その後ばたばたと宿を捜したが、この日は妙に日本人の観光客が多く、なかなか見つからない。
やっと見つかったが、シングルとツインが各々一部屋ずつしか取れなかった。どうやって寝るんだろうとどんよりしながらも、とりあえず全員でツインの部屋に集まった。
女は思ったより軽症だったが手当てをし、二人とも湯を使い身繕いをして、ソファに座る。ジョセフとアヴドゥルが、テーブルをはさんで向かいの椅子に座り、後の男たちはその後ろに立って、彼女らと向き合った。
「まずは謝るわ。本当にごめんなさい」
神妙な顔と口調で、姉の方が頭を下げる。妹も続いて、申し訳ありませんでしたと言った。
ジョセフが首を振って、
「なにやら事情があるのはわかった。気に病まなくていい、お嬢さん方」
ポルナレフが声を張り上げる。
「そうだぜぇ。俺たちの誰も怪我した訳じゃねーんだし、気にするこたぁないって。なぁ?」
そう言って隣りの男に同意を求めたが、それは『ああ全くだ!』という相槌を打つのには、最も向いていない男で、ポルナレフより高い位置の目がうるさそうにちらりと一瞥してから、フンと逸らされてしまった。
「改めて自己紹介するわ。あたしはアーニャ。こっちは妹のミリア」
妹が宜しくお願いしますと言った。
「わしはジョセフ・ジョースターだ。それはどうやら知っておったようだがな?その名を、君たちに告げて、なにやら命じた奴が、いたようだが」
「ええ」
アーニャは少し考えていたが、やがてその大きな黒い目をひたとジョセフに当てて、
「そもそもの始めから話すのがいいと思うから、そうするわね」
「どうぞ」
手で促され、うなずくと、髪を後ろに流して、
「あたしとミリアは、一年くらい前まで、小さな島で父と三人で暮らしていたの。母はミリアがまだ小さい頃死んだわ。
父は鍛冶屋だった。とても優しい父だったわ」
先刻アーニャが言っていた言葉で、既に故人のようだということはわかっているので、その過去形を厳粛に受け止め、皆黙っている。ミリアの目が潤んでいるのを見てしまって、ポルナレフが慌てて目をそらした。
「父は考古学が趣味で、島の奥の方にある古い建造物を調べていたわ。よく言ってたの。この島には歴史的な大発見になるようなものが、潜んでいる筈だって。だからこの島に来たんだって。
村の皆は誰もが笑っていたけれどね」
アーニャはその後少し黙っていた。それは、ためらっているためではなく、激昂してゆく自分をまず宥めようとしているようだった。深呼吸をし、口を開く。
「父には、一人だけ、弟子がいたの。父の手伝いをしながら、鍛冶の技術を習得していた。名前は、…バルサックといったわ」
激しい怒りと侮蔑。憎悪とが、アーニャの顔を朱に染め、その名は床に叩きつけるように発せられた。できることなら上から踏んで、踏みにじりたいようだった。
ミリアは身をかたくし、ぶるっと震えた。
どうしても跳ね上がりそうになる自分の体を、懸命に抑えながら、
「まだ若い男。あの頃で、まだ25にならなかった。痩せて無口な、印象の薄い男だったわ。
そいつは、父の発掘作業にも一緒に行っていたの。今から考えると、最初から目的はあったんだなって思うんだけど、その時はよく付き合ってるなあとしか思わなかった。
そんな中で父は、ある日本当に何かを発見したらしいの」
「何かとは?」
目を落とし、
「父はそれを、『進化の秘法』と呼んでいたわ」
「しんかのひほう」
誰かが呟き、ふっと。五人全員が、何か巨大なものの一端に触れたような感覚にとらわれた。
これが解ければ、全てが解決するようなカギ。推理小説なら、重要な場面だ。ここでカギを手に入れるか、入れないかで、謎解きの場面と、最終的な犠牲者の数が、変わるような。
しかし勿論、その正体がつかめる筈もなく、誰かが苛立ったようなうなり声を上げるに留まった。
「何なのかは、あたしたちにはよくわからないままだった。っていうのはね。…
父がそれを発見してから間もないある日、あたしとミリアが家に戻ると、父が仕事場に倒れていたの。刃物で刺されて、もう虫の息だった」
ミリアが強く目をつぶった。その下からつつーと涙が溢れて伝った。
忘れることなど決して出来ない。する気も無い。あの映像は死ぬまで、幾度でも、脳裏で繰り返されるだろう。奇妙に、静かなフィルムだ。自分が何を言っているのかは入っていない。ただ、姉の、切り裂くような絶叫が、
父さん!しっかりして!
それで、意識を取り戻したのか、ごぼりと血を吹き出す音が。そしてその中で呟く、泡の弾けるような父の声が、聞こえる。
「死ぬ間際に父が言ったわ。
バルサックが父を刺し、『進化の秘法』を持って逃げたって」
ミリアの頬を絶え間なく涙が流れる。アーニャは対照的に、悲しそうな顔さえしていない。
悲しくない、わけがない。しかし、あの時のことを思い出すと、悲しみよりなにより、怒りと憎悪とが噴き出してきて、アーニャの全部を支配する。
あたしたちの大事な父さんを。背が高くてがっちりしていて、ヒゲヅラで、欲が無くて呑気で、
ずるいことをしたりすると、ものすごく怖かったけれど、それ以外は優しくて優しくて、
あたしたちのチカラを当たり前のように認めてくれた、
世界にたった一人の父さんを殺した奴。
「生かしておかない。絶対に見つけ出して、殺してやるって思った」
火のように、自分のスタンドのように激しく燃え盛る声で低く強く叫ぶ。
あの大輪の炎のバラは、復讐の情熱で咲いていたのだ。そのことを、皆は改めて思った。
「…で、君等は、その仇を追って?」
労わるような声でジョセフが尋ねる。うなずいて、
「船で島を出て行ったって情報があったから、あたしたちは荷物をまとめて、すぐに後を追ったわ。怖くなんかなかった。絶対に仇をとってやるって決心していたし、あたしたちにはチカラがあったから」
「スタンドのことじゃな」
ジョセフは軽く納得したが、娘らはきょとんとして、
「すたんど?」
「ああ。さっき君等が見せてくれたバラや、空気で出来たつるぎの事だ。傍に控えて立つということから、そう名づけた。まあ、勝手な命名じゃが」
最後がやけに軽薄に響いて、承太郎は呆れたような目で祖父を眺めた。
「君等の意志で自在に動き、対象を燃やしたり切り裂いたり出来る。誰にも見えない。お互いには見える。それらが傷つけられると、君等も傷つく。そうだろう?」
娘らは大きく何度も頷いた。思い当たることがあったのだろう。
「キミたち、いつ頃からあれを使えたんだい?」
ポルナレフに聞かれ、
「あたしは…ものごころついた時にはもう使えたわ。妹もそうだと思う。まだ五つか六つのこの子が、ふいごみたいにどんどん空気を送り込んで、ナベのお湯があっという間にぼんぼんゆだってるのを見てびっくりしたのを覚えてるし」
妹は黙ってうなずいた。
「生まれついてのスタンド使い、という訳だな」
アヴドゥルが呟いて、花京院もうなずく。そういう、生活や日常とぴったりスタンド能力が密着して成長する感覚は、承太郎やジョセフにはわからない。
「あたしたちのチカラが特殊なものだってことはわかっていたわ。むやみと使うと危ないこと、周りから白い目で見られることも。
でも、父はあたしたちのこのチカラを、当たり前のように肯定してくれた。便利ですばらしい才能だって言ってくれた。その父の仇を討つためにも、このチカラを使うんだって言い合って」
ふと、アーニャの目に疲れが射した。
「でもね、だんだん、奴についての手がかりが、なくなっていったの。あたしたちは焦って、必死で探し回ったけれど、本当に、これっぽっちの情報も入って来なくなって、とうとう一年過ぎてしまったの。
そんな時に、あいつに会ったのよ」
全員の顔に緊張がはしった。
あいつとは、おそらく。
「あたしたちも、この街にきてあまり経ってないわ。言ってなかったけど、あたしは踊り、妹は占いでその日の糧を得ているのよ。情報収集も兼ねて。それで…」
言いかけたアーニャが不思議そうな顔になった。皆がおやという顔になって、ミリアと、アヴドゥルを見比べたからだった。
ミリアも驚き、おずおずと、
「あの…何か?」
「ああ、いや。実は、私も占い師なんだ」
褐色の顔に苦笑を浮かべられ、姉妹は顔を見合わせた。
「スタンドを使う精神の才能というのは、その方面に向いているのかも知れんな」
ジョセフが言い、
「そうかも知れないわね。妹はすごくカンがいいの。明日の天気もなんとなくわかるし、相手のひととなりも雰囲気でつかめるのよ」
皆にへえという顔で見られ、本人は恥ずかしそうに顔を赤らめ、もうそのことはいいという表情でうつむいて、
「姉さん、先を…」
「え?ああ。それでね、一日の仕事を終えて、迷路みたいなとこを通った先にあるねぐらに、戻ろうとしていたの」
ハンハリーリのあたりかな、と花京院は思った。
「疲れて、口もききたくない気分で、歩いてきて、びっくりして止まったわ。少し先に、男が立っていたの。金髪の、背がかなり高い…そうね、あなたくらいあったわ、あなたもでっかいわね」
目で呼ばれて、承太郎は苦々しい気分になった。それはそうだろう。
そいつが奴なら、背は俺と同じくらいの筈だ。じじいの祖父は、やはりこのくらいのデカさだったそうだからだ。
「驚いたのはね、そいつがやたらと背が高かったからでも、女みたいに綺麗な顔をしていたからでもないわ。そいつが立ってる場所を、あたしはずぅっと眺めながら歩いてきたからなの。あそこの壁にヒビが入ってるわ。ネズミが通れるくらいの大きさかしらって。意味はないわ、ただぼんやり考えてただけ。でも、いくらぼんやりしてたからって、人ひとりいるかいないか、気づかない訳はないわ。
そいつは気がついたらそこに居たの。本当なのよ」
君の気のせいだろう、そのことはもういいからと言われると思ったのか、やたら必死で強調する。そこは、彼女にとって信じてもらいたいポイントなのだろう。
それはどういうことなのだろうなと皆思ったが、これも、いくら考えてみても想像のたどりつくことではなさそうだし、
確かに、そうだったな。奴は、気づいたらそこに居た。
かつて自分も似たような邂逅をしたことのあるアヴドゥルがそう思った。
「…それで?」
「ええ。
あいつはにやにや笑って、あたしたちを見ていた。あたしたちを待ってたんだって思って身構えたわ。
怖がることはないって言われた。私は君たちが、人に言えないで隠している力のことを知っているって。私のためにそれを使ってくれないか?って。
なにを言ってるんだって、言い返そうとしても、ダメなの。なんだかだんだん、いい気持ちになってくるのよ、そいつの声を聞いていると。気がついたら、自分から近づいて行こうとしていたわ」
三人の顔に、恐怖が色を塗ってゆく。
優しい、心安らぐ声音で、静かに、警戒に満ちた胸の中を撫でてゆく。撫でられると、その心地良さに気が遠くなる。
相手の言う通りにしたい。してやりたい。してあげたい。
奴隷用のロープに、あるいは絞首刑の輪に、自らの首をくぐらせようとしてしまう。
あの時の、麻薬的な悦びと、その裏にある極限の恐怖を思い返すと、今でも夜中に飛び起きる。…
「あいつは本当に綺麗な顔で笑っていたわ」
私は君たちの悲願も知っている。お父上の仇を討ちたいのだろう?仇の居場所を、私は教えてあげられると思うのだが?
もはや、ぼんやりと相手を見つめて、男に近づいていってひれ伏そうとする気持ちと、かろうじて最後に残ったこいつは何者だという疑念との間で揺れることしかできない姉妹に向かって、その男は言った。
明日か…明後日。ギザのピラミッドの方から、五人の男がやってくる。中にジョースターという奴がいる。
じょーすたー…
呟いた姉妹に、そうだ、と微笑みかける。
そいつらを倒したら、君たちの仇の居場所を教えてあげよう。
君は、
男はアーニャに目をこらし、更に微笑み、
炎の力を持っているのだろう?そいつらの中にも、君のように火を生み出せる人間がいる。アヴドゥルというエジプト人だ。…
君の炎と、どちらが強いかな?
「その時に、よっぱらった与太者が何人か、横手の路地からふらふら出てきたの。あたしたちと、そいつを見比べて、金のある方にしようと思ったらしくて、そいつの方に近づいて行った。
そしたら、ミリアが力一杯あたしを引っ張って、逃げようと言ったわ」
「なんだか、とてつもなく嫌なものを、その人から感じたんです。綺麗な、本当に、綺麗だなって思う顔と優しい声なんですけど、なんだか」
これまで大人しく押し黙っていた妹が、震える声で思わずといった口調でまくしたてる。
「なんだか、これから捕らえて殺す動物に向かって、優しくおいでおいでって言ってるみたいな、感じがして」
項垂れて更に震えながら、
「あの、柄の悪い人たちを、私はひょっとすると犠牲にしたのかも知れません。あの後、あの人たちはどんな目に遭ったろうって、後から何回も思いました。あの場に残るべきだったかって。でも」
「いい、いいんだ」
ジョセフが強く否定してやりながら、手を伸ばして、ミリアのかぼそい肩をぽん、ぽんと叩いてやった。
「君のカンは確かに鋭いし、正確だ。もし、そのままその場に残って居たら。あるいは、奴に近づいていったら、今ごろはおそらく、そんなことを考えたということも忘れて」
顔が歪む。
「あのピラミッドの前で、君たちか我々のどちらかが死ぬまで、戦っていただろう」
「ええ?」
娘らが恐怖の叫びをあげた。
「いや、冗談ごとじゃないんだぜ。奴は人の精神を、ボンサイみたいに刈り込んじまうんだ。手前に都合のいい形にな。こいつが」
ポルナレフが自分の髪の生え際に、かすかに残る傷跡を指でごしごしとこすってみせ、
「多分、もうちっとのんびり奴の演説を聞いていたら、君らに向かってもふっとんで来ただろう、とんでもない花バサミを食らった痕だよ。そうなるともう、奴の命じるままだ」
「恥ずかしながら、僕もそれを植え付けられました。奴のために、見も知らない他人を襲って殺すのは、当然のことだと信じていましたね」
端整な顔の青年に静かに言い切られ、娘たちは改めて、じわじわと恐ろしさが募ってきたようだ。
「あなたたちはもう、あいつが何者なのか知ってるのね?何なのあいつ?」
「うん」
ジョセフは腕組みをし、
「そいつはおそらく(まあ、おそらくなどという必要はもはやないのだが)DIO、という男だ」
「ディ…オ」
美しい異国の娘らの赤いくちびるで、どこかの訛りのある響きを持たせて呟かれるその名前は、まろやかでやわらかく優しげで、人を幸せにしてくれる呪文のようだ。
そしてその見せ掛けの優しさが、奴の恐ろしさでもある。
「奴は…まあ、信じがたいプロフィールなので、言わないでおく。とにかく、奴の存在のために、わしの娘でありこいつの母である女が、死にかけている。故に我らは奴を倒そうとここまで来た。
あえて、奴が悪で我々が正義だとは言わん。ただ個人的な理由で、奴を倒そう…正確に言おう。殺そうと決意しているのじゃ」
「いいえ。人を操って殺し合いをさせようとする人が、いい人の筈がないわ」
アーニャは強く否定した。しながら、次第に、自分のしたことへの悔恨がつのってきたらしい。
「あたしは、その変なものを植え付けられた訳でもないのに、あいつの命令に従ったのよ。あいつの言葉に捕らえられて、奴隷になったの」
「姉さん」
妹はうろたえて叫んだが、姉は目をつぶって続けた。
「怖かったの。このままあいつに逃げられてしまうことが。あたしがヘタな踊りを踊って小銭を稼いでる間に、あいつはどんどん遠ざかって、いつかすっかり人の中に紛れ込んでしまうって。もうそうなったら決して見つけ出せない、早くしないと間に合わなくなるって…
だからって、言われるがままに無関係の人を襲うなんて、あたしは」
声が掠れてゆく。ミリアが懸命に前に出て、一同を見回しながら、叫んだ。
「姉は悪くないんです。ずっとずっと、辛いことや嫌なことから、私のことを庇ってきてくれたんです」
その必死な目の色を見て取って、男たちは労わるように頷いたり、微笑みかけたり、いいのだというような言葉を口にした。
「でも、でもね。一言だけ、弁解させてもらえれば、」
アーニャは顔をあげ、アヴドゥルの目を見て、
「あたしと同じ炎の力を持った人間がいるっていう言葉に、あたしは耳を疑い、それからずっとそのことを思っていたわ。本当なのかしらって。この世に、あたしみたいに…普通の人間が見えない火の花を生み出せる人間なんているのかしらって。
もし、居るのなら。会いたいと思った。本当に。それは本当なの」
「わかっている」
力強く請け合われて、アーニャの目が見開かれた。その、黒い大きな瞳に、
「その気持ちは。そして、君がどんなに嬉しいと思ったかは、ちゃんとわかる。
同じ、生まれついての。そして同じ、火のスタンド使いだからな?いい、炎だった。意志と力と、情熱に満ちていた」
アーニャの顔が上気し、それからぱぁと破顔し、
「ありがとう」
「ちぇっ。なんだよ。こいつばっかいい役回りじゃねえかよ」
ポルナレフがつまらなそうに口を尖らす。
「何をバカなやっかみをしとるんだ」
「だってよー。違う、違うってジョースターさん。そんなことじゃなくて、」
「うむ」
ジョセフはポルナレフを見てうなずいた。この場の誰もがそのことを考えているだろう。
一回咳をして、口を開く。
「君等は、父上の仇を探しているということを、そうは口にすまいな。たとえ、『これこれこういう男を知らないか』という話を千回しても、それが父親の仇だとは、おそらく一回も言うまい」
「そうね。『昔フラれて復讐したいのか』だの、下らない勘違いをしている方が、人間は隠さずに知っているとか知らないとか、言うものですもの」
「君らの力を、島を出てからこっち、人に知られてはいないじゃろうな?」
「勿論よ」
とんでもない、というように二人は首を振った。
「あたしたちが追われるような立場になったら、とてもとても仇を探すどころじゃなくなるわ」
「では、どうして奴は君らの素性を知ったのかな」
「…それは」
ポルナレフが身を乗り出して、
「そうだよ。奴はおそらく、キミたちの仇から、キミたちのことを聞いたんだ。そいつはお父さんの助手をしていたのなら、キミたちの力について知る機会はあっただろう。もしキミたちのスタンドが見えたのなら、そいつ自身もスタンド使いってことになるしな。
そいつから、スタンド能力を持った姉妹が自分を追っかけて来ているって情報を聞いて、DIOはそれを利用しようとしたんだ」
姉妹は顔を見合わせ、
「…やけに、きっぱり言い切るのね?」
「それはね。
俺はかつて、妹を殺されたんだ」
ミリアが小さく悲鳴を上げた。アーニャは眉をしかめ、ポルナレフを見つめた。
ポルナレフは一回、姉妹を見比べ、それからことさら、誰かの話をするみたいな口調で、
「早くに両親を亡くした俺は、ただ妹を大事に守ることが自分の使命だと思ってた。あの子が成長してきれいな娘になって、幸せな結婚をするまでは、絶対に俺が守ってやるって思っていたよ。死んだ両親に賭けて、誓った誓いだった。
でも妹は死んだ。殺された。惨たらしいやり方で。俺には何も出来なかった」
そのことを、口にすると、絶叫でも済まない。泣いて叫んで、それを百回繰り返しても、自分の中は悔恨で満ちる。仇を討った今でも、決して本当にはからっぽにはならない。
だから、ことさら声は平坦に、無表情になる。まるで何も感じていないように。そのことが、姉妹にはわかった。
「俺もすぐさま、妹の仇を探して旅に出たよ。キミたちと一緒だ。そのくそったれ野郎をブチ殺すまでは、決して自分の人生なんか始まらないと思っていたな」
姉妹は強くうなづいた。
その気持ちは、おそらくこの世で何番目かによくわかる、という顔をしている。
「次第に情報はなくなってゆく。焦っていたのもキミたちと同じだ。その中で俺もDIOに会った。
DIOは肉の芽(その、人に言うことをきかせる物騒なものだ)を俺に植えて、ジョースターたちを殺せと言った。俺もほいほい従ったよ。ジョースターさんたちはとにかく襲われてばっかりなんだ」
キミだけじゃないんだから、あまり気にすんなよ、とアーニャに向かってウィンクする。花京院が苦笑し、アーニャはきまり悪げに赤面した。
「その肉の芽って、簡単に抜けたんですか?」
妹が口を挟んだ。
「いや、抜けないどころか、どんどん頭の中を食い荒らして、結果的には死ぬらしいんだ」
「じゃあどうやって抜いたのよ」
「ああ。こいつがな」
承太郎の肩を叩いて、
「こいつのスタンドはすげー正確で緻密な動きと、相当強い力の両方を併せ持つんだ。そいつがほいほいっとな、抜いた。それで俺は正気に戻ったんだ」
娘らは感嘆の声を上げて、承太郎をまじまじと見つめた。しかし、その二つの視線へ、愛想のいいコメントを返す男ではない。
「何か言えって。せっかく誉めてやってんだから」
うっとおしい、と目が言っている。
「ねえ、仇はどうなったの?」
何よりそのことが問題だ、と言いたげな声に、ポルナレフは、ちょっと苦い顔になった。結局逃げられたのか、と姉妹が思った時、
「倒したよ」
「…そう」
では、なぜそんな顔をするのだろう。どこか痛いみたいな。
「こいつらの」
ポルナレフは、アヴドゥルと花京院のことを示して、相変わらず、晴れ晴れとはいかない顔で、
「お陰で、仇を討てたんだ」
二人は、ちょっと複雑な苦笑をして、ちらとポルナレフを見遣った。
妹の仇を討つのに、誰かの力を借りたことが恥ずかしいんだわ、とアーニャは思った。
たとえそれが仲間であっても、どこかしら不本意な気持ちが残っているに違いない。あたしだってそうだろう。あたしなら父の仇は一人で討つ。絶対に。
そこまで考えてから、頭の中のことなのにちょっと慌てて、もちろんミリアと一緒に、と付け加えた。
そんな扱いをされていることなど気づかない妹は、そうですかと柔らかに微笑んで、
「きっと妹さん、これでぐっすり眠れるようになりましたね」
「ありがとう」
ポルナレフは心を込めて感謝し、ちょっとその言葉を胸で味わってから、気持ちを切り替え、
「で、ここからが重要なんだけど、妹の仇はDIOの手下になっていたんだよ。DIOは俺のことを知り、近づいて、利用しようとしたのさ。
似てるだろ、キミ達の今回の状況に」
「ってことは、今度も、奴はDIOって男の手下になっているというの?」
「だと思うな。なあ?」
一同はめいめいうなずいて、同意を口にした。
アーニャの目が強く輝いた。
「そういうことなら、決まったわ。あたしたちもあなたたちに同行する。あなたたちはDIOを目指しているのでしょ?なら、奴にも近づいていくってことよね?」
「ちょっと待ってくれ。危険すぎる」
ジョセフはうろたえて手で相手を押し返そうとした。
「君達もうっすらと感じ取っただろうが、相手はとんでもない魔物なんだ。そいつに向かっていこうというのに、君達まで引き連れていくわけにはいかん」
だがそんな言葉でひるむ娘ではなかった。
「あたしたちもう、あいつに顔を知られてるのよ。チカラ…ええと、スタンドというのね。を持ってることだってバレてるし」
「だがな」
「ジョースターさん」
花京院が助け舟を出した。
「このひとたちが襲撃に失敗したと知ったら、DIOは再び彼女らに近づいて、今度こそ肉の芽を植えようとするかも知れません。せめて夜の間だけでも、一緒にいた方がいいと思います」
アヴドゥルも口を開く。
「もし、この娘らの仇と出会うことがあっても、我々には顔がわかりません」
ポルナレフが訴えた。
「可哀想じゃねーかよ。こんなに必死こいて仇討ちしようとしてるんだぜ。それにどうせついでじゃねーか。連れてってやろうぜ。な」
ジョセフは渋い顔になって考えこんでいたが、後ろを見ないで、
「承太郎。お前はどう思う」
フン、と一回肩を上げてから、
「DIOは、こいつらを心配する俺たちの気持ちを利用するかも知れねえな」
「どういうことじゃ」
「決まってるだろう。こいつらをさらって、人質にするかも知れないと言ってるんだ」
ジョセフはうーと唸ったが、やがてふと息をついて、
「しょうがない。わかった。君らの同行を許そう」
姉妹は喜びの声をあげ、アーニャは身を乗り出してジョセフに抱きつくと、頬にキスをした。おっとっと、などと言いながらしっかり抱きとめてキスを受けている。手が慣れている、と皆思った。
[UP:2002/7/27]
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