「なんだ、これ」
と、しか言い様のない部屋に、三人はたどりついた。大きな円筒形の部屋の真ん中に、見上げるような大きさのこれまた円筒が浮かんでいて、ゆっくりゆっくり回転している。それに近づくにつれ、空気が嫌な感じに歪むのを感じる。
「…きっと、これが、この空間を作り出しているんだな」
呟いたアシュレーに、リルカが、
「きっとそう。ミレニアムパズルの中で、これと似た動き方してる魔結晶を、見たことある」
「よし、じゃあこれをなんとかしよう。…と言っても、」
一同が立っているフロアから、その不思議な機械の間には、深淵とも言える隙間が空いていて、とても飛び越せる距離ではない。たとえ飛び越せたとしても、あの石に取り付いて、それで何をどうすればいいのかわからない。
「あれに銃弾打ち込んでみよう、とか思ってるでしょ」
後ろから図星をさされて、ぎくりとする。引きつった笑顔を向けると、やっぱりね、と呟いてから、
「無駄だよ。石を止めるのは、あれ」
リルカの傘が順に指し示したのは、等間隔に宙に浮いて、淡い光を明滅させている立方体だった。
「あれを全部、本体にぶつけると、この空間を作り出す結界も消えるよ」
「そ、そうなのか?」
「多分ね」
「…ミレニアム、パズルの中で見たんですか?」
ティムの方を向いて、うなずく。
「あの時は三つの呼応する柱とキューブをぶつけることで、反応してた」
「どうやって?」
今度はアシュレーの方へ、
「私はあの時は、炎のロッドを使って、魔法力をぶつけた。物理的な力は効かないよ」
「そうか…じゃあ、やってみてくれるか」
「んー」
何故か、浮かない声を出して、それでもリルカはクレストグラフをしまい、ロッドを構えた。
ぎゅっと手に力が加わって、ロッドの先端が赤く輝いた。と、その光が飛んで、立方体に当たった。思わず男二人は首をすくめたが、立方体にも機械にも変化はなかった。
「あれっ?」
リルカは軽く肩をすくめた。予想していたことだったらしい。
「やっぱりなー。あの時はね、火のエネルギーを持った魔結晶だったの。だから私の炎のロッドで反応したんだ。あれはほら、緑色でしょ…これじゃ駄目なんだよ」
いわれて見ると確かに、四つ浮かんだ石は若草色の光を放っている。
「あれと相性のいいロッドは持ってないのか?」
「私ロッド屋じゃないもん。あと持ってるのは氷の石だけだから、多分駄目だな」
濃い空色の石を先端にはめかえて、念のため振るってみた。やはり反応しない。
「弱ったな…緑色って何の力だろう。いや、わかったところで仕方ないけど」
「他の部屋、行ってみようよ。この空間を緑色の石の力でつくったんなら、きっと何か手がかりがあるから」
「そうだな」
確信ありげにてきぱきと言うリルカに、情けなくうなずいて、
「じゃあ、行ってみるか」
呟いた。何だか自分がえらく頼りないリーダーに思える。

いくつかの小部屋を越えた、小さな空間の隅に、緑に光る壁があった。いや、壁にくっついた石が、光を放っている。
「何だろう、あの石」
言った直後、リルカは一気に駆け寄っていた。
「これだよ!緑の光の石。これだけ大きな空間を造ったんだもん、絶対どこかに結晶化してると思ったんだ」
確かに、さっきの立方体と同じ色をしている。
「待て、僕が取るから」
素手で懸命に石をはがそうとしているリルカを下がらせて、銃剣の台尻でごつごつやると、すぐに取れて転がった。
簡単に形を整え、ロッドの台座にはめ込んだ。
「よーし、これできっとOK!やるよ」
意気込んで、リルカはロッドを掲げ持った。二人はさっきのようにちょっと首をすくめたが、意に反して今度は最初から何も起こらない。
「…リルカ?」
「やだ。出ない。なんで!?これなんだよ絶対に!」
「わかってる。落ち着け」
「やだもう!どうしてよ。なんで出ないの」
リルカはかなり取り乱している。ここまで正解で来たのに、最後でいきなりバツを出されて、どうしていいかわからない。滅多やたらにぶんぶんとロッドを振っているが、石は沈黙している。ぎゅっと一文字にひっぱった口元が、段々への字になってきた。
「落ち着けったら。リルカのせいじゃない。きっとあれだ、そのう…相性って奴だよ」
「ロッドとの相性なんて聞いたことないよ」
まずい、かなりへこんでる、と思う。慌てて相手の手からロッドをひったくって、
「よし、僕がやってみる。それ!」
勿論、何が出る訳もない。白々とした空気が流れただけだ。わはは、とアシュレーは空虚に笑って、
「次はティムの番だ。ほら」
「は、はい」
大人しくロッドを受け取る。いやです、などと言える筈もない。僕にそんなことできる訳がないのに、と思いながらも、ティムはぎゅっと目をつぶって、律義に、さっきのリルカの様子をイメージした。
僕の魔法力をこのロッドで変換して、あの立方体にぶつける。
僕の魔法力を緑色の光に変えて…
「えい!」
声が裏返った。アシュレーが笑ってつっこもうとした、その瞬間、ひゅうっという耳を裂く音と共に、ロッドの先から鮮やかな碧色の光が迸って、遥か上方の立方体を直撃した。音は室内に幾度かこだまを打って、やがて消えたが、立方体はにわかに己自身から光を放ち出し、
「動いた」
アシュレーが呟く。まるで円筒に引き寄せられるように、立方体は空間を滑り、円筒に接触した。今度はこぉーん、という高く澄んだ音が響き渡った。
円筒の放つ光の色が微妙に変わっている。思わず、アシュレーはうなずいた。
「なるほどな…これが正解なのか」
本人はぽかーんとして、自分がやらかしたことを眺めている。口が開きっぱなしだし、まだ両手でロッドの柄を力一杯握っている。
「………」
「どうした、ティム。他のやつも頼む」
「え、えと」
一回喉を鳴らしてから、再び目をつぶり、先刻と同じようにイメージし、
「やあ!」
一瞬、今度は出ないんじゃないかと思った。さっきのは何かの間違いか、何かのはずみで出ただけで。しかし、それは杞憂に終わった。ロッドの先端の石は、誇らしげに光を膨らませ、さっき打ったやつの隣りの石を、更に高い音を立てて打った。
二個目の立方体が円筒を打つと、円筒は更に色を変え、回転も心なしかゆっくりになってきた。
「やった。その調子で、全部やってくれ。頼むよ」
「はい」
アシュレーの声は弾んだ調子で、ティムの声は遠慮がちにか細く、発せられた。
その間に流れるあまりの落差に、アシュレーは笑いながら、一体どうした?と尋ねかけ、それから、自分がひどく無神経だったことに、ようやく気がついた。
自分の足元を見つめている。何が見えるのだろう。
魔宝石やクレストグラフに関して、自分の意のままにならないなどということがある筈がない、…とまで思っていたわけではない。勿論だ。その道にかけては当代随一の姉を持つ妹は、自分には不可能なことが姉によって可能となった事象を、いくらでも見て来た。しかし、だからこそ、ARMSに入ってからは、自分こそが魔法にかけて一番のエキスパートであろうと思い、努力してきたのだ。どんな敵が来たって平気だ、アシュレーや(思い出すと泣くから省略)の武器が効かない相手だって、私の魔法で一発だ。魔法では誰にも負けない。いや、別に勝ち負けの問題じゃないが、
そうだろうか。姉の代わりにARMSに入って、初めて自分が魔法で一番になれた。魔法にかけては誰もが私が一番だと認めてくれている状況が、嬉しくて心地よくてうっとりしていたのじゃないか?
だから、私が使えない緑のロッドを、ティムが使えたことが、こんなにもショックで…
目をぱちぱちさせる。こんなにもショックだが、それで拗ねて口を尖らせていると思われたくはない。無神経なアシュレーに気遣うようなセリフなんか言われたくない。
わざわざ口を尖らせ、それをぎゅっと横に引っ張って、ばっと顔を上げる。困った顔のアシュレーと正面から向き合った。相手がぎょっとし、一歩引いたのと、その向こうで視線半分こちらへ向けていたティムが、反射的に視線をこちらへ向け、慌ててうつむいたのとが見えた。全く、この男どもは。中途半端に気遣うんなら、きっちり言うこと言うか、もっと上手にサポートしてくれっていうのだ。本当にその辺に関してはとんちき野郎ばっかりだ。
こんな時、…がいてくれたらな。もっと簡単に、私の気持ちを察してくれて、
さっき、思い出すと泣くから省略した名前が、もう一度出番を欲しがったが、リルカは、今度も黙殺した。いやだよ。今泣いたら、ロッドが使えなくて泣いたと思われるじゃない。そんなマヌケは絶対お断りだ。泣く前に、言うんだ。言っちゃえ。
ちょっと高い段差から、飛び降りる時みたいに、自分で自分の背を押した。
「ごめん。ロッド使う特権、ティムに取られて、ちょっとへこんじゃった」
思い切って言ったら、すっと胸が軽くなった。言えた、と思ったら嬉しかった。きっと、背の高いあのひとが背中を押してくれたんだな、と最後にちらと思って、あのひとのことは胸に収めた。
アシュレーが正直にほっとした笑顔になった。
「だから言ったろ、相性だって。赤と青が使えるのに、緑もなんて欲張りだよ」
「ちぇっ。そういうもんかな。まあいいや、これから緑のがあったら、頼むからね」
ティムも、リルカの言葉を受けて、頬を染め、力一杯うなずいた。
「まだ慣れないですけど、頑張ります」
「ん、よろしい」
腕組みして、えらそうに言う。男二人がまた笑った。
真面目に精一杯力んでティムがロッドを振り、最後の一個が反応して、宙を滑った。高く澄んだ音が、今までになく長くこだまをひいて、消えた。と、浮かんでいた円筒が、放り上げられて放物線の頂点に達したのを思い出した、というようにゆっくり、次第に速度をはやめて落下した。そのまま、三人の足元に広がる虚無の空間に吸い込まれた。
「…消えたのか?」
「そう、だね。早いとこ列車に戻ろうよ」
「そうですね」
ティムが肩で息をついて、ロッドをリルカの手に返した。受け取って、くるりと一回転させ、上衣の内側にしまいながら、あっと思った。
「アシュレー!」
リルカが悲鳴を上げるより早く、アシュレーも気付いていた。
三人が戻ろうとしている門の前に、ひとりの影があった。今まで、二度しか会っていないのだが、一目で『あの渡り鳥だ』と解らせるものが、その影にはあった。
漆黒の髪、ムチのようにしなやかな肢体をぼろぼろのマントに包み、切れ長の目が放つ眼光は氷で出来た短刀のように鋭く、冷たい。かたく引き締められた唇が、温かく微笑んだことなどかつてあったのか、疑問だ。
「時間稼ぎでよいと言われたが…こちらには、そのつもりはないのでな」
ジェネレイターが立てたのよりもっと硬い声が、三人の耳を打った。ゆっくりと解いた手は、ひどく使い込んだ皮の手袋に包まれていたが、その下にあるのが、もはや温度を持たない飛び道具と化した手であることを思った時、思わず口を開いていた、
「カノン!」
相手の名を叫んだアシュレーの声が、実にいろいろな感情を含んでいるのを、リルカも、ティムも、そして今アシュレーに向き直った渡り鳥の女も、感じ取った。
しかし、そのことについては何も触れず、女は真っ直ぐにアシュレーを見据え、静かと言える口調で、
「何だ?」
「もう、やめてくれ。僕たちが戦うのは間違ってる」
相手の目がきつくなったのを見て取り、アシュレーは一回首を振って、
「少なくとも、あなたがオデッサの手先として僕たちの前に立ちはだかるのは、絶対におかしい。あいつらのしている事がどういうことか、理解していない訳ではないだろう」
「しているさ。だがあたしの雇い主が気違い集団だってことと、あたしがお前を狩らなくてはならないことには、何の関係もない」
「何よ、その勝手な理屈は!」
思わず怒鳴ったリルカだったが、女は一瞥を投げただけで、アシュレーに向き、
「銃を取れ。お前の中の災厄、このあたしが狩る。それが宿命だ」
「宿命?冗談じゃない、僕がロードブレイザーを内側に持たなければならなくなったのはオデッサのせいだ!宿命なんかにされてたまるか!」
アシュレーが激情と怒りにひきつった声を上げた。いつ内側から引き裂かれるかもわからない恐怖と、いつまで抑えていられるかわからない不安の中で、銃剣を取らなければならない苦しみは、この渡り鳥にはわからないのだろう。ただ闇雲に僕を悪と決め付け、自分を正義と定め、突っ込んでくる英雄気取り―――
アシュレーの目に映る怒りの炎の照り返しを受け、女はいっとき口をつぐみ、その炎を見つめた。そして、
何も見なかったように変化のない口調で、
「お前がどんな風にいざこざに巻き込まれたか、その行程は、あたしにはどうでもいいことなんだよ。気の毒だな、と言って欲しければ言ってやろう。しかし、その後であたしはお前を、お前の中の黒い影を狩る。それが、そのことが、宿命だと言ってるんだ」
す、と目を細める。いつ抜いたのかわからない速度で、相手は両手持ちの剣を抜き放ち、構えながら、
「あたしは、剣の聖女の血を引く者。お前の中にいる炎の災厄を滅ぼすことは、あたしにとっては至極当然の宿命さ」
「なんだって」
三人は棒立ちになった。
剣の大聖堂の、ステンドグラスの一番大きくて一番綺麗な正面の、青い長い髪をなびかせた女性の姿を、リルカは思い浮かべていた。あれも後世の想像に過ぎないが、あのガラスの嵌め絵以外にはそのひとについて何も具体的には伝わっていないのだから、仕方がない。でもきっとこんなふうな、清楚できりっとした美しい人だったのだろう、と勝手に思っていたが、
現在に、そのひとの血筋が残っている、という方向には、考えたことがなかった…
しかし、有り得ない話ではない、炎の災厄は現実にあったことで、剣は今も残り、それを使った人が実在したのは確かなのだから。
「カノンさんが」
ティムの細い呟きが、二人の耳に入った。
「剣の聖女の末裔」
女はうなづいた。特に満足げではなかった。
「納得したようだな。では参る」
「ちょっと待て」
しかし、既に相手は足場を蹴っていた。
とっさに引き上げた銃剣で相手の火の出るような一撃を受けたが、受けきれず後方へ吹っ飛んだ。
「アシュレーさん」
脅えた声を上げる余裕はなかった。振り向きざま女が攻撃を放った。銀色の光沢を放つ刃を剥き出しにした彼女の左手が、うなりを上げてティムを打ち倒した。
「ヒール!」
リルカが絶叫した。ワイヤーで操られる、機械仕掛けの左手が今度は彼女に襲い掛かる。瞬時に魔法力を極限まで上げ、
「スパーク!」
白い電流が腕とリルカの両方を左右に引き分けた。床に転がりながら慌てて立ち上がり、もう一度叫んだ。
「ヴォルテック!」
体勢を整えようとした女を風がなぎ倒した。
「ティム、しっかりして。早く、誰でもいいから呼んで」
「は、はい」
「させるか」
女はひととびでティムの間近まで迫った。
「こっちもだ」
割って入ったアシュレーの銃剣が女の剣を止め、続いて力一杯薙ぎ払う。避けようとしたが避けきれず、腹に入って飛ばされた。が、すぐに踏み止まって、攻撃に転じる、
構えた左腕の刃が、長く鋭く尖った。と、翻って、思いも寄らない方向からアシュレーを襲った。
切り裂かれた傷から血が吹き出した。
「ア…、ヒィール!」
名を叫びかけたのを堪え、回復魔法を叫んだが、追いつかない。二打、三打と入るのを避けきれない。攻撃魔法でくいとめようかと思ったが、アシュレーの出血の激しさはその余裕を持たせない。
足がもつれ、倒れる。頭上に刃が迫った。
「きゃああ!」
「アシュレーさん!」
とっさに、二人の子供は、女とアシュレーの間に飛び込んだ。
「やめろ!!」
絶叫した瞬間、アシュレーの中の引き金が引かれた。圧倒的な力が、内側から、今掛け金をはずされた出入口をふっとばして、吹き出してくる。喉も胸も中からの奔流につぶされて、息もできない。もがく、自分の手が、いつしか暗黒の闇の色に染まっているのを、認識した時、アシュレーのその手は相手の刃を、がっちりと受け止めていた。
「出たな…ロードブレイザー」
女の声は興奮でつぶれていた。
「アシュレー…」
二人はアシュレーの後ろで、呆然と見上げている。初めて見た訳では勿論ないが、
本当に、アシュレーの中に、この黒い影が存在しているのだ、嘘ではないし、出ていってしまった訳でもなく、今も厳然と存在しているのだ、
ということを、改めて心臓に彫り込まれるようにして、思い知らされていた。
「哀れだな。もはや今のお前は人間ではない、暗黒の疫病神、地上の全てを灰塵に帰す魔物だ。お前を殺してやることだけが、」
ぐっと、刃に力が込められた。
「お前に対する慈悲だ」
しかし、刃は捉えられたまま動かなかった。女の顔が歪む。
『勝手なことばかり言うな』
アシュレーの声でない者の声で、アシュレーの意思が口を開く。
『僕にはまだ、しなければならないことがあるんだ。そのためには暗黒の力だって使わせてもらうさ。ここでおめおめ祓われている暇は、ない』
刃を掴んでいない方の腕がうなりを上げる。女が今までにない程の力で吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられた。
「なんの…これしき、」
剣を構え突っ込んでくる。片腕で払い、背に刷いた剣を引き抜く。次の瞬間には女の剣が真っ二つに折れ、はるか向こうの床まで飛んだ。
「うぁっ」
三度目に女が壁にぶち当たった時、足元が不審な振動を生んでいることに、各々が気付いた。
「…この世界を構築するジェネレイターが失われたからか。もう長くは持たないようだ」
ふらつく足を踏みしめ、女は立ち上がった。相手の戦闘の意識が失われるのと呼応するように、ロードブレイザーの暗黒の体を光が包み、闇色を拭い去って消えた。後には、ひどく消耗した表情のアシュレーが残された。リルカが叫んだ。
「なんて言ったの?今」
「この空間はもうすぐ消える。その前に脱出しないと、永遠に次元の狭間を漂う幽霊の仲間入りだ。さっさと逃げることだな、時間がないぞ」
マントをひるがえした相手に、疲れのあまりひび割れた声を投げる。
「何故そんなことを教える?さっきまで…殺そうとしていた相手に」
マントの背はこちらを向かなかった。くぐもった、硬い声が、ややあって、
「こんな形で、お前に去られるのは願い下げだ。お前はあたしが祓う。それであってこそのロードブレイザーと…剣の聖女だろう」
髪とマントが風を起こし、女は門の向こうに消えた。
銃剣にすがるようにして呆然と見送っているアシュレーに、リルカとティムが同時に駆け寄って、
「あのひとのいうこと本当だよ。早くしないとこの空間の消滅に巻き込まれるよ」
「大丈夫ですか?しっかりして下さい、脱出しましょう」
がくん、とひざが崩れそうになるのを堪えて、
「わかってる。御免、二人とも。行こう」
左右から必死でアシュレーを支える。三人は前のフロアへ出て、声を飲んだ。
「スィッチで上下するフロア…どうしよう、順番なんか覚えてない」
「落ち着け。大丈夫だ、あそこの床が上がった時に右のスィッチを踏めばいいんだ」
「ちがうよ、左だよ」
「え、壁のスイッチじゃないですか?」
「そ…そうか」
こんな時だというのに、リルカは笑ってしまった。どうしようもないね…私たちって。こんなんで、ここから出られるのかな。ね、ブ…
息を吸い込んで、ぐっと唇をかんだが、鼻の奥がつんとして、涙がどうしても浮かんでくる。慌ててこすって、わざとらしく咳をした。
「この後はどうだっけ。こんなの覚えきれる訳がないんだよ」
ぼやいた時、
次を右だ。次も右。あとは真っ直ぐだ。曲がるな、アシュレー。
不意に、低く力強い男の声が耳に蘇って、アシュレーの意思と無関係に涙が出てきそうになった。
「わかった!次、こっちです!この壁のスィッチです!」
叫んで、必死で伸び上がるが、スイッチは高くて届かない。振り向くとアシュレーが膝を突き、リルカが慌てて背中を叩いている。なんとかスイッチを押そうとジャンプする。何度目かのジャンプで手が届いた。やったと思った瞬間、誰かの手が、自分を上へ上げてくれたような気がした。それから、床に降りた自分の頭を、ぽんと抑えたような。
ごごご、と床が動いていく。目の前に出口がせり上がってくるのを見つめながら、振り向きたいと思った。
振り向いてあのひとがいてくれたら、僕はどんなに嬉しいだろう。
それから、やめよう、と思った。ちょっと高い位置のスイッチが押せたくらいで、あのひとが蘇って誉めてくれるとでもいうのか?あのひとに誉めてもらいたいのなら、僕は、
あのひとの代わりになれるくらい、戦えるようにならなきゃ駄目だ。
「出口です!」
涙で震えそうになる声を押さえて叫ぶと、アシュレーを支えるために戻っていった。


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