ふらつく足をなんとか前に出して、三人は懸命に走り続けた。一度、リルカはちらと振り返ったが、床をつくっているキューブがどんどんほどけて、宙に消えてゆくのが見え、悲鳴を上げそうになって堪えた。二人には言わない方がいい。ことにティムには。座り込んじゃったりしたら困る。
長い一本道の向こうに、黒光りする列車が浮かんでいる。
「田伯光だ。あと一息だ、頑張れ」
「うん」
速度を上げたリルカがタラップに足をかけ、飛び乗った。すぐ振り返って手を伸ばす。アシュレーが、左にいたティムの体をかかえて突き出す。手をつかんで引っ張り、縄を手繰る要領でアシュレーの腕も掴んで引っ張った。
「皆さん!」
ノエル王子が叫ぶ。アシュレーが怒鳴り返した。
「全速でここを脱出して下さい!急いで!」
「はい!」
列車は身を縮めるようにして、亜空間を疾走した。
窓に飛びつき、後ろを見て、リルカが叫んだ。
「引きずり込まれそうだよ!もっと早く走ってよ!」
暗黒の中に、虹色の空間が、ビニールを絞ったように収束してゆく。その崩壊が、ほとんど列車の半分まで追いついてきているのだった。
「これ以上速度は上げられません」
「間に合わないよ!」
ティムはものも言わず、灰色のくちびるを震わせている。
ノエルは青ざめた顔で何か考えていたが、すぐに、
「後部車両は貨物だったな。切り離せ、その分速度が出る」
「王子、それはいけません」
侍従が悲鳴のような声を上げた。
「今現在、どんな問題があるというのだ?切り離せ!命令だ」
「し、しかし」
「侍従長。いけないという理由は何だ。何か僕の知らないことがあるのか?」
王子の言葉に、侍従はびくんと反り返り、一回だけ口を開け閉めしてから、
「後部車両切り離します」
うめくように唱えて、レバーを倒した。がくんというショックの後、列車が速度を上げるのがはっきり体に伝わってきた。
「やった!逃げられそう」
後ろを見続けているリルカが拳をつくって、叫んだ。別の窓から、リルカとは逆の進行方向を見ていたアシュレーが続いて、
「トンネルを抜けるぞ!」
長い長い数秒の後、すさまじい爆音が全員の耳に飛び込んで来た。列車自身が疾走する音だった。同時に、行く手遥かにギルドグラード側のプラットホームが見えて来た。
「抜けた…助かった」
全員がへたへたと座り込む。アシュレーは少しだけうつむいていたが、すぐに顔を上げてノエルを見た。まだ13歳の王子は、うっすらと汗をにじませた額を純白のハンカチで押さえていたが、アシュレーの視線に気付いてそっちを見ると、にっこりと笑い、
「ARMSのお陰で命拾いしました。心から御礼を言います」
「いえ…何はともあれ、全員無事でよかった」
どたんと音がした。ティムが座席から落ちた音だった。真っ赤になって、大慌てで座席に戻ろうともがく。
「大丈夫か、ティム」
「すみません。ほっとしたらなんだか力が抜けて」
「山脈の向こうは、晴れてたんだね」
窓枠にもたれて、リルカが呟いた。
アシュレーが覗き込むと、ホームの長いのぼり階段の上に、ほんの僅かのぞく空は、まぶしいばかりの青色をしていた。

「うわー」
ステーションを出て、東方にそびえるギルドグラードを見た時、三人は同様の声を上げた。タウンメリアとも、シエルジェとも、バスカーとも、似通ったところのない景観だったが、街に入ってみて、その感はいよいよ強くなった。
縦横無尽にはりめぐらされたパイプやコード、ワイヤーの束、あちこちにある変電盤やトランスミッター。おかしな科学者の自室ならともかく、ここは街の中なのだ。とは言え、その街を行き来する人々も、機械の部品や何に使うのかわからない器具を抱えて忙しそうにしている。類は場所を選ぶのか、場が人をつくるのか。
「こちらです」
ノエルに促され、おっかなびっくりついていく。ある大きな壁の前を通る時、子供二人が声を上げた。
「おおきい」
「これ、化石なの?ノエル王子」
「そうです。古代の龍の化石です。最古の地層から10年以上前に掘り出されました」
埋まっている石と一体化しているような、見上げんばかりの大きさの、爬虫類のような姿が、ものいわず佇んでいる。
「…この龍から、すごい威力のいろんな兵器を、」
「リルカ」
アシュレーがやんわりと制した。もともと大きくはなかったリルカの声は王子の耳には入らなかったらしく、聞きとがめられることはなかった。リルカはうん、と口の中でつぶやいて、もう一度龍を見上げた。
そんなことに使われることを、この龍は喜んでいるのかなあ。
そう、尋ねたら、なんて答えるのかな、
…ギルドグラードどころじゃない国で戦ってた、あのひとは。
アシュレーにそう聞いてやりたくなった。しかし、単なる自分の意地悪だということはわかっていたから、勿論やめた。

青筋がぴきぴきと繋がり、震えている。
しかし、いつ見てもこの人は怒っている。短気とかいうレベルじゃない。だって短気はすぐに怒り出す人のことでしょ。年がら年中怒っているんじゃ、「怒り出す」ことなんてできないもの…
へ理屈を胸の中でこねてから、ちょっと口を尖らせた。それがきっかけという訳でもないのだろうが、
「とんでもないことをしてくれたな、ARMS!」
ギルドグラード王は怒鳴り出した。
ティムはちょっとびびっていて、腰が引け気味だ。アシュレーは別段慌てることもなく、言うことは全部言わせようというのか黙っている。なんか、このひとに怒鳴られても、悪いことしちゃったって気がしない。もちろん悪いことなんかしてないけど。でもたとえしてても、多分悪かったって気持ちがどこかに行っちゃうだろう。始終こんな調子じゃ。ノエル君大変だろうな…
リルカは例によって一人、そこまで考えてから、とがらせた口を元に戻した。
「お待ち下さい父上」
そのノエルが、落ち着き払った、しかし強い口調で遮った。
「ARMSの方々は私を含め、ギルドグラードの人間全員を助けて下さいました。とんでもないこととは一体なんです」
「貨物列車をくれてやったではないか!オデッサに!」
「かもつ…」
ノエルの眉がひそめられる。
「あれを切り離さなければ、列車がまるごと呑み込まれていました。そうすればよかったとおっしゃるおつもりで?」
「そんなことは言っておらん!」
「父上、少々奇妙ですね」
王の絶叫の合間に、王子のとおる声が楔のように打ち込まれる。さすがだなあ、ノエル君。こういう人が父親で王様で…それであんなに大人びてるんだろうか。父上や母上に甘えたい、なんては思ったことないのかな。そういやギルドグラード王妃さまって話にのぼらないけど、やっぱ御亡くなりになってるのかな。
のほほんとしたリルカの思索とはうらはらに、王子の表情は青ざめ緊迫してゆく。
「ARMSの任務は私の護衛だった筈。それをきちんとしおおせた方々に対して、『貨客を失った』ことで責めるとは?そういえば侍従の態度にも不審な点がありましたが…」
今度は、王は怒鳴り返さなかった。
王子と同じくらいに青ざめ、腕を震わせている。静かに、王子が尋ねた。
「父上、もしや私は囮ですか?」
「王子」
アシュレーがぎょっとして思わず叫んだ。この子は…本当に13歳だろうか?
「私を守る、という名目で、本当は貨物列車を守らせるおつもりでしたか」
「ノエル、わしは」
初めて王がうろたえた声を出したが、リルカは笑う気にはならなかった。部屋に充満する空気の緊迫度は、ヤバイどころじゃなさそうだ。
「貨物列車には何があったのですか」
「…」
「お答えになって下さい。事態はこうしている間にも悪化してゆくのです」
王子の、静かで苛烈な叱責に、ついに王はうなだれ、もそもそと、
「…グラウスヴァインだ…」
「なんですって」
王子が叫んだ。その7文字の響きが何を意味するのか、三人には全くわからなかったが、この聡明な王子が悲鳴まじりの声を上げるのを聞いただけで、もう充分だという気持ちになった。それでも、こういう場合の常として、アシュレーは口を開いた。
「グラウス、ヴァインとは一体なんです?」
「前世紀の失われた超兵器のひとつです。イスカリオテ条約で使用禁止にされた兵器にも名前が連なっています。父上、あなたは」
「戦争とは力の綱引きなのだ。こちらにこれだけの手がある、と見せつける前に綱を引かれては元も子もない」
「そういう考えの元に、塩に飲まれた国を、私は」
「言うな!同じことをシルヴァラントの女頭領にも言われた。胸くそ悪い」
言い捨てたが、言葉に力はなかった。
王子はアシュレーに向き直った。
「こういうことでしたら、全面的に非はこちらにあります。あなたがたには謝罪を述べなければならない」 「そんなことを言ってる場合じゃない。早くオデッサからその兵器を奪い返さないと」
「ねえ、それをもし使われたらどんなことになるの?」
リルカが小声で尋ねた。
王子は青ざめた顔で数秒黙っていたが、意を決して口を開いた。
「まず、周囲数百キロが地上から蒸発します。その後長い長い間、その場所には足を踏み入れることも出来ません。無防備に爆心地に近づけば、瞬く間に死にます。草も生えないし、上空を飛ぶ鳥も落ちます。まさに死の大地と化すのです」
「いやだ…」
ぞっとして呟き、思わずアシュレーの袖を掴んでいた。
その時、
「使ったら最後、地上がそんなふうになってしまうんなら、オデッサだって使えないんじゃないですか?」 ティムがおずおずと言った。一同は、ん、という顔になった。

「これを何と呼ぶか知っておるか、カイーナ」
「グラウスヴァインでございますか?」
ヴィンスフェルトは鷹揚に笑って、
「そうとも言うな。だがそれはこいつにつけられた、ペットとしての名だ」
「カイーナ、みたいなもんでしょう」
皮肉げなせせら笑いが下の方から聞こえた。続いて、いいからいらねぇこと言うんじゃねえよ人殺しの大将、と中年の男の呆れ声がした。
「ついね。口を挟んでしまうんだ。昔の僕はこれでも無口な方だったんだが…ここにきてからは毎日楽しいことばかりなんでね。陽気な性格になったよ」
「よく言うぜ」
下のやりとりを無視して、続ける。
「これはな、反応を励起させることで膨大な熱エネルギーを生み出す、という固有理論を応用した超兵器だ。
正式名称は『核』という。物理魔道、と言われる分野の最先端の技術を使って造られたものらしい」
「魔法や、魔物を召喚するのとは全く逆の学問ですね」
「そうだ。今はもう失われて久しい」
「『核』ですか…禍禍しい程の力を秘めた兵器…」
「いったん使っちまえば、地上が干上がっちまうって代物でしょ。炎の災厄にも匹敵するくらいの威力だとか」
さっきの中年男の声が尋ねてくる。
「そのようだ。無論、使った者がいないのだから、厳密には言い切ることは出来ないが」
「でも、こいつの親類の」
と言った後、こんこんと音がした。男が『核』を叩いたらしい。
「おいおい、やめてくれよ。無駄話の最中盗んで来た爆弾が破裂してお陀仏なんて、笑い話にしかならない」
そうは言いながら、声は笑っていた。
「ちょいと小突いたくらいじゃ爆発しねぇよ。威力がでかいモノ程鈍感に出来てるもんなんだ。お前の鉄砲とは格が違う…んな話してんじゃねえ。こいつの親類の、エンゼルハイロゥって野郎がイッちまった名残なら、この星に住んでる奴誰でも知ってるぜ。あれみたいなもんでしょう」
数秒、ヴィンスフェルトは応えなかった。
息をついたような、笑いかけてやめたような音を立ててから、
「威力としては、同程度か、あれ以上だな」
「はんはん。大陸ひとつ塩漬けの樽にするのは、いつでも出来るって訳だ」
「『核』の真の価値は、実際の威力ではない」
それまで、何も言わずにパネルの操作をしていた人間が、感情のない声で言った。
「ん」
中年男の声が続いて入ったが、別に意味を問うものではなかった。わざわざ説明を買って出た、という訳ではないのだろうが、ヴィンスフェルトがすぐに続けて、
「そうだ。『持っている者に持っていない者が従う』以外の道がない、という場を作り出す。それこそがこの玩具の本当の力だ」
「実際には使えないのに、ですか」
カイーナの声が硬いのは、ヴィンスフェルトがあの女の言葉を捕捉強化したからだろう。実際わかりやすい奴だ、と中年男とジュデッカは思った。
「そう、だな。使えば、我らが支配すべき土地が蒸発する…武器としての側面は失われていると言ってもいいだろう。しかし、それでも、我々に従う他、奴等には取る道がない。『万一使われたら』という過程の前には、どんな強硬論も子供の駄々と同じだ」
ヴィンスフェルトは薄く笑ってそう言うと、さりげなくカイーナの肩に手を置いた。
「この不吉な黒い龍と、ヘイムダル・ガッツォーがあれば、全てを私の配下に敷くことも可能だ。それまで、働いてもらうぞ、カイーナ」
「勿論でございます、ヴィンスフェルト様」
嬉々としてはずんだ声を上げる。やれやれ、と中年男は頭を掻き、その手でもう一度『核』を叩いた。

「そう…ですね。…まさか使うまい、とは言っても、オデッサが僕らと同じ常識で動き続けるかどうかなんて、わかりませんよね」
自分で言った言葉をしおれながら撤回する。
「そうだ。現に、後先考えずクアトリーの大渓谷から北を真っ白にしてしまった王がいたのは、そんなに昔のことじゃないし」
「何にしても、オデッサを追っかけないといけない理由がひとつ増えたってことだよ」
ギルドグラード王が青筋を立てて何か言いかけたが、結局止めた。あてつけかとでも言おうとしたらしいが、今は分が悪い。
「お願いします、ARMSの皆さん」
ノエルが深々と頭を下げた。
「わかっています。これが僕らの仕事ですから…アーヴィングに報告と、今後の相談をしなければいけないけど、この街では電波が届かないだろうな。外に出てから」
「待て」
ギルドグラード王に呼び止められる。三人は向き直った。急いでるんだけどなあ、誰かさんのせいで余計に。それにしても、今度は何の難癖をつける気だろう。リルカは抑えても片頬が歪むのを感じた。だが、
「この事態を引き起こしたのがわしだということは重々承知している。なんとか、オデッサを追ってくれ。…
すまん。頼む」
椅子に座ったままではあったが、頭を下げた。それを見て、ノエルが眉を上げ、正面の門を守る兵士が仰天している。ギルドグラードの王が誰かに頭を下げるなんてこと、グラウスヴァインが降ってきても有り得ないと思ってたのかな…こんな時に不謹慎だね。まあ、私もそう思ってたもんな。
リルカはちらりと舌を出した。

『こちらヴァレリアシャトーのケイト。アシュレーさんですか』
こちらから通信を入れると、すぐに返事があった。
「こちらアシュレー。呼んでいたのか?」
『はい。オデッサが、どこかの炭坑を襲撃するという情報が入ってきました』
「炭坑…わかった。調査に向かいます。アーヴィングは?」
すこしあって、声が変わった。
『ヴァレリアだ。警備は無事に終わったのか?』
「それが、ギルドグラード王は、王子じゃなくて貨物列車の兵器を守らせたかったんだ。途中でオデッサに襲撃され、王子は守ったけど、逃げるために捨てて来たのが…」
『貨物列車か。あの御仁も、いつまでたっても事態が理解出来ない方だ。兵器とは何だ』
「僕にはよくわからないんだが、『グラウスヴァイン』とかいうものすごい威力の」
『核か…』
アーヴィングの呟きが聞こえたが、アシュレーには意味がわからなかった。
「かく?」
『わかった。ケイト君に聞いた通りだ。君たちは炭坑の調査に向かってくれ』
「…了解」
通信機を収納して、荷物を揺すり上げる。
「どっちから行くの」
リルカがテレポートオーブを出しながら尋ねる。
「そうだな。ホルストから行こうか」
「了解。と言っても私これ苦手だから、アシュレーかティムやってよ」
きらきら光る緑色の魔宝石を預けられて、苦笑いする。それから、
この石を手に入れた時のことが、胸に蘇った。
綺麗な石。テレポートジェムと同じ色だけど、もっとずっと濃いね。大きいし。
リルカが背伸びして、相手の手の中の石をのぞきこみながら言う。
え、テレポートジェムじゃないのか?これ。
聞くともなしに聞いて、アシュレーも相手の顔を見上げる。
ここまで結晶化していると、空間移動後にも構成が解かれることがないだろう。逆に言えば自らを分解することなしに対象を移動させ得る力がある。
男の声が、ついさっき聞いたように、アシュレーの耳元に蘇った。
それってつまりどういう?
同時に聞いた声に、
要するに、何度でも使える、ということだな。
そう言って、やれやれ、とでもいうような苦笑を浮かべたが、口にはせず、頼りない仲間たちを眺めていた―――
仲間たちだと?
お前がそんな言葉を使えるのか?
不用意に単語を綴った自分への叱責が、たちまち喉元まで噴き上げてくる。
「アシュレー…」
気がつくと目を閉じていた。すぐには開けることが出来ないまま、暗闇の向こうに、
「ごめん。今、ちょっと」
「…考えたんでしょ、わかるよ」
「テレポートジェムを見たら、つい。大丈夫だ、すぐ」
すぐ、と言いながら片手で顔を覆って、二人から顔を背けた。顔を何度も振っている。涙を払ってる訳じゃない、気持ちをしゃんとさせようとしてるだけだ。わかってる。
ティムはぼんやりと、山脈の茶色を見ていた。
あの色と同じだったな、セボック村にいた犬。ブラッドさんが昔助けた(助けてもらった、だったかな)頃は子犬だったそうだけど、もうすっかり成犬になってた。すごくすごく嬉しそうにしっぽを振って、ブラッドさんの手を舐めていた。
5年経ったけど、忘れたりなんかしてなかったわ。ラッシュも、私もね。
その後ろで、そう言って、犬と同じくらい嬉しそうな顔をして、涙を堪えていたおねえさんがいた。
…二人とも、知らないんだ…
不意に、眩暈がして、倒れそうになる。慌てて目を閉じて、うつむいた。
そうだ。二人とも知らない、ブラッドさんがもう、二度と、
戻ってこないのを…
心臓がドキドキする。どんどん早くなって、このままでは本当に倒れそうだというのに、ティムの頭はろくでもないことを考え続ける。
教えないんだろうか、僕らは、あの二人に。
教えられるもんか、と思う。でも、教えなかったら。あの二人を見るとブラッドさんを思い出して辛いからって、二度とあの村に行かなかったら。一生。
そうしたら、あの二人は、いつまでもいつまでも、待ち続けるんだろう、
村長さんの家の一番奥に、車椅子に乗って何を見る訳でもない目で座っていた人、ブラッドさんの親友だったっていう人の看病をしながら。
ブラッドさんがあの村に、もう一度やってくる日を。
あの人がもし、一生治らなかったら?
ブラッドさんはきっと、また来てくれるって、言い続けて…
吐きそうだ。
でも、
「ティム、どうした?すまない、僕が変なことを言ったから」
こちらも慌てて首を振る。口をおさえて、何度も首を振りながら、
僕一人で考えても結論なんか出ないし、アシュレーさんとリルカさんに相談なんか出来ない。だったら、今は考えないことにしよう。今は他にしなきゃいけないことが沢山あるんだし、それをちゃんとするってことを、ブラッドさんは僕らに望んでる。きっとそうだ。
無理矢理、自分の頭と胸と胃袋にそう言い聞かせ、最後にぐっと喉を鳴らしてから、そろそろと目を開けた。
心配そうに自分を見ているアシュレーと、さりげなく地図を眺めているリルカの姿が目に入った。
大丈夫。吐かなくて済みそうだ。
「ゴメンなさい。もうすっかり平気です」
私たちはずっと前から嘘ばかりついてる、とリルカは地図をたたみながら思った。
だけど、これからも嘘をつき続けていくしかない。
あのひとを失って、すっかりすっきり平気のへっちゃらになれる日がくるとは思えないけど、だけど、平気だって言って、立ち上がって歩かなきゃならない。
「じゃ行こうか。まずはホルスト」
気を取り直して、テレポートオーブを宙に掲げたアシュレーに、二人は近づいて、目を閉じ、アシュレーに同調してホルストの風景を探した。


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