座卓の端に座ってアヴドゥルが髪と装飾品を整えている。ジョセフが金庫の中から各人の貴重品を出し、「これはお前のか」と承太郎に声をかけている。ポルナレフが洗面所で念入りにヒゲをあたっている。承太郎が両開きの戸を開け、ここに来た時に着ていた服を取り出した。イギーは座布団の塔からぽんと飛び降りて、ぶるぶると身震いしている。そして、花京院はひとり窓際に座っている。
 何か言おう、誰かに話しかけようと思うのだが声が出ないのだ。
 「どれ、皆終わったか。行こうか」
 「はい」
 「よっし」
 荷物を持って1階に降り、フロントに、
 「いろいろ騒がせてしまって済まなかった。とても楽しかったよ」
 ジョセフが笑顔で言い、びらり!とアメックスのブラックカードを抜いた。
 「こんな宿で使えるのか?」
 「しかしジョースターさんに全額払わせてしまっていいものだろうか」
 「何言ってんだよ。いいんだよ石油王が払うって言ってんだから」
 「石油じゃない。不動産だ」
 「あ、そうだった」
 「気にするな。わしにとっちゃハナクソみたいな額じゃ。なにしろ潜水艦を買った男じゃぞわしは」
 はっはっは!と笑っているのを、宿の関係者は半信半疑で見ている。
 「はあ、ではお言葉に甘えて」
 「うむ。宿代はわしが出し、内容の計画は花京院が立てるという約束になっとったんじゃ。のう花京院」
 「あ、ええ」
 弾かれたみたいに応え、何か気の利いた言葉を続けようとしたが出来なかった。
 一同は来た時と逆のバスに乗り、施設を後にした。宿の人間が手を振って見送ってくれた。施設がだんだん背後に飛び去り、ついに見えなくなる。花京院は顔をそむけた。
 前の席で「あの小さい駅、ここに来た時もあったか?」「あったに決まってるだろう」「そうかあ?」「あったぜ」とやっている会話に、加わろうと思うのだが、うまく声が出ない。
 この風景を逆に見ていた時には、全てが始まる前だったのだ。でも今はもう全部終わって、帰るところだ。
 皆、それでいいのか、と言いたくなったが、それが自分の子供っぽい駄々だということはわかりきっている。言えるはずがない。口を結んでただ黙った。

 それから数時間後、一同は再会を喜び合った場所に立っていた。
 「皆、それぞれの便に遅れないようにな」
 「大丈夫です」
 「おう」
 「ポルナレフ、荷物はちゃんとあるか。捨てられたのじゃないか」
 「ばかやろ!ちゃんとある!」
 「これお前のじゃねーのか」
 「あ!そうそう!温泉マンジュウ。一回買ったのにイギーのやつに食われちまったんだ。ったくよー」
 なかなかうまかったぜ。御馳走さん。
 笑い声が起こる。
 なんとか一緒に笑った。よし、大丈夫。次は、別れの言葉を述べなくては。笑顔で。
 笑顔のお面を被って、息を吸った時、
 ぽん、と手が花京院の頭に置かれた。
 目を見開く。
 今まで一度も聞いたことのない、
 「無理して笑うんじゃねえよ」
 低く静かで大人の、ポルナレフの声だった。
 青い目がフッと笑い、
 「寂しい時は寂しい寂しい!って言やあいいんだぜ?聞いてやっからよ。言えよ、花京院」
 胸の中でつっかえ棒のはずれる音がした。
 どっと涙が出た。
 「寂しいよ」
 とめどなく溢れていく。
 「皆に会えるのをずっとずっと楽しみにしていたんだ。会えて嬉しかった。本当に楽しかったよ。皆と別れたくない。別れたくないよ」
 片手で顔を押さえ、うつむいて泣いている頭を、ポルナレフが一回、自分の肩に押し付けるようにかかえてくれてから、ぽんぽん、と叩いてやって、
 「俺もさ!また集まろうぜ?今度はこんなに間を置かないでよ。金なら石油…不動産王が出してくれるし」
 ちょっと笑って、
 「もし不動産王が事業に失敗して一文無しになったら、俺が働いて稼いでやるからよ。安心して、また旅行の計画組んでくれよ。ああそれもいいが」
 声を上げる。
 「今度はフランスに来いよ!俺が案内してやる」
 「だったら、カイロにも来い。決していい思い出のない場所だろうが、本当はとても良いところだ。改めて訪れて欲しい」
 「待て待て、そういうことならニューヨークにも来い!スージーQにも紹介したいしな」
 おれの縄張りに来たいってんなら見せてやってもいいぜ。
 皆口々に主張してくる。花京院は泣きながらちょっと笑って、涙をぬぐい、
 「やっぱりまた日本にしましょう。僕がもう一度計画を立てます」
 赤い目と鼻声でそう言うと、皆にっこり笑い、
 「じゃあ頼むぜ」
 「うん。頼む」
 そう言ってくれた。
 各々が花京院に向かって笑っている顔が、涙でゆがんでいるが、とても温かく輝いて見えた。
 そうなんだ。
 あの旅の仲間たちは、僕のことをよくわかってくれている。つまらない意地とか見栄とか、譲れないところとか、必死になるものとか、全部だ。
 取り繕うことなんかなにもない。
 「また、会いましょうね」
 そう言うと、揃ってこっくりとうなずいてくれた。
 そして花京院の後ろに、承太郎が居て、黙ってその姿を見守っていた。

 別れの時が来た。
 ジョセフとアヴドゥルとポルナレフが手を上げ、アヴドゥルの懐でイギーがおざなりにシッポを振って見せた。
 承太郎と花京院はそれぞれの姿を見送った。



 部屋に戻る。
 机の上には山のような資料が積んである。今回の計画のためにどのページも一心に読んだ。作成したノートも3冊そこにある。
 全部終わった。
 皆帰ってしまって誰もいない。
 「俺はいるぜ」
 何も言っていないのに、後ろの男がそう言った。
 花京院はちょっと笑って、
 「今度の日曜に、2人でカラオケに行こう承太郎」
 「また甘ったるい歌を歌えってのか?」
 「フフ。できれば。君の歌声にはいい感じでトリップするからね」
 「いいぜ。悩殺してやる」
 「ありがとう」
 優しいな、しょげてる僕を慰めてくれてるんだろうな。そしてまた承太郎も寂しいのだ、とこの時に花京院は思った。
 「楽しかったな、承太郎」
 そう言うと、微笑して、うなずき、
 「とてもな」
 静かな声でそう言った。花京院は明るく、
 「次はどこにするかな。今度こそ奈良京都か、日本縦断か。君も考えてくださいね」
 承太郎は微笑をもう少し大きくして、「やれやれだ」と言った。

[UP:2014/09/18]

少々しつこいところや繰り返される部分があると思いますがお許し下さい。
私にとって3部のメンバーは本当に、他に比すことの出来ない人たちです。もうずっと前から好き。これからも大好きです。
腐ってる表現が多々ありますがどうぞご勘弁ください。
ありがとうございました。


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