「話、済んだの」
声の方を見ると、リルカがにたにた笑いながら立っていた。その少し後ろに、もじもじとティムが、手持ち無沙汰げにアシュレー。
「ああ」
うなずくと、
「じゃさ、弾丸補給とか、いろいろ兼ねて、タウンメリア行こうよ」
「メリアブールの城下町か?」
「カノン、もしかして行ったことない?」
「いや…」
あるとも、ないとも答えないうちに、リルカの顔がいきいきと輝いた。
「じゃあなおのこと、行こうよ。ね」
少しの間、戸惑ったように、リルカの顔を眺め、それから落ち着きのない男どもを見て、こいつらはあたしを待っていたのだ、と気付き、
反発と動揺の両方にゆれた。が、
「他になんか、用事あった?」
やや力のなくなった声に、つい、譲歩していた。
「いや、ない」
「じゃ、いい?」
「ああ」
「やった」
嬉しそうにぽんと飛ぶ。後ろの男二人もほっとした顔になって目を見合わせている。
困った奴等だ。馴れ合うのは御免だと、つい数分前に念を押したのに…しかし、あたしに構って何が楽しいのだろう?
ヴァレリアシャトーの一階玄関から外に出る。眩しい光と、乾いた茶色の大地、それから別べつの方向遥かに、二つのものが見えた。片方は灰色の石と青いタイルの建造物群。あれがタウンメリアだ。それからもうひとつは、白い尖塔を備えた宗教的な建造物。剣の聖女の、聖殿だ。カノンとアシュレーは、それぞれの表情でそれを見遣った。
それから、アシュレーはふと気付いた。あれだけ剣の聖女の末裔であることにこだわっていたカノンだ。あそこに行ったことがない、筈がない。ならば、タウンメリアだって行ったことがあるだろう。
僕は案外、街の噴水の前かどこかで、カノンと出会っているのかも知れない。
「一応ね、バルーンなんてのも出るから、気はつけてね」
「あっでもカノンさんなら別に、どうってことないですよね」
「そりゃそうだね」
うんうん、と二人でうなずきあっているのを、相変わらず、困ったような、やれやれというような微苦笑を浮かべて眺めている。その表情をちらとかすめ見て、
ブラッドに似ていると、二人の子供は同時に思った。
ずっと、戦いの中だけで生きて来た人生、戦い以外のものを持たなかった人生という点では、彼と彼女は同じだ。同じ人間だ。そういう人間だけが持つ微笑なのかも知れない。
急にしゅんとなってしまった二人に、カノンは首をひねり、ふとアシュレーを見た。
さあ、というように首をかしげてみせながらも、アシュレーも同じ、悲しみを湛えた目をしていたから、多分子供らの胸のうちは知っているのだろうとカノンは思った。

「ここがタウンメリアだよ。アシュレーの出身地だし」
リルカの声に街の皆が、おかえり、お疲れさん、無事でよかったよアシュレー、などの声をかけてくる。そして一様に、ARMSの中心にいて、メリアブール城を見上げている背の高い女戦士を、目をまるくして見つめる。
姿格好からすると、渡り鳥のようだ。マントの隙間から見える剣や、どう使うのかわからない機械類(自分自身をチューンする道具なのだが)を下げた、やたら鋭い目は片方しかない。そして、何をおいてもとにかく美人だ。
「まずはアームの補給に行こうか?新しく手に入ったやつもちょっといじって」
「あの、リルカさん、まずはやきそばパン食べに行かないんですか?」
「う…」
アシュレーが笑い出して、
「いろいろの前に一休みしにいこうか」
一同は、噴水の右手にあるパン屋を訪れた。注意深く、二度ドアを叩いてから、開ける。
「いらっしゃ…アシュレー!お帰りなさい!」
喜びに跳ね返った声が上がり、後ろにぞろぞろ続いてきた他のメンバーを見て、少し慌てて咳をした。
「ただいま」
「こんにちは、マリナさん」
「お邪魔します」
アシュレーがちょっと照れて、その後ろから二人がもそもそと言う。別に、二人の邪魔しにくっついて来た訳じゃないんだけど、という顔だ。
「あら、中に入って、二人とも。今すぐパンとお茶の用意…」
またすぐに口篭ったのは、アシュレーの後ろからもう一人、背の高い美しい女が入ってきたからだった。その女が、こともなげに言った。
「ここで食料の補給をするのか?アシュレー」
「いや、補給っていうか…一休みだよ。ここのパンのファンなんだ、リルカが」
「すっごく美味しいんだよ、マリナさんの焼きそばパン。カノンも食べてみなって」
あの、と声が挟まって、一同はマリナを見た。
「そちらの方…新しいメンバーさんなんですか?」
「ああ。そうだった。彼女はカノン、両手剣と…飛び道具が得意な」
後半部分に、カノンが苦笑した。その顔をぼーと見ているマリナに、視線を移して、
「この女性は?」
「ぼ、僕の幼なじみだ」
「幼なじみぃ?それだけぇ?」
リルカがお約束のように茶々を入れる。リルカ、とこれまたお約束のように怒ってみせている男をほっといて、うなずくと、
「アシュレーの後見人というところか。あたしはカノンだ」
「マリナです…宜しくお願いします」
頭を下げる。きれいな人だ。強そうだし、アシュレーの力になってくれてるんだろうな。そんなこと考えちゃ駄目だと、いつも思っていることが、今はどんどん膨れ上がってくる。私はアシュレーの一日の、大部分を知らない。この人は…その逆だ。
柔らかな茶色の髪、優しい栗色の瞳。見ているだけで、心が安らいでくるタイプの娘だ。アシュレーがロードブレイザーを暴走さすまいと必死になる、その理由のおおもとにいるのがこの娘なのだろう。この娘と、休日をほのぼのと過ごすアシュレーの姿が、見えるような気がした。
「カノン?こっちきて、パン食べなよ」
「本当に、すごく美味しいんですよ」
早くも口いっぱいにパンをつめこんで、三倍くらい顔をふくらませたリルカと、お茶のカップを両手でかかえてにこにこしているティムの側に、仕方なく座る。
「あの」
早口の小声で、リルカが尋ねてくる。
「カノン、パンて食べられるんだよね?」
それが好き嫌いの話ではないことは、相手の目ですぐわかった。
「ごめん、私さんざん騒いでから気がついたんだけど」
「食べられる。大丈夫だ」
「よかった」
つい、というようにティムが言って、すかさず皿を差し出す。その上に、自分の皿のパンを、リルカが盛った。
「おいおい、」
言いながら、子供たちが嬉しくて仕方ないのだという気持ちが伝わって来て、どうしても微笑んでしまう。これでは託児所ではないか。禍祓いを一時中断して、保母にでもなるというわけか?
そんなカノンの表情を、子供たちは勿論、アシュレーも嬉しそうに見ていた。
新しいARMS。新しい仲間。
そんなアシュレーの顔を、見まいとしながらもじっと見てしまうマリナには、無論鈍感なアシュレーは気付きもしなかった。
そして、マリナも、カノンの存在で頭がいっぱいになり、当然気付いて尋ねることを見落とした。いや、心のどこかではおかしいなと思っていたのだろうが、それが表面に上がってくる余裕がなかった。そのことに、三人は感謝すべきだったろう。
しかし、彼女が見落としたことに気付く人間など、この街にはいくらでもいた。
例えば、

「やあ来たね、アシュレー。さあさあ、見せてくれ。新しいのが手に入ったんだろ?」
町のアーム屋がはりきって、工場から出て来た。
「耳聡いね。はい、これ」
「おお!これはまさか…デッドオアアライブ!一定の周波数でもって相手の中枢神経を麻痺させて一撃で倒すという!」
「う、うん。でも一回も成功しなかったよ。数回しか使ってないけど」
「それはそうだろうさ。この手のものは命中率が低いと相場が決まってる。しかもそいつを上げるのがなかなかコトだと来てるし…勿論上げるんだろうね?」
上げない、とは言えそうもない。仕方なしにうなづく。アーム屋は満足げにうなづきかえして、
「他のやつらにも弾こめといてやるから、置いていきな。さあて忙しくなるぞう」
肩をすくめ、他のアームをごとごととカウンターの上に並べた。手伝いながら、
「腕のいい職人さんは、知らないアームなんて見せられると、いじりたくてしょうがないんだよ。いいじゃん、使いよくしてくれるんだから」
嬢ちゃん、嬉しいこといってくれるねえ、と向こうから声がかかる。
「別にいいんだけどね。…上げにくい命中率を上げたら、お金がかかるだろうなとつい思ってね」
「やだな。せちがらい。主婦みたいだよ」
ティムが声をたてて笑い、カノンもほんの少し微笑した。その時だった。
なんの気なしに、アーム屋が言った。
「こいつに手をつける前に、まず弾こめちまうか。ほい、アシュレー、他のはどうした」
「これで全部だよ」
「何寝ぼけてんだよ。でっかいにいちゃんのやつだよ。リボルバーキャノンにクラッカーレイヴ!」
カノン以外の、全員が凍り付いた。びぐん、と震えたリルカの手から、それまで遊んでいた何かの部品が落ちて、無作法な音を立てた。
ゆっくりと、カノンが目を上げ、一同を見渡した。ティムが必死で手を服でこすっている。プーカが、いつもより近づいて何やら観察しているのは、体調がひどく変動しているからなのだろう。いつもにも増して白い顔になっている。
リルカは大慌てで部品を拾い上げ、すぐに落とし、前よりもっと慌てて拾った。手が油だらけになっている。何か言おうと必死なのがすぐにわかったが、言葉がどうしても出てこないらしい。急に色のなくなった唇を、開いたり閉じたりしている。
そして、アシュレーは、意味もなくアームを持ち上げ、意味もなく動かしている。
異様な雰囲気にアーム屋も気付いて、訝しげにアシュレーの行動を見ていたが、
「そういや、でっかいにいちゃんはどうしたんだ?いねえけど」
「あ、あの、あれ」
あえぐように、アシュレーとリルカが同時に、そっくり同じ訳のわからない言葉を言い、はじかれたように相手の顔を見る。アーム屋の眉間にしわが刻まれた時、
「別部隊の応援に行っている。代わりに入ったのがあたしだ」
三人と、アーム屋は、カノンを見た。それぞれの視線には、天と地ほどの違いがあったが、アーム屋はそれには気付かず、
「ほお、あんた、新入りさんか。えらくハクイお姐ちゃんじゃねえか、アシュレー」
「あ、う」
まだもがいているアシュレーの方を見ないで、腕組みしてカノンのいでたちを眺めてから、
「あんたは、アームは使わないのか」
「使わない。あたしはこれだ」
そう言って両腰からすらりと剣を抜いてみせ、すぐに収めた。
「さまになってるねえ。でも残念だよ。あんたがアーム使いなら、腕によりをかけてチューンしたのになあ。それにしても」
つくづく、というようにうなり声を上げ、
「ちっと見ないくらいのシャンだ。アシュレー、マリナがやきもきするんじゃねえのかい」
あっはっは、と笑いながらアシュレーを見る。その時にはなんとか体勢を立て直していたアシュレーが、ひきつった笑顔で、
「よせよ」
それでも、それだけ言って、もう少し何かを言おうとし、結局黙った。
三人の視線が、ゆっくりと、伏せられ、それからもう一度、各々の速度で、カノンへ向けられた。

陽が落ちる。血のような、鉄錆のような色の空を仰ぎ、
「私たち、ヴァレリアシャトーに戻るね。アシュレーはどうするの?マリナさんとこに泊まるの?」
「今日は戻るよ」
お互いの声に力がない。リルカの、儀礼的なからかいにも乗れないらしい。
「そっか。じゃ、帰ろうか」
「あの、カノンさんがまだ戻りません」
「後から道具屋に追加があるとか言ってたな。いいよ、僕が待ってる。二人は暗くなる前に戻っていてくれ」
ふ、と息をついてから、うなずく。何やら、えらく疲れた様子だ。
「わかった。先に行ってよう、ティム」
「そうですね。じゃあ、お先に」
二人が、ひょこひょこと正門から出て行くのを、アシュレーはぼんやりと見送った。本当なら、十やそこらの子供を二人で、見える距離とはいえ返してやるべきではないのかも知れない。あの二人なら、バルーン程度楽々あしらえるという確信はもちろんあったが、それだけでないものが、アシュレーをひとりでこの街に残していた。
「アシュレー」
声をかけられる。振り返ると、カノンが道具袋をしまいながら、近づいて来た。
「待っていたのか?…あの子供たちは」
「先に帰した。ついさっきだけどね」
「そうか」
一瞬、間があった。それから、言葉を継ぐ。
「聞きたいことがある」
「…なんだい」
心の中で覚悟を決めて、心ごと向き直るような気持ちで尋ねた。
「この街に、酒場はあるのか?」
きょとんとなる。来ると思っていた質問とは、全然違ったからだった。その顔のまま、
「う…うん。ホテルの地下に…」
「そうか」
再び、あっさりと返して、うなずくと、
「まだ少し早いが、つきあえ」
そう言って、マントの裾を翻すと、すたすたとホテルの方へ歩み出した。アシュレーは半ば呆然とその後ろ姿を見送っていたが、我に返り慌てて後を追った。


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