太陽と月の姉妹
時計は、すでに夕刻を示している。
広大な、砂の王国の、ある街の入り口に降り立って、五人の男は、暫しものを言わなかった。
どの顔にも、疲労と、感慨と、闘志とが、そこに見えている世界一の墓に刻まれた歴史にも負けない程、強く深く刻まれている。五人のほかにもう一匹、白黒ブチの犬もいたが、そいつだけは『自分とは関係ない』と言いたげに、あさっての方向を向いている。
「ついに、ここまで辿り着いたな。…やっと」
代表のように、ジョセフ・ジョースターが、低く呟いた。
「『やっと』と言うのはまだ早いぜ」
彼の孫が、祖父を見もしないで低く短く釘をさした。ジョセフは、ふと短く息をついた。笑ったようにも、ため息をついたようにも聞こえた。
「わかっとる。よぅく、な。『もうすぐ50日』と『もうすでに50数日』の差がどれだけ大きいかもな」
その言葉はなにげなしに口にされた割にはひどく重く、一同の上に響いた。
一同の中で一番気が短くせっかちな男が、フトモモを拳で叩いて、
「くそ、時間がねえや。さあジョースターさん、今すぐに街に乗り込んでいって、ジョースターさんが念写した館を探そうじゃねえか」
「まあ、待て、ポルナレフ」
待て待てとジョセフが手を広げ、つっかかってくる相手を押し留める。
「気持ちはわかるが、明日からにしよう」
「なに呑気なこと言ってんだよ!この街のどこかに奴がいるんだぜ!やっとこ着いた、さあ一休みしようってのか」
ジョセフの隣りからアヴドゥルが手をさしはさんで、
「今日は一日強行軍だった。敵とも戦ったし、全員、今は立っているのがやっとというくらい疲労困憊している。こんな状態で、夜の間のDIOと、遭えてしまうというのもそれはそれで問題がある」
「何弱気になってんだ、こいつらは」
「ポルナレフ」
サングラスをした花京院が、腕組みをしたままふうと息をついて、
「あなたはジョースターさんが、DIOを探すのに躊躇していると、本気で言っているんですか」
目の表情がないと、余計に『あきれ果てている』ジェスチャーが際立つ。
「誰よりも探しに行きたいに決まっている。でも今の僕らの状況を考えて、まずは一旦休もうと言っているのじゃないですか。勇気ある撤退、じゃないか。一時停止ってとこですね。それが何故わからないのです?」
「ああもうわかった!したり顔でぺらぺらやるな!偉そうに」
腕を振って、相手を払うと、
「ならさっさと休みに行こうじゃねえかよ。明日からのためにな。おら動け、お前ら」
ジョセフとアヴドゥルが苦笑し、
「全くせっかちな男だ」
承太郎と花京院が呆れて、それぞれちょっと上を仰ぎ、肩をすくめた。
その時。
「あんたたち、ジョースターの一味ね?」
一同の背後から、強くよく通る、なにかひどく思いつめた響きの声がした。
各々はさっと声の方を振り返った。一匹、その辺をうろうろしていた犬は、声がする前からそっちの方を見ていた。
そこには、一人の、まだ歳若い女が立っていた。
腰に手を当てて、胸を張り、傲然とすら見える姿勢で、こちらを見下すように構えている。と言っても、背は、まあ高い方ではあるだろうが、花京院と同じくらいだ。裸足が大地を踏みしめている。
豊満なバストと、張り切った腰のあたりだけを覆っただけの、実に煽情的なコスチュームだ。腰から透き通る素材の布が纏わりついているのが、それが無いより余計にその下の素肌の存在を主張してくる。長い黒髪は大きく波打ちながら腰の辺りまで流れ、肌は褐色に、なめらかに輝いている。
胸元や手首、足首にはいくつものアクセサリーがしゃらしゃらと心地良い音を立て、秀でた額にも大きな赤い石が、その下の燃えるようなふたつの瞳とともに、夕陽を返して輝いている。
気の強い顔立ちだ。やや吊った目、高い鼻、ちょっとだけ大きすぎる真っ赤な唇は最初に呼びかけたきり、かたく引き締められている。
どうも、衣装や顔立ちから、ジプシーのように見える、とジョセフは思った。まあここはエジプトなので当たり前だが、ジプシー娘に知り合いは居ない。第一こんな場所で、ジョースターと呼びかける人間は、DIOの手下以外には考えられないのだが…
「ジョースターはわしだ。何の用かな、お嬢さん」
相手の目がぎゅっとジョセフを睨みつけた。きれいな娘ににらみつけられるのはそれはそれで心地良いものだけれど、と不謹慎なことをちらと思った。女の目はそれから一同の上をめぐり、これまたいかにもという衣装や身形の男に留まって、
「てことは、あんたがアヴドゥルね?あたしと勝負して」
アヴドゥルは思わずまばたきした。名指しで呼ばれた、と思ったその次には勝負を挑まれてしまった。
まあ、この女、スタンド使いなのだろう。多分DIOの手下で、おそらくスタンド使い。戦うには充分な理由かも知れないが、どことなしに…何かおかしい。
「そう言われてもな」
「言われてもなんなの?さあ早くこっちへ来て準備して」
「ジョースターの名をどこで聞いた。『戦う』とはどういう意味だ。…なにか事情があるのか?」
「そんなこと、あんたに言う必要はないわ。あんたはただ今すぐあたしと戦えばいいのよ!なぁに、怖気づいたの?怖いの?」
イライラと声がきつくなってゆく。この女、と一同は思った。ポルナレフより短気だ。
それまで、ハクい美人だ、という顔で鼻の下を伸ばせるだけ伸ばしていた男は周囲を見回し、
「なんだよ、俺がまるで」
「いいから黙っていろ。女、お前の要請は拒否する」
女は一瞬棒立ちになった。あんなに偉そうな口調と態度であったのに、今この時は何故だかひどく幼げに見えた。幼な子が、おつかいで買いに来たものが売り切れてなくなっていたかのように、途方に暮れて突っ立っているようだ。
そこにたたみかけるように、アヴドゥルが強く大きな声で、
「我々にはこれからしなければならない大きな目的がある。そのことの遂行を前にして、理由も事情も言わずつっかかってくる子供の相手をして遊んでやる暇はない」
相手の胸をどんと突くような調子で言い渡した。
女の顔に焦りと悔しさと更なる決意が漲り、更に大きな声で怒鳴り返す。
「そう?じゃあ一方的にあたしから戦いを挑もうかしら?言っておくけど、あたしは遊びなんかじゃないんだから、怪我をしても知らないわよ」
ゆらりと女の手が、細く引き締まったウェストの位置から持ち上がり、豊かな胸の上をとおりすぎて、頭上たかく掲げられた。その一連の動きは、舞踏のようで、得もいえず美しかった。
その動きに目を奪われる間もなく、ドウッと激しい音がして、一同はあっと相手の頭上の手、その更に上を見上げた。
今落ちてゆくこの国の太陽、あの太陽があと一週間、沈まないでいてくれたら、自分たちの持っている大概のものは差し出すだろうという気になる、熱の球体が、
さながらもう一つ生まれたようだ。いや、違う。
ゆらゆらと手話のように、炎という字を描き続ける長くしなやかな指によって、彼女の頭上に生まれ、成長してゆくのは、炎の花弁を広げる大輪のバラだった。
「炎の…火のスタンド?お前と同じなのかよ」
「火のスタンド使いが、お前以外に存在するということは、あり得るのか?」
尋ねられ、アヴドゥルは炎のバラを見たまま、
「それは、あるでしょう。一つの属性が一人だけと決まっている訳でもないのですから。ただ、」
何故か首を振り、
「同じ様に火を生み出すスタンド使いであるため、相手の炎を見れば、それがどれだけの力量によって生み出されたものであるか、おおまかな察しはつくのだが…」
「それが、信じられないほどの大きさだ、と言いたいんですか?」
「そうだ」
驚き、またその彩りのあでやかさに思わず見とれる男たちの表情を眺め回し、女は嫣然と、艶然と微笑むと、
「あんたたち、見えるのね?この花が」
ひどく嬉しそうに声を立てて笑った。くるりと手首を返す。花がさらに大きく開いた。それに従って熱量が増した。
「これだけの…強さと大きさを、維持し続けていくのには、何か、精神的な糧がいる筈だが」
アヴドゥルが呟いた。
「どういう意味だよ?」
「だから、単なる怒りだとか、正義感だとかでは、あの花を形成し続けて行くことは無理だと言っているんだ。なにかこう、自己犠牲に近い程の愛だとか、贖罪だとか、命を賭けた誓いだとか」
「そういったもので手前を支えて、あの花を咲かせてるってことだな」
承太郎はあの女のそれは一体なんだろうと思った。あの派手で華やかで、それこそ太陽のように自分というものを発散するタイプの女が、今アヴドゥルが言ったようなものを自分の中にたくわえているというのが、不似合いに思えたのだった。
花の発する熱は益々強くなってゆく。思わず一同は一歩後ろへ下がった。と、アヴドゥルだけが一歩、逆に前に出た。
「アヴドゥル、大丈夫か」
ジョセフがむっとする熱気に顔を背けながら叫んだ。
「まあ、やってみます」
そう答えて、あと数歩前に出る。片方の拳を握り、胸元で構えた。
「ようやくやる気になったの?だったらあんたのチカラを見せて頂戴」
嘲るような、それでいてどこか不安げなところのある言い方に、この女は虚勢を張っていて、相手の力が自分より勝っていたらどうしよう、と不安がっているのだろうか?と、花京院は考えた。
やれるもんならやってみろと言いながら、『本当にやれたらどうしよう』というやつだ。
果たしてそうだろうか?
アヴドゥルは相手を見つめたまま、胸元に握り締めた拳をぐんと下方へ振った。と、振り下ろしたその腕から生まれいでたがごとく、鳥頭人体の、真紅の怪鳥が、アヴドゥルの上方に姿を現した。腕を広げ、胸を張り、口を大きく開け、その喉いっぱいに戦闘の意思を叫んだ。鳥の両手に、紅蓮の炎が燃え盛った。
女はその姿を、目を見開き口を開けて、呆然と見つめていた。やがてその目に、興奮と、紛れも無い大きな大きな歓喜が映るのを見て、花京院はあっと思った。
「本当なのね?あんたも、燃料も発火装置もないところから、炎をつくれるのね?本当に!あは、あっははは!あたし以外にもいたんだ、
炎をつくれる人間が!あはははは」
大声で笑い続けるその顔を見て、
あの声にあった不安は、『相手が本当に炎を生めたらどうしよう』ではなく、『相手がこけおどしだったらどうしよう、ニセモノだったらどうしよう』という不安だったらしい、と思った。
その喜びの笑い顔を、アヴドゥルは何か感じるところがあるらしく、無言で見ていたが、ん、という顔になった。相手の頭上の花が、ゆっくりと上昇し始めたからだ。
「なら、次は、あたしの花をあんたに贈るわ。ちゃんと、受け取って頂戴ね」
声に力がこもる。ふっと指が違う紋様を描く。花の表面を流れる炎がせわしくなる。赤いバラだったのが、次第に高温の、黄色いバラ、そして白いバラへと近づいていく。
弾いたりしたら、飛んでいった先でどんなことになるかわからない。受け止めるしかないのだろうが、果たしてそんなことが出来るだろうか。マジシャンヅ・レッドの力で。
「アヴドゥル」
「アヴドゥルさん」
「おめー、大丈夫かよ」
返事はない。ただ、ぐっと姿勢を低くし身構える。マジシャンヅ・レッドも大きく腕を広げ、さらに高く雄叫びを上げると、防御と迎撃の態勢をとった。
来るか、と緊張のラインがぴんと一本、全員の上に張り詰めた。
「待って下さい!」
高い声が、一同と女の間に割って入った。そのまま、声の主が実際に、両者の丁度中間地点に走りこむ。
これまた、まだ若い娘だ。こちらは肌の露出度はぐっと抑えられている。片方の肩から斜めに流れる布で胸元は隠されているし、腰から下は足首まである長いたっぷりしたスカートを穿き、皮のサンダルを履いている。アクセサリーの数もずっと少ない。額に、こちらは青い石の飾りがゆれている。髪はやはり黒くて、腰まであるが、こちらは直毛に近い。顔つきが、炎の女にどことなく似ているが、発散するものは炎の女よりもずっとずっとおさえられている。無くなっているのではないが、ギラギラと放射することはせず、自らの内を照らしているような、目の表情をしている。
夜半過ぎに上る月を、承太郎はふと思った。
「ジョースターの方々、申し訳ありません。どうぞこの無礼をお赦し下さい、どうぞ」
一同の顔を見渡しながら、誰か一人にとまるということはなく、胸で手を組み合わせた姿勢で、一人一人に頭を下げる。
皆は顔を見合わせ、また困惑し、突然現れた娘二人を、交互に見比べた。アヴドゥルだけは油断を解かず、防御の姿勢のまま、じっとしている。
女は動揺し、その証拠に炎の花がゆらりと歪んだ。慌てて心を立て直してから声高に怒鳴った。
「お退き、ミリア!」
「退かないわ。姉さん、この方達を姉さんが襲うというのは、どういうことなの?」
女の方を見ないまま、娘は叫んだ。大人しそうな、ややおどおどして見える外見なのだが、その響きはやぶれかぶれな女のものより、ずっと鋭く耳を打ち、胸に刺さる。
「どうでもいいわ。お退きったら。火傷をするわよ」
「信じられないわ。こんなことをして恥ずかしくないの?」
女の顔が屈辱に歪む。
「もう一度言ってご覧」
娘はひるまない。女に背を向けたまま叫び続ける。
「何度だって言うわ。自分の都合だけ考えて、何の関係もない方達を一方的に襲うなんて、私は恥ずかしくてたまらないわ。そんなこと、まるきりゴロツキのすることだわ」
「あ、あのさ…そこまで言わなくても」
思わず、ポルナレフがとりなすような事を言って、宥めるように両手を前に出して、意味無く振った。
大人しそうなのに、言うもんじゃなあ、とジョセフは首を後ろに引いた。
見た目が地味なコほど、ぶちっといくと容赦なくずけずけものを言うからな、と花京院は冷静に判断した。
まあ、当たっているだけにキツイというやつだな、と承太郎は淡々と思った。
そして、その通りだったらしい女の頬が、自分の生み出した熱によってでなく、赤々と燃え上がったが、ぎりぎりと音が出そうな表情で唇をかみしめてから、絞り出すような声で、
「あんた、悔しくないの、ミリア」
その口調に、娘はびくりと肩が上がった。
「あたしたち、もうどのくらいこうしてると思ってるの。こんな遠い遠いところまで、父さんの仇も討てず、流れ流れて」
「仇…?」
ポルナレフがひそめた声で繰り返した。その呼び名は、自分の中にずっとずっと昔から、他の何よりも強く深く刻まれ続けたものだった。それを中心に自分は在り、それを倒さないうちは自分は自分でなかった。
その呪われた契約を、あの娘らも結んでいるのだろうか。悪魔と。
「もう、嫌なのよ」
一旦そう言い切ってしまうと、再び女の激情が噴き出した。
「嫌なのよ!あてにならない情報に振り回されて、あっちの街こっちの街って流され続けて、段々時間だけが過ぎて行って!こうしてるうちにも奴は完全に姿をくらましてしまう。あたしたちの手の届かないところまで逃げきってしまう。気が違いそうよ。
ええそうだわ。あの男はあんたが言ったようにロクなもんじゃないわ。もしかしたら殺人鬼か、もっとおそろしい魔物かも知れない。でも。だからこそ信じられるのよ。あいつが言った事が、『奴の居場所を知ってる』って言葉が、本当かも知れないってね!」
「姉さん」
娘は悲鳴を上げた。
「あいつの言うとおりにすれば、奴の居場所を教えてもらえるっていうんなら…
あたしは誰の…そうよ、悪魔の言うことだってきくわ」
強く強く言い切って、迷いも切り捨てたらしい。それまでゆらめきがちだった炎の花が惑い無く態勢を整えると、はっきりと頭上に上昇しはじめた。止まったら、次にアヴドゥルに向かって投げるつもりらしい。
娘は歯を食い縛ると背後を振り返り、胸の前で腕を十字の形に組んだ。次の瞬間その腕を女に向かって開いた。
男たちは、真っ白い、いや少し青みがかった白の、十字の形をした不定形の布のような、インドの刀剣のような輝くものが娘の腕から次々と生まれ、女と炎の花の両方に襲い掛かるのを見た。
「きゃあっ」
女は絶叫を上げ、その勢いに押されて地面に打ち倒れた。炎のバラは、青白い刃にずたずたに切り裂かれ、宙にほどけて消えた。
辺りは、思いの外暗くなってきていたらしい。女の生み出した炎が突然無くなったことで、それがより強く感じられる。あれほど大きく強い熱源が一瞬で消えてしまったのが、なんだか信じられない。各々の髪や頬に残る灼熱感が、確かにあの花が咲いていたことをものがたっている。
あとには、地面に倒れて動かない女と、今手を下ろし、ふらふらと女に近づく娘の姿だけが、一同の前にあった。
「ごめんなさい、姉さん」
がくり、と傍らに膝をつく。しかし女は動かない。体のあちこちが裂けて血が出ている。
娘の、汚れた頬を涙が伝った。顎から落ちて、女の顔の上ではじけた。
「こうするしか、なかったの」
そう呟いて、娘はうつむくと、ばたばたと涙を落とし、無言で泣き出した。
しばし、呆然と眺めていたジョセフたちだったが、さすがに歴戦の兵である男ばかりなので、すぐに我に返って、
「あのコも、スタンド使いだったのか…なんだ?白い、刃みたいなのが」
「おそらくは空気の刃なんでしょう。日本ではカマイタチというんです」
「真空で対象を切り裂くスタンドなんじゃな。空気なら無尽蔵にそこいらにあるしな」
「砕くことも切り裂くことも出来ない。戦えば強敵かも知れねえな」
その時、うう、とうめいて女がかすかに身動きした。娘ははっと目を見開いて、女の上に身を乗り出した。
「姉さん、しっかりして、大丈夫?」
女のぼんやりした目が、動いて、娘をとらえた。
「ミリア…」
「そうよ、あたしよ。ごめんなさい。ひどいことして。姉さんに向かってチカラを使ってしまうなんて、ひどいひどいこと」
「あんたのせいじゃないわ」
呟いて、かすかに首を振った。数は多いが、それほど深い傷は無いらしい。娘が、意識的にか、無意識にか、手加減したのだろう。
「あたしが、馬鹿だったのよ…」
そこまで呟いて、唇をとめた。これ以上言うと泣いてしまうと思ったのだろう。が、もう堪えきれなくなったらしく、震える両手で顔を覆うと、仰向けの姿のまま、声を上げて泣き出した。
その声の嘆きの、切り裂かれるようなしのびなさに、娘は唇を震わせながら、じっとその姿を見つめたまま自分は無言で涙を流し続けた。
どんどん闇に覆われてゆく砂の世界の中、女の泣き声が暫く、低く高く流れ続けていたが、やがて、次第に収まり、せいた呼吸にとってかわり、それも落ち着いた。
そこで、今まで待っていたように、
「話してみないか、事情を」
そう声をかけられて、仰向けに倒れていた女は、ゆっくりと顔を覆っていた手をはずした。
すぐそばに座って自分を見ている娘、そのすぐ後ろに、さっきまで自分が戦いを挑んでいた男が、少し腰を屈めた姿勢で、自分を覗き込んでいた。
「これ以上、妹を泣かせるものではない」
声に促されたように、女はもう一度娘を見た。
自分とは違って、やや垂れ気味の優しい目に、いっぱい涙をためて、自分を見つめている。
優しい妹。気の弱い、臆病で、いつもいつもあたしの後ろに隠れているような子。
その子が、あたしに向かって、チカラを使った。
…そうしてでも、あたしに、曲がったことを、させたくなかったのだ。…
「ごめんね、ミリア」
娘は無言のまま首を振った。涙がもう一筋伝ったが、口元は微笑んでいた。
女は力を入れて、背を地面から起こした。娘が急いで手を貸す。途中から、もう一人の力が加わって、女はぐいと助け起こされた。
右側に娘の砂だらけの顔。
左側に、火の鳥を飼っている男がいた。男の背後から、男の仲間達が、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。
[UP:2002/6/8]
嘘八百終盤戦、の話でございます。ってそれよりこの姉妹知ってるという方もいるでしょう。モデルはドラクエ4の姉妹です。あちこち微妙に変えてありますけど。
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