「ようし、今夜はこのままエスエリクトで飲み明かすぞ。わははは」
「新郎はああ言ってるけど、いいのか」
にこりとして、肩をすくめ、
「もう決定済みのようですからね。まあ、ささやかながら三人でお祝いしましょう」
「そうか。そうだな。よし、改めて飲むか。いひひ」
意地汚い顔になって舌なめずりし始めたガイを眺めて、
「あなたはいいんですか。何も言わないで来たんでしょう、どうせ。戻った時に恋人にブッコロサレるのではないのですか」
「お前、エルフのくせになんて言葉使うんだよ」
「俺たちとつきあうとボキャブレローが豊かになるな、アー公」
「お前も少しはボキャブラリーを増やせ。この馬鹿」
男の笑い声が夜空に響いた。
アーティの家へ向かいながら、
「ま、ぶっ殺される前にこのビッグでサプライズなニュースを提供すれば、多分気を取られるだろうから、お前も着飾ってパーティへ行くんだぞとか何とか言ってごまかすさ」
「それはいい作戦だが、ひとつ欠点があるな」
「どこに」
「そう言ったら絶対、クラメントで宝石を買わされる羽目になる所だ」
う、と言ってガイが詰まった。二人は笑った。
さっきより少し弱い酒をふるまって、アーティも少し飲んだ。いつもはめったに飲まない。今夜は我ながらハイになっているなと思ったが、これもまたいいものだ。なんとなくふわふわした気分で、
「良かったですね。本当におめでとう」
祝辞を述べた。なんだか、むやみに嬉しい。抑えていないと笑い出しそうだ。
「いやー、実を言うと、お前らに聞いてもらって踏ん切りがついた部分も確かにあるのだ。俺にしては珍しく弱気なんだが。ははは」
笑って、酒をあおってから、どんとグラスをテーブルに置いて、急にしみじみと、
「さっきのお前の応援演説には、俺も感動した。有難うな、アー公」
「いいえ。ハイデッカ、ティアさんを幸せにしてあげて下さいね」
「無論だ」
「しなかったら、俺がとっちまうぞ」
大声で言って、こっちも酒をあおった。
にやりと笑って、
「ふん、一人にも手をやいてる奴が、人の女房にまで手が回るものか」
「式もあげてないうちから女房呼ばわりかよ」
「悪いか。俺が申し込んでティアが受けてくれたんだ。もう俺の女房だ」
ちー、と片手で顔を覆って、首を振る。
「すっかり出来上がっちまってら。ま、こういう奴に限って、結婚すると女房とやらの尻にしかれて平たくなってんだよな」
「あなたもね、ガイ」
「やかましい」
三人はいつもより軽薄にはしゃいだ。その後、ハイデッカが上機嫌で、
「いや。今回は世話になった。お前らが、といってもガイは相手がいるから、お前が好きな女が出来たら、俺が絶対橋渡しをしてやるからな、アー公」
でかい声で怒鳴った。
「お前が橋渡しなんかしたら、まとまる話もぶっ壊れるぜ」
「ほざけ」
いいな、と思った。好きな女との橋渡しという存在は、エルフの間には存在しないが、温かく力強い友情が込められた言葉だ。
「その時はお願いします」
「おう。任せておけ。相手がエルフでも人間でもモンスターでも、絶対OKと言わせてみせるからな」
胸をどんと叩いて、真っ赤な顔をしたハイデッカは、大声で笑った。

いつもより少し早く起きたフレアは、水瓶を持って外へ出て、既に庭の花壇をいじっているティアに気づいて、声をかけた。
「おはよう、ティア。早いわね」
「おはよう」
なんとなく小声で答えてから、ティアはもじもじと、
「あのね、フレア、聞いて欲しいことがあるんだけど、後でいいかしら」
「え?ええ、もちろん。そうね、うちのひとが働きに出たらすぐ行くわ。それでいい?」
うなずいて、それからティアは何か言おうとし、結局やめてもじもじの続きをした。フレアは首をかしげたが、わかる訳もないので、
「じゃ、あとでね」
「ええ」
フレアはそれから家に戻り、弁当をつくり、朝食の準備をし、子供を起こし夫を起こし、食べさせ、済んだ所で食器を洗い、夫を送り出し、簡単に掃除をした。
子供たちは村の中で遊ぶというから、安心して出してやった。昨日焼いた菓子を持って、隣りのティアの家を訪れた。戸を開けて、
「こんにちは。ティア、いる?」
奥から声がした。
「いらっしゃい。入って頂戴」
「じゃ、お邪魔するわね」
中へ入ると、ティアがお茶の用意をして台所から持ってきた。
「御免なさい、忙しいのに」
「なに言ってんのよ。ティアが誘わなくても来るつもりだったのよ」
「なら、いいんだけど」
心なしか、いつもより口数が少ない。何やら妙に緊張している。一生懸命お茶をいれて、どうぞ、と出し、椅子に座った。
そのままじっと、テーブルクロスの模様を見ている。不思議そうにそれを見ていたフレアは、やがてティアが顔を上げて自分を見たので、口を開いた。
「で、なあに、聞いて欲しい話って」
「うん」
もう一度目を伏せて、ごくりと喉を鳴らしてから、意を決して、
「私ね、結婚することになったの」
言いながら目を上げてフレアを見た。
言い出す前までは、照れてもじもじしている風だったのが、今は何故か懸命に食い下がるような様子になっている。
ただ驚きだけでまん丸に見開かれていたフレアの目に、さまざまな感慨がゆっくりと浮かんできた。それに伴ってフレアの目は穏やかになり、最後に、なんともいえない笑顔になった。それは、ガイやアーティのものと同じで、この人も私の事を随分考えていてくれたんだなとティアに思わせる表情だった。
「そう。そうなの。…いやねえ、なんでそんな必死の形相するのよ。私が止めるとでも思ったの?」
フレアは声を上げて笑ってから、横目でにらんで、
「そんな意地悪はしないわよ。ハイデッカさんなら大丈夫だもの」
「え、ちょっと、フレア。ハイデッカさんって、どうして」
「違うの?あの人じゃないの?」
「いいえ、あの人よ。でもどうしてわかるの?まだ何も言ってないのに」
ティアのうろたえた質問を聞いて、思いきり威張って、腕組してみせる。ハイデッカのように。
「そりゃあ、わかるわよ。伊達にお隣さんはしてないんだから。それにあの人って、考えてることが全部顔に出るしね。あーこの人ティアにべた惚れって、すぐにわかったわよ」
「えっ」
顔が赤くなる。
「あなたが子供たちを助けてくれた時の、あの人を見て気づかなかった?心配と切なさとで身も世もなくなってたじゃない。でもまあ、惚れられてる本人は気づかないものなのよね」
言ってからしまったと思った。しかし、
「そうかもね。マキシムがそうだったもの」
フレアが胸で思い、言えないことを、ティアが口にした。それを聞いて、ああ、ティアは本当にあの痛みから立ち直ったのだとフレアは思った。
フレアの気持ちがわかっているように、ティアは微笑んで、
「あの人が求婚してくれた時言ったの。私はマキシムを愛していたのよって。そしたら、あいつにあんなにも惚れた君だからこそ好きになったんだって言ってくれたの」
思わずため息をつく。何とまあ、深い度量だろう。少し鈍いと言えるほどの懐の深さだ。強がりでないなら、大した男だ。
「マキシムと一緒に戦ったひとたちも来て、言ってくれたの。私を、幸せに出来るのは、ただハイデッカだけだって。
それから、マキシムは人生を照らす灯だって。それを掲げて未来を目指す相手は、ハイデッカなのだって」
再びため息をつく。
それから、にこ、と笑って、
「私もね。必死であなたを看病しているあの人を見て、あなたがこの人を選んだらどんなにいいだろうと思ったの。この人ならきっと全力であなたを幸せにしてくれるだろうって。マキシムの友達も、皆同意見みたいね。
ところで、あなたはどうなの?」
フレアの声が強くなる。
「軽々しく聞くことじゃないと思ったから聞かなかったわ。でも結婚する話になっているなら別よ。あの人はあなたを愛しているし、皆あの人をあなたに薦めるけど、あなた自身はどう思うの、あの人のこと」
ティアは、動揺はしなかった。だが、すぐには返事をせず、しばらくフレアの顔を見つめてから、
「あなたには、本当にお世話になったわね。有難う。私が泣いた時の大部分は、あなたの前でだったわ」
「なに言ってんのよ。お互いさまじゃない」
叫んでから、なぜか、フレアの目から涙がこぼれた。
エプロンを顔に押しつけてから、
「変ねえ。私ったら」
もう一度エプロンを顔に押しつけた。
そんな姿を、ティアは黙って見つめ、私はいい友達に恵まれた、と思った。恋が実らない代わりなのかと思った時期もあったが、そうでもないようだ。
「有難う、本当に。あなたがいてくれなかったら、私」
返事はなかった。ずっとエプロンに顔を埋めている。
ティアは微笑んだ。涙が出そうだったが、我慢した。
「私も、ハイデッカのことが好き。あの人が私を愛してくれるように、私もあの人が好きよ」
顔を埋めたまま、強く何度もうなずき、暫く経ってようやく顔を上げた。
赤い目と赤い鼻で、にっこり笑う。
「それを聞いてすっかり安心したわ。
良かった。良かったわね、ティア。おめでとう。幸せになるのよ」
最後の辺りは、また涙でぶれた。
「うん。幸せになるわ、私。マキシムとセレナさんが平和にしてくれた地上で、精一杯幸せになるわ」
フレアはティアの手を取って、ぎゅっと握った。

ティアが結婚するという話は、朝のうちに村全体に広がった。
村長の家を出たティアを待ちかまえていた村人たちが、レポーターよろしくわっと群がる。レポーターと違うのは、皆が心から祝う気持ちでいる所だった。
「おめでとう、良かったねえティア」
「いやあめでたい。なによりじゃ」
口々に祝福の言葉を述べる村人たちに、ティアは赤くなりながらうなずき、感謝した。
「で、その幸運な男は、どこのどいつだね」
「おいおい、ティアの旦那さんになるひとをつかまえて、どいつはないだろう」
「おお、そうじゃった」
頭を掻く。皆が笑った。
ティアはちょっともじもじしてから、やや小さな声で、
「皆も知っているひとよ。あの、モンスターが大量発生した時に、助けてくれたひとで、その後も時々」
ああ、というどよめきが起こった。その後、
「あの人」
大合唱になった。
「バウンドバウンドの」
「違う」
「でっかくて偉そうでモンスターみたいな」
「だから、ティアの旦那さんになる人だっていうのに」
がやがやがやがや。
どんな奴だったっけだの、いつ決めたんだティアだの、口々に騒ぐから収拾がつかなくなっている。ティアは困惑してつったっている。
「ほらほら、みんな、ティアが困ってるわ。ちょっと落ち着いて」
フレアが仲裁に入る。
「おお、すまんすまん」
「で、次はいつこの村へ来るんじゃ、ハイデガーさんは」
「た、多分、今日の午後も来ると思うけど、名前はあの、ハイデッカ…」
皆の目がきらんと光った。
「こうしてはおれん。大急ぎで準備せねば」
誰かが言い、いっせいにうなずく。ティアはびっくりして、
「あの、何を」
「歓迎の準備じゃ。よし、垂れ幕班。五人でいいか。あとはくす玉班と、」
「料理はあたしらがやるよ。男衆で何人か、薪を割っとくれ。ちょうどうちの薪がなくなってるんじゃ」
「薪ならわしの所のを使え」
村長が震える声を張り上げた。腕捲りし、目を見合わせ、いっせいに、
「よし、かかれぇー」
しかし、その後はあまりスピーディとは言えなかった。曲がった腰で精一杯急いでいるらしいのはわかったが。
ぼうっとしているティアの肩をばしばし叩いて、まだ若い母親や娘たちが、
「おめでとう。あのひと、すっごいハンサムよね。羨ましいわ」
「いいなあ。私もハンサムと結婚したーい」
「ほらほら、あたしたちも準備しなくちゃ。話はあと」
さえずるだけさえずっていなくなった。
「良かったね、ティア。みんなお祝いしてくれてるのよ」
最後にフレアが来て、そう言った。ティアはうん、とうなずいて、泣きそうになったが、例によってぐっと堪えた。

太陽が真上へ来た頃、まるで太陽に言い遣ってきたように、一人の男が、村の入口にふっと現われた。
「来たぞう」
老人の叫び声にハイデッカははっとした。またモンスターが発生したのだろうか。
慌てて村の中へ駆け込む。
「ぎゃっ」
「うわっ」
「ぐえっ」
もろに頭から、なにやら巨大な布のようなものにひっからまり、そばにいた数人を巻き込んですっ転んだ。
「こっこれはなんだ、新手のモンスターの攻撃か?くそっ取れん、ティアは無事か!ティア、返事をしてくれ!ティア」
ぎゃーぎゃー騒いでから、ぷわっと顔が出た。
そこには、真っ赤になったティアが、うつむいていた。
「おお、無事だったかティア!良かった」
感極まって叫びながらふと周囲を見ると、村人全員が呆れかえって見おろしている。祝御成婚、ティア&ハイデッカいつまでもお幸せにと書いた垂れ幕にからまったハイデッカと、村人数人が、なんとかそこから抜け出したところで、
「まあ、自分の身よりティアを案じる気持ちは、充分に伝わってきたからの」
村長が間抜けなフォローを入れた。
誰かが吹き出し、数人が顔を見合わせ、何人かが真面目にうなずいている。
ハイデッカは、自分がからまっていた垂れ幕を見、木からぶら下がったくす玉を見てから、ティアへ視線を移した。こくんとうなずき、
「みんな、お祝いしてくれようとして、あなたを待っていたの」
「おお、そうか。そうだったのか、有難う皆。すまんな村長」
わっはっはと笑い出し、村長の手を掴むと、ぶんぶんと振り回し、
「御厚意いたみいる。いや、皆も知っておられるようだが、改めて言わせてもらう。俺は皆の大切なティアと結婚することになった、バウンドキングダムのハイデッカだ。以後宜しく頼む」
わーっと歓声が上がり、拍手喝采がまきおこった。いいぞう、と誰かが叫んだ。ハイデッカさんこっち向いてーという黄色い声も上がった。
照れまくって頭をかきながら、さりげなくティアの肩を抱き寄せる。おおーっと更にどよめきが起こった。
「さあ、くす玉を割ってよ。短い時間で必死で作ったんだから」
あちこちに擦傷をこさえた、年長らしい少年に言われて、うむと答え、思いきり紐を引っ張った。案の定くす玉は割れずに落ちてきて、ハイデッカの頭骸に激突して割れた。
「きゃっ」
ティアが悲鳴を上げたが、本人は何か当たったようなという顔をしてきょろきょろ辺りを見渡している。それから、くす玉につまっていた金と銀と桃色の紙吹雪に埋まったまま、中にはいっていたバウンドキングダムとエルシドの永遠の友好を約す、という布を送りながら読み、まさしくその通りだと吠えた。少年はあちゃーという顔で片手で顔を覆い、
「あんなに頑張ってつくったのに、このお茶目なにいちゃんは。やってくれるよ全く」
少年のぼやきに、村人の笑い声が高くなった。
「さあさあ、まずは中央の広場へ来て下され。ささやかながら祝いの席をもうけましたから」
「おお、すまんな。嬉しいことだ。皆、今日はぱーっとやってくれ」
「準備したのはおいらたちなんだぞう」
子供たちがつっこみを入れる。大人がげらげらと笑った。
ハイデッカの側には、あの時の四人の子供たちがまつわりついている。ディムは相手の巨体がすっかり気に入ってしまって、飛びついてはハイデッカクライミングをしている。
恥ずかしい気持ちもあるが、とにかくエルシドの皆とこの人がこんなにも意気投合してくれるのが嬉しい。ティアは、ずっと赤面したまま、心から嬉しそうに笑った。
乾杯が叫ばれ、すぐに二本目の栓が抜かれる。次々と料理の皿が運ばれ、歌や踊りが始まる。天は祝祭の青に輝き、一点の曇りもない鏡となって皆の喜びを映し、返していた。
「衛兵隊長というのは、さぞや骨が折れるんじゃろうなあ」
 「いつ、ティアを見初めたんじゃ」
 「代々バウンドキングダムに住んでおられるのかね。お父上は御健在かね」
老人たちが代わるがわる話しかけてくる。口々に各々の話題をわめくから、何がなんだかわからないが、ハイデッカは妙に律儀に、それぞれに返答をしている。
「無論、暇で楽でしかたない仕事ではないが、俺の仕事だからな。初めて会った時は戦いには向かない性格と容姿だと思っただけだが、案外あの時から惚れていたのかも知れん。もとは流れてきたようだ。俺の父が先代の国王に気に入られたのが住み着いたきっかけだった。父はもう死んだ。ついでに母はもっと早く死んだ」
終わるか終わらないうちに、次々と質問の嵐がくる。そのうち、
「好きな食べ物はなんですか」
「好みの女の子のタイプは?ああそっか、ティアみたいな子よね」
「好きな色は何?」
怪しい質問も増えてきた。見ると、少女の一群がきゃーきゃー言いながら集まっている。見かけは抜群だから、こいつは馬鹿だと気づくまでの女の子にはやたら人気があるのだ。
「ええとだな。うむ」
なんとなくでれりとしてきたハイデッカの頬を、ティアが思わずつねった。
「あ痛!」
つねってから、はっとして手を引っ込め、うろたえる。
「ご、御免なさい、私ったら」
皆ぽかんとして見ている。ハイデッカも、目を丸くしてティアを見返したが、やがて大笑いして、
「いや、妬かれるのはいいもんだな。すまんすまんティア、俺が悪かった」
真っ赤になってもじもじしているティアの肩を抱き寄せた。皆思いきり冷やかし、娘らはきゃーきゃー叫ぶ。いいわねえーティアったらあー。うらやましいなー。
嫉妬できるのが嬉しい。やきもちをやいて、それを表わせるのが嬉しい。
悪かったと謝っている相手を見るのが嬉しい。
ちょっと悪趣味かも知れないな。でも、その裏に紛れもない相手の愛を感じられるのは、すごく気持ちのいいものだ。
「いやいや、若いってのはいいことだ。わしの妻も四十年前はティアにも負けない程の美人だったんだが」
「今はどうだといいたいんだね」
「い、いやいや。あの」
皆が笑った。
「しかし、ティアは幸せ者じゃ。国王に知り合いがいる男なんて、ちょっといないぞ」
「そうじゃ。直々に王子様の剣の相手を言い遣っているとか」
おお、とどよめく。
「さぞかし、結婚式は立派じゃろうなあ。バウンドキングダムの教会のステンドグラスは、この大陸一だときいたよ」
「見たいのう。無理かのう」
 「無理に決まっとるだろう。わしらじゃ途中の砂漠までもいけないぞ」
「子どもらが探検しとる洞窟でのたれ死にじゃ」
歯のない口でひゃひゃひゃと笑っている。
ティアはハイデッカの顔を見た。ハイデッカはにこりと笑ってうなずき、大声で、
「そのことなのだがな。話を聞いてくれ」
皆口をつぐんでこちらを見る。
「スィングという魔法を知っているか、皆」
顔を見合わせる。全員がこくりとうなずいて、
「知っとるぞ」
「一瞬で遠くへ行ける魔法じゃろ」
うむとうなずき、
「実は、俺達の知り合いにエルフがいる。そのまた知り合いのエルフと二人で協力すれば、この村の人間全員をいっぺんにバウンドキングダムまで運べるのだそうだ」
あっけにとられる者、半分しか理解しないまますごいと大声を上げる者、顔を見合わせている者さまざまだ。
「そいつは快く任を引き受けてくれた。どうか、皆で、バウンドキングダムの結婚式に参列して欲しい」
ざわざわしているのが次第に歓声に変わってくる。
「わしらも出られるのか、ティアの結婚式に」
村長がおずおずと尋ねる。二人は思いきり言った。
「そうなのだ。是非お願いする」
「皆に見守られて結婚式を挙げたいの。いいでしょう」
もちろん、とあちこちで声が上がった。
「やったー!ティアの結婚式に出られるのよ、みんなで」
「きゃー。ドレスを縫わなくちゃ」
「嬉しいのう。長生きはするもんじゃ。ほんとうに」
娘らは踊りまわり、年寄りは感激して涙ぐんでいる。
「おいらたちもいっていいんでしょ?」
ガキめらがちょぼちょぼ尋ねるのに、ハイデッカは豪快に笑って、
「この村の全員だ!犬も猫も金魚もだ!わかったか?」
「イヤッホー!みんな行っていいんだって!わーいわーい」
子どもたちと犬が転げまわる。もうむちゃくちゃだ。
宴会というか、前夜祭というか、披露宴の予行演習はそのまま夜中過ぎまで続き、ハイデッカが戻ったのはほとんど朝だった。しかし、ちゃんと剣の稽古の監督には出たし、居眠りもしなかった。
帰る時、エルシドの全員が手を振って見送ってくれたことを思い出す。
やはり、ティアを育てた村だ。皆いい連中だ。うむうむ。
ひとりうなずいてから、今度はティアを連れて、国王に報告しなくてはいけないな、と思った。そういう煩わしさは、とても楽しいものだった。

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