「オデッサ?あのテロリストか?なんだかな、今は廃坑になってるボタ山で、制服着た変な奴等を見たのが何人かいるぞ」
バザーの武器屋が首をかしげながらそう教えてくれた。
「廃坑?この街にあるやつじゃないの?」
リルカが、地下へ降りて行く坑道を指差しながら尋ねる。
「違う違う。この島の西側にあるやつだ。もう何年も前に掘り尽くして、クズしか出ないところだ」
三人の顔に不審な感情が流れた。
その顔のまま、ホバークラフトで島をまわりこんだ。話の通り、誰からも忘れ去られたような入口が、ぽかんと口を開けている。
中へ入ってみる。人の気配も、なにもない。
「ずいぶん、さびれきってるね。何年も人が来てないって感じ」
「そうですね」
ティムは何かを聞き取るような姿勢で、じっとしていたが、首をかしげ、
「何も感じません。…ホルストの鉱山にあったような、エネルギーの流れみたいなものは、何も」
アシュレーはびっくりした顔で、
「そんなことがわかるのか?」
「モチロンなのダ」
突然、プーカが妙に誇らしげな口調になって、ティムの前に出ると、
「ゾアプリーストは、ガーディアンの力を司る神官。地脈や霊穴から生じるエネルギーをその身に感じることもできるのダ。それだけティムのゾアプリーストとしての能力が高まっている、という証なのダ」
赤くなって肩をすくめる。でも、プーカに太鼓判を押してもらって、悪い気はしない。
「でもさ、それって変だよ」
リルカが口を尖らせる。
「オデッサは資金にしてもエネルギー源にしても人を脅す手札にしても、どーんとこうでっかく確保したくて躍起になってる訳でしょ?だったらこんな…何にもない坑道で何しようっていうの?」
その問いには誰も答えられない。む、という口の形をして、気まずく考え込む。
「アシュレー、なんかない?」
「う、うん…」
「私たちってどうも、あいつらに回りこまれまくって必死で後追っかけてばっかなんだもん。早いとこ追いつかないと、そのうちとり返しのつかないコトしでかされそうで、イヤだよ」
耳が痛い。苦く笑おうとしたが、笑い顔さえもつくれない。
ぽつりと、呟いた。つい、心がこぼれた、というようだった。
「こんな時、ブラッドさんがいたら」
アシュレーとリルカが、電流に触れたようにはね、声の方を見たが、声の主は気付かず、ぽろぽろと続けた。
「何か、きっと気付いたんでしょうね」
まだ何か言おうと、息を吸い込んだのを見て、たまらずリルカが叫んだ。
「やめなよ!ティム!」
そこで、はっと気付く。それから、自分が何を言ったのか、徐々に気付き、唇を震わせて、おろおろと二人を見た。
「ご、ごめんな…さい、僕、あの」
許しを乞う目に、涙が浮かんでくる。
「今そんなこと言って、何になるの?今そんなこと言って、何になるのよ!」
リルカが両手で顔を覆って、同じことを繰り返す。全く、それ以上の言葉はなかった。ひどすぎる。そんなこと言うなんて。そんなことを言ったからって戻ってきてくれる訳じゃないのに。人が、必死で、我慢して…
「ごめんなさい、ごめんなさい、でも」
「泣かないでよ!」
しかし、二人とも泣き出していた。
二人とも、必死で声を殺している。泣き顔を隠して、うつむいている。折れてしまいそうな肩が時折震えるのを、アシュレーは、両手を延ばしてそっと叩いて、それから抱え寄せたが、どうもぎこちなかった。
僕の懐は狭くて、とても二人の嘆き悲しみを支えられない。
オデッサの企みもちっとも看破できない。いつまでたってもブラッドの仇も討てない。
こんな風に泣いているこの子達を、安心させてやることも出来ない。
それはそうだ、と思った。僕も、この子達と一緒にあやされていた組なのだ。急に、あやす側に回ろうったって、そう簡単にはいかない。
幾度か、二人の肩を叩く自分の手に、ブラッドの手が重なったような気がした。
いや、単にあの夜の、ブラッドの手を思い出しただけのことだろう。今のこの子たちみたいに、自分の中にいる影に脅えて震えている頼りない僕の肩をこうして、
きつく目を閉じる。
あの手にもう一度、肩を叩いて欲しい。震え続ける肩を、しっかりと、掴んで、
大丈夫だ。ついていてやるから、眠れ、
ブラッド。
戻って来てくれ!
心で絶叫する。口にはできない叫びだった。子供たちを叩く手で、自分の心も宥め、そっと呼吸してから、 「まずは、この炭坑を調査しよう。僕には今オデッサの企みの全貌を解明することは出来ない。でも、ゆっくりでも足元をかためていこう。きっと、道はあるし、必ず間に合うよ」
しばらくあってから、二人の肩が、うなずいたのが伝わって来た。

廃坑というしかないような所だった。何もない。かつて人の手が入っていた名残があるのが、逆に今はすべてから見捨てられていることを際立たせている。錆び付いた配電盤、木で出来た部品は全て腐って折れている。欠けたつるはしが山になって、ひとかたまりのオブジェと化している。ランプ類はすべて割れていて、最後に機能したのがいつだったか到底窺い知れない。
「どんな人でも、来る用事はないよね、ここ」
「うーん…それだから逆に何か隠してあるのかも知れない」
「隠すぅ?オデッサが?グラウスヴァインを?」
「そ、それはちょっと無理があるけどね」
リルカが、仕方ないなあといいながらなんとか笑った。男二人も、頑張って笑った。まるで糸の切れかけた人形を、台本もないまま操っているみたいだ、と思う。
半分埋もれたような扉をこじ開けて、三人は最深部と思われる場所へたどりついた。だが、オデッサの隠し財宝がある訳でもなく、今までと同じような雑然とした空間が存在しているだけだった。
「これで、終わり?」
リルカの、小声の問いに、困って、
「うん…多分、もう道はないと…」
「そうだ。もう道はない」
三人はばっと振り返った。自分たちが通って来た通路から、シルエットが近づいてくる。長いマントと長い髪とを翻し、全身から殺気を放つ、その影に、
「カノンか!」
「待って下さい」
「また来たの、あなた」
三人が同時に叫んだ。影は、狭い入口をくぐり、背を伸ばし、幾度か見たその姿を再び見せた。
「お前には、ただあたしと戦って狩られる以外に道はない。そろそろ、そのことを納得してもらう」
「待って下さい、カノンさん」
一歩、前に出て、ティムが叫んだ。珍しく強い声だった。
「僕たちは戦っちゃいけない。アシュレーさんの気持ちは、エミュレータゾーンであなたにも伝わったはずだ。今あなたと僕らが戦っている場合じゃないんです」
「そうよ!いい加減で人の話聞きなさいよ!なによ、剣の聖女の末裔だ末裔だって!アシュレーは好きであんなのと合体してる訳じゃないのよ。離れられるもんならとっくに離れてるんだからね」
続いて叫んだリルカの声も必死だ。
女の目は二人の顔を見比べ、それからアシュレーを見て、口を開いた。ひどく、奇妙な響きだった。
「ならば言おう。あたしは、炎の魔神を狩るためにだけ存在している。そうでないあたしは意味がないのだ。
お前たちにはわかるまい?自分が何者でさえもなくなる恐怖など」
このひとは何を言ってるんだろう。
リルカは眉をしかめた。しかし、その声にこめられた切迫感の大きさに、つい声を失った。
片方だけの目が、激情を押し殺した色に透き通っていく。同時に、抜いた剣を引き上げてゆきながら、
「やるしかないんだよ。この世には、そういうこともあるんだ」
違う、とティムは思った。どんなことだって、きっと解決の道がある。血を流すことでなしに終わらせる方法がある。そうでなければ、ブラッドさんが、あんまり、
そう言おうとしたが、すでに女の足は地を蹴って、アシュレー目掛けて襲いかかっていた。
「アシュレー、危ない」
しかし、今回はしっかりと銃剣で受け止め、弾いた。そこにこめられた力と速さに、女は目を見張った。
「亜空間でやりあってからそうはたっていない筈だ…なにが」
「僕は、支えなければならない。支えてもらっていればよかった頃のままでいる訳にはいかないんだ。カノン」
強く相手を呼んだ。反射的に相手を見返した女に、
「僕があなたに狩られていては、とても支えられない。この子たちも、街の人たちも、共にオデッサと戦おうと言ってくれてる人たちも!そんなことをしていたら、
申し訳がたたないんだ!」
誰に、と言えないアシュレーの気持ちが、二人の胸を突いた。反射的に、二人ともが、泣きそうになる。リルカは、歯をくいしばって堪えたが、ティムは駄目だった。しかし、泣いている場合ではないので、必死で涙をふきながら、それぞれの戦闘態勢に入った。
負けるもんか。負けないよ。怒られちゃうよ。
こんなところで泣いていたら、申し訳がないんです。そうです。
三人の目に閃く、今までにない決意の強さに、女はちょっと手を止めたが、
「いいだろう…どちらの意志が強いか。弱いものが折れてうずくまるのが習いだ…お前たちの決意があたしのそれのきれっぱしにも満たないことを、証明してやる」
構え、どっと襲い掛かる。
受け、弾き、下がる。銃弾を放つ。軽々と躱し、ワイヤーで操る左手を投げる。
「スパーク!」
言い終わる前に短剣が襲う。傘で庇う。庇いきれず腕に刺さった。
「!」
ヒールを唱える前に再度左手が降ってくる。と、左手が何かに取られる。アシュレーが捕まえていた。ワイヤーを切ろうとするが、
「離してもらおう」
振りもぎられる弾みに、頬を切り上げられ、血が吹き出した。
「ヒール」
いいざま逃れたが、カノンの放った短剣は次々とリルカを襲う。幾本かが再び刺さった。しかし、悲鳴ひとつ上げない。
何かが、この前と違う、ともう一度思った時、
空間が歪みを生じる。それ程の力が、一瞬にして背後に生まれた。はっとして振り返ると、一心に念じている少年の肩の上の小動物が、あっという間に数十倍の大きさに成った。爪は鋭く尖り、黄金色の体毛があちこちで放電している。らんらんと燃える目も、うなりをあげる喉の奥も、すべてが金色の巨大な狼だ。
「ちぃ、こんな短時間に!油断した」
女が左手を放った。それはティムの肩を打ち、血を吹き出させたが、雷獣に変化したプーカには何ほどの影響も生じなかった。ティムの意志がかたくきつく縒り合わさっている証だった。
一瞬のち、目もくらむ白い輝きが、女の廻りで炸裂した。
とっさに防御の体勢をとったが、とても防御しきれるものではない。ガーディアンの力を直に受けたのは、これが初めてだった。声を上げ、地面にたたきつけられ、転がった。
「く…くそ、…」
懸命に膝を立て、起き上がろうとするが、力が入らない。立てたか、というところで再び倒れた。
「何故だっ!何故…こいつらの決意の方が、あたしより上だっていうのか?」
屈辱に震えながら、顔を起こす。
血で汚れた顔で、リルカがクレストグラフを掲げているのが見える。念じ続けているティムの肩から、血が流れ続けている。
そして、アシュレーの肩からは、いつでもアクセスしようという闘気が迸っている。脈打つたび、傷から血が吹き出している。
「あたしが劣っている?お前たちよりも?魔神を狩るために生身の身体さえ捨てたあたしの決意が、お前たちに届かない?そんなことが…」
声が絶望にちぎれる。
その様子を見つめるアシュレーの目が、赤く燃えている。
「僕の中には悪魔がいる…今の僕は半人半魔だ。あなたには見えるのだろう、僕の中の魔物が」
そう言う目の、真っ赤な炎の裏に、暗黒の影が見える。全てを呑み込む炎の魔神が、今笑ったように、身を揺らがせた。
「でも、この力は、僕の大切な地上を守るためにこそ使う。それが僕の意志だ。そう、前にも言ったな。だが…
カノン」
再び、名を呼ばれる。ロードブレイザーの翼を背後にはばたかせながら、アシュレーは強く、言った。
「一緒に行ってくれないか?」
「なんだと」
「もしも、僕が、もうひとりの僕を抑え切れなくなったら、その時、
剣の聖女の末裔であるあなたの力を借りたい」
驚愕に、血のにじんだくちびるがひらかれ、それきり動かなくなる。
「あの…」
「どういう意味?」
二人も、愕然とし、その驚きの大きさのあまり、細い小さな声で尋ねた。
「あの姿になるたび…僕の中で、あの姿の主が大きくなっていくんだ…
でも、あの姿の力が今は必要だ。そう思って僕はずっと炎の魔神の姿を取って来た。
でも、
僕が、炎の魔神の意志を抑えられなくなったら、僕が守ろうとしているものを、僕が滅ぼそうと仕出したら、その時。
僕を殺してくれ、カノン」
動かなくなっていた唇が震え出す。
この男は、一体…
何と返したらいいのかわからないでいる女に、アシュレーは、ふっと微笑みかけた。目の中で、赤い炎が瞬いた。
「こんなこと、あなたにしか頼めないだろう?」
「アシュレー」
つい、名を呼んでいた。名を呼び、そして何と言おうとしたのか。
三人にも、本人にもわからないでいる間に、もう一つの声がした。
「下らない芝居だ。見ていてうんざりする」
冷たい声。いや、温かいとか冷たいとかいった表現は合わないだろう。一切の温度のない声だった。それは声の主が、人の姿をしていながら心というものを持たないためだった。
一同は声の主を見、数秒のずれを生じながら、声の主がジュデッカであることが何を意味するのか、理解した。
「そうか、仕組まれた」
思わずといった様子で、アシュレーがうめいた。
「気付くのが遅い…諸君らの愚かさには、侮蔑を通り越して憫笑さえ覚える」
「貴様、このあたしも謀ったのか」
傷の痛みと、いいように操られていた怒りを噛み締め、叫んだ顔を一瞥し、
「骨を放って飼い犬を走らせるのは、その先にいる野犬をこちらへ来させないようにさせるため、じゃないのか?何故いちいち犬に、お前は犬なんだから大人しく言うことを聞け、と断らねばならない?…こんなことをわざわざ説明させないでくれ。下らない」
ふう、と肩をすくめる。
血の涙を、喉でくいとめて、絶叫になりそうな怒りを押し殺した声で呟いた。
「殺す」
「やかましい。偉そうに人語をかたるなよ。英雄バッヂを首から下げて喜んでるだけの、ただの犬が。お前は用無しだ」
言うなり、腰の銃を引き抜くと、続けざまに撃った。
「がっ」
のけぞる。避けられず、銃弾を浴びて地面に打ち倒れた。
「カノンさん!」
ティムが叫び、リルカがクレストグラフを引き抜いて掲げる。
「だからさ、用無しの犬をいちいち治すなって言ってるんだよ」
銃弾がリルカの手からヒールのクレストグラフを弾き飛ばした。血が迸り、悲鳴が上がった。
「リルカさん」
「お前も人の名前を叫んでるだけか?役立たずってのが僕は一番嫌いでね…その次がしたり顔で説教する奴かな」
銃口がぴたりとティムの眉間に照準を合わせた。脅えた顔のまま、動けなくなる。
「いい顔だ。うん、その顔で命乞いしろ。そのあとは悲鳴だ」
「言いたいことをべらべらと」
振り返ったジュデッカの腕が上がるより早く、いつのまにかすぐ後ろに来ていたアシュレーの銃剣が一閃した。危うく避けたところへ、
「ブレイク!」
岩でつくられた槍が次々と襲いかかってくる。
「くそ、こいつら調子づかせると厄介なんだったな…まず一人くらい血祭りに上げて、黙らせないといけなかったか」
苦笑して、身を翻し、最初から用意してあったらしい天井の脱出口へととびついた。
「まあ、ゆっくり戻ってくるんだな。お前らが太陽を拝んだ頃には、この島には生きた人間はいなくなってるだろうよ」
げらげら笑った顔が引っ込む。続いて爆破音と衝撃が来て、一同は地面に倒れた。顔を上げると、ジュデッカの使った穴が塞がっている。
「くそ!早く戻らないと、ホルストが」
歯を食いしばって立ち上がる。後手に回ってばかりだ、本当にその通りだ。いいように躍らされて血を流している間に、奴等の手がどんどん世界を覆っていく。
「アシュレー、カノンが」
リルカが叫ぶ。ティムと二人で抱え起こして数秒後、うっすらと目を開けた。
駆け寄ったアシュレーが強く呼んだ。
「カノン!よかった、ヒールが間に合ったのか」
「うん、なんとかね」
「でも、リルカさんの傷がひどいです」
見ると、さっき銃でやられた傷口から、血が流れ続けている。
「平気。痛くない」
痛くない訳がないのだが、きっぱり言い切る。首を振って、
「結構深い。あいつの使った弾だ、どんないやな細工がしてあるかわからない。早く手当てしよう」
「カノンの方が先だよ、ヒールじゃおっつかなかった。それにその、今のカノンの傷って、ヒールで治しきれないよ」
カノンは、血の流れ続けるリルカの手を見つめていた。
「そう、だな…アーヴィングならなんとかできるかも知れない。とにかく、急いで運ぼう」
地面に膝をついたアシュレーに、二人はカノンを左右から支えて、背負わせようとした。
「待て」
低い、苦痛を押し殺した声がした。びっくりした三人の目が集中する。
乱れた髪の間から、蒼白の顔と、片目が覗く。その目が、リルカをひたと見つめ、
「何故、あたしを、助けようとする?…自分の、怪我を…おしてまで」
リルカがうろたえて、あわてて汚いハンカチを傷口に巻き付けた。
「これでもう大丈夫だよ。どうってことないよ。そのう…なんでかは、自分でもわからない」
尻すぼみに声が小さくなっていく。
ぽん、と肩を叩かれて振り向くと、アシュレーが、微笑んでいた。これまでの、どこか儀礼的な笑顔ではなく、僅かながらも彼の本当の気持ちの底から汲み上げた笑顔であった。リルカは一瞬あっと思って、その顔を見つめ返し、それから赤くなった。
「自分の怪我を忘れて人の怪我を気にする。しなきゃいけないからじゃなく、そういう場にはそうしてしまう。それでいいんだよ。
リルカはそういう子だ。僕もそうありたいと思ってる」
どんどん顔は赤くなって、今や真っ赤だった。ティムが、ひどく嬉しそうに力いっぱいうなずいた。
ゆっくり、カノンが、顔を伏せた。

なんとか、廃坑から地上へ出た。振り仰ぐと、ホルストの方向から、真っ黒な煙が上がっている。怒りでうなり声が漏れた。
「畜生…オデッサめ」
「アシュレー、あれ」
声に促されてアシュレーが振り返ると、ホバークラフトが停めてある入江から、一人の影が近づいてきた。やたら着膨れて、ものすごく巨大な帽子を被り、顔はことさら厳重に覆っているので、人相も体型もわからない。声で辛うじて女のようだということはわかるのだが、
「なにをやっとるのじゃ、お主ら」
何重にも巻かれたマフラーの為くぐもっている上、やたら大仰な口調だ。かなりの年寄りなのか?と思うと、身のこなしはきびきびしているので、結局年齢が推定できない。
「マリアベル、どうしてここに」
「シルエットを直せる技術が必要なのであろ。今ここにその充分な力量を持った美人が助っ人にきた、というだけのことじゃ。いちいち騒ぐでない」
「シルエット?」
「美人?」
ティムとリルカが同時に、もっともな問いと、マリアベルにとっては不本意な問いを発した。
「シルエットというのは平たく言うと生体に機械技術を付与して人たらざる力を発揮する半人工体のことじゃ。義体とも呼ばれておる…なんじゃ?美人、の後の疑問符は!泣かすぞ、この小便くさい小娘が」
前半は無表情に、後半は激怒しやや下品に怒鳴り散らす。三人が辟易しているところへ、さらにでかい声で、
「いつまで役立たずの案山子みたいに突っ立っておる気か。とっととあの煙の真下へ行け!」
「そうだった。マリアベル、すまないけど、カノンを頼む」
「任せておけ。このくらいならわらわにかかればチョチョイのチョイで直してやる」
アシュレーの背から、カノンの身体を受け止めたマリアベルは、自分よりかなり大柄な彼女の身体を軽々と抱き上げ、ホバークラフトの方へ歩いていった。
「…すごい力持ちなんだ、マリアベルって」
「謎の多いひとですね」
二人はこそっと会話してから、アシュレーの掲げた手の下へ寄った。

テレポートオーブでホルストへ飛ぶと、街の中は地獄図と化していた。タラスクほどでないにしろ巨大で強大な魔獣が何体も闊歩し、建物も人もなく破壊していく。住人たちは皆性根の座った度胸のある者ばかりだが、所詮オデッサの敵ではなかった。
悲鳴と怒号が上がり続ける中、火炎と爆発と血しぶきが辺りを満たしていく。
「二人とも、いくぞ!」
三人は地を蹴って街につっこんでいった。


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