の自分の姿が恥ずかしくて仕方がない。
 「わしとアヴドゥルがくっついた時はなあ、身動きするにも離れるにもエライ苦労をしたが」
 「花京院なら承太郎が抱えたまま走れるからまだよかったな」
 あてこすりなどではない。他意は全くなく微笑んで言い切るアヴドゥルに、なんと返事していいのかわからない。と、隣から、
 「そうだな。俺も花京院で良かったぜ」
 という声がして、思い切り引っぱたきたいが顔が赤くなっているのがわかるのであまり暴れて注目されたくもない。なんとしたものだろう。
 ここで幸いなことにポルナレフが笑って、
 「アヴドゥルはガキになってもおっさんみてえだったな。ジョースターさんがあんなにはっちゃけてんのによ」
 話題を変えてくれた。花京院は内心ひそかにポルナレフに感謝した。
 「おっさんとはなんだ。お前が落ち着きがないだけだろう」
 「でもお前、何を燃やしたんじゃ?本のように見えたが」
 「以前聞いたことがあったのです。予言の本を持ったスタンド使いの話を」
 「あの変なDIOのことを兄ちゃんて言ってたな。ところであのDIOは何なんだ?」
 「単に、姿を変えられるスタンドなんじゃねえのか」
 「なにしに出てきたんだろうな」
 「DIOが登場しただけで、我々が諦めて降参すると踏んだのではないか」
 はははは、と笑い声が揃った。
 「あの時ジョースターさんが」
 花京院がまだ薄赤い顔のまま、ひどく嬉しそうな、それでいてそれを押し殺した声で、
 「言いましたよね。わしらが全員揃っているなら、絶対に誰にも負けないって」
 皆うんうんとうなずく。
 「あれを聞いた時、ちょっと、鳥肌が立ちました」
 「俺もだぜ」
 「わたしもだ」
 承太郎がやれやれと肩をすくめて、仕方ない、みたいに、
 「俺もだ」
 ジョセフはニッと笑い、バチーン!とウィンクをして、親指を立てた。
 「決まった!みてーな顔をすんな。うぜえ」
 即座に孫から突っ込みが入る。
 その夜は部屋で改めて宴会となった。各人、示し合わせたように酒を持ち込んでいて、乾杯を何十回もした。酒に強い者もそう強くはない者もとにかく酔っぱらってあっという間にぐだぐだになった。
 「大体ね、君たちぁデカすぎるんだ。それなのにすぐに殴り合いだの殴り込みだのやらかして、そのたび止めに入るボクの身にもなってくらさいよ。ヒック」
 「何言ってやがる。おめえがちっちぇんだよ!ヒック。なんだこいつ、こうしてやる。ぐいぐい」
 「前髪を引っ張るなァァァ」
 「おめえはなあ、年下のくせに、落ち着きすぎなんだよ。アヴドゥルのやろうはおっさんだがおめえは、えー、なんだ。えーと」
 「おっさん呼ばわりはやめろ。だから、お前が落ち着いていないだけだ」
 「そうだ。君がコドモみたいなんだ。ねーえアヴドゥルさん」
 「そうだ。ポルナレフはコドモだな花京院」
 「コドモじゃねーぞてめえら!毛の生えた立派な大人だ。今見せてやる」
 立ち上がって浴衣の前をはだけてパンツを下ろそうとする。
 「ギャーやめんか。ばっちいものを見せるな」
 「風呂場でさんざん見せられた。もう結構だ」
 「なんだよ、せっかく俺さまのグレートホーンを拝ませてやろうと思ったのによ」
 「レイピアだろう」
 「なんだとー、この野郎!よーしわかった針串刺しの刑に処す」
 「やめろやめろやめろやめ」
 「うわ、うぷ。わははは、わははははは。いひひひひ。うひゃひゃひゃひゃ」
 「花京院が壊れたぞ」
 「おいおい花京院、立ち上がって何をやるつもりじゃ」
 「お前もグレートホーンを見せる気かよ」
 「君ら一人一人に、日本の伝統芸をお見舞いしてやる。ちょんまげというのだ。ありがたく頂戴したまえ。ヒック」
 これまたパンツを下ろそうとしたところに、後ろから伸びた腕が花京院を捕まえると床に引き倒した。
 「イデッ。何をするんだじょー太郎」
 「いいからやめとけ。これは親心だぜ。明日我に返ったら恥ずかしくて誰の顔も見られなくなるくせによ」
 「何言ってるんだかわからないぞ。なんだこのジョジョたろう。デカいと思ってえばるなよ」
 「うるせーぞ。がばっ」
 「いたいいたいいたい、チョークチョーク」
 「ギブか?」
 「誰がするかぁーーー」
 「よーしわかったぜ。ギリギリギリ」
 「ノーノー!ヘルプヘルプ。ぎゃー」
 3人がほのぼのと温かく笑って、
 「仲がいいよなあいつら、全く」
 「ああ。微笑ましいことだ」
 「マブダチというやつじゃな」
 「どこどうを見てるんですか、あなたたち!」
 「逃がさねーぞ」
 ギャースカギャースカと騒いでいるうちうっすらと空が明るくなってきて、もう少し経ってからようやく全員沈没した。

 翌朝は全員床に倒れていて朝食の時間になっても誰も起きられず、ううーんといううめき声だけがあちこちから上がっている。
 どのくらい経ってか、何か聞こえていることに気が付いた花京院が重たい瞼を上げて周囲を見回すと、自分以外に寝ている人間は誰も居なかった。荷物のところに座って何か探しているジョセフが口笛をふいていて、聞こえていたのはその曲だったらしい。
 もぞもぞと起き上がるとジョセフがこちらに気づいて、
 「目が覚めたか。気分はどうじゃ」
 「…頭が痛いです」
 「はっはっは。そりゃあそうじゃろうな」
 笑っている相手はそんなことはないのだろう。畳の上になんとか座りなおして、べたべたの顔を片手でこすり、寝ぼけた声で、
 「みんな、どこへ行ったんですか」
 「全員風呂だ。昨日お前が言っていた数か所を、攻略しに行ったぞ」
 そう言うジョセフも風呂上りらしい。髪の濡れ具合でわかる。
 自分ひとりだけ目を覚まさなくて、置いて行かれたのか。
 寝ている自分の傍らを、皆起きて「風呂に行くかあ」「うむ。そうするか」「昨日とは違う風呂へ行こうぜ」「花京院のやつは?」「まだ寝ている」なんて言い合って出ていったのかと思うと、なんとも言えず恥ずかしいような悔しいような、仲間外れにされたような、もの悲しく泣きたい気持ちになってくる。
 それに皆、頭が痛くて動くのも一苦労なんて人間は誰も居ないわけだ。僕なんかガンガンなのに。
 這うようにして窓際まで行き、風に当たりながらげぶげぶ喉を鳴らしていると、トコトコと目の前にイギーが来た。
 「…やあイギー」
 ひでえ声だな。
 そう聞こえた気がした。
 花京院はイギーを抱え上げて、頭をなでたり、身体をいじくりまわしながら、
 「おいていかれちゃったよイギー。ひどいやつらだと思わないか」
 そんなこと言ったって、今おまえ風呂なんか入れるのか。
 「そりゃあ入れないかも知れないけど、起こしてくれたっていいじゃないか。そうだろうイギー」
 知らねえよ。
 「なんだ。どいつもこいつもちょっと歩くとすぐ迷子になるくせに。僕はこの建物の中のどこにだって目を瞑っても行けるんだぞ。そんな僕を置いてけぼりにして、皆で仲良く」
 なにイギー相手に恨み言を言っとるんじゃ、とジョセフが向こうで笑っている。
 だから知らねえって。
 言いながらもイギーは花京院の手から逃げ出さず、もみくちゃにされてやっている。と、そこに、
 「あ〜面白かった。溺れるかと思ったぜ」
 「風呂で泳ぐな、お前は」
 どやどやと3人が帰ってきた。
 「花京院。目を覚ましたのか」
 近寄ってくる男たちは皆、湯の匂いがして、花京院はうっとおしげに顔をそむけたが、拗ねてると思われるのもイヤで、苦笑いの顔をなんとか戻し、
 「皆タフですね。僕は駄目だ」
 「何言ってんだよ。これからお前も行くんだぜ!」
 「え?」
 ポルナレフがにやりと笑って、
 「古代ローマ風呂はお前も連れて行こうって話になって、一度戻ってきたんだぜ。まだ寝てたら叩き起こそうと思ってたけど、目が覚めてんなら話は早い。さあ行こうぜ」
 「花京院。大丈夫か。風呂へ入れるか?」
 アヴドゥルがポルナレフの背後から顔を出して尋ねる。花京院は少し慌ててうなずいて、
 「大丈夫です」
 大きな声で返事をした。まだ酔っているのかボリュームの調整がうまくできず、やたら大きな声になってまた慌てた。
 「なんだイギー。花京院に撫でられてたのか」
 承太郎に尋ねられて、イギーは不満そうに、
 何言ってやがる。俺がお守りをしてやってたんだぜ。
 ぽんと花京院の手から飛び出して、トコトコ行ってしまった。
 「ジョースターさん、行こうぜ。風呂」
 「おう。よし」
 それから5人揃って古代ローマ風呂へ行き、ポルナレフに「1人1回は彫刻の真似をすること」などとバカな縛りをされて、皆まだ酒が残っているのか誰も拒否せずポーズを決めて各々ぎゃははは笑いをし合った。
 「これでいいのかな」
 「そんな彫刻ねえよ」
 「そりゃあ女豹のポーズだな」
 ほかほかになって戻ってきた頃には花京院もすっかり笑顔になってはしゃいでいて、それを眺めてイギーは「へっ」と笑ってから、さっき誰かが売店から買って来た土産の饅頭を勝手に食べた。

[UP:2014/09/18]

マライヤのコンセントは複数枚出せないと思いますがご勘弁ください。
「死んだ」とはっきりしていない敵は全員出そうとも思ったのですが、ダンとか微妙だし、やめました。


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